軌跡〜ひとりからみんなへ〜   作:チモシー

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申し訳ありません(>_<)


第四十二話『うみのいえ』

 

 

 

 

少し泳いでみたり、浅瀬で水をかけ合ってみたい、浜で砂遊びしてみたり、そうして海で遊ぶこと約二時間…。時刻は昼を過ぎ、遊びっぱなしだった一同は空腹になり始めた。

 

 

悠里「少し遅くなっちゃったけど、そろそろお昼にしましょうか?」

 

由紀「さんせ~っ!」

 

美紀「動いてばかりいると、やっぱりお腹が空きますね…」

 

「んじゃ、あそこにでも行く?」

 

みんなが水着姿のまま荷物をまとめた後、彼は浜辺にある一つのこじんまりとした海の家を指さす。薄っぺらな屋根に覆われたそこには壁が無かったので遠目からでも中の様子が窺えるのだが、従業員と思われる二人以外の人影がない…。

 

 

 

 

胡桃「ガラガラだぞ…。あんなところに行くのか?」

 

「見た目だけで判断しちゃいけない。意外と美味しい料理を出してくれるかも知れないよ?……何より、近いし」

 

正直に言うと、彼もあの店に行くのはあまり気が進まないと思っていた。しかし、パッと見た限りだとこの海に出ている店はあそこだけ…。海辺から離れて町に行き、それから他の店を探しても良いが、それは少々めんどうだ。

 

 

 

果夏「あれ?あそこ、さっき飲み物買いに行った時は誰もいなかったよね?それだから、私達はわざわざ遠くの自動販売機まで行ったわけだし…」

 

歌衣「ええ。てっきり空き家なのかと思いましたが…お買い物にでも行ってただけなんですかね?」

 

圭「なんでもいいよ。本当にお腹すいたから、とりあえず行ってみよう。先輩たちもそれで良いですよね?」

 

悠里「ええ。じゃあ行ってみましょうか」

 

真冬「…………」

 

荷物の入ったカバンを持ち、一行は水着姿のままそこへ足を踏み入れる。歩くだけでデッキはやたらギシギシと軋むし、屋根に覆われた室内には明かりがない…。あるのは四角いテーブルが三つと、それぞれを囲むように置かれたパイプ椅子。そして、薄汚れた厨房のスペースで腰を下ろして休む二人の男の姿だ。

 

 

 

由紀「ボロボロだね」

 

悠里「こら、そういうこと言っちゃだめ!」

 

咄嗟に由紀の口を塞ぐ悠里だが、彼女自身も由紀と同意見だった。テーブルは汚いし、パイプ椅子はボロボロだし、部屋の隅でノロノロと回る扇風機の羽根も茶色く変色している…。

 

 

 

悠里「あ、あの……今って営業中ですか?」

 

?「ん…?あぁ、客かよ…面倒だな。へいへい、営業中ですよ~、と」

 

中の様子を見て、出来るなら営業中じゃないと良いな…などと願う悠里だが、気だるそうに立ち上がった従業員が言うには、ここは一応営業中らしい…。

 

 

 

悠里(なんか…店員さんの態度もあまり良くないわね……)

 

長めの茶髪…ダルそうな目…そして客を見て『面倒だ』と言ってのけるその態度。出てきた男はわりと若く、恐らくは彼女達より一回り年上だという程度なのだろうが、あまり印象は良くない。

 

 

?「…で、何にするか決めたの?」

 

悠里「あっ、すいません…まだです」

 

?「ああそう…。じゃ、決まったらまた―――」

 

男はめんどくさそうに頭を掻いていたが、こちらを向く悠里…そして他の女性陣をチラッと見て、ポカンと間抜けそうに口を開く…。

 

 

 

悠里「…?な、なにか?」

 

?「いや……レベル高い娘が多いなと思って…。っていうか、お姉さんのおっぱい大きいね…」

 

悠里「なっ!?」

 

両手をバッ!と胸に寄せ、悠里はそこを隠しながら頬を染める。男はそんな彼女の反応を見てニヤニヤと不気味に微笑むと、悠里の後方にいた歌衣の前へ立った。

 

 

?「こっちも凄いな…。いや~、最近の若い娘ってのは良いもの持ってんだなぁ」

 

歌衣「へっ…?あ、あのっ……」

 

胡桃「おい、あたしの後輩を変な目で見るな。ていうか、あたしらを変な目で見るな。いくらなんでも怒るぜ」

 

男が歌衣の肩に触れようとしたので、隣にいた胡桃がその手を掴む。右手を掴まれたその男は胡桃の睨みに全く動じず、まだニヤニヤと笑っている。

 

 

 

?「わるいわるい。最近全く客が来なくてさ…。そんな中、久々に来た客がこんなにも可愛い娘ばかりだったんで、ついテンションが上がっちまったわけよ。まぁ許してくれや」

 

「客が来ないのは店が汚ないのと、店員の態度が原因なんじゃ…」

 

?「全くその通りだ。返す言葉もない。いくら俺がカッコいい、かつ紳士的でパーフェクトな接客態度を見せていても、店がこんなに汚ないと意味がない。おまけに、もう一人の店員は寝てばかりいて俺の足を引っ張ってるし…」

 

彼はこの男に向け、嫌みの言葉を放ったつもりだったが、どうやら伝わらなかったらしい。一同がこの男の前向きさに少しばかり引いていると、男は厨房の方へ向かい、そこに置かれていた椅子に腰掛けながら寝ていたもう一人の店員を睨む。

 

 

 

?「おい、圭一さん!起きろっての!客だぞ!!」

 

圭一「…起きてるよ。ただ、めんどくさいから無視してたんだ。ついでだから教えてやると、さっきあの男が言っていた言葉は…穂村、お前に対する嫌みだぞ」

 

穂村「はぁっ!?おい少年っ!それはマジなのか!?態度が悪いってのは…この俺に言ってやがったのか!?」

 

「少なくとも、やって来た客を見ておっぱいがどうとか言う店員はかなりヤバいでしょ…。あんたみたいなやつは今まで見たことがない」

 

圭一と呼ばれた男はめんどくさそうに椅子から起き上がり、一瞬だけ悠里達を見回してからアクビする。一方、その悠里達にやたらと絡んできた店員…穂村はさっき彼に言われた言葉が自身への嫌みだと知り、苛立ちの表情を浮かべた。

 

 

 

穂村「こ、こいつ…言ってくれるじゃねぇの…!!」

 

真冬「…みんな、やっぱりここはやめよう。こんな変な店員がいるような店の食べ物なんて、ボクは食べたくない」

 

穂村が彼に突っかかろうと歩み寄ってきた瞬間、真冬は二人の間に入って穂村の胸をポンっと押し退ける。確かに、この店はあまり居心地がよくない。

 

 

 

穂村「っ…!ここから出ていきたきゃテメェだけ出てけ!このペチャパイ女が!そうしてどっか別の店で、胸が大きくなるような食いもんでも探してから出直してこい!」

 

自分の事を押し退けた少女、真冬の平坦な胸を見つめ、穂村は鼻で笑う。すると真冬は悲しげな表情をしながら自らの胸をビキニ越しに撫で、ギッ…と鋭く、冷たい目線を穂村へと向けた。

 

 

 

真冬「……………殺す」

 

圭「ちょっ!?ま、真冬っ!怒っちゃだめだよ?そりゃまぁ…今の言葉はかなりキツかっただろうけどさ…」

 

最も触れてほしくない自身の身体的特徴を挑発に使われ、真冬はこれまでに見せたことのないような冷たい目を穂村へと向ける。その目があまりに冷たく、恐ろしいものだった為に周りの人間が固まる中、圭は必死に彼女を押さえた。

 

 

 

真冬「圭…どいて。今、わりと本気で怒ってる…」

 

圭「それはよ~くわかってるよ?でもさ、ここは一旦落ち着いて―――」

 

 

果夏「このぉ~っ!!!」

 

穂村「なっ!?うぎぃっ!!」

 

圭が真冬を落ち着けようとしている最中、果夏が突如大きな声をあげながら穂村へと突進し、勢い良く穂村を押し倒す。果夏は押し倒した穂村の上に馬乗りになると左手で髪を…右手で頬を掴んで穂村を痛め付けた。

 

 

 

果夏「真冬ちゃんに酷いこと言ったな!?謝れっ!謝れこのヤンキー!」

 

穂村「いてっ!いてっ!!誰がヤンキーだ!!」

 

果夏「あんたしかいないでしょう!!こんなに汚い茶髪して!!」

 

 

悠里「ちょっ、ちょっと…!!」

 

美紀「果夏っ!!やめなって!」

 

相手の茶髪をグイグイと引っ張る果夏を止めるべく、悠里と美紀はそこへ駆け寄る。彼や胡桃もそれに手を貸そうとしたのだが、圭一が二人の肩を指先でちょんちょんっと叩いた。

 

 

 

圭一「注文は?」

 

胡桃「今、それを聞くのか?」

 

「とんでもなくマイペースな人だな…」

 

 

 

果夏「焼きそばでお願いしますっ!!」

 

悠里「頼んでる場合じゃないでしょっ!」

 

美紀「もう離してあげなって!」

 

 

穂村「ぐぅっ!!マジで痛いっての!!」

 

穂村に馬乗りで襲いかかったまま、果夏は大声で注文する。これだけ大騒ぎで争っていても、注文をとる圭一の声を聞き逃さなかったようだ。

 

 

圭一「焼きそば一つ…。あとは?」

 

由紀「じゃあ、わたしはカレーで!」

 

歌衣「私も同じので」

 

圭一「カレー二つ……と」

 

由紀、歌衣も注文を済ませ、席へとつく。この二人も大概にマイペースな性格のようだ…。圭一はそれらの注文を紙に記していきながら辺りを歩いて周り、他の注文をとっていく。

 

 

 

圭一「…お前らは?」

 

「……ラーメンで」

 

胡桃「注文すんのかよ!」

 

「いや、だってもう三人は注文してるし…ここまで来たら仕方ないでしょ」

 

胡桃「はぁ……。じゃあ、あたしもラーメンで」

 

もう仕方ない。ここは諦めようと思い、胡桃も注文を済ます。その後、何だかんだで真冬に圭、悠里と美紀も注文をしたのだが…。圭一が厨房でそれらの支度をしてる時ですら、穂村は果夏の手により痛め付けられていた。

 

 

 

 

果夏「どうっ!?もう酷いこと言わない!?」

 

穂村「い、言わねぇって!だからもう降りろっ!」

 

果夏「よ~し!じゃあ降りてあげるけど、ちゃんと真冬ちゃんに謝るんだよ?分かったね、お兄さん?」

 

穂村「わかったわかった…。ったく、散々な目に遭ったぜ…」

 

ようやく果夏から解放された穂村は参ったようにため息をつき、席についていた真冬の前へと歩み寄る。

 

 

 

穂村「あ~……さっきは悪かった。許してくれ」

 

真冬「……仕方ないから許してあげる。これに懲りたらもう二度と、女の子の体をバカにしてはいけない」

 

穂村「はいはい…。すんませんでした」

 

果夏につねられていたせいで真っ赤になってしまっている頬を撫でながら、穂村は厨房へ戻って圭一の手伝いをしていく。二人は少ししてから出来上がった料理をそれぞれの元へと運んだのだが……

 

 

 

 

圭「…………」

 

果夏(…まずそう)

 

テーブルに乗せられた物を見つめ、皆が言葉を失う。ラーメンは麺が伸びきっているし、カレーはほとんど具が無い上に何か粉っぽい…。焼きそばに関しても同じで、麺がゴムのようになっていた…。

 

 

 

美紀「…個性的な味ですね」

 

胡桃「ん…んん………そうだな……」

 

「はぁ…………」

 

それぞれ直接的な言葉を避け、苦しげな表情のままそれらを口に運ぶ。圭と果夏に限っては一口目以降、全く手が動いていない。

 

 

 

由紀「…おいしくないね」

 

悠里「ゆきちゃんっ!し~!」

 

ハッキリ言ってのけた由紀の口を塞ぎ、悠里は恐る恐る振り返る。彼女が振り返った先…そこにいた穂村、圭一の二人は由紀の言葉を聞いていたらしいが、気にしている様子はない。

 

 

穂村「まぁ、マズイだろうな。俺ら、料理とかろくに出来んし…」

 

胡桃「おいおい…なんでそんな人達がこんな店やってんだよ…」

 

持っていた割り箸を置き、胡桃はコップに注がれていた水を飲み干す。こんなにもマズイラーメンで腹を満たすくらいなら、水だけ飲んでいた方がマシだ。

 

 

 

圭一「俺達だってやりたくてやってるわけじゃない。ただ、知り合いの手伝いをやらされているだけだ…」

 

穂村「正直言えばもうやめたいけど、結構な額を前払いで貰っちまったからな…。やめるにやめれないわけだ…」

 

悠里「へ、へぇ…大変なんですね…」

 

圭一「一番大変なのは、こんな店に入ってしまったお前らだと思うがな…」

 

いくつかの皿に残っている食べ残しを見つめ、圭一は鼻で笑う。結局、出された料理を全て食べたのは悠里、美紀、胡桃、歌衣…そして彼だけだった。悠里達は席から離れ、会計の準備をするが…。

 

 

 

 

圭一「ああ、代金はいらない。全部タダだ」

 

悠里「えっ!?どうしてですか?」

 

財布を出した瞬間、圭一が言った言葉に皆が驚く。もう一人の店員である穂村もその言葉には驚いているらしく、目を丸くしていた。

 

 

圭一「こんなマズイ料理に金を払うのは嫌だろ?俺だったら間違いなくお断りだ。だからタダにした。それに、穂村にちょっかいを出されて不快な思いもしただろうからな…」

 

穂村「…俺のせい?」

 

圭一「ああ、お前せいだ。反省しとけ」

 

真冬「まぁ、確かに不快な思いはした…。料理も死にたくなるくらい不味かった…」

 

圭一「だろ?だからタダにしてやるよ。それに、お前らここの値段見たのか?お前らが頼んだ料理、どれも1500円だぞ…。こんなのボッタクリだろ…」

 

言われてから、壁に張られているメニュー…その下に小さく書かれた値段を見つめる。そこには確かに、圭一の言ったままの値段が記してあった。

 

 

 

果夏「たっか…!!」

 

真冬「あんなゴミが…1500円…?」

 

圭「ゴミって……まぁ、確かに不味かったけどさ」

 

確かに、あの料理のレベルでこの値段は少しばかり割りに合わない…。というか、値段の表示がやたらと小さいのが卑怯な気がする。そばに寄り、よーく目を凝らさないと確認できないほどだ。

 

 

 

悠里「えっと…本当にタダでいいんですか?」

 

圭一「ああ。ここで使うくらいなら、別の場所でもっと旨いもんを食ってこい。どんな店でもここよりはマシだろ」

 

悠里「…じゃあ、お言葉に甘えます。ありがとうございました」

 

料理はかなり不味かったが、それでもタダならありがたい。一同は二人(主に圭一)に頭を下げ、その店をあとにした…。

 

 

 

 

穂村「タダなんかにして、本当に良かったのかねぇ…。この夏の間、結局大した稼ぎはあげられなかったけど…」

 

圭一「まぁ、俺達の知ったことじゃないさ。損するのは柳のヤツだしな」

 

穂村「……それもそうか」

 

もう給料も貰っているし、あとはどうにでもなれば良い。そんな歪んだ考えを浮かべつつ二人はニヤリと微笑み、海辺へと戻る彼女達の背中を眺めた。

 

 

 

 

 

「…酷い店だったな」

 

美紀「でも、タダにしてもらえたから良かったじゃないですか」

 

「まぁね…。あれで1500円はちょっとな……」

 

浜辺を歩きながら、それぞれが今の店の愚痴をこぼす。しかし、あの店に行った事で学べたことも三つあった。まず一つ目…どんな店でも値段はしっかり確認しようということ。そして二つ目…胸の事を言うと、真冬は本気で怒るということ…。そして三つ目……

 

 

 

 

歌衣「えっと……あのお店の料理、そんなに変な味でしたか…?私は、とても美味しい料理だなぁと思って食べていたんですが……」

 

胡桃「はっ…?」

 

圭「え~…」

 

悠里「う、う~ん……」

 

歌衣の舌が、他の人間と比べて少し特殊…という事だ。

 

 

 

 




今回はこれといったドキドキ要素はなく、ただの息抜き回にしました(^^)

やたらとボロボロ、かつ店員の態度が悪い店に入ってしまった一行ですが、この店の店員だった二人は真冬ちゃん同様、『外伝』や『本編』の方に登場している本作のオリジナルキャラとなっています(*^^*)

せっかくなので、この二人もこちらの世界の話に登場させたかったのです(笑)

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