軌跡〜ひとりからみんなへ〜   作:チモシー

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百六十七話『こいばな』

 

 

 

 

「凄いどしゃ降りだな」

 

学園生活部の皆が談話室でのんびり休んでいる中、彼は窓の外を眺めて呟く。時刻はまだ昼を少し過ぎた辺りなのに外は夕方のように薄暗く、風に流された横殴りの雨が窓をポツポツと叩いていた。

 

胡桃「今日は庭で軽い運動でもと思ってたのに、この雨じゃ無理だな」

 

悠里「…じゃあ仕方ないわね、このまま皆でお勉強でもする?」

 

胡桃「あっ……いや待てよ。ほら由紀、前にキャッチボールした部屋覚えてるか?あの部屋かなり広かったし、雨の日は庭じゃなくてあの部屋を運動場代わりにするのも良さそうだよな?」

 

胡桃は屋敷内のとある部屋の事を言っていた。この談話室やリビングスペース、そしてそれぞれが就寝時に使わせてもらってる部屋よりも更に一回り広いのに物は殆ど置いておらず、がらんとした部屋。彼女は何日か前、今日と同じ様な雨の日にそこで由紀とキャッチボールした事を思い出す。あそこは広くて無駄な物もないので、軽い運動くらいなら可能なハズだ。

 

 

由紀「ん〜、そうだね!りーさん、私も雨の日はあの部屋使えば大丈夫だと思うよ」

 

悠里「そう…?本当に大丈夫かしら………」

 

住まわせてもらってる身でありながらあちこちの部屋を使うのはどうかと思う悠里だが、この屋敷の主である柳は以前、『殆どの部屋は自由に使ってくれて構わない』と言っていた。なら、変に遠慮はしなくて良いのかも知れない。悠里は多少悩んだが、その後も胡桃と由紀に説得されて最終的には折れ、今日はその部屋で軽い運動をする事にした。

 

幾ら広いといっても室内で走り回るのは気が引けるので少し腕立て伏せしたり腹筋運動をしたり、後は由紀のリクエストに応えてキャッチボールをしたりといっただけの本当に軽い運動だったのだが、悠里はそれだけでも微かに息切れを起こしてしまう…。

 

 

悠里「はぁ…はぁ………体力、もっとつけなきゃダメね…。美紀さんは大丈夫なの?」

 

美紀「少し疲れましたが、まだ平気ですよ」

 

悠里「そう……意外と体力あるのね…」

 

部屋の隅でそんなやり取りをする悠里と美紀をそばから眺めていた彼はふと思う…。悠里はただ体力が無いというだけでなく体の一部に………もっと言うと胸に大きな重り同然の立派な物が存在しているから、余計に体力を使うのではないかと…。当然、こんな事は心の中でしか言えない。直接口に出したら悠里にも…他のみんなにも怒られる可能性があるから。

 

その後、幾らかの時間が経過して室内での運動を終えた後は各自適当に自由時間を過ごす事となったのだが、ここで悠里がある事を提案した。それは悠里、美紀、胡桃、由紀…そして今は別室にいるであろう真冬も誘って女子だけでお喋りしよう、というものだった。

 

由紀「お〜!!いいね!女子トークってやつ?やりたいやりたいっ♪」

 

胡桃「じゃあ久々にやるか。残念だったな、男子は抜きだってよ」

 

胡桃はからかうようにニタニタと笑い、隣にいた彼の肩をツンツンと小突く。

 

 

「ま、ちょうど眠たくなってきてたし、僕は一人昼寝でもしてるよ」

 

女子限定の話…興味が無いわけではないが、混ざるわけにもいかない。

彼はあくび一つするとみんなと別れ、言った通り自室で昼寝をする事にした。

一方、悠里達はというとちょうど廊下を歩いていた真冬を捕まえてそのまま悠里の部屋へと向かっていく。道中、適当なお菓子と飲み物も幾らか確保して部屋に入った彼女らは突然の事に戸惑っている真冬に事情を告げ、女子だけの時間を始めた…。

 

 

真冬「…事情は分かったけど、女の子だけで話す事って何…?」

 

美紀「わ、私に聞かれても………」

 

真冬がそっと尋ねてくるが、美紀はどう答えるべきか分からない…。

困った美紀が向かいに腰を落としている悠里に視線で助けを求めると、悠里はニコッと微笑んだ。

 

悠里「そうね、女の子だけで話す事と言ったら……定番なのは恋愛話よね?」

 

頬に手を添えながらニヤニヤと微笑む悠里…その視線は美紀と真冬に向けられた後にじっくりと移動し、やがて悠里の隣に座っていた胡桃の瞳へと向けられる。

 

胡桃「…なんであたしの方見ながら言うんだよ…?」

 

悠里「だって、胡桃もそういう話は好きでしょ?それに……恋愛関係の話と聞いて何か報告する事とかない?」

 

胡桃「ほ、報告する事って…………」

 

笑顔の悠里がヌッと近付き、胡桃の心拍数が一気に上がる…。

報告する事……それはつまり、彼と付き合い始めた事についてだろうか…?そうだとして、何故悠里がそれを知っている?胡桃は咄嗟に美紀へ視線を向けるが、美紀は慌てた様に首を横に振り『私は何も言ってません』というアピールをしていた。

 

 

悠里「あら?その様子だと美紀さんも気付いてたのかしら?」

 

由紀「…え?なになに?何のこと?」

 

美紀の反応を見た悠里は何かを察し、由紀が二人に視線を向ける。

悠里の発言を聞いた美紀はだんだんと顔が赤くなっていく胡桃を目の当たりにして何だか気まずくなってしまい、紙コップに注いだジュースを無言でちびちびと飲む…。

 

 

悠里「本人の口から言われるまで放っておこうと思ったけど、中々言ってくれないんだもの。ねぇ胡桃、そろそろ良いんじゃない?こういうのって明るいニュースなんだから」

 

胡桃「そ…そんな事言われても、なんの事か……」

 

悠里「最近、彼といる時間多くなってるでしょう?ふとした時の距離が近くなってるような気がするし、ここのところ胡桃の顔色がパァッと明るくなったから、もしかして……って思ってるんだけど」

 

確信に近いものを感じているのだろう…悠里は微笑みを崩さぬまま胡桃を凝視し、追い詰める。彼との事を聞かれてもすぐに反論はせず、オドオドしながらただ顔を真っ赤にしてる胡桃のその反応が全てを物語っていた。

 

 

由紀「…どういう事かな?」

 

今一つ話について行けない由紀は真冬の横に移り、真冬に問う。

真冬はニヤニヤ状態の悠里、無言のままジュースを飲む美紀、赤面状態で狼狽(ろうばい)する胡桃を順に観察した後でここまでの会話を思い出し、一つの答えを導き出す。

 

真冬「胡桃………赤ちゃん出来た………?」

 

胡桃「なッ…!?!?!?!?」

 

尋ねた途端、胡桃は大口を開けたまま固まり、耳まで赤くする。

美紀は飲んでいたジュースを噴き出して咳き込み、悠里は下を向いてクスクスと笑い出す。

 

 

胡桃「そ、そんなわけねぇだろっっ!!!!!!!」

 

真冬「あぁ、やっぱり違った…?ごめんごめん…」

 

美紀「げほげほっ!!げほっ!!!ごほっ!!!」

 

由紀「みーくん大丈夫??」

 

美紀は咳き込みながらも溢したジュースをタオルで拭い、由紀はそんな彼女の背を擦る。真冬も美紀の背を数回ポンポンと叩いた後、『冗談冗談』と呟いてニヤリと笑ったが胡桃は相変わらず真っ赤な顔だ。

 

その後少しして美紀の咳が落ち着いた頃になると胡桃も落ち着きを取り戻し、周りにいる全員の顔を一人ずつゆっくり見回すと、最後に悠里を見つめてため息をつく。

 

 

胡桃「で、りーさんはあたしに何を言わせたいんだよ」

 

悠里「ふふっ、最近、彼と何かあったのかな〜って♪」

 

胡桃「何かあったのかって……別に……」

 

そっぽ向いて呟いてみても、悠里はただニコニコと微笑みながらこちらを見ている…。彼女の視線が自分に向けられたまま動こうとしない事に気付いた胡桃はまたほんのり頬を赤く染め、微かに顔を俯ける。

 

胡桃「前より少しだけ…仲良くなった………それだけだよ!」

 

みんなの前で打ち明けるのは恥ずかしくて“付き合う事になった”というふうには言えなかった…。が、その回りくどい答え方でも悠里達は察したらしく、胡桃を見ながら瞳をキラキラと輝かせる。

 

 

悠里「もっとハッキリ言っちゃえば良いのに、胡桃ったら照れてるの?」

 

胡桃「うるさいっ…」

 

悠里「あらあら、照れちゃって可愛い〜♪」

 

悪戯な笑みを浮かべる悠里に対し、胡桃はそっと右手を伸ばす。

彼女はそのまま悠里の頬をペシッと叩いて反撃したが、余程照れてしまっているのか……その手には殆ど力が入っておらず痛くも痒くもない。

 

悠里「けど、そんなに照れる事もないのに。わりとバレバレだったわよ?」

 

胡桃「なっ!?ウソつけ!!」

 

悠里「嘘じゃないわ。だって胡桃、最近夕飯終わるとすぐ彼の部屋に遊びにいってるでしょ?朝だって二人一緒にいること多いし、話してる時もやたらと楽しそうな表情してるもの」

 

そう指摘された胡桃は大きく開いた目を丸くして悠里から視線を逸らし、恥ずかしげに身を揺らす。胡桃と彼は以前からもわりと仲は良かったが、最近になってまた一層親しくなっているという事に気付いていた者は多かったようだ。

 

 

胡桃「真冬も気付いてたか…?」

 

真冬「えっ…?まぁ……なんとなく…?」

 

胡桃「…由紀は?」

 

由紀「う〜ん、よく分かんないかな。だって彼と胡桃ちゃんってもう結構前から仲良しさんだったでしょ?」

 

胡桃「そうか…?ああもう、何かすげぇハズい……」

 

周りから見た際、自分はそんなにも彼と仲良くしてたのだろうか…。

付き合い始めてからはともかく、その前まではただの友人として普通に接してきたつもりだったのだが……。

 

 

由紀「え?という事はつまり…胡桃ちゃん、彼と付き合ってるの!?」

 

とうとう由紀も会話に追い付き、目を輝かせる。胡桃は何も答えず無言で顔を背けたが由紀は真正面に回り込み、胡桃の両肩に手を乗せてピョンピョンと跳ねる。

 

由紀「すごいすごいっ!!青春って感じ!!!ねぇ、どっちから告白したのっ!?胡桃ちゃんは彼のどういうところが好きなのっ!!?」

 

悠里「あ、それは私も気になるわ〜♪」

 

胡桃「なっっ…!!どうでも良いだろそんなことっ!!!」

 

付き合っているという事が明かされただけでもかなり恥ずかしいのに、これ以上は耐えられない。胡桃は由紀を払いのけるが完全に逃れる事は出来ず、その後も由紀と悠里にあれこれ質問責めされる事となった…。

 

 

 

 

 





そういう事で、彼と胡桃ちゃんの関係は学園生活部+真冬ちゃんに知れ渡りました。これからはこっそりとではなく堂々とイチャイチャ………は、しないと思いますが、これからも引き続き二人の関係に注目してもらえたら嬉しいです(*^▽^*)


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