軌跡〜ひとりからみんなへ〜   作:チモシー

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第五十四話『しゅっぱつ』

 

 

 

 

『これ、この前出来た遊園地のチケットなんです。次の土曜日にみんなで行ってみませんか?』

 

と、歌衣に告げられて早数日の時が経った…。

約束していた土曜日はあっという間に訪れ、彼女らは事前に約束していた通り、街中にあるバス停前へと少しずつ集合していった…。

 

 

~~~~~~~~

 

由紀「おはよ~!」

 

胡桃「ああ、おはよう」

 

歌衣「ゆき先輩、おはようございます」

 

胡桃、歌衣の両名は現れた由紀へ向け挨拶を済ませると、これから向かう遊園地の情報を携帯で調べて大雑把な予定を組み立てる。そうして歌衣の携帯画面を横から覗きこみながら楽しげに会話する胡桃を見て、由紀は目を丸くした…。今日は頑張って早起きしたので自分が一番乗りだと思っていたのに、歌衣どころか…胡桃にまで先を越されていたからだ。

 

 

 

由紀「くるみちゃん、今日は珍しく早起きだね?」

 

胡桃「"珍しく"って……そもそも、あたしはお前ほど寝坊するタイプじゃないぞ。今日だって朝早くから起きて歌衣の家まで行き、ここまで二人一緒に歩いて来たんだ」

 

由紀「歌衣ちゃんをお迎えに行ってあげたの?お~っ!くるみちゃんって意外と優しいんだね!」

 

胡桃「意外で悪かったな……」

 

小さな声でボヤきつつ、そばに立つ歌衣の横顔を見つめる。今回わざわざ歌衣の事だけを迎えに行ったのは、彼女の家が偶然、このバス停に行くまでの通り道にあったからだ。『今、家の前まで来てるから、バス停まで一緒に行くか?』とメールを送った後、直ぐ様家から出て来た歌衣の表情は忘れられない…。本当に嬉しそうで、子供のような笑顔だった…。

 

 

 

胡桃(約束の時間よりちょい早いタイミングだったし…歌衣にも自分のペースがあるだろうから迷惑かなって思ったけど、あんなふうに喜ばれると、メールしてみて良かったって思えるな…)

 

可愛い後輩の可愛い笑顔を思い出し、胡桃は頬を緩める…。しかしここに来るまでの通り道にあったのは歌衣の家だけでなく、胡桃はそこにも寄っていたのだが……

 

 

 

胡桃(あいつはほんと…ダメダメだな…)

 

歌衣の家に寄る少し前、通り道にあった彼の家へ立ち寄った事を思い出し、深いため息をつく。彼にも歌衣にやったのと同様のメールを送り、家の前で待機していたのだが…彼はそこから出ては来なかったし、メールに対しての返事すら寄越さなかった。

 

 

胡桃(ま、たぶん寝てただけなんだろうけど…)

 

あまり早起きが得意なタイプではないようだし、きっと集合時間に間に合うギリギリのタイミングまで寝ているつもりなのだろう。それが彼のペースならとやかく言うつもりも無いが、ほんの一瞬…ここに来るまでの道のりを彼と歩めるのではと想像してしまっただけに、残念な気持ちがあった…。

 

胡桃がそんな気持ちを胸の隅に抱きながら歌衣、由紀と共に会話をしていると十数分経った頃に悠里と妹のるーが現れ、その後に美紀と圭、真冬と果夏達二年生組が現れる。約束していた時間まではまだ余裕があるのだが、皆少しだけ早めに行動してきたらしい。ただ一人、彼だけを除いて…。

 

 

 

圭「先輩、来ませんね。どうしたのかな」

 

美紀「そろそろバスが来ちゃいますけど…」

 

約束していた時間すらも過ぎ、遊園地へ向かう為のバスが到着する時間が近付く。しかし彼は未だ現れず、一同はソワソワし始めた。

 

 

 

悠里「彼の事だから寝坊してるのかも知れないわね…。はぁ…やっぱり、途中で家へ寄って起こしていくべきだったかしら」

 

胡桃「まったく、仕方ないヤツだな…」

 

呆れたように頭を掻き、胡桃は自分の携帯で時間を確認する。バスが来るまであと十数分…。ここから彼の家までは十分はかかるが、走れば五分程で行けるかも知れない。仕方ないので彼を迎えに行く事を胡桃が決めた矢先…

 

 

 

「いやぁ、遅れてしまった…。本当に申し訳ない」

 

ギリギリのところで、本人が現れた。

どうして遅れたのかと事情を聞いたところ、彼は『目覚まし時計のセットを忘れた』と言って苦い笑みを浮かべ、辺りにいた女子達を呆れさせる…。しかし、これで全員が無事に集まった。その後、一行(いっこう)はほぼ予定通りの時刻に現れたバスへ乗り込むと、到着までの間、席に座りながら会話をして時間を潰していく事にした。

 

 

 

 

真冬「ふぁ…ぁ…」

 

果夏「随分と眠そうだね?夜更かししてたの?」

 

隣の席に座る真冬が大きく開いた口へと手を添えながら欠伸(あくび)するのを見て、果夏は尋ねる。よく見ると真冬の目の下にはうっすらとクマが出来ていて、かなり眠たげな目をしていた。

 

 

 

真冬「うん……買ったばかりのゲームをしてたら止めるタイミングが見つからなくて、結局夜中までやってた…」

 

果夏「ほ~、ゲームがやめられずに夜更かししてしまうとは…真冬ちゃんもまだまだ若いですなぁ」

 

真冬「うん…若い若い…」

 

果夏の言葉を適当に流しつつ、真冬は座席横の窓へ頭を寄せる…。目的地である遊園地まではそれなりの時間がかかるようだし、一眠りしようと考えたようだ。

 

 

 

果夏「真冬ちゃん寝ちゃうの?え~、そんなのつまんないよ~!」

 

プク~ッと頬を膨らませ、果夏は不満げな表情を浮かべる。しかし真冬はそんな事など全くお構い無しに瞳を閉じ、すぐに寝息をあげ始めた…。

 

 

 

歌衣「るーちゃん、これ食べる?」

 

るー「あっ…うん、ありがとう」

 

歌衣「えへへ…どういたしまして~♪」

 

果夏が不満な表情を浮かべ続ける一方、その後方の座席にいた歌衣(うい)は更にもう一つ後方の座席に悠里と並び座るるーへとお菓子を手渡す。以前山へ行った時にはあまり喋らなかった為るーは微かに緊張していたようだが、お菓子を貰った事によりニッコリとした笑みを浮かべてくれた。

 

 

歌衣「悠里先輩もどうですか?」

 

悠里「いえ、私は大丈夫よ。それよりも改めてお礼を言わせて。今日は誘ってくれてありがとう。見ての通り、るーちゃんも喜んでるわ」

 

歌衣「ふふっ、なら良かったです♪」

 

るーはもちろん、悠里もまた嬉しそうに微笑みを見せる。大好きな妹が嬉しそうだと、姉である彼女も自ずと笑顔になってしまうのだろう…。仲良く微笑み合う二人を見て、本当に仲の良い姉妹だなぁと…歌衣はそう思った。

 

 

 

胡桃「…真冬は寝たのか?まぁ、確かに眠そうな顔してたもんな…」

 

歌衣が後方の座席にいる若狭姉妹と話す一方、歌衣の隣に座っていた胡桃は前の座席にいる真冬がやけに大人しい事に気が付き、彼女が眠りについている事を知る。と、前の席へ向けていた視線をそのまま自分の右方向…バス内の細い通路を挟んだ先にある席へ向けると、そこにいる由紀もまた眠たげな目をしている事に気が付いた。

 

 

胡桃「って、よく見るとお前もクマが酷いなっ!」

 

由紀「えっ?そうかな?」

 

さっきは気が付かなかったが由紀の目は真っ赤に充血しており、うっすらとクマが出来ている…。少し目を閉じたらあっという間に寝てしまうのではないだろうかと思わせる程に酷い有り様だが、由紀はそんな状態でもニヤニヤと微笑んでおり……

 

 

由紀「えへへ、今日のお出かけが楽しみで楽しみで…全然眠れなかった!!」

 

『ふんふん!』と鼻息を荒げ、興奮した様子でそう告げる…。

本当はかなりの眠気に襲われているようだが、これから皆と一緒に遊園地へ行くという事実による興奮がその眠気を打ち消しているのだろう。

 

 

胡桃「楽しみで眠れなかったって…子供みたいな事を言うヤツだな…。とにかく、到着するまではまだ時間があるから、それまでに少しでも寝て休んどけ」

 

由紀「くるみちゃんは分かってないな~。こういう移動中のお喋りも、お出かけの醍醐味(だいごみ)なんだよっ!」

 

胡桃「だとしてもだ。このまま無理し続けて、いざ遊園地に着いてから倒れでもしたら台無しだろ?」

 

由紀「う~~ん……それもそうだけど…」

 

「大丈夫、着いたら起こしてあげるから」

 

由紀「じゃあ、ちょっとだけ寝ようかな。すぐに寝られるかどうか分かんないけど…」

 

隣の席に座っていた彼にそう告げられ、由紀は渋々目を閉じる…。口では『すぐに寝られるか分からない』と言っていたものの、目を閉じてから一分としない間に彼女は寝息をたてていった…。

 

 

 

「…………」

 

彼はそんな由紀の寝顔を見つめていくと何となく……ただ何となく、彼女の目元や口元を観察していく。すぅすぅという寝息と共に小さく動く唇は綺麗なピンク色をしており、ぷるりと柔らかそうだ…。閉じた(まぶた)のふちに生えているまつ毛も長くて綺麗だし、微かに赤みを帯びている頬もふっくらと柔らかそうでつい触れたくなる…。本人が眠っている今なら、この頬を指先で突ついてもバレないかも知れない…。

 

 

 

胡桃「…おい、ゆきに変な事すんなよ」

 

「っ…。ふふっ…失礼な…。変な事なんてする訳がないだろうに…」

 

隣に眠る由紀へ伸ばしかけていた右手を慌てて引っ込めると、出来るだけ平静を装いながら答える。気付かれてしまうくらいに不審な動きをしたつもりはないが、胡桃には見抜かれていたらしい…。

 

 

 

(勘の鋭い子だな……)

 

通路を挟んで左側にある席に座っている胡桃は彼の事をじっと見つめており、彼が由紀に手を出さぬよう警戒している様だ。彼女の視線がある限り、こっそりとでも由紀に触れるのは無理だろう…。彼は諦めたようにため息をつくと座席にもたれ、胡桃の目を見つめ返す。

 

 

 

「胡桃ちゃんは…遊園地に行ったら何したい?」

 

胡桃「えっ?う~ん、そうだなぁ……ジェットコースターとかに乗ってみたいな!」

 

「ほう…ジェットコースターねぇ………」

 

確かに、胡桃はそういった乗り物…所謂(いわゆる)絶叫マシンが好きそうなイメージがある…。ただ、そんな彼女でも苦手な物があるハズだ…。この前、由紀が言いかけた言葉から察するに、彼女はきっと………

 

 

 

 

「…胡桃ちゃん、遊園地に着いたら、ちょっといいかな?」

 

胡桃「ん?なんだ?」

 

「いやその…大事な話があるんだよ。君に伝えたい、大事な話が…」

 

神妙な面持(おもも)ちでそう告げ、彼女の目を真っ直ぐに見つめる。すると胡桃の顔はみるみる真っ赤に染まっていき、瞳もだんだんと大きく開かれていった。胡桃の隣にいる歌衣は悠里達と喋っていたので二人の会話には気付いていないし、美紀達も気付いていない…。

 

 

 

胡桃「だっ、大事な…話っ…?」

 

「ああ…大事な話。出来るなら、この話を聞いた後には良い返事を返してもらいたい…。どうしても嫌だと言うのなら無理にとは言わないけど、僕的には…首を縦に振る君が見たい…」

 

胡桃「っ………わ、わかったよ……」

 

小さく返事を返し、胡桃はそのまま下を向く。座席に座ったまま、ぴったりとくっ付けた膝に両手を置き、彼の事をチラチラと見つめて…。

 

 

 

 

胡桃(大事な話って…そういう…事だよな…?)

 

遊園地に着いた時に彼が言おうとしている言葉……それを想像した胡桃は耳まで真っ赤にして小さく震え、瞳を潤ませる。彼が自分の事をそんな(ふう)に思っていたなんて予想していなかった…。いったい、どういう風にそれを告げられるのだろう…。そして自分は、それにどう答えれば良いのだろう…。考えれば考えるだけ頭が熱くなり、そうこうしている内に目的の遊園地へと到着してしまった…。

 

 

 

 

 

 




胡桃ちゃん…違うんだ…。
彼はただ、君をお化け屋敷に誘いたいだけなんだ……。

…まぁ、あんな紛らわしい言い方したら勘違いされても仕方ないですよね(汗)
今回はただの移動パートで終わってしまいましたが、次回こそは遊園地回となります!!楽しんでもらえたら嬉しいです(*^^*)

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