悠里「あ!見えてきたわ!あれが温泉じゃない?」
山道を抜けた先に僅かに見えた湯気のような煙を見て悠里が言った。
由紀「わ~い!」
胡桃「イェー!!」
由紀・胡桃の二人がそれに向かって嬉しそうに駆けていく。
美紀「先輩達、大はしゃぎですね。」
ふふっ、と笑ってから美紀が言う。
悠里「久しぶりのお風呂…しかも温泉だからね、はしゃぐのも無理ないわ。」
美紀「確かに、学校を出てからはずっと川の水浴びがお風呂代わりでしたからね。」
「冷たい川だと頭に洗うのも大変です、…本当に凍えそうになる。」
そんな会話をしながら三人はのんびり歩き、由紀達に追い付く。
由紀「凄いよ皆!!」
胡桃「見ろよコレ!」
悠里「わぁ!」
美紀「凄い…!」
「おお~!」
三人が見た物は想像していたよりも広く、円を描くように置かれた岩に囲まれた温泉だった。
胡桃「これ温泉だよな!?」
目をキラキラと光らせながら胡桃が言った。
美紀「ええ、近くに立て札もあったので間違いないと思います。」
由紀「あったか~い!!」
由紀が屈み、温泉に手を浸けて言う。
それを聞いた悠里もその横に屈み、手を浸ける。
悠里「本当!思ったよりも熱くて気持ちいいわ。」
胡桃「早く入ろうぜ!」
美紀「ええ!」
「んじゃ…僕は少し戻った所で待っているので、何かあった時や温泉から出た時は呼んでくださいね?」
彼がくるっと振り返り、来た道へ引き返しながら言った。
悠里「ちょっと待って。」
「はい、なんでしょう?」
悠里に声を掛けられ、足を止める。
悠里「順番に入るのも面倒だから__君も一緒に入りましょ。」
「……………はい??」
悠里が言った言葉を理解できずに、思わず間抜けな声をあげる。
(……今、りーさんは何て言ったんだ?)
頭の中で悠里のセリフを思い返してみる。
『順番に入るのも面倒だから__君も一緒に入りましょ。』
『面倒だから__君も一緒に入りましょ。』
『__君も一緒に入りましょ。』
『一緒に入りましょ。』
「………。」
「な!!??」
悠里のセリフを思い返し、彼は衝撃を受ける。
「いやいやいや!!良いんですか!?」
少々裏返った声で悠里に尋ねる。
悠里「ええ、良いわよ。」
笑顔で答える悠里。
「胡桃ちゃん達は!?僕がいても良いの!?」
悠里の気がおかしくなっただけだと思った彼は、胡桃達にも尋ねる。
胡桃「え?別に良いよ。」
美紀「私も平気です。」
由紀「一緒に入ろ~!」
胡桃と美紀もあっさりと了承、由紀に
「…良いの?」
念の為もう一度確認。
胡桃「しつこい!良いって言ってるだろ!」
「……じゃお言葉に甘えて!!」
彼は歓喜する。
そんな中、彼女達は持ってきたリュックからシャンプーや石鹸などを取り出して入浴の準備を始めていた。
(おおっと!そうだった、僕も準備をしないとな!)
彼もリュックを下ろして必要な道具を取り出し、準備を終える。
(準備完了!!…さて、皆様は一体どんな格好で入浴するんですかね!?)
準備を終えたにも関わらず、リュックを探る振りをしながら横目で彼女達を盗み見る。
(…妥当な所では水着かな…その場合は多分既に服の下に着ているとみられる。)
(………だが願望としては!一枚のタオルを体に巻いただけ!!それだけの格好が見たい!!!)
(…さあ!!どっちだ!!!)
彼が血走った目で彼女達を見つめる、もはやリュックを探る振りをしていた手も止めていた。
由紀「…うんしょ…。」
由紀が彼の目の前で着ていた制服に手をかける。
その行動を一瞬見ただけで、彼は落胆する。
(僕の目の前で服を脱ぐ=見られても問題ない物を下に着ているから=つまり既に水着着用。)
(水着だったか……。良いんだけどねそれでも……タオル一枚とかあり得ないって分かってたし……というか僕は水着なんて着てないからタオルを巻いて入るんだけど、良いのかな?)
(…とりあえず一旦離れて着替えてきた方が良いよね?目の前で僕が全裸になり始めたらさすがに引かれるだろうし…。)
そう思った彼は立ち上がり、「僕は水着とか着てないからそこの木陰で着替えるね?」…そう彼女達に告げようとするが、目の前の光景に驚き、固まる。
由紀「……っと。」
「…あ…あっ……」
上半身の制服を脱いだ由紀が着ていたピンク色のそれは水着ではなく、普通の下着のような気がしたからだ。
由紀「……」
困惑する彼を尻目に、由紀はスカートに手を掛ける。
「ちょっと待ったぁ!!!」
そう叫んだ直後に、スカートに掛けられた手を掴んで止める。
由紀「うん?どうしたの__くん??」
上半身の下着らしき物を見られているのも気にもせずに由紀が不思議そうな顔で言う。
「あの~…由紀ちゃん、それって……水着??」
そっと由紀の胸元を指差して尋ねる。
由紀「え?ううん、普通の下着だよ?」
いつもの表情のまま答える由紀。
「やっぱ下着なの!?…てか良いの!?」
由紀の両肩を掴んで正面から彼がわりと大声で言った。
由紀「…え?これから温泉に入るから…下着姿くらいは……それにこの下着だって今から脱ぐんだよ?」
さらっと言う由紀。
「…は?僕の見てる前で??」
何かの間違いだろうと思い、確認する。
由紀「あ…う、うん。……でもわざわざずっと見てなくても良いんだよ?…私もあんまり見られると恥ずかしいし……」
由紀が恥じらいながら言う。
「ああそうですか…………。」
「皆!由紀ちゃんの様子が変です!!」
彼は慌ててそう言って胡桃達の方を見る。
「……な!?」
胡桃達もまた、当たり前のように下着姿になっていた。
胡桃「由紀がどうした?」
悠里「__君、あまり大声ばかり出さないでね?奴らが寄ってくるかもしれないから。」
美紀「__さんまだ全然準備してないじゃないですか。」
もう訳が分からなかった。
「……りーさん、いくつか確認して良いですか?」
彼が落ち着いた声で悠里に言った。
悠里「なに?」
上半身下着姿の悠里が不思議そうに言う。
「僕は一緒に温泉に入って良いんですよね?」
悠里「??…ええ。」
「それは水着ではないんですよね?」
由紀の時と同じように悠里の胸元を指差して尋ねる。
悠里「違うわよ?」
「ふむ……りーさん達温泉にはタオルでも巻いて入るつもりですか?」
悠里「え?…タオルは体を拭く分しか持ってきてないから、巻いたりしないわ。」
「……どうやって入るつもりですか?」
もう分かってきたけど念の為尋ねる。
悠里「裸でだけど……ダメかしら?」
「……胡桃ちゃんと美紀さんも?」
二人にも尋ねる。
胡桃「そうだよ?」
美紀「ええ、まあ。」
あっさりと答える二人。
(…そうか。)
(皆は僕に気を使ってくれているんだ……。)
(これは普段激務をこなしている僕へ、彼女達からのご褒美なのだろう。)
(ありがた過ぎて涙が溢れてくる…)
胡桃「何泣いてんの?…変なやつ。」
そう言って胡桃が側に駆けよってくる。
(昨夜はあんなに僕に暴力を振るっていたのに…胡桃ちゃんも素直じゃないな……。どれ、一つ調子にのってみるか。)
「胡桃ちゃん。」
胡桃「ん?何?」
そう言って彼の顔を見る胡桃、彼女は既に上下とも下着姿だった。
「…脱ぐの手伝ってあげるから、後ろ向いて。」
もう殴られるの覚悟で言ってみる。
胡桃「え?…あ、うん…頼むよ。」
そう言って胡桃は少し頬を赤く染めると後ろを向いた。
(………マジか。)
胡桃「…………」
(……じゃあ…お言葉に甘えて…。)
彼は一度深呼吸をしてから胡桃の下着の背中部分にあるホックを外そうと手を伸ばす。
そしてその下着に触れる寸前に、由紀が彼の横に来て言った。
由紀「ねえねえ、__くん。」
「ん?なんですか?」
手を止めて由紀に言う。
由紀「……て。」
「…はい?」
由紀の声がはっきりと聞き取れない。
由紀「………きて」
「来て?…どこにですか?」
由紀「はぁ…違うよ~。」
由紀が呆れた顔で手招きをして耳を貸せ、とジェスチャーをする。
「…?」
その通りにして、そっと由紀の口に耳を近付けて目を閉じ、耳を澄ます。
すると由紀が息を深く吸い込んでから言った。
由紀「起きて!!!!」
「のわっ!!!」
驚いて目を開けると目の前にはパジャマ姿の由紀、そして呆れた顔で僕を見下ろす胡桃達の姿があった。
そして何より、僕のいる場所は旅館の部屋……その布団の上だった。
「……温泉は?」
由紀に尋ねる。
由紀「これから行くよ~、だから__くんを起こしたんだよ?」
ニコッと笑って由紀は言った。
(起こした??僕は眠っていたのか……じゃあさっきのは夢…)
「クソッ!変だと思ったんだよ!!」
彼はそう言って頭を抱える。
由紀「わわ!!ゴメンね!まだ寝てたかったかな??」
慌てて申し訳なさそうに由紀が謝る。
「いいえ違うんです……起こされたから怒鳴った訳ではなくて…起こされて失った物が大きかったからショックを受けたというか……」
彼が布団に入ったままぶつぶつと一人言を言い始めた。
胡桃「こいつ…今日は寝起き悪いな。」
悠里「そうねぇ。」
美紀「ですね。」
第31話『おんせん』
美紀「さて…__さん、今朝も見回り頼んで良いですか?」
彼が自分の布団を片付け終わったのを見てから美紀が言った。
「ああ…分かりました。」
そう言って彼は大人しく部屋を出てふすまを閉める。
しかし、彼は見回りに出る事なく部屋の前にたたずんでいた。
(…多分皆着替えるよね。ちょっとだけふすまを開けて見てみようかな…)
そっとふすまに手を掛ける。
「………。」
…だが、不意に嫌な予感が頭を
「……………。」
バタン!!!
急に部屋のふすまが大きな音をたてて開かれた。
胡桃「……大丈夫、ちゃんと見回りに行ったみたい。」
胡桃が部屋から廊下を覗きこんでそう言うと、また静かにふすまを閉める。
どうやら彼が覗いていないか、抜き打ちチェックをしたようだ。
「あ、危なかった~!」
階段に身を隠しながら彼が小声で言った。
(あのまま覗いていたら僕は間違いなく皆に殺されていた!…やっぱ覗きはダメだね~。)
彼は諦めて見回りに向かうことにした。
十五分後。
由紀「__くん遅いねぇ?」
美紀「何かあったんですかね?」
胡桃「うーん…変な物音もしてないし、多分あいつなら大丈夫だろ。」
悠里「無事だと良いけど…。」
パジャマからいつもの制服に着替え終えて、部屋の中で彼を待つ彼女達。
パタン…
「戻りましたぁ~。」
悠里「少し遅かったわね、大丈夫だった?」
帰ってきた彼に尋ねる悠里。
「ええ問題ないですよ~。ただ皆さんの着替え中に帰ってしまわぬように、のんびりと見回りしてたら遅くなってしまいました…すいません。」
部屋の壁に寄りかかるように座って答える。
悠里「そうだったの、悪いわね気を使かわせてしまって…。」
胡桃「着替え終わったら呼んでやれば良かったな、わりぃ…。」
二人が申し訳なさそうにそう言うのを見て、彼は彼女達に見えないように手で顔を隠しながらニヤリと笑った。
(この行動で僕に対する彼女達の好感度が大きく上がったハズ!もしかしたら彼女達はこの罪悪感から僕が共に温泉に入る事を許すかもしれない!!)
(僕はあの夢を正夢にしてみせる!!!)
彼はそう決意してから立ち上がり、爽やかな表情で彼女達に言った。
「気にしないで下さい。着替えの時に部屋から出るのは当然の事なんですから…温泉でも皆さんが入浴してる間は僕が『一人で』辺りを見張っていますから、安心して下さいね?」
(どうだ!?一人での部分を強調して言ってやったぞ!これはさすがにかわいそうに見えてくるだろ!?)
美紀「……なんか裏のありそうな顔ですね。」
美紀がボソッと呟く。
「!?」
(鋭い人だな!直樹美紀……彼女は手強い!!)
「裏なんかありませんよ?」
美紀の目を真っ直ぐに見て答えたつもりだったが、僅かに目が泳いでしまった。
美紀「へぇ……じゃあ間違っても私達の入浴を覗いたりしませんよね?」
疑惑の目を向けてくる美紀。
(…前から思っていたが、この人は少し僕の事が嫌いなんじゃないだろうか?)
「……美紀さんは僕の事嫌いですか?」
何の脈略もなく彼はそう言った。
(しまった!不意に心の声が漏れてしまった…今のはかなりのミステイク!!しかも会話不成立ときた!)
美紀「なんで急にそんな事を聞くのか訳が分からないんですが?」
美紀が冷たい目で言い放つ。
由紀「みーくん目が怖いよ~?ほら、__くんはただみーくんが自分の事を好きでいてくれてるか気になったんだよ。」
思いもよらぬ由紀のフォローに、彼は少し安心する。
美紀「このタイミングで急にですか?」
由紀「いいからほらほら!!質問に答えてあげなよ~。…ハイ!あなたは__さんの事が好きですか?」
美紀にマイクを向けるかのようなジェスチャーをしながら由紀が尋ねた。
美紀「まあ…好きには好きです。………もちろん人として、友達としてですよ?」
念を押しながら答える美紀。
由紀「…だそうです!!良かったね__くん!」
「はい!とても嬉しいです!」
とりあえずその場は大げさに喜んで無理矢理に美紀との会話を終わらせた。
悠里「さて…じゃあ温泉に行きましょうか?」
少ししてから悠里が言った。
彼女達は旅館を出ると、一度車に寄りシャンプーや石鹸、そして風呂桶などだけをリュックに詰める、そして温泉を目指して観光案内の地図を持った悠里の案内の中、歩いて旅館街の外れにある木々に囲まれた山道を十分程進んでいく。
胡桃「…なんか凄い山道だけどこっちであってるよな?」
胡桃が辺りを見回しながら言う。
悠里「ええ、多分あってるはずよ?…そろそろだと思うけど。」
胡桃に言われて不安になったのか、繰り返し地図を指でなぞって確認し始める悠里。
美紀「あ!…あってるみたいですよ?」
道の先にある一本の立て札を指差して美紀が言った。
その立て札には、目的の温泉があと50m先にあると記されていた。
由紀「良かった~、迷子になったのかと思っちゃった。」
悠里「私もさすがに不安になっちゃったわ、道も大分荒れてるから間違えた所を進んでしまってるかと…今思えば道の整備をする人がいなくなったから荒れ放題になっていただけなのね。」
ほっと胸を撫で下ろす悠里。
そのままのんびりと歩いていき、そしてついに……
悠里「あ!見えてきたわ!あれが温泉じゃない?」
山道を抜けた先に僅かに見えた湯気のような煙を見て悠里が言った。
由紀「わ~い!」
胡桃「イェー!!」
由紀・胡桃の二人がそれに向かって嬉しそうに駆けていく。
美紀「先輩達、大はしゃぎですね。」
ふふっ、と笑ってから美紀が言う。
悠里「久しぶりのお風呂…しかも温泉だからね、はしゃぐのも無理ないわ。」
美紀「確かに、学校を出てからはずっと川の水浴びがお風呂代わりでしたからね。」
「冷たい川だと頭に洗うのも大変です、…本当に凍えそうになる。」
川での水浴びを思い出しながら彼は言った。
「……ん?」
(この会話どこかで……)
そんな会話をしながら三人はのんびり歩き、由紀達に追い付く。
由紀「凄いよ皆!!」
胡桃「見ろよコレ!」
悠里「わぁ!」
美紀「凄い…!」
「おお~!……ん?」
三人が見た物は想像していたよりも広く、円を描くように置かれた岩に囲まれた温泉だった。
(…あれ?この温泉も見覚えが……)
訂正、約一名想像通りの温泉だった人間がいた。
胡桃「これ温泉だよな!?」
目をキラキラと光らせながら胡桃が言った。
美紀「ええ、近くに立て札もあったので間違いないと思います。」
由紀「あったか~い!!」
由紀が屈み、温泉に手を浸けて言う。
「………。」
(僕の予想ではここでりーさんも温泉に手を浸けるはず……)
彼の予想通り、悠里もその横に屈み、手を浸ける。
悠里「本当!思ったよりも熱くて気持ちいいわ。」
「!?」
(これは!?あの夢のまんまだ!!)
衝撃の事実に気付いた彼は小刻みに震え始めた。
胡桃「早く入ろうぜ!」
美紀「ええ!」
(動じるな!!あの夢の通りのセリフを言って、役を演じるんだ!!)
「じ、じゃあ…僕は…その…あっちの方で待ってるので、何かあった時とか温泉から出た時とか一緒に入っても良い時は呼んでくださいね?」
彼がくるっと振り返り、来た道へ引き返しながら言った。
(さあ!!ここでりーさんに呼び止められるはずだ!!!)
胡桃「頼むな~。」
悠里「悪いわね、あまり時間はかけないようにするから。」
美紀「お願いします。」
由紀「また後でね~。」
「………。」スタスタ…
彼は誰にも呼び止められる事なく、来た道を引き返していた。
「…………。」スタスタスタスタ…
「……。」…ピタッ
「なんでそこだけ夢の通りにいかないんだよ!!!?」
彼は山道の中、一人で叫びながらその場に崩れ落ちた。
由紀「今__くんの声聞こえなかった?」
温泉に浸かりながら由紀が言う。
美紀「いえ?私は何も聞こえなかったですけど…。」
胡桃「もしかしてアイツ!覗きに来た訳じゃないよな!?」
悠里「嘘でしょ!?」
由紀「あ…ううん、聞こえたって言っても遠くの方からみたいだったから覗きには来てないと思うよ?」
胡桃「そっか、なら良かった。」
美紀「そういえば__さん私達と別れる時変なこと言ってませんでした?」
悠里「変なこと?」
美紀「ええ、温泉から出た時や一緒に入っても良い時は呼んでくれ…みたいな事を言っていた気がするんですが……空耳ですかね?」
胡桃「空耳だろ、あたし達が一緒に入って良いなんて言うわけないってアイツも分かってるだろうし。」
由紀「私がさっき聞いた声も空耳かも…。」
悠里「かもね…とりあえず覗きには来ていないみたいで良かったわ。」
胡桃「いくらアイツでも、やって良い事とダメな事の区別くらいはついてるだろ?」
美紀「ですよね。」
一同「あははは!!」
そう言って笑いながら温泉を堪能する彼女達。
一方そのころ彼は……
(…正面突破は当然無理だ……だとすると有効なのは別の山道を迂回しての隠密行動!!)
(道なき道を進み、彼女達の死角からじっくりと偵察させてもらう!!)
やって良い事とダメな事の区別がついていない人間がここにいた。
「ほっ!!」スタタタ…
彼は温泉に向かった時とは別の獣道を勢い良く、それでいて静かに駆けていった。
(温泉まで100mも離れていないはずだ、猛ダッシュで行けば確実に入浴姿を拝める!!)
道を遮る木々の枝をナイフで切り裂きながら、もの凄い速度で駆けていく。
由紀「気持ちいいね~。」
「!?」
由紀の声が聞こえた事で温泉にたどり着いたと気付いた彼はその場に伏せ、草木にまぎれ身を隠す。
(危なかった…!もう温泉だったか!!由紀ちゃんの声が聞こえなかったらそのまま気付かずに勢い良く飛び出していってしまうところだった!)
温泉を視界にいれようと、地面をゆっくりと這いながら進んでいく。
(僕は以前まで一人で生きてきた、時には奴らの群れと出くわし、いなくなるまでじっと身を隠した事もある!!そんな僕の実戦で鍛え抜いた隠密技術をみせてやる!!!)
ゆっくりと、ゆっくりと這っていく。
由紀「ん~……りーさん相変わらず大きいね。触っていい?」
そんな言葉が彼の耳に入る。
「………。」
這うのを一度止めて耳を澄ます。
悠里「あうっ!!…こっ、こら由紀ちゃん!急に触らないで!!」
恥じらうような悠里の声が聞こえる。
「…………。」
彼はまだ死んだようにピタリと止まっている。
美紀「…でも本当にりーさんのって凄いですよね……。」
胡桃「なんだ?自分の胸と見比べたりして、美紀もそういうの気にするのか?美紀くらいあれば大丈夫だよ、それよりも小さいのがいるから!」
由紀「!…私の事!?失礼だよ胡桃ちゃん!!」
「あぁ失礼だ……貧乳は貧乳で需要がある。…かくいう僕も貧乳は好きだ。」
彼はボソッと横を這うアリに性癖を話していた。
胡桃「失礼~?こんな胸のヤツが生意気に~!どうだ?少しは大きくなったのか??」
由紀「はうっ!!くっ…胡桃ちゃん!イヤだ…っ!!そんなに触らないでよぉ…!」
(こんな光景が実在したとは…!!地獄と化した世界で、僕は天国を見つけたんだ!!!)
一応言っておくが、彼はまだ彼女達の会話を耳で聞いているだけで、その光景を見てはいない。
悠里「由紀ちゃん…さっき私もそんな気持ちだったのよ?…ね?無理矢理触られるのは嫌でしょ?」
由紀「う、うん!分かったから…!あやまる!…だから……んっ!……りーさんまで触らないでっ…!」
「…ドエスモードになったりーさんに異様な興奮を覚えているのは僕だけかな?」
横を這うダンゴムシに小声で尋ねる。
由紀「さっ…!触らないでっ!」
(声だけでも抜群の破壊力…。)
(由紀ちゃん……胸……無理矢理……触られる…。)
頭の中で四つのワードを繋げてから、その光景を脳内で想像する。
「…ブッ!!!!」
その光景を想像しただけで、彼は漫画のキャラのように鼻血を噴き出す。
胡桃「!!なんの音だ!?」
胡桃がその音に気付く。
(…しまった!!!)
地面に伏せながら一生懸命に鼻を抑える。気がつけば目の前には鼻血の血溜まりが出来ていた。
美紀「…誰かいるんですか?」
胡桃「わかんねぇ……皆、注意しろ。」
由紀「う、うん。」
悠里「胡桃、シャベルは?」
胡桃「あそこの岩に立て掛けてある……ヤバそうだったら急いで取りに行く…!」
その場が静まりかえる。
(気のせいだよ!!…大丈夫だから警戒をといてくれ!!)
彼が必死に祈る。
胡桃「今の内に取ってくる……。」バシャッ…
胡桃が湯から出てシャベルを取りに向かう。
(………。)ドクン!ドクン!!
心臓の鼓動が大きくなっていく。
胡桃「………。」カランッ…
シャベルを取ったような音が彼の耳に入る。
胡桃「………。」ペタ…ペタ…
足音が彼に近付く。
(殺される!殺されるッ!!)ドクン!!ドクン!!ドクン!!
ガサガサッ!
彼が伏せている場所とは別の方向で草木を踏みしめる音が聞こえた。
胡桃「なっ!!」
悠里「っ!」
由紀「うわっ!」
美紀「!」
『ウゥ~ッ……ァア…』
ゾンビの呻き声が温泉に鳴り響く。
それは由紀達背後の木々の間から現れた。
胡桃「ちぃ!!」
胡桃がそいつの所へ向かおうとするが、
バサッ!!
胡桃「……なっ!??」
それよりも速く、彼が木々の間から飛び出してゾンビの前に立つ。
『ウァー…アァッ…』
ゾンビが彼を前に呻く。
「黙れ、覗き野郎!!!」
彼はゾンビにそう言ってナイフを降り下ろし、ゾンビが動かなくなったのを確認してから振り返る。
「ふぅっ!…危なかったですね?」
一同「…キャーーーッ!!」
彼女達の叫び声が鳴り響く。
「あっ!…すっ!!すいません!」
彼はとっさに謝る!
だが目線はしっかりと彼女達を捉えようとする!!
しかし湯気でよく見えない!!
胡桃「危なかった…だと?」
左手に薄いタオルを持ってそれで前半身を隠す胡桃、右手には相変わらずシャベルを持っていたが、彼はそれを気にせず…
(タオルの隙間からちらちら見える隠しきれない太ももとか見えそうで見えない胸とかお尻がエロ過ぎるんですが…。)
などと思っていた。
胡桃「一番危ないのはお前だろ!!!」ブンッ!!
「ッ!!」
気がつけば彼の目の前にはシャベルが迫っていた。
(…ヤバ……。)
ガンッ!!!
彼は胡桃のシャベルで強く殴られ、もうそのまま目を覚ます事はなかった。
これは、一人の愚かな男の話
四人の少女と出逢い、旅先の温泉で覗きを働いたが為にその四人の内の一人の少女に殴り殺されるまでを描いた……
切なくも美しい……愛と欲望の物語
胡桃「……ってな感じでお前の人生が終わっちゃうくらいに強く殴ったはずだけど……しぶといのな、お前。」
目を覚ました彼に胡桃が言った。
「…そんなに本気で殴ったんですか……少しショックです。」
温泉の側の木に両手を縛り付けられた状態で彼が言う。
悠里「私達はそれよりもショックだったけど?」
彼の側に来てから、悠里が冷たい目で見下して言った。
「言い訳を……!言い訳をさせて下さい!!」
悠里「言い訳?…何?言ってみて。」
「見張りをしている途中でさっきのゾンビを見掛けて……慌てて追い掛けたんですが、追い付いた時にはもうそこは温泉だったんです!!」
殆ど作り話の酷い言い訳だった。
悠里「……本当ね?」
しゃがんで目線を合わせてから尋ねる悠里。
「……はい。」
僅かに目が泳ぐ。
悠里「…ふぅん。」
美紀「ま、まあ__さんがあれを倒してくれたのは事実なんですし……許してあげましょう?」
悠里の横に駆け寄ってから美紀が言った。
一時は美紀は自分の事が嫌いなのかとまで思っていた彼だが、なんだかんだでやはり優しい美紀に心の中で感謝した。
由紀「そ、そうだよ~…ね?胡桃ちゃんも怒ってないよね?」
胡桃「まあ…とりあえず十分な罰は受けたからな。」
胡桃が彼の頭のシャベルで殴った時の傷を見て言う。
「そういえば……何気に頭痛い…。」
悠里「………。」
悠里「はぁ…。分かったわ、__君には普段頑張ってもらってるし、一応その話を信じてあげる。……絶対嘘だと思うけど。」
「……あの……。」
立ち上がった悠里に彼が声を掛ける。
悠里「何?」
「あはは~……すいません、あのゾンビを追ってたってのは嘘で、本当は覗きに来てました。……申し訳ない。」
両手を縛られたまま、頭を深々と下げて謝る。
悠里「…そう、正直に言ったから…今回は許してあげるわ。」
そう言うと彼の手を縛っていた縄をほどく悠里。
「ど、どうも…。」
悠里「…これも正直に答えてね?…私達誰かの裸……見た?」
悠里がちょっとだけ睨みながら尋ねる。
「いえ!湯気で見えませんでした!!」
彼は軍人のようにハッキリと答えた。
悠里「…そう、胡桃のも?」
「ん?…ええ、でもちょっとだけ太もも見ちゃいました。」
胡桃「本当に正直に言うな……。」
少しだけ顔が赤くなる胡桃。
悠里「太ももだけ?…上半身は?」
「タオルで隠れてましたから、見てませんよ。」
悠里「タオルだけじゃ隠しきれない部分とかあるでしょ?…本当に何も見てない?」
悠里のしつこさに、彼は少し違和感を感じた。
胡桃「…りーさん、見てないってさ。もう良いよ、あんまり聞かれるとあたしがハズいし。」
照れた顔で胡桃がそう言ったが、その表情にも違和感を感じた。
悠里「………そうね。」
悠里「ま!__君も男の子だものね?女子四人に囲まれて、なんていうか………色々と苦労するのよね?」
いつも通りの笑顔、それに僅かな照れを加えた表情で悠里が言った。
「まぁ……とりあえずすいません。」
もう一度謝っておく。
美紀「あ!…__さんもとりあえずは温泉に入ってみたらどうですか?」
思い出したように美紀が言う。
悠里「そうね、……あ!頭は洗わない方が良いわ。…まだ傷が痛むだろうから。」
「では、そうさせてもらいます。」
彼がそう言って入浴の準備をする。
悠里「ゆっくりね、私と胡桃はその辺を見張ってるから、由紀ちゃんと美紀さんはここにいてあげて。」
「!?」
思わぬ悠里の発言に驚く。
由紀「らじゃ!!」
美紀「ん?…あ、あぁ…分かりました。」
(分かっちゃうのかよ…。)
悠里と胡桃を見送り、彼は服を脱ぎ始める。
美紀「うわっ!!なに目の前で脱いでるんですか!?私達の見えない所で脱いできて下さいよ!」
美紀が目を覆いながら言った。
「ああ、ですよね。」
由紀「いやいや、みーくん、私達が後ろ向いてれば良いんだよ!」
そう言ってくるっと彼に背を向ける由紀。
美紀「あ、あぁ…そうですね。」
美紀もそれに続く。
「………じゃあ。」
二人が後ろを向いたのを確認して、彼は服を脱ぐ。
そして全て脱ぎ終えると、腰にタオルを巻いてから温泉に浸かり、二人を呼ぶ。
「もう良いですよ。」
由紀「……。」クルッ
由紀は振り返ると彼の側に駆け寄り、しゃがんで足だけを温泉に浸ける。
由紀「えへへ~、きもちー。」
笑顔で足をバタバタする由紀。
美紀「あわわっ……__さんちゃんと腰にタオル巻きました!?」
美紀はまだ後ろを向いていた。
「巻きましたよ、大丈夫です。」
彼がそう言うとようやく美紀も彼の方を向く。
美紀も彼の側にくると、地面に置かれた彼のナイフを一本だけ手に持ち、近くの大きな岩に寄りかかった。
「何故ナイフを?」
美紀「__さんも裸のままじゃとっさに戦えないだろうから…あなたが入浴している間に何かあれば私が代わりに戦えるようにと思って、………あ、借りますね?」
少し遅れてからナイフを借りた事を報告する美紀。
「はい、どうぞご自由に。…まあもし奴らが来たら僕も戦いますけど。」
美紀「いいえ、敵が一体なら私に任せてのんびりしていて下さい。」
「ん?…う~ん、分かりました。」
由紀「私は!?」
美紀「先輩ものんびりしていて下さい。」
由紀「うぐっ!私、頼りにされてない!?」
由紀が落ち込む。
美紀「いいえ、先輩には__さんの話し相手っていう重大な役割があります。」
由紀「おおっ!任せてよ!!__くん!温泉気持ちいい?」
「気持ちいいです!」
美紀「そういえば頭の傷は平気ですか?」
「はい、目覚めた直後は痛みましたが、もう平気です。」
美紀「まあ少しタンコブになっているだけですからね。…それでも__さんが気絶したもんだから胡桃先輩が大慌てして大変だったんですよ?」
美紀がふふっと笑って言った。
「そうだったんですか?」
由紀「うん!強く殴ったつもりはないのに~!…って泣きそうな顔で言ってたよ。」
美紀「私達は血も出てないから大丈夫だと思うって言ったんですけどね……殴った本人として責任を感じていたみたいです。」
「…へぇ。」
『お前の人生が終わっちゃうくらいに強く殴ったはずだけど…』
「あれは強がりだったのかな……」
美紀「…にしても大して強く殴ってないのになんで気絶したんですかね?」
「さぁ?」
(多分周りの光景が衝撃的だったからだな…。結局見えなかったけど)
由紀「胡桃ちゃんて何気に__くんに優しいから、許してあげて?」
「もちろん、…ていうかそもそも悪いのは僕ですし。」
胡桃「さっきは随分しつこく聞いてたね?」
適当なところをぶらぶらとうろつきながら、胡桃が悠里に言った。
悠里「あの事……まだ彼には話していないのよね?」
胡桃「…やっぱこれを見たのか気にしてたからあんなにしつこく聞いてたんだ。」
胡桃が自分の右肩を触りながら言う。
悠里「あんな形で知られるのは嫌でしょ?」
胡桃「…まあね。」
悠里「私もね…覗き自体にはそこまで怒っていないの。あれが穂村君なら本気で怒るけど…__君が相手だとそこまで憎めなくて、あれはあれで一つのイベントみたいで正直言うと少し楽しかったわ。」
ニコッと笑って悠里が言った。
悠里「それに飛び出したら私達にバレるって分かっているにも関わらず、あれが現れた瞬間すぐに駆け付けてくれたし……結局は私達の事を大切に思ってくれているのよね。」
胡桃「…だな。」
悠里「…いつまでその傷の事黙っているつもり?」
胡桃「……わかんない」
悠里「…まあわざわざ言う事でもないと思うけどね、薬は打ったから平気な訳だし。」
胡桃「…うん」
悠里「けど…先に言っておいた方がもし彼にその傷を見られた場合、誤解をされないですむと思うのも事実ね。」
胡桃「……うん」
悠里「__君なら、言っても普通に受け入れてくれると思うわよ?」
胡桃「わかってるよ!そんなの!!」
不意に胡桃が怒鳴る。
悠里「……胡桃。」
胡桃「…ごめん。」
胡桃「他の皆はさ…あたしがめぐねえに噛まれた時の事も知ってるし、その後薬を打った事も知ってる。だから大丈夫なんだけどさ……」
胡桃「…その事を何も知らないあいつに話すのは……少しだけ怖いんだ。」
胡桃「大丈夫って信じてくれるかな~とか……薬の事とか信じてくれるかな~とか…。必要以上に考えすぎちゃって…」
胡桃「あたしだって…隠し事なんかしたくない、あいつは大切な友達だから…。こういう事は隠さずに伝えておきたいよ…。」
胡桃「わかってるよ……あいつならなに食わぬ顔で受け入れてくれるって…だって………あいつ優しいもん……」
胡桃「…なのに…絶対大丈夫だってわかってるのに…………」
胡桃「この事を話した瞬間、あいつのあたしへの扱いが少しでも変わってしまったらと……」
胡桃「……そう思うだけで怖いんだよ…」
胡桃「……もし感染者だと思われて、あいつにナイフを向けられたらどうしよう…友達なんかじゃないって言われたらどうしよう……」
胡桃「あいつは絶対そんな事するわけないのに…もしもって考えるだけで……口が震えて喋れなくなる…」
胡桃「りーさん……あたし………あいつを信じてるはずなのに…あいつも、あたしを信じてくれてるのに…」
胡桃「怖くて言えないよ……どうしたら良いんだろう…。」
そう言って胡桃は悠里の隣で
悠里「……大丈夫よ、胡桃……無理せずにゆっくりとタイミングをみてれば……きっといつかは言えるから。」
悠里は胡桃の頭を優しく撫でた。
書きたい事を書いていたらいつも以上の長文になってしまいました(--;)
二分割にしようとも思いましたが、最終的には一つの作品として投稿する事に…
結局彼は変態としての道を突き進みましたね。
…まぁあの面子が相手なら覗きたくなるのも分かりますけど。