軌跡〜ひとりからみんなへ〜   作:チモシー

255 / 323

前回までのあらすじ『いざ、コテージへ』


第三十三話『さかみち』

 

 

「はぁ……暑っい…」

 

ゆっくり、一歩ずつ…山中(さんちゅう)の森の中…そこにある坂道を一同は上がっていく。辺りに生えている木々達によって日差しを直に浴びる事だけは避けられているが、それでも辺りは蒸し暑い…。また、辺りで『ミーンミーン』と鳴くセミ達の声を聞いていると余計に暑さが増す気もする…。

 

 

 

 

由紀「め、めぐねぇ……おんぶして…」

 

慈「あと少しっ…あと少しですから、もう少し頑張りましょう…?」

 

由紀「え~っ……し、死んじゃうよ……」

 

由紀は一歩進む毎に額から汗をポタポタと溢しており、足取りもおぼつかない。進む坂道はそこまで急ではないながらも、この暑さが加わったとなれば話は別…。かなりの重労働だ。あまり体力のない由紀は既にフラフラとしていて心配だが、それは慈も同じ…。彼女も顎先からポタポタと汗を流しており、今にも倒れてしまいそうだ。

 

 

 

 

胡桃「ったく…!わりぃ、ちょっとこれ持っててくれ」

 

「ん?あ、ああ…わかった」

 

フラフラ歩く由紀を見兼ねた胡桃は背負っていたバックを彼へ渡すと、由紀の前へと駆け寄る。彼女はそうして由紀の前に立つと、その場にしゃがんでから背を向けた。

 

 

 

胡桃「仕方ないから…背負ってやるよ」

 

由紀「えっ…?いいの…?」

 

胡桃「目的地につく前に倒れたらシャレにならんだろ…。あたしの背中で休んどけ」

 

由紀「あ、ありがと……」

 

申し訳なさそうに頭をペコリと下げた後、由紀は胡桃の背中へと乗る。胡桃は彼女をしっかり背負うと、静かに立ち上がって歩き出した。

 

 

 

 

慈「恵飛須沢さん…無理しちゃだめよ…?」

 

胡桃「してないよ。鍛えてるから平気っ!」

 

ニッコリと微笑んで答える胡桃だが、彼女もかなり汗を流している…。いくら陸上部で体力をつけているとはいえ、この暑さの中で由紀を背負っていくのは大変だろう。

 

 

 

 

るー「…………」

 

悠里「ほら…るーちゃんもおいで」

 

胡桃が由紀を背負うのを見て、悠里もるーの前にしゃがみこむ。るーも由紀と同様にかなり辛そうな顔を見せており、悠里の背へと静かに乗っていった。

 

 

 

悠里「よいしょっ…と!」

 

るー「りーねー…ごめんね…」

 

悠里「お姉ちゃんは大丈夫だから、気にしないでね♪」

 

るー「……うん」

 

るーはそう呟くと、被っていた麦わら帽子を悠里の頭へと乗せる。るーの手でそれを被らせてもらった悠里は嬉しそうに微笑み、ゆっくりと進んでいった。

 

 

 

 

 

美紀「みんな…辛そうだね…」

 

圭「そりゃそうだよ…メチャクチャ暑いもん…。ねぇ歌衣(うい)ちゃん、これから行くコテージってクーラーとかある?」

 

歌衣「ど、どうだったかな…?すいません、私も結構前に行ったきりなので、記憶が曖昧(あいまい)で…」

 

目的地であるコテージは彼女…那珂歌衣(なかうい)の家族の物らしいが、彼女自身がそこへ行ったのはかなり昔らしく、クーラーの存在までは把握していないようで…歌衣は申し訳なさそうに顔を俯ける。

 

 

 

 

圭「まぁ、多分あるでしょ…。もし無ければ、みんなでそのまま川に行こう。コテージの近くにあるんだよね?」

 

歌衣「ええ、それは間違いないです。川に行けば…ある程度は涼めますね」

 

圭「…よし、泳ごう。クーラー無かったら、私は川で泳ぐっ!!」

 

圭は決意したかのように口を開くが、横でそれを見ていた美紀は一つの疑問を抱き、彼女にそれを尋ねる。

 

 

 

美紀「圭…着替えとか持ってきたの?」

 

圭「持ってきてないけど…濡れても外で干せばすぐに乾くでしょ」

 

美紀「干してる間の服は…?」

 

圭「え~、他には女の子しかいないし、乾くまで下着でいるよ…」

 

前や後ろを歩く皆を見回し、圭は当たり前のように呟く。しかし、彼女は明らかに一人の人物を見逃していた。

 

 

 

美紀「男の人、一人いるでしょ…」

 

圭「あ…そっか……。ま、先輩相手なら下着姿くらい見られてもいいや…。この暑さには敵わないもん…」

 

真っ赤な顔で汗を流す圭の言葉は冗談なのか、本気なのか分からない…。しかし、美紀から見ても圭はわりと彼の事を気に入っているようだし、もしかしたら本気なのかも知れない…。

 

 

 

美紀「ダメだよ。大体、圭が下着のままでいたら先輩だって困っちゃうよ」

 

圭「そっかぁ…なら、仕方ないねぇ……」

 

圭の喋り方がなんだかフワフワしており、美紀は心配になる…。どうやら、圭もこの暑さにかなりやられているようだ。そして、それは彼女達の数メートル後ろを歩く黒髪の少女も同じで…

 

 

 

 

 

真冬「はぁっ…はぁっ…はぁ…っ……!」

 

果夏「真冬ちゃん、かなり参ってるね?大丈夫?」

 

真冬「大丈夫に…見える…?死にかけ…だよ……」

 

途切れ途切れに言葉を発し、真冬は少し長めの前髪の隙間から瞳を覗かせて果夏をギロリと睨む。全身に汗をかき、髪すらも汗でベトベトにしている真冬はどう見ても体力の限界を迎えていた。

 

 

 

果夏「ふふっ、おもしろいねっ♪」

 

真冬「……何が?」

 

隣を歩く果夏が、突如笑い出す。何が可笑しいのかと思い真冬が首を傾げると、果夏は全身に汗をかく彼女を指差してニコニコと微笑んだ。

 

 

 

果夏「"真冬"って名前なのに、全然涼しそうじゃないんだもんっ♪もうおかしくておかしくてっ…!真冬ちゃん、名前負けしてるね♪」

 

真冬「…カナは…名前負けしてないね…。ほんと、"夏"みたいに暑苦しくて…そしてうるさい…」

 

暑い中を倒れそうになって歩いているのに、果夏は下らない事でケラケラと笑い出す…。真冬はそのせいで余計に目眩(めまい)を感じてしまい、フラフラとした足取りになる。

 

 

 

果夏「真冬ちゃん、それだと私の名前は"夏"になっちゃうよ。"()"の方もちゃんと説明してくれないと!」

 

目眩が酷いというのに、果夏はそんなどうでもいい事を真冬に尋ねてくる。暑さで思考が鈍ってきた真冬に彼女を無視するという選択肢は無く、自然と口が動いていた。

 

 

 

真冬「えっと……果物が腐るくらい…暑苦しい夏のような…そんな子に育つようにって…カナのパパとママは…その名前をつけたんじゃない…?」

 

果夏「へ~、そうなのかなぁ?家に帰ったら聞いてみよっと…」

 

 

 

 

美紀(絶対違う!!)

 

圭(真冬っ、適当なこと言い過ぎでしょ!)

 

歌衣(果物が腐るほどの暑苦しい夏のような子に育つようにって…どういう事ですかっ!?)

 

真冬達の前方、そこにいた美紀達はその会話を聞いており、心の中で一斉にツッコミを入れる。列の後方で二年生達がそんなやり取りをしている中、列の前方では彼が胡桃の隣を歩きつつ、話し相手となっていた。

 

 

 

 

 

 

胡桃「昼飯、楽しみだな」

 

「そうだね…」

 

由紀を背負う胡桃の横を歩き、相づちを打つ。彼は先ほど胡桃に渡されたバックを背中に背負いつつ、右手に持っているクーラーボックスへ目線を移した。この中には各自で持ち込んだ食料が入っており、これをバーベキューで調理していく事こそが、今日一番の楽しみだ。

 

 

 

 

慈「それ、持たせちゃってごめんなさい…」

 

「全然大丈夫です。お気になさらず」

 

胡桃「そうだよめぐねえ。こういうのは、男に持たせておけばいいの!」

 

彼にボックスを持たせてしまっている事を謝る慈だが、彼は気にするなと言って笑顔を見せる。その直後…ようやく坂道が終わり、平坦な道に変わった。すると、胡桃の背に乗っていた由紀が道の先を指差して声をあげる。

 

 

 

 

由紀「あっ!あそこじゃないっ?」

 

胡桃「ほんとだ、建物があるな…。歌衣(うい)っ!あそこでいいのか?」

 

坂道を上り終えてすぐ、森の中に開かれた土地を見つける。そこには木造の建物が一つ建てられていた。胡桃が後方を歩いていた歌衣を呼び、それを確認すると、彼女はその建物を見て首を縦に振った。

 

 

 

歌衣「はい、あそこがそうですっ!」

 

胡桃「よしっ!なら、とっとと行こうぜ!!」

 

るー「りーねー、もういいよ。自分であるく」

 

悠里「うん、わかったわよ♪」

 

コテージを見てテンションが上がったのか、るーは悠里の肩をトントンと叩いて彼女の背中から降りる。それは由紀も同じであり、彼女も胡桃の背中から降りると、るーと手を繋いでそのコテージへ嬉しそうに駆けていった。

 

 

 

 

慈「丈槍さんも、若狭さんの妹さんも、まだ体力が残ってたみたいね…。よかった♪」

 

美紀「あの…佐倉先生。こっちに体力の残ってない人が…」

 

るーと由紀が元気に駆けていくのを見てひと安心する慈の背後…そこに現れた美紀は、果夏と力を合わせて真冬を肩に担いでいた。二人に担がれた真冬は力無く顔を俯けており、その前髪から汗がポタポタと滴っていく…。

 

 

 

 

慈「さ、狭山さん…大丈夫っ?」

 

真冬「大丈夫に…見えますか……?」

 

慈「えっと…見えませんね…っ。直樹さん、紗巴(すずは)さん、あと祠堂(しどう)さんもっ!私が狭山さんを運びますから、三人は那珂(なか)さんとコテージに行って、水に濡らしたタオルを用意しておいてくれる?」

 

 

美紀「はい」

 

圭「分かりましたっ!」

 

果夏「らじゃーでありますっ!」

 

美紀と果夏は真冬を慈へと預け…圭、歌衣と共に一足早くコテージの中へと向かう。真冬は慈の背中に乗せてもらうと、横を歩く彼や胡桃、悠里を見て恥ずかしそうに顔を埋めた。

 

 

 

真冬「この年になってだっこされるなんて…恥ずかしい……」

 

胡桃「ゆきはお前より年上だけど、あたしに抱っこされて何の恥じらいも見せなかったぞ…」

 

「まぁ、由紀ちゃんだし……」

 

悠里「ええ、ゆきちゃんだもの」

 

彼女達はそんな事を言い合って笑い、真冬を背負う慈の横を歩く。彼女らもあと少しでコテージに入れるという時、少し強めの風が吹き、慈の髪の毛が背中に背負っている真冬の鼻先へとなびいた。

 

 

 

真冬「佐倉先生の髪、いい匂いする……」

 

慈「えっ?そうっ…?」

 

真冬「うん……」

 

 

 

「それは…是非とも嗅いでみたいな……」

 

真冬が慈の後頭部に顔を埋めてその甘い香りを嗅いでいると、彼がそのそばへと寄って笑顔を見せる。慈が彼の発言に戸惑って頬を赤く染める中、胡桃と悠里は呆れた表情を浮かべながら彼を慈から引き離そうとするがそれよりも速く、慈の背に乗る真冬が寄ってくる彼の顔目掛けて右手を勢い良く振り、威嚇のようなを素振りを見せた。

 

 

ブンッ!ブンッ!!

 

 

 

「っと…!危ないな…」

 

真冬「男の人は嗅いじゃダメ…。キミがこれを嗅いだら、佐倉先生のフェロモンに飲み込まれて後戻りが出来なくなる…」

 

 

「マジですかっ…!?」

 

胡桃「フェロ…っ…!?」

 

悠里「めぐねえの髪からは…そんなものが……」

 

慈「出てませんっ!!出てないからっ…狭山さんもあまり嗅がないで!!」

 

慈は顔を真っ赤に染めて声を張り上げるが、真冬は動じる事なくクンクンと鼻先を動かし続ける…。髪の匂いを嗅がれて嫌がる慈というのは何だかいやらしく見えてしまい、彼はもちろん…胡桃と悠里すらも頬を赤く染めながら少しの間それを眺めていた。

 

 

 

 

 




今回の話はコテージへ向かう為に坂道を上がり、目的のコテージへ着くまでを書きましたが……うん!ペースが遅いですねっ!!(苦笑)

自分でも、坂道を上るだけで一話使うとは思ってませんでした…。
しかしながら、今回の話でヒロイン達の体力というものがある程度分かったのではないでしょうか?(*^_^*)


やはり体力面において、胡桃ちゃんはずば抜けています。
その一方…由紀ちゃん、真冬ちゃんは既にヘトヘトです。りーさんもかなり頑張っているように見えましたが、あれは妹の為に力を振り絞っていただけでして…本当は彼女もヘトヘトなのです(汗)

さて、遂にコテージへは辿り着けましたが…体力切れのメンバーが何人かいますので、バーベキューとかの前に少し休憩ですね(^_^;)ほら…たくさん汗をかいちゃった娘もいますし………。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。