軌跡〜ひとりからみんなへ〜   作:チモシー

294 / 323
第六十八話『めいど』(☆)

 

 

慈『メイドを手伝ってもらいたいその生徒と、その生徒のクラスの担任からしっかり許可を取れば構わないそうよ』

 

慈からその言葉を聞いた翌日、彼は授業の合間にある休み時間を利用して二年生の教室がある階へと移る。休み時間が訪れては二年の教室へと向かって目星を付けていた生徒を呼び出し、次の文化祭で協力してくれないかと交渉していく…。交渉が進まぬまま授業の時間となれば慌てて自分の教室へと戻り、また休み時間が来た時に交渉を再開する。

 

そんな事を数日かけて何度も繰り返していく内に一人、また一人とメイドの勧誘に成功し、とうとう彼の満足のいく人数が集まった。

 

 

 

(これなら大丈夫だ。この娘らと一緒なら…絶対にやれる!)

 

C組の生徒だけでは少し不十分だったかも知れない…。

だが、この後輩達が味方についてくれたのならもう心配は無いだろう。メイド喫茶という出し物を小馬鹿にしてきたA組の生徒をこれでもかと言うくらいに見返してやれるハズだ。

 

必要な人員を確保したその日の放課後、彼はC組のほぼ全員を教室に呼び止めた。新たにメイド組へと加入した、頼りになる後輩達を紹介する為に……。

 

 

 

「わざわざ残ってもらって悪いね。今回は皆に、新しいメイド達を紹介しようかと思って…」

 

胡桃「新しいメイドって……どこから連れてきたんだよ?」

 

教壇に立つ彼の発言に対し、胡桃は首を傾げる。

少なくともこのクラスの女子にはもう、メイド候補は存在しない…。だというのに、どこからメイドを連れてきたのだろうか。

 

彼は胡桃に対し……いや、クラスメイトの全員に対して全てを明かした。

慈から許可をもらい、先日から他の学年の生徒を勧誘していた事…。

そして今日、理想的なメンバーが揃ったという事…。それらを明かした瞬間、クラスメイトのテンションが目に見えて上がるのを感じた。

 

 

男子生徒「おおっ!お前、今回は本当にやる気だなっ!!」

女子生徒「それで、どんな娘達が集まったの?」

 

『何人集まったのか』『可愛い娘たちなのか』…クラスの男子や女子は彼に対して次から次へと質問を投げ掛ける。…が、彼はニヤニヤと微笑んだままそれらの質問を受け流し、教壇から教室の入り口へと立つ。

 

 

「ま、その辺は見てもらった方が早い…。じゃ、入って」

 

ガラガラッ!

教室の扉を開き、廊下に待機させていた彼女らを招き入れる…。

次から次へと入ってくる女子生徒はどの娘もタイプは違えど皆かなり良い感じのルックスであり、C組の生徒…主に男子達はキラキラと目を輝かせた。

 

 

「はい、今回集まってもらったのはこの五人!

ではみんな、軽い自己紹介を頼めるかな?」

 

集ったその生徒らは彼に呼ばれて教壇へと上がると、綺麗に横一列に並ぶ。クラス全員の視線が集中する中、まずはその右端に立っていたショートカットの少女が口を開いた。

 

 

美紀「はじめまして。二年C組、直樹美紀です。今回はこの人が……先輩が困っていたようなので、仕方なく力を貸す事になりました…。当然ながら、メイドなんて経験した事がないのでどこまでやれるか不安ですが、精一杯頑張ろうと思います」

 

簡潔な自己紹介を終えた美紀は礼儀正しくお辞儀をして、こちらを見つめる生徒達から少し気まずそうに目を逸らす。この僅かな自己紹介でも、彼女の礼儀正しさ、真面目さは充分に伝わっただろう…。

 

 

圭「はいっ!同じく二年C組、祠堂(しどう)圭です!日頃からお世話になっている先輩方に少しでも恩返しをするため、メイドになる覚悟を決めました!一生懸命頑張るので、どうぞよろしくお願いします~」

 

美紀の自己紹介の直後、その隣にいた圭が動く…。

圭は美紀と比べると明るくて人付き合いも得意なタイプに思える為、メイドになってくれたら大きな戦力になるだろう。ただ明るいだけでなく、何気にしっかり者な面があるのも高印象だ。

 

 

真冬「えっと……狭山真冬。彼がどうしてもって言うから、嫌々ながらもメイドになる事にした…。こういうのはあまり得意じゃないから、ボクには期待しないで欲しい……」

 

と、圭の隣に立つ真冬が伏し目がちに告げていく…。

圭はおろか、美紀よりも遥かに人付き合いが苦手な彼女にとってはメイドという仕事はもちろん、こうして人前で自己紹介するのも一苦労だろう。…が、彼女だけが持つ独特の雰囲気というのは良い武器になる。メイドとして、ある一定の客を稼いでくれる……ハズだ。

 

 

果夏「はいは~い!二年B組、紗巴(すずは)果夏で~す♪私が来たからにはもう大丈夫っ!先輩方、共に最高のメイド喫茶を開いて、巡ヶ丘学院高校をメイド養成学校にしましょ~♪」

 

真冬「意味が分からない…。メイド喫茶はあくまでも文化祭の出し物として開くだけであって、期間を過ぎればすぐに終わる…。巡ヶ丘高校はメイド養成学校になんてならないよ…」

 

果夏「もうっ!そんなの分かってるけど、ノリで言ってみたの~!

ほらほら、やっぱり気持ち作りって大切でしょ?あっ!さっき言い忘れてましたけど、真冬ちゃんも私と同じく二年B組の生徒です~♡」

 

真冬の自己紹介に補足を入れた果夏は彼女の肩を抱いてニコニコと微笑み、あっという間に周囲の人間を笑顔にする。圭以上に明るくて人付き合いの得意な彼女なら、どんな客であろうと相手に出来るだろう…。もっとも、少し元気過ぎる気もするが…。

 

 

歌衣「……あっ、最後は私ですね。皆さんどうもはじめまして。二年A組、那珂(なか)歌衣(うい)です。私なんかがメイドとして役に立てるかどうかは怪しいですが、出来るだけ迷惑をかけないよう、頑張らせてもらいます」

 

最後は歌衣がペコリとお辞儀をして長く緩やかな茶髪を揺らし、三年C組の生徒達は拍手を送る。元々人付き合いが得意な圭・果夏の事を知っていた生徒は彼や由紀達以外にも何人かいたようだが、この少女…那珂歌衣を知っている生徒は彼等以外に一人として存在していなかった。

 

 

男子生徒「あ、あんなに可愛い娘が二年にいたのか…」

 

一人の生徒が呟いたのを皮切りに、数名の生徒がざわめく。

歌衣は元々影が薄く、目立たないタイプの娘だったのだが、改めて見るとそのルックスは大したものだ。腰まで伸びた綺麗な髪の毛と、どこか幼さの残る顔…。更に胸は悠里に引けを取らないくらいに立派であり、男子達の目に興奮の色が宿る。

 

 

男子生徒「おい、あんな可愛い娘をどうやって見付けた?」

 

「どうやってって言われても……自然に出会ったとしか……」

 

今回協力を頼んだ五人の後輩……彼女らは全員彼の知り合いであり、それと同時に由紀達の知り合いでもある。自己紹介が終わると由紀や悠里、胡桃は彼女らのもとへ歩み寄って挨拶したり、協力に感謝したりしていた。また、その他の生徒らも彼女達と交流を深めるべく、そばへと歩み寄って声をかけていく…。

 

 

(よし、一先ず人員は確保出来た…。

あと心配なのは衣装だけど、それもまぁ…どうにかなる)

 

その辺の事に関してはもう、しっかりと考えてある…。

次の日、彼は休日を利用して由紀達メイド組に召集をかけると、巡ヶ丘の街に存在するとある家を訪れた…。

 

住宅街から少しだけ外れた場所にあるその家はただの一軒家と言うにはあまりにも大きく、そして広い…。入り口には立派な門があり、それを越えれば綺麗な芝から鯉の泳ぐ池まで存在する広大な庭が…。それらを見た一行はゴクリと喉を鳴らしながら奥へ奥へと進み、ちょっとした旅館くらいの大きさを誇る家の門を叩く。するとすぐにその扉が開き、中から現れた少女が見慣れた笑顔で出迎えた。

 

 

歌衣「皆さん、ようこそおいで下さいました!さぁ、中へどうぞ~」

 

「あ、あぁ…」

 

胡桃「お…お邪魔します……」

 

前々から、歌衣はお嬢様っぽい雰囲気のある娘だなぁとは思っていた…。が、一行はこの家や庭を見てその考えを改める。彼女は"お嬢様っぽい"のではなく、"お嬢様"なのだ…と。

 

 

 

歌衣「そう言えば、先輩のクラスにはゆき先輩と悠里先輩、くるみ先輩以外にもメイドになる方がいるんですよね?その人達はどうしたんですか?」

 

「ああ、その娘達とは都合が合わなかった…」

 

そもそも彼女達の連絡先を知らなかったので由紀達しか召集する事が出来なかったのだが、後に胡桃や悠里に確認してもらったところ、他の女子達にはそれぞれ予定が出来てしまっていたらしい…。なので結局はいつものメンバーが歌衣の家に集まっただけとなってしまったが、まぁその方が歌衣も気が楽だろう。

 

 

歌衣「…では、その方達のはまた後々用意するとして、今回は先輩方にだけ渡しておきましょう!」

 

ニコニコと微笑む歌衣に続いて家の中を進み、広い部屋へと出る…。

赤くて綺麗なカーペットが敷かれているその部屋には丸いテーブルと椅子が数セット置かれており、よく見ると一つのテーブルの上にはすでに"それ"が用意されていた…。

 

 

由紀「お~っ!それってメイド服!?」

 

そこに置かれていた物体は丁寧に折り畳まれていたものの、可愛らしい服だと言う事は分かる。由紀がそれを見て目を輝かせると歌衣は『ふふっ』と笑い声をあげ、それらを由紀と悠里、そして胡桃に手渡していく。

 

 

歌衣「すぐに用意できたのはこの三着だけでした。また後々、美紀さん達の分もご用意しますね」

 

美紀「うん、ありがとね」

 

美紀は笑顔で礼を告げ、果夏は持っていた携帯である画像を開きながら『もし出来るなら、真冬ちゃんにはこういう衣装を用意して欲しいんだけど』と耳打ちしている。歌衣はそれに対して『はいっ、任せて下さい♪』と答えると、ニッコリと優しい笑みを浮かべた。

 

 

「歌衣ちゃん、今回は本当に助かったよ。メイド役だけでなく、衣装の用意までやってくれるなんてね…」

 

歌衣「いえいえ、気にしないで下さい。うちにはそういう衣装が結構ありますし、それに……くるみ先輩には出来るだけ、可愛い服を着て欲しいですから……」

 

ポッ…と顔を赤らめる歌衣を見て、彼は苦笑する。

彼女は本当に…本当に胡桃の事が好きらしい…。

 

まぁ何にせよ、彼女のように多くの衣装を用意出来る人が味方についてくれたのはかなりありがたい事だ。

 

 

由紀「ねぇねぇっ、早速着てみてもいいっ?」

 

歌衣「はい、もちろんですっ!隣の部屋が空いてるので、そこで着替えてきて下さい。サイズが完璧に合うかどうかも不安ですからね…」

 

悠里「じゃあ、少し借りるわね」

 

由紀と悠里、そして胡桃はこの部屋を出ていき、隣にある部屋で着替えを始める。由紀以外の二人…特に胡桃の方は自分がメイドとなる事に抵抗を示していたが、いざメイド服を見ると少しだけ嬉しそうな表情をしているようにも思えた。

 

彼と歌衣達二年生組が元の部屋で待つ事数分…。

部屋の扉がノックされ、由紀達が部屋へと戻ってくる。

皆、無事に着替えを終えたようであり、可愛らしいメイド服を身に纏った状態となっていた。この娘らがメイド服を着たら似合うだろうとは思っていたが、これは想像以上だ…。彼はもちろんの事、美紀や果夏、歌衣達もその愛らしさにため息を漏らす。

 

三人はそれぞれが白と黒が基調となっている衣装に身を包んでおり、スカートをフリフリと揺らしていた。また、由紀はいつもの猫耳帽子を脱いでいたり、悠里は髪の毛を後ろで纏めてポニーテールにしていたり、胡桃は前髪をヘアピンで留めていたりと……それとなくイメージチェンジしているのが絶妙なアクセントとなっている。

 

 

由紀「どうどう?似合ってるかなっ?」

 

圭「お~っ!ゆき先輩、可愛いですっ!」

 

由紀「えへへ~♪ありがと~」

 

 

真冬「悠里も…凄く可愛い」

 

悠里「あら、ありがとうね♪」

 

由紀は笑顔のままその場でクルクルと回り、スカートをふわふわとさせながら楽しげに舞う。悠里も結構乗り気になってきたらしく、衣装を見つめながら笑みを浮かべていたが…胡桃だけは部屋の隅でかしこまっていた。

 

 

美紀「くるみ先輩、どうしたんです?」

 

胡桃「いや…その……やっぱりあたしがこういうの着るのは変じゃないか?」

 

美紀「そんな事ないです。似合ってますよ」

 

美紀が笑顔で告げると胡桃は顔を俯け、耳の先まで真っ赤になる…。

それに追い打ちをかけるかのようにして果夏と歌衣、そして彼も側に寄り、皆その姿を前にしてニヤニヤと微笑む。

 

 

果夏「あら~!くるみ先輩、意外と似合うじゃないですかっ!」

 

胡桃「意外とって……お前な………」

 

歌衣「そうですよ果夏さんっ!意外なんかじゃないですっ!くるみ先輩はどんな服であろうと完璧に着こなせるんですっ!!それだけの愛らしさ、そしてカッコ良さがあるんですから~♡」

 

胡桃「っ……ううぅぅ……」

 

人から褒められる事にはあまり慣れていない胡桃にとって、歌衣の言葉は辱しめにも似ているのだろう…。歌衣が笑顔になればなるだけ、称賛の言葉を放てば放つだけ顔が真っ赤になり、よく分からない呻き声をあげていく。

 

 

歌衣「わっ、わたし…カメラ取ってきますっ!!!」

 

胡桃「カメラって…おい、そんなの何に使うつもりで――――」

 

ドタドタ!バタンッ!!

 

胡桃が言い切るよりも先に、歌衣は部屋を出ていってしまった…。

恐らく、胡桃のメイド姿を何枚、何十枚と撮影するつもりなのだろう。

 

 

 

「…さて、じゃあ早速、レッスンをスタートするか」

 

コホン…と咳払いした彼は目の前に立つ胡桃と向かい合い、真剣な表情を見せる。これから始めるレッスンはメイド組全員にやっていくつもりだが、歌衣のいない内に少しだけ胡桃の相手をするのも面白そうだ。

 

 

「じゃあまずは胡桃ちゃんからだ。はい、『お帰りなさいませ、ご主人様』って言ってみてくれるかな?」

 

胡桃「なっっ!?なぁっっ!!?」

 

あからさまに驚き、戸惑いの表情を浮かべる胡桃…。

だが、この言葉はメイドの基本だ。

これが出来ぬのなら、メイドとしての道を歩むのは厳しい。

彼が真剣な表情のままそう伝えると、胡桃は真っ赤な顔のまま口を開く。

 

 

胡桃「お、おかえりなさい…ませ…。ご、ごしゅ…じんさま……」

 

…声は震えてしまっているし、目線もこちらに向いていない。

それにボリュームも小さくて、殆ど言葉を聞き取れない。

だが、何故だろう…。胡桃のような娘が顔を真っ赤にしながらそう言っている様はかなりドキドキ出来るものであり、これはこれでありな気がしてくる。

 

 

「で、では次…!『ご主人様、大好きです』と言ってみて…」

 

胡桃「ん…うぅぅ…っっ…!」

 

さっきの台詞はともかくとして、この台詞はただの趣味だ…。

顔を真っ赤にしながら恥じらうメイド姿の胡桃を見ていたら何とも言えぬ気持ちになってしまい、自然とリクエストしていた…。まぁこればかりは流石に断られるかと思ったが、今の胡桃は正常な判断が出来ていないらしく、また震え声で言葉を紡ぐ…。

 

 

 

胡桃「ご、ご主人さま……だ…大好き……ですっ……」

 

…小さな声でそう言った後、胡桃は『しっかり出来てたか?』と言いたげに上目遣いでこちらをチラチラと見つめ、不安げな表情をする…。そんな彼女の表情を見た瞬間、彼は確信した。このメイド喫茶は絶対に成功する…。間違いなく、大繁盛すると…。

 

 

 

 

 




後輩達を味方に加え、メイド喫茶のメンバーはかなり充実してきました!
あとはそれぞれの衣装を揃えたり、メイドとしての心得をマスターしていくのみです…!

この文化祭編はまだもう少しだけ続きますが、引き続き楽しんでもらえたらと思います!


また、先日読者の方からリクエストを頂いたので、少しお絵かきしてみました!

今回描いたのはメイド衣装を身に纏った胡桃ちゃんです!
今回の話の終盤にて、彼に向かって照れながら"ご主人様呼び"をしたシーンをイメージして描きました♪個人的に、これまで描いた絵の中で一番好きかも…。


アップバージョン

【挿絵表示】



全身バージョン

【挿絵表示】




というような感じとなりました。
胡桃ちゃんの可愛さが少しでも伝われば幸いです(´- `*)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。