軌跡〜ひとりからみんなへ〜   作:チモシー

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百三十五話『オワリ』

 

 

果夏と喧嘩してしまった翌朝、真冬は重たい(まぶた)を開けてゆっくりと起き上がる…。辺りを見回してみると果夏は既に起きており、こちらを見てニコリと笑った。

 

 

果夏「おはよう…」

 

真冬「…うん、おはよう…」

 

向けられた笑顔にはいつもの眩しさが無く、とても弱々しい…。

その笑顔を見た瞬間、真冬は昨日の喧嘩が夢ではなく現実に起きた事なのだと確信した。

 

ただの夢だったのなら良かったのに…。

何度もそう思ったが、果夏の弱々しい笑みを見る度に昨日自分が言ってしまった心無い言葉の数々を嫌でも思い出してしまう。

 

 

 

真冬(……ボク、最低な人間だな)

 

こうしている今ですら、果夏とまともに目を合わせられない自分が嫌になる。本当なら果夏の目を真っ直ぐに見つめ、『昨日はごめん』と謝るべきなのに…。

 

その後、真冬は果夏と共に朝食を食べていったが、互いに必要以上の言葉を交わさぬまま何とも居心地の悪い時間が過ぎていく。昨日まではもっと色々な会話をして、共に笑い合う事も少なくは無かったのに…。

 

 

 

果夏「…あ、真冬ちゃん…そのね、今日、このあと一緒に……」

 

真冬「……ん?」

 

朝食を食べている最中、果夏は真冬の方を見て何かを言いたげな表情を浮かべたが、その後すぐに口を閉じて下を向いてしまう。やはり、昨日の事があったせいで話かけにくいのだろう。

 

 

真冬「……なに?」

 

果夏「あっ……あの、もう食べる物少なくなって来たから外に出て何か探しに行こうと思ったんだけど………やっぱいいや。私一人で行くから……」

 

真冬「…ボクも行くよ。一人じゃ危ないでしょ……」

 

果夏「………ありがとね」

 

昨日の事があって気まずいとはいえ、物資の調達を果夏一人に任せるのは悪い。なので真冬は朝食を終えるとすぐに支度を整え、果夏と共に外の世界へと出た…。建物から一歩外に出ると相変わらず奴らだけがうろうろとしており、空はどんよりと曇っていた…。

 

 

 

 

真冬(せめて晴れてれば、気持ちも前向きになったかも知れないのに…)

 

今は夜かと錯覚してしまいそうなくらいに薄暗い外を歩き、空を覆い尽くす灰色の雲を見つめる…。すると真冬の横で果夏も同じ様に空を見上げ、ポツリと呟いた。

 

 

果夏「雨…降ってきそうだね。出来るだけ早めに戻って来よっか…」

 

真冬「…うん」

 

真冬は果夏の意見に賛成し、彼女と共に歩みを進める…。

歩道はもちろん車道の上にすらノロノロと歩いている奴らを避けるようにして道を進み、近くにあったスーパーマーケットに足を踏み入れた。

 

店内は明かりがついておらず暗かったが、少しずつ目を慣らして奥へと進む。残っていた食料を見つけては持っていたカバンに詰めながら、奴らを警戒して進んでいった…。

 

 

 

果夏「えっと…こんなもんで良いかな?」

 

真冬「…うん、とりあえずは大丈夫だと思う」

 

マーケットの中に入って数十分……どうにか数日分の食料は確保出来た。

見たところまだ食料はあったが、これ以上はカバンに入らないのでまた次回訪れた時に頂くとしよう。

 

真冬はパンパンになったカバンを手に持ち、果夏と共に外へ出る。

外ではポツリポツリと雨が降り始めており、二人は顔を見合わせた。

 

 

 

果夏「あちゃ~、もう降ってきちゃったね」

 

真冬「…仕方ない。小走りで帰ろう」

 

あまり体や服を濡らすと風邪を引くかも知れないので、少し駆け足で道を進む。行きに通って来た道を二人並んで進み、奴らを避けるようにして駆けていく…。

 

二人はポツポツ降りだした雨に打たれながらも順調に道を進み、住み家としているあの場所までもう少しの所まで来た…。しかし、その時だった………

 

 

「おっ!?お姉ちゃん達!!」

 

横の方から男性の声が聞こえ、真冬も果夏も一気にそちらを向く。

そこでは灰色のレインコートに身を包んだ二十代半ばと思われる男が一人で立っており、彼女らの事を見て手を振っていた。

 

 

果夏「うそっ…!?人だっ!」

 

真冬「うん、人……だね」

 

ここ数日間、奴ら以外のまともな人間を見れていなかった…。

なのでもしかしたら自分達以外の人間は全て死に絶えたのかとも思ったが、やはりそんな事は無かった。

 

二人は久々に見る他の人間を前にして思わず笑顔になり、その場へ歩み寄る。男は歩み寄ってきた彼女達を見て一度はニコリと微笑んだものの、すぐに苦い表情を浮かべた。

 

 

「えっと……君ら、二人だけなの?」

 

果夏「あっ、はい…」

 

「あぁ…そっか……」

 

この地獄のような世界で1日でも長く生き延びる為にもっと大人数の仲間が……もしくはこんな女子校生ではなく、男手が欲しかったのだろう。男は少し残念そうにしていたが、それでも再び笑みを浮かべた。

 

 

「ま、二人でも良いや!せっかく会えたんだし、生存者同士仲良くしない?実は俺以外にも何人か仲間がいてさ……もし良ければ、君達も俺らの仲間に加わって欲しいんだけど」

 

果夏「えっ!?他にも生き延びてる人がいるんですか!?」

 

「ああ、そう遠くない場所にあるデカイ倉庫の中で雨宿りしてるよ」

 

男の言葉を聞いた瞬間、二人は目を丸くして驚く。自分達以外にも数人の生存者がいるという事実……それが嬉しくて、果夏はすぐに口を開いた。

 

 

果夏「ま、真冬ちゃんっ!せっかくだし、良いよね…?」

 

"良いよね"…というのはつまり、この男を含めたその生存者達の仲間に自分達も加わって良いのかという確認だろう。

 

 

真冬「うん……良い、んじゃないかな…」

 

このまま二人だけで行動しているより、他の生存者と合流した方が安全だ。そう考えた真冬はすぐに頷いたものの、不安な点もあった…。目の前にいるこの男から、少しだけ嫌な気配を感じたのだ。

 

けど、それは自分が物事を何でもネガティブな方に捉えてしまっているというだけ……ただの考え過ぎだ。真冬はそう思い、果夏と共にその男のあとをついていった…。

 

 

 

「ほら、あそこだよ」

 

少しして町外れに出た時、男が道路横にある一つの倉庫を指差す。

男が言っていた通りその倉庫はやたらと大きかったものの、トタンで出来ている外壁は錆びきっていて所々に空いている穴が目立つ…。

 

 

真冬「あなた達は…ここで暮らしているの?」

 

「この二日くらいの間はね。けど、拠点にするにはあまり良い場所でも無いからそろそろ他の場所に移動しようって相談しあっていたところだ」

 

真冬「………そう」

 

男は倉庫内へ続く扉を開き、二人をその中へと招く…。

真冬と果夏は特に警戒する素振(そぶ)りも見せぬままその中へ足を踏み入れ、そして中で待っていた数人の男女と目を合わせていった…。

 

大人の男が三人…。女が二人…。

女の内の一人は真冬達とほぼ同い年くらいであろう雰囲気だ。

 

 

「んっ?その娘達、どうしたの?」

 

中にいた生存者の一人である女性が男へ尋ねる…。

年齢は二十代前半くらいであろうその女性は背中まで伸びている黒髪を揺らしながら真冬と果夏を交互に見つめ、どこか不気味にニヤリと微笑む。

 

 

「ああ、外で見付けてきた。最初は無視しようかとも思ったけどどうやら多少の物資は持ってるようだし………」

 

と、男が言った直後だった…。

突如"ガンッ!!"と嫌な音が響き、果夏が床へと崩れ落ちた…。

 

 

 

果夏「っ…!!?いっ…たぁ………!」

 

真冬「カナっ!!?」

 

果夏はうつ伏せになって倒れ、頭を抱える…。よく見ると彼女の後頭部からは血が溢れ出てきており、彼女の茶色い頭髪や真っ白いシュシュを赤く染めていた。

 

 

真冬「この…っ!!何するのっ!!?」

 

真冬は果夏の横に膝をつき、痛みに悶える彼女に手を添えながら辺りを見回す。するとすぐ近く、二人をここまで招いた男がいつの間にかその手に鉄パイプを握っている事に気が付き、ギリッと鋭い視線を向けた。

 

理由は分からないが、この男が背後から果夏の事を殴ったのだろう。

 

 

「わりぃ。下手に暴れられたり逃げられると面倒だからさ、まずは一人黙らせておいた方が良いと思って…。まぁそういう訳だから、君も大人しくしててよ」

 

真冬と果夏はその場にいた男女達に取り囲まれ、あっという間に逃げ場を失う。真冬は床へと倒れた果夏の手を握ってその身を案じつつ、連中を睨み付けた。…が、連中は真冬の睨みなど気にもしない。

 

連中の狙いはどうやら真冬達の持っていた物資のようであり、彼女らが持っていたカバンを無理やりに奪うとその中身を取り出した。今さっき取ってきたばかりの食料や水……学校に持っていったカバンに収まっていたくらいだから大した量ではないが、その全てをこんな奴らに奪われると思うと腹が立つ。…いや、今はそんな事よりも果夏の事が心配だ。

 

 

 

真冬「カナ…大丈夫…?」

 

果夏「あぅ…っ……えへ、大丈夫…」

 

彼女はゆっくりと身を起こし、地面に座ったまま後頭部に手を添える。

そこからは未だドクドクと血が溢れ出ており、中々止まってはくれない。それでも果夏は大丈夫だと言っているが、本当はかなり痛むに違いないだろう…。

 

 

 

「どう?良い物はあった?」

 

「…まぁ、これっていう物は無いな。中に入ってた食料も大した量じゃない…俺達で分けたら一日で無くなるかも」

 

「ふぅん…。ま、無いよりはマシでしょう」

 

真冬と果夏の持っていた物資は連中の持っていた大きなバッグの中へとしまわれてしまい、(から)になったカバンが二人の目の前へと投げ捨てられる…。せっかく取ってきた物を奪われたのは悔しいが……

 

 

 

果夏「…また、一緒に集めよ…?」

 

真冬「………うん」

 

果夏の言う通り、こんな物はまた集めてくれば良い。

それよりも今は早くこの連中の元を離れ、元いたあの場所に帰らなくては。あの場所には多少の薬や包帯を置いておいたから、あそこに戻りさえすれば果夏の治療をしてあげられる。

 

 

「じゃ、キミ達の持っていた物は貰っていくから。ごめんね」

 

連中の仲間であろう一人の少女が二人へ向けて言葉を放つ。

果夏よりも一段階暗い色の茶髪をしたその少女は見た目から察するに真冬達と近い年齢なのだろうがその視線はとても冷たく、ごめんと言う言葉も形だけで何の感情も込められていないのが伝わってくる…。

 

 

真冬「っ………」

 

久しぶりに会った人間がこんなゴミみたいな奴らだなんて、本当に運が無かった…。連中は奪った物資を詰めたバッグを持って外へ出ていこうとしていたが、真冬にはその背中を悔しそうに見つめる事しか出来ない…。

 

けど、これで良いんだ…。

このまま連中が立ち去った後で例の場所に戻り、果夏の傷の手当てをしてあげよう。それから、昨日の事もしっかりと謝ろう…。真冬はそう決意し、果夏の横顔を見つめていく。

 

その一方、連中は倉庫の扉を少し開けるなり動きを止め、何やら面倒臭そうにため息をついた…。どうやら倉庫の外に嫌なものを見たらしい。

 

 

 

「奴らが集まって来てる…少しだがな」

 

「どれ……ああ、本当ね。さて、どうしようかしら…。あのくらいの数なら、無理やりに押しきっても良いのだけど……」

 

黒髪の女はポツリと呟き、う~んと唸りながら倉庫内を落ち着きなく歩く…。女は足音をヒタヒタと鳴らしながら真冬と果夏の周りを歩き、少ししてからその歩みを止めてニヤッと微笑んだ…。

 

 

 

 

「…あなた達に一つ、大切な事を選ばせてあげるわね」

 

静かな倉庫内にその声が響き、真冬と果夏はこちらを見下すように見ている女の目を見つめ返す。女は右手をそっと伸ばすと真冬と果夏の頭を順に撫で、また静かに口を開けた…。

 

 

「あなた達の…どちらか一人でいいの。ほら、あっちの壁に少しだけ穴が空いてるでしょう?あそこから手を出して、外の連中を誘き寄せてくれないかしら?」

 

果夏「え…?」

 

真冬「は…っ?」

 

思わず二人して変な声をあげてしまい、同時に目が丸くなる。

この女の言う通り、倉庫の壁には一部小さな穴が空いて外が見えていた。片腕くらいなら出せるだろう、小さな穴が…。

 

 

「なに、簡単よ。あの穴からちょっと片手を伸ばして、外の連中を誘き寄せてくれるだけで良いの。私達は奴らがそこに夢中になっている内に出ていくから、ね?お願い出来ないかしら?」

 

真冬「な…っ!?バカじゃないのっ!!?外に腕を伸ばすなんて…そんな事したら怪我するかも知れないっ!」

 

「大丈夫、運が良ければ無傷で済むわ。だから…ね?良いでしょ?」

 

女は持っていたナイフを取り出すとそれを真冬の額に突きつけ、またニヤリと笑う…。つまり、この女はこう言いたいのだろう…。こちらの提案を断るつもりなら、二人ともこの場で殺してやる…と。

 

 

 

真冬「でも…っ……もし噛まれでもしたら…」

 

「そうなれば奴らの仲間入りね…」

 

その言葉を聞いた途端、真冬の額に汗が流れる。

薄々気付いてはいたが、やはりあの連中に噛まれたりするとそこから得体の知れないウイルスのようなものに感染し、その人物は奴らと同じになってしまうようだ。となれば、ただ一つのかすり傷すら負えない…。

 

にも関わらず、この女は壁の穴から手を伸ばせと言っている…。

奴らを誘き寄せろと言っている…。

 

 

真冬「そんな……ボクは……ボクは…っ…」

 

運が悪ければ死ぬ事になる…。

そんな危険な事、絶対にやりたくはない。

真冬は力なく顔を俯けて声を震わせたが……果夏は違った…。

 

 

 

果夏「私がやる。あなた達が出ていく為に、外の人達を誘き寄せるだけで良いんでしょ?」

 

真冬「っ!?カナっ!な、何を言って……!」

 

真冬が声を荒げるながらその肩を掴むと、果夏は何も言わずにニコッと微笑む。その笑顔はとても眩しくて、これからする事がどれだけ危険な事なのか…まるで分かっていないかのような笑顔だった。

 

 

「私達は隙を見て出ていくから、それまで頼むわね」

 

果夏「…うん、分かった」

 

女は果夏が返事を返すと仲間である男達に耳打ちをして指示を出し、果夏をそこへと誘導させる…。男達に身を引かれながら一歩一歩進んでいく果夏の背中を見て、真冬は瞳を潤ませながら声をあげた。

 

 

真冬「だめっ!そんなのっ…絶対っ…!!」

 

そこまで言ったところで、真冬は声を出せなくなる。

一人の男に背後から押さえつけられ、口元を塞がれたからだ…。

 

 

「黙って見てろって」

 

真冬「んんっ…!っっ!!」

 

いくらか身を捩らせてみたが、非力な真冬では背後の男を振り払う事など出来るはずも無い…。男は真冬の口を手で塞ぎながら、その細い身を背後から抱くようにしながら力を込めていく。男の力はとても強く、まるで太い鎖で身を縛るかのように真冬の動きを封じた。

 

 

 

果夏「真冬ちゃん…」

 

「ほら、君はこっちだって」

 

果夏の身を引いていた男達は彼女の左腕を掴み、それを目の前にある壁の穴へと入れていく…。左腕が肩まで深々と入ったのを見ると男達は果夏の身をしっかりと押さえつけて逃れられないようにし、付近の壁を叩いて外の奴らを誘き寄せていく。

 

 

ガンッ!ガンッ…!!

 

トタンの壁が何度となく叩かれ、耳障りな音が鳴る…。

すると少し遅れて外の方で奴らの呻き声が響き、それがじわじわと移動を始めたのが分かった。

 

 

「ゥ…ァ…アァ…ッ…」

 

恐らくは三~四人……いや、もう少しいるだろうか…。

外から聞こえる幾つもの呻き声は纏まって移動を始め、少しずつ果夏の方へと…外に伸ばされている左腕の方へと寄る…。

 

 

真冬「んんっ!!~っっ!!」

 

聞こえてくる呻き声の位置からするに、もう誘導は充分なハズだ。今なら何の邪魔もなく倉庫の扉から出ていけるだろう。…が、男達は果夏の身を押さえつけながら壁を叩き続ける。嫌な予感がした…。

 

 

果夏「う…っっ……!」

 

「少し痛いかも知れないけど、我慢出来るわよね?」

 

黒髪の女は壁に押さえられている果夏の頬を撫で、不気味に微笑む。

まるで悪魔のようなその笑みを見た瞬間、果夏は全て察した…。この女は…この連中は……自分を無傷で帰してくれたりはしない。外の奴らは良い感じに誘き寄せられた、今ならもう扉の外へ楽々出ていけるだろうに、そうしないのが何よりの証拠だ…。恐らく、自分はこのまま…………

 

 

 

 

果夏「真冬ちゃん……ごめんね……」

 

真冬「……っ」

 

果夏は真冬の目を見つめてそう告げると、ニコッと微笑んでからすぐに唇を噛み締めて瞳をギュッと閉じ、そして……

 

 

 

果夏「んっ…ッ!!っッ…~~ッッ!!!」

 

押さえられている壁の向こう…すぐそこから聞こえる呻き声の持ち主達に左腕を掴まれ、そこが噛まれていく痛みに悶えた…。何人もの感染者から同時に与えられていくその痛みは想像していたよりもずっと激しいものだったが、それでも真冬を心配させないよう…唇を噛み締めて声を抑える…。

 

 

 

「グアァ…ッ!アァッ…!!」

 

果夏「んんっっ!!!っ……ッっ!!」

 

ブチッ…ブチッ…!と肉の千切れる音が壁越しに届き、それと同時に左腕のあちこちが熱くなる。まるで熱湯をかけられているような熱さと激しい痛みが左腕を走って気を失いそうになるが、果夏は意識を保ったまま声を堪え続ける…。ほんの少しだけ瞳を開けて真冬の方を見つめると、彼女がポロポロと泣いているのが分かった…。

 

 

 

真冬「っっ…!~っっ!!」

 

背後から押さえつけられながらも必死に身を捩らせ、瞳から大粒の涙を流し続けている。真冬との付き合いはそれなりに長いが、あんなにも泣く彼女は初めて見た…。その泣き顔はとても悲しいものであり、果夏は子供のように涙を流し続ける真冬を見つめたまま、自分の瞳からも涙を溢れさせる。

 

 

果夏「うっっ…ッ!…っっっ!!」

 

涙は一度溢れると止まることなく頬を伝い、地面へと落ちる。

腕に走る痛みがあまりに凄まじくて泣いているというのも当然あるが、一番の原因は悲しみだった。奴らに噛まれた以上、自分は真冬とお別れしなきゃならない…。大好きなあの娘だけをこんな世界に残して、自分は………

 

 

「…よし、そろそろ良いわよ」

 

果夏「っ……うぁ…ぁぁっ…ッ!!」

 

黒髪女が指示を出すと男達は果夏の身を引っ張り、壁から手を抜かせていく。外では何人もの感染者が果夏の腕を離してたまるかと爪や歯を立てていたが、男達はそれに構う事なく彼女の身を力任せに引いた…。

 

 

真冬「っ…カナぁっ!!」

 

ミチミチと嫌な音を立てながら腕を引き抜いた直後、果夏はそのまま地面へと倒れこんでしまう。直後に男の手から解放された真冬は直ぐ様果夏のそばに駆け寄ったが、地面に伏した果夏の顔には今まで見たことが無いくらいに汗が浮かんでおり、うっすらと開かれている瞳は今にも気を失ってしまいそうなくらい虚ろだった。

 

 

果夏「まふ…ゆ……ちゃ…」

 

真冬「う…ぁぁっ…!!どうすれば…どうすればっ…!」

 

倒れている果夏の横に膝をつきながら困惑する内、熱い感触が膝に伝わる。果夏の左腕から溢れ出た血は水溜まりのように広がり、真冬の膝を汚していた…。彼女の左腕は指先から肩の方まで何ヵ所も噛み千切られており、ドクドクと溢れ出る血によって真っ赤に染まっている…。その様はあまりに酷くて、もう直視なんて出来ない…。

 

 

真冬「そんなっ……こんなの嫌だ…嫌だ…っ…!」

 

「さて、じゃあ私達はもう行くから、あなたはこれから…一人で頑張ってね。その女の子があなたにとってどれだけ大切な友達なのか知らないけど、残念ね…もう絶対に助からないから、早く見捨てた方が身の為よ?」

 

もう絶対に助からない……。

黒髪女は果夏の前で涙を流す真冬へ冷たく言い放つが、真冬はただ身を震わせながら泣くばかり…。果夏をこんな目に遭わせたこの連中は許せない…それこそ、今すぐに殺してやりたいとすら思ったが…体が思うように動いてくれない。

 

 

 

真冬「カナっ……カナぁっ…!」

 

果夏「ぁぁ……あ…っ…」

 

女達は真冬の背中を見て鼻で笑い、倉庫の扉から外へと出ていく。

その際、連中は『久しぶりに面白いものが見れた』とか『あの調子だと真冬(あの女)もすぐに死ぬだろう』とか…好き勝手な事を言って楽しげに笑っていた…。連中はただ、暇潰しとして果夏の事を傷付けたんだ…。

 

 

 

真冬「っ……ボク達も…逃げないと…っ!」

 

果夏「うっ……っ……」

 

いつまでもこの場にいたら、外の奴らが中へと入ってきてしまう。

真冬は溢れ出る涙を拭ってから果夏の右腕を自身の肩へ回すと、その身を支えるようにしながらゆっくりと外へ出ていった。

 

降り注いでいた雨は勢いを増しており、二人の体は瞬く間にびしょ濡れになる…。あの連中はもうどこか遠くへいったようだが、辺りにはまだ奴らが……感染者がいる。真冬は感染者がこちらに気付いていない内に歩を進め、果夏に肩を貸しながら雨の降り注ぐ町を彷徨った…。

 

 

 

 

 

真冬「カナっ……すぐに…すぐに助けるからっ…!だから頑張って!お願いだから…死んだりしないで…」

 

果夏「もう……いいんだよ……わたしは…もう…」

 

今にも消えてしまいそうなくらいか細い声で果夏は言うが、真冬はその言葉を無視して前を向き続ける、彼女の身を引いて歩き続ける…。こんな弱々しい声ではなく、いつもの元気な声が聞きたい。だから果夏を助ける方法を見付けるべく、涙目のまま町を歩いた…。

 

 

 

 

 

 




真冬ちゃんの過去編内容についての大まかな流れは前々から考えていたのですが、いざ書くとなると本当に辛い…。これまで考えてきた流れとか全てを無視して果夏ちゃんを幸せにしてあげようかとも思ったのですが……最終的には元々の構想通りに話を進めました。

狭山真冬の過去編は次回で終わりとなっています。
それ以降は…前回の後書きでも言ったように明るい話を連続させようと思います!
もう少々お付き合い下さいませ…。

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