軌跡〜ひとりからみんなへ〜   作:チモシー

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二十七話『つり』

「……で、この後の予定は?」

 

 

温泉から旅館に戻った後、部屋の中でしばらくだらだらしてから彼が口を開いた。

 

 

 

 

悠里「…どうしましょ?温泉に気を取られてあまり考えていなかったわ。」

 

 

胡桃「また車で移動する?」

 

悩む悠里に胡桃が尋ねた。

 

 

 

悠里「そうね……」

 

 

 

由紀「すと~っぷ!!後一泊だけしてこうよ、せっかくの旅行なんだから!」

 

胡桃の顔を手で押し退けて由紀が言う。

 

 

 

胡桃「んがっ!おい由紀!!手ぇどけろ!!」

 

 

 

由紀「ああ…ごみんごみん。」

 

由紀が胡桃の顔からそっと手を離す。

 

 

 

「一泊ってのは僕も賛成です。ここは街と比べると奴らの数が少なくて過ごしやすいですから、もちろん残りの物資に余裕があれば…ですけどね。」

 

 

 

悠里「ええ、物資の方は大分蓄えがあるからしばらくは大丈夫よ。」

 

 

 

美紀「ではもう少しだけここに泊まっていきますか?」

 

 

 

悠里「そうね、もう一泊くらいはしていきましょうか。」

 

悠里はそう言ってニコッと笑った。

 

 

 

由紀「やった~!…じゃあさっそく遊びに行こう!!」

 

由紀が立ち上がって言う。

 

 

 

 

胡桃「遊びにって……どこへ?」

 

 

 

由紀「ん~…考えてないけど……とりあえず外に出ようよ!」

 

 

 

美紀「あ、そういえば先輩達は昨日その辺り見てまわったそうですが、私と__さんは旅館の安全確認中だったので…温泉に行く途中ちらっと見ただけなんですよね。…しっかり見てきたいです。」

 

美紀が部屋の窓から外を眺めて言った。

 

 

 

悠里「そうだったわね。じゃあとりあえずは皆でゆっくりと外を見て回りましょうか?」

 

 

 

胡桃「まあ、あたし達もまだ少ししか見てないし…それも良いな。」

 

 

一同は軽い支度だけをして、外に出る。

 

 

 

 

 

それぞれ離れ過ぎないようにしながら辺りの店を見て回ること約一時間、美紀があることに気付く。

 

 

 

 

美紀「…もしかしてですけど……あまり見るもの無かったりします?」

 

 

その台詞を聞いた由紀以外の全員が、ピクッと反応する。

 

 

 

 

胡桃「……気付いてしまったな、その事実に。」

 

 

悠里「私達も薄々気付いてはいたんだけどね…」

 

 

「食べ物は賞味期限切ればかり…しかも冷蔵機器も止まってるから目に見えて腐ってる物もちらほら……」

 

 

由紀「みてみて~可愛いぬいぐるみがあった~!」

 

 

 

 

可愛いのかよくわからないご当地キャラのぬいぐるみを持った由紀だけがはしゃぐ中、黙りこむ四人。

 

 

 

胡桃「…ちょっと外に出てるわ。」

 

 

「…じゃあ僕も。」

 

 

 

 

 

美紀「私とりーさんももう少ししたら由紀先輩連れて出ますんで…先に待っててください。」

 

 

 

胡桃「りょーかい。」

 

 

 

退屈が頂点に達した二人は店の外に出る。

 

 

 

 

胡桃「ふぁ~…」

 

外に出た瞬間に胡桃が大きく欠伸(あくび)をした。

 

 

 

「眠いの?」

 

 

胡桃「いや、退屈過ぎてね…な~んか楽しいものないかなぁ。」

 

胡桃はそう言って辺りをキョロキョロと見回す。

 

 

 

「楽しいものね……」

 

彼も辺りを見回す、すると一つの文字が目に入り胡桃に尋ねる。

 

 

 

「胡桃ちゃん。」

 

 

 

胡桃「ん?」

 

 

 

「君…釣りは好きかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悠里「由紀ちゃん…そろそろ……」

 

飽きずに店内を見て回る由紀を呼び戻そうとしたその時、胡桃が戻ってきて悠里に話し掛ける。

 

 

胡桃「りーさん!!」

 

 

 

悠里「胡桃、どうしたの?」

 

 

 

胡桃「釣り行ってきていい?」

 

 

 

悠里「釣り?」

 

 

 

胡桃「うん!あいつが近くに釣具屋あるの見つけてさ…道具もちゃんとそろってるみたいだし、良いかな?もし良ければりーさん達も一緒に。」

 

ウキウキ顔で胡桃が尋ねる。

 

 

 

美紀「どこでやるんですか?」

 

 

胡桃「やるとしたら今朝温泉行く途中に見掛けた川かな。」

 

 

美紀「ああ…あの川ですか。」

 

 

今朝、彼女達は温泉に向かう道中で一つの川を見掛けていた、ぱっと見た限りでは綺麗で確かに中々釣りに向いていそうではあった。

 

 

 

 

悠里「釣りねぇ、上手くいけば昼食はお魚になるかも。…いいわよ、じゃあ私達は胡桃達が釣った魚を調理出来るように包丁とか軽い調味料とか用意してから行くから。二人で先に行っててくれる?」

 

 

 

由紀「私も!私も先に行ってても良い?」

 

悠里の横で由紀がピョンピョンと跳ねながら尋ねる。

 

 

 

悠里「だ~め!由紀ちゃんと美紀さんは私を手伝ってちょうだい。」

 

 

美紀「はい。」

 

 

由紀「う~、分かった~。」

 

 

 

 

 

胡桃「あれ?そんなに人手必要?」

 

由紀と美紀を連れていこうとする悠里に尋ねる。

 

 

 

悠里「ええ、必要なの。」

 

意味ありげな笑顔でそう答えると悠里は胡桃に近づいてそっと耳打ちした。

 

 

 

悠里「私達は少し遅めにそっちに向かうわ……無理にあの事を言えって事ではないからね?」

 

 

 

胡桃「ああ…気を使ってくれたのか、ありがとう。…なるべく言えるよう頑張るよ。」

 

 

 

悠里「言えなかったら言えなかったで、二人きりでのんびりとお喋りでも楽しんで。」

 

悠里はそう言ってニコッと笑うと由紀と美紀を連れて店から出ていく。

 

 

胡桃も遅れて店から出ると外で待つ彼に悠里が許可をくれた事を告げ、二本の釣竿と餌をもって二人で川に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて…ここで良いかな?」

 

川にたどり着いてから彼が言った。

 

 

 

胡桃「ああ、ここでいい。あまり奥に移動しちゃうとりーさん達が分からなくなっちゃうし。」

 

 

 

「それもそうか。」

 

 

二人は山中の川辺に荷物を下ろし、釣りの準備を始める。

 

 

 

 

胡桃「…なんかこれ気持ち悪いな…。」

 

釣り具屋から持ってきたミミズのような人工餌を手にして胡桃が言う。

 

 

 

 

「うん…やたらリアルだね。作り物って分かってても素手で触るのヤだな。」

 

彼が触るのを躊躇(ためら)っている中、既に胡桃はそれを釣り針に付けていち早く釣りを始めた。

 

 

 

「よく触れたね?」

 

 

 

胡桃「気持ち悪いけど…別に我慢は出来るレベルだよ。」

 

竿を川に垂らしながら言う胡桃。

 

 

 

「へぇ。」

 

 

彼もそう言いながらその餌を針に付け、竿を川に垂らして胡桃に続いた。

 

 

 

「女の子はそういうのいつまでも触れない程苦手かと…。」

 

 

 

胡桃「まるであたしが女の子らしくないみたいな言い方だな。」

 

竿を垂らしながら彼を睨む胡桃。

 

 

 

「はははっ!確かに僕のイメージしてた一般的な女の子とは違うね。」

 

笑いながら彼が言った。

 

 

 

 

胡桃「なに?…__はそういう女の子が好きなの?」

 

 

 

 

「ん~、いや…そういうのより僕は胡桃ちゃんみたいな方が好きかな。キャー!触れな~い!…なんていつまでもやられてたらイライラするし。」

 

 

 

胡桃「ああ、そう。」

 

そう言って胡桃は川に目を向ける。

 

 

 

胡桃「…………。」

 

 

 

「…………。」

 

 

 

二人して無言で釣りをする事、約五分…再び胡桃が口を開く。

 

 

 

 

胡桃「…誰を比較に、とかじゃなくてさ。」

 

 

 

「うん?」

 

彼が胡桃の方を見る。

 

 

 

 

 

 

胡桃「…ただ一人の女の子としてさ………」

 

 

 

 

胡桃「…あたしの事……好き?」

 

そう言って胡桃も彼を見つめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あ~~~。」

 

 

 

 

胡桃「………。」ハッ!!

 

 

胡桃「友達としてだぞ!!友達として!!!彼女にしたいとか結婚したいとかそういうのは違うからな!?」

 

慌てて言葉を付け足す胡桃。

 

 

 

 

「ああ!ですよね~。」

 

彼がへらへらと笑う。

 

 

 

胡桃「当たり前だろ!!」

 

 

 

「だって女の子としてとか言うんだもん!そりゃそっちの好きを連想しちゃうよ~。」

 

 

 

胡桃「へ?…女の子としてとか言ってた?」

 

胡桃が真顔で尋ねる。

 

 

 

「ん?言ってたよ。」

 

 

 

胡桃「…聞き間違いじゃない?多分言ってないよ。」

 

 

 

「ん~~?そっかな~、…まあいいや。」

 

 

 

胡桃「んで、どうよ?あたしは友達としてオッケー?」

 

改めて尋ねる胡桃。

 

 

 

 

「勿論オッケー。大切な友達だよ。」

 

彼が胡桃を見て笑顔で答える。

 

 

 

 

胡桃「……何があっても?」

 

伏し目がちに尋ねる胡桃。

 

 

 

 

「まあいきなり僕の後頭部をシャベルで殴ったりしなきゃ。」

 

 

 

胡桃「……」スタスタ

 

釣竿を置いて彼の側に胡桃が駆け寄る。

 

 

 

「…ん?」

 

 

 

胡桃「そんな事しない…。そういえば今朝はゴメン……痛かった?」

 

彼の頭のタンコブを手で撫でながら胡桃が言う。

 

 

 

 

「あ、ああ…もう痛くないし、元はといえば僕の自業自得なんだから気にしなくても……。く…胡桃ちゃん?」

 

いつもと違う胡桃の態度に戸惑う彼。

 

 

 

胡桃「……ずっと友達でいてくれる?…どんなあたしでも。」

 

 

 

「………。」

 

胡桃の顔を見て真面目な話だと察した彼は、茶化さずに言った。

 

 

 

「うん……ずっと友達でいる。」

 

 

 

 

胡桃「……そっか。」

 

 

胡桃(やっぱりこいつは優しい……傷の事…伝えよう。)

 

 

 

 

胡桃「あのな…あたし実は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴロゴロッ!!

 

 

胡桃が口を開いた直後、二人の後ろの斜面から何かが転がり落ちてきた。

 

 

 

 

『ヴヴゥ~…アァ…ア』

 

転がってきたそれはやはりゾンビだった。

 

 

 

 

「はぁ……ちょっと待ってて。」

 

 

胡桃「あ……うん。」

 

彼は自分の持っていた竿を胡桃に渡してそう言うと、ナイフを手にゾンビに近づいていった。

 

 

 

 

「わざわざ転がって来てまで…ごくろうさんでした。」

 

グサッ!!

 

 

彼はそう言ってゾンビの頭にナイフを突き刺す。

 

その動きは手慣れたもので、たった一体ならばなんの危なげもなく、見ている方も安心だった。

 

 

 

 

胡桃「………!」

 

だが胡桃はそのゾンビをよく見てある事に気付く、彼が刺したそのゾンビは皮膚が爛れているので断定は出来ないが、恐らく胡桃達と年齢が近いであろう少女だった。

 

 

 

胡桃「………」

 

彼がそのゾンビを躊躇いなく突き刺すのを目の当たりにして、先程の決意が揺らぐ胡桃。

 

 

 

 

 

 

 

胡桃(いや…そりゃ躊躇わないに決まってるだろ…大体あたしだって学校にいた時にああなった同級生達を何人も殺したじゃないか…もう普通の事なんだ、この世界じゃ……いちいち躊躇う方がおかしいんだ……。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

胡桃(………なのに……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

胡桃(……また怖くなって言えなくなっちゃった………。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「胡桃ちゃん?」

 

急に声を掛けられて胡桃は驚く。

 

 

 

胡桃「おおっ!!…なに?」

 

 

 

「お待たせ、釣竿返して?」

 

 

 

胡桃「あ…、はい。」

 

自分が釣竿を持っていたのを思い出してそれを彼に渡す胡桃。

 

 

 

「どうも」

 

彼はそう言って再び釣りを始めた。

 

 

 

 

 

胡桃(会話の途中だったの忘れてるみたいだしちょうど良いか……今回はあきらめよ……。)

 

そう思い、自分も釣りを再開しようと胡桃が動いたその時…

 

 

 

 

「…で、さっきの続きは?」

 

彼がそう言った。

 

 

 

胡桃「…え?」

 

 

 

 

「さっきなんか言おうとしてたでしょ?よくあるラブコメ漫画の主人公ならこのままうやむやにするんだろうけど…僕はしっかりと胡桃ちゃんが『実は…』って言うのを聞いてたからね!!」

 

釣りをしながら言ってドヤ顔を見せる彼。

 

 

 

 

胡桃「あ……あれは…。」

 

胡桃(人の話結構ちゃんと聞いてるやつだな…どうしよ……ごまかす?でもどうやって…。)

 

 

 

 

「ほらほら…なんでも言ってごらん?」

 

彼が耳を向けて胡桃の言葉を待つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

胡桃「はぁ……」スタスタッ

 

胡桃(こうなれば仕方ない…)

 

駆け寄った胡桃は再び彼の横に立ち、そして

 

 

 

 

 

 

…チュッ

 

 

耳を向けて待つ彼の頬にキスをした。

 

 

 

 

胡桃「…んっ。」

 

口を離して彼の顔を見る胡桃。

 

 

 

 

「………。」

 

そ~っと、彼が胡桃の方を向き、そして目が合う。

 

 

 

 

胡桃(うわぁ~…バカかあたしは!ごまかす為とはいえなんて事してんだ!キスすんのはさすがにやり過ぎだろ!!)

 

自分がした事を思い返して顔を赤くする胡桃。

 

 

胡桃(…てか落ち着いて考えたら傷の事を言うよりもこっちの方が勇気いるんじゃないか??)

 

 

 

 

 

「………。」

 

彼が無言で胡桃を見詰める。

 

 

 

胡桃(ど、どうしよう……今のであたしがこいつに惚れてるとか勘違いされてそのまま告白とかされたら…。)

 

 

 

 

「…………。」

 

 

 

胡桃(…なんかずっとあたしの事見てるけど……まさか頬のキス一つで興奮して襲ってきたりしないよな?性的な意味で!!…一応シャベルを………あ!ダメだ、釣竿と一緒にあっちに置きっぱなしだ…!)

 

 

 

シャベルは胡桃が先程まで釣りをしていた場所、つまり4m程後方に置いてあった。

 

 

 

 

胡桃(どうしよう!男のこいつに力ずくで抑えつけられたら多分あたし振りほどけないよな……ヤバい!もしこいつが本当に襲ってきたらあたしはそのままこいつに~!)

 

彼の視線を受け、顔を真っ赤にして胡桃は身構える。

 

 

 

 

「……胡桃ちゃん。」

 

彼がようやく口を開く。

 

 

 

 

胡桃「はっ、はい!」

 

ビクつきながら返事をする胡桃。

 

 

 

 

 

 

「………。」

 

 

 

 

胡桃「………。」ドクン!ドクン!

 

 

 

 

「今のは立派なセクハラじゃないかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

胡桃「は?……」

 

まさかの一言に言葉を失う胡桃。

 

 

 

「だってそうでしょう?いきなり人の頬にキスをするなんて、例えば僕がいきなり由紀ちゃんの頬にキスしたらどうですか?一発で事案でしょ。」

 

 

 

 

胡桃「言っても良い?」

 

手を挙げながら胡桃が尋ねる。

 

 

 

 

「どうぞ、胡桃さん。」

 

どっかの先生らしく彼は言う。

 

 

 

 

胡桃「今朝覗きをしたお前が偉そうに言うな!!!」

 

そう言って胡桃はシャベルの元に駆けていき、それを手に持ち構える。

 

 

 

 

「ストップストップ!冗談冗談!!ちょっと驚いたから変な事言っちゃっただけだよ!」

 

彼が慌てて胡桃を落ち着かせる。

 

 

 

胡桃「…本当に?」

 

 

 

「うん…いきなりキスされたもんだから、…僕も少し驚いちゃってね。」

 

 

 

胡桃「…ゴメン。」

 

シャベルを下ろす胡桃。

 

 

 

 

「ううん、驚きはしたけど…嬉しかった。」

 

彼が笑顔で言う。

 

 

 

 

胡桃「………。」

 

 

 

 

「…なんでいきなり?」

 

彼が尋ねてくる。

 

 

 

胡桃「今朝わざわざ覗きに来たのに何も見れなかったお前への残念賞だよ。」

 

胡桃(少し無理矢理な気のする言い訳だけど、まあ良いか。)

 

釣竿をいじりながら胡桃は言った。

 

 

 

 

「…覗きをして成功すれば皆の裸を見る事ができ……失敗に終わっても胡桃ちゃんがキスしてくれる………あれ?これ負けがなくない?」

 

手に顎を乗せて考えながら彼が言う。

 

 

 

 

胡桃「いや…今回だけだぞ。次からは成功しても失敗してもお前を待つのは死だ。」

 

彼を睨みながら言う胡桃。

 

 

 

「…分かりました。」

 

胡桃の気迫に負けて大人しく返事をする彼。

 

 

 

 

そして二人は再び釣りに戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…で、結局言おうとしてたのは何です?」

 

 

 

胡桃(ごまかせてないのかよ!!!!)

 

 

 

「『あたし…実は…』からのキスだと繋がらないからね。…いや、……もしかして実は僕の事が好きって事?…だとすればキスをしたのも頷けるし話も繋がる!!」

 

興奮しながら彼が言う。

 

 

 

 

胡桃「あの時は、あたし…実はお前にプレゼントが…って言ってキスするつもりだったの!どうだ、ロマンチックだろ。」

 

胡桃(何言ってんだろ…あたし。)

 

自分で言って顔を赤くする胡桃。

 

 

 

 

 

 

「ちょっとベタだね。…四十点。」

 

彼がさらっと言った。

 

 

 

 

胡桃(ムカつく!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

胡桃「………。」

 

 

 

 

 

 

「釣れないね。」

 

 

 

 

胡桃「そうだな。」

 

 

 

 

 

「………。」カチャ…

 

 

胡桃「……?」

 

 

彼が釣竿を置いて他の釣具を眺め始める。

 

 

 

 

胡桃「どした?なんか変えるの?」

 

 

 

「いやね…ふと思ったんだ。胡桃ちゃんはこの人工餌は平気だった……けどそれはこれが人工物って分かっていたから……違うかい?」

 

彼が人工餌を指で持ちながらしゃがんで尋ねる。

 

 

 

胡桃「まあそうだな。人工って分かってるだけで大分違う。」

 

 

 

「人工物って知らなかったら?」

 

 

 

胡桃「ただのミミズにしか見えないから引く。」

 

 

 

「でしょ?」

 

 

 

 

 

 

胡桃「…何が言いたいの?」

 

胡桃がそう尋ねた瞬間、彼はニヤッと笑って答えた。

 

 

 

 

「後でりーさん達が来たらいきなりこれ投げてみよっか。」

 

 

 

 

胡桃「いやいや…やめてやれって。」

 

 

 

 

「誰に投げようかな?」

 

 

 

 

胡桃「やる気まんまんかよ…。」

 

 

 

 

「おすすめは誰?」

 

 

 

胡桃「ん~由紀はミミズとか苦手かな?よく分からん、美紀も分かんないし…りーさんは…園芸とかしてたくらいだからもしかしたら平気かもね。」

 

深く考えずに思いついたまま話す胡桃。

 

 

 

 

「そっかぁ!!じゃありーさんにしよう!苦手過ぎる人に投げて嫌われるのもイヤだしね。」

 

結局彼は悠里をターゲットにした。

 

 

 

 

今思えば止めるべきだった。

 

 

 

 

 

 

 

胡桃(結局…傷の事は言えなかった……。)

 

 

 

胡桃「……あのさ。」

 

嬉しそうに人工餌を眺める彼に声を掛ける胡桃。

 

 

 

 

「ん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

胡桃「…もしあたしが奴らと同じ様になったら……お前があたしを殺してくれるか?」

 

 

 

 

「……不謹慎だな。」

 

真剣な顔をして彼が言った。

 

 

 

 

 

胡桃「いいから…答えて。」

 

 

 

 

「…………。」

 

 

 

 

「…分かった…殺してあげるよ。ただそのかわり僕がそうなった時は胡桃ちゃんが僕を殺してね?」

 

 

 

胡桃「…任せとけ。…ばっちし仕留めてやる。」

 

 

 

 

「だったら……僕達は最期まで一緒にいないとね。」

 

彼がボソッと言う。

 

 

 

胡桃「え?」

 

 

 

 

 

「だって離れちゃったらどっちかがそうなった時に仕留めてやれないでしょ?」

 

 

 

 

胡桃「はは…そっか…じゃあずっと一緒にいなきゃな……。」

 

 

 

「まぁこの世界が元通り平和になったら話は別だけどね。」

 

 

 

胡桃「……あたしは…元通りになっても皆と一緒が良い……一応お前ともな。」

 

胡桃が彼を見ながら笑顔で言った。

 

 

 

 

「うん……。…ま!僕が側にいる限り君達を奴らの仲間にはさせないけどね!」

 

彼も笑顔でそう言った。

 

 

 

胡桃「……守ってくれるんだっけ?」

 

 

 

 

「うん…守ってあげるよ。」

 

 

 

 

胡桃「………。」

 

 

 

 

 

 

胡桃「…そっか…ありがとう。」

 

胡桃はそう言って顔を伏せた。

 

 

 

胡桃「…………。」

 

 

 

 

 

(………ん?胡桃ちゃん……泣いてる?)

 

顔を伏せているのでハッキリ見えないが、僅かに見えた目が潤んでいた気がした。

 

 

 

 

「胡桃ちゃん……」

 

 

 

 

胡桃「あ……ほら、りーさん達が来たぞ。」

 

彼に後頭部を見せて胡桃が言った。

 

 

 

 

 

 

由紀「お二人さ~ん!釣れてますかな~!?」

 

胡桃の言ったとおり、悠里達がこちらに向かってきていた。

 

 

 

 

胡桃「…ほら……りーさんにミミズ…投げてくるんだろ?」

 

胡桃は相変わらず後頭部を彼に見せながら言う。わざと顔を見せないようにしているように見えたし、声も僅かに震えている気がした。

 

 

 

 

「ああ…うん。」

 

彼は胡桃が気になったが、わざわざ顔を覗きこむのも悪いのでとりあえずは悠里に投げる為の人工餌を手に持った。

 

 

 

 

悠里「あら?一匹も釣れてないの?」

 

二人の横に置かれたバケツを見て言う悠里。

 

 

 

 

 

「りーさん。」

 

そんな悠里に彼が声を掛ける。ミミズを投げる為に。

 

 

 

悠里「ん?なに?」

 

彼の方を見る悠里。

 

 

 

 

「ほれ。」ポイッ!

 

 

悠里目掛けて飛ぶミミズ(人工)

 

 

 

 

悠里「ん?」パシッ!

 

 

悠里は反射的にそれをキャッチし、そして静かに手を開いてそれを確認する。

 

 

 

 

 

 

 

 

悠里「……?……ひっ!!キャーー!!!」

 

 

慌てて人工餌を地面に叩きつける悠里。

 

 

 

由紀「?…ああ…。あはははっ!!」

 

叩きつけられた人工餌を見て全てを察し、由紀がケラケラと笑う。

 

 

 

美紀「………うわぁ…。」

 

美紀は目に僅かながらも涙を浮かべる悠里に気付き、由紀とは違う物を察して怯える。

 

 

 

 

「はははははっ!!」

 

一方彼は大爆笑。

 

 

 

 

悠里「……………。」

 

 

 

 

「あんなりーさん初めて見ました!あれ本物じゃなくて人工の餌なのに!あはははっ!!」

 

まだまだ大爆笑する彼。

 

 

 

由紀「あははっ……あ~…ヤバ…。」

 

由紀も遅れて何かに気付く。

 

 

 

 

悠里「………」スタスタ

 

悠里が無言で彼の前に立つ。

 

 

 

「?…どうしましたりーさ…」

 

 

バシンッ!!

 

悠里渾身のビンタが彼の頬に炸裂。

 

 

 

 

 

「うぐっ!!」

 

(速い!全く見えなかった!!)

 

 

 

 

 

悠里「__君!!そこに正座しなさい!!!」

 

珍しく怒鳴る悠里、よっぽど頭にきたようだ。

 

 

 

 

「あ~…地面…石ばかりで正座すると痛いと思うんですが………。」

 

彼が小声で言う。

 

 

 

 

悠里「そのくらいでちょうど良いでしょ!ほら早く正座!!」

 

 

 

 

「はっ…はい!!」

 

大人しく正座する彼、(すね)に石がめり込んでかなり痛い。

 

 

 

 

悠里「まったく!いったい何を考えてるの!?今朝は覗き!そして今はこの下らないドッキリ!!そろそろ私も怒るわよ!?」

 

 

 

「お言葉ですが…既に怒っているのでは……」

 

彼がそっと言う。

 

 

 

 

胡桃「ぷっ…!……あはははっ!!」

 

それを見て胡桃が笑う。

 

 

 

 

 

由紀「えへへ……あははっ!!」

 

 

 

美紀「……ふふふっ!」

 

 

それにつられるように由紀と美紀も笑う。

 

 

 

 

 

悠里「…ふふっ!…まったくもう!!」

 

思わず悠里も笑ってしまう。

 

 

 

「………。」

 

 

 

 

胡桃「あはははっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼は胡桃の顔を見た。

 

 

彼女はやはり泣いていたが、それが元々流れていた涙なのか、今笑った事で出た涙なのかはもう分からなかったが…今はとても楽しそうに笑っているのでとりあえず良しとした。

 

 

 

 

 

胡桃(今日は言えなかったけど…まだ機会はある、のんびりいこう。あたしとこいつはこれからも一緒なんだから。)

 

 

 

 




胡桃ちゃんの圧倒的なツンデレっぷり…。

これには主人公の彼もさすがにときめくのでは?

そしておっかないマジギレモードりーさん…。

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