軌跡〜ひとりからみんなへ〜   作:チモシー

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再び柳さんの屋敷へと戻ってきた一行ですが、彼が風邪を引いてダウン…。
今回の話はその日の夜、みんなが夕食を終えて就寝に移ろうとしたところから始まります。少しだけ短めですが、楽しんでもらえたら幸いですm(__)m


百三十話『げんきになぁれ』

 

 

 

 

美紀「では、おやすみなさいです」

 

胡桃「ああ、おやすみ。また明日な」

 

少し遅めの夕飯を終えていくらかの時が経ち、就寝の時間がやって来る。胡桃はそれぞれの部屋へと入る由紀、悠里、そして美紀を見送った後、自身も部屋へ戻ろうとしたが…

 

 

 

胡桃(あいつ、もう寝たかな…)

 

ふと、そんな事が気になって足が自然と彼の部屋の前へ向く。風邪を引いてしまった彼の夕飯を運ぶのも片付けるのも悠里がやってくれた為、彼が夕飯をしっかりと取ったのは分かっているがその後はどうなのか。大人しく眠れているだろうか…。

 

 

…ガチャッ

 

一度気になったらどうしようもなくなってしまい、胡桃は彼の部屋の扉を開く…。鍵は掛かっていなかったが、部屋の中は明かり一つ点いておらず薄暗い。胡桃は転んだりしないよう注意深く歩きながら部屋の奥…ベッドがある位置まで進んだ。

 

 

「…ああ…胡桃ちゃんか」

 

胡桃「なんだ、まだ起きてたのか…」

 

ベッドの横まで辿り着くと彼がその気配を感じて身を起こし、そばにあった小さな明かりを灯していく…。その明かりによって照らし出された人物が胡桃であると分かると、彼は不思議そうに小さく首を傾げてみせた。

 

 

「こんな時間にどうした?」

 

胡桃「しっかり眠れているか心配になって…少し寄ってみた」

 

近くにあった椅子を手で引き寄せ、ベッドの真横に置いて腰かける。彼の顔は未だに気だるさが抜けていないようであり、呼吸も苦しそうなままだ…。

 

 

「ご覧の通り、どうにも眠れなくてね。寝よう寝ようとは思ってるんだけど、頭が痛くて…」

 

胡桃「そっか、大変だな…」

 

寝ようにも寝れない…それは中々に辛い事だろう。

眠る事の出来ない彼をこのまま一人にしておくのも何か可哀想な気がする…。胡桃は仕方ないなと言わんばかりにため息一つつくと、腰掛けていた椅子に背中を寄りかけた。

 

 

 

胡桃「じゃ、お前が眠るまでそばにいてやるよ」

 

「それはありがたいな…。けど、胡桃ちゃんだってもう眠いだろうし付き合わせちゃ悪い。気にしなくて良いから戻りなよ」

 

胡桃「あたしもまだ眠くない。だからそっちこそ気にすんな。ほら、どうして欲しい?子守唄でも歌ってやろうか?」

 

寝転ぶ彼を見つめてニヤニヤしながら冗談を言う…。すると彼もまたニヤニヤとした笑みを浮かべて寝返りを打ち、体ごと胡桃の方へ向いた。

 

 

 

「子守唄か…いいね。じゃあ頼む」

 

胡桃「えっ?マジっ?ほんの冗談だったんだけど……ま、いっか」

 

胡桃はスッと目を(つむ)り、小さく鼻歌を歌う…。本当は鼻歌ではなくしっかりとした子守唄を歌ってあげるべきだったのかも知れないが、それは少しだけ恥ずかしかった。

 

 

「…………」

 

彼は目を瞑ったまま鼻歌を歌う胡桃の顔を見つめ、ニッコリと微笑む。普段は少しキツい言動を取る彼女だが、こうして夜中に様子を見に来てくれたり…更には子守唄まで歌ってくれたり、本当は凄く優しい子だ。彼は彼女の子守唄を聴きながら仰向けに寝転ぶと、掛け布団の中にしまっていた腕を外へと伸ばす。

 

 

胡桃「っ…?あっ…」

 

胡桃は鼻歌を中断し、閉じていた目を開く。ピトリと、謎の感触を足に感じたからだ…。目を開けてそれを確認するとベッドに横たわる彼の右手が膝へと触れ、そのまま太ももへ上がって来ているところだった。

 

 

胡桃「ん…っ」

 

彼は目を瞑ったまま右手を動かし、ベッドの隣に椅子を置いて座っている胡桃の太ももを撫でる…。まるで何かを探しているかのように這うその手の感触に胡桃は耳の先まで顔を赤らめたが、強い抵抗はせず、ただ優しくその手を握った…。

 

すると目を閉じていた彼は嬉しそうに微笑み、動かしていた右手の力を抜いていく。どうやら、彼女と手を繋ぐ事が目的だったらしい…。

 

 

 

胡桃「…甘えん坊め」

 

呆れたように…しかし優しく微笑みを浮かべ、彼の手を握り返す。

こうして手を繋ぐなんて、普段なら恥ずかしさのあまり顔が真っ赤になってしまうだろうが、この時…胡桃の心は不思議なくらい落ち着いていた。

 

 

 

「手、冷たくて気持ちいいな……」

 

胡桃「ふふっ、そうだろそうだろ。今日のあたしは優しいからな、手ぐらいは握らせておいてやろう。だからほら、はやくお前も……」

 

 

 

『元気になぁれ』

 

『元気になぁれ』

 

胡桃は握っている彼の手をもう一方の手で撫でながら何度も囁き、その体調が一刻も早く良くなるよう祈った。

 

 

 

「その言葉…胡桃ちゃんに言われるとは思ってなかったな」

 

胡桃「…だな。あたしも思ってなかったよ」

 

"かれら"のウイルスに感染している自分が、ただの風邪に倒れている彼へ向け『元気になれ』などと言うのは少し笑ってしまう。胡桃は彼に言葉を返してヘラヘラと笑うが、彼は笑ってくれなかった…。

 

 

 

胡桃「お互い、早く治るといいな…」

 

「…ああ、そうだね」

 

胡桃は顔を俯けると、また静かに鼻歌を歌う…。

彼が早く眠れるように出来るだけ穏やかな、心地よい鼻歌を歌おう…。

胡桃は目を瞑って静かに歌いながら彼の手を握り、いつしか自分自身が強い眠気を感じてしまっていた………。

 




一応言っておきますが、この世界における彼と胡桃ちゃんの関係は【友人】であり【恋人】ではありません!ではないのですが……どこからどう見ても付き合っているような距離感ですよね(苦笑)

次回はまた今回とは違った雰囲気の話となるのですが、それでも期待してもらえたら幸いです!ではでは~!

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