軌跡〜ひとりからみんなへ〜   作:チモシー

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百三十四話『ダイキライ』

 

"普通ではない人間達"に追い詰められた果夏達は咄嗟に付近の建物内へと逃げ込み、一つの部屋に立てこむ。果夏は奴らが入ってこないよう扉にしっかり鍵をかけると真冬の事をそっと抱き、狭い部屋の隅で身を寄せ合いながら助けが来るのを待った…。

 

 

果夏「…真冬ちゃん、少し寝てていいよ」

 

真冬「うん……大丈夫」

 

部屋にある小さな窓の外はついさっきまで真っ暗だったが、気付けばまた明るくなり始めている。辺りから漂う嫌な気配や人々の叫び声に怯えて過ごしている内、夜が明けたらしい。

 

果夏は隣にいる真冬の(まぶた)が重たくなっている事に気が付いて声をかけたが、真冬は一向に眠ろうとはしない…。確かに凄く眠たいのは事実なのだが、耳を澄ますと未だにどこからともなく奴らの呻き声が聴こえてしまい、それが怖くて眠れない…。

 

 

真冬「カナこそ、寝てていいよ…。ボク、一人で起きてるから」

 

果夏「えへ…大丈夫。真冬ちゃんが起きてるなら、わたしも起きてるよ」

 

自分だって昨日から一睡もしてなくて眠いだろうに、果夏はそれを感じさせぬ笑顔を浮かべる。しかしこの恐ろしい状況に流石の彼女も参っているのか、その笑顔はいつものとは違って少しぎこちない…。

 

 

果夏「あっ、そうだ。わたしね、お菓子持ってたんだ~」

 

床の上に投げ捨ててあったカバンを手に取り、果夏はその中から板チョコレートを取り出す。よく見ると彼女のカバンの中には教科書や筆記用具に隠れ、細々としたお菓子が幾つか紛れ込んでいた。

 

 

真冬「こんなのを学校に持ってきてたの…?」

 

果夏「えへへ、ほら、お昼が来るまでの間に小腹が空いちゃう事って結構あるじゃん?だから賢い果夏ちゃんはそれに備えての非常食を常に持ち歩いていたのだよ!…というわけで、真冬ちゃんも遠慮せず好きなの食べてね?」

 

真冬「………ありがと」

 

自慢気な表情で差し出されたそのカバンに手を伸ばし、真冬は適当な菓子を貰う。そう言えば昨日の昼以降何も食べていなかった…。一度それを意識してしまうとやたらとお腹が空いてしまい、真冬は果夏から貰った菓子を少しずつ、のんびりと食べていく。

 

そうしてほんの少しだけ菓子を食べていくと果夏は扉の方を見つめ、何やら考えているかのように黙ってしまった…。

 

 

真冬「…どうしたの?」

 

果夏「あ、いや……今なら外に出ても大丈夫そうだなぁって…」

 

彼女の言う通り、扉のすぐそばに奴らの気配は無い…。

あの扉を開けて廊下に出たとして、すぐに襲われるという事は無いだろう。しかし、どこかそう遠くない所では未だに奴らの気配を感じとる事ができ、真冬はその身を動かせない…。

 

扉のすぐそばにはいないにしても、そう遠くない所に奴らはいる…。

そう思うと恐怖で動けず、いつまでもここに立てこもっていたくなる…。もちろん、それが出来ない事くらい分かっているのだが。

 

 

果夏「…大丈夫!怖いなら私一人で見てくるからっ!」

 

真冬「えっ…?で、でもっ……」

 

果夏「平気だよ♪あまり遠くには行かないようにするし、ちょっと様子見てくるだけだから、ね?」

 

確かに、外の様子は確認した方が良いだろう…。

もしかすると救助に来た人や他の生存者がいるかも知れないし、それにこの部屋には果夏が持っていた菓子以外に食料が無い。なので一旦外に出てそれらの確保をするだけでもかなり状況が良くなるとは思うが…。

 

 

真冬「だめ…行っちゃだめっ!カナ一人でなんて…危ないよ」

 

あんな奴らのいる外へ一人で出ていくなんて危険だ。

何度もそう言って説得したが、果夏はニコニコと微笑んだまま『大丈夫』と言い続ける…。いくら言っても諦めない果夏を前にとうとう真冬は折れ、扉の外へと出て行く彼女を見送った…。

 

 

 

果夏「じゃ、すぐに鍵かけるんだよ?おかしな人が来たら絶対に開けちゃダメだからね?」

 

真冬はコクリと頷き、果夏が出た直後にその扉の鍵を閉める…。

果夏は『すぐに戻るから』と言っていたが、もしも戻って来なかったらどうしよう…。果夏の身に何かあったらどうしよう…。

 

狭い部屋の中、一人で膝を抱えながら色々と考えている内、真冬は自分の事が嫌になった…。どうして果夏を一人で行かせてしまったんだろう。どうして、自分も一緒に行くという言葉を言えなかったのだろう…。

 

 

真冬「本当に情けない……ボクは…どうしようもない弱虫だ…」

 

いや、弱虫というよりはただの卑怯者かも知れない…。

外に出て奴らに会うのが怖いからといっていつまでも動こうとせず、果夏一人に危険な事を任せてしまった。

 

もしもこれで本当に果夏の身に何かあったら、自分で自分の事を許せなくなるだろう…。真冬は薄暗い部屋の中で一人悩み続け、果夏の帰りを待つ。色々と不安な事はあったが、果夏は10分程してからその扉の前へと戻ってきた。

 

 

 

果夏「真冬ちゃん、戻ったよ~」

 

真冬「っ!ま、待ってて、今開けるから…」

 

閉めていた鍵を開き、そこにいた果夏の事を隅々まで見回す。彼女は見たところ怪我一つしていないようであり、元気そうなままだった。

 

 

 

果夏「外にはおかしな人達がウロウロしてたからあまり遠くには行けなかったけど、この建物の二階にこれがあったから持ってきちゃった」

 

果夏は手に持っていたペットボトルを床に置き、ニコッと笑う。

ペットボトルの中身は水であり、まだキャップが開かれていなかった。これは二階にある休憩所のような場所に置かれていたとの事なので、誰かが自動販売機から買った直後、騒ぎに巻き込まれて置き忘れたのだろう。

 

 

果夏「あとね、トイレも二階にあったよ!ここから二階まではすぐに行けるけど、万が一って事もあるから行く時は一緒に行こうね」

 

真冬「…うん。それでその…この建物の中には他に誰もいなかったの?」

 

果夏「あ……うん。みんな、どっか行っちゃったのかな…。変になっちゃってる人達なら、何人も外をウロウロしてるんだけどね…」

 

真冬「…そっか」

 

自分達が知らないだけで、どこかに緊急避難所のような物が出来たのだろうか。だとすれば、多くの人々はそこに集まっているのかも知れない。

 

 

真冬「外に出るのって…難しそう?」

 

果夏「どうかな…。私、さっき物陰からあの変な人達をじ~っと観察してみたんだけど、あの人達って動きはノロノロしてるんだよね。だから全力で走っちゃえばそう簡単には捕まらないと思うけど……」

 

真冬「じゃあ、後でボクも出ていってみる…。そうすれば他の誰か…外の奴らとは違うまともな人に会えるかも知れないし、それにこのままだと食べる物に困っちゃうから、せめて何か手に入れて来ないと…」

 

果夏「だね。じゃあまた後で一緒に行こっか」

 

果夏にはついさっき頑張ってもらったので本当は『一人で行く』と言いたかったが、真冬はその言葉に甘える事にした…。そして約束通り、二人はある程度休憩してから建物の外へと出る。果夏の言っていた通り外には奴らがウロウロとしており、こちらを見るなりのっそりと歩み寄ってくる…。

 

 

果夏「真冬ちゃん、走れる?」

 

真冬「うんっ…!」

 

怖いという気持ちを抑えて足を動かし、奴らに捕まらないよう駆けていく。やはり奴らは動きが遅く、しっかりと走ってさえいればまず捕まる事は無さそうだった。果夏と真冬は奴らを上手くすり抜けながら街の中を進み、自分達以外に無事な人…そして念の為の食料、水を探す。

 

いくらか辺りを探し回っても結局他の生存者は見付けられなかったが、すっかり無人になっていたコンビニの中から多少の食料、水を確保する事ができ、二人は手に入れた物資の代金をカウンターに置いてから再び元いた建物のあの部屋へと戻る事にした。この部屋は少し狭いが二人でいる分には充分だし、扉もわりと頑丈そうな上に内側から鍵がかけられるので過ごしやすい。

 

本当は外に出た勢いのままそれぞれの自宅を見に行こうとしたのだが、その道中には奴らが多く待ち構えていたので仕方無く引き返す事にした…。

 

 

 

果夏「ま、しばらくはここでサバイバルだね!色々と不安はあるけど、私と真冬ちゃんなら大丈夫でしょ!!」

 

真冬「その自信…どこからくるの?」

 

果夏「えへへ~♪」

 

真冬の言葉を聞き、果夏は嬉しそうに笑っていた。

今の言葉は誉め言葉ではなかったのだが、果夏が嬉しそうに笑ってくれるならそれで良い…。真冬は顔を俯けてそっと微笑み、その狭い部屋の中で彼女と共に時間を過ごした。

 

しかし事態が好転しないまま時間だけが過ぎ、気付けばもう数日…いや、数週間は経っただろう…。それだけの時が過ぎていくと少しずつ心の余裕が無くなり、元々暗かった真冬の表情が更に暗くなっていく…。しかし果夏はいつまで経っても元気いっぱいで明るい笑顔を真冬へと向け、彼女の事を元気付けた。

 

 

 

果夏「まっふゆちゃ~んっ♪えへへ、あのね、昨日雨降ったでしょ?私ね、昨日この建物の屋上に空っぽの缶とか色々置いて雨水を貯めたんだ~。だからね、今日はこれを使って体を拭こう?」

 

真冬「……うん」

 

果夏「ぬへへ~♪じゃあ脱いで脱いでっ!私が拭いてあげる~♡」

 

果夏は屋上に置いておいたという幾つかの器を部屋の床に置き、その内の一つにタオルを沈める。そうしてタオルに多少の水気を吸わせると外で手に入れた石鹸を泡立たせ、その泡をタオルに纏わせた。

 

真冬は果夏に背中を向けたまま制服を脱ぎ、下着姿になる…。

特別飾りっ気がある訳でもない、シンプルな水色の下着。

人よりも少しだけ羞恥心の強い真冬はこれまで同姓の前で着替える事すらも恥ずかしがっていたのだが、今はもうそんな恥ずかしさすらどうでも良いと思えるくらいに心が疲弊していた。

 

 

果夏「うふふ、じゃあ拭いてあげるねっ!」

 

真冬「……うん」

 

下着姿のままペタリと座る真冬の背後に寄り、果夏はその背中をタオルで拭いていく…。途中、邪魔だったブラジャーのホックを外してからしっかりと背中を拭きつつ、果夏は真冬の肌の白さに目を輝かせた。

 

 

果夏「真冬ちゃんって本当に綺麗な肌してるね!お人形さんみたいで可愛いよぉ~♡あっ、あとで私の体拭くのも手伝ってくれるかな?」

 

真冬「………うん」

 

とりあえず返事を返し、最低限の会話だけする…。

いつになったら助けが来るんだろう…。いつになったら自分達以外の人間に会えるのだろう…。もしかしたらもう、生き残っているのは自分達だけなのだろうか…。また食料が足りなくなってきた…またあの危険な外に出て物資を調達してこなくてはいけないのか…。

 

考えれば考えるだけ嫌になり、泣きたくなった……。

 

 

果夏「でも、こうして真冬ちゃんと二人っきりで何日も一緒にいられて、体の洗いっこも出来るなんて、案外悪いことばかりじゃないね~♪」

 

背後から果夏の笑い声が聞こえ、思わず眉がピクリと動く…。

 

 

真冬「……は?」

 

果夏の事は気に入っているし、果夏の笑顔も、笑い声だって好きだ。

けれど、今の真冬にはそれを明るく受け流す余裕が無かった…。

 

 

 

真冬「悪いことばかりじゃない…?バカじゃないの…。悪いことしかない…良いことなんて何も無いじゃんっ!!本気で言ってるのっ!!?」

 

果夏「あっ……そ、そのっ…」

 

背後に座る果夏を見て大声で怒鳴り、彼女の持っていたタオルを奪ってから壁へと叩き付ける。果夏はビクッと肩を震わせてから瞳を細め、申し訳なさそうに笑みを浮かべた。

 

 

果夏「ご、ごめんね…?そうだよね…大変なこと、ばかりだよね…」

 

真冬「それが分かってるならっ……そうやってヘラヘラしないでっ!!何でいつまでもヘラヘラしてるのっ!!?もう何日もずっと、誰にも会えてないんだよ!?ボクの家族もカナの家族も…もうみんな死んでるかも知れないんだよっ!!?」

 

果夏「……そう…だね」

 

果夏の瞳がウルウルと潤んでいき、"言い過ぎてしまった…"と後悔する…。何日か前、果夏は外に出るついでに自宅の方にも行ったようなのだが、そこにはもう誰もいなかったらしい…。せめて書き置きの一つでもあれば安心出来たのに、それすら無かったようだ。

 

 

果夏「でもね、私は真冬ちゃんさえ無事でいてくれれば…それだけで…」

 

真冬「っ…ボクが無事だったら何なの…?ボクがいて、カナに何か良いことがあったのっ!!?」

 

果夏「あったよ!!いっぱい、いっぱいあったよ!!!」

 

果夏の声にも勢いが増し、それに対抗するようにして真冬もまた怒鳴る。

 

 

真冬「適当なこと言わないでっ!そうやって適当なこと言ってヘラヘラ笑えば、ボクが喜ぶって思ってるんでしょう!!」

 

八つ当たりだと分かっている…。

果夏はそんな事を考えるような子ではない…。

彼女は彼女なりに自分といて何か良い思いをしており、それが嬉しくて………いや、きっと暗くなってきた自分の事を元気付ける為に精一杯笑ってくれていたのだ。それはしっかりと分かっているのに、口が勝手に動いて止まらない…。

 

 

真冬「いつもいつもっ…一人でヘラヘラしてっ…!!それに付き合わされるボクの身にもなってよ!!!ずっと…ずっと迷惑してたんだからっ!!」

 

違う…迷惑なんてしてない…。

果夏の笑顔は気に入っている…大好きだ…。

だけど今日は少しイライラしていて、その笑顔を楽しむ余裕が無いだけ……それなのに、心にも無い言葉が溢れて止まらない。

 

 

真冬「もう…嫌いっ……!カナの事なんて大っ嫌い!!!」

 

果夏「………」

 

本当に伝えるべき言葉は……伝えたい言葉はそれと真逆なのに、(たかぶ)った感情に煽られて酷い言葉を放ってしまう…。真っ向からその言葉を聴いてしまった果夏は何か言いたげに口をパクパクと動かした後……

 

 

果夏「………ごめんね」

 

一言だけ、力なく微笑んでそう言った…。

いつもの果夏なら、子供のように大号泣して真冬にすがり付いてきただろう…。『そんなこと言わないで』と泣いただろう…。しかし、今の彼女はただ弱々しい笑みを浮かべ、一滴の涙も流さずに顔を俯けた。

 

 

真冬「っ…」

 

果夏は泣いてこそいないが、その表情はこれまでに見たどの表情よりも深く悲しみ、絶望しているのが分かる…。この時、優しい言葉をかけて謝れれば良かったのに、当時の真冬はそれが出来ず、ただ一人服を着直して部屋の隅でふて寝した…。

 

一方、果夏はその場にしゃがみ込んだまま特に何をするわけでも無く、数時間ほど床を見つめ続けていた…。

 

 

 

 

 

それから更に数時間後、真冬は夜中にふと目を覚ます…。

自分が眠っていたのとは真逆の方向…そこから声が聞こえたからだ。

 

 

果夏「っ……うぅっ……ぐすっ……」

 

そちらに目線を向け、暗闇の中で響くその声が果夏の声だったと知る。彼女は部屋の隅で膝を抱えたまま、一人で啜り泣いていた…。

 

 

果夏「ママ……パパっ……」

 

真冬「……………」

 

そう言えば、果夏は家族ととても仲が良くていつも両親に甘えていた…。

両親もまた彼女の事を溺愛しており、彼女の家へと遊びに行く度その甘やかしっぷりを見せ付けられていた真冬は常に呆れ顔だった。

 

今日、自分はそれだけ家族を愛している彼女に『家族はもう死んでいるかも知れない』…なんて、酷い言葉を言ってしまった。彼女はそんな自分なんかに向けて『それでも、真冬ちゃんさえ無事なら』と温かい言葉をかけてくれたのに…自分は酷い言葉ばかり言ってしまった…。

 

 

果夏「うぅっ…!ひぐっ…ぐすっ!」

 

果夏の泣き声を聴いている内、真冬の瞳からも涙が溢れ出す…。

今すぐ彼女に謝りたい…。謝って、『カナの家族はきっと大丈夫だよ』と言ってあげたい…。けど、彼女の泣き声を聴いていると涙が止まらなくなって動けない…。

 

結局、果夏に何の言葉もかけられないまま再び眠りに落ちてしまい、翌朝…二人の間に気まずい空気だけが流れた。

 

 

 

 

 

 

 




真冬ちゃんの過去編についてはかなり前から考えていたのですが、【どんな世界でも好きな人】の方で先行して果夏ちゃんを出してきたのがいけなかったのかも…。私自身、もうすっかり果夏ちゃんに愛着が沸いてきてしまっているので、今回の話を書くのが結構辛かったです…(汗)

彼女は本当に真冬ちゃん大好きっ娘なので、その真冬ちゃんに大嫌いなんて言われたらもう……ねぇ…。

……この過去編が終わったら、暫くの間は明るい話を書き続けます(決意)


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