軌跡〜ひとりからみんなへ〜   作:チモシー

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早いもので、このシナリオも十話を越しました。
胡桃ちゃん…りーさんとのイベントを終え、今回は由紀ちゃんです!!

ごゆっくりとお楽しみ下さいm(__)m



前回までのあらすじ『りーさんは彼よりも大人(内面が)』




第十一話『ぐうぜん』(ゆき)

 

 

 

 

 

 

(……やっぱり、大して身に付いてなかったか)

 

巡ヶ丘学院高校…その中にある三年生の教室にて、彼は授業を受けながらそんな事を思う…。先日悠里と勉強会をしたのだが、その時の彼女の姿があまりにも無防備…かつ魅力的で、勉強内容が微塵も頭に入らなかった…。

 

 

 

 

 

(多分この問題も、あの時りーさんとやったんだけどな…。ええっと……なんだこれは…まるで意味がわからん…)

 

あの時、煩悩に打ち勝っていれば、今手こずっているこの問いもあっさりと解けたのだろうか…。いや…そんな事を考えても仕方ない。彼ではどのみち、あの時の悠里を目の当たりにして動じずにいる事など無理だったのだから…。

 

 

 

 

(勉強会の成果がまるで出てないって分かったら、りーさんに怒られるだろうな…)

 

辺りをそっと見回す…。すると分かるのだが、教室内の生徒の殆どがペンを止めずにいる。あの由紀ですら、のんびりとながらも頑張っているようだ…。

 

 

 

(…やばいな。ここにきて一気に授業の難度が上がった気がするぞ。ついていける気がしない…)

 

問いの答えは分からないし、それの解き方を説明している教師の言葉の意味も今一つ分からない…。先日までは普通についていけたのだが、ここ最近勉強をサボって遊び呆けていたのが響いたのか…今日の授業にはついていけない。

 

 

 

それでもどうにか食らい付こうと必死にノートをとっていくと、更に恐ろしい事に気づいた…。もう…ノートのページが残っていなかったのだ…。

 

 

 

 

 

(…あらら、全然気づかなかった。明日はちょうど休みだし、また買いに行かないとな)

 

まだ授業は半ば…。それにも関わらず、ノートを失った彼がここまで冷静なのにはある理由があった。それは……

 

 

 

 

 

(ノートとろうが、とらなかろうが…どのみち授業の意味を理解できてないからね。ノートなんて、あってもなくてもどっちでもよし…)

 

半分自棄になった彼はページの埋ったノートの隅…微かに隙間があるそこに落書きをしながら、長い長い授業が終わるのを待った。ノートが無いなら無いなりに授業内容に耳を傾ければ良いのにそれすらしない…。彼の成績が落ちていった原因は、この集中力の無さにあるのだろう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~

 

その翌日…。休日を迎えた彼は一人町にやってきた。

主な目的は新しいノートの購入。また…古くなってきたいくつかの筆記用具もせっかくなので新調しようと思っている。彼は町の中心部にある大きなデパートの一階、その入口付近に貼られた店内マップを眺めて目当ての店の位置を確認していた…。

 

 

 

 

 

(文房具店は……二階か)

 

マップに記された数十の店の中からその文房具店の位置だけを記憶し、そばにあったエレベーターへと乗り込む。そうして二階のボタンを押してからエレベーターのドアを閉め、彼は壁に背中を寄りかけた。

 

 

 

 

 

「勉強…さすがに少し頑張った方が良さそうだな…」

 

エレベーターの中にいるのは自分だけなので、声に出してみる。

こうして声に出せば、自ずとやる気も出てくるのではと思ったのだろう。もちろん、やる気なんてものはそう簡単には湧いてこないのだが…。

 

 

 

 

 

……チンッ

 

エレベーターが止まり、ベルに似た小さな音が鳴る。どうやら二階についたらしい…。静かに開いていくドアを通り抜けて彼は文房具店へと向かい、目当ての物だけを手早く買って目的を達した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~

 

(新しいノート…それとペンをいくつか…。これで十分だろう)

 

文房具店から出て、たった今買ったばかりの物を確認する。

その文房具店の名前が印刷されているビニール袋の中には一冊のノートの他、数本のペンが入っていた。

 

 

 

 

(……さて、これからどうしようか)

 

ガサガサと音をたてながら袋を閉じ、人の邪魔にならないよう通路の隅によってから考える…。目的は達したが、せっかく町に…しかもデパートに来たのだ。ただ文房具だけを買って帰るのはあまりに味気ない…。

 

 

 

 

 

 

(せっかくだ、少し時間潰して……どっかでランチでも――)

 

そんな風に考え、ゆっくりと歩き出したその瞬間だった…。

 

 

 

???「わぁ~っ♪」

 

 

ドンッ!!!

 

「のわっ!?」

 

何者かが大声をあげながら彼の背に激しくぶつかる。その衝撃は結構なもので、彼は体勢を崩して前屈みになるが…背後からぶつかったその人物が両手を彼の腰に回し、支えてくれたおかげでなんとか倒れずに済んだ。

 

 

 

「ちょっと…しっかり前みて歩――」

 

多分、どっかの子供がはしゃいでぶつかったのだろう…。

ならば注意だけはしておこうと思い振り向くと、目に入ったのは見慣れたピンク色の髪を揺らす少女…丈槍由紀だった。

 

 

 

 

由紀「こんなとこで会うなんて、すっごい偶然だね~♪」

 

たまたま一人で出掛けていた由紀は彼と出会えた事が嬉しかったのか、頬をゆるめてニッコリと微笑む。相手が由紀だと分かった以上、とりあえず挨拶でもと思う彼だったが……体が固まって動けない。背後に立つ由紀が未だ彼の腰に手を回し、ギュッと抱きついているからだ。

 

 

 

 

「ゆ、由紀ちゃん…?とりあえず離れてもらえると…」

 

由紀「ん?なぁに?」

 

彼が首を捻って後ろを見ると、すぐそばに由紀がいる…。彼女は彼の腰に両手を回したまま自らの体を寄せ、顔だけ振り向けた彼の事を上目づかいで見つめていた。

 

 

 

 

由紀「一人?お買い物に来たの?」

 

抱きついたままの状態で辺りを見回し、彼に連れはいないのかと尋ねる由紀。しかし彼はそばを通りすぎる買い物客達の視線が気になっていたので、その問いに答える余裕すらない。

 

 

 

「だから…一旦離れてもらえると…」

 

隅の方に寄ってはいたものの、ここはデパートの通路…。かなり人も多い。そんな中で若い男女が体を密着させているのは如何(いかが)なものか…。そんな事を思い彼が慌てる一方で、由紀はいつも通りの雰囲気だ。どうやら彼女は、今の状況をそこまで気にしてないらしい。

 

 

 

 

(確かに偶然には偶然だけど…だからといっていきなり抱きつくか?相手は同級生の男だぞ…)

 

自分が異性として意識されていないのか…はたまた由紀自身の内面が子供なだけなのか…。どちらかと言えば後者のような気がする。しかし、いくら内面が子供っぽい彼女でも身体は大人になってきているのだろう…。その証拠に…彼の背には彼女のふっくらとした両胸の感触が伝わっていた。

 

 

 

 

「……由紀さん由紀さん。もうハッキリ言いますけど…あなたのお胸が私の背中に当たってるんですが……」

 

由紀「えっ?むね…胸………うわっ!ご、ごめんっ!」

 

チラッと目線を下げると、自身の胸が彼の背にピッタリと密着していた。さすがの由紀もそれは恥ずかしかったらしく、慌てて彼から離れる。離れた事で二人はようやく、向き合って会話が出来る状況になった…。

 

 

 

 

由紀「え、えへへ……ほんとごめんね?知ってる人に会えたのがうれしくて、ついギュッてしちゃった……」

 

由紀は照れたように笑いながら、自らの頭を撫でる。

それを見て、彼はある事に気づいた…。

今日の由紀はいつものあの…猫耳帽子を被っていない。

 

 

 

 

「今日はあの帽子してないんだ?」

 

由紀「えっ?ああ、今日はナシっ!」

 

赤と黒のストライプ模様のパーカーを羽織っている由紀。そのパーカーは前を開けているので、中に着込んでいるピンク色のキャミソールが見えている。下には青っぽい色のフリフリしたミニスカートを履いており、全体的に涼しげな格好だった。

 

 

 

(まぁ、今日暑いしなぁ…)

 

そんな事を思いつつ、由紀をじっと見つめる…。思えば制服姿以外の彼女はあまり見たことが無かったので、こうした格好はやたらと新鮮…かつどこか魅力的に見えた。

 

 

 

由紀「えっと…あまり見られるとはずかしいかな~…なんて」

 

「ああ……ごめんごめん」

 

見つめ続けていたら由紀が照れ始めたので、彼はそっと目を逸らす。

 

 

 

 

由紀「やっぱり、お買い物の途中だったのかな?」

 

彼が右手に持っていたビニール袋、それを見ながら由紀が尋ねる。彼はガサガサと音をたてながらその袋を揺らし、首を縦に振った。

 

 

 

「目当てはノートとか…文具品だけですけどね。……由紀ちゃんは?」

 

由紀「わたし?わたしもお買い物だよ♪」

 

「へぇ、何を買いに?」

 

由紀「あっ!それなんだけどね…もしよかったら、わたしの買い物に付き合ってくれるかな?他の人の感想とか…そういうのが必要になるかもしんなくて…」

 

てへへと笑い、由紀は彼の目を見つめる。

彼自身の買い物は既に済んでいたし、ちょうど暇していたところだったので、答えはもう決まっていた。

 

 

 

 

 

「いいでしょう…。お付き合いします」

 

由紀「やったぁ♡じゃあ、いきましょ~~♪」

 

満面の笑みを浮かべながら、由紀はトコトコと歩き出す。彼女がどこを目指しているか知らない彼はとりあえずその隣を歩く事にして、どこかも知らぬ目的地を目指した。

 

 

 

 

「……そういえば、いくら嬉しくても抱きつくのは止めた方が良いと思うよ。由紀ちゃんみたいな娘に抱きつかれたら、勘違いする男とか絶対にいるから」

 

 

隣を歩きながら、先程の行いの注意をする。いきなり異性に抱きつくというその行動にはいくらか危険があるからだ。今回は抱きついた相手が彼だったからまだ良いが、これが由紀に対して強い好意を抱いているような男だった場合…場所によってはそのまま襲われてしまうかも知れない…。

 

かくいう彼もここが人通りが多いところだった事もあって理性を保っていたが、胸の感触が背に伝わった時はかなり危なかった…。

 

 

 

 

由紀「勘違いって……なにを?」

 

「…………」

 

どこまでお子さまなのだろうか…由紀が不思議そうに首を傾げる。

彼は歩きながらため息をつき、彼女にも分かるように言った。

 

 

 

「ええっと…つまり『いきなり抱きついてきたって事は…丈槍って俺のこと好きなんじゃない?』……みたいな勘違いをする奴がいるかもってハナシ」

 

由紀「わたしだって誰にでも抱きつくわけじゃないもん!相手がキミだったから抱きついたんだよ!」

 

 

 

(うっ……この娘はまた勘違いしてしまいそうな言葉をっ……!)

 

片手で頭を抱えながら、もう一度『はぁ~っ』とため息をつく…。由紀が自然に放つ言動の一つ一つは…彼すらも勘違いという闇に落とそうとしていた。

 

 

 

 

「…由紀ちゃん。そういう台詞は好きな人だけに――」

 

由紀「わたし、キミのこと好きだよ?」

 

「……………」

 

 

 

 

彼の脳内が真っ白になり、思わず歩みすら止めてしまう…。

目の前にいるこの少女は今…彼の顔を見ながら『好き』だと言ったのだ…。

 

 

 

 

 

由紀「あとりーさんも好きだし、くるみちゃんでしょ~…みーくんでしょ~…あと、めぐねえ……るーちゃんも好きだし~、けいちゃんも好き~♡」

 

指を折って数えながら、由紀がニッコリと笑う。

そのあまりに純粋な笑顔を目の当たりにして、彼はすぐに理解した。彼女が自分のことを好きだと言ったのはあくまで友情としての好意であり、恋愛的な意味ではないのだ。

 

 

 

 

「んん~……ちょっとがっかりだな…」

 

由紀「えっ、なにが?…………あれ?なんか怒ってる?」

 

「いや…別に……」

 

歩き出した彼はどこか不機嫌そうに見えたので心配になる由紀だったが、彼はすぐいつもの雰囲気に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

(くそ……一瞬、本気で告白されたかと思った…)

 

由紀が先程言った言葉を思い返しながら、彼は彼女と共に歩く…。

彼はこれまで、彼女の子供っぽい面は可愛らしくて魅力的だと思っていたが……その子供っぽさも度を越すと魔性の女に近いものになってしまうという事を自らの身をもって知った。

 

 

 

 




純粋なばかりに、知らず知らず胸に来る言動をする由紀ちゃん…。
とても子供っぽい彼女ですが…これでも三年生です。

そんな彼女の買い物に付き合うこととなった彼ですが、果たして由紀ちゃんの目当ての物とは…。次回もお付き合い下さいませm(__)m



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