軌跡〜ひとりからみんなへ〜   作:チモシー

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百四十六話『つみき―1―』

 

 

圭一「…で、これはどういうルールなんだ?」

 

穂村「は?圭一さん、ジェンガも知らねぇのかよ?」

 

談話室にあるテーブルの上へと塔のように立っているジェンガ…圭一はソファーなや腰掛けながらそれを見つめると、小首を傾げて遊び方を問う。穂村と彼はともかく、圭一だけはこのジェンガという物の遊び方を知らないようだ。

 

 

穂村「え~っと、何て言えば良いかな…。一人ずつ順に積み木を抜いていって、崩したヤツが負け………って感じか?」

 

「まぁ、そんな感じかな」

 

圭一「…なるほど、大体理解した」

 

要するに、この積み木で出来た塔を崩さないようにすれば良い。

圭一にルールを教えたところで、三人は積み木を抜いていく順番を決めていく…。順番を決める際、穂村は『ジャンケンで決めるか?』と言ったが圭一がそれを面倒そうにしていた為―――――

 

 

 

「最初に穂村、その次が僕で最後が圭一さん…それで良いだろ」

 

と、彼が簡単に順番を決めていく。

穂村も圭一もそれに頷き、そして初手…穂村がジェンガにそっと手を伸ばした。選んだ場所は下から四番目の中央に位置する積み木だ。

 

 

穂村「まぁ最初は全然大丈夫だろ……」

 

選んだ積み木を人差し指でツンと小突き、突き出た所を引き抜く。

序盤も序盤なのでタワーはまだまだ安定しており、穂村は狙っていた箇所の積み木をあっさりと引き抜いて頂上に乗せた。

 

 

圭一「なんだ、抜いたヤツは上に置くのか?」

 

穂村「ああ、そうしないとタワーが穴だらけになって、ゲームがすぐに終わっちまうだろ?」

 

圭一「………なるほどな」

 

圭一がルールを完璧に理解したところで、今度は彼が手を伸ばす…。彼は穂村が抜いた所の一つ下の段…その中央の積み木を慣れた手付きで抜き取り、手早く頂上へと置いてから圭一に順番を回していく。

 

 

(つぎ)、どうぞ」

 

圭一「…ああ」

 

察するに、圭一はジェンガで遊んだ事なんて無いようだが、ゲームは始まったばかり。タワーもしっかりと安定しているし、いきなり崩したりはしないだろう。

 

 

穂村「あっ、圭一さんって酒飲むよな?」

 

圭一「時々な……それがどうした?」

 

穂村「このゲーム、酒飲むヤツは一度に二本抜かなきゃならないってルールがあるんだよ。だから圭一さんは二本抜いてくれ」

 

圭一「そう…なのか?変なルールだな………」

 

圭一は疑うこと無くそのルールを鵜呑(うの)みにし、積み木に手を伸ばす。穂村は腕組みしながらその様を眺めてニヤニヤと笑みを浮かべていた為、彼は呆れたようにため息をつきながら圭一に告げた。

 

 

「嘘だ、そんなルールは無い…」

 

穂村「おいおい、バラすなよ。上手く騙せてたってのに」

 

圭一「チッ!穂村、お前っ………!!」

 

ヘラヘラと笑う穂村を睨み、舌打ちする圭一…。

言葉は途中で止まったが、きっとあと少しで『ふざけるな』とか『殺すぞ』といった台詞が飛ぶだろう…。

 

分かってはいたが、この二人とゲームするのはかなり疲れそうだ。

彼はまた小さくため息をつきながらジェンガのタワーを見つめ、そして気付く…。偽ルールに騙された事で苛立っている圭一の視線は穂村へと向いており、注意力が散漫になっていた…。途中まで伸ばされていた右手はゆらゆらと揺れ動きながら手の甲でタワーを押してしまっており、そして――――――

 

 

 

ガシャァァンッッ!!

 

と、音を立てながら崩れていく………。

 

 

圭一「なっ………」

 

穂村「あ~あ、倒したな?はいっ!あんたの負け~♪」

 

テーブルの上に散り散りになった積み木達を呆然と見つめる圭一と、それを嘲笑う穂村…。穂村は両手を叩きながら心底楽しそうに笑っているが、その笑い声は圭一の苛立ちを煽るだけだ。

 

 

圭一「…よし、今すぐ殺してやる」

 

"…まぁ、そうなるだろうな………"と、彼は思った。

そもそも、圭一がタワーを崩してしまったのは穂村の偽ルールに惑わされて注意力を欠いていたから…。穂村が大人しくしていれば、こうはならなかっただろう。…それに、穂村の笑い声というのはどうにも人のイライラを煽る効果がある。圭一が殺意を向けるのも仕方の無い事だと思えるくらいだ。

 

 

穂村「まぁまぁ、怒んなって!ただのゲームなんだから、なっ?それよりもほら、早いとこ罰ゲームのカードを引いてくれよ」

 

穂村は笑みを崩さずにそう言って、カードの束を置く…。

ジェンガと共に用意していた罰ゲームカード……それは二組用意されていた。青いカードが数十枚と…赤いカードが五枚……どちらも裏返しに置かれている。

 

 

穂村「負けは負けなんだから素直に認めようぜ?それとも、圭一さんはウダウダと言い訳するような女々しい男だったのか?」

 

圭一「この…っ…!!くそっ……分かった、これを引けば良いんだな?」

 

こう言えば、圭一が従うと分かっていたのだろう…。

穂村はニヤニヤと笑いながら赤のカード五枚を圭一の前へと差し出し、その内の一枚を引くようにと告げる。

 

 

圭一「一枚だな……」

 

言われた通り一枚のカードを手早く引き抜いた圭一はそのカードをじっと見つめると、その表面を彼や穂村に見せながら不機嫌そうに口を開いた。

 

 

圭一「おい、これはどういう意味だ?」

 

クルリと向けられたカードの表面には、黒いサインペンか何かでこう書かれていた…。【直樹美紀】…と。

 

 

 

「ええっと……どういう事?」

 

そこに美紀の名が書かれている理由が分からず、彼も穂村に尋ねる。

すると穂村は自慢気な笑みを浮かべ、その理由を説明し始めた。

 

 

穂村「今引いてもらった赤のカードには"ターゲットの名前"が……そしてこれから引いてもらう青のカードには"任務内容"が書かれている。つまり圭一さんにはこれから、美紀をターゲットにした何らかのミッションをやってもらうってわけ」

 

圭一「ミッションだと?罰ゲームじゃないのか?」

 

穂村「ああ、罰ゲームだぜ」

 

 

彼は美紀の名が書かれているカードを圭一から借り、それを観察する…。見たところ、このカードの表面は元々白紙だったようだ。その上から書かれている少し下手な文字は恐らく、穂村が書いたものだろう。

 

穂村が(いわ)く、この"罰ゲームカード"は自分で好きなように内容を書いていく物だったようだ…。つまり、圭一がこれから引いていく青のカードに記載されている罰ゲーム内容は全て穂村作という事になる……もう、嫌な予感しかない。

 

 

穂村「ほいほい、次はこっちを引いてくれ」

 

圭一「っ………」

 

渋々…といった様子で手を伸ばした圭一は何十枚とある青のカードの内一枚を手に取り、そこに書かれている文字を見る…。

 

 

圭一「なっ…!?……俺が……これをやるのか……?」

 

穂村「罰ゲームは絶対だからな!逃げるとか無しだぞ?」

 

「……見せてもらっても良いですか?」

 

穂村が考えた罰ゲームなんてどれもこれもロクなものではないだろう…。分かってはいるが、やはり気になってしまいカードを借りる。

 

 

「どうも」

 

彼は圭一から借りたカードに書かれている文字を読み、そして何とも言えぬ表情を浮かべた…。一方、隣からその文字を覗き見た穂村はまた嬉しそうに両手を叩き、ケラケラと笑い出す。

 

カードには…【下着を見せてもらう】とだけ書かれていた…。

 

 

 

「これはこれは、ハードな罰ゲームだな……」

 

圭一「ハードなんてもんじゃない……達成不可能だ…」

 

右手で頭を抱え、珍しく困惑する圭一…。

しかし穂村はそんな圭一を見つめながらニヤニヤと笑い、『それでもやるだけやってもらう。それとも…逃げんの?』と、挑発的な発言をする。こうやって煽るように言えば、圭一も逃げられないと思っているのだろう。実際、圭一は舌打ちしながらも立ち上がり、扉へと向かった。

 

 

「あ、あの……本当にやる気?」

 

圭一「…負けは負けだからな。大人しく……従ってやる……」

 

穂村「さっすが~♪圭一さんのそういうとこ、大好きだぜ~」

 

ケタケタと笑う穂村に対し、圭一は鋭い視線を向けて睨んでからまた舌打ちを鳴らす。そして談話室から廊下へと出ていくと階段を上がって一階から二階へと移動し、一つの扉の前へと立つ。

 

その扉には、"みーくんの部屋"と書かれたプレートが下がっていた…。

これはきっと、由紀が書いた物だろう…。いったい、いつの間にこんな物を用意したのだろうか?下手とまで言わないが、中々に個性的な文字だな…。他の者達の部屋にも、同じようなプレートが下がっているのだろうか?

 

圭一はそのプレートを見つめたまま、どうでも良い事を思考して時間を稼ぐ…。が、このままこうしていたって(らち)が明かない。(いさぎよ)く、目的を果たそう…。

 

 

 

コンコンッ……

 

軽く扉をノックして、部屋の中にいるであろう美紀を呼ぶ。

もしここで美紀が現れなければ…既に眠ってしまっていれば、この罰ゲームも無しになるかも知れない。頼む、眠っていてくれ……。

 

静かに願う圭一だが、現実は非情だった…。

ノックをして十数秒後…扉はゆっくりと開き、体操着らしき物に身を包んだ美紀が姿を現す。

 

 

美紀「あれ?圭一さん…?珍しいですね、どうかしました?」

 

美紀は扉を大きく開くと、廊下に立っている圭一を見て不思議そうに尋ねる。圭一はそれに対してすぐには答えず、視線を横へと反らし――――

 

 

圭一「その…だな………」

 

ただ、気まずそうにしながら冷や汗を流す…。

目の前にいる少女は今、自分に対して警戒心を抱いていない…。

当然だ……自分はあの男のような、穂村のような変態ではない。こうして夜に部屋を訪れたところで、警戒されるような事はしてこなかった。

 

…だが、それも今日で終わりだ。

圭一は静かに覚悟を決めると、反らしていた視線を美紀の方へしっかりと向け、言葉を放つ。

 

 

圭一「美紀……悪いんだが、下着を見せてくれないか……」

 

事が穏便に進むよう、出来るだけ申し訳なさそうに言葉を紡ぐ…。

しかし、美紀はそれで『はい、分かりました』と言うような女ではない…。彼女は圭一の言葉を聞いた直後、驚いたように目を見開き―――

 

 

美紀「……は、はい…?」

 

とだけ言って、軽く首を傾げる…。

彼女は今の言葉を聞き間違いか何かだと思っているようなので、圭一は再び言葉を発した。

 

 

圭一「だから、下着だ…。上でも下でも、どっちでも良い…。今ここで、とっとと服を脱いで見せてくれ。少しだけ…少しだけ見せてくれれば良いんだ…。ほら、早くっ!」

 

美紀「な…っ……!なっ………!!?」

 

こんな嫌な時間、とっとと終わらせよう…。

引くに引けなくなった圭一はもうハッキリと美紀に告げる。

 

ブラジャーでも、パンツでも、どっちでも良い。

だから早く下着を見せてくれ。今、ここで見せてくれ。

 

廊下に立ったまま告げていくと美紀の顔がどんどん赤く染まり…

そして――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~

 

穂村「…で、どんな下着だった?」

 

崩れたジェンガを組み直しながら、穂村は問う。

談話室に戻った圭一はソファーに深々と座りながら、大きくため息をついてそれに答えた。

 

 

圭一「知るか、そんな事……」

 

穂村「はぁっ?おいおい、見せてもらわなかったのか?」

 

圭一「出来る限りの事はしたんだ……勘弁してくれ」

 

よく見ると、圭一の頬には綺麗な手形が浮かんでいる。

アニメやマンガで見るような、綺麗な手形がクッキリと…。

 

 

「それ、美紀に…?」

 

彼が恐る恐る尋ねると、圭一は静かに頷く。

どうやら交渉が上手く行かず、美紀にビンタされたらしい…。

まぁ、当然の結果だとは思うが…。

 

 

圭一「思い返してみれば、これまで色んな奴と戦ってきた…。感染者はもちろん、生意気で気に入らない生存者達ともな…。感染者には噛まれたり引っ掻かれたりしたし、生存者には鈍器で頭を殴られたり、刃物で斬られたりもした…。けど、不思議なものでな……そのどれよりも、美紀のビンタが一番効いた気がする…」

 

真っ赤に染まる頬の手形を軽く一撫でした後、圭一は鼻で笑う。

その姿は何時に無く痛々しいものに見えてしまい、彼はもちろん、穂村すらも同情の眼差しを向けた。

 

 

穂村「美紀に下着を見せてもらえなかったんじゃ罰ゲーム達成とは言えねぇが……ま、圭一さんにしちゃ上出来だろ。よし、次いくぞ次っ」

 

「いやぁ、こんな罰ゲームばかり続くんなら僕はやめたいんだけども…」

 

穂村「もう少しだけ!もう少しだけやってこうぜ!」

 

あと少しだけ…あと少しだけ…。

穂村は何度もそう言い放ち、彼と圭一はそれに付き合っていく。

正直に言えばもうこんなゲームは止めにしたいのだが、どうせなら一度でも穂村を負かして痛い目を見せてやりたい。

 

彼と圭一は同じ事を思ってゲームを続けていったが、次もまた圭一がジェンガを崩してしまい、穂村の笑い声が部屋に響いた…。

 


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