「あ~、さっぱりした…」
時刻は午後7時過ぎ…。自宅にある風呂場から出た彼は寝間着を纏い、濡れた髪をタオルで拭きながら部屋へ戻る。床に敷いてあるカーペットの上では太郎丸が寝転んでおり、気持ち良さそうに眠っていた。
(…ん?連絡入ってるな)
髪を拭きながらベッドに腰掛け、置いてあった携帯電話を手に取る。彼が風呂に入っていた時間は十数分だったがその間に誰かが連絡をよこしたらしく、1件の着信履歴が残っていた。
(ええっと、誰だ…)
携帯を操作していくと、画面上に『りーさん』という文字が表示される。どうやら、悠里からの連絡だったらしい。彼はタオルを頭に乗せたまま、彼女へ電話をかけ直す。
プルルル…プルルル……
悠里『……はい、もしもし?』
呼び出し音が数回鳴った後、携帯の向こうから悠里の声がした。
「ああ、もしもし。さっき連絡してもらったみたいなんですけど、ちょっと風呂に入ってて出られなくて、すいません」
悠里『あら、そうだったの。こっちこそごめんなさい、急に電話なんかしちゃって…』
「いや、構いませんよ。で、どうしました?」
右手で携帯を耳に当てたまま、左手で髪を拭いていく…。一体、彼女は何の用があってかけてきたのだろう?電話の向こうにいる悠里はすぐ答えてくれたのだが、それは予想外のものだった。
悠里『ええっと、なんか、るーちゃんがあなたに用事があるみたいで…。それで、電話をかけてくれって言われたのよ』
「るーちゃんが?」
悠里『ええ。何の用かは私も知らないんだけど………ちょっと待って、今代わるわね?』
悠里がそう言ったので待つこと数秒…。今度は悠里とはまた違う、幼い声が聞こえた。彼女の妹である、るーの声だ。
るー『もしもし…お兄ちゃん?』
「ああ、そうだよ。元気かい?」
るー『うん、元気…。お兄ちゃん、明日ひま?』
「明日?まぁ、特に用事は無かったかな……」
明日は学校も休みであり…特にこれといった用事もない。彼がそう答えると、電話越しに届くるーの声が明るくなった気がした。
るー『じゃあっ、明日…わたしと一緒にお買い物してほしいな』
「買い物?それって、りーさんも一緒に?」
るー『ううん。お兄ちゃんと、わたしと…二人だけで行きたい。だめ?』
「ダメじゃないけど……りーさんには言った?」
るー『りーねーには友だちと遊びにいくとしか言ってない…。今も隣の部屋に行ってもらってる』
つまり、電話の内容も聞かれていないと言いたいのだろう。
彼女は何故、姉である悠里に内緒で行動しようとしているのだろうか…。
るー「…りーねー、来週誕生日なの…。だから、ナイショでプレゼントを…」
「あぁ…そういう事か…」
るーのヒソヒソとした声を聞き、彼は微笑む。姉に内緒で誕生日プレゼントを買いに行きたいとは、何とも微笑ましい話だ。
「…わかった。そういう事ならついていくよ」
るー『!!……ありがとう…!じゃあ明日の10時頃、わたしのお家までむかえに来てくれる?その頃なら、りーねーもいないと思う。明日、くるみと出かけるって行ってたから…』
「10時頃に迎えに行けばいいんだね?わかった、じゃあ待ってて」
るー『うんっ、待ってる…!』
嬉しそうな声が聞こえた後、プツン…と通話が切れる。どうやら、るーの方からそれを切ったらしい。彼は通話の途切れた携帯を見つめながら微笑み、そのままベッドに横たわった…。
~~~~~~~~~~
そして翌朝…。
目を覚ました彼は洗面所で顔を洗ったり、朝食を食べたりと、すべき事をしながら時間を過ごす。そうこうしている間に時刻は午前9時過ぎ……るーと約束した時間まであと少しだ。
「さて、じゃあそろそろ出掛けるか…。太郎丸、留守番は任せた」
太郎丸「わんっ!!」
「…良い返事だ」
彼はパパっと着替えて支度を済ませ、太郎丸の頭を撫でてから外へと出ていく。彼の家から悠里とるーが暮らす家まではそう遠くなく、ものの十数分程度で辿り着く事が出来た。
るー「あっ、お兄ちゃん!」
るーは既に家の前で待っており、彼を見るなりニッコリと微笑みながら駆け寄ってくる。彼女と顔を会わせるのは数回目だが、最初の頃と比べるとかなり懐いてくれたらしい。
「こんにちは。りーさんはもう出掛けた?」
るー「うん。たぶん夕方まで帰らないとおもう」
「そうか…じゃあ、それまでに済ませよう」
るー「うんっ♪」
笑顔のるーと共に街へ向かい、そこにあるデパートへ入っていく。デパートの中には様々な店舗が入っているが、二人が最初に向かったのは洋服売り場だった。
るー「う~ん…どうしよう…」
「どれとどれで悩んでるの?」
並ぶ洋服の数々を見て悩んでいるようだったので、るーに声をかけてみる。もし、数着の服で悩んでいるだけなら力になれるかもと思ったのだが……
るー「…全部」
「なっ?ぜ、全部…?」
るー「うん、全部。りーねーはすごくきれいでスタイルも良いから、どの服も似合いそう…」
店舗内にある服を見回し、るーは悩ましげに唸っていた。彼女は姉の容姿をかなり評価しているらしい。
「まぁ、本当に綺麗だもんな…あの人」
るー「うん、すっごくきれい…」
るーはニッコリ微笑み、また辺りの服を見て回る。そうして店舗内を一周、二週と回った後、彼女はハッとした表情を見せた。
るー「あっ…」
「ん?どうした?」
るー「わたし…お洋服買えるだけのお金もってなかった」
「あ~……そっか」
るー「……よし、次のお店にいこう」
自分が持ってきた予算が少なかった事を思い出したるーは気持ちを切り替え、足早にそこを去る。彼はただ、彼女が迷子にならぬよう気を張りながらあとをついていった。
るー「ここがいい」
「分かった。じゃあ行こっか」
るーが次に選んだのは雑貨店…。外からパッと見ただけでも、可愛らしいぬいぐるみや多くの小物を確認出来た。るーの予算がいくらなのかは分からないが、ここなら低予算でも良いものが見つかりそうだ。
るー「うーん……う~ん…」
店内に入ったるーは早歩きで辺りを見て回り、たまに気になった商品を手に取る。小さなキーホルダーや簡単な作りのネックレスなど…様々な物を確認していくが、どうにもしっくり来ないようだ。
「…どう?決まりそう?」
るー「う、ううん……なんかもう、どれを選べばいいのかもわかんなくなってきちゃった…」
るーはそう言って悩ましげにため息をつき、瞳を涙で潤ませる。お姉ちゃんが喜ぶ物を…お姉ちゃんが喜ぶ物を……そう思えば思うほど、プレゼント選びは難しくなっていった。
るー「どうしよう……。せっかく…せっかく来たのに…」
「…ま、そう悩まなくても大丈夫だよ」
るー「………でも……」
「りーさんはね、るーちゃんが想いを込めてくれたプレゼントなら何だって喜ぶと思うよ。あの人、妹が大好きみたいだから」
るー「そう…かな?」
不安そうに尋ねつつ、るーは彼の事を上目遣いで見つめる。彼はそんな彼女の小さな頭をポンと撫で、ニッコリと優しく微笑んだ。
「うん、絶対に大丈夫だよ」
るー「…うんっ!じゃあね、わたし、さっきちょっとだけ気になったやつがあったの。りーねーへのプレゼント、それにするね♪」
「ああ、因みにどんなのかな?」
るー「こっち、ついてきて」
彼女が気になった物、それがどんな物であれ、悠里は間違いなく喜ぶハズだ。大好きな妹からのプレゼントなのだから、喜ばないわけがない。
るー「えっと、これっ!」
「ん?おぉっ、良さそうじゃん」
るーが手に取った物…それは白いシュシュだった。
しかもただの真っ白いシュシュというわけでもなく、よく目を凝らして見ると可愛らしいクマの絵がプリントされていた。
るー「これ、わたしは可愛いと思ったけど…りーねーもよろこぶかな?」
「んん、絶対に大丈夫だと思うよ。りーさん髪の毛長いから、こういうのも使うだろうしね」
るー「…よし!じゃあわたし、これ買ってくる!お兄ちゃんはそこで待っててね?すぐもどるから!」
「ああ、待ってるね」
とは言ったものの少しだけ心配になり、彼はこっそり彼女のあとをつける。しかしそんな心配は必要なかったのか、彼女はあっさりとレジにたどり着き、一人でしっかり会計を進めていった。
(さすが、りーさんの妹だな。しっかりした子だ)
代金を払い終えた後、彼女は店員から可愛らしい小包を受け取る。離れた所で見ているので声は聞こえなかったが、恐らくプレゼント用にラッピングも頼んだのだろう。会計を終えたるーはその小包を手に持ったまま彼の元へ歩み寄り、嬉しそうにニッコリと笑った。
るー「買ってきた!ほらみて、きれいな袋にいれてもらったの…!」
「りーさん、こりゃ間違いなく喜ぶよ。僕が保証してあげよう」
るー「えへへ…うん、りーねーがよろんでくれたら、すごくうれしい♪」
るーは肩にかけていたバッグを開き、その小包を大切にしまう。するとその際、何かがポトッと床に落ちた…。どうやら、彼女の財布がバッグから落ちたらしい。
「おっ?るーちゃん、財布が落ち…………っ!!?」
ピンク色の可愛らしい財布を拾い、それを彼女に手渡そうとした時だった…。財布についていた一つのキーホルダーが視界に入り、彼は言葉を失う。つい先日、それを見かけたばかりだったからだ。
「こ、こいつは……」
るー「あっ、お兄ちゃんもフジツボンが好きなの?」
財布についているキーホルダー…フジツボンを指先で撫で、るーは微笑む。フジツボンとは、先日みんなで行った海のある町のご当地キャラなのだが、フジツボをベースにしたその見た目はただの怪人。お世辞にも可愛いとは言いづらい…。が、るーはこれを気に入っているようで……
るー「えへへ♪これね、この前ゆきがおみやげでくれたの!そう言えば、お兄ちゃんもみんなと一緒に海行ったんだよね?なら、お兄ちゃんもこれ買った?」
「い、いや…僕は買わなかったかな……」
というか、それを買ったのは由紀と果夏だけだ。
後に美紀や圭、胡桃や歌衣もフジツボンを目にしたが、その感想はやはり『気持ち悪い』という一言だけ…。結局、フジツボンを可愛いと評価したのはあの二人以外にいなかった…。
るー「また、ゆきにありがとうって言わないと。こんな可愛いプレゼント、なかなか見つからないよね♪」
「うん…そうだね」
しっかりしている所は姉に似ているが、センスは由紀に似てしまったらしい。由紀と彼女は以前からよく遊んでいるとの事なので、そのせいもあるのかも知れない…。フジツボンを手にニヤニヤ微笑む彼女を見て彼が苦い笑みを浮かべていると、背後から聞き覚えのある声が届いた。
由紀「おっ?偶然だね~♪」
るー「あ…っ!ゆきだ!」
何という偶然か…。思いがけぬタイミングで本人が登場し、彼は戸惑う。
「お、おぉ……」
由紀「ん~っ?何かおかしな顔してるね?」
「そう…かな………」
るーは由紀と出会って嬉しそうにハシャギ、彼女の目の前で頭を撫でられながら微笑んでいる。前々から交流していた事もあり、二人は本当に仲が良いのだろう。なんて事を思いながら由紀の背後を見て気づいたのだが、現れたのは彼女一人だけではなかった…。
果夏「先輩、るーちゃん、こんにちは♪」
「果夏ちゃんもいたのか。珍しい組み合わせだね」
るーを撫でる由紀の背後、そこには後輩である果夏がいた。いつもは真冬と組んでいる彼女が由紀と二人きりで行動しているなんて、珍しい事だ。
果夏「あれれ?先輩はご存知なかったのかな?私と由紀先輩は何気に仲良しで、二人で一緒に出掛けたりすることも少なくないのですよ!」
「へぇ~…」
果夏「もうちょい興味示してくれても……まぁいいや。ところで、先輩はるーちゃんとデートですか?カップルというには結構な年の差がありますけど……」
「まぁ、愛があれば年の差なんて関係ないから」
出会うなりとんでもない事を言ってきた果夏に対し、これまたとんでもない答えを返してみる。ただかなり冗談っぽい言い方をしたし、真に受けたりはしないだろう…。そう思う彼だが、そこには大きな誤算があった。目の前にいるのが、由紀と果夏だということだ…。
由紀「えっ!?ほんとに付き合ってるの!!?」
果夏「まっ、マジかっ!!?いやぁ、さすがにヤバいと思いますよ!!りーさんは知ってるんですか!?」
「へっ?いや、ちょっと落ち着きなさいって…。冗談だから…」
この二人は少し特殊な思考の持ち主というか、変わった頭脳の持ち主なため、このように冗談が通じない事がある…。彼は二人の事を呆れた目で見つめながら誤解を解きつつ、るーとここにやって来たその理由を明かした。
これからどういう話を書いていこうかと悩んでいた矢先、読者の方からリクエストをもらったので、それを形にした結果…今回は初の『るーちゃん回』となりました!(*´-`)
姉思いのるーちゃん、何とも可愛らしいですよね(*´∀`)
彼も今回のデート(?)では可愛い妹と買い物している兄の気持ちを疑似体験でき、楽しめていると思います(*^-^)
最後に由紀ちゃん&果夏ちゃんも加わったので、次回はこの二人を交えてちょっとだけ買い物をして…その後、るーちゃんがりーさんにプレゼントを渡すところまで書けたらと思います!
では、また次回!!ヽ(*´∀`)ノ