軌跡〜ひとりからみんなへ〜   作:チモシー

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第五話『りゆう』

 

拠点としていた街を出た一行は、北の方角にある古城へと向かっていた。そこに行けば、この世界最大の脅威である"焔の王"がいる…。それがどれ程に強大な存在なのか、今の自分達で勝てるのかは分からない。しかし、この世界に伝わる予言通りならば自分達がそれを倒すハズだ…。これから先もみんなと笑顔でいたいのなら、絶対に負けは許されない…。

 

 

 

 

 

胡桃「っ!!美紀っ!そっち行ったぞ!!」

 

美紀「はいっ!!分かっています!」

 

広々とした平原の上、まるで象のような大きさを持つ一体の魔物が美紀の方めがけて駆けていく…。四本の足で強く地面を蹴りながら砂ぼこりを散らし、猛スピードで駆け抜けるその魔物の背は岩のような甲羅に覆われていたが、胡桃の攻撃を受けていた事で所々が欠けていた。

 

しかし未だ決定的な一撃は与えられておらず、魔物は額に生えた鋭い角を美紀の方へと向けながら突進する。美紀は左手に持っていた銀色の盾を構えると上手くその角を弾き、魔物の突進を横へと反らした。

 

 

美紀「ぐぅっ…!!」

 

これだけ巨大な魔物の突進を盾一つで反らせるのも、この世界にやって来てから身に付けた魔法の力のおかげだ。元の世界でこんな大きな生き物に突進されたら、盾一つではとても防ぎ切れずにいただろう…。

 

美紀の盾によって攻撃を反らされた魔物はその勢いのままゆっくりとターンして再び美紀達に突進しようと試みているようだったが、悠里がそっと左手を上げて狙いを定める…。すると手のそばに幾つもの火の玉が現れ、それら全てが勢いよく魔物の頭へと命中して火花を散らす。それを受けた魔物は突進の勢いを無くすとフラフラとした足取りで平原を歩き、こちらの様子を窺い始めた…。

 

 

悠里「ほら、もうどっか行ってちょうだい。私達だって無駄にケンカするつもりはないんだから……」

 

ムッとした表情で言いながら左手を上げ、またしても宙に火の玉を舞わせる…。すると魔物は唸り声をあげながらそっと背中を向け、一行から逃げるように駆け抜けていった。どうやら、悠里の放つ魔法に恐怖したらしい。

 

 

美紀「ふぅっ…結構危険な魔物でしたね」

 

胡桃「けど、美紀もかなり頑張ってたじゃん。あんなデカイヤツの攻撃を防ぐなんてすげぇよ」

 

美紀「まぁ、沢山トレーニングしましたからね」

 

ニコッと笑ってから左手の盾、そして右手の剣を光にして散らす…。

この世界の魔法というのはこうして武具を自在に出現させる事が出来るので、かなり便利だ。胡桃も美紀と同様に右手に持っていたシャベルを消すと、悠里と合流して由紀達の元へと進む。

 

 

 

由紀「お疲れ~。大丈夫?怪我してない?」

 

美紀「はい、私は大丈夫です」

 

悠里「私も平気よ。胡桃は大丈夫?」

 

胡桃「おう、平気~」

 

『もし怪我しているようなら治してあげる』と、由紀は手にした杖を楽しげに振り回す。由紀はみんな程戦う力は無いものの、怪我や病気等を治す特殊な力を持っていた。一足先にこの世界に来ていた真冬曰く、こうした治療系の魔法を使える人間はかなり珍しいらしい。

 

 

胡桃「にしても、アイツと真冬はまだか?先の方を偵察に行ったっきり中々戻ってこないぞ?」

 

悠里「いくらなんでも、そろそろ戻ってくると思うけどね…」

 

悠里の予想は的中し、夕焼け色に染まり始めた平原の向こうから二つの影が現れる。それは見慣れた二人の友人、狭山真冬と彼の姿であり、二人は皆と合流するなり偵察先での事を報告した。

 

 

「目当ての古城は近い。この平原を抜けて、その先にある小さな森を抜ければすぐそこだった」

 

胡桃「マジ?じゃあ、その気になれば今日中に戦いを終えられるのか?」

 

真冬「うん…。少し探ってみた感じ、古城の中に一つだけ…大きな魔力の気配があった。もしかすると、それが焔の王なのかも」

 

このまま先へと進んで皆で突撃し、早々に決着をつけても良いのだが…見たところ胡桃達の体力は万全ではない。ここで急ぐのは危険だと判断した真冬は悠里と相談してここにテントを張ることを決め、支度を整えていく。

 

 

悠里「それで、どんな感じだったの?真冬さんなら感じ取った魔力で相手がどれだけ強いのか判断出来るでしょう?焔の王は、私達でも勝てそうな感じだった?」

 

大きなテントを平原の上に張りつつ、真冬に問う。

これで彼女の口から『楽勝だと思う』という言葉が聞ければ一安心なのだが、真冬はそう答えずに額に冷や汗を浮かべながら首を傾げた。

 

 

真冬「正直…よく分からない。魔力自体の大きさはボクの方がずっと上だったけど、なんかこう……嫌な感じの雰囲気があって、ボクの苦手なタイプだった」

 

悠里「なるほど…。量では(まさ)っているけど、質に関しては分からないという事ね…」

 

真冬はこのメンバーの中で一番の実力者なので、その彼女の口から"苦手なタイプ"というフレーズが出ると一気に不安になる。テントを無事に張り終えた後、悠里は辺りに腰を下ろして楽しげに談笑する皆を見つめた…。もしも明日、焔の王と戦って負けるような事があれば、誰かを失うかも知れない…。それどころか、全滅する可能性だって……。

 

 

悠里「…真冬さん、少し付き合ってくれる?」

 

真冬「えっ?うん、別に良いけど……」

 

皆には『薪になりそうな物を集めてくる』とだけ告げ、悠里は真冬と共に平原を進んで森へと入る…。そして完全に二人きりになれたのを確認すると、これまでずっと胸の内に秘めていた思いを打ち明けた。

 

 

悠里「真冬さん、もう…元の世界に戻らない?」

 

真冬「…………」

 

いつかそれを言われると察していたのか、真冬は大して驚かない…。

彼女は以前、元の世界に空間を繋げる魔法を見せてくれた。あれを用いれば元の世界に戻るのは容易だが、彼女はそれをずっとそれを拒み続けていた。

 

 

悠里「確かにこの世界には沢山の人がいるし、みんなも楽しそうで嬉しいわ…。けど、焔の王なんて存在と戦わねばならないのなら話は別よ。予言がどうとか言われてるけど、正直危険としか思えない…。魔法を覚えた今の私達なら、元の世界に戻っても何とかやっていけると思うの」

 

前はただ逃げる事しか出来なかったが、魔法を覚えて体を強くした今の自分達なら…"かれら"を相手にしても臆する事なく立ち向かえる。だからここで焔の王と戦うより、元の世界へ戻るべきだ。悠里はそう提案するが、真冬は首を横に振る。

 

 

 

真冬「それ、ボクもかなり前に思った…。けど、ダメなの。色々調べてみた結果、ボクらが魔法を使えるのはこの世界と上手く同調出来ているからだと分かった…。つまり、元の世界に戻ればその瞬間に魔力を失う。魔法も、魔力で強化された体も、全て失う。また一般人に逆戻り」

 

向こうの世界へ続く道を開いたとして、そこに一歩足を踏み入れた途端に魔法とはおさらばしなくてはならない…。そうなれば自分達はまた、"かれら"を相手にサバイバル生活をしなくてはならないだろう。だからもう戻りたくない…。真冬はそう言って話を切り上げようとするが、悠里はまだ話を終わらせない。

 

 

悠里「けど、私達は向こうの世界に色々な人達を置いてきてしまったわ。お世話になっていた柳さん達だけを向こうに残して、私達だけがこんな暮らしをしていても良いの?真冬さんは…それで平気なの?」

 

真冬「……柳さん達なら、あの世界でも上手くやれる。そう簡単に死ぬような人達じゃない」

 

悠里「そうかも知れないけど、でもやっぱり………」

 

このまま皆で焔の王と戦うのも危ない気がするし、お世話になった人間達を元の世界に置いたままというのが心苦しい…。やはり元の世界へ戻るのが妥当な選択なのではと思う悠里だが、真冬にもキチンとした理由があった。彼女の提案を断り、この世界に残り続けようとする理由が…。

 

 

真冬「もう、正直に言う…。悠里、君達がこの世界に来て、もう何日くらい経ったか分かる?」

 

悠里「えっ?たしか…一ヶ月と少しね…」

 

真冬「うん、もう悠里達は一ヶ月以上この世界にいる…。その間、皆は魔法や戦い方を覚えて強くなった。毎日毎日、ちょっとしたトレーニングをしつつ楽しく暮らしている…。悠里も由紀も美紀も、そして……胡桃も」

 

そう、みんな毎日明るい日々を過ごしている…。

トレーニングや魔物との戦いで軽い怪我を負うことはあれど、元の世界で"かれら"に襲われる程の危険は今のところ無い。みんな病気一つせず、健康に日々を過ごしていて………

 

 

悠里「……やっぱり、そういうことね」

 

薄々ながら気付いていたが、真冬の言葉を聞いて確信した。

彼女がこの世界に留まろうとするその理由は、恐らく……

 

 

悠里「胡桃のこと…よね?」

 

真冬「…うん。胡桃はこの世界に来て、魔力を宿し体を強くした。その結果、奴らのウイルスを完全に抑え込んでいる。今はもう、普通の健康な人間と何ら変わりない」

 

胡桃の体調が良くなっている事は、悠里も気付いていた…。

前の世界での胡桃はたまに辛そうな表情をしていたり、体がやけに冷たかったりしていたが、今はそれが無い。真冬の言う通り、健康な人間そのものだ。

 

 

真冬「元の世界に戻ったら胡桃の体に宿る魔力が消え失せて、また元の状態に戻る…。そうなればまた、治療方を探すところから始めないとならない。…けど、この世界にいれば胡桃はいつまでも元気なままでいられる。少なくとも、感染症状に悩まされる事は無い」

 

悠里「だから…元の世界には戻れないってことね……」

 

真冬「…これは、ボクと彼で決めたこと。柳さん達には悪いことをしたと思ってるけど、胡桃が元気でいられるこの世界は捨てられない。そして、この世界での脅威となりえる焔の王も生かしてはおけない…」

 

彼も胡桃の変化に気付き、この世界に永住する事を決めたらしい…。

悠里は少し考えた後、静かに頷いて納得する。

焔の王という存在はかなり危険なようだが、逆に言えばそれさえどうにかしてしまえば、この世界は平和になるという事だ。焔の王さえ倒せば、残るのは平和な世界…。由紀達が毎日明るく過ごせて、胡桃も苦しまない世界…。それはとても魅力的だ。

 

 

悠里「……わかった、じゃあ、頑張って倒さないとね」

 

真冬「うん、心配しなくても大丈夫だよ…。ボクもそうだけど、彼も焔の王を倒すために猛特訓してきた。平和な世界を手にする為にね……」

 

悠里「…あっ!そう言えば出発の時は声をかけるようにって国の兵隊さん達に言われていたのに、黙って出てきちゃったわ…」

 

真冬「まぁ、良いんじゃないかな?多分、兵隊達は一緒についてきてくれようとしてたんだろうけど、必要ない…。ボクと、彼と、みんながいれば…」

 

どんな敵が相手であろうと、皆と一緒なら大丈夫。真冬はそう信じてニコリと微笑み、悠里もそれに応えてニコリと笑った…。話を終えた二人は森の中から乾いた木々の枝や葉を集め、皆の待つテント前で火を起こす。空はもうすっかり暗くなっていたが、皆で焚き火を囲みつつ夕食を取る。

 

 

「そう言えば最近、胡桃ちゃん達は普通の服を着てるな。この世界に来たばかりの時に着てたあの衣装の方が好みなんだけど…」

 

胡桃「あんなの、ずっと着てられないって。人の視線が気になって戦えたもんじゃない…。特にお前の視線がな…」

 

ここにやって来たばかりの時、一行は見たことも無い衣装に身を包んでいた。中でも胡桃の衣装は胸元だけを覆うチューブトップと小さな短パンという際どい物だった為、彼はその格好を見て興奮していたものだが、ここ最近の胡桃は元の世界にあるような普通のシャツやズボンを履いており、どうにも面白みがない。

 

が、真冬と由紀は元々の衣装をかなり気に入っているらしく、真冬はいかにも魔法使いらしいフード付きの黒マントを…由紀は胸元がざっくりと開いたかなり際どい白服を未だに愛用している。

 

 

由紀「胡桃ちゃん!こういう世界にやって来たからには雰囲気作りが大切なんだよ。その為にはまず、衣装から気合いを入れなきゃ!」

 

真冬「そうそう。元々の衣装を着てると多少力が増すし、オススメ…」

 

胡桃「"多少"だろ?めちゃくちゃにパワーアップする訳でもないのに、あんな露出をするなんてごめんだ…」

 

何と言っても、彼の目がある中であの衣装は着れない…。

確かに多少力は増すし、所々可愛いデザインなので一人の時はよくあの服を着ているが、男である彼の前だと恥ずかしくて無理だ…。

 

 

「残念だなぁ…」

 

美紀「先輩、目がいやらしいです…。そういう目をするから、胡桃先輩が露出を控えるんですよ。由紀先輩も気を付けて下さいね」

 

由紀の胸元に手を添えて覆い隠し、美紀はジトーッとした眼差しを向ける。そう言えば美紀も悠里も最近は露出控え目な衣装ばかり着ている気がするが、これは警戒されているという事なのだろうか…。頭を抱えて深読みしはじめる彼を見た一行は楽しげに笑ったが、少しして美紀がハッとした表情をテントへと向ける。

 

 

美紀「あっ……そう言えば先輩の寝床はどうしましょう?テント、一つしか持ってきませんでした」

 

悠里「あら、ほんとね…。う~ん、テントの大きさからすると余裕はあるけど、男の子と一緒に寝るのは流石にねぇ……」

 

彼との付き合いは長いし、ある程度の信頼はしている。

しかし、だからと言って一緒に眠るのはマズイだろう…。

 

 

「いや、別に襲ったりしないけど……」

 

胡桃「…本当か?」

 

「ああ、我慢する」

 

胡桃「我慢って……お前な……」

 

少しだけ呆れそうになったが、まぁ彼だって年頃の男性だ。

同年代の少女らと狭い空間で肩を並べて眠るとあれば、多少の覚悟や我慢が必要になるのだろう…。

 

 

「ははっ、冗談だよ。外で寝るから大丈夫。寝袋か何かあるかな?」

 

真冬「それなら、ボクのがある……はい」

 

「どうも。今日はこれに身を包んで眠る事にするよ」

 

一人だけ外で寝るというのも少し気の毒だが、仕方がない…。

彼女達は夕食後も少しだけ談笑を楽しんだ後、寝袋に潜った彼をテント前に残して中へと入っていく。

 

 

悠里「じゃあ、お休みなさい」

 

由紀「おやすみ。風邪とか引いたら治してあげるからねっ!」

 

美紀「お休みなさい。また明日」

 

胡桃「万が一、魔物とか出たらすぐに言えよ。お休み」

 

「ああ、お休み」

 

テントに入る四人を見送り、残るは真冬のみ…。

彼女は寝袋に入ったまま地面に転がる彼の前へ静かに屈むと、その目をジーッと見つめながら囁く。

 

 

真冬「明日、頑張ろうね…。ボクらなら絶対に大丈夫だから、みんなでこの世界を平和にしよう…」

 

「ああ、頑張ろう。頼りにしてるよ、大魔法使いウィンター様」

 

真冬「…ふふっ、任せて」

 

真冬は彼の頬を軽く叩き、ニコッと微笑みを浮かべてテントの中へと入っていく…。明日、目的地である古城に着く。そこで待つ焔の王さえ倒せば、後はみんなと共に平和な世界を満喫するだけだ。彼は一人覚悟を決めると静かに目を閉じ、眠りに落ちていった……。

 

 

 

 

 

 

 




この世界でなら胡桃ちゃんも健康な状態を維持し続けられるようなので、真冬ちゃんと彼は出来る事ならずっとここにいたいと考えているようですね…。

何はともあれ、みんな立派に成長しているようで何より。
恐らく次回の話で目的地に到着し、更にその次の話で"そこに待つ者"との戦いになると思います!出来るだけテンポ良く進めたいところ…。


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