軌跡〜ひとりからみんなへ〜   作:チモシー

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第三十一話『みんなで』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…今日も今日とて暑いなぁ…。太郎丸もそう思うだろ?」

 

太郎丸「クゥ…ン」

 

床にベタリと腹をつけ、気だるそうにする愛犬を横目に見ながら呟く。先日から夏休みに入った訳だが、夏休みがやって来たという事は…すなわち夏が訪れた事も意味する訳で…彼は毎日毎日、その暑さに苦労していた。

 

 

 

 

「…もう我慢の限界だ。よし、クーラーつけよう。このままじゃ死んでしまう」

 

節約にと思い控えていたが、ここまで暑いなら仕方ない。彼はテーブルの上に置いていたリモコンを手に取り、スイッチを押して冷房をつけることにした。

 

 

…ピッ

 

彼がそのスイッチを押すと、蒸し風呂のようだった部屋が少しずつ冷えていく…。さっきまで暑さに参って息を荒げていた太郎丸も少しずつ、落ち着きを取り戻していった。

 

 

 

 

「ふふっ、少しは……いや、かなりマシになったな。やっぱ、クーラー無しに夏は越せない。本当の事を言うと僕はまだ我慢出来たけど…太郎丸はもう限界だったろう?だから仕方なくつけてやったんだ。感謝してくれ」

 

太郎丸「!?……ウゥ~ッ!」

 

「…冗談だよ。僕も限界だった。ちゃんと認めるから怒るなって…」

 

冗談の通じぬ愛犬から目を逸らし、テーブル前の席につく。そうしてから彼が見つめたのは壁にかけてある時計…。その時計が示していた時刻は午後1時10分だった。

 

 

 

 

「さて、そろそろかな…」

 

冷房をつけたのは彼自身がその暑さに参ってきたから…というのもあるが、他にも理由があった。今日、これから客が来る予定があるのだ。しかも、それは複数人…。それらの来客に備えて部屋を少しでも快適にしておかねばと思い、彼は部屋を涼めた。

 

 

 

 

ピンポ~ン!

 

部屋が大分涼しくなってきたその時、玄関のチャイムが鳴る…。彼は寝転ぶ太郎丸を残したまま玄関へと向かい、扉の鍵を開けてからその客人達に挨拶をした。

 

 

ガチャッ…

 

 

 

「こんにちは。…って、こりゃまた随分と大勢で……」

 

玄関の外に立っていた客はそれぞれがノースリーブのシャツやミニスカート、短パンなど、夏らしい涼しげな格好をした少女達。その先頭に立っていたのは彼もよく知る同級生、丈槍由紀だったが、中にはあまり面識の無い娘もいた。

 

 

 

 

由紀「こんにちは~!いやぁ…ほんとに暑いね~……」

 

「まぁ…そうだね」

 

薄手の白いシャツの襟元を指先でパタパタと揺らし、由紀はテヘヘと苦笑いを浮かべる。頭が蒸れるからか、今日はあの猫耳帽子を被ってはおらず、その額はジンワリ汗をかいていた。

 

 

 

胡桃「まったく、ここに来るまでに暑さで死ぬかと思ったぜ……」

 

「胡桃ちゃんが?ただ暑いだけで?」

 

 

胡桃「……おい…何が言いたいんだ?」

 

さっきまでは膝に手をつきながら息を整えていた胡桃だが、彼の言葉を聞くや否や鋭い目付きを見せる。暑さにやられていてもその鋭さは衰えておらず、彼は苦笑いする事しか出来ないが……その時、胡桃の隣にいた一人の小さな少女が彼女のシャツの裾をクイクイッと引いた。

 

 

 

 

胡桃「…ん?なんだ?」

 

るー「ケンカ、またあとでにできる…?わたし…もうたおれそう…」

 

頭に被っていた麦わら帽子をそっと外し、るーは胡桃に上目づかいでそう告げる。るーの着ていた服は真っ白いワンピースでこれまた涼しげな格好だが、それでも外の暑さには敵わなかったらしい。

 

 

 

胡桃「ああ、わりいわりい。さて、お邪魔するぞ~」

 

「おっ…遠慮の無い人だな…」

 

由紀「わ、わたしも~……」

 

胡桃は彼の横を通り抜け、そのまま冷房の効いている室内へと足早に向かう。するとそれに続き、由紀も室内へと向かっていった。この二人はかなり暑さに参っていたらしいが、るーも同じくらい辛そうだ…。るーの横に立っていた悠里は彼女の背をポンと押し、優しく声をかける。

 

 

 

 

 

悠里「さぁ、るーちゃんもこの人にお邪魔しますだけ言って、中に入りましょうか」

 

るー「うん……おじゃまします」

 

悠里「大勢でごめんなさいね?じゃ、お邪魔します」

 

「ええ、どうぞ…」

 

彼は返事を返し、るーと悠里を中へと招き入れる。皆と同じように額に汗かく悠里…彼女もるーと同じようなワンピースを着ていたが、彼女のは薄い茶色のもので少し大人っぽく見える。また、髪も綺麗に結んでポニーテールにしており…横を通す際、彼はそのうなじを凝視してしまった。

 

 

 

 

(なんか…やけに色っぽいな)

 

 

圭「先輩、なんかやらし~目してません?」

 

「えっ?いやっ…そんなことは…」

 

彼がビクッと反応してしまうような言葉を不意に放ったのは後輩である祠堂(しどう)(けい)。赤と黒のチェックシャツと紺色の短パンを身に纏った彼女はニヤニヤした表情を浮かべており、彼が焦っているのに気付いているようだった。

 

 

 

圭「先輩も男の人なんですねぇ…。なんか、ちょっとガッカリだなぁ~」

 

「い、いや…だから…別にいやらしい目なんか…」

 

 

圭「えぇ~っ?してたよねっ?」

 

果夏「してたしてたっ!そりゃもう…やらし~目をっ!」

 

「してないって!…ってか、あんたは確か…」

 

圭の言葉に相づちを打ったその少女にどこか見覚えがあり、彼は記憶を辿る。今はゆったりとした黒のシャツと紺色のデニムを着ているが、前に見た時は制服姿だったはず。二本のピンで前髪を横に留めており、ポニーテールを揺らす茶髪の少女……。彼女の事を思い出そうとしていると、圭の隣に立っていた美紀…そしてもう一人の少女が口を開いた。

 

 

 

 

美紀「あっ、この娘はこの前友達になった娘で……」

 

真冬「カナ…自己紹介くらい自分でしなよ…。美紀が困ってる」

 

水色のシャツと白いミニスカートを履いた美紀が彼に新たな友人…果夏(かな)を紹介しようとするが、飾りっけの無い白のTシャツ、黒の短パン姿の少女がそれを手で制する。少女は目にかかるくらいの黒い前髪…その隙間から鋭い目付きを見せ、圭の横に立つ果夏の肩を小突いた。

 

 

 

 

果夏「うぐっ…わかったよ。ええっと、私…この度圭ちゃん、そして美紀ちゃんの友人となりました!紗巴(すずは)果夏(かな)と言いますっ!!……って、先輩とは前にちょっとだけお話したような…」

 

「………あぁ、思い出した。佐倉先生を困らせてた娘か」

 

果夏「佐倉先生は年がら年中困ってます!わたしに非は無いっ!」

 

えっへんと胸を張り、果夏は言い切る。さすがにその台詞はおかしいと思ったのか、彼女の横に立つ圭は愛想笑いに似た笑みを浮かべていた。一方、美紀…そしてもう一人の黒髪少女は完全に呆れ顔である。

 

 

 

真冬「はぁ…先生は年がら年中困ってる訳じゃない。カナがそばにいる時以外はいたって普通。つまり…カナが先生を困らせ続けてるだけ……」

 

果夏「そ、そんなことないもんねっ!!」

 

真冬「…まぁ、このバカは無視して……えっと、ボクは狭山(さやま)真冬(まふゆ)。キミと会うのは二度目かな?」

 

顔を真っ赤にしてだだっ子のように暴れる果夏を尻目に自己紹介を進め、真冬は彼の顔を覗き込む。彼がこうして真冬と話すのは確かに二度目だが、前に一度…果夏と二人でプールにいたのを目撃した事もあった。もっとも、彼はそれを忘れているが…。

 

 

 

 

「あ~……そうだね、前に一度会ってたか……。ま、とりあえず皆中に入ってよ。外は暑いから」

 

美紀「はい、お邪魔しますね」

 

圭「お邪魔しま~す」

 

果夏「お邪魔しますっ!ほら、真冬ちゃんもちゃんと挨拶っ!!」

 

真冬「言われなくてもする……。えっと、お邪魔…します…」

 

後輩四人を中へと入れた後、彼はガチャッと扉を閉める。室内へ戻ると既に胡桃と由紀はカーペットの上にぐったりと倒れながら涼んでおり、悠里とその妹、るーは太郎丸を相手に戯れていた。

 

 

 

 

 

 

るー「うわぁ、かわい~♪」

 

悠里「あら、人懐(ひとなつ)っこい子ね」

 

るーが屈みながら手を伸ばすと太郎丸は尻尾をパタパタと振り、腹を撫でてもらって気持ち良さそうにゴロゴロと寝転ぶ。その光景を真横で見ていた悠里は太郎丸の事を『人懐っこい』と言ったが、その言葉に反応を示す少女が一人…。

 

 

 

 

美紀「人懐っこい…?そ、そうなのかな………」

 

圭「美紀ちゃん、まだあの子と仲良くなれてないの?」

 

美紀「………………」

 

圭の言葉にはあえて応えず、美紀はそっとテーブルの前に腰を下ろす。彼女はそこに腰かけてからしばらくの間、太郎丸と戯れる悠里とるーを羨ましそうに眺めていた。

 

 

 

 

 

美紀(私…あの子に嫌われるようなことしたかな…)

 

いくら考えてみても答えは出ない。悠里も言っていたとおり、太郎丸はわりと人懐っこい犬のようだが、どういうわけか美紀にだけ…素っ気ない態度を見せるのだ。

 

 

 

果夏「うぉぉっ!見てよ真冬ちゃんっ!わんこだよっ!!」

 

真冬「うん……かわいい…」

 

果夏、そして真冬の二人も太郎丸の元に歩み寄り、そこへ屈む。るー、悠里、果夏、真冬…太郎丸はこの四人に交互に撫でられ、より一層嬉しそうに尻尾を振っていた。

 

 

 

 

圭「…………」

 

美紀「…何?」

 

圭「いや、なにも……」

 

太郎丸が他の人間と触れ合うほど、美紀の目に悔しさのような、切なさのような感情が浮かび上がる。そんな彼女が気の毒に思えてきたが、圭は慰めの言葉をかける事すら出来なかった。

 

 

 

 

 

圭(下手な言葉かけても、かえって傷付けちゃいそうだしね)

 

言葉はかけず、圭は無言のまま美紀の肩をポンと叩く…。それを受けた美紀は何か言いたそうに圭の顔を見つめていたが、結局無言のままため息だけをついていた。

 

 

 

美紀「はぁ……」

 

 

 

 

るー「りーねー、この子かわいいね」

 

悠里「ええ、そうね。そういえば、この子の名前は?」

 

「ああ…太郎丸です」

 

飼い犬の名を告げ、彼もそこへと寄る。すると部屋の真ん中で倒れていた由紀、胡桃もそこへと集まり、気づけば太郎丸はハーレムを作り上げていた。

 

 

 

 

 

由紀「わぁ…お腹柔らかいっ♡」

 

胡桃「おっ、ほんとだな。へへっ、なんだコイツ~♪」

 

真冬「もふもふ……ぷにぷに……」

 

果夏「真冬ちゃんがニヤニヤしてる。わたしもわんこ飼おっかな~…」

 

太郎丸の手足や、そこにある肉球…そして腹などを代わる代わる撫で回し、少女達は笑みを浮かべる。しかし、その光景に嫉妬心を抱く者もいた…。それは未だ太郎丸になつかれていない美紀と、飼い主である彼だ。

 

 

 

 

 

(寝てるだけで女の子に撫で回されるとは……犬ってのは得な生き物だな。次に生まれ変わるなら、僕も犬になってみたいもんだ。…って、前もこんな事を思ったな)

 

由紀、胡桃、悠里もそうだが、果夏と真冬…この二人もタイプは違えど、中々に整った顔付きをしている。るーもそうだ。彼女はまだ子供だが、それでも大人になったら美人になるであろう可愛らしい娘だ。そんな美少女六人に囲まれる飼い犬が羨ましくて、彼は悔しげな表情を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

「はぁ……羨ましいなぁ」

 

その場をそっと離れ、テーブルについてから呟く。その呟きを聞いた美紀は顔を上げ、不思議そうに彼の顔を見つめた。

 

 

 

美紀「羨ましいって…先輩もあの子に(さわ)れないんですか?」

 

「えっ?…いや、そうじゃなくて………」

 

美紀「??」

 

彼の『羨ましい』という言葉を聞いた美紀は彼もまた自分と同じ悩みを抱いているのかと思い込むが、実際はそうじゃない。彼はただ、あの人数の美少女に囲まれて身体を撫で回されている愛犬が羨ましくて仕方ないだけだ。

 

 

 

 

 

圭「…っと、そうだ。さっそく本題に入らないと!」

 

太郎丸を撫でる六人と、やけにテンションの低い彼と美紀…。これらを眺めるのに夢中になってしまっていた圭は本来の目的を思い出し、彼の目を見る。今日、これだけの人数を集めて彼の家に訪れたのは、数日後に控えたある計画……彼もそれに参加するかどうかを聞きたかったからなのだ。

 

 

 

 

 

圭「えっとですね、今週末、ここにいる皆…それからあと二人加えたメンバーでちょっと遠出する予定があるんですが……先輩もいかがです?」

 

「遠出?…あぁ、前に言ってた海の話?」

 

圭「いや。それとはまた別に、ちょっとした肩慣らしみたいな…」

 

「…肩慣らし?」

 

遠出と聞き、前に話していた海へ行く計画の事かと思う彼だが、どうやらそれとは違うらしい。じゃあどこへ、何しに向かうのか……彼が不思議そうに首を傾げると、圭は得意気に『ふふっ』と笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

圭「せっかくの夏休み、遊ばなきゃ勿体ないというわけで…山にでも遊びに行きましょう!」

 

「山…?」

 

海ではなく山に行く話を持ち出され、彼は何とも言えぬ表情を見せる。しかし、彼の目の前にいる圭…そしてそこにトコトコと駆け寄ってきた由紀、果夏はニコニコと満面の笑みを浮かべ、続けざまに口を開いた。

 

 

果夏「山ですよっ!自然ですよっ!!」

 

由紀「第三回!わくわくキャンプの旅!だよっ!!」

 

圭「はいっ!そういうことですね♪」

 

由紀と果夏の台詞に拍手で相づちを打ち、圭は彼の顔色を窺う。しかし、急にキャンプと言われた事。果夏、由紀、圭のテンションがやたらと高いこと。そして、由紀が放った『第三回』という言葉の意味が理解できない事。彼は様々な点に混乱し、悩ましげに首を捻った。

 

 

 

 

美紀「第三回って…一回目、二回目があったんですか?」

 

美紀も彼と似たような事を思ったらしく、由紀に尋ねる。すると由紀は腰に手をあてて胸を張り、ハッキリと答えた。

 

 

 

由紀「ないけど、こういうのは雰囲気からだよっ!!」

 

果夏「あっ!それ分かります!やっぱり、大事なのは雰囲気ですよねぇ♪」

 

由紀「ね~♪」

 

仲良く笑い合い、由紀と果夏は彼の返事を聞かぬまま太郎丸の元へと戻る。気の(おもむ)くままに生きているような二人を前に彼が呆気にとられていると、美紀は苦い笑みを浮かべて彼の顔を見つめた。

 

 

 

美紀「まぁ…そういうことです。どうします?先輩も一緒に行きますか?」

 

「う~ん………」

 

美紀「私としては、先輩も一緒に来てくれると嬉しいのですが」

 

ポツリと告げられたその言葉に反応し、彼は目を丸くする。しかし、彼女の言葉に込められていた意味は彼が思っていたのとは違ったようで……

 

 

 

美紀「ゆき先輩と果夏……。私やりーさん、真冬だけでは、あの二人をずっと見張っていられる自信がありません」

 

「あぁ…そういうことね……」

 

底無しに明るく、無邪気で子供っぽいあの二人を見張り続けるのは確かに大変だろう。しかし、そんな彼女達とだからこそ作れる面白い経験もありそうだ。

 

 

 

 

(山か…。海に行く前に、そんなところに行くのもありかな)

 

断るほどの予定も無いし、これも良い思いで作りになるだろう。彼は静かに頷き、美紀達と共にその…『第三回・わくわくキャンプの旅』に行く事を決めた。

 

 

 

 

 




そういう事で、夏休みの大きなイベント…その第一回は『山へキャンプ』となりました!もちろん、後日また海の方にも行ってもらいます♪

これから始まるキャンプや海イベントは基本的にメインキャラをほぼ総出させて行うつもりですが、要所要所に一人一人とのイベントも織り混ぜていこうと考えています(*^_^*)

(夏休みが始まってから今話まで、彼がまだ一歩も家から出ていない事に気が付いてしまいました……)

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