軌跡〜ひとりからみんなへ〜   作:チモシー

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第六十話『おもいで』

 

 

 

体調が悪くなった彼と真冬は遊園地内のベンチで休憩していたが、ある程度休んだところでそれもだんだんと良くなり、とうとう元の調子まで回復した。その頃にはメリーゴーランドに行っていた歌衣達…そしてジェットコースターに行っていた悠里達もそこに集合し、それぞれが体験してきたアトラクションの感想を笑顔で語り合う。

 

 

 

悠里「るーちゃんは何に乗ったの?」

 

るー「コーヒーカップとメリーゴーランドに乗った。あと、歌衣(うい)が途中でアイス買ってくれた」

 

悠里「あらあら、それはよかったわね♪ちゃんと歌衣さんにお礼言った?」

 

るー「うんっ、言った」

 

るーは隣に立っていた歌衣の手を握り、ニッコリと微笑む。歌衣はそれに応えるかのようにしてニッコリ微笑むと、目の前にいた悠里にキラキラとした眼差しを向ける。

 

 

歌衣「るーちゃん、すっごく良い子ですね~♪こんなに可愛い妹さんがいたら、私は毎日甘やかしてしまうかも……」

 

悠里「ふふっ、毎日……とまでいくと少しあれだけど、これからもちょくちょくるーちゃんと遊んでくれたら嬉しいわ。るーちゃんも歌衣さんの事、気に入ったみたいだし」

 

悠里の言葉を聞いた歌衣はその目を更に輝かせ、るーの頭を優しく撫でる。歌衣は一人っ子なので妹というものに多少の憧れがあったのだが、るーと遊んでいたらその憧れが益々大きなものへと変わった。

 

 

 

歌衣「そう言えば、先輩達はどうでした?ジェットコースター…楽しかったですか?」

 

悠里「ええ、結構楽しかったわよね?」

 

胡桃「だな。やっぱり、あたしはお化け屋敷よりこっちの方がいい…」

 

あの時、胡桃は彼がそばにいるのも忘れて叫び、泣き…あげく彼の腕に抱き付いてしまった。彼がその腕に意識を集中して胸の感触を味わっていた事すら知らず、ビクビクと震えながら…。

 

その点、悠里や美紀、圭と乗ってきたジェットコースターは本当に楽しかった。こちらのアトラクションでもある程度叫びはしたが、こっちのは楽しさ、心地よさから出た叫びであり、彼と入ったお化け屋敷での恐怖からくる本物の絶叫とは違う…。

 

 

 

圭「本当に楽しかったね!美紀ちゃん、もう一回だけ一緒に乗ってこよっか?」

 

美紀「うーん…見たところさっきより混んできたみたいだから、順番待ちの時間も長くなってると思うよ。あのジェットコースター、ここの目玉アトラクションみたいだし…」

 

圭「じゃ、他のを回ってきた方が良いかな?」

 

美紀「うん、それが良いと思うよ」

 

この遊園地にやって来て数時間経ち、辺りにいる人の多さも増してきた気がする。一行はとりあえず宛てなく歩き、すぐに乗ることが出来そうなアトラクションを探した。

 

 

 

圭「果夏はどうだった?コーヒーカップ楽しかった?」

 

果夏「うんっ!すっごく楽しかった♡もう一生の思い出だよ~」

 

満面の笑みを浮かべる果夏だが、その隣を歩く真冬は下を向いてため息をついていた…。きっと、真冬はここでも果夏に振り回されたのだろう。圭は二人の表情を交互に見てそれを察し、楽しげに微笑んだ。

 

 

 

圭「真冬、お疲れ様」

 

真冬「…うん」

 

美紀「そう言えば、先輩は何に乗ったんですか?」

 

「コーヒーカップ……あとベンチ」

 

近くを歩いていた美紀に問われ、彼はそう答える。

美紀は不思議そうな顔をしていたが、一応間違った事は言っていない。

 

 

 

美紀「……ベンチって…あのベンチですか?」

 

「ああ、あのベンチ…」

 

美紀「コーヒーカップの後、ゆき先輩達はメリーゴーランドに行ったんですよね?先輩だけ行かなかったんですか?」

 

真冬「いや…ボクも行かなかった…」

 

真冬がそっと言い放つと美紀は益々不思議そうに二人を見回し、首を傾げる。ひよっとすると、この二人はメリーゴーランドに乗るのを恥ずかしがったのかな…とも思ったが、実際の理由は他にあったらしい。美紀は二人の口からそれを伝えられ、苦い笑みを浮かべた。

 

 

 

美紀「なるほど…色々大変だったんですね」

 

「まぁね……けど、休憩してたおかげでだいぶ良くなった」

 

真冬「そうだね。まぁ、ボクとしてはもう目の回るようなアトラクションは嫌だけど…」

 

などと愚痴る真冬だが、果夏がハンドルを握っているコーヒーカップよりも目が回るようなアトラクション等そうは無く、彼女はこの後も様々なアトラクションを由紀達と共にしていく…。

 

そうこうしている間に辺りは薄暗くなり、帰りの時間を考えると次のアトラクションが最後…というところまで来てしまった。

 

 

 

 

悠里「時間もいいとこだし、次で最後かしらね」

 

胡桃「そうだな…あと一つだけ乗って帰るか」

 

由紀「はぁ…もう最後かぁ……」

 

由紀はガックリと肩を落とし、深いため息をつく。もう結構な時間をここで過ごしてきたハズなのだがその時間があまりに楽しかった為、体感ではまだ一~二時間しか経っていないように思えていた。

 

 

 

由紀「…あのさ、最後のは…わたしが選んでいいかな?」

 

悠里「ええ、何か気になっているのがあるなら良いわよ」

 

由紀の提案に悠里は笑顔で応え、他の者達もそれに賛同する。

すると由紀は嬉しそうな笑顔を浮かべ、目的のアトラクションがあるところまでスタスタと歩いていった。

 

そうして数分歩いていくと、由紀が目指していた最後のアトラクションの前に辿り着く…。彼女が選んだアトラクションは、とても大きな観覧車だった。

 

 

 

由紀「最後はこれに乗って、この遊園地を上から見て終わろうっ!」

 

歌衣「はい、そうしましょう。これ、私も乗ってみたかったんです!」

 

目の前にそびえ立つ観覧車はこの遊園地内のどこにいても確認できるくらい大きな物であり、一つ一つのゴンドラに付けられている電球がカラフルに光って薄暗くなってきた空を背景にぼんやりと輝いている…。

 

これを最後のアトラクションとして楽しむことには何の文句も無いが、一つのゴンドラに全員で乗る事は当然不可能だ。一行は少し考えた後、二人ずつに分かれてそれに乗る事を決めていく。

 

 

 

悠里「るーちゃんは私と一緒で良い?」

 

るー「うん、一緒に乗ろうっ♪」

 

若狭姉妹はここでも仲良く手を繋ぎ、やって来たゴンドラへ乗り込む。

それを見ていた歌衣は少し慌てたように胡桃の元へ駆け寄り、照れたように顔を伏せながら呟いていく。

 

 

歌衣「そ、その…くるみ先輩さえ良ければなんですけど…」

 

胡桃「あははっ、なんだ?一緒に乗りたいのか?」

 

照れた様子を浮かべる後輩を前に少し意地悪な笑みを浮かべ、胡桃は問う。歌衣はそれに対して無言のまま首を縦に振り、最後に胡桃の目を見つめた。

 

 

胡桃「わかったよ。じゃ、一緒に乗るか」

 

歌衣「は、はいっ!」

 

胡桃は歌衣の手を掴んでゴンドラに乗り込み、外にいる彼や由紀、真冬達に小さく手を振っていく。真冬は彼女に対して手を振り返した後、次のゴンドラを真っ直ぐに見つめたまま呟いた。

 

 

 

真冬「よし、ボクは圭と一緒に……」

 

圭「はっ!?わ、私っ!?」

 

真冬「…なんでそんなに驚くの」

 

目を丸くして戸惑う圭の答えを待たず、真冬は彼女の手を掴む。圭はそれに対して少しだけ抵抗した後、真冬の耳元に口を寄せていく。

 

 

 

圭「ちょっと!あんたの相手は他にいるでしょ?ほら、後ろを見てみなよ」

 

真冬「………」

 

果夏「うぅ…っ……ぐすっ……」

 

圭の言うまま後ろを振り向いて見ると、今にも泣き出しそうなくらいに瞳を潤ませている果夏がこちらを真っ直ぐに見つめていた…。きっと、最後のアトラクションは真冬と一緒が良いと思っていたのだろう…。

 

一緒に乗ったコーヒーカップが地獄だったのでつい彼女と二人きりになるのを避けていた真冬だが、あんな目を見せられたらこれ以上冷たくも出来ない……。

 

 

 

真冬「はぁ……わかったよ。カナ、こっちおいで」

 

果夏「っ!!!うんっ♡」

 

真冬が呆れ顔で手招きすると果夏は溢れていた涙を引っ込めて嬉しそうに微笑み、彼女の元まで駆けていく。それを見ていた圭や美紀、そして彼と由紀は何とも言えぬ表情を浮かべた…。

 

 

 

由紀「果夏ちゃん、ご主人様に呼ばれて喜ぶワンちゃんみたいだねぇ」

 

「ああ、確かに…」

 

三つのペアを見送り、残ったのは四人…。結局、圭は美紀と……彼は由紀とペアになり、それぞれがゴンドラへと乗り込んだ。

 

 

 

 

由紀「あの…わたしなんかと一緒でよかったの?」

 

乗り込んだゴンドラの扉が閉まり、少しずつ地面から離れだした時に由紀が呟く。彼と向かい合うようにして座っている由紀はほんの少しだけ、気まずそうに顔を伏せていた。

 

 

「ああ、全然良いよ。由紀ちゃんこそ、僕なんかと一緒で良かった?」

 

由紀「えへへ……うんっ、キミと一緒で良かったよ」

 

由紀は伏せていた顔を上げ、ニッコリと笑う…。

その顔はほんのり赤く染まっていて、いつになく大人びたものに見える。

 

 

 

「むぅ……」

 

普段の由紀は常に明るく、子供っぽい表情でいる事が多い。

しかし、今の由紀はどこか雰囲気が違う…。

大きな瞳を微かに細めているからだろうか…頬がほんのり赤く染まっているからだろうか…それとも、狭いゴンドラ内に二人という状況だからそう錯覚しているだけなのだろうか…。

 

 

由紀「…どうかしたの?わたしの顔、何か付いてる?」

 

「いや、何も……」

 

あまりマジマジと見つめていたらおかしく思われるだろうし、由紀も気まずくなってしまうだろう…。彼は由紀の顔から目線を外し、ゴンドラの外を眺める。二人の乗るゴンドラは少しずつ上昇していき、あと少しで頂上というところまで来た。

 

 

 

由紀「うわぁ~…すっごく綺麗だね!」

 

「んん、そうだね」

 

夜が近付いている事もあり、上から見下ろす遊園地はそれぞれのアトラクションやショップの明かりがキラキラと輝いている。それらはまるでイルミネーションかのように美しく、由紀はゴンドラの窓に両手をつけながらそれを眺めていた。

 

 

由紀「ん~、わたしの家はあの辺かな?」

 

「えっ?さぁ…どうかな…」

 

ゴンドラが頂上まで達すると遊園地の外すら見渡せるようになり、由紀の視線がそっちへ向く。この遊園地から由紀の家がある巡ヶ丘まではかなりの距離があるのでいくら頑張っても自宅は見えないと思うが、由紀もそれを分かった上で大体の位置だけを予測しているのだろう。

 

 

 

由紀「…あっ!ねぇ見て見てっ!!ほらあそこ、すっごく綺麗だよ!」

 

由紀は窓の外を指差し、感動したように身を跳ねさせる。

一体何が綺麗なのだろう…。彼はすぐに由紀の指差している方を確認してみたが、彼女が見ている物がどこら辺にあるのか今一つ分からない。

 

 

 

「……どこ?」

 

由紀「ほら、あそこだよっ!分かんないの?」

 

「えぇっと……」

 

再び目を凝らし、由紀の指差す方を見る…。

しかし、いくら眺めてみても周囲にある他のアトラクションや人混みしか見当たらない。

 

 

 

由紀「そっちからだと見にくいのかな…?ちょっと隣に来てみて?」

 

「え…あ、ああ…」

 

隣の席をポンポンと叩く由紀の言葉に従い、彼はそこに身を移す。すると由紀はまた嬉しそうに笑って窓の外を指差したが、隣にいる状態から窓の外を眺めようとするとどうしても互いの身が寄ってしまう…。

 

 

 

由紀「ほら、あっちだよ。今度は分かるかな?」

 

彼は少し戸惑いながらも窓の外…由紀が指す方を見つめていく。

その際に彼女の肩と自身の肩が強く触れあってしまうが、このくらい身を寄せないと窓の外が見られない…。

 

その状態のまま少しして、彼は由紀が見ていた物をようやくその目に捉える事が出来た。由紀が見ていたのは恐らく、園内にあるメリーゴーランドだろう。上から見下ろしたメリーゴーランドは綺麗な明かりがクルクルと回転してまるで万華鏡のようになっており、確かに目を奪われるものがあった…。

 

 

 

由紀「あれ、さっきわたし達が乗ったやつかな?」

 

「ああ、そうかもね」

 

由紀達がそれに乗っていた頃、彼は真冬と共にベンチで休んでいた。

だから彼女がメリーゴーランドに乗ってどんなリアクションをしたのか知らないが、由紀の事だ…きっと子供のようにはしゃいだのだろう。

 

その様を見られなかった事を少し惜しく思い、彼はすぐそばにある彼女の横顔へ視線を移す……。と、その時だった…

 

 

 

由紀「キミと真冬ちゃんも一緒に乗れたらよかっ――――」

 

由紀が急に顔をこちらへと向け、それと同時にほんの少しだけゴンドラが揺れる。それによって彼は微かに姿勢を崩してしまい、由紀の方へと身が傾いた…。彼は慌てて窓へと手をついたのだが、それでもギリギリ間に合わない…。

 

気付いた時、彼と由紀の唇は重なっていた…。

 

 

 

 

由紀「………っ……」

 

かつてない程に近い距離から見た由紀は驚いたように目を見開いており、その顔がみるみる赤くなっていくのが分かる…。彼は由紀のそんな表情、そして唇に伝わる柔らかな感触を前にして一気に冷や汗をかき、彼女から身を離した。

 

 

「っ…ごめんっ!!」

 

咄嗟に謝り、彼女の隣から向かいの方へと身を移す。

わざとでは無かったとはいえ、由紀とキスしてしまった…。

彼はその事実に激しく焦り、心臓がドクンドクンと激しく鼓動する。

 

向かいに座る由紀はついさっきまで外の景色を見てはしゃいでいたのに、今はその顔を下へ向けてしまっており、どうにも気まずい時間が流れ始めた…。

 

 

 

由紀「っ……ぅ…」

 

「…大丈夫…?」

 

不安になって尋ねてみると由紀は下を向いたままの状態で右手を動かし、その指先で自身の唇をそっと撫でる…。そうした後、彼女は俯けていた顔を彼の方へと上げていったが、その顔は未だ真っ赤に染まっていた。

 

 

由紀「え…と……な、なんかごめんね?わたしみたいな子が相手だと、キミも困っちゃうよね…」

 

「いや、そんな事は全然…」

 

由紀は照れたような、それでいて自虐的な笑みを浮かべて謝っているが、彼女が謝る事など何一つ無い。由紀は子供っぽいところもあるが、とても可愛らしくて魅力的な子だ…。なので彼からすると由紀とのキスは嬉しいアクシデントであり、彼女から謝られる必要など微塵も無かった。むしろ、謝るのはこっちの方だ…。

 

 

 

「謝るのはこっちなんだけども…何と言えばいいか……」

 

由紀「う、う~ん…あまり気にしないでいいんだよ?」

 

由紀は席に座ったまま両足をパタパタと揺らし、笑顔で答える。

彼がその言葉に驚き、目を丸くしてそちらを見つめていると、由紀は笑顔のままこう言った…。

 

 

 

由紀「えへへ……今のは二人だけの思い出にしようね♪」

 

ただ嬉しそうにニッコリと微笑み、由紀は両足を揺らす…。

そうして楽しげに足を揺らしたまま外を眺める由紀の横顔を眺めていたらいつしかゴンドラは地面へと戻っており、彼は由紀と共にそれを降りて皆と合流していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




この遊園地編のラストでは彼が誰かとキスしてしまうというアクシデントを書きたかったので、今回は由紀ちゃんを相手にそれをやらしてもらいました。恋人関係ではなく、友人関係にある状態でのキスシーンというのを前々から書いてみたかったのです!

可能なら他の子達ともこういうイベントを書きたいものですが、中々難しいかも…。

何はともあれ、当初の予定よりも長くに渡ってお送りした【遊園地編】は今回で終わりです!次回からはまた通常回や各ヒロインとのアフターに戻りますので、楽しみにしてもらえたらと思います(*´ー`*)

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