軌跡〜ひとりからみんなへ〜   作:チモシー

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百四十二話『つらいこと』

 

覗きはバレてしまい、ドローンは撃墜された…。

もうじき真冬がやって来る…。お目当ての物を…彼女らの裸体を撮す事が出来なかった穂村は木に寄り掛かりながら残念そうに項垂(うなだ)れていたが、計画の失敗を残念に思っているのは彼も同じだ。

 

 

「…じゃ、お疲れ様。僕はこの辺で失礼するんで」

 

穂村「はぁっ?おい、俺だけ置いていくつもりか?」

 

「もちろん。最初からそういう契約だったでしょうが」

 

彼が穂村の覗きをサポートすると約束したように、穂村もまた彼に約束をしていた…。『もし覗きがバレたとしても、お前は関わっていなかった事にしてやる』と。覗きがバレて真冬が迫っている今、彼は一刻も早くこの場から立ち去って穂村との繋がりを断ちたいのだが………

 

 

穂村「…わりぃ、やっぱあれ無し。一緒に怒られてくんねぇかな?」

 

「嫌だ。死ぬなら一人で死んでくれ」

 

彼女らにバレても自分だけは逃がしてくれると聞いていたからこの誘いに乗ったのに、穂村はここにきて約束を破ろうとする。一人で怒られるより、二人で怒られた方が気が楽だと甘えているのだろう。

 

 

穂村「ここで俺を置いていったら、俺は狭山達に言うぞ?『あの少年も一緒に覗きをしてたけど、ドローンが壊された途端に逃げた』ってな…。下手に逃げて罪を重ねるより、ここで大人しく罰を受けておこうぜ?」

 

「ぐっ…!」

 

なんて卑怯な奴だ…。

なんなら、今ここでこの男を殺し、口封じしてやろうか…。

腰に下げたナイフに手を伸ばしかける彼だが、グッと堪えてため息を放つ。ここでこの男を殺しても、何の解決にもならない。

 

 

「……わかった、あんたと一緒に待っていてやる」

 

穂村「おおっ!流石だな!!」

 

「…けど、大人しく罰を受けるつもりもない。僕に良い考えがある」

 

真冬の手によって、この男と共に葬られるのはごめんだ…。

彼は堂々とした様子で歩き出し、彼女達と出会すように山道へと向かう。それは一見するとただ死期を早めているだけに思えたが、目の前を歩く彼の背中があまりにも自信ありげに見えた為、穂村は嬉々とした様子であとに続く。

 

これまで身を潜めながらドローンを飛ばしていた場所から、行きに彼女らと通った山道へと戻るとすぐ、上の方から数人の人影がやって来た…。その先頭にいる黒髪の少女は顔を真っ赤にしていかにも激怒しているといった感じだが、彼と穂村は平静を保つ。

 

 

真冬「穂村っ…!!」

 

やって来た少女…狭山真冬はあまり感情を出さない娘だが、今その顔は怒りに満ちている…。覗きをされたのが余程嫌だったのだろう。彼女の背後には悠里と美紀もついており、全員湯上がりの直後で髪の毛が湿っているのが分かる。髪を濡らしている美少女というのは中々にドキっとくるものがあるが、今の穂村はそれどころではない。焦りを隠しつつ彼の背を小突き、この場の対応を任せる。

 

 

「あ~、真冬と…りーさんに美紀まで、いったいどうした?」

 

真冬「どうもこうもない…。穂村と一緒にいるって事は、キミも共犯者って事だよね?なら、ボクがこんなにも怒っている理由は分かるハズ…」

 

真冬の背後に立つ悠里と美紀は驚いたような視線を彼へと向けたが、その視線は少しずつ呆れたようなものへと変わる…。まさか、彼が関わっていたとは思っていなかったのだろう…。しかし、彼は素直にそれを認めはしない。

 

 

「…?なんの事だ?僕とこの人は今の今までここにいて、ずっと見張りをしていた。真冬が怒っている理由なんて見当もつかない」

 

真冬「…よく、そんな嘘がつけるね。穂村がどうしようも無い変態だっていうのは知ってたけど、キミもそうなんだ…」

 

「あはは…いやいや、僕をこの人と一緒にしてもらっちゃ困る。

ほら、美紀やりーさんからも何か言ってやってくれるかな?」

 

悠里「う、う~ん……」

 

悠里は味方でいてくれるかと期待したが、そう上手くはいかない…。

彼女はもう彼の事を完全に疑っており、苦い笑みを浮かべた。美紀の方もまた冷や汗を浮かべながら彼の事を凝視しており、静かに口を開く。

 

 

美紀「さっき、温泉の方に妙な物が飛んできたんです…。大きなレンズが付いた飛行物体でしたが、真冬が言うにはあれは穂村さんのだと…。つまり、穂村さんはそれを使って覗きをして、先輩もそれに協力をしたんですよね?」

 

「飛行物体?ええっと、そんなの持ってきてた?」

 

穂村「えっ?い、いや…持ってきてない…」

 

咄嗟に尋ねられて慌てかけたが、穂村はどうにか話を合わせる。

しかし、当然ながら疑いは晴れない。

 

 

真冬「あれは間違いなく、ボクが前にあげたドローンだった…。つまらない嘘なんかやめて、早く認めた方が良い…。今なら楽に殺してあげる」

 

「あはは…」

 

この状況でも笑顔を崩さない辺り、彼は相当な自信を持っているのだと分かる。これだけ追い詰められた状況でも上手く言い逃れ出来るようなとっておきの作戦があるのだと、穂村はそう確信して彼に全てを任せていくが…。

 

 

「真冬、今は死人も歩くような世の中だ…。こんなご時世だからこそ、何が起こっても不思議じゃない。それこそ、野良ドローンだっているさ。真冬が見たのは穂村のドローンなんかじゃなく、もっと別の誰かが飛ばしたドローンだったんだよ」

 

と、どうしようもない事だけを言って彼は『はははっ』と笑い、真冬の肩を叩く。こう言えば真冬が納得すると、そう信じて疑わないような様子だった…。しかし、真冬はそんな事で騙されたりはしない…。彼女のそばに立つ悠里と美紀も彼を見て再度呆れた目を向けているし、穂村も同じ様な目を彼に向けていた…。まさかとは思うが、彼の"良い考え"というのはこれで終わりなのだろうか。

 

 

穂村「少年……ここからが本番なんだろ?」

 

「あ~………いや、終わりだ。真冬は思っていたよりも賢い娘だな」

 

真冬「キミは…穂村と同じくらいバカだね…」

 

あんな馬鹿げた言葉で上手く言い逃れ出来ると思われていたなんて、心外としか言えない…。またしても怒りを覚えた真冬は眉をひくつかせながら彼の右手を掴み、徐々に力を込めていく…。華奢な細腕からは想像出来ないくらいの力が彼の手首を掴み、じわりじわりと痛みを与えた。もう、下手な言い逃れなんてさせない。

 

 

「いっ、いたた……」

 

真冬「で、ボクの裸……見た?もし見たのなら、ここで殺す…」

 

「見てない。誰の裸も見てないよ。湯気が酷くて見えなかった」

 

最後に『残念ながらね…』と言いかけるが、慌てて口を閉ざす。

ここでそんな事を言えば真冬はもちろん、悠里達からも失望の眼差しを向けられるだろう…。いや、もう既に向けられる気もするが…。

 

 

真冬「…ほんと?ほんとに見てないっ?穂村も見てないの?」

 

「本当に見てない」

 

穂村「あ、ああ。俺も見てないぞ!……残念ながらな」

 

ボソッと呟かれた言葉を聞いた真冬は彼の手を離すと穂村の前へと寄り、その腹部を肘で打つ。ドスッ!!と鈍い音が鳴り、穂村は苦しげに悶えながら地に伏した…。

 

 

穂村「うぉ…っ……ぐぅぅっ…!!」

 

真冬「今回はこれで許すけど、またやったら殺すからね…」

 

地面の上で悶える穂村を見て、彼はホッと安堵する。

さっきの言葉の最後に『残念ながらね』なんて台詞を加えていたら、自分も今の穂村のようになって痛みに悶えていただろう…。

 

 

美紀「先輩、本当にどうしようもないですね…。前に来た時も似たような事をして胡桃先輩達に怒られたのに、懲りてなかったんですか?」

 

「懲りてはいたけど、誘惑には勝てなくて…」

 

悠里「……とりあえず、あとでお説教ね?わかったかしら?」

 

薄っすらとした笑みを浮かべている悠里の背後には黒々としたオーラの様なものが見える……ような気がした。こういう雰囲気の時の彼女はわりと本気で怒っているため、下手な言い訳はかえってマズイ。

 

 

「…はい、了解です」

 

恐らく、一時間以上のお説教は確定だ…。

彼がそれに対しての覚悟を決めた時、山道の向こうにある温泉では由紀と胡桃が二人きりの湯を満喫している最中だった…。

 

 

 

~~~~~~

 

由紀「ふふふっ、覗きするなんて、ほむさんは仕方ないね~」

 

胡桃「んん、そうだな…」

 

温かな湯の中に沈めていた右手をそっと上げ、由紀は自分の手の甲から二の腕までをジーッと見つめる…。湯に濡れた肌は太陽から降り注ぐ光に反射しており、入浴前よりも肌がプルッとしたように思えた。これが温泉の効果かと思うと、ついニヤニヤしてしまう。

 

 

由紀「うふふ~、これで全身スベスベだ~♪」

 

胡桃「んん、そうだな……」

 

由紀が今やってみせたように、胡桃もそっと右手を上げる…。

湯をかき分けて上げられた右腕は、入浴前と比べると確かに綺麗でプルプルな肌になったような気もするが……胡桃はそれを喜んだりしない。

 

 

胡桃「………」

 

ただ、上げた右腕をゆっくり動かしたり、手のひらを閉じたり開いたりを繰り返す…。一回、二回、三回……連続で繰り返す内、その違和感をハッキリと感じた。やはり、腕に力が入りにくくなっている…。いや、腕だけじゃなく、全身が少しずつ不自由になっているようだ。

 

 

胡桃(やば………これは…少しへこむなぁ……)

 

自分の身体の異変には気付いていたが、ここまでハッキリしてくると流石に心が沈む…。隣で明るく笑う由紀のように温泉を楽しむ余裕なんてもうすっかり無いが、だからといって暗い顔ばかりするのも悪い…。胡桃は由紀に合わせて微笑みを浮かべるが、直後…由紀の表情が真剣なものへと変わる。

 

 

由紀「胡桃ちゃん……どうかしたの?」

 

胡桃「…えっ?」

 

由紀「その、ね……さっきから、なんか様子がおかしいから…」

 

右手で頬を掻きながら『勘違いだったらごめんねー』と言って由紀が気まずそうに笑う中、胡桃は目を丸くして驚く…。身体の不調を上手く誤魔化していたつもりなのに、出来るだけ(さと)られないようにしていたつもりなのに、由紀には気付かれていたのだろうか?

 

 

胡桃「様子がおかしい…?」

 

由紀「…うん。さっきからずっとボーっとしてるし、笑った顔もちょっとだけ不自然…。上手く言えないんだけどね、なんか…いつもの胡桃ちゃんっぽくない…」

 

胡桃「あたしっぽくない……」

 

そう言われた途端、心臓の鼓動が早さを増す…。

由紀に気付かれるとは思っていなかったからだろうか…それとも、『胡桃ちゃんっぽくない』という言葉に嫌なものを感じてしまったからだろうか…。由紀の言葉に悪意など無いと分かっているのに、表情が自然と暗くなる。

 

 

由紀「あっ、ごめんね、変な意味じゃないんだよ?ほんと、わたしの勘違いならそれで良いんだけど……胡桃ちゃん、さっきから無理してない?」

 

胡桃「…無理なんてしてない。由紀の勘違いだろ」

 

由紀がせっかく気遣ってくれているのに、つい突き放すような言葉を吐いてしまう…。せっかく遠出してまで遊びに来たのに、余計な心配をかけたくない…。胡桃は一刻も早くこの話題を切り上げようとしたが……

 

 

由紀「そっか……うん、わたしの勘違いだよね?えへへ、ごめんね…」

 

由紀の笑みがだんだんと弱々しいものに変わっていき、もうどうすれば良いのか分からなくなる…。"余計な心配をかけたくない"と自分に言い聞かせ、由紀を突き放すのが正解なのか……それとも、多少の心配をかけてでも全てを話すべきなのか…。あれこれ悩んでいると、由紀が真横へと寄ってぴったりと肩を寄せてきた。

 

 

由紀「もし辛いことがあったら、すぐに言ってね?わたしじゃ大した役には立てないと思うけど、でも……何も言わないまま一人で悩む胡桃ちゃんを見てるのは、凄く辛いから……」

 

由紀は優しい声でそう言うと、頭を傾けて胡桃に寄り添う…。胡桃はその行動に多少戸惑いを見せたものの、すぐにニコッと微笑み前を向く。

 

 

胡桃「…ああ、わかったよ」

 

由紀「約束だよ?胡桃ちゃんは色んなことをすぐに一人で抱え込むから、わたしはとても心配なのですっ!!」

 

言い終わってから見せたその表情はムスッとしていて怒っているようだったが、多分"心配している"という気持ちを表現しているつもりの顔なのだろう…。真横にある由紀の顔を見た胡桃は思わず声をあげ、心からの笑みを見せた。由紀のそばにいると、沈んでいた心すら明るくなっていくから不思議だ。

 

 

胡桃「っふ…あははっ!わかったわかった、約束するよ」

 

右手を上げ、由紀の頭をガシガシと撫でる。

本当はこうして腕を上げるのも、その桃色の髪を撫でるのも少しだけ辛い…。しかしたった今約束したばかりなのだから、しっかり相談すべきなのだろうか。先日から少しずつ、身体が不自由になってきている事を……。

 

 

由紀「約束だよ?何かあったらちゃんと言ってね?これからもずっと、ずっと一緒にいてね…?急にお別れとか、そんなの絶対に嫌だよ…」

 

由紀は頭を撫でていた右手を掴み、胡桃の目を真っ直ぐに見つめる。

その眼差しはとても真剣なものであり、何時もの由紀とは別人のようだった…。胡桃は彼女の手を握り返すと繋ぎあったままの状態で湯に沈め、ため息を放つ…。

 

 

胡桃「ああ、お別れは……あたしも嫌だなぁ……」

 

由紀「…うん、だから、ずっと一緒…」

 

由紀や皆とお別れするなんて、想像しただけでも辛い。

だから、これからもずっと一緒にいたいと願う。

しかし…それは可能なのだろうか…。

 

胡桃「…実はさ、少ーしだけ、体がおかしいんだ。なんかこう、上手く力が入らなくて………」

 

ここで隠すのも申し訳ないので、胡桃は自身の体が不調である事を打ち明ける。出来るだけ心配をかけないよう、明るい声と表情で語るが、それを聞いた由紀の表情は少しだけ苦しそうだった…。

 

 

由紀「じゃ、帰ったらすぐ柳さんに言わないとね…。悪いとこ、全部治してもらおう」

 

胡桃「ん、んん……治るかなぁ…」

 

由紀「治るよ。絶対に大丈夫…。胡桃ちゃん、強いもん…」

 

湯に浸かりながら肩を寄せ、強く手を握り合う…。

正直、今の胡桃はこうして浸かっている湯の温かさすらよく分かっていなかった。温度を感じる感覚すら、麻痺してきているのだろう…。

 

しかしそんな状態でも由紀の手だけはやけに温かく感じる事が出来て、胡桃はそれを強く握り続けた…。彼女と、みんなと…何時までも一緒にいたいと願いながら。

 

 

 

 





ただふざけているだけに思えて、実は皆のことをしっかり気遣っている…。
由紀ちゃんは本当に優しい娘です。

また近い内に次回の話を含めて色々と更新する予定ですが、皆さんにも楽しんでもらえたら幸いですm(__)m



…と、ここからは余談ですが、【きららファンタジア】で遂に☆5の【みーくん】が来ますね!!これは是非ともお出迎えしたいっ!!

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