穂村「にしても本当に笑えるぜ。
コイツ、今になって感染者にやられて死にかけてんの!
いや〜、情けないね〜!!」
彼が目を覚ました次の日の事…。
穂村は彼が休むベッドの横にある椅子に腰掛けながら、あの日、巡ヶ丘の学校で感染者にやられて彼が倒れた日の事を大声で語り、そしてヘラヘラと笑う。ベッドの上で上半身を起こしている彼は嫌味な笑い方をする穂村を見て何か言いたげにしていたが、あの日、ちょっとした油断や不注意のせいでああなったのは事実なので強く言い返せずにいた。…が、部屋にいた真冬がそんな彼に代わり、穂村に言う。
真冬「穂村……感染者にやられた事を情けないと言うのなら、それはボクらも同じだよ。穂村だって、あれに噛まれて死にかけてたところを柳さんに助けてもらったんでしょ?」
穂村「むぅ……それはまぁ、確かにそうだけどよ…」
真冬「どちらかと言うと、これまで感染者にやられずに生き延びてきた彼よりもずっと早いタイミングで感染者にやられてる穂村やボクの方が情けない……」
穂村「ぐぅっ…!け、けどな、俺が噛まれたのには色々と理由が……そりゃもう、涙無しには語れないような理由があってだな―――」
真冬「へぇ……どんな理由?」
真冬がズイッと顔を寄せると、穂村は冷や汗を浮かべて顔を反らし、椅子から立ち上がって離れていく…。ああ言ってはいたが、穂村も実際はちょっとした油断や不注意が切っ掛けで感染者に襲われ怪我したのだろう。
穂村「ま、まぁ、何にせよ目を覚まして良かったぜ!
正直な話、俺はわりとお前の事を気に入ってるからな」
変わらぬ調子でヘラヘラと笑いながらそう言って、穂村は部屋をあとにする。残った真冬は穂村がいなくなった後で軽くため息を放ち、ベッドのそばにある椅子に座った。
真冬「…実際、穂村はキミの事を気に入ってるみたい。キミが目を覚ますまでの間、やたらと落ち着きなかったし…。柳さんや圭一さんと比べて、キミとは話が合うからかもね?」
「そう、かな…?まぁ、心配してくれてたのならありがたいけど…」
柳も圭一も穂村とは今ひとつ相性が悪いというか、話が合わない…。けど、彼と穂村は時折話が合い、盛り上がる事がある。そういった点から、穂村は彼の事を気に入ってるようだ。
胡桃「おう、元気か〜?」
穂村と入れ替わるようにして、今度は胡桃が入室する。
いや、胡桃だけでなく、柳も一緒だった。
柳「調子はどうかな?」
「まだ少し気怠い感じはあるけど、全然元気です」
柳「そうか、なら良かった」
柳はベッド近くに立ち、そして胡桃はベッドの上に腰掛けてニコリと微笑む。見たところ、今やって来たのはこの二人だけのようだが………
「由紀ちゃん達は何してる?」
胡桃「勉強中。あたしも途中まで付き合ってたんだけど、ちょっと抜け出してきた」
柳「昨日目を覚ましたばかりで悪いんだが、これからの事を少しだけ話しておきたくてね」
「…これからの事?」
彼が尋ねると、柳はコクリと頷く。そしてベッド上に腰掛ける胡桃の事を一瞥し、改めて彼の方を見た。
柳「覚えていると思うが、君らをこの屋敷に住まわせるのは私が恵飛須沢君を治すまでの間……という話だった。そしてその恵飛須沢君を治療……というか、ウイルスへの対抗策は無事に見付けた訳だが……」
柳の手に握られていたのは、水の入ったペットボトル。
中身は巡ヶ丘の高校から持ってきたという水だろう。
彼も目を覚ました後でさらっと説明されたのだが、どうやらウイルスへの抗体となる水が由紀達が通っていたあの学校にあったらしい…。彼もその水を飲んだからこそ無事に目を覚まし、胡桃もこうして元気にいるのだろう。あの水さえ飲んでいれば、感染を恐れる事はないようだ。
「ああ、確かにそういう話でしたね」
柳「勘違いしないで欲しいのだが、私は何も君らにここから出ていけと言っている訳ではない。もっとも、最初はやる事やってとっとと追い出す気でいたが…気が変わった。外に出てまた自由に行動したいのなら止めないが、ここにいたいのならそれはそれで構わない」
家賃代わりにある程度働いてくれるのなら……と、柳が言う。
彼はその言葉にほんの少しだけ驚いたが、そばに座る胡桃は無反応だ。恐らく、彼女達は既にこの話を聞いていたのだろう。
「あ〜〜……んんん……少し、悩むな…。
りーさん達は何て?」
胡桃「それなんだけど……その………」
自分の意見より、悠里らの意見を聞いてからそれに合わせよう。
そう考えた彼は胡桃に尋ねたが、彼女は視線を泳がせるばかりで答えない…。少しして、そんな胡桃の代わりに柳が口を開けた。
柳「若狭君はもう暫くここに残る事を選んだが、これからは少しずつこの世界の復興に繋がるような事をしていきたいそうだ…。ウイルスへの対抗策も得たし、先日行った大学以外にもまだ生存者がいるかも知れない…。そんな人達を出来るだけ多く助けて、この世をまた平和な世界にしていきたいそうだよ」
「……マジですか」
前々から大人びた人だと、しっかりした人だとは思っていたが、そんな事まで考え始めているとは知らなかった…。ここまで悲惨な事になってる世界を復興させていきたいとか、少しでも平和な世の中にしたいという思いは…とても立派だ。
「あぁ……そっか……そうですか…」
いくら大人びているとはいえ、悠里と自分は同い年。
それなのに悠里の方が自分よりもずっと立派で世の中の為になる様な事を考えていたと知り、彼は弱々しい笑みを浮かべながら頭を掻く。
「柳さんは…それを手伝ったりするつもりで?」
柳「いや、私は本来、意味も無く人と接するのは好きではない。だからもし若狭君が他の人物と協力して他の生存者らを見付けたとしてもこの屋敷に迎えるつもりはないし、彼女の活動に首を突っ込むような真似をするつもりも無い。……まぁ、ちょっとした助言や些細な協力程度なら考えなくもないが」
柳は悠里の事を気に入っているようなので、彼女が本当に困った時は手を貸してくれるだろう…。それに、穂村なんかは柳以上に悠里の事を気に入っている。もしかしたら、穂村は自分も悠里の活動を手伝う!なんて言うのではないだろうか…。
柳「これはあくまでも若狭君個人の計画だ。恵飛須沢君や直樹君に丈槍君…そしてキミ。みんなは無理に付き合わなくて良いと、若狭君自身が言っていた。つまり、これからは自分達が進みたい道へ進めという事だろう…。実際、丈槍君も直樹君もそれぞれこれからの考えがあるそうだ。とは言え、まだ少し迷ってるようなので細かく教えてはくれなかったがね」
「…………………」
今すぐ離れ離れになる訳ではない…。が、これからの流れによっては皆が別々の道に進み、離れ離れになる事も十分にあり得る。ずっと一緒だと思っていた彼女らと、離れ離れに……。
「……胡桃ちゃんはどうする?」
胡桃「あ、あたしか?あたしは……えっと、考え中……かな?」
あはは、と笑いながら答える胡桃。
しかしその笑顔はどこかぎこちない…。
「考え中ね……。じゃあまぁ、僕も少し考えてみるよ」
柳「別に慌てる必要は無い。のんびりと考えることだ…」
「ああ、そうさせてもらいます……」
真冬「お大事に」
柳と真冬が部屋を出て、胡桃と二人きりになる。
しかしお互い言葉が出ずに気まずい空気が流れ、それに耐え切れなくなったのか…胡桃もまた、一言挨拶をして部屋を出ていった。
(自分が進みたい道………)
そんなの思い浮かばない…。
これまでだって、将来はどうなりたいとかどうありたいとか、そんなのも考えた事が無かったんだ…。ただ、彼女らと出会ってからは毎日が楽しくて幸せで……自分はこれから、彼女らを守る為に……彼女らが幸せになれるように頑張っていこうという思いはあったのに…。そんな彼女らが別々の道を進むのなら、自分はどうすれば良いのだろう…。由紀が、悠里が、胡桃が、美紀が……みんなが離れ離れになる日が来るのなら、自分はどうすれば良いのだろう…。
彼が考えてる未来には常に彼女らがいて、皆が一緒だった。
自分はこれからも彼女ら四人と一緒にいるのだろうと、そう思っていたから…。けど、皆が別々の道を進むのなら、自分は………。
(…………何も……)
何も無い。自分が空っぽの存在になる…。
そんな感じがした…。
何の楽しみも幸せも無い、悲惨な世界。
そんな世界でも、彼女らと一緒なら楽しくいられる。
けど、皆が別々の道を行って離れ離れになるのなら………。
皆が進む中、自分だけは立ち止まる。
彼女ら無しでやりたい事、進みたい道…そんなのは無い。
みんながいなくては自分は……からっぽ、からっぽ、からっぽ。
(ああ、嫌になるね……)
彼女らの温かさに頼り過ぎている自分が情けない…。
彼はベッドの上に腰掛けながら近場の窓に視線を向け、外を眺めながらこれからの事を考えた…。みんな一緒じゃなくても、いつか離れ離れになったとしても、決して折れずに強くいられるような道の事を。
少しずつ、ゆっくりと進んでいきます。