軌跡〜ひとりからみんなへ〜   作:チモシー

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百五十二話『しごと-4-』

柳から頼まれていた仕事を終え、あとは帰るだけという時…。突如として何者かが校内に侵入してきた。その連中が何者なのか、何の為にここに来たのか…それらは全く分からない。何はともあれ、ここは彼と合流してとっとと帰るのが正解だろう。

 

真冬は目的の物を詰めたカバンを背負い直し、彼の元へ向かおうとする。

……が、カバンを背負って振り向いた先、廊下の奥からゾロゾロと人影が現れて、真冬の前へと立ち塞がった。

 

 

「おっと、これは予想外だ。こんな所に誰かいたぞ?」

 

「随分と若い娘だな…。お前、一人か?」

 

目の前に現れたのは三人の男……いずれも二十代後半といったところだろう。男らは既に鉄パイプやナイフ等の武器を握っていたが、それが感染者に対してだけ使う武器なのか、はたまた他の生存者にも使うつもりの武器なのかは分からない。

 

 

真冬「……キミ達、誰?何しに来たの?」

 

「先に質問したのはこっちだ。お前は一人なのか、それとも他に仲間がいるのか、まずはそれに答えろ」

 

一人の男が冷めた眼差しをして、手に持っていたナイフの向ける。

この瞬間、真冬はこの連中は自分の敵なのだと判断した。

 

 

真冬「刃物向けながら話すような、失礼な男と会話するつもりはない…。相手するのも面倒だから、とっとと帰ってくれるかな?」

 

「……そのカバンとポーチ、中身は何だ?」

 

男は真冬の背負っているカバンと腰に巻かれていたポーチをナイフの尖端で交互に指し、その中身を問う。直後、真冬は面倒そうにため息をついてからポーチに手を潜らせると、短く収納していた警棒を伸ばしてから右手に持ち、男らに視線を向けた。

 

 

真冬「帰れって言ったのに……しつこい…」

 

「……そうか。そっちがその気なら仕方ない。ある程度痛い目にあわせて大人しくさせてから、持ち物を調べさせてもらうとしよう」

 

「もう少し協力的にしてくれれば優しくしてやったのに、

気の強い子だなぁ」

 

男らは武器を構える真冬を見て鼻で笑い、ゆっくりと歩み寄る。

一人だけだから、若い女だから、小さな身体の子だから簡単に押さえられると思っているのだろう…。その油断を突き、キツい一撃をくれてやる。

 

そう決意した真冬は警棒を握り直したのだが、その男らの背後に隠れるようにして立っていた一人の女の存在に気が付き、思わず目を丸くした。

 

 

真冬「キミは……………」

 

肩まで伸びた茶髪と黒縁のメガネ…。真冬程ではないにせよ小さな体格をしたその若い女は、大人しげな雰囲気を纏っていた…。

 

この女、どこかで見覚えがある…。

真冬と目が合った瞬間、女は気まずそうに目を逸して苦笑した。

 

 

「……知花(ちばな)、知り合いか?」

 

一人の男がその女に尋ねた時、真冬は思い出す。

この女の名前は知花(ちばな)(さき)

以前、真冬と穂村と圭一の三人で他の生存者グループと争った際、最後に残ったのがこの女だった。あの時、真冬達は相手のグループに勝ちはしたものの、最後まで本性を隠し続けたこの女だけは逃してしまった…。

 

 

知花「…いえ、知らない娘ですよ」

 

反応を見た感じ、知花も真冬の事を覚えている。

しかしそれを周りの仲間に教えるつもりはないらしく、あくまでも『知らない』と嘘をついていた。

 

 

真冬(この人、また別のグループ見つけてたのかな……)

 

前のグループは完全に崩壊させたのに、そこからまた新たな仲間を見付けて生き延びていたとは…何とも世渡り上手な女だ。見たところ、このグループでも気弱な女を演じているのだろう…。しかし、他の男らが知らなくとも真冬は知っている。この知花咲という女は気弱な女を演じてるだけで、本当は躊躇いなく人を殺せるような人物である事を…。また、どこから手に入れてきたのか、拳銃を所持したりしている事を…。

 

 

真冬(見たところ…今日は持ってない…?)

 

今ここで拳銃を抜かれ、撃たれでもしたら流石の真冬でもどうしようもない。だが、今日の知花はパッと見たところ拳銃を持ってはいないようだ。勿論、どこかに隠し持っている可能性はあるので油断は出来ないが…。

 

「まぁ、知り合いでもないのなら遠慮はいらないな」

 

知花「は、はい…。

けど、見たところ普通の女の子みたいですから…あまり乱暴は…」

 

「それはこの娘次第だなぁ。この娘が大人しくしてくれるなら無駄に痛い目にはあわせないと思うけど、めちゃくちゃ抵抗する様ならこっちだって本気でやるしか無いし…。っても、どのみち持ち物くらいは奪うつもりだけど」

 

真冬を庇う様な発言をした知花だが、きっとその発言すらも演技の一環に過ぎないのだろう。こうやって真冬の身を案じる事で、自分は女子供には優しい気弱な女だと仲間にアピールしているのだ。

 

 

知花「わ、私…先に行ってますね?」

 

「ああ、リーダーに会ったら報告だけしておいてくれ」

 

知花「はい、分かりました……」

 

知花は廊下横の階段を駆け上がり、その場から離れていく…。

その際、彼女は他の連中に気付かれぬようにもう一度だけ真冬と視線を合わせると、ほんの一瞬だけニヤリと笑った。

 

 

真冬(あの女、腹黒そうだからキライ………)

 

真冬はムッとした表情を返して警棒を握り直し、前にいる男らと向き合う。由紀達と出会ってからというもの、比較的平和な毎日を送っていた真冬。こうして他の生存者と争うのも久々だし、無事に乗り切れるかという不安もある…。けど、相手が自分に敵意を向けてる連中なら…由紀達のように優しくはない人間が相手なら、手加減や躊躇いなど不要だと…そう自分に言い聞かせた。

 

 

 

 

目の前の男らを倒す為に真冬が動き出した一方、一人になった知花は軽い足取りで校内を進む。物陰にいるかも知れない感染者に警戒しつつも、安全だと分かった途端に小さく鼻歌を歌ったりしてご機嫌に…。

 

知花「……んっ?」

 

そうこうしてる内、知花は一人の少年と出会した。

以前、真冬達と争った時にいた二人の男…圭一や穂村とはまた違う。あの二人よりも若い少年…。知花は一目見て彼も真冬の仲間なのだろうと察し、笑みを浮かべる。実際、その読みは当たっていた。

 

 

知花「ふふっ、どうも〜」

 

「…………」

 

知花とは初対面である彼は思わず言葉を失い、ただ唖然とする。

世が世ならこちらからも挨拶を返すが、生き延びている人がそう多くはないこの世界でいきなり挨拶されてもどういう反応を返せば良いのか分かったものではない。そもそも、彼はこの女が…知花が安全な人間か危険な人間かも知らないのだ。

 

 

知花「…あっ、急にごめんなさい…。

他の生存者さんに会うの久しぶりで、嬉しくなっちゃって。

私、お友達と一緒に物資を探しに来てるだけなの。

けどやっぱ、こんな学校に来ても大した物は見つけられなさそうだね…」

 

純粋な笑みを浮かべて『えへへ』と笑い、知花は彼に近付いていく。

自分は無害な女だと、君の敵ではないとでも言いたげなオーラを全面に出し、柔らかな笑みを浮かべ続ける。普通の人間なら、ましてや彼の様な少年なら知花の演技に騙されてあっさりと警戒を解くだろう…。しかし次の瞬間、彼は警戒を解くどころか、一歩後ろに下がって知花から距離をとった。

 

 

知花「………あれっ?どうしたのかな?」

 

「いや、何か嫌な予感がして…。

悪いけど、これ以上は近寄らないでもらえるかな」

 

目の前にいるこの女の笑顔に、僅かな違和感を感じる。

この女の笑顔は確かに可愛らしかったが、由紀のような笑顔とは何かが違う…。心からの笑みではないというか、その裏に何か不気味なものを隠しているような…そんな違和感がある。

 

彼が警戒を解かずにいると、知花は一緒だけポカンとした表情を浮かべた後、また笑い出す。しかし今度のは先程のような柔らかい笑みではなく、やたらと楽しげな笑みだ。

 

 

知花「あははっ。あ〜……そっか…。

一発でコロッと騙せないなんて、私もまだまだかなぁ…。

…じゃあ良いや、お芝居は終わりですっ!!」

 

女は両手をパンッと合わせて叩き、ニヤリと笑った…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回登場した“知花咲”…彼女はかなり久々の登場なので、多分覚えている人の方が少ないですね(汗)以前、圭一さんらがメインである外伝の方の終盤に登場した女の人です。

彼女が再登場するタイミングはずっと前から考えてあったのですが、色々あってこんな遅くになってしまった…。

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