軌跡〜ひとりからみんなへ〜   作:チモシー

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前回は異世界"エトワリア"に飛ばされた由紀ちゃん達が彼と合流したところで終わりました。今回はその続き…洞窟の天井に空いていた穴の上へ進むところからスタートします。


さばくぐらし(2)

 

 

 

 

 

胡桃「にしても、まさか上に穴があったとはな…」

 

悠里「この暗さじゃ、気づけって方が大変よ」

 

きらら「マッチ、上の方はどうなってる?」

 

きららに尋ねられ、マッチは上にある穴の中へプカプカと浮かんでいく。マッチは少ししてから皆の元へ戻り、上の様子を報告した。

 

 

 

マッチ「上まで縦穴が続いているね。もう一階層、空間があるみたいだ。はしごとか、ロープがあれば上にひっかけて登る事ができるよ」

 

由紀「ロープなら、さっき見かけたよ」

 

悠里「あら、どこにあったの?」

 

由紀「あとでマッチちゃんと遊ぶときに使おうと思ってたから……ほら、ここにあった!」

 

少し離れた場所に置かれていたロープを手に取り、由紀は皆のところへ戻る。胡桃はそのロープ、そしてマッチを交互に見つめて苦い表情を浮かべた。

 

 

 

胡桃「ロープで遊ぶって…いったいなにを…」

 

マッチ「僕に聞かないでくれよ……」

 

「…羨ましいヤツめ」

 

マッチ「う、羨ましい?ロープで遊ぶのがかい?」

 

「ああ、そうだよ。男ってのはみんな、可愛い女の子とロープで遊びたいもんなのさ」

 

彼がそんな事を言い、浮かぶマッチを指先でつつく。その後、由紀にロープを手渡されたマッチは彼の言葉に疑問を抱きながらも上昇し、上のフロアにあるひっかかりへロープを結んだ。

 

 

 

マッチ「よし、準備できたよ。一人ずつ登っていってくれ」

 

「じゃあ、ここは僕が先にいく。マッチは安全だと言ってるけど、登った先に何がいるのか分からないし…念のためね」

 

胡桃「じゃあ、あたしかきららが最後だな。まだ、辺りにやつらが潜んでいる可能性だってあるし」

 

きらら「じゃあ、私が最後でもいいですか?その…運動はあまり得意ではないので」

 

胡桃「オーケー。とりあえず、一番手はお前だったな…気を付けろよ」

 

「了解。マッチ、少しの間、剣を持っててくれるかな?」

 

マッチ「ああ、構わないよ。…むぅっ!結構重いね…」

 

「手間かけて悪いね。それを持ちながら登るのはさすがに無理なんで…」

 

ゆっくりロープを登る彼と並走するようにしながらマッチも上昇し、そうして彼が上にたどり着いた後、持っていた剣を彼へ返す。彼は直後すぐ辺りを警戒するが、今のところ特に変わった様子はない。その後も胡桃、悠里、由紀、ランプ、きららが順にロープを登っていき、全員が無事に上へと渡れた。

 

 

 

 

悠里「これで全員ね」

 

胡桃「それにしても…だ」

 

悠里「ええ。見た感じ、ここも下と同じようになってるわね」

 

一先ず無事にたどり着く事ができ、これから先へ進もうとした時…洞窟の先からいくつかの呻き声が響く。聞き覚えのある声を前にした胡桃と彼は同時にため息をつき、由紀達を庇うようにして前へと立った。

 

 

胡桃「…まずは目の前の掃除だな」

 

「異世界だろうとどこだろうと、やることは変わらないな…」

 

胡桃はシャベル…そして彼は剣を構え、奥から現れた"やつら"の中へと突っ込む。一体ずつ、確実にそれらを仕留めていく中、見慣れない生物の影を捉えた。

 

 

悠里「今…二人の足元に小さな影が…」

 

クロモン「くー!!」

 

マッチ「なっ!?クロモンまでいるのか!」

 

マッチがクロモンと呼ぶ、青い帽子を被った小さな生き物…それは彼と胡桃のそばを飛び回り、くーくーと鳴き声をあげていた。彼も胡桃も、それが視界を遮って邪魔なので追っ払おうとするが、やたらとすばしっこくて攻撃が当たらない。

 

 

 

きらら「二人とも、大丈夫ですか!?」

 

胡桃「ああ!けど、このクロモンってのは中々面倒だな…!」

 

「可愛いからかい?」

 

胡桃「それもあ……じゃなくて!動きが速いからだよ!!」

 

クロモンの動きに翻弄されながらも、彼は楽しげに笑う。胡桃がそんな彼にツッコミを入れながら立ち回る中、きららは由紀達よりも一歩前に歩み出る。

 

 

きらら「クロモン達は私が対処します!二人はやつらが皆に寄らないよう、気をつけて下さい!」

 

…タンッ!

 

 

由紀「…今、何か聞こえなかった?」

 

悠里「何かって?」

 

由紀「えっ?う~んと…何かが跳ねるみたいな音?」

 

マッチ「今までに似たような音を聞いたことはあるかい?」

 

由紀「う~ん…なかったとおもうけど」

 

ランプ「きららさん!気をつけて下さい!もしかしたら、何かが紛れているのかも知れません!!」

 

きらら「な、何かって言われても……」

 

由紀が聞いた物音の正体に警戒するが、辺りには"やつら"やクロモンがいてまともな警戒が出来ない。しかし、そんな中でも胡桃はその気配を掴み取り、そばにいた彼へと呼び掛けた。

 

 

 

胡桃「っ!!?おいっ!!」

 

「ああ!ちょっと失礼っ!」

 

きらら「ひゃっ!!?」

 

胡桃に声をかけられた彼もまたその気配に気付いており、それからきららを守るため、彼女に飛び掛かって無理矢理地面へ体を伏せさせる。直後、これまで身を潜めていたその影が二人の体をギリギリかすめるようにして上を通り過ぎていった…。

 

 

 

??「…いい判断。今のところは悪くない」

 

影は彼女達から離れた所で立ち止まり、それぞれの顔を見回す。きららを襲った影の正体は、褐色の肌をした一人の少女だった。

 

 

 

ランプ「あなたは……」

 

??「ああ、ランプもいたの。邪魔しないでね、あたしは七賢者としてのお役目があるから」

 

由紀「七賢者……ってなんだっけ?」

 

悠里「復習が必要みたいね…。さっき、ランプちゃんが教えてくれたでしょう?」

 

ランプ「はい…。七賢者は皆様をこの世界に召喚したアルシーヴの直属の部下です」

 

きらら「けど、彼女がここにいるってことは…」

 

ランプ「はい…。カルダモン、一つ尋ねたい事があります」

 

その少女…カルダモンに尋ねる事がある。ランプが一歩前に踏み出すと、カルダモンはセミロングの赤毛、そして身に付けていた緑色のスカーフをなびかせ、それに答えた。

 

 

カルダモン「ランプが尋ねたいこと……ああ、うん。美紀なら、あたしがもう捕まえたよ」

 

由紀「っ!?みーくんを返してっ!!」

 

胡桃「ちっ!?りーさん!由紀を離すなっ!絶対に飛び出していくぞ!」

 

悠里「ええ!わかってる!!胡桃もきららさんも…それにあなたも気をつけて!」

 

「大丈夫…こっちの心配はいりませんよ」

 

美紀を捕らえたのが彼女だと知り、由紀は考えもなしに飛び込もうとする。そんな由紀を悠里に任せ、胡桃ときらら…そして彼はカルダモンの前へと立った。

 

 

 

 

「さて…出来ればあまり手荒な事はしたくない。君、大人しく美紀を返してくれる?」

 

カルダモン「キミは……なるほど、こちらの手違いで余計なものまで召喚してしまったみたいだね。本来、ここに招くのは美紀たち四人だけのハズだったんだけど」

 

「飛び入り参加のあるイベントってのも面白い……そう思わないかな?」

 

カルダモン「…ふふっ、そうだね。面白そうだ。よし、キミも正式に招待してあげるから、大人しくあたしに捕まってくれない?」

 

剣を構える彼を前にしても、カルダモンは余裕たっぷりの表情を見せる。彼女の底知れない実力を感じ取った彼は横目でそっと胡桃ときららの事を見つめると、直後に勢いよく、カルダモンの元へ飛びかかった。

 

 

 

「悪いけど、お断りだ」

 

カルダモン「そう…残念だな」

 

飛びかかる彼の剣をギリギリのところでかわし、カルダモンはニヤリと笑う。彼女はその直後に二本のナイフを両手に構え、それを彼へ振り払おうとした。

 

 

胡桃「おっと!!」

 

ブンッ!!

 

 

カルダモン「っ…」

 

…が、そのナイフが彼に届くよりも速く胡桃のシャベルが彼女目掛けて振り払われた為、カルダモンは一歩、二歩と素早く後退してそれをかわす。するとその直後にまた彼が勢い良く地面を蹴り、カルダモンの前で剣を振り上げた。

 

 

カルダモン「…素早い」

 

「よっ!!」

 

ブンッ!!

 

振り下ろされた剣はまたギリギリのところでかわされ、カルダモンの体には当たらない。彼の攻撃が当たらなければ胡桃が…そしてその直後にまた彼が…交互に素早く攻撃を仕掛けていくが、カルダモンはその全てをかわしていった。

 

 

 

「彼女、さっき僕らを見て素早いって言ったよね…。あれって嫌みか?」

 

胡桃「かもな…。どう見ても、あたしらよりあいつの方が素早い…」

 

連撃を続け過ぎた二人は一度距離を開き、乱れ始めた息を整える。しかし、そんな二人をじっと見つめるカルダモンは未だ息一つ乱れていない。

 

 

 

マッチ「……さすがにカルダモンの方が上手(うわて)か」

 

カルダモン「…ねぇ、由紀たちもあたしの元に来ない?今なら、美紀に会わせてやることも出来る。そして、あなたたちもここに残ればいい…。それが正しい選択」

 

胡桃「ここに…残る…?」

 

「………」

 

カルダモン「そうすれば、今を生き抜く事だけを考えなくてよくなる。美紀とあなた達は、この世界でのんびりと…普通に生きていけばいい」

 

カルダモンの言葉を聞き、彼は構えていた剣を下げそうになる…。胡桃もまた、彼と同じく多少の迷いを抱いたが……

 

 

 

悠里「確かに、それも一つの考えかも知れないわね。けど、本当にそれでいいのかしら?」

 

悠里がそう言って、カルダモンの目を見つめる。カルダモンには彼女の言葉の意味が理解できず、不思議そうに首を傾げた。

 

 

カルダモン「いいって…何が?」

 

悠里「わたし達がここに残るという事は、オーダーが解けないまま残るという事よね?その時、"やつら"はどうなるのかしら?消えるのか…それともわたし達のように残り続けるのか」

 

カルダモン「…わからない。オーダーを見るのは初めてだから」

 

悠里「…きららさんが言っていたわ。オーダーは世界を乱してしまう魔法なんだって。乱してしまうのはわたし達の世界だけじゃなくてこの世界も、なんじゃないかしら?だとすれば、あなたのいっている事が正しい選択だとは思えない」

 

キッパリ言い切り、悠里は鋭い目線を向ける。カルダモンは小さくため息をつくと、彼女の事を見つめ返した。

 

 

カルダモン「そう……。あなたは悠里だね?」

 

悠里「ええ」

 

カルダモン「悠里にとって、この世界に残ることは良いことじゃないの?」

 

悠里「…………どうかしらね。けど、わたしは学園生活部の部長だから。…出来るだけしっかりした判断を下さなきゃ、みんなに示しがつかないのよね」

 

カルダモン「そう……ふふっ」

 

鋭い目線から一転、悠里はにっこりと微笑んで言葉を放つ。カルダモンは悠里のそんな表情に釘付けになっていたかと思うと、今度はおかしそうに笑いだした。

 

 

 

ランプ「何を笑っているんですか?」

 

カルダモン「いや…クリエメイトは本当に面白いな。美紀も悠里も胡桃も由紀も…そして飛び入りのキミも…本当に面白い。欲しくなったよ…力尽(ちからづ)くでもね」

 

「残念。たとえ力尽くだろうが、キミにくれてやるものはない。彼女達は…守らなきゃならない大切な人達だ。だから誰一人として渡すつもりはないし、美紀だってすぐに返してもらう」

 

カルダモン「…そうか。なら、キミとあたし…どちらが勝つのか、楽しみにしているよ」

 

 

胡桃「なっ…!?おいっ!!」

 

「本当に素早いヤツだな…」

 

カルダモンは最後に彼を見て微笑むと、これまで以上の速さを見せて一行の間をすり抜けていった。彼や胡桃すらもその動きを目で追うのがいっぱいいっぱいで、結局取り逃がしてしまう…。

 

 

 

~~~~~~~~

 

 

 

 

胡桃「まさか、あそこまで追いつめていて逃げられるとはな…」

 

美紀の元へ向かうべく、一行は洞窟の外…砂漠を進む。あの時にカルダモンを捕らえていればもっと楽に事が進んだと思うと、いくらか残念な気持ちにもなる。

 

 

由紀「最後、すっごく速かったよね…」

 

きらら「でもあれは…まだ余裕があったようにも見えて…」

 

マッチ「カルダモンが本気を出さない理由でもあるのかい?」

 

由紀「…わかった!出さなかったんじゃなく、出せなかったんだよ!」

 

由紀は閃いたような表情を浮かべてきらら、マッチの会話に混ざり、二人にそう告げる。しかし彼女がそう告げた理由が分からなかった為、胡桃は首を傾げた。

 

 

 

胡桃「……どうしてだ?」

 

由紀「そ、それは……わからないけど、なんとなく!」

 

胡桃「なんとなくかよ……」

 

由紀のことだから、そんなことだろうと胡桃は思っていた。彼や悠里も同じことを思っていたらしく、横でニヤニヤと微笑んでいる。

 

 

 

ランプ「でも、由紀様の仰るとおり、出さないよりも出せなかった…という方が納得できます」

 

「…いずれにせよ、本気を出せなかったのはこっちも同じだ。この世界に来てからというもの、ろくに何も食べていないんでね……」

 

胡桃「はぁっ?まだ何も食べてなかったのかよ?ったく…お前、あたしらと会えなかったらそのまま死んでたんじゃないか…」

 

呆れたように言いながら、胡桃は彼にあるものを手渡す。それは辺りに生えていたサボテンの一部であり、一応食べられるものだ。

 

 

 

「……嫌がらせかい?」

 

胡桃「違うって!これ、ちゃんと食べられるよ。毒見とかも終えてるから、そっちの心配もいらない。しっかり腹にいれておけ」

 

「ふむ…毒見ってのは?」

 

悠里「ここに来てばかりの頃、わたしが色々と試してみたの。これでも一応、元園芸部だからね」

 

最近の園芸部というのは植物の毒見まで出来るのか…。などと感心しつつ、彼はそのサボテンの葉肉を口へと運ぶ。特別美味しいものではないが、いくらか食べていくとある程度の満腹感は得られた。

 

 

 

悠里「さて、彼の食事も終わったところだし…。きららさん、美紀さんの場所は分かる?」

 

きらら「うん、ここならハッキリ分かるよ。このまま東に真っ直ぐ行ったところにいる」

 

マッチ「洞窟を抜けたらまた砂漠だった時は正直、どうなることかと思ったけど…」

 

ランプ「きららさんがいてくれて、本当によかったです」

 

由紀「よ~し!学園生活部、砂漠遠足の始まりだよ!!」

 

胡桃「いつの間にそんな名前を……」

 

砂漠においても、由紀が元気いっぱいなのに変わりはないようだ。それを知った事で安心した胡桃たちはそっと微笑みつつ、砂の上を歩いて美紀の元に向かっていく…。

 

 

 

 

~~~~~~~~

 

 

悠里「足元、気をつけてね」

 

由紀「うん……。はぁ…はぁ…」

 

胡桃「分かっちゃいたけど、途中で休める場所がないのは辛いな」

 

「あぁ…まったく…」

 

ひたすら広く、ひたすらに暑い砂漠…。行けども行けども見えるのは砂ばかりで、休める日陰など一つとして存在しない。それでいて砂の上というのは歩きづらく、彼女達の体力を徐々に奪っていった。

 

 

 

悠里「ふぅ…。ランプちゃんたちは平気?」

 

ランプ「はっ、はいっ!」

 

きらら「うん、大丈夫だよ」

 

 

「…強い娘たちだな」

 

結構歩いたが、きららもランプもまだ余裕がありそうだ。マッチも…浮いている分、体力に余裕があるのだろう。彼はそんな彼女らをそっと見つめて微笑み、前へ歩いていく。

 

 

 

胡桃「お前も平気か?」

 

「ああ、ご心配なく…。胡桃ちゃんこそ、疲れたら言ってよ。背負ってやる余裕くらいはあるからさ」

 

胡桃「あたしも大丈夫だ。まぁ、よっぽど危なくなったら由紀でも背負ってやれよ」

 

見た感じ、由紀はかなりの体力を消耗している。悠里も少し危ないだろう…。だが、胡桃の方はまだまだ元気だというような感じだ。

 

 

 

「今だから言うけど……さっきあのカルダモンって娘の話を聞いた時、僕は本気で揺らいでしまったよ」

 

胡桃「ああ…。この世界に残ればいい…ってやつだな」

 

彼の横に並んで歩き、胡桃はその話に相づちを打つ。確かに、あの言葉には胡桃自身も多少揺らぎもした。しかし、彼はそんな胡桃以上に揺らいでいたらしい。

 

 

 

「この世界なら…みんなと穏やかに暮らせるんじゃないか…。もう、みんなを危険な目に遭わせたりすることはないんじゃないか…。たとえ"やつら"がこの世界に残ってしまうとしても、それでも…この世界に残っていれば……」

 

胡桃「………」

 

「なんて、自分勝手な事ばかりを考えてしまった…。でも、りーさんは凄いな。あの人の答えを聞いた時、本当にかっこいいと思ったよ…。僕は、みんなと楽な方向に逃げることしか考えてなかったってのに…」

 

自らの考えが情けないもののような気がして、彼は苦しそうに笑う…。しかし、彼はただ逃げようとしただけじゃない。全てはみんなが笑って暮らせるようにと考えた結果だ。胡桃はそれを知っていたから、彼の肩を叩いて優しく微笑む。

 

 

 

胡桃「ま、お前の考えだって間違っちゃいないと思うぞ。けど、今回は元の世界に戻ろう…。戻ったら戻ったでお前は…あたしらのそばにいてくれるんだろ?」

 

「ああ、もちろん。みんなの事を守るのは僕の仕事だからね」

 

胡桃「…なら、あたしはそれでいい。由紀がいて、りーさんがいて、美紀がいて、そして…お前がいる…。そうやって大切な人たちに囲まれて笑えるなら、どんな世界だっていい」

 

「……ははっ、今の台詞もかっこいいな。まったく、りーさんといい胡桃ちゃんといい、うちの女性陣は頼もしいよ」

 

胡桃「そりゃまぁ、あんなところで生き抜いてきた人間だしな?お前もあたしらに負けじと、頼もしい人間になってくれよ」

 

「ああ、努力するよ」

 

にっこりと微笑み、彼は空を見上げる。胡桃も口ではこう言っているが、既に十分なほど、彼の事を頼もしく思っていた…。確かに彼には弱い面もあるが、自分達を守ろうとしてくれるその背中はとても頼もしく、彼がそばにいるだけでも…胡桃は安心できた。

 

 

 

 

胡桃「…よし!ちょっと先行して、敵がいないか見てくるよ」

 

由紀「なら、わたしもいく~!」

 

胡桃「あ~…なら、離れないようにしろよ?」

 

由紀「らじゃ!!」

 

 

胡桃「じゃ、お前はきらら達のそばにいてくれ。すぐ戻るから」

 

「ああ、気を付けて」

 

胡桃と由紀は砂に足をとられながらも数十メートル先にある砂丘の上へと駆け上がり、辺りを見渡す。すると何かを発見したのか、二人は慌てた様子で砂丘からこちらへと駆け出した。

 

 

 

ランプ「……二人とも、慌てて戻ってきます」

 

マッチ「きらら、コールの準備を…。あの様子、クロモンでもやつらでもなさそうだ」

 

 

由紀「な、なんか…かっこよかったね!」

 

胡桃「あれを見ての反応がそれなのか!?」

 

ズザァッ!!と、二人は滑り込むようにして皆の場所へと戻る。直後、さっきまで二人がいた砂丘の上から一つの大きな影が飛び出した。

 

 

 

ドサァッ!!

 

悠里「あれは…サソリ!?」

 

「これはまた…大物だ」

 

飛び出ていたその生物はサソリに見えるが、明らかに大きさがおかしい。そこらの軽自動車くらいなら越えていそうな大きさだ。

 

 

 

由紀「ど、どうする?」

 

胡桃「どうするも何も……」

 

「向こうがやる気いっぱいなんだ…。付き合ってやるしかないっ!」

 

彼は勢い良く飛び込み、砂煙をあげながらこちらへ来るサソリを迎えうつ。いいタイミングで剣を振り上げ、頭と思われる箇所へとそれを振り下ろすが…

 

 

 

ガキッ…ン…!

 

「おっと…!?」

 

反り返っていた尻尾にそれを防がれ、彼は体勢を崩す。サソリはそのまま尻尾をブンッ!と横に振り払い、彼の事を横へと弾き飛ばした。

 

 

 

ドサッ!!

 

「ぐっ…!ああっ、鬱陶(うっとう)しいな…!」

 

叩き付けられた事で辺りの砂が舞い、細かな粒が目や口に入る。彼は直ぐ様起き上がって剣を構え直すが、口の中のジャリジャリとした感覚がつい気になってしまう。

 

 

胡桃「バカっ!一人で突っ込むからだ!!」

 

彼に続き、胡桃もサソリへと立ち向かう。サソリはそれを迎え撃とうとし、彼女の方へと尻尾を構えた…。

 

 

 

胡桃「っ!!」

 

由紀「胡桃ちゃんっ!気を付けて!!」

 

胡桃「わかってるっ!!」

 

ある程度のところまで距離を詰めると、サソリはその尻尾を胡桃目掛けて突き出す。この尻尾の先にある針…これに毒があるのかどうかは分からないが、これだけ大きな針だ。毒がないにしたって、まともに受ければかなりの深傷を負ってしまうだろう。

 

 

 

ブンッ!ブンッ!!

 

 

胡桃「ったく…!はぁっ!!」

 

ガンッ!!

 

突き出される尻尾の攻撃を二度、三度とかわし、隙を見てシャベルをその頭へと振り下ろす。面で叩いた事により、サソリの頭を覆う甲殻に微かなヒビは入ったが、まだとても倒しきれない。

 

 

 

「ほっ!!」

 

ガキィン!!

 

彼もすかさず横から飛び込み、頭を狙う。しかしそれはまたしても尻尾に拒まれ、二人は真っ向からサソリと睨みあった。

 

 

 

胡桃「ヒビは入ったんだけど…あの程度じゃ足りないか」

 

「……いや、あれで十分だ。今度は僕が突っ込むから、胡桃ちゃんはアレが邪魔にならないようにしてくれると助かる」

 

胡桃「……そういうことか。わかった、任せておけ!」

 

少し考えてから彼の作戦を読み取り、胡桃はニヤリ笑う。直後、彼はもう一度サソリの前へと立ちはだかった。

 

 

 

 

「さて、今度は一発で決める。その頭、大切に守ってろよ」

 

ヒビの入った甲殻を見つめながら自分の額をツンツンと小突き、サソリ相手に挑発を試みる。その挑発が効いたのか、はたまた偶然かは分からないが、サソリはギギギッ…というような鳴き声をあげて彼の事を真っ直ぐに見つめた。

 

 

 

「それでいい…。こっちだけ見てろ」

 

勢い良く駆け出し、サソリとの距離を一気に詰める…。そうして間合いに入ったところで剣を振り上げ、その先端を頭のヒビへ向けた。

 

 

シュッ!!

 

振り上げた剣で勢い良く、強力な突きを放つ。しかしその動きは直線的だった為、サソリはこれまで同様に尻尾でその剣を払いのけようとした。……が

 

 

…ガンッ!!

 

胡桃「動くなって!」

 

彼の剣目掛けて動いた尻尾…その先端を、横に潜んでいた胡桃がシャベルで勢い良く弾き返す。尻尾を守りに回せなかったサソリは彼の剣を防ぐことが出来ず、先ほど入れられたヒビの中へ、もろに突きをくらった。

 

 

 

ズシャッ!!

 

『ギギギィ…ッ…!!!』

 

 

 

きらら「す、すごい…!二人だけで……」

 

マッチ「倒した…のか…?」

 

ランプ「さすがですっ!!やっぱりこのお二方は…わたしが思っていた通りのっ…!!」

 

きららもこれから手助けしようとしていたのだが、あの二人はそれよりも早くサソリを倒してしまった…。動かなくなったサソリを前…そこでハイタッチする二人を見たランプは、顔を真っ赤にして大興奮している。

 

 

 

「いやぁ、説明が足りてないんじゃないかと不安だったけど、どうにか上手く連携出来たね」

 

胡桃「尻尾が邪魔なのは分かりきってたからな。簡単な事だ」

 

「にしても、そのシャベルは異世界でも大活躍だな」

 

胡桃「ふふん、スゴいだろ?」

 

なんて事を話しながら、二人は楽しげに笑う。ランプはその光景を少し離れた所で、目を輝かせながら見つめていたのだが…。直後、その目に大きな焦りが宿った。笑い合う二人の背後で倒れていたサソリが…ゆっくりと動きだしたのだ。

 

 

 

ランプ「っ…!?サソリが!!」

 

マッチ「二人とも!そこから離れるんだっ!!!」

 

 

「あっ?」

 

胡桃「えっ?」

 

マッチの声を聞いた二人はそっと振り向き、サソリが起き上がっていた事を知る…。サソリは長い尻尾を大きく振りかざすと、それを勢い良く横へと薙ぎ払った。

 

 

ブンッ!!!

 

 

胡桃「なっ!?」

 

「ちっ!!」

 

彼は咄嗟に胡桃を抱き寄せ、自らが盾になるよう背中を向ける。そうしてサソリの尻尾をまともに受けた彼は胡桃を抱いたまま弾き飛ばされ、そのまま悠里やきらら…みんなのいた場所まで吹き飛んでしまう。

 

 

悠里「きゃっ!」

 

由紀「うわぁっ!!」

 

きらら「ひっ!!」

 

吹き飛ばされた彼、そして胡桃は悠里達にぶつかり、一行はまるでボーリングのピンのように倒れる。全員が倒れた衝撃で辺りには激しい砂煙が立ち、それぞれの身を包んだ。

 

 

 

ランプ「み、みなさん!大丈夫ですか!?」

 

いち早く起き上がったランプは辺りを見渡す…。すると次第に砂煙もなくなり、砂に埋もれかけていた悠里、由紀、そしてきららが起き上がった。

 

 

悠里「とりあえずは…ね」

 

由紀「いたたた……」

 

きらら「っ…さっきのサソリは…?」

 

きららは目線をそこへ向け、サソリの動きを警戒する。しかしサソリはさっきので完全に力を使い果たしたらしく、ぐったりとした様子で砂の上に伏していた。

 

 

 

胡桃「…おいっ!大丈夫か!?」

 

「いてて…。ああ、何とか。それより、胡桃ちゃんは大丈夫?どっか怪我してない?」

 

胡桃「あたしは大丈夫だけど…お前が…」

 

彼は何でもないように起き上がったが、少しだけ辛そうな表情を見せている。恐らく、胡桃を庇った際にサソリの攻撃をまともに受けたせいで背中が痛むのだろう…。

 

 

 

胡桃「……ごめんな」

 

「んっ?なにが…?」

 

胡桃「さっき、あたしを庇ってくれただろ…。だからその…ありがと」

 

「どういたしまして…。お嬢様」

 

満足そうに笑った後、彼は服についた砂を手でパンパンと払う。彼だけではない…砂の上に転がってしまったせいで全員の服が砂に汚れ、口の中にもジャリジャリとした嫌な感触がある。

 

 

 

 

 

 

胡桃「ったく、酷い目にあったな…。ぺっぺっ!」

 

由紀「うぇぇ…服の中まで砂が入ってる…」

 

悠里「この状況で脱ぐわけにもいかないし、もう少し進むまで我慢しましょうね」

 

由紀「は~い」

 

一先ず袖に入っている砂だけを払い、一行は再び歩き出す。しかし、彼だけは歩きながらも何かを考えている様子だ。

 

 

 

マッチ「どうかしたのかい?」

 

「いや…ちょっと気になってね。……りーさん!この状況でも、少しくらいなら服を脱いで大丈夫だと思いますよ!」

 

悠里「…う…う~ん」

 

「ほら、さすがに砂まみれの服で動くのは気持ち悪いでしょう?パパっと脱いで、パパっと払っちゃった方がいいに決まってる!」

 

きらら「で、でもさすがにここでは………」

 

胡桃「きらら、そいつの相手はしなくていいぞ…。ほら、りーさんもランプも、早く行こうぜ。美紀が待ちくたびれちまう」

 

『砂が入っていると気持ち悪いから』…。彼は必死にそれを(うった)え続け、女性陣の服を脱がせようとする。これまで彼のように必死な異性を見たことがなかったきららはこんな時どうすれば良いのかと反応に困ったが、胡桃達からしたらこれも慣れっこだった為、大したリアクションは見せなかった。

 

 

 

 

「…ちっ。だめか」

 

マッチ「キミは…そうまでして彼女らの服を脱がせたかったのかい?」

 

「そうだよ。…何か問題でも?」

 

マッチ「いや…。ただ、男のクリエメイトというのはみんなキミのような人間なのかなぁと思ってね。これまでに会ったクリエメイトはみんな女性だったから、キミのような人間を見ているのは新鮮な気分だよ」

 

「そうかい…。ま、好きなだけ観察すればいい。美紀を取り戻して、元の世界に帰るまでの間までは…」

 

マッチ「…ああ、そうさせてもらうよ」

 

先を歩く女性陣から少し遅れ、彼とマッチも前へと進む。前を行く由紀やきらら達は何やら楽しげに話しているが、どんな会話をしているのだろう…。そんな事を気にしつつしばらく歩いてくと、彼の脳内に一つの疑問が浮かぶ。

 

 

 

 

「そういえば…マッチって男?それともおん――」

 

きらら「二人ともっ!砂漠の終わりが見えてきたよ!!」

 

マッチ「ああ、すぐに行くよ!」

 

 

(……聞きそびれた)

 

出来ればマッチの性別を知りたかったのだが、そのタイミングを逃してしまう。まぁ仕方ないだろうと思いつつ彼はきらら達のそばへと駆け寄り、そのまま砂漠を抜け……きららが反応を示した教会のような建物へと踏み込んだ。

 

 

 




洞窟…そして砂漠を進み、遂にみーくんのいると思われる場所へ辿り着いた一行。次回はみーくんを奪還すべく、七賢者"カルダモン"との再戦です!!彼や由紀ちゃん達はみーくんを取り戻し、無事に元の世界へ戻れるのか…。次で最終回ですので、是非とも最後までご覧くださいませm(__)m

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