軌跡〜ひとりからみんなへ〜   作:チモシー

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今回はみーくん編です!

どんな内容にしたら良いのか分からず、探り探り書いているうち…またしても結構な長文になってしまいました(汗)二話に分けることも考えましたが、それも難しくて…(-_-;)



物語は学校が終わり、彼が帰宅しようと校門へ向かうところから始まります。一話完結のお話です!


第二十四話『あなたの慌てた顔が好き』(みき)

 

 

 

 

 

巡ヶ丘学院高校の一階…その下駄箱付近、全ての授業が終わり、何人もの生徒がそこへと集う。靴を履き替え、真っ直ぐ家に帰る者。はたまた体操着のまま外に出て、これから部活をするべく屋外へ向かう者…今この下駄箱にいる生徒はそのどちらかに当てはまるだろう。

 

 

 

 

ガタッ…

 

何人かの生徒に紛れ、彼も下駄箱から靴を取りだす。彼はそれを上履きと履き替えると、そのまま校舎を出ようとした。彼は部活動をやっていない為、このまま真っ直ぐ家へと帰るつもりだ。

 

 

 

 

「はぁ……疲れた」

 

ボソッと呟き外へと進む。するとその後方…そこにある下駄箱でたった今靴に履き替えたばかりの生徒が彼の肩をバシッと叩き、彼の体をよろめかせた。

 

 

バシッ!!

 

 

 

「いたっ…!まったく、どこの誰だ?馬鹿力だなぁ!」

 

胡桃「馬鹿力で悪かったな!!」

 

体勢を立て直し、それから振り返った先にいたのは胡桃だった。彼女は彼が放った『馬鹿力』という台詞に苛立ったのか、やたらと不機嫌そうな顔だ。

 

 

 

 

 

「…なんだ胡桃ちゃんか。まぁちょうどいい、一緒に帰ろう」

 

長かった授業によって疲れきった体のまま、一人帰るのは心細い。出来るなら話し相手の一人でも…そう思った彼は遠慮なく胡桃の事を誘ったが、彼女は呆れたような顔をして答える。

 

 

 

 

胡桃「お前、あたしが体操服着てるの見えてないのか?あたしはこれから部活だから、一緒に(かえ)んのはムリ。まぁ…どうしてもってなら終わるまで待っててよ。ジュースでも(おご)ってくれるなら一緒に帰ってやるからさ♪」

 

「あ~…じゃあいいや、一人で帰る。このまま待つのもしんどいし、もう小銭も無いし…」

 

胡桃「なんだ、つまんないヤツだな。んじゃ、また明日な」

 

パタパタと手を振る胡桃に別れを告げ、彼は校門へ歩く…。胡桃、そして悠里も部活動。由紀は気づいた時にはもういなくなっていた…。一緒に帰る相手がいないのはつまらないが、まぁこんな日もあるだろう。そんな事を思いながら校門にたどり着いた時、一人の少女が声をかけてきた。

 

 

 

 

 

 

美紀「あっ、先輩…」

 

「お、美紀さんじゃないですか?」

 

こちらへと歩み寄って来た後輩、直樹美紀と並び、彼は校門の前へと立つ。彼女は一人ここで待っていたようだが、何をしていたのだろうか…。

 

 

 

 

「今日は圭ちゃんと一緒じゃないんですね」 

 

美紀「いつも一緒にいるってわけじゃないです。先輩こそ、今日は一人じゃないですか?」

 

「まぁ、みんなそれぞれ部活だのなんだの色々あるみたいで」

 

美紀「そうでしたか…。じゃあ、よければですが…私と帰りませんか?」

 

ほんの少しだけ言いづらそうに目線をキョロキョロと泳がし、美紀はそう言い放つ。一人寂しく帰路につこうと思っていた彼からすれば、その提案はかなりありがたかった。

 

 

 

 

 

「おっ、いいですね。んじゃ、一緒に帰りますか」

 

美紀「はいっ、帰りましょ」

 

彼がゆっくりと歩き出すと、美紀もそれにペースを合わせて隣を歩く。隣を歩く彼女が少し嬉しそうな顔をしているような気がするのは、そうであって欲しいと願う彼の勘違いだろうか。

 

 

 

 

 

 

(…いや、やっぱ少し機嫌が良いように見える。どうしたんだ?)

 

こっそり隣から覗き込む美紀はニコニコと微笑んでおり、いつもより上機嫌に見える。彼はゆっくりと歩いたまま、思いきってその理由を尋ねてみた。

 

 

 

 

「なんか良いことでもありました?やけにニヤニヤしてますけど…」

 

美紀「えっ?…してますか?」

 

「…少しだけね」

 

美紀「そう…でしたか」

 

どうやら本人は微笑んでいる自覚がなかったらしく、照れたようにして彼から顔をそむける。彼女はその後、顔をそむけたままの状態でこう言った。

 

 

 

 

美紀「実は、少し寄りたい場所があるんです…。いつもは圭と一緒に行っていた場所なんですが、彼女も今日は用事があるみたいで…。誰か代わりになる人がいないかと悩んでいたら先輩が来たもんで、思わず笑っちゃったみたいですね…」

 

そむけていた顔をチラッとこちらへ向け、彼女はまたにっこりと笑う。落ち着いて考えると彼女の笑顔をこれほど間近に見たのは初めての事であり、彼の胸が微かに高鳴る。

 

 

 

「じゃ、これからそこへ向かうと?」

 

美紀「あっ、先輩の都合も考えないでごめんなさい…。真っ直ぐ帰りたかったりしますか?それなら無理にとは……」

 

「いや、別に急いでる訳でもないし…それほど遠くでもないですよね?」

 

美紀「はいっ!ちょっと回り道になりますが、それほど遠くではないです」

 

なら、断る理由もない。今日は授業についていくのがやたらと大変に感じて頭こそかなり疲労しているが、体力的にはまだ余裕がある。彼は美紀に案内を頼み、彼女の"寄りたい場所"へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~

 

そうして彼女と十分弱歩き、たどり着いたその場所…。彼はそこに立ち止まると辺りをキョロキョロと見回して、最後に美紀の顔を覗き込んだ。

 

 

「……ここですか?」

 

美紀「はい、ここですよ」

 

「そうですか…」

 

少し納得のいっていないような、何か言いたいような…そんな思いを乗せながら彼はもう一度辺りを見回す。彼女に案内され着いたこの場所は学校から離れた場所にある一つの公園…。しかし公園といってもかなり広いもので、入口に立つ二人の前方には大きな噴水…そしてもう少し離れたところには池もあった。

 

 

 

 

 

(この人、ここに何の用があるんだ?)

 

彼の記憶が確かなら、彼女は普段、圭と共にここへ来ていると言っていたはず。放課後の散歩にしてはやけに回り道になるし、何か目ぼしい物があるようにも思えない。強いて言うなら、夕焼けに反射してキラキラと光る噴水の水が綺麗だというくらいだ。

 

 

 

 

 

美紀「とりあえず、ちょっと座りましょうか」

 

「えっ?あ、あぁ…」

 

彼女に案内されるまま、彼はそばにあったベンチへ…彼女と共に座る。彼女はベンチに腰かけると直ぐ様自分のカバンの中をゴソゴソと探り始め、何かを確認しているようだった。

 

 

 

美紀「よし…ちゃんとある」

 

「…何がです?」

 

美紀「あっ、いやっ…何でもないですっ!」

 

彼が尋ねると彼女はカバンをしめ、それを抱くように両手で抱える。やはり彼女の行動にはどこか違和感があるが、何か内緒にしておきたい事があるなら無理に詮索(せんさく)するのも悪いと思った。

 

 

 

 

 

(まぁ…気にはなるけどね)

 

彼女から目線をそっと離し、目の前の噴水や遠方の池など、辺りの風景を眺める…。そうする事で気付いたのだが、この公園……やけに二人組が多い。それもただの二人組ではなく、若い男女の二人組だ。中には彼と美紀のように制服姿の者もいる。恐らくだが、あれらはカップルではないだろうか…。

 

 

 

 

(…カップルだろうね。手とか繋いでるし、仲良さそうだし)

 

よく見ると彼と美紀のようにベンチに腰かけたまま、彼女であろう女子の肩を抱く者までいる。そんなものを見てしまうと今、ここにこうして腰かけている自分と美紀もカップルだと思われてしまいそうな気がして、彼は少しだけ気まずい思いを感じ始めた。

 

 

 

 

「…………」

 

美紀「…どうしました?」

 

そんな彼の異変に気付いたのか、不意に美紀が声をかける。ただそうして声をかけられたところで彼女に『周りはカップルだらけだね』などと言える訳もなく、彼はただ気まずそうに目を泳がせていた…。胡桃や由紀になら言えるかも知れないが、美紀に言うとなると難易度が高く感じる。

 

 

 

「いやぁ……その……ね?」

 

美紀「?」

 

謎の反応を返す彼を見て、美紀は不思議そうに首を傾げる。しかしその直後、彼女はじっと辺りを見回し…彼が何故こんな状態なのか、その原因に気が付いた。

 

 

 

 

美紀「…ああ、そういうことですか」

 

「まぁ…そういうことですね」

 

辺りのカップルを見て彼女がそれを察した事を知り、彼は静かに頷く。すると美紀は突如頬を緩め、ニコニコと微笑み始めた。

 

 

 

 

美紀「だからってそんな顔しなくても良いじゃないですか。ほんと、ヘンな先輩ですね」

 

「中々に失礼な事を言う後輩だな…」

 

ムッとした表情を向け、美紀の事を見つめる。口ではこんな事を言っている彼だったがそれは冗談のようなものであり、本当はなんとも思っていなかった。放たれた美紀の言葉もまた、冗談だと分かっていたからだ。

 

 

 

 

 

美紀「ふふっ、すいません」

 

「…で、ここでのんびりとお話しすることが美紀さんの目的ですか?」

 

こんなカップルだらけの公園で自分と話すことが目的の訳がない。彼がそう考え尋ねると、美紀は(あん)(じょう)その首を横に振った。

 

 

 

美紀「違いますよ」

 

「じゃあとっととその目的を――」

 

美紀「いえ…カップルだらけの空間に戸惑う先輩を見ているのは面白いので、もう少しだけこうしていたいです」

 

美紀はイタズラな笑みを浮かべてそう告げると、微かに腰を上げてからベンチの隅にいる彼の方へと寄る。彼女はそうして肩が触れあう程の距離まで彼に寄り添い、またにっこりと笑った。

 

 

 

 

「なんか…今日は意地悪ですね」

 

美紀「…そうですか?」

 

「んん、少しばかり扱いに困ってますよ…」

 

肩が触れる程に密着してベンチに座る彼と美紀。こんな公園でこうしていると自分達までカップルに見られてしまう気がして、どことなく落ち着かない。

 

 

 

 

美紀「私は楽しいですけど、先輩は迷惑ですか?」

 

「まぁ、美紀さんとなら……」

 

美紀「私となら…何です?私が相手だと迷惑ってことですか?」

 

曖昧(あいまい)な返事を返す彼に対し、美紀は積極的に言葉を放つ。今日の彼女は本当にいつもと様子が違って、彼にとっては中々の強敵だった…。

 

 

 

 

「はぁ…美紀さんとなら、カップルに思われても良いって事ですよ。美紀さんしっかりしてるし、可愛いし…」

 

美紀「…かわいい…ですか」

 

彼が"可愛い"と告げると美紀は積極的だった態度を一変させ、恥ずかしそうに彼との距離を開く…。そうしてベンチの端と端に離れて座る二人…これはこれで少しだけ気まずいが…。

 

 

 

 

「………」

 

美紀「…行きましょうか」

 

「えっ、どこに?」

 

美紀「だから…当初の目的の場所です。戸惑う先輩の姿も、もう十分堪能しましたから」

 

美紀は静かにベンチから立ち上がり、振り向いてから彼にそう告げた。後輩にそんな姿をいいだけ見られた彼は少し複雑な気持ちを抱きながら…自分もベンチから立ち上がる。

 

 

 

美紀「目的の場所はこの近くですけど、先輩も一緒に来ますか?なんならここで待っててくれても良いですよ?」

 

「せっかくだし、ついていきます」

 

美紀「…はい、わかりました」

 

ここまで来たのだから、彼女の目的が何なのかを知りたい。そう考える彼の言葉を聞いた美紀は微かに微笑み、先程まで二人が座っていたベンチ…そのすぐ裏にある深い茂みへと足を踏み入れた。

 

 

 

「ちょっ、目的の場所ってそこなんですか?」

 

躊躇いなく茂みに足を入れた彼女に戸惑い、彼は咄嗟にその手を掴む。すると美紀はなに食わぬ顔で彼の事を見つめ返し、その首を縦に振った。

 

 

 

美紀「そうですよ。どうします?やっぱり待ってますか?」

 

「いや……行きますけどね…」

 

仕方なく美紀の手を離し、前を行く彼女の背を追うようにして彼もその茂みを進む。狭い公園の茂みなら大した事ないのだが、この公園は広い…。だからか二人が入ったその茂みもやたらと深く、もはや荒れた森を進んでいるかのようだ。

 

 

 

ガサッ…ガサッ…

 

奥へ進むごとに茂みが深くなり、葉や枝が彼の行く手を(はば)む。尖った枝が時おり頬や足に触れて危うく怪我しそうになるが、彼はどうにかそれを避けていく。目の前の美紀は彼に比べ手慣れた様子で進んでいるので、やはり何度かここへ来たことがあるのだろう。

 

 

 

 

美紀「……ここですね。あれっ?」

 

「なに?どうしました?」

 

茂みを進むとこれまでに比べ少しだけ枝や葉の少ない、余裕のある空間へと出た。美紀はそこに足を止めたが、何やら辺りを忙しそうに見回し始める。

 

 

 

美紀「あれ……おかしいな…ここだったはずなのに…」

 

そばの木の下や茂みの中まで、彼女は何かを探すかのようにうろちょろと辺りを回る。そんな彼女のそばに寄ってから彼が声をかけると、彼女はそっと口を開いた…。

 

 

 

「何を探してるんです?」

 

美紀「ここに犬がいたんです。箱に入れられた捨て犬が…」

 

「捨て犬?」

 

言われて辺りを見回すが、それらしき箱すら見当たらない。しかし彼女も何度かここに来ているようなので、場所を間違えた訳でもないだろう。

 

 

 

美紀「一昨日、圭とここに来た時に鳴き声を聞いて…それで見つけたんです。昨日までここにいたのに…どこ行っちゃったんだろ…」

 

「………」

 

少し移動したのかも…そう考えた彼は姿勢を低くして辺りを探り始める。それを見た美紀もまた探すのを再開したが、結局…二十分ほどかけてもその犬は見つからなかった。

 

 

 

 

 

 

「ん~…いないなぁ」

 

美紀「先輩、もう良いです…。もしかしたら、誰かに拾われたのかも…」

 

地面に膝をつけて探す彼の肩を叩き、美紀は笑顔を見せる。言われて彼も諦めてその場に立ち上がるが、彼女の笑顔が少し強がっているように見えて仕方ない…。

 

 

 

 

「…本当に良いんですか?」

 

美紀「はい…だって、このまま探しててもきっと見つからないですし…」

 

美紀は彼の返事も待たずに茂みへと入り、元の場所へと戻っていく。きっと、誰かに拾われたんだ…。心ではそう信じたいのだが、不安もある。もしかして、心無い人間に見つかり何かされてしまったのではないか…。もしそうなら、家族に無理を言ってでも自分が飼ってあげればよかった…。色んな事を考えてしまい、茂みを抜けた頃、美紀は微かに涙ぐんでいた…。

 

 

 

 

 

美紀「…………」

 

「…美紀さん」

 

少し遅れて彼も茂みを抜ける。その時に彼が見たのは先程のベンチに一人腰かける美紀だったが、その彼女の顔が悲しげで…何と声をかければ良いのか分からない。彼は一先ずその隣へと座り、茂みに潜った際についた服の汚れを手で払った。

 

 

 

 

美紀「大丈夫…だといいなぁ…」

 

「…犬、好きなんですね?」

 

美紀「ふふっ、先輩のところで太郎丸に会ってから…私の中でちょっとしたワンコブームが来たんですよ」

 

にっこりと笑いながら答える美紀だが、その笑顔はまだぎこちない。思えば今日の彼女がやたらと楽しげに見えたのは、それだけここにいた犬と会うのを楽しみにしていたからなのかも知れない。

 

 

 

 

(どうにかしてあげたいけど…こればっかりはな……)

 

ここに来たばかりの頃のように笑う彼女を見るにはどうすれば良いか、いくら考えたところで答えなど出ない…。彼が深いため息をつきながら下を向いたその時、一人の女性が美紀へ声をかけてきた。

 

 

 

 

女性「あら、あなた…昨日もここに来てたでしょう?」

 

美紀「あっ…はい。一昨日から来てました…」

 

ベンチに腰かけたまま、美紀はその女性に言葉を返す。美紀の目の前にいたのは見たところ50代半ばの女性で、買い物帰りなのか大きなスーパー袋を手に下げていた。

 

 

 

女性「ここにいたワンちゃんに会いに来たの?」

 

美紀「はい、でも今見たらもういなくてっ…どこに行ったか知ってますか!?」

 

女性もその犬の事を知っているらしく、美紀はそれに反応する。彼女が慌てた様子で立ち上がるのを見た女性は落ち着いた様子のまま、にっこりと優しく微笑んだ。

 

 

 

 

 

女性「あのワンちゃんなら昨日、あなたがいなくなった少し後に拾われていったよ。事故にあっちゃったとか、悪い人に連れていかれたって訳じゃないから安心して」

 

美紀「拾われていった……そうですか…」

 

女性「あっ、本当に心配しないで大丈夫よ?拾っていったその子、おばちゃんの知り合いだから!」

 

美紀の表情が今一つ固いのを見て、女性は付け足すように答える。拾っていったならある程度は安心だが、美紀は念押しして尋ねた。

 

 

 

 

美紀「いい人…ですよね?」

 

女性「うん!少し誤解されやすい子だけどね、動物は大好きなはずだし…優しい子だから!」

 

美紀「なら…よかった。あっ!じゃあ、その人に会ったらこれ渡してくれますか?本当は今日、あの子にあげるつもりだったんだけど…」

 

美紀は思い出したようにカバンを開き、一つの袋を女性へと手渡す。彼が覗いてみると、それは犬用の菓子のようだった。女性はそれを受け取ると美紀の顔を覗き込み、笑顔で返事を返す。

 

 

 

 

女性「わかった、渡しておくね!…でも、あと少し待ってれば本人来ると思うよ?あの子、いつも少し遅れてここに来るから」

 

美紀「いえ、他人の私に渡されても困るだろうし…」

 

女性「ふ~ん…じゃあまぁ、ちゃんと渡しておくから!気を付けて帰んなよ?あんたも彼女の事、しっかり家まで送ってやるんだよ!」

 

美紀の隣に立つ彼へ、女性が強めに言葉をかける。そもそも美紀は彼女ではなく、ただの友達なのだが……そんな事を考えたせいで彼の返事が遅れると、美紀がその女性へ、代わりに返事を返した。

 

 

 

 

美紀「大丈夫です…。私の彼は優しくて、頼りになる人ですから」

 

「!?」

 

女性「あははっ、仲が良くて幸せそうだね。じゃ、またね」

 

美紀「はい、また…」

 

美紀はペコリと頭を下げると、彼の手を掴んでスタスタと歩き出す。彼は無抵抗のまま彼女についていったが、その手は公園から出た瞬間に離された。

 

 

 

 

 

 

 

美紀「すいません、またイジワルしちゃいました…」

 

彼の手を離してから、美紀は楽しげににっこりと微笑む。その笑顔はとてもキラキラとしたもので、さっきのような強がりの笑顔ではなかった。どうやら犬を拾っていったのが優しい人だと聞き、一安心したらしい。

 

 

 

「むぅ…今も胸がドキドキするんですけど」

 

美紀「ふふっ、ならよかったです♪」

 

イタズラな笑みを浮かべながら、彼女はトコトコと歩き出す。彼女が元気になってよかったと彼も一安心し、その後に続くが、背後から彼女の足を見た時…そこに血が垂れている事に気が付いた。

 

 

 

「美紀さん、ちょっと止まって。足…血が出てる」

 

美紀「えっ?あっ…本当だ…切っちゃったのかな」

 

美紀は立ち止まり壁に背を預けると、スカートを軽く捲ってその傷口を確認する。怪我していたのは左足の太もも…。どうやらさっき茂みに潜った際、枝で切ってしまったらしい。彼女自身が怪我を自覚していなかったあたり、傷口はそこまで深くないのだろうが…タラタラと溢れ、太ももを伝う血が痛々しかった。

 

 

 

「あらら、痛みますか?」

 

美紀「いえ、そんなには……」

 

「…ちょいとお待ちを」

 

本人はこう言っているが、だからといってほうっておく事も出来ない。彼は一枚のハンカチを取り出すとまた公園へと戻り、水道の水でそれを濡らしてから彼女の元へと戻った。

 

 

 

 

「痛かったら言ってくださいね」

 

美紀「あ…はい…」

 

濡れたハンカチを彼女の傷口にあて、垂れた血をそっと拭く。美紀はそのハンカチが傷口に触れた瞬間だけビクッと体を震わせたが、その後はもう平気そうな顔をしていた。

 

 

 

 

美紀「もう大丈夫です。すいません、ハンカチ汚しちゃいましたね」

 

「ああ、お気になさらず…」

 

美紀「いえ、気にしますから…そのハンカチ貸して下さい。家で洗って返します」

 

自分の血に汚れたハンカチを持ち帰られるのはどことなく気恥ずかしい…。美紀は半ば無理矢理に彼のハンカチを奪い取ると、有無を言わさずそれをスカートのポケットへしまった。

 

 

 

「…まぁ、そこまで言うなら」

 

美紀「じゃあ、帰りましょうか」

 

目当ての犬には会えなかったが、良い人間に拾われたと知り安心した。なら、あとは家に帰るのみ。そう思い歩き出そうとする美紀だったが、そんな彼女の前で彼が姿勢を低くして何かを待ち始めた…。

 

 

 

 

美紀「……何してるんですか?」

 

「足、怪我してるでしょ?だから遠慮せず、先輩の背中に…」

 

美紀「それ…本気で言ってます?」

 

こちらへ背を向けたまま、彼は手をピコピコと動かしている。確かに美紀は足を怪我しているが、歩けない訳ではない。だというのに、どうやら彼は本気らしい…。

 

 

 

 

「さぁ、はやくっ!」

 

美紀「…ほんと、ヘンな人ですね」

 

ふふっと笑ってから、美紀はそっと彼の背に身体を預ける。すると彼は両手を美紀の太ももにまわしてから立ち上がり、ゆっくりと歩き始めた。

 

 

 

 

 

美紀「…重くないですか?」

 

「平気です。美紀さん軽いから」

 

美紀「そうですか…」

 

やはり美紀も年頃の女の子だからなのだろう。軽いと言われると、少しだけ嬉しく感じてしまう…。しかしながら今日は彼と共に公園のベンチへ座ったり、かと思えばこうして背中におぶらせてもらったり…これではまるで、本当に……

 

 

 

 

 

美紀「私達、カップルみたいですね」

 

「あ~…ですね。こればっかりはさすがに…」

 

ただの友達をこうして背中に乗せることなど、あまりない事だろう。少なくとも、自分がこんな二人組を見かけたら『あれは確実にカップルだな』と思う。彼が気恥ずかしそうに答えると、耳元で美紀の笑う声が聞こえた。

 

 

 

美紀「ふふっ、先輩の背中…意外と乗り心地いいですよ?」

 

「それはそれは…気に入ってもらえたようで何より」

 

ゆっくりと歩きながら、二人は何気ない会話を交わす。そうして少し歩いた時、美紀が彼の背をバシッと叩いた。

 

 

 

 

美紀「先輩、もう降ろしてくださいっ!」

 

「んっ?どうして?」

 

美紀「どうしてって…分かってるでしょう!?」

 

慌てた様子で美紀が言う。正直に言うと、彼も彼女の慌てる理由は分かっていた。二人の進む先…そこに自分達と同じ制服を着た数人の女子生徒が立ちつくしていたからだ。

 

 

 

 

「大丈夫大丈夫。見たところ一年の娘みたいだし、顔見知りとかいないでしょう?」

 

美紀「あの中にはいないと思いますけど…でもっ…!」

 

ブツブツ呟く美紀を無視して、彼は彼女を背負ったままその女子グループの横を通り過ぎる。その間、美紀はなるべく顔を見られぬように彼の背へと頭を埋め、そして両手は彼の肩をギュッと握ったまま…そこを通り過ぎるのを待った。

 

 

 

 

 

美紀「…………」

 

瞳を閉じ、ただあの女子グループから離れるのを待つ…。耳を澄ますと彼女達がこちらを見つめて何かを言っているような気がして、美紀は彼の背に埋めた顔をこれ以上なく真っ赤にした。

 

 

 

 

美紀「はずかしいっ……はず…ぁしいっ……!」

 

「……ふふん」

 

背中から聞こえる美紀の恥ずかしさに悶えるような声…それを聞いた彼は勝ち誇るかのように笑う。あの公園では彼女に攻められっぱなしだったが、こうして一泡吹かせる事が出来たからだ。

 

 

 

 

「…………もう通り過ぎましたよ」 

 

美紀「今度同じような事があったら、ちゃんと降ろして下さいよ!?」

 

「はいはい、わかったわかった…」

 

美紀「その適当な返事はなんですかっ!?もういい…今降ろして下さいっ!!」

 

これ以上彼の背に乗っているのは色々マズいと判断し、美紀はジタジタと暴れる。しかし彼はそんな彼女を気にもせず、スタスタと歩き進めていった。

 

 

 

 

美紀「もう…知らないっ……」

 

暴れても意味がないと感じた美紀は呆れたように呟き、その背に顔を埋める。家まではもう少しだ…あと少しだけ我慢すれば、彼も降ろしてくれるだろう。そう思いながら、彼女は両手を彼にまわした。

 

 

 

 

「…怒りました?」

 

美紀「少しだけ……」

 

「あはは…だってほら、公園のおばさんに言われちゃいましたから。彼女の事、しっかり家まで送るようにって」

 

美紀「だからって、背負いっぱなしじゃなくてもいいと思います…。私、恥ずかしすぎて死ぬかと思いましたよ…」

 

美紀は彼の肩からヒョッコリと顔を覗かせ言い放つ。すると彼は申し訳なさそうに微笑みながら、チラッと彼女の方へその顔を振り向けた。

 

 

 

 

「家に送るまでの間だけ…美紀さんは僕の彼女ですから。このくらいは当然かと!」

 

美紀「それ…いつ決まったんですか…」

 

「美紀さんが公園のおばさんに、僕の事を彼氏だと言った時かな」

 

美紀「…そうですか」

 

ニヤリと笑うその顔を見て、彼は自分の事をとことん辱しめる気なのだと美紀は感じとる。こんな事になるならあのおばさんに適当な事を言うんじゃなかった…。そう後悔しかける美紀だが、ふと…こんな彼に恥を感じさせる作戦が頭に浮かんだ。

 

 

 

 

 

美紀「なら私の事……呼び捨てにしてくださいよ」

 

「…えっ?」

 

美紀「あなたは先輩で、今だけは私の彼氏なんですよね?なら私の事、『美紀』って呼んで下さい…」

 

「………」

 

彼は中々返事を返さない…。この反応から、彼が照れている事は容易に理解できた。しかし、さっきあの女子グループの横を通り過ぎた時に美紀が感じた恥ずかしさはこんなものではない。もう一度、美紀が呼び捨てで呼ぶように催促しようとしたその時だった…

 

 

 

 

 

 

「…美紀」

 

美紀「っ……」

 

小さな声ではあったものの、彼は確かにそう言った。冗談混じりに呼ばれるならともかく、こんなふうに呼ばれると言い出した美紀の方も何だか恥ずかしくなってしまう。

 

 

 

 

「…これでいい?」

 

美紀「あっ…はい…」

 

それ以上は何も言えず、美紀はただ彼の背に顔を埋めた…。呼び捨てにしてくれと言い出したのは自分なのに、いざ本当に呼び捨てにされると胸がざわつく。彼に恥をかかせるつもりが、逆効果だった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…着きましたよっと」

 

少しして、彼が足を止める。美紀が埋めた顔を上げると、そこにはすぐそばに自分の家があった。以前、由紀達と帰った時に彼も一度だけこの家の前に来た事があったのだが、まだ場所を覚えていてくれたらしい。

 

 

 

 

美紀「えっと…ありがとうございました」

 

美紀は彼の肩から顔を覗き込んで礼を言うが、まだその背中からは降りない…。というか、彼が自分から美紀の足に回した手を離してくれないと上手く降りられないのだ。

 

 

 

「じゃ、降ろすね」

 

美紀「あっ、少し待って下さい…」

 

彼がそっと手を退かし、美紀を降ろそうとする。しかし美紀は彼に声をかけ、それを一時中断させた。

 

 

 

「?」

 

彼が不思議そうな顔をして、美紀の事を横目で見つめる。美紀はそんな彼と目を合わせ、あることを一つだけ確認した。

 

 

 

 

美紀「私…今もまだ、先輩の彼女ですか?」

 

「ん~、この背中から降りるまでは…ってことにしますか」

 

美紀「そうですか…なら……」

 

その事実だけを確認すると、美紀はその顔を彼の首に埋める。今の自分が彼の彼女なら、このくらいの言葉は問題ないだろう。最後の最後にもう一度だけ、彼の慌てる顔が見たい。それが美紀の望みだった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美紀「先輩…大好きです…」

 

耳元で囁き、美紀はにっこりと微笑む。目の前には彼の驚いたような顔があったので、美紀はとても満足だった。あとはこの背中から降り、いつもの友人関係に戻ればいい。それだけだったのだが………。

 

 

 

 

 

バタッ!!

 

「…?」

 

美紀「っ?」

 

そばで何かの落ちる音がして、彼と美紀はそちらへ目を向ける。そこには美紀や彼が持っているのと同様の学生カバンが落ちていたが、その事に関してはどうでもいい。問題はそのそばにいた、そのカバンの持ち主だった…。

 

 

 

 

 

圭「美紀ちゃんと先輩って……そうだったの…!?」

 

「いやっ!その…!!」

 

美紀「圭っ!?ちっ、違うのっ!!これはっ…!」

 

圭「と、とりあえずこれっ!!美紀ちゃんの教科書!学校に忘れてたから…!そ、それじゃあ……また学校で……」

 

圭は落ちていたカバンを拾い上げると学校に忘れていたという美紀の教科書を本人へと手渡し、そっと静かに後退りをする。その目は美紀の事を直視してはおらず、終始キョロキョロとしていた。まぁそうもなるだろう。忘れ物を届けに友人の家へと行った圭が見たのはその友人がとある先輩の背中に乗りながら、その人物の耳元で『大好き』だと囁いている瞬間だったのだから…。

 

 

 

 

 

 

美紀「圭っ!!ちょっと待って!!」

 

ドカッ!

 

「うおっ!?」

 

美紀は彼の背を強く押し、無理矢理にそこから降りる。彼女はそのまま逃げていく圭を追い、道の先へと駆けていった…。

 

 

 

 

 

「……まぁ、どうにかなるでしょ」

 

最悪の場面を見られはしたが、美紀なら無事に圭に追い付き、その誤解を解いてくれるだろう。一人残された彼はそれを願いつつ、自分の家へ帰ることにする。誤解の原因となった、美紀のあの言葉を思い返しながら…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美紀『先輩…大好きです…』

 

 

 

 

(……あれはヤバかったな。もし圭ちゃんがいなければ、どうにかなってたかも知れない)

 

 

 




今回の反省点を一つあげるならば、みーくんが少しばかりSっ気を出してしまったところでしょうか…。(辺りのカップルに戸惑う彼を見てニヤニヤしたり、自分の事を呼び捨てにしろと言って彼の慌てるところを見ようとしたり…)


今回、彼女がとったこれらの行動は完全に私の趣味ですね…。
攻めにまわるみーくんって良いなぁと思うのは私だけですか!?
(同意求ム)


次回は『りーさん』のお話です。

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