軌跡〜ひとりからみんなへ〜   作:チモシー

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前回のお話から数日後が舞台だったりします。


百四十八話『むかしの』(☆)

 

 

胡桃「あぁ〜……あっつ〜〜…」

 

「んん、暑いねぇ……」

 

眩しいくらいに輝く太陽…雲一つ無い青空…。

よく晴れた日の午後、彼は胡桃と共に屋敷の屋上にある菜園場にて、悠里が育てている野菜達の手入れをしていた。普段ここの手入れは基本的に悠里任せなのだが、今、彼女は美紀と真冬の勉強に付き合っている。なので今日は代わりに彼と胡桃、そしてもう一人が菜園の手入れを始めたのだが―――

 

 

胡桃「由紀のやつ、帰ってこねぇ……」 

 

「……逃げた?」

 

胡桃「そんな事するヤツじゃないと思うけどトイレにしちゃ長いし…

さすがに怪しくなってきたな…」

 

少し前まで一緒にいた由紀が、『少しトイレ』と言って出て行ったきり戻って来ない。外が思ったよりも暑かったので逃げた…という可能性も大いに考えられる。

 

 

胡桃「くっ……アイツがいない間に、やる事殆ど終わったぞ」

 

「ああ、後は道具の片付けくらいか」

 

胡桃「由紀のヤツ、あとで会ったら説教してやる…」

 

悠里が誰かに説教するのは何度か見た事があるが、胡桃が説教するのは見た事が無い。これは珍しいものが見れそうだ…。彼はそんな事を思いながら水撒き用に使ったジョウロ等の道具を屋上の隅にある道具置き場へと片付け、改めて菜園場を見つめる。

 

 

「そう言えば、学校に暮らしてた時も屋上菜園やってたんだっけ?」

 

胡桃「ああ、ここと同じくらいのスペースだったかな…。

正直、あたしはこういうのの育て方とかあんまり分かんなかったからさ、園芸部のりーさんがいてくれて助かったよ」

 

菜園場の隅、胡桃は順調に育ち始めている作物を見つめながら小さなスコップを片手に土を掘ったかとおもえば、すぐにその穴を埋めたりして土を遊びをする。育てている作物に影響が無いように端っこの方の土を、掘ったり…埋めたり…。

 

 

胡桃「この野菜、いつ頃採れるかな……」

 

「さて、いつ頃だろうね」

 

作物達はまだそこまで大きく育ってはいないので、収穫するのはもう少しだけ先になりそうだ。彼と胡桃は隅に座りながら、菜園場を見回していく…。

 

屋敷の主である柳はこの施設を長い事放置し続けていたらしいが、悠里の手が加わった事で今は立派な菜園場だ。道具置き場も綺麗に整頓されているし、土の状態も良い。屋上という事もあり、陽当りも良好だ。

 

 

胡桃「うぅぅ……あっつ〜〜……」

 

ただ、今日はあまりにも晴れ過ぎていて蒸し暑い…。

これだけ暑いと、人間の方は参ってきてしまう…。

 

彼は額にじわりと汗を浮かばせているし、胡桃も同じ様に汗をかいている。

額に浮かんだ汗は顎先まで流れて滴り落ちたり、前髪の先からポタリと垂れて地面や土に落ちていくが、それらの場所に落ちていった汗はあっという間に蒸発した…。

 

 

「じゃ、戻ろうか?もうやる事やったし」

 

胡桃「んん〜……そうだな」

 

熱中症にでもなる前に屋内へ戻り、水分補給をしよう。

彼はさっと立ち上がって中に戻ろうとするが、胡桃はそこに座ったまま動かない…。菜園場の隅に座ったままスコップを使い、まだ土遊びをしている。

 

 

「…それ、楽しい?」

 

胡桃「んっ?あ、あぁ……わりぃわりぃ。

なんか、昔の事とか思い出しちゃって……。

ずっと昔、まだ小さかった頃にさ、お母さんやお父さんと一緒にどこだかの公園行って、砂場でこうして遊んでたなぁ〜って……」 

 

「へぇ…………お母さん、お父さん…ねぇ」

 

胡桃の言葉を聞いた彼は空を見上げ、不思議そうに首を傾げる。

 

今、自分は何かおかしい事を言っただろうか?

胡桃は彼の横顔を見つめながら静かに尋ねる。

 

 

胡桃「あたし、何か変な事言ったか?」

 

「…いや、ただ凄く個人的なイメージだけど、胡桃ちゃんって両親の事をママ・パパって呼ぶと思ってたんだよね。……本当はお母さん・お父さんじゃなく、そっちの呼び方を使ってたんじゃない?」

 

胡桃「なっ!?バ、バカにするなっ!!

あたし……そんな子供っぽい女じゃないし……」

 

「別に子供っぽい事は無いでしょ。

親の事をパパママ呼びする女の子、可愛いじゃん」

 

胡桃「う、ううぅ………」

 

言葉にならぬ声をあげ、胡桃は顔を俯ける…。

彼が自分に対して抱いていたイメージ…それは当たっている。

彼の前では少し気取って両親の事を『お母さん・お父さん』と言ったが、本当は『ママ・パパ』と呼ぶ事が殆どだった…。

 

 

胡桃(パパとママ……最後に会ったの、何時だっけ……)

 

ぼんやりとしか思い出せないくらい、曖昧な記憶…。

昔遊びに行った公園の場所も、当時の両親の顔も、殆ど思い出せない…。

 

 

胡桃「二人とも……元気かな……」

 

「…………」

 

正直に言ってしまうと、当時の両親の顔は(おろ)か、最近までの……世界がこうなってしまうより以前に見た筈の両親の顔すら思い出せない…。もう長い事会っていないからだろうか…。

 

彼が見守る中、胡桃は切ない気持ちになって表情を暗くするが、両親の全てを忘れた訳ではない。こうやって土遊びをしている最中に、ふと思い出した事がある。

 

 

胡桃「そう言えば、スコップ片手に砂遊びするあたしを見てパパが言ってたな…。『くるみはシャベル使うのが上手だね』…って。あたしに言わせれば、この小さいのはシャベルじゃなくてスコップなんだけど……ま、いいか」

 

「実際、シャベルを使うのは上手いけどね」

 

胡桃「ははっ、そうだな。

砂遊びは勿論、奴らを押し退ける事だって出来るぞ!」

 

今も自分の側に置いているシャベル……これまで、これを使って自分を…そして皆を守ってきた。胡桃は手にしていたスコップを道具置き場へ戻すと地面に置いていた愛用のシャベルを持ち上げ、軽く掲げる。

 

 

胡桃「パパやママがどうしてるかは分からない…。

けど、あたしは今日も生きてる。今日も元気だ…。

柳さんのおかげで、体の調子もかなり良いしな」

 

先日までは歩くのも困難なくらいに体が不調だったが、柳に試薬を使ってもらってからは好調そのものだ。

 

 

「…胡桃ちゃん、無理はしてないね?」

 

体の事はもう大丈夫だと思う…。

けれど心の方が心配になり、彼は声をかける。

家族の事を思い出した事でかなり(つら)くなっているのではないか…。今はニッコリと微笑んでいるが、それはただ強がっているだけなのではないか…。

 

 

胡桃「…………あたしは………さ……」

 

自分の事を心配してくれる彼と向き合ってから、胡桃は静かに顔を俯ける…。確かに、家族の事を思い出して少しだけ胸を痛めた。それは紛れも無い事実だが、両親だってきっと、クヨクヨしている自分よりも前を見てる自分を望むハズ…。

 

そして何より、自分は一人じゃない……。

由紀や悠里という友達がいて、美紀や真冬という後輩がいる。

その他にも、色々な人に支えられている…。

 

それに……目の前には………

 

 

 

胡桃「…お前が側にいてくれれば、それだけで良い……」

 

彼という、大切な人がいる。

友達であり、仲間であり…………とにかく、大切な人…。

この人の側でなら今日も明日も、明後日も幸せでいられる。

 

彼の事を見つめながら優しい笑みを浮かべる胡桃だったが、すぐ、自分がとんでもない事を言ってしまった事に気が付き、激しい焦りや戸惑いを感じて顔を真っ赤に染めた。

 

 

胡桃「ま、間違えたっ!!『お前』じゃなくて『お前達』だ!!

由紀とか、りーさんとかっ……美紀とかっ!皆がいてくれれば良いって、そう言おうとしたんだよ!」

 

「なんだ、残念…。僕一人だけ特別扱いしてくれてるのかと…」

 

胡桃「っっ……そんな事はない!残念だったな」

 

「ああ、残念だった」

 

炎天下、二人はじゃれ合うように笑い合いながら歩を進め、屋内へ戻っていく…。と、次の瞬間……彼の手が触れるよりも先に中へ続く扉が勢い良く開き、何かが入ったビニール袋を片手に持つ由紀が現れた。

 

 

胡桃「お前っ…!今までサボってたな!!?

何時まで経っても帰ってこないから、

あたしとコイツとで仕事終わらせたんだぞ!」

 

由紀「べ、別にサボってた訳じゃないもんっ!!」

 

胡桃「じゃあ何してた?言ってみろよ!」

 

胡桃が強めの口調で言うと、由紀は手にしていたビニール袋を胡桃に突き出す。その中に入っていたのは、数本の缶ジュースだった。どれもよく冷えている…。誰かが外から持ってきた物を、冷蔵庫にしまっておいたのだろう。

 

 

由紀「二人とも喉乾いただろうなぁって思ったから、ジュース取りに行ってただけなのに!サボってたなんて言われると心外だよっ!!」

 

胡桃「ぐっ…!!まぁ、これはありがたいけどさ……

けど、それにしたって時間掛かり過ぎだろ?

ジュース取り行くのに何十分掛けてんだよ!」

 

由紀「今日は凄く暑いから、麦わら帽子か何か被ろうかな〜って思って…部屋に探しに行ってたらこんなに遅く……」

 

胡桃「麦わら帽子?そんなの…被ってねぇじゃん」

 

由紀の頭には麦わら帽子はおろか、普段愛用している猫耳帽子すらない。

胡桃がその事を指摘すると、由紀はおどけたように口を開く。

 

 

由紀「えへへ……結局、見付からなかったんだぁ」

 

胡桃「なんだよ、それ…。まったく、由紀は何時まで経っても由紀というか、どこか間抜けっていうか…」

 

けど、こんな風に愛嬌のあるところが由紀の魅力の一つでもある。

出来る事なら、何時までもその"由紀らしさ"を失わないで欲しい…。

 

胡桃は心の中でそんな事を思いながら、受け取ったビニール袋を開いてジュースを取り出す。そしてその内の一本を彼に手渡し、もう一本を自分の手に…。残りの分は、ビニール袋の中へと戻してそのまま左手にかけた。

 

 

由紀「ねぇ、私にも一本ちょうだいよ!」

 

胡桃「ふふん、サボってたからダメ〜」

 

由紀「むぅっ!サボってた訳じゃないのにっ!!

胡桃ちゃん、何時からそんなケチな子になったの!」

 

頬を膨らませてフグのようになる由紀を尻目に、胡桃は缶ジュースを飲んでいく。時折、由紀が左手にあるビニール袋目掛けて手を伸ばしてくるものの、胡桃はそれをヒラリとかわしてニヤニヤと笑う。

 

 

由紀「む〜〜っ!!!」

 

「まぁまぁ、そんな怒らないの。

ほら、僕のやつあげるから」

 

由紀「えっ…いいの?ありがと〜っ♪」

 

胡桃「なっ!?」

 

彼は自分の分の缶ジュースを由紀に手渡し、由紀はそれを受け取る。

共に炎天下で仕事をしていた彼に水分を与えないのは流石にマズイので胡桃はビニールから一本のジュースを取ると、それを渡してから呆れた様にため息を放つ。

 

 

胡桃「お前、由紀に甘いよな…。

あれだ……自分に娘とか出来たらとことん甘やかすタイプだな。

絶対そうなる………間違いない」

 

「んん…どうかな…」

 

娘が出来たら…なんて話をされてもよく分からないが、少なくとも由紀には甘やかしたくなるような魅力がある…。困っている由紀を前にして手を差し伸べないなんて、今の彼には出来ないのだ。

 

 

「さ〜て、そんな事より中に戻ろう。

外は暑い暑い……」

 

胡桃「だな…。部屋戻って、シャワーでも浴びるか」

 

由紀「じゃあさ、その後に胡桃ちゃんの部屋行って良い?

また一緒にゲームやろうよ」

 

胡桃「ん、ああ、別に良いぞ」

 

大切な友達と過ごす、何気無い時間の大切さ…。

変わり果てた世界の中でもそれをしっかりと感じながら、

彼女達は今日を生きていく…。

 

これから先、どんな事があったとしても…後悔の無いように。

 

 

 

 

 

 




少し最終回っぽい終わり方だけど、まだ続きますよ!!


胡桃ちゃんの幼少期に触れたくて書いたシナリオでしたが、楽しんでもらえたでしょうか?胡桃ちゃんは小さい頃からわりと活発っぽいような、そんなイメージがあります(*´ω`*)


という訳で、そんな胡桃ちゃんを……幼少期の彼女を描きました。
可愛い!こんな娘が欲しい!抱きしめたい!…そう思ってもらえたら嬉しいです(笑)


【挿絵表示】




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