軌跡〜ひとりからみんなへ〜   作:チモシー

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お久しぶりです!!生きてます!!!
また久々の更新となってしまいました、申し訳無い…(汗)


百六十五話『すき』

「……平和だな〜」

 

屋敷の屋上にあった座椅子に腰を下ろしながらよく晴れた空を見上げ、彼はポツリと呟く。暖かな陽射しを浴びながらのんびりしている彼の後方では悠里達が菜園場に集って作物の手入れをしながら、楽しげな雰囲気で騒いでいる…。その楽しげな声を聞きながら空に向けていた視線を前へと向け、屋敷の外側…住宅地の方を見ると遠目でも"かれら"の存在をチラホラと確認する事が出来た。外の世界は相変わらずあんな調子だが、少なくともこの屋敷の中は平和でほのぼのとした空間が広がっている……今はそれだけで充分だ。

 

胡桃「お〜い、いつまで休憩してんだ?そろそろ手伝えよ」

 

「あ〜…はいはい」

 

椅子から離れて休憩を終え、彼も作物の手入れを手伝う。

屋敷屋上にある小さな菜園場の土の中には少し前に悠里が色んな野菜の種を植えたらしく、芽が出て順調に成長を始めているものが幾つもあった。

 

悠里「この辺は済んだから、あなたはあっちの方に水あげてきてくれる?」

 

「了解です」

 

水の入ったジョウロを受け取り、悠里に指示された通りの場所に水を撒く。今日はこうして彼や胡桃、由紀と美紀も一緒に作業をしているが、普段は悠里が一人でのんびり世話をしている事が多いようだ。

 

 

美紀「言ってくれればいつでも手伝いますからね」

 

由紀「そうそう!お手伝いならまかせてよ!!」

 

悠里「ふふっ、ありがとう。けどこういう仕事は慣れてるし、結構楽しんでいるから平気よ。……でも、たまにはこうしてみんなと一緒にやるのも楽しいわね」

 

巡ヶ丘の学校でもよくこうしてみんなと屋上菜園の手入れをしたなと、そんな事を思い出して悠里は笑う。また落ち着いてきたら、お世話になったあの学校を綺麗にしに行ったりもしたいものだ。

 

 

悠里「……よし終わりっ!みんなお疲れ様♪」

 

軍手をしている両手をポンッと合わせ、作業を終える。

今日は陽射しが強いのもあって皆結構疲れたらしく、額に流れる汗を拭いながらため息をついてニコニコと笑った。

 

胡桃「ほい、お疲れっ」

 

「ああどうも」

 

予め屋上の隅に用意していたクーラーボックスに手を伸ばした胡桃はその中から二つのボトルを手に取り、一つを彼へと渡す。保冷剤が詰められたボックスにしまわれていたボトルはよく冷えており、彼はそのボトルに入っていた水を一気に半分程飲んで一息つく…。その隣にいる胡桃も、そして他のみんなもそれぞれボトルを手に喉を潤していた。

 

 

胡桃「…あっ、あのさ……」

 

「ん?」

 

胡桃「作業始める前の事なんだけど………いや、やっぱいい、また後で話す」

 

由紀達に聞かれないようにしているのか、胡桃は彼女らの事を横目でチラチラと見つめながら小声で話し出す。しかし胡桃はその話を途中で止めると彼のそばを離れ、由紀達の方に歩み寄って彼女らと談笑を始めた。いったい、何を話そうとしていたのだろう…。

 

胡桃が話そうとしていた事の内容が気になるが、後で聞けるのならそれまで待つだけだ。その後、彼は由紀らと共に屋敷の中へ戻り、約一時間後…外の探索から戻って来た圭一、穂村、真冬を談話室で迎えた。今日は珍しく、三人で出ていたらしい。

 

 

悠里「お帰りなさい。怪我とかしてないですか?」

 

真冬「うん、全員無事……。残念なことに穂村も無事…」

 

穂村「おい!なんで俺が無事だと残念なんだよ!?」

 

帰ってきて早々に言い合う真冬と穂村だったが、この二人にとってこれは挨拶みたいなもの…だと思う。二人があれこれ言い合い、他の者がそれを眺めながら苦笑する中、一人静かにソファへと座った圭一のそばに美紀が歩み寄る。

 

 

美紀「今日の外出、柳さんに頼まれたんですか?」

 

圭一「……いや、違う」

 

圭一、穂村、真冬…この三人は少し前まではよく三人で外出していたようだが、由紀達がこの屋敷に住むようになってからバラバラで行動する事が多かった。たまに三人で出掛ける時があるとしたらそれは柳に頼まれて何かを調べたり探したりする時だったのだが、今日は違ったらしい…。

 

 

穂村「ほら、ちょっと前にお前と狭山が巡ヶ丘の高校行った時、他の生存者に出会(でくわ)しただろ?」

 

穂村が彼の事を見ながら言う。

その言葉を聞いた彼が無言で頷くと穂村は更に話を進めた。

 

穂村「そこで会った女…知花咲は前に俺らとも会ってる。

見た目は大人しそうなヤツだが、実際は………」

 

圭一「…実際はかなり面倒なタイプだ。普段は猫被っているみたいだが、ああいうヤツは放っておくと後で鬱陶しくなってくる。だから早い内に見つけ出して対処しておこうと思ったんだが……」

 

……結局、見つけられなかったのだろう。

どこにいるかも分からない人間一人を見付けるなんて大変な事なのだから、当然といえば当然だ。まず、あの知花という女がまだこの街にいるという保証もない。

 

 

悠里「あの、対処というのは………」

 

圭一「“殺す”…という意味だ」

 

美紀「!?そ、そこまでする必要あるんですか…?」

 

危ない雰囲気の女だと聞いてはいるが、流石にそれはやり過ぎなのではと美紀が言う。しかし圭一はそんな美紀を一瞥し、ため息をついてから話を続けた。

 

 

圭一「どういうわけか知らないが、あの女は俺達の事を知っている。初めて会った時はそんな素振(そぶ)りは見せなかったが、この前の学校での一件では柳の事も知っている様な発言をしていたらしいからな…」

 

真冬「…うん、多分ボクと圭一さんと穂村の事も、柳さんの事も、それに由紀達全員の事も知っている。ほんと、どうやって調べたのかは分かんないけど……でも、イヤな感じがする」

 

圭一「と、そういうわけだ。ああいう得体の知れないヤツはとっとと消しておいた方が良い」

 

美紀も悠里も、由紀も胡桃も重苦しい表情をして話を聞いていく。

見たところ真冬も圭一の意見に賛成しているらしいが………。

 

 

穂村「何かあってからじゃ遅い……って事だな。まぁあの女が何かしてきても俺がどうにかするんで、りーさん達は安心しててオッケー♪」

 

まだ細かな事は分からないが、その知花という女がもし本当に危険な人物だった場合、そのくらいの対処は仕方の無い事なのだろうか…。みんなを守る為なら、そのくらいの事は………。それぞれが様々な事を考える中で時は経ち、その日の夜――――――

 

 

 

 

胡桃「わりぃ、ちょっと邪魔するぞ」

 

体操着にジャージを羽織った姿で現れた胡桃は就寝前に彼の部屋へと寄り、室内にあった椅子に座る。彼はその向かいにあるベッドの上に腰を下ろして胡桃と向かい合い、彼女の話に耳を傾けていた。どうやら胡桃は、今日の作業中に言いそびれた事を話に来たらしい。

 

「それで、何の話?」

 

胡桃「ええっと、その………んんんんん〜………」

 

胡桃は椅子に座ったまま片手で頭を抱え、苦い表情をして呻く。

言いづらい話なのだろうか………なんて思って待っていると彼女は観念したかのように彼と視線を合せ、気まずそうに苦笑する。

 

 

胡桃「あたしらが付き合ってる事、美紀に気付かれてたっぽい…」

 

「……ほんと?」

 

胡桃「うん…ほんと…。なんかさ、最近あたしらが前よりも仲良くしてるように見えたらしくて、今朝聞かれたんだ………先輩と何かあったんですか?ってさ…。その時の美紀の目、こっちの事なんて全部お見通しって感じでさ…誤魔化さず正直に話しちゃった…」

 

「そうか…まぁ、良かったんじゃない?隠し続けるのも何か悪いし」

 

胡桃「そうだけど……そうだけどさ〜〜………」

 

美紀は結構鋭くて観察力もある。だからこそ、彼と胡桃の関係が変化した事にいち早く気が付いたのだろう。だがしかし、彼女にそれを見抜かれた胡桃はどこか納得がいっていないらしく……

 

 

胡桃「あたし、これでもバレないように振る舞ってるつもりだったんだぞ?付き合い始めた次の日だって普段と変わらない様にお前と接してたし、最近だってそうだ…。お前と二人きりの時だって誰に見られてるか分かんないから気を抜かずにいたのに、美紀のやつどうして………」

 

『あたしは何時だって気を抜かなかった……となれば、美紀にバレたのはお前のせいじゃないか?』と、そう言いたげな目で胡桃は彼を見つめる。

 

 

「いや、こっちだってこれまで通りにしてきたよ。多分、美紀の観察力が凄いだけだって」

 

胡桃「んん〜……そうなのかな……」

 

「そうそう。…で、美紀は何て?」

 

胡桃「やっぱりそうだったんですね。って言って笑ってた…。んぁぁ〜!もう少し黙ってられると思ってたんだけど、こうもあっさり見抜かれると何か余計にハズい!!美紀の事だから、勝手に言いふらすような事はしないと思うけどさ〜」

 

頭を抱えたまま両足をバタバタと揺らし、胡桃は軽く悶え出す。

いずれは皆にバレる…というか打ち明ける時が来るのだから、そう悩む事でもないのに…。と、彼はそんな事を思いながら胡桃を見つめる。けれど胡桃はその視線に気付かず、一人俯いてブツブツと呟き始めた。

 

 

胡桃「気付かれないようにしてたつもりなんだけどな…」

 

予定よりも早く美紀にバレてしまった事が恥ずかしかったのか、頬がほんのり赤くなっている…。確かにここ最近の胡桃は皆のいるそばで彼と話す時、これまでと変わらない態度で接してきていた。そうまでしても二人の関係がバレたのはやはり、美紀の観察力が凄かったからとしか思えない。

 

 

(けど、胡桃ちゃんも変に気を使いすぎなんだよな…。みんなの前では仕方無いにしても、二人きりの時くらいはもう少し恋人らしくしても良いと思うんだけど)

 

というか、して欲しい…。もっと恋人らしくして欲しい。

付き合い始めてもう何日も経っているのに、胡桃と恋人らしい交流が出来た試しがない。冗談混じりにキスしようと言えばそういうのはまだ早いと言われて逃げられるし、手を繋ごうとしても上手くいかない。付き合ってみて分かったが、胡桃は想像以上に照れ屋で手強い…。

 

 

胡桃「ま、済んだ事をウジウジ言ってても仕方無いか…。言いたかった事ってのはこれで終わりだから、とりあえず部屋に戻るよ。また明日な」

 

話す事だけ話して、胡桃は部屋を出ていこうとする。

椅子から腰を上げ、こちらに手を振りながら部屋の出口へと向かう彼女を見た彼は思った…。このまま見送って良いのか。このまま帰してしまって良いのか…。せっかく彼女が自分の部屋に来ているのだから、もっと色々あっても良いのではないだろうか。少しでも恋人らしい事をしたいのなら、今はチャンスではないだろうか。

 

「…ちょっと良い?」

 

胡桃「ん、何?……うぉっ!!?」

 

部屋から出ようとする胡桃を追った彼は彼女の左手を掴み、そのままベッドの前へと引っ張っていく。胡桃は戸惑いの表情を浮かべこちらを見ていたが、彼はそんな彼女を見つめ返してからベッドの上に押し倒し、すぐにその上へと覆い被さった。

 

 

胡桃「ちょっ…!!?ちょっ……何してっ…!!!」

 

仰向けで倒れる胡桃の両手両足を自分の手足で押さえ込み、身動き取れないようにして彼女を見下ろす。数十センチと離れていない距離から見た彼女の顔はすぐ真っ赤に染まり、その表情を見ただけで思わず胸が高鳴る。胡桃は押さえつけられている手足を数回ジタバタと揺らしたが、振り解く事が出来ないと知って段々大人しくなり、最後は潤んだ目で彼を見つめる…。

 

 

「……………」

 

胡桃「っ…………ぅ……」

 

無言のまま見つめ合い、何秒か経つ…。

突然彼に押さえ込まれた事で胡桃は困惑していたが、同じ時、彼もまた困惑していた…。何故なら、これはちょっとしたじゃれ合いのつもりだったから。帰ろうとした彼女を押さえ込んだ後、『何してんだ!離せっ!!』と一頻り怒られてから冗談だと言って謝ろうとした。せっかく付き合う事になったのだから、たまにはこんな悪ふざけくらいしても良いだろうと思ったのだが………想定していたよりもずっと、胡桃が大人しい。本当ならここでもっと強く抵抗してきたり、顔を赤らめつつも怒鳴ったりして怒ってくるハズなのに……………

 

 

(これは……困った…)

 

胡桃はもう、抵抗する気配すら見せていない。

紫がかった綺麗な瞳を潤ませ、こちらをジッと見ている…。

本当に凄く綺麗で、宝石みたいな瞳…。唇もうっすらとピンク色でとても女の子らしい。化粧などしてないだろうに、とても可愛くて、整った顔をしている。可愛い女の子だという事は知っていたが、改めて見てみると本当に可愛くて、胸がドキドキとしてくる………。

 

次の一手に困った彼はとりあえず右手を伸ばし、胡桃の頬をそっと撫でてみた…。指の背で、軽く触れるように撫でていくと胡桃はピクッと震えたがやはり抵抗はしない。真っ赤な頬は柔らかく、温かい。その感触がクセになり、彼は数回そこを撫で続けた…。すると元より赤かった頬が、更にジワジワ赤くなっていく…。

 

 

「あの…胡桃ちゃんさ………」

 

胡桃「……ん……」

 

頬を撫でながら彼女に語りかける。

彼女と付き合うことになって数日経ったが、彼には気になる事があった…。そして、それを本人に確認するには今がチャンスだとそう思った。

 

 

「僕のこと好き?」

 

胡桃「えっ?な、なんでそんなこと……」

 

「この前ふと思ってさ。そう言えばまだ、胡桃ちゃんの口からそういう言葉を聞いてないな〜って……」

 

恋人になったは良いが、まだそれらしき事は出来ていない。いや、それどころかまだ胡桃の口から直接“好き”という言葉を聞かされていない…。一度その事実に気付いたらもう我慢が出来ず、彼は胡桃にその言葉を求めるが…………

 

 

胡桃「そ、そんなの言う必要ないだろ…!!

キライなヤツと付き合うわけないんだからっ……」

 

「まぁ、それはそうなんだけど……」

 

ハッキリ伝えるのが恥ずかしいのか、胡桃は彼に押さえられたまま顔を横へと背けてしまう。今の言葉から察するに胡桃は彼の事を嫌いではなく、好きという感情をしっかりと(いだ)いているようだが、彼はまだ納得しない…。

 

「やっぱり、ちゃんと言葉で伝えて欲しい。

僕は胡桃ちゃんの事が好きだ。もうどうしようもないくらい好きで好きで堪らないんだけど、胡桃ちゃんは僕のことをどう思ってる?」

 

手を頬に添え、横へ向いてしまった顔をこちらへ向けさせる。

好きという言葉を間近に聞かされたのが効いたのか、胡桃の顔はまた一段と赤くなっているように見える……。真っ赤な頬、潤んだ瞳、微かに荒くなる呼吸………胡桃がかなり緊張してしまっているという事は容易に理解出来たが、彼は彼女を逃したりはせず、その顔を真っ直ぐに見つめて言葉を待った。

 

 

胡桃「っ………く………………」

 

何十秒か経った頃、胡桃は押さえつけられた手足を微かに動かしつつそっと口を開く…。そして、彼の目をチラッと見つめ返してからすぐに瞼を閉じ、耳まで真っ赤に染めて言い放つ。

 

 

胡桃「…好き…だよ……………大…好きっ………」

 

小さな声だったが、彼は確かにそれを聞いた…。

本当はもっと大きな声で繰り返し言って欲しいと思っていたが、たとえ小さな声でも実際に言われてみるとそれは想像以上に響くものがあり、言いようの無い満足感が心を満たしていく…。

 

胡桃「言った……ちゃんと言ったから…もう良いだろ…?」

 

「………んん」

 

胡桃の口からその言葉を聞けた。今はそれだけで満足だ…。

彼は胡桃の上から離れ、彼女を自由にする。胡桃は少ししてから起き上がるとベッドの上に座ったまま何度かため息をつき、恥ずかしそうに頭をガシガシと掻いていた。

 

胡桃「あ〜もう………あ〜〜!!もうっ!!!

な、なにニヤニヤしてんだよ!!!」

 

彼女がこちらに向けて好きだと言ってきた際の事を思い出すだけで、自然と頬が緩んでしまう。なんて可愛くてイジり甲斐のある娘なのだろう…。未だ微かに潤んでいる瞳でこちらをキッと睨み、肩をバシバシと叩いてくる彼女にそっと背を向けながら、彼はニヤニヤと笑い続けた。

 

 

 






これからもまた定期的に彼と胡桃ちゃんのイチャイチャを書きたい!

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