そして10・9・8という高評価に投票してくれた皆様…
今更ながら本当にありがとうございます m(__)m
こんな拙い作品を楽しみにしてくれている方がいるならば…その応援を糧に更新がんばります!!
…そういう訳で、主役の彼らの旅行も今回で終わり、新しい話のスタートです!
三十話『くすり』
美紀「おはようございます。昨日はぐっすりと眠れましたか?」
誰に起こされた訳でもなく、ひとりでに目覚めた彼に美紀が言った。
「……まぁ……おかげさまで……。」
目を合わせずに彼が答えた。
美紀「あれ?もしかしてまだ昨日の罰ゲームの事気にしてます?」
「……いいえ。」
美紀「なら良いんですが……悪く思わないで下さいよ。」
「思ってませんよ。」
彼は布団から出て、それをたたみながら言った。
美紀「確かに拍子抜けだったかも知れませんが…私の罰ゲームなんて先輩達のと比べたら簡単なだけマシに思えるはずですよ。」
気になる一言を呟く美紀。
「皆の命令?」
彼が尋ねる。
美紀「あ、さっき先輩達と布団を片付けていたら昨晩の話になって…その時みんなに聞いたんです。もし先輩達が勝ってたら最下位の……というか__さんに何を命令しましたか?って」
「へぇ~。…そういえば皆は?」
部屋の中には自分と美紀しかいないことに気付き、彼は尋ねた。
美紀「朝の散歩だそうですよ。」
「そうですか、美紀さんは残ったんですね。」
美紀「朝起きて誰もいなかったら__さん、心配になりますよね?だから私は残りました。」
美紀は笑顔で言った。
「それは悪かったですね…ありがとうございます。」
布団を片付けて終えた彼が座りながらペコッと頭を下げる。
美紀「いえいえ…それで、先輩達の命令ですが……聞きたいですか?」
「……まぁ。」
美紀「まず由紀先輩の予定してた命令ですが、まぁこれはまだ楽な方ですね…『物資の調達に出掛けた時にお菓子を見付けた場合、__さんは自分の分のお菓子を由紀先輩に献上しなければならない』…だそうです。」
「あらかわいい。」
美紀「そうですね、由紀先輩らしい命令です。」
そう言って美紀はくすっと笑う。
美紀「……けど次からは少し怖いですよ。」
表情を一変させ、今度は恐ろしい物を思い出したような顔をする美紀。
「……。」
美紀「まずは、りーさんのから…『運転を覚えてもらう』それが__さんに下したかった命令らしいです。」
「あれ、そんなに怖くはない気が……」
美紀「…すいません、これは__さんが怖い…じゃなくて、私達が怖い…ですね。」
「……酷いな。」
美紀がそう言うのには訳があった、以前胡桃が彼に車の運転を教えようとした時…彼は胡桃の教えを受けながら運転していたにも関わらず、ものの20秒で車を壁にぶつけそうになった。
その後も胡桃は彼に根気強く教えたが、結局進歩はみられなかった。
それからというもの、彼女等は彼を二度と運転席に座らせていない。
美紀「けれどこの命令は多分りーさんの冗談だと思います。__さんに運転をされる事の恐怖はりーさんもよく知っていますし……。」
苦笑いして美紀が言う。
「…まぁこれからも運転は大人しくりーさん達に任せますよ。……それで、胡桃ちゃんの命令は?」
美紀「胡桃先輩のは間違いなく__さんが恐れる命令ですね。」
「どんなです?」
美紀「『目の前で本物の白刃取りを見せてもらう』…そう言ってました。」
「……どういう事でしょう?」
美紀「つまりですね、胡桃先輩がシャベルを座って待機する__さんに降り下ろすので、__さんはそれを両手で受け止めて防ぐ…。それを成功するまで繰り返すと言ってました。」
「成功する前に僕が死ぬやつじゃないですか。」
彼はそれを想像して、顔を青くする。
美紀「ね?私の命令が一番まともな気がしません?」
美紀が顔を近付けて言う。
「確かに……そうかもですね。」
彼がそう言った瞬間、部屋のふすまが開き、散歩から帰った胡桃達が部屋に入って来る。
由紀「ただいま~」
美紀「お帰りなさい」
胡桃「あ、起きたんだな。」
彼を見て、胡桃は言った。
「ついさっきね、散歩は楽しかった?」
胡桃「まぁ気晴らしにはなったな。」
悠里「…ふぅ」
彼と胡桃が喋る後方で、悠里が溜め息をつきながら座りこむ。
美紀「どうしました?」
美紀が悠里の隣に座って声をかける。
悠里「…ううん、ちょっと疲れただけよ」
笑顔で答える悠里。
胡桃「あ、悪かったな、朝から付き合わせちゃって…」
悠里「大丈夫よ、私も運動ついでに行きたかったから。」
由紀「ごめんね、りーさん、胡桃ちゃんのワガママのせいで…」
由紀が悠里の横に駆け寄って言う。
胡桃「朝、散歩行きたいって言ったのはお前だけどな」
由紀「でも、りーさんを誘ったのは胡桃ちゃんだよ~。」
胡桃「あたし一人じゃお前の面倒見きれないと思ったからな」
由紀「胡桃ちゃんひどーい!りーさんもなんか言ってあげてよ!」
由紀はそう言って悠里に視線を向ける。
悠里「…え?…ああ、ごめんね由紀ちゃん、ちょっと聞いてなかったわ。」
「……りーさん少し顔赤くないですか?」
悠里の顔色を見て、彼が言った。
胡桃「そういえば…」
悠里「ん~…少しだけ具合が悪くて……」
美紀「ちょっと失礼します。」
美紀はそう言って悠里の額に手を当てた。
悠里「……。」
美紀「…凄い熱じゃないですか!?」
胡桃「マジかよ!?」
胡桃も悠里の額に手を当てる。
胡桃「……ほんとだ…!いつから!?」
悠里の顔を見て胡桃が尋ねる。
悠里「…散歩に行き始めたばかりの時は大丈夫だったんだけど……ここに戻る途中から少しだけ調子悪くて……」
赤い顔で悠里は答えた。
由紀「だったら早く言ってくれれば……」
悠里「ごめんね、あとは帰るだけだから大丈夫だと思ったの…」
「薬はある?」
彼が胡桃に尋ねる。
胡桃「どうだったかな……ちょっと車見てくるついてきて。」
「わかった、美紀さん、由紀ちゃん、りーさんを頼むね。」
そう言って彼と胡桃は二人でキャンピングカーに薬があるか確認に向かった。
バタン!
胡桃「あたしはこっちの箱を確認するから、お前はこれを頼むよ。」
胡桃は車内の戸棚から二つの救急箱を取り出すと、その片方を彼に渡した。
「了解」
胡桃「……こっちは包帯とかだけだな……多分飲み薬はそっちだ、あるか?」
「…お!これかな?」
彼はそう言って解熱剤の箱を取り出す。
胡桃「それだ!よかった~…もしかしたらもうなかったかもって……」
「あ!!」
胡桃が喋っている途中で彼が何かに気づく。
胡桃「なんだよ?」
「……これ、空箱だ」
彼が解熱剤の箱を開いてからひっくり返してみせる。
胡桃「ちっ!マジかよ……誰だ、空箱のまま入れたやつは!?」
「…どうする、薬を探しに行く?」
胡桃「…そうだな、この辺りで薬局は見かけてないから…また街に戻るか、旅行は終わりだ。」
「わかった、皆を呼んでくる。少し待ってて」
胡桃「頼む。」
胡桃を車内に残し、彼は由紀達を呼び戻しに行く。
少ししてから彼が由紀達を連れて旅館から出てきた。
美紀「薬、無かったんですね」
車内に入ってから美紀が胡桃に言う。
胡桃「ああ、これから街に戻りながら探す。」
全員車内にいるのを確認してから胡桃は運転席に座り、エンジンを掛けると、車を動かした。
悠里「…ただの熱なんだから…まだここで休んでいても良かったのに…ごめんね、私のせいで…」
美紀「どうせあまり長居も出来ませんし、ついでに他の物資も探せます。気にしないで下さい。」
美紀が悠里に優しく言った。
由紀「そうだよ、気にしないでね、りーさん。」
悠里「……うん、ありがとう。」
悠里は二人に礼を言うと、車内のベッドに横たわった。
胡桃「…薬、すぐに見つかると良いけど…。」
運転をしながら胡桃が呟く。
「……もしかしたらだけど、すぐには見つからないかも。」
助手席に座っている彼が言った。
胡桃「どうして?」
「そういえば今まで何度も物資の調達には行っていたのに、解熱剤は手に入れた事がないな……と思って。」
胡桃「………確かにそうだな。」
彼に言われて胡桃もそれに気づく。
胡桃「どうしてだろ。」
「………。」
彼は少しだけ考えてから、口を開いた。
「もしかしたら、奴らに噛まれた人間が関係しているのかも…」
胡桃「……どういう事だよ?」
運転しながら尋ねる胡桃。
「奴らに噛まれて怪我を負った人間が奴らになるまでを見たことは?」
胡桃「……。」
そう言われて胡桃は思わず自分の右肩を見る。
胡桃「……いや、直接はない…。」
「そっか……、奴らに噛まれた人間は、噛まれた直後からかなりの苦痛に襲われるみたいでね…」
胡桃「……。」
「んで、その苦痛は時間が経つ毎に強くなっていって…最終的にはそのまま奴らになる。」
「それもほんの数時間でね、…たまに丸一日くらい大丈夫な人もいるから、個人差があるみたいだね。」
自分が今まで見てきた経験を元に、彼は言った。
胡桃「…それで、それと解熱剤が見つからない事となんの関係が?」
「噛まれた直後の症状、それに発熱も含まれてる。」
「だからこの騒動が起きてからその症状を解熱剤で抑えられるかも…と思った人達が一斉に漁ったのかも、……当然、奴らに噛まれたら解熱剤なんかじゃ抑えられないけど。」
「まぁ……あくまで僕の考えた一つの説だから、違うかもだけどね。」
胡桃「……なるほどね、確かにあり得そうな話だと思うよ。」
胡桃(奴らに噛まれた直後の苦しみも、凄い熱が出るのも、この身で味わってるから知ってるけどな…)
彼と胡桃がそんな会話をしてしばらくすると、街の外れに差し掛かり、一つの薬局を見付ける。
車を停め、胡桃と由紀がその薬局の探索に向かい、彼と美紀は悠里の側にいる為に車に残った。
由紀「じゃあ、りーさん、薬取ってくるから…待っててね?」
由紀が横たわる悠里の手を握って言った。
悠里「…気を付けてね」
悠里はそう言って由紀の手を握り返した。
胡桃「すぐ戻るから。」
由紀と悠里、握り合う二人の手に自分の手を重ねて胡桃が言う。
美紀「気を付けて下さい。」
「何かあったら大声で呼んで、すぐに駆けつけるから」
車のドアを開け、外に出る由紀と胡桃に美紀と彼が声をかける。
由紀「うん!」 胡桃「はいよ」
二人は同時に返事をすると、ドアを閉め、薬局に入っていった。
「……
ベッドで横になる悠里に彼が尋ねた。
悠里「うーん……頭が少し痛くて、ぼーっとするだけ…あとは大丈夫よ」
そう言うと悠里は彼と美紀に笑顔を見せた。
美紀「それって…大丈夫なんですか?」
そう言って美紀も悠里に笑顔を返す。
悠里「ふふっ…ええ、大丈夫…。」
「…無理せず、ちゃんと休んでくださいね。」
悠里「うん、ありがとう」
悠里はそう言って布団をかけ直して眠りについた。
美紀「……すぐに良くなるといいんですが。」
悠里の眠るベッドから離れ、彼と向かい合う形で椅子に座ってから美紀は呟いた。
「…そうですね」
彼が美紀に相づちを打つ。
10分程して、胡桃達が戻って来るのに窓の外を見ていた彼が気づくが…二人表情で探索の結果が良くはない事がわかった。
…バタン
由紀「ただいま~」
美紀「お帰りなさい」
胡桃「…ダメだ、ここには薬無かった」
それだけ言うと、胡桃は運転席に勢い良くもたれ掛かった。
「…まだ一軒目だよ、そう落ち込みなさんな。」
助手席に移動して、彼が胡桃に言う。
胡桃「へへっ、分かってるよ!」
胡桃は少しだけ笑うと、また車を走らせた。
胡桃「りーさんはどう?」
車を走らせた直後、彼に悠里の調子を尋ねる胡桃。
「今は寝てるよ、調子は旅館から出た時より少しだけ悪くなってるかも…」
胡桃「…そっか、早く薬みつけてあげなきゃな。」
「そうだね…。」
それから更に車を走らせる事、約20分…彼女達は二日ぶりに街へ戻ってきた。
そしてまた一軒の薬局を見つけ、車を停めると、今度は彼と美紀が探索に向かう。
…しかし結局その薬局にも解熱剤は無く、また車を走らせる…
薬を見つける事が出来ないまま、気が付けば日も暮れてきて、彼女達は六軒のも薬局を回っていた。
……そして七軒目、ここには彼と胡桃が探索に向かった。
胡桃「…どう?ありそう?」
自分の担当範囲の探索を終えた胡桃が、彼の所に駆け寄って尋ねる。
「…いや、ダメだ…ここにも無い。」
見ていた空の棚から目を離して彼は言った。
胡桃「ちっ!…くそっ!!!」
ドンッ!!
胡桃はそう怒鳴って目の前の棚を蹴った。
「……落ちついて、もう辺りも暗くなってきたから…今日はこの辺で諦めて、また明日探そう。」
彼が胡桃をなだめる。
胡桃「でも早く見つけないと…りーさん苦しいだろ……」
「うん…分かってるよ、でも夜の探索は危ない……りーさんも幸いただの熱みたいだから、薬なんか無くても明日良くなるかもよ?」
胡桃「…だと良いけどな……」
そう言って胡桃は薬局から出ていく。
「……ん~」
(胡桃ちゃん…少しばかりイライラしてるな、まぁ七軒も回ってただ一つの解熱剤も見つけられないんじゃ…イライラもするか。)
彼も胡桃に続き、車に戻った。
りーさんの発熱をきっかけに、前回までババ抜きをして騒いでいたのが嘘のようなシリアスパートに突入します。