軌跡〜ひとりからみんなへ〜   作:チモシー

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少し久しぶりに思える【ゆきアフター】。
今回は第四話です!!

のんびりとお楽しみ下さいませ~( ´ ▽ ` )ノ


第四話『うつしていいよ』

 

その日はとても良く晴れた日だった…。

朝から強い日差しが窓より差し込み、外では鳥達が機嫌良く鳴き声をあげているのが分かる。こんな日は何時もより早く起きて、余裕を持った状態で登校しよう…。そう考えた彼は目を覚ましてすぐにベッドから起き上がり、まずは洗面台へ向かおうとしたのだが…。

 

 

…グラッ

 

「おっ…と……」

 

ベッドから起き、床へ足をつけた瞬間だった…。視界がボンヤリと(かす)み、目眩(めまい)を感じて彼は再びベッドへ倒れる。

 

 

(あ~……これは、ちょっと厳しいか…)

 

落ち着いてみると頭もズキズキと痛むような気がするし、喉も痛いような気がする…。最初こそ『気がする』程度の痛みだったが、それらはほんの10分程で確信的なものへと変わっていった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~

慈「ええっと、今日はお休みが一人ね…」

 

巡ヶ丘学院高校。三年生の教室内で慈は一つだけ空いている席をチラッと見つめ、一時限目を始める為の準備を整える。空席は丈槍由紀の隣にある物であり、本来、そこには彼がいるはずなのだが…。

 

 

 

悠里「彼はお休みなんですか?」

 

慈「ええ、少し風邪を引いてしまったみたいでね。ついさっき、本人から連絡があったわ」

 

悠里「あら…大変ね…」

 

思い返してみると、彼が体調を崩して学校を休んだのは初めての事だ。ただの風邪なら余計な心配などいらないだろうが、いつも間近にいた彼がいないとなると何となく落ち着かない…。それは悠里だけでなく胡桃も同じようで、授業中に空席へ視線を向ける事が何度もあった…。

 

 

 

 

 

 

胡桃「ん~、何かあれだな…。いないといないで落ち着かないな…」

 

悠里「そうね…。何かモヤモヤするわね…」

 

一時限目、そして二時限目が終わり、二人は休憩時間中に彼の席へ歩み寄る。いつもならここに彼がいて、休憩時間の度に雑談を交わしたりしたのだが、今日はここに誰もいない…。それだけでもかなり場の雰囲気が変わるのだが、それとは別にもう一つ…いつもと違う雰囲気のものがあった…。

 

 

 

悠里「…ゆきちゃん、大丈夫?」

 

由紀「えっ…?う、うんっ!大丈夫だよ~!」

 

胡桃「嘘つけ。お前、授業中もずっとため息ばっかついてただろ?」

 

由紀「そ、そうかな~?」

 

誤魔化(ごまか)すように微笑む由紀の笑顔にはいつものような眩しさは無く、どこか無理しているようで痛々しい。彼が風邪で休みと分かったその瞬間から由紀も一気に元気が無くなってしまい、悠里と胡桃はそれを気にしていた…。

 

 

 

 

胡桃「まったく、何でお前まで弱るんだよ…」

 

由紀「……だって、わたしは彼の彼女なんだもん…。ただの風邪だって分かってても、やっぱり心配になっちゃうよ…」

 

胡桃「ん、ん~……そういうモンなのか……」

 

胡桃も彼の事を心配に思ってはいたが、由紀のようにガクッと落ち込む程の物では無かった。やはり、恋人関係になると違いが出てくる物なのだろうか…。自身の机に顔を伏せてため息をつく由紀を見て、胡桃は何とも言えぬ苦い表情を浮かべた。

 

 

 

 

胡桃「あいつは…ゆきが学校休んでもそこまで落ち込まないと思うぞ?」

 

由紀「そんな事ない!絶対落ち込むよっ!彼、わたしの事が大好きだって言ってくれたもん!」

 

胡桃「お、おぉ…そうなのか……」

 

伏せていた顔をこちらへ向けた由紀は今日一番の声を出し、頬を不満げに『ぷく~っ』と膨らませる。子供っぽいヤツだと思っていた由紀が今や彼氏持ちという事実には未だに違和感があり、どうにも慣れない…。

 

 

 

胡桃(あのゆきが誰かと恋をして、こんなになるなんて予想してなかったな…。万が一誰かと付き合ったとしてもゆきは子供っぽいから、手を繋ぐまでしかいかないと思ってたけど……もうキスは済ませてるし…)

 

先日、公園で偶然に見掛けた彼と由紀のキスシーンを思い返してしまい、胡桃の頬が段々と赤くなる…。あの由紀が男とキスする日が来るとは…。いや、もしかしたらキスより先も済ませていたりするのだろうか…。そんな事を考えてしまうと、彼女の顔を直視する事すら難しくなる。

 

 

 

悠里「くるみ、顔真っ赤よ?あなたまで熱があるわけじゃないわよね?」

 

胡桃「あ、あぁ…。あたしは大丈夫…」

 

悠里に声をかけられた胡桃は慌てて顔を逸らし、落ち込む由紀の背中を叩く。彼女が彼と付き合って何を経験したにせよ、大事な友達である事に変わりは無いのだ。

 

 

 

胡桃「そんなに心配なら、見舞いにでも行ったらどうだ?あいつだってゆきが……大好きな彼女が来てくれたら喜ぶだろ?」

 

由紀「あっ……そ、そだねっ!じゃあ、帰りに少し寄っていこうかな」

 

胡桃「ああ、そうしてやれ…。けどあいつは病人なんだから、あんまり騒いで迷惑かけんなよ?」

 

由紀「うん、そうする!くるみちゃん、ありがとね♪」

 

ニッコリと微笑む由紀の顔にはいつもの輝きが戻っており、胡桃はホッと一安心する。色々と世話のかかる娘だが、やはり由紀には無理のない笑顔が良く似合っていた。

 

 

 

胡桃「…あいつもこの笑顔にやられたのかもな」

 

由紀「んっ?なにか言った?」

 

 

胡桃「……いや、何も!それより、あいつが浮気とかしたらあたしに言えよ?ゆきを悲しませるようなヤツは、あたしがぶっ飛ばしてやるっ!」

 

由紀「えへへっ、ありがと~♪でも、彼はそういう事しないって信じてるから大丈夫だよ」

 

胡桃「いやいや、そういうヤツに限ってだな……」

 

悠里「ふふっ…くるみと浮気したりして」

 

胡桃「な…っ…!!?」

 

由紀と胡桃のやり取りを聞いていた悠里はボソッと呟き、イタズラな笑みを溢す…。次の瞬間、胡桃は顔を真っ赤にして悠里の肩を揺さぶった。

 

 

 

胡桃「す、するワケないじゃんっ!!!もしあいつにその気があっても、あたしが断るしっ…!!」

 

悠里「ふふふっ♪そうよね~♪」

 

胡桃「っぐ…!!な、何でニヤニヤしてんだよっ!?」

 

ブンブン揺さぶられているにも関わらず、悠里は余裕の笑みを保ち続ける。少しすると胡桃の方が疲れてきてしまい手を離したが、悠里はまだ微笑みを保っていた。

 

 

 

由紀「でも、浮気相手がくるみちゃんとかりーさんだったら仕方ないやって思っちゃうなぁ…。二人ともわたしより可愛くて綺麗だし、スタイルも良いし…」

 

悠里「もう…ゆきちゃんだってすっごく可愛いんだから、もっと自信を持っていいのよ。ねっ、くるみもそう思うでしょ?」

 

胡桃「ん…んん………ゆきは可愛い…と思うぞ?」

 

お世辞ではなく、本心からそう思う…。

悠里も胡桃も自分の容姿に特別自信が無い訳でも無いのだが、由紀の可愛らしい笑顔を見て、女子としての羨ましさを感じた事も少なくない。

 

 

 

由紀「可愛い…?ほんとにっ?えへ…えへへ~♪」

 

親友である二人に『可愛い』と言われた由紀は口元を緩め、ニタニタと嬉しそうな笑みを浮かべる。やっぱり、由紀の笑顔は凄く可愛い…。彼女の笑顔を見た悠里と胡桃はそんな事を思い、ニッコリと微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~

由紀「というわけで、お邪魔しま~す!」

 

「いやいや、どういうわけだ…」

 

夕方になった頃、彼は部屋に響いたチャイム音を聞いて起き上がり、玄関を開けた。そこに立っていたのは満面の笑みを浮かべる由紀だったのだが、彼女はこれといった説明もないまま部屋の中へと一直線に上がり込む。

 

 

由紀「お~っ、太郎丸は元気みたいだねぇ♪」

 

部屋に上がって早々、由紀はこちらを見つめて尻尾を振る太郎丸の頭を優しく撫で、ニコニコと微笑む。今のところ彼女自身の口からは何の説明もないが、きっとお見舞いに来てくれたのだろう…。彼はそれを察すると、背後から彼女の頭をポンと一撫でしてからベッドに腰を下ろした。

 

 

由紀「まだ具合悪い?」

 

「まぁ…少しね」

 

由紀「……ちょっとごめんね?」

 

太郎丸の頭から手を離し、由紀はベッドに座っていた彼の隣へと腰掛ける。柔らかなベッドの上、少し乱暴に腰を下ろした彼女は何の躊躇(ちゅうちょ)も無く自身の顔を彼の顔へズイッと寄せると、互いの前髪をかき上げながら額をピタリとくっ付けた…。

 

 

 

「ん………」

 

由紀「う~ん……まだ少し熱いね…。何か食べたいものとかある?」

 

「いや、大丈夫だよ。お気遣いどうも…」

 

ほんのり熱い彼の額から自身の額を離し、由紀は悩ましげに眉をしかめる…。彼はこう言っているが、彼女として…彼の(つら)さを少しでも楽にしてあげたいと考えていた。

 

 

 

由紀「じゃあその、欲しいものは!?」

 

「あ~…特に無し」

 

由紀「む~っ!じゃあじゃあっ、読みたいマンガとかは!?」

 

「特に無し…。っていうかそれ、風邪引いてる人間にする質問?」

 

軽い目眩や頭痛に襲われながらもツッコミを入れるが、由紀は『む~っ!!』と唸るだけで話を聞いていない…。風邪を引いている中彼女の相手をするのは少しばかり疲れるが、どこか癒されるような気もした…。

 

 

 

(何だろうな……落ち着く)

 

然り気無く彼女の手を握ると、由紀は悩ましげに唸り声をあげたままの状態でもそれを握り返してくれた…。意識しているのか、無意識なのか分からないが、強く、ギュッと握り返してくれた…。ふにふにと柔らかく、ほんのり冷たい由紀の手を握っているだけで、頭痛がほんの少しだけ楽になっていく。

 

 

 

由紀「むむ~っ!どうすればいいかなぁ~。せっかくお見舞いに来たのに、これじゃ何の役にも立てないね……」

 

「…そんな事ない。こうして由紀の顔を見れただけで少し楽になったよ」

 

由紀「へっ?顔を見れただけでいいの?」

 

「ああ、それだけで十分。だからほら、そろそろ家に帰るといい…。あまり長く寄り道してると、家の人が心配するでしょ?」

 

由紀「う、うん……そうだね…。じゃ、また何かあったら連絡して?」

 

「了解」

 

あまり長居させて風邪を移してしまっても悪い…。彼は隣に座る由紀の背を叩き、早めに帰るように促していく。由紀の方も渋々ながらそれを了承したようだが、彼女はベッドから中々立ち上がらず、まだ何か言いたげな顔をしていた。

 

 

 

「……どうした?」

 

由紀「えっ…とね…?やっぱり何もしないで帰るのは悪いと思うから、最後に…ちょっとだけ……」

 

少し恥ずかしそうに頬を染め、由紀は彼に身を寄せる…。そうして彼の肩へ両手を添えた後、由紀は瞳をギュッと閉じてから静かにキスをした…。

 

 

 

由紀「ん…っ…」

 

「っ…!ゆ、由紀っ、さすがに今こういう事すると風邪が移るかも知れないから、今日のところは……」

 

彼女からキスされるのはとても嬉しい事だが、風邪を引いている状態のままでは彼女に移してしまう可能性がある。彼は由紀と重ねた唇を名残惜しそうに離し、彼女の事を見つめた…。ゆっくりと開かれていく由紀の瞳はほんの少しだけ潤んでおり、風邪さえ引いていなければ、自分からキスしてやりたいくらいに愛らしかった。

 

 

 

由紀「大丈夫…。わたしに移したらキミが楽になるかもしれないもん…。だから、移していいよ」

 

ニコッ…と頬を緩め、由紀はまた唇を寄せる…。

彼はもう一度由紀を離そうとも思ったが、二度も連続で唇を寄せられては中々拒みきれず、結局は流れに身を任せる事にした…。由紀の柔らかな唇の感触…桃色の髪から漂う甘い匂い…。それらを感じている内、頭痛など微塵も気にならなくなった。

 

 

 

由紀「ん…っ………もしわたしに風邪が移ったら、今度はキミがわたしの家までお見舞いに来てくれる?」

 

「んん…もちろん」

 

キスを終えてから答えると由紀は嬉しそうに微笑み、ベッドから立ち上がる。彼女は床へ置いていたカバンを背負うと最後にもう一度だけ太郎丸の頭を撫で、それから彼の事を見つめて手をパタパタと振った。

 

 

 

由紀「じゃ、またね♪」

 

「ああ、また。気をつけて帰るんだよ」

 

玄関先まで彼女を見送った後、彼は部屋の中へ戻る…。

不思議なもので、由紀がいなくなった途端にまた頭痛がしてきた。

 

 

(けど、随分と楽になったな……)

 

頭やノドに感じる痛みも今朝ほど酷くはなく、かなりマシになっている。

もしかすると、由紀が見舞いに来てくれたおかげなのかも知れない…。

 

 

 

(にしても、本当に可愛い子だよな…)

 

由紀の事は前々から可愛いと思っていたが、付き合うようになってからその思いが更に強くなった。あんなにも可愛い子に心配され、見舞いにまで来てもらった自分は本当に幸せ者なのだろうと実感しつつ、彼は再びベッドへ寝転ぶ…。

 

 

 

次の日の朝…彼の体調はすっかり良くなり、楽に登校出来るレベルまで回復した。しかし、昨日のキスのせいで今度は由紀が風邪を引いたかも知れない…。彼は教室に入る瞬間までそれを心配していたのだが、由紀は今日も元気に…眩しい笑顔をみんなへ見せながら席についていた。

 

 

 

 

 

 




風邪を引いてしまった彼のお見舞いに誰かが行く……という話を書いてみたかったので、それを由紀ちゃんで実現してみました(*´-`)こんな可愛い子がお見舞いに来てくれるのなら、風邪なんてすぐに治りますね!!(笑)

実際、由紀ちゃんがお見舞いに来てくれたおかげで彼も翌日にはすっかり元気になったようです(*´∀`)やはり、由紀ちゃんは天使なのかも知れません…!

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