軌跡〜ひとりからみんなへ〜   作:チモシー

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今回はリクエストして頂いたお話を書いた物でして、遂に胡桃ちゃんのアレが壊れてしまい…皆がそれの代用品を探す!!といったエピソードになっています(*^_^*)

上手く書けたか少し不安ですし、ちょっと長めですが、楽しんでもらえたら嬉しいです♪


また、この話はあくまでもIFストーリーなのですが、時系列としては『第八章・たんさく』と『第九章・りょうけん』の間くらいをイメージしてもらえればと思います(^_^)


形あるモノ

 

『形あるモノはいつか壊れるっていう言葉を聞いた事がある…。まぁ、実際そうなのだろう。その証拠に今朝、グラスを一つ割ってしまったし、これまで履いてきた靴もボロボロになってきたのでそろそろ替えが欲しい…。と、そんなわけで、どんな物だって壊れる時が来てしまう…。どれだけ大切な物だろうと、それは変わらないんだ………』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~

 

「って事だからさ、もう諦めなよ。寿命だったんだって」

 

胡桃「うぅ……まぁ、そうだよな………」

 

キャンピングカーの中、胡桃はテーブル前の座席に座りながら『はぁ』と深いため息をつく…。その腕には彼女がいつも使っているシャベルが抱かれていたが、それは持ち手と先端のさじ部を繋ぐ棒の部分が綺麗に折れてしまい、完全に壊れてしまっていた。

 

 

 

 

「…なんでこんな事に?」

 

二つに折れたそのシャベルを見つめつつ、彼はそうなった理由を問う。しかし胡桃がそれに答えぬまま顔を俯けていたので、彼女の向かいの席に座る由紀、そして美紀が代わりに口を開いた。

 

 

 

由紀「あのね、さっき行った建物の中におっきなロッカーがあったの。けど、鍵がかかってて開かなくて……。わたしたちはあきらめようと思ったんだけど、胡桃ちゃんが…」

 

美紀「『コイツなら鍵を壊して開けられる!』と言って、そのまま思いきりシャベルを振り下ろしたんです。ただあの鍵も、ロッカー自体も思っていたより頑丈だったらしく…ポキッと……」

 

 

悠里「あらあら……」

 

ついさっきまで胡桃と共に建物の探索に行っていた由紀と美紀の言葉を聞き、悠里と彼は苦い表情を浮かべる。この二人は車内で留守番をしていたのだが、戻ってきた時の胡桃の辛そうな表情は今でもハッキリと覚えていた。

 

 

 

 

胡桃「だって…あんな大きなロッカーだぜ?何か良いのが入ってるかもって思うだろ!?」

 

美紀「…どうでしょうね」

 

胡桃「ぐっ…開けられると思ってたのに…まさか折れるなんて…」

 

悠里「これまでずっと使ってきたから、傷んできてたのかもね…」

 

そもそも、胡桃が使ってきたのは園芸用のシャベルだ。本来はただ土を掘ったりする為だけに使う物だというのに、彼女はそれを武器として使ってきた…。激しい使い方をしてきた分、傷むのが早かったのだろう…。

 

 

 

 

 

「相棒を失ったとなると…胡桃ちゃんはしばらく戦えないか…」

 

胡桃「なっ!?大丈夫だって!他のを代わりにするっ!!」

 

「他のっていうと……たとえば?」

 

胡桃「……う~ん………」

 

改めて尋ねられると言葉がでない…。このキャンピングカーの中には包丁や彼の持っているナイフの代えなど、幾つかの刃物はあるが…これまではリーチも長くて重いシャベルを使ってきたのだ。それにすっかり慣れてしまっていた胡桃は、これらの刃物を上手く扱える気がしなかった…。

 

 

 

 

 

 

胡桃「……どうすっかな…」

 

「どうしようかね……」

 

悠里「シャベル、綺麗に折れちゃってるものねぇ……」

 

美紀「ええ、直すのは難しいです…」

 

世の中がこんなふうになってしまった時からずっと、このシャベルを手にして生き延びてきたからだろう…。胡桃は折れてしまったそれを今も大事そうに腕に抱えており、顔を俯ける……。

 

 

 

 

由紀「じゃあさ、明日、胡桃ちゃんのシャベルの代わりになる物をみんなで探してあげようよ!」

 

座席から勢いよくバッと立ち上がり、由紀は皆の顔を見回す。彼女の言葉を聞いた胡桃はそっと顔を上げ、驚いたように目を丸くした。

 

 

 

胡桃「えっ?あたしの…?」

 

由紀「うんっ!だって、何かないとさみしいでしょ?」

 

胡桃「さみしくは…ないけど……」

 

寂しい…とまではいかないが、落ち着かないような気はする。いつ、どんな時でもこのシャベルを手にしていた身としては、"かれら"のいる外に手ぶらで出ていくのはムズムズとして何だか気分が悪い…。

 

 

 

 

胡桃「まぁ…代わりは欲しいかな…」

 

由紀「よし、決まりっ!りーさん達も…それでいいでしょ?」

 

悠里「ええ、良いわよ。じゃあ、代わりが見つかるまでの間…胡桃はお休みね♪」

 

胡桃「お休みって……別に平気だよ。なんなら素手でもがんばる」

 

胡桃はグッと拳を握り、まだまだ戦えると言わんばかりに悠里を見つめる。確かに彼女の運動神経なら素手でもある程度は"かれら"と渡り合えそうだが、だからと言ってそれを許すわけにはいかない。

 

 

 

美紀「ダメですよ。胡桃先輩は今日までずっとがんばってきたんですから、たまにはゆっくりと休んでください!」

 

悠里「そうよ!シャベルの代わりが見つかるまで……少なくとも、明日一日くらいはゆっくりと休みなさいっ!」

 

胡桃「……へ~い…わかりましたよ~…」

 

少しだけふてくされたように座席にもたれ、胡桃はため息をつく。ここは仕方なく悠里達の言葉に従い、明日は休ませてもらうとして……

 

 

 

胡桃「それまで、お前にはあたしの分もがんばってもらわなきゃな…」

 

ニコッと微笑みながら彼を見つめ、その体に気合いが入るようにバシッと叩く。胡桃に腰の辺りを叩かれた彼は彼女の目を見つめ、同じように微笑んだ。

 

 

 

「ああ、分かったよ。お姫様」

 

胡桃「そうそう…シャベルを無くしたあたしは何も出来ない無力なお姫さまだ…。ほんと、なんで壊しちゃったかなぁ………はぁぁ~っ……」

 

いつもなら彼の冗談めいた言葉に顔を赤く染めたり、怒ったりするのに、今日の胡桃はその冗談に乗っかり、直後に深い深いため息をつく…。どうやら、シャベルを失った事がかなりショックらしい…。

 

 

 

 

(こりゃ重症だな…)

 

どうやら、一刻も早くシャベルの代わりとなる物を見つけてあげる必要がありそうだ。彼だけでなく由紀、悠里、美紀もまた、落ち込んだ様子の胡桃を見てそう考えた…。彼女がこれまでのように戦えるよう、何かしっくりくる物を……今まで相棒として使ってきたシャベルに代わる物を見付けなければ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~

 

翌日、彼女達は朝食を済ませてからすぐに車を走らせ、あまり"かれら"がいなさそうな場所…かつ、胡桃の武器になるような物がありそうな場所を回っていく。小さなコンビニ、もう持ち主のいないであろう空き倉庫など、様々な場所を半日かけて回っていった。そうして日が落ち始め、辺りが暗くなり始めた頃…。彼女達は走らせてきた車を町外れの路上に停め、今日の成果を胡桃へと発表する。

 

 

 

 

由紀「胡桃ちゃん、おまたせっ!さてさて、お待ちかねの発表タイムだよっ!さぁっ、胡桃ちゃんが気に入るのはあるかな~?」

 

胡桃「わざわざこんな形にしなくても、あたしも連れていってくれれば良さそうなヤツを自分で選んだのに……」

 

彼女達は今日一日の間、胡桃の武器となりそうな物を探しに外へと出ていった。最初は胡桃も連れていって彼女自身に選ばせるのが良いと思ったのだが、胡桃は車内に待たせておき、自分らが選んだ物を後で選んでもらう方が面白い!と、由紀が皆に提案してきたのだ。

 

 

 

由紀「だって、こっちの方が面白いじゃんっ!みんなの中で、誰が一番胡桃ちゃんの心を掴むものを選べたかっていうテストになるよ!」

 

胡桃「まぁ……なんでもいいけどさ。とりあえず、危ないところには行かなかったんだろ?」

 

悠里「ええ。胡桃がいない分、警戒しなきゃいけないもの」

 

美紀「"かれら"が少なくて、比較的安全なところばかりを見回っていきました。ただ……それらの場所は選べる物の質があまり良くなくて、それが残念です」

 

胡桃が留守番している間、彼女達を守っていくのは彼一人…。大丈夫だとは思うが、万が一の事があるかも知れない。それを恐れた胡桃は"かれら"が少なく、安全な場所にしか行かないようにと、悠里に釘を刺しておいた。その結果、彼女達は安全な場所だけを巡ったわけだが…美紀(いわ)くそれらの場所にはあまり良いものが無かったらしい。

 

 

 

 

「さっき見かけたホームセンター、あそこなら良いものが見つけられると思うんだけどな…」

 

胡桃「ダメだ。あそこは奴らがウヨウヨいただろ?あたしの武器なんざ探すのに、あんな危険な場所にわざわざ行く必要はない…」

 

「……じゃ、今日持ってきたヤツで我慢してもらいますか」

 

彼がそう言って車内の後方へ向かうと、由紀、悠里、美紀もそれに続く。胡桃の為にと選んできた物は彼女の目に止まらぬよう、今この時までは隠しておいたのだ。

 

 

 

 

 

美紀「じゃあ、まずは私から…。やはり似たような形状、長さの物の方が使いやすいだろうと思い、これを選びました」

 

美紀はまず、誰よりも先にそれを出す…。彼女は胡桃が腰かけている座席の前にあるテーブルの上にそれを置くと、少しだけ自信ありげな表情を浮かべた。

 

 

 

 

胡桃「あ~……バットか…。まぁ、確かに似たような長さではあるな。どっちも鈍器だし…」

 

悠里「正確に言うとあのシャベルは園芸用…。そのバットはスポーツ用…。どちらも鈍器として使うのは正しい使い方じゃないわよ」

 

胡桃「はいはい…わかってますよ…。何はともあれ、まぁまぁ良い感じだ。暫定(ざんてい)一位だな」

 

胡桃は席に座ったままの状態でその木製のバットを掴み、それを手のひらでペチペチと叩いていく。これなら"かれら"相手にもやっていけそうだと頷く胡桃だが、美紀はそんな胡桃の表情を見て申し訳なさそうに口を開いた。

 

 

 

美紀「でも、そのバットは木製ですし…元々かなり使い込まれたものみたいで所々傷んでいるんです…。あまり、長持ちはしないかも……」

 

胡桃「言われれば…確かに傷があるな……。これ、どこで見つけた?」

 

美紀「途中立ち寄った空き倉庫の隅に捨てられてました」

 

胡桃「へ~…」

 

金属バットならまだしも、これは木製…。しかも新品ではないとくれば、あまり耐久性には期待できないかも知れない。ただ、それを踏まえた上でも悪くはない代物だ。胡桃はそれをテーブルの上に戻し、次が出るのを待つ…。すると、今度は悠里がそこへと寄ってきた。

 

 

 

 

 

悠里「私は……これなんだけど…」

 

胡桃「えっと、これはモップ…だよな?」

 

悠里「ええ、モップね」

 

 

胡桃「だよな……」

 

悠里が差し出してきたのは水色の棒の先に紐状の繊維がまるで髪のようにつけられている、よくあるモップ…。渋々ながらも受け取ったそのベッド部分の繊維は元は白かったようだが、幾度となく掃除に使われてきたのだろう…。もはやそれは白ではなく、小汚ない灰色へと変わっていた。

 

 

 

胡桃「……………」

 

悠里「あら、不満そうな顔ね?」

 

胡桃「まぁ…ちょっとな…」

 

渡されたモップは棒の部分がプラスチックか何かで出来ているようでやたらと軽く、耐久性、殺傷能力、どちらも大した事が無さそうだ。こんな物で"かれら"を倒そうにも、上手くいって数体が限度。すぐに壊れてしまうだろう。

 

 

 

胡桃「ん~……まだ美紀が一位だな」

 

悠里「残念…。じゃ、それは掃除する時に使うわね♪」

 

悠里はそう言って胡桃からモップを奪い、車内の隅に立て掛ける。彼女のニッコリとした表情を見るに、あれは最初から掃除用に使おうと思って持ってきたのではないだろうか…。

 

 

 

 

胡桃(ま、正しい使い方されるんならあのモップも本望だろ…)

 

掃除用具が増えてご機嫌の悠里を尻目に、胡桃は次の物を待つ。次に彼女のそばへ寄ってきたのは、やたらとご機嫌な笑顔を浮かべている由紀だった。

 

 

 

 

由紀「ふっふっふ~♪胡桃ちゃん、私が持ってきたやつを見たらきっと驚くよ!みーくんのバットなんか、すぐにポイッてしたくなっちゃうんだからっ!」

 

胡桃「マジか…自信たっぷりだな」

 

美紀「私は由紀先輩が持ってきた物を知ってますが……まぁ、たしかに驚きはすると思いますよ…」

 

由紀は今、両手を背中に回してそれを隠しているが…悠里、そして彼は彼女の背後からそれを覗き込んでニヤニヤと微笑んでいる。二人のその表情、そして美紀の発言から察するに、由紀が持ってきた物がまともな物ではないという事だけハッキリと分かった。

 

 

 

胡桃「ま、由紀だしな。大して期待もしてねぇよ」

 

由紀「ムッ…!その言い方はひどいよっ!わたしが取ってきたすっごいアイテム、欲しくないの!?」

 

胡桃「……見るだけ見てやる。出してみろ」

 

何を持ってきたのかすら確認もせずに『いらない』などと言えば、由紀はヘソを曲げてしまう。仕方なく、彼女が背後に隠しているそれを出すように告げる胡桃だったが……

 

 

 

 

由紀「しっかりお願いしなきゃ見せてあげないもんね~♪」

 

胡桃「ぐっ…!」

 

ニタニタと、まるで子供のような笑みを浮かべ、由紀は胡桃の言葉を待つ。しかし、由紀のその笑みは胡桃の眉間にシワを寄せただけだった。

 

 

 

胡桃「…よし、由紀のは終わりだ。次っ!!」

 

これ以上由紀の相手をしていても仕方がない。そう考えた胡桃は最後の一人、彼をビシッと指差す。すると、由紀は慌てたような表情を見せて彼と胡桃を遮るように間へ立った。

 

 

 

由紀「うわぁっ!?うそっ!うそだよっ!!ちょっとした冗談っ!!まったく胡桃ちゃんったら、冗談も通じないんだから~」

 

胡桃「…………」

 

冷や汗を浮かべて告げる由紀に対し、胡桃は冷めたような目線を向ける。しかし由紀はそんな目線を全く気に止めず、またニヤニヤと微笑みを浮かべてそれをテーブルの上へと置いた。

 

 

 

由紀「わたしのはこれっ!!どう?すごいでしょ~♪」

 

胡桃「な…なんだよ、これ……」

 

由紀がテーブルに置いたそれを見て、胡桃は呆れたような表情を見せる。テーブルの上に置かれたのは長さ三十センチ程の白い棒だが、その先端にはキラキラと輝く大きなハートが付いており、また…ハートの下には天使の羽のようなパーツも付いていた…。

 

 

 

由紀「魔女っ子ステッキだよ!これさえあれば、今日から胡桃ちゃんも魔女っ子になれるの♪どうどう?すごいでしょっ?かわいいでしょっ?」

 

胡桃「ええっと………オモチャだよな?」

 

そのステッキはキラキラとしたハートから天使の羽まで、全てプラスチックで出来ているようだ。誰がどうみても玩具だろう…。当然、こんな物では"かれら"と戦う事など出来ないのだが、由紀はそれを手に持ってニコニコと微笑みながらその凄さを語った…。

 

 

 

 

由紀「これね、ここにあるスイッチを押すと音が鳴るんだよっ!!」

 

カチッ…!

 

 

 

胡桃「………」

 

由紀「……あれ?」

 

ステッキに付いていたスイッチを押す由紀だが、いくら待ってもなんの音も鳴らない。彼や悠里、美紀が後ろで見守る中、由紀は引き続きスイッチを何度も押す…。しかしそれをいくら押した所で、車内に響くのは『カチッカチッ』という音だけだった…。

 

 

 

カチッ!カチッ!

 

 

胡桃「…鳴んないな」

 

由紀「あれっ?あれ~っ??なんでっ!?」

 

美紀「多分ですけど、電池が入ってないのでは?」

 

カチカチとスイッチを押す由紀を見兼(みか)ね、美紀はそっと口を出す。その後、由紀がそのステッキを確認したところ………確かに電池が入っていなかった。

 

 

 

 

 

由紀「りーさんっ、電池あるっ?」

 

悠里「ごめんね…。今はちょっと……」

 

由紀「そっか……。じゃあ仕方ない…音はもう少しの間我慢してね」

 

それだけを告げ、由紀はそのステッキをテーブルに戻す。しかし、胡桃がこれを受け取る訳もなく……

 

 

 

 

胡桃「いらねぇっての!由紀が持っとけ!!」

 

由紀「え~?わたし、これを持つほどお子さまじゃないよっ!!」

 

胡桃「あたしもだよっ!!!…つーか、お前ふざけてるだろ…」

 

由紀「えへへ………わかっちゃった?ほんとはちゃんとしたのを見付けたかったんだけどね、良いのが無くて……。なら、胡桃ちゃんにはかわいいのを持たせてあげようと思ったの♪」

 

胡桃「余計なお世話だ…。ほら、これはお前が持ってろ」

 

ため息一つつき、胡桃はそのステッキを由紀の方へと投げる。由紀はそっと投げられたそれを上手くキャッチすると、どこか嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 

 

由紀「これを振る胡桃ちゃんは見たかったけど…しかたないか。よしっ、また今度、外で電池さがそ~っ♪」

 

受け取ったステッキを小さく振り、由紀はニコニコと笑う。この時、言葉こそ出さなかったが…このステッキは由紀にやたら似合うと…車内にいた全員が思った。

 

 

 

 

 

胡桃「さて、最後はお前だな?」

 

胡桃は由紀の相手を終え、残った最後の一人…彼の顔を見つめる。今のところ美紀が持ってきたバットが最有力候補となっているので、胡桃は彼にもそこそこの物を期待する。しかし、寄ってきた彼は申し訳なさそうに首を横へと振った。

 

 

 

 

「わるい。みんなの周辺をチェックするのにいっぱいいっぱいで、物を探している余裕がなかった……」

 

胡桃「あ~……そっか、なら仕方ないな。まっ、気にすんなよ。辺りへの注意を怠ってまで探すような物でもねーし…」

 

比較的安全そうな場所へ行っていたとはいえ、完全に油断など出来ない。万が一に備えてしっかりと警戒し、由紀達を守っていたからこそ、彼には余裕がなかったのだろう。それは仕方のない事なのだが……

 

 

 

 

 

胡桃(ちょっと、残念だな…)

 

彼は何を持ってきたのか…。心のどこかでそれを楽しみにしていたという気持ちがあったのも事実。しかし、シャベルの代わりになる物を無理して探し、由紀達や…彼自身が怪我などしたら大変だ。とりあえず、これから少しの間は美紀が持ってきてくれたバットでやっていけそうだし、自分も明日からは遠慮なく外へと出られるだろう…。そんな事を思いつつ、胡桃は皆と共に夜を迎えた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~

 

夕食、着替えを終え、就寝時間が訪れる。

明かりを消した車内…それぞれが寝床につき、目を閉じていった。

ここのところ中々寝付けずにいた胡桃もいつしか眠りに落ちたのだが、それはほんの一時間ほどで覚めてしまう…。

 

 

 

 

 

胡桃(…ちょっとだけ眠れたな。シャベルが壊れたショックで気疲れしたおかげか?)

 

相手はシャベルとはいえ、これまで連れ添ってきた相棒だ。それが壊れてしまい、自分は思っていた以上にショックを受けていたらしい。シャベルが壊れてショックを受ける女の子など、自分くらいのものだろう…。そう思うとなんだか可笑しくなり、胡桃は真っ暗な車内で笑い声を漏らした。

 

 

 

 

胡桃(まぁ…シャベルが壊れてショックを受ける女子どころか、生き残ってる人間がいるのかどうかも怪しい世界だからな……)

 

小さく笑い声を漏らした後、不意にそんな事を思ってしまう。いや…生き残っている人達もどこかに大勢いて、いつか自分達を助けてくれるかも知れない。そう信じよう。ネガティブな考えを払うようにして首を振り、胡桃は車内にある狭い寝床から起き上がった。

 

 

 

胡桃(ノド渇いたな…)

 

確か、しまっておいたペットボトルに飲みかけの水があったはず。それを飲んでから寝直そうと考える胡桃だったが、次の瞬間…彼女は驚いたように目を見開く。いつも彼が座りながら寝ているハズの席…そこに彼の姿がなかったのだ。

 

 

 

胡桃「ッ!?」

 

トイレの中を確認してみたが、彼の姿はない…。こんな夜中にどこへ行ったのか…悠里達を起こすべきか…。一人、色々な事を考えてしまう胡桃だが、とりあえずは落ち着いて外へ出てみる事にした。

 

 

 

…ガチャッ

 

悠里達を起こさぬよう、ゆっくりとドアを開け、車外へ降りる。彼は外の空気を吸いに行ったのかも…そう思って外に出た胡桃だが、車の停めてある路上周辺にも彼の姿は無かった…。

 

 

 

 

胡桃(ったく!どこ行きやがった!!?)

 

今夜は空に雲がなく、星の明かりが良く届く。おかげでいつもより辺りを見回せるが、昼間と比べると当然ながら視界が悪い。やはり、悠里達を起こした方が良いかも知れない…。そう思い始めたその時だった。

 

 

 

トットットッ……

 

道の先…星明かりでも照らしきれぬ暗闇の向こうから、誰かがこちらへと駆け寄る足音のようなものが聞こえる…。"かれら"は走れないので、恐らく、生きている人間だろう。微かに身構えた状態で胡桃がそちらを見続けていると、現れたその人物は外に立つ彼女を見て驚いたような声をあげる。

 

 

 

「……っ!?そこで何してんの?」

 

暗闇の中で足音を鳴らしながら寄ってきた人物は、胡桃の探していた彼だった。彼はどこか遠くから駆けてきたようで微かに息を乱していたが、胡桃はそんなのもお構いなしに彼のそばへズカズカと歩み寄り…

 

 

バシッ!!

 

 

「いたっ!?」

 

振り上げた右手で、その頭を思いきり叩く。急に頭を叩かれた事に彼が戸惑う中、胡桃は真剣な表情を向けた。

 

 

 

胡桃「何してるってのはあたしのセリフだ!こんな夜中にどこ行ってた!?」

 

「ごめんごめん…。夕方に見かけたホームセンター…そこに行ってた」

 

胡桃「はぁっ!?何の用があって―――」

 

こんな夜中に一人で出ていった彼の行動が信じられず、胡桃は怒声にも似た声を出す。すると、彼はそんな声を遮るようにして右手に持っていたそれを彼女の前へと差し出した。

 

 

 

「ほい、どうぞ」

 

胡桃「!?……これっ、取ってきたのか…?」

 

「まぁね…。同じのがあって良かったよ…」

 

彼が右手に持っていたのは、一本のシャベル…。しかも、それは胡桃が使っていたあのシャベルと全く同じ型。違いと言えば、このシャベルは新品らしく、先端のさじ部がキラキラと輝いている事くらいだろうか…。

 

 

 

 

胡桃「…………」

 

それをそっと受け取り、胡桃はその重さ、持った心地などを確認する。やはりこれはあのシャベルと同じ型らしく、持った感じもいつものそれとほぼ同じだった。

 

 

「やっぱり…胡桃ちゃんにはシャベルが一番似合うな。ああいう所ならシャベルくらいあるかなと思ったけど、大当りだった」

 

胡桃「お前が行った場所って、結構危ないところだっただろ…」

 

「まぁ…そこそこ」

 

夕方、走る車の中から見たホームセンターの付近には結構な数の"かれら"がうろついており、安全とは言えない場所だった。シャベルを持っている胡桃と一緒だとしても、余程の事が無ければ入るのは避けたい場所だ。しかし、彼はただのシャベル一本の為、夜間にそんな場所へ…一人で向かったのだ。

 

 

 

 

胡桃「…こんな危険なこと、もう二度とするな!」

 

「あ~……怒ってらっしゃる…?」

 

胡桃「当たり前だっ!!あんな場所に一人で!こんな夜中にっ!!シャベルだけを取りに行ったんだぞ!!?バカ丸出しだろっ!!」

 

「いや…夜になってからは夕方より、奴らの数も減ってた。だからそこまで危険な場所だったわけでも――」

 

胡桃「怪我でもしたらどうすんだよっ!このバカッ!!」

 

その浅はかな行動が許せず、受け取ったシャベルを胡桃がそのまま振り上げると、彼は焦ったように冷や汗を流していく。彼が席から消えていたのを見た時、胡桃は本当に心配した。まさか、夜中にシャベル(こんな物)を探しに行っていたなんて…。それがどれだけ危険な行動だったかを自覚していない彼を思いきり殴りたくなる胡桃だったが、彼女はシャベルをそっと下ろして落ち着く事にした…。

 

 

 

 

胡桃「はぁ…っ………まぁ、無事だったならいいよ………」

 

「心配かけたのは…ごめん。悪かった。でも、胡桃ちゃんがシャベルを持っていないとなんか落ち着かなくてね…」

 

胡桃「これは…ありがたく受け取っておくけどさ、ほんとに今回限りだぞ?また同じ様な事したら、本気でぶん殴るからな?」

 

「はいはい…(おお)せのままに…」

 

彼はニコニコと微笑み、反省したのかしていないのかよく分からない表情を見せる。そんな表情を見た胡桃はまた呆れたようにため息をつき、そばにあったガードレールの上へと腰を乗せた。

 

 

 

 

胡桃「でも…そうだよな。みんなもさ、代わりになる物とかじゃなくて、最初からシャベルを探してくれれば良かったのに……」

 

彼に貰ったシャベルを眺め、胡桃はボソッと呟く。由紀達が探してきた物は"シャベルの代わりになる物"というテーマだったが、そんな物ではなく、他の"シャベル自体"を探してくれれば済んだ話なのだ。

 

 

 

「まぁ、胡桃ちゃんに色々な物を持たせてみたかったんだろうね…」

 

胡桃「…楽しんでた…ってことか?」

 

「そういうこと…。由紀ちゃんとか特にね」

 

そう言われて、胡桃もようやく気付く。思い返せば、シャベルの代用となる物をまともに探してきたきたのは美紀だけ…。悠里と由紀…特に由紀の方は、完全にあの状況を楽しんでいた。

 

 

 

 

胡桃「…ま、みんなが楽しめたなら良いや…」

 

「ああ…そうだね」

 

毎日を生き延びていくのすら大変な世界だ…。こうして、楽しめるところで楽しまないと心がダメになる。自分に持たせる物を探してくるという事がちょっとしたイベントのようなものになり、皆が楽しめたなら…シャベルを壊したのも無駄ではなかったのだと思い、胡桃は『ふふっ』と笑った。

 

 

 

 

胡桃「しかもっ!最後にはこうして新品をゲットしたしなっ!!」

 

「また、存分に使ってやって下さいませ」

 

胡桃「もちろんっ。ビシバシ使って手に馴染ませるさ」

 

新しいシャベルをギュッと握り直し、胡桃はガードレールから腰を下ろす。そうして彼と共に車へと歩み寄る中、彼女はピタッと立ち止まった…。

 

 

 

 

胡桃「くどいと思うかも知れないけどさ…あと一回だけ言っておく…。もう、勝手にいなくならないでくれよ……」

 

「……ああ、分かったよ」

 

胡桃が振り向きながら真面目な表情で告げると、彼は首を縦に振る。そんな彼を見た胡桃はニコッと微笑み、車の中へと戻った…。

 

 

 

 

 

 

 

 

胡桃(シャベルなんかより…お前の方がずっと大事なんだから…)

 

この思いはまだ、恥ずかしくて口に出せない。

いつか、ハッキリと伝えられる日が来るのだろうか…。

 

 

 

彼と共に車内へ戻った胡桃はそんな事を考えつつ、また眠りについた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~

 

 

 

 

 

由紀「あ~っ!!?胡桃ちゃんのシャベルが直ってるっ!?」

 

翌朝、目覚めた由紀は胡桃が当たり前の顔をしながらシャベルを持っている事に驚き、騒がしい声をあげる。彼女だけでなく、美紀や悠里もまた、それに驚いていた。

 

 

 

悠里「それ、直したの…?」

 

美紀「シャベルの修理が出来るなんて…さすが胡桃先輩です」

 

胡桃「いくらあたしでも修理なんか出来ないって…。これはその…今朝、近くの道に落ちてたんだ」

 

本当の事を話せば彼が悠里に怒られてしまうと思い、胡桃は咄嗟に出任せを言う。由紀、悠里、美紀の三人は思いの外、その出任せを信じてくれたようだ。

 

 

 

美紀「同じやつが落ちてたなんて、運が良いですね」

 

悠里「やっぱり胡桃ぐらいになると、シャベルの方から寄ってくるのかしら?」

 

由紀「おおっ!胡桃ちゃんはシャベルにモテモテなんだねっ!!」

 

胡桃「シャベルにモテても、あまり嬉しくはないけどな…」

 

由紀の発言に対して苦笑いしながら、胡桃は彼の方へと目線を移す。窓際の席に座っていた彼は胡桃の目線に気付くと、騒ぐ由紀達を見て楽しそうに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

胡桃『形あるモノはいつか必ず壊れる…それはよく分かってる。でも、みんなとキミの笑顔だけはずっと…いつまでも、そのままでいてほしい…。近い内、あたしが壊れてしまったとしても…ずっと変わらずに』

 

 

 

 

 

 

 

 




ちょっとだけ、しんみりとした終わり方になってしまいましたね(汗)
しかし、結局は胡桃ちゃんのシャベルも新品に変わり、ハッピーエンドといったところでしょうか(*^_^*)

玩具のステッキを振り回す胡桃ちゃんとかも、個人的には見たかったですけどね(笑)まぁ、その役目は由紀ちゃんに預けますっ!!

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