父娘ごっこを終えた後、朝食を済ませた一同は悠里に運転を任せのんびりとしていた。(助手席には由紀が座る事に)
最初は病み上がりの悠里の身を案じた胡桃が運転すると言ったが、悠里は「ここ数日は全部皆に任せて、私は寝たきりだったでしょ?…だからこのくらいは任せて。」そう言って聞かなかったので結局は任すことになった。その光景を見た彼は、意外と頑固な人だなぁ…と思いつつも、元気そうに笑う悠里を見てほっとしていた。
そして現在…
「りーさん…元気になったみたいで良かったね。」
運転しながら助手席の由紀と話す悠里を彼は椅子に座りながら見つめて、胡桃と美紀に言った。
胡桃「だな…あれだけ元気ならもう心配ないだろ。」
美紀「えぇ、本当に良かったです。 」
テーブルを挟んで彼の正面に座っている胡桃と、その横に座っている美紀が答える。
美紀「あの日…二人が薬を取ってきたおかげですよ」
運転席の悠里と助手席に座る由紀に聞こえないように声を小さくして美紀が言うが…胡桃はあの時の自身の行動を恥じていた。
胡桃「いや…もしかしたら薬なんか無くても、そろそろ自然に治ってたかもしれない。ほんと、バカな事したよなぁ…あたし」
美紀「………」
美紀はそんな胡桃ををただ黙って見つめる。
こんな時、どう声をかければ良いのかが分からない…。
「済んだことは気にしない、ほら笑って!!パパは胡桃の笑顔が好きなんだぞぉ?」
再び父親キャラに戻り、彼が告げる。
間抜けな行動にも見えるが、その行動を見た胡桃は笑顔を取り戻した。
胡桃「…ははっ、本当ににバカだよなぁ…お前は」
美紀「あなたのバカげた父親キャラも役に立つんですね」
笑顔に戻った胡桃を見て、美紀は呟く。
「あぁ…、そういえば胡桃ちゃんに聞きたい事があって…」
胡桃「なに?」
薬の話をした事で、彼はあの時会った少女の事を思い出す。
「あの時胡桃ちゃん、一人で先に薬局から出たでしょ?その時に女の子に会わなかった?」
胡桃「え?…いや、会ってないよ。」
胡桃は思い出すように目を
「胡桃ちゃんが出ていった後、いつの間にか僕の後ろに女の子がいたんだよね。」
胡桃「マジ?」
「マジ。…その子は胡桃ちゃんを見たって言ってたけど。」
胡桃「ほんとに?…あの時ぼ~っとしながら歩いてたから気付かなかったのかもしんないな…」
美紀「どんな子でした?」
「多分僕らと同い年くらいの…変わった子だったな。」
あの狭山という少女を思い出しながら、彼は答える。
胡桃「同い年くらいって…そんな子が一人で?」
「その時は一人だったけど、一応仲間はいるみたいだったよ。少し待てば来るとか言ってたし…」
美紀「ですよね、さすがに女の子が一人きりで生きていくのは厳しいでしょう。」
「そういえば…その子少しだけ美紀さんに似てました。」
彼は美紀の顔をじっと見つめて言う。
あの時見た彼女の顔立ちはそれとなく美紀に似ていたような…そんな気がしていた。
美紀「え?私にですか?」
「はい、まぁ違う所といったら胸は小さかったって事…ですかね。」
言いながら美紀の胸へと視線を移す。
当然、視線を向けられた美紀は顔を赤くしながら腕で自分の胸を隠した。
美紀「なっ…!」
胡桃「そんなんばっか見てるな…お前」
「違うって!ただ美紀さんとその子の違う所をあげただけだよ!!」
由紀「みーくんと……だれの違い?」
彼の大声に反応し、助手席の由紀が振り向いて尋ねる。
「あっ…!いえ、なんでもないですよ~?お気になさらず~」
彼がそう言うと由紀は少しだけ不思議そうな顔をしつつもとりあえずは納得してくれたらしく、視線を前方に戻して悠里との会話に戻った。
美紀「……胸以外にもあるでしょう!?」
由紀が前を向いたのを確認してから、美紀は小声で会話を再開した。
「後、その子は美紀さんよりほんの少し長めの黒髪で……自分の事を『ボク』って言ってたな…」
美紀「胸じゃなくそっちを先にあげてくださいよ。」
美紀が少しだけ怒りながら彼に言うが、彼はそれでも胸の話を続けた。
「だって…本当に胸が無かったから…」
胡桃「美紀だってそこまで大きい訳じゃないぞ?どっちかっつーと小さいくらいで……」
胡桃がそう言った後、美紀が無言で胡桃を睨む…。
胡桃はすぐそれに気づき、笑いながら頭を下げた。
胡桃「あ、わりぃわりぃ…ほら、りーさんクラスと比べるなら分かるのになぁ~って思ってさ」
「だって、僕はあの子の事一瞬男かと思ったくらいだし…」
それを聞いた二人は静かに驚く。
美紀「本当ですか?それほど小さい胸って…。っていうかその子、男顔なんですか?」
「いえ、そういうわけじゃいですけど綺麗な顔してて……あぁいうのを中性的って言うのかな?そんな感じでした」
胡桃「まぁ確かに美紀もしっかりと男装すれば男に見えそうだもんな…」
胡桃が美紀の顔を見つめながら言う。
美紀「それって…喜んで良いんですか?」
複雑な表情をする美紀。
胡桃「あぁ、だってお前男装したら絶対イケメン男子になるぞ!……女がキャーキャー言うタイプのな」
美紀「…え?ほんとですか?」
美紀はそう言いながらまんざらでもなさそうににやける。
胡桃「つまりさ……その貧乳ちゃんもそんなタイプの顔つきだったんだろ?」
美紀「貧乳ちゃんって……先輩、もう少し言い方が…」
胡桃「だって名前知らないし…」
胡桃がそう言った直後、そういえば名前言ってたな~…と彼は思い出す。
「名前は……狭山真冬とか言ってたな。」
胡桃「名前聞いてたのかよ!」
「へへ…忘れてたよ。」
胡桃にツッコまれた彼は笑ってごまかす。
美紀「名前よりも先に胸の大きさを思い出されるなんて……その狭山さんって人…かわいそう」
「一応聞くけど、聞いた事のある名前ですか?」
胡桃「いや」
美紀「いいえ」
「そっか…まぁそうだよな。」
胡桃「その狭山って子…どのくらい胸小さいの?由紀よりも小さい?」
美紀「まだその話を……」
思わず呆れる美紀。
「由紀ちゃんよりも更に少し小さかったな、本当に胸元をよーく見れば膨らみがあるなぁ~くらいの………ってさすがにもういいよ胸の話は!!」
美紀「珍しいですね…__さんからそういう話を止めるなんて。」
「僕はどれだけ変態だと思われてるのか…」
美紀「そこそこの変態だと思われてますよ。」
彼に美紀が言い放つ。
「ぐっ!!…僕が年頃の男子である以上、あなた達みたいな女の子達に囲まれて生活していると、時折どうしても正気を保てなくなるんですよ!……それよりも僕が狭山さんについて気にしてるのは…」
胡桃「今、何気にすげぇ事言わなかったか?」
胡桃が彼の話を遮る。
「ん?何が?」
胡桃「お前…たまに正気を保てなくなるの?」
ちょっと引き気味に尋ねる胡桃。
美紀「何言ってるんですか先輩、__さんが今朝私をベッドまで引っ張っていった事を忘れましたか。」
胡桃「なるほど…ああいうのがそうなのか。」
それを聞いた胡桃はなるほどなるほどと納得する。
「あと他には温泉の時ですかね…あの時はどうかしてた…」
彼が呟く。
美紀「ほら、やっぱ変態じゃないですか。」
胡桃「だな。」
そう言う二人に、彼は反論する。
「いやいや!言わせてもらうけど僕だからその程度で済んでるんですよ?僕以外の一般的な男子だったら、確実にあなた達に笑えないレベルのセクハラをしてるはずです!」
美紀「そうなんですか?」ボソッ
美紀はそっと胡桃に耳打ちする。
胡桃「さぁ…わかんねぇ…」ボソッ
二人はしばらくの間、こそこそと話していた。
「………」
美紀「…結論が出ました。」
美紀と胡桃がこそこそ話を止めて、彼に向き合う。
美紀「まぁ確かに__さんは私達が下着を干している時や着替えの時は一人で大人しく待っててくれる紳士的な面もあるので……変態の称号は取り下げてあげましょう。」
「おぉ、ありがとうございます!」
彼は喜び、頭を軽く下げる。
胡桃「代わりに変態紳士の称号を授けてやる。」
胡桃はそう言って微笑んだ。
「結局は変態のままなのか……」
逃げられない変態のレッテルに、彼は頭を抱えて落ち込む。
「言い方は悪いですけど…あなた達が不美人ならば僕も楽だったのに……」
胡桃「不美人って…やたら丁寧な言い方だな…」
目の前で頭を抱えて呟く彼を見ながら苦笑いする胡桃。
美紀「それって…__さんから見て、私達は美人寄りの部類に入るって事ですか?」
「自覚無しですか?あなた達…みなさん総じてレベルの高い顔してますよ。」
美紀と胡桃の顔を交互に見ながら彼は言った。
美紀「みなさんって…私もですか?」
「ええ、断言します。」
戸惑う美紀に、彼は速答する。
胡桃「あの……あたしも?」
チラチラと彼の目を見ながら尋ねる胡桃。
「みんなって言ったでしょ?当然、胡桃ちゃんもだよ。」
胡桃「へぇ~……そっか」
胡桃はそう言うと、少しだけ嬉しそうに微笑む。
「いや冗談抜きに……皆何回か告白とかされた事ありますよね?」
美紀「ないですよ…先輩は?」
胡桃「あたしも。」
「マジですか……クラスメイトの男子達の目は節穴だったのか?」
真剣な表情で彼が呟く。
胡桃「お前が思ってる程あたし達は美人じゃないのかもよ?てかさ…あたし達よりも可愛い娘はお前のいた学校とか近所とかにいなかったの?…思い返してみろよ、多分普通にいたはずだぜ。」
「いや!いなかった!!」
彼がキッパリと断言する。
胡桃「そう?……でもそんなに自分が可愛いとは、あまり思えないんだよなぁ~」
美紀「それで良いんじゃないですか?…自分の見た目に自信がありすぎる女性って私苦手ですし。」
胡桃「まぁ、それもそうだな」
胡桃はそう言うと、座りながら両手を頭上高く上げて体を伸ばした。
美紀「で…狭山とかって人の話が途中でしたが?」
美紀の一言でようやく話が本筋に戻る。
「ん?……あぁそうそう…その狭山さん、変な事言ってたんですよ。」
胡桃「変な事?」
「さっき言ったように、狭山さんは待っていれば仲間が来るみたいだったから…僕は安心して彼女を一人にさせて出ていったんだけど……その直前に言ったんです。」
『ボクの友達が来たら……君と彼女が平気じゃなくなるから…はやく出ていった方が良いよ』
彼は狭山のその言葉を思い返し、二人に伝えた。
胡桃「はぁ?…どういう意味だよ」
美紀「狭山さんが待っていたその仲間の人は、少し危険な人……という事でしょうか?」
「どうでしょう…狭山さん自体は悪い人には見えなかったんですけどね。」
胡桃「良い人か悪い人かなんて…ちょっと見ただけじゃわかんねぇだろ」
彼の言葉を聞いた胡桃が呟く。
「まぁ………そうだね」
彼はそう言いながら、あの時少しだけ怖く感じた狭山の笑顔を思い出した。
胡桃「…またその内会うかもな。」
「…だね。」
美紀「まずはお互い…毎日がんばって生き延びる事からですね。」
美紀はそう呟いて、窓の外を眺めた。
(変態紳士ねぇ……そういえば僕って…こんなに女の子と喋ったり、可愛いとか言うキャラじゃなかったんだけどなぁ…。この人達に会って、僕は知らない間に随分と変わったって事かね)