軌跡〜ひとりからみんなへ〜   作:チモシー

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百二十八話『それぞれ』

 

 

 

 

胡桃「そろそろ着く頃か?」

 

悠里「ええ、もう見えてきたわ」

 

一行を乗せたキャンピングカーの先…。そこに大きな屋敷が見え始め、車を運転していた悠里は速度を落としていく。あの屋敷に暮らしている少女、水無月未奈に世話になっていたのはつい数日前の事なのだが、ここ最近は色々な事があったのでかなり前の事のようにも思えた。

 

 

 

胡桃「よし、じゃあ門あけてくる。おい、行くぞ」

 

「ああ」

 

彼と胡桃は車を降り、屋敷前にある門を開きに向かう。幸いな事にそばに"かれら"の気配は無く、手早く済ませれば何の問題も無しに中へ入れそうだったのだが…。

 

 

ギッ…ギ……

 

 

胡桃「っ…相変わらず開けづらいな」

 

横開きタイプの門はどこか錆びているらしく、一人でなら開けるのにかなりの時間を使っていただろう。しかし二人がかりでなら比較的早めに開く事ができ、彼と胡桃は悠里達の乗る車を屋敷の敷地内へと誘導した。

 

 

 

悠里「二人ともお疲れ様」

 

車を敷地内へ停め、悠里達も外へ降りる。彼と胡桃は今開いたばかりの門をしっかりと閉めなおし、悠里達と共に屋敷の玄関前へと立った。

 

 

 

由紀「みんな元気にしてるかな?」

 

悠里「ええ、たぶん大丈夫でしょう」

 

などと言う言葉を由紀と交わし、悠里が玄関へ手を伸ばした時…その扉は内側からゆっくりと開かれていく。次の瞬間、そこから小さな影が飛び出して由紀の元へと一直線に飛び付いた。

 

 

 

由紀「わっ!?お~、ヒメちゃんだ~♪」

 

飛び付いてきた幼い少女、白雪の頭を撫で、由紀は満面の笑みを浮かべる。長くて綺麗な銀髪を揺らすこの人形のような少女は未奈と暮らしている人間の一人であり、幼さのわりにしっかりとした子だ。

 

 

 

白雪「みんな、元気そうでよかった…」

 

美紀「白雪ちゃんもね。未奈さん達も元気?」

 

 

未奈「えへへ…元気ですよぉ」

 

白雪が答えるよりも先に玄関から本人が顔を出し、美紀達の顔を見回して微笑む。長い黒髪、そして黒いワンピースと黒づくしの格好が印象的なこの少女こそ、この屋敷に元から暮らしている人物…水無月未奈だ。彼女は外に出ていた美紀達が元気そうだと分かると子供のような笑みをニヤニヤと浮かべ、全員を屋敷内へと招いた。

 

 

 

誠「なんだ、全員元気そうだな」

 

宮野「ええ、本当によかった」

 

未奈と白雪に招かれて屋敷へ踏み入れた後、二人の男女が笑顔で一行を迎える。二人の内の一人…無精髭を生やし、パッと見では少し怖そうに見える男性は浅倉(マコト)。そして、その隣に立つ黒髪の女性、宮野。どちらも今はこの屋敷に暮らしている人物だ。

 

 

 

悠里「そちらも元気そうで良かったです」

 

未奈「色々話したい事はあるけど、とりあえず部屋まで移動しましょうか。ゲン君も待ってますから♪」

 

「んん、そうしようか」

 

未奈に先導を任せ、一行は薄暗い廊下を進んでいく。そうしていくらか進んだ先にある一つの扉の向こうはリビングとなっており、未奈と仲の良い少年…弦次(げんじ)の姿がそこにあった。

 

 

 

弦次「どうも。みんな無事だったみたいで一安心だ」

 

「そっちもね」

 

彼は弦次と軽い言葉を交わした後、部屋の隅にあった椅子へと腰掛ける。由紀や未奈達もそれに続くようにして適当な場所に腰を下ろし、それぞれが近況報告を始めた。

 

 

 

誠「…で、急に戻ってきたって事は何かあったのか?」

 

「いや、ただお互いの無事を確認する為に戻ってきただけですよ」

 

誠「なるほど…。そう言えば、胡桃の調子はどうだ?」

 

彼のそばへ歩み寄り、誠は小声でそれを尋ねる。弦次と未奈には胡桃が感染している事を伝えていない為、大きな声では尋ねられないのだ。

 

 

 

「…まぁ、今はそう悪くないと思う。それに、あの子を治療出来るかも知れない人と会えたんで、とりあえずは一段落した感じですかね…」

 

誠「治療?へぇ…この短期間でそんなヤツまで見付けて来たのか…」

 

「……どうにかね」

 

あとはあの男…柳が胡桃の事を治せれば大きな問題が一つ片付く。

彼にとっての胡桃は絶対に失ってはならない…大切な仲間だ。

彼女が治る日が一日でも早く訪れるよう祈り、彼はため息を放った…。

 

 

 

誠「…おっと、俺からもお前に言っておく事があったぞ。結局、あれからも境野(さかの)の仲間は現れなかったが……一人、変なヤツが来た」

 

「変なヤツ?」

 

誠「ああ、数日前にな…。たぶんお前達とそう変わらない年の子だと思うんだが…一人の女の子がここにやってきてな。いや、やってきたというより、忍び込んで来たって感じだったが…」

 

誠は壁に背を寄りかけながら顎に手をあて、これまた彼にしか聴こえぬよう小声で話す…。どうやら、これも未奈達には話していないようだ。

 

 

 

誠「二階から外を見張ってた俺はその子が忍び込んで来たのに気付き、入り口に先回りして声をかけたんだが…どういう訳か襲われちまってな」

 

「襲われたって…その子に?」

 

誠「ああ。話してる途中で急に殴りかかってきた。けど偶然通りかかった白雪を見た途端大人しくなって、そのまま何事も無かったみたく出ていったよ」

 

「へぇ……」

 

一人で来たというのなら境野の仲間ではないと思うが、自分達と近い年の子だというのが少し気になる…。彼が頭の片隅で嫌な予感を感じたその時、屋敷の外から車のエンジン音が聞こえた…。

 

 

 

未奈「だ、誰だろう…?」

 

悠里「たぶん、私達が今お世話になってる人だと思います。支度に手間取っていたみたいだけど、後から追い付くって言ってたので…」

 

誠「なんだ、お前らの知り合いか。危ないヤツじゃないってなら、門を開けるの手伝ってくるかね…」

 

弦次「ああ、俺も行きます」

 

外から響くエンジン音はきっと、柳達が乗っている車のものだろう。

その車がすぐ敷地内へ入れるようにと誠、弦次の二人は外へ向かい、それからすぐにリビングへ戻ってきた。新たにやって来た来客、柳と…もう一人の少女を引き連れて…。

 

 

 

 

柳「いやぁ、ここに来るのも久々だね…」

 

未奈「ひっ…!!?」

 

誠達が連れてきた二人の来客の内の一人である柳を見た瞬間、未奈はよく分からない声をあげながら目の前にあったテーブルへ顔を伏せる。何やらかなり慌てているようであり、彼女の隣に座っていた由紀と美紀は心配そうな眼差しを向けた。

 

 

 

美紀「大丈夫ですか?」

 

由紀「どうしたの?具合悪いの?」

 

未奈「い、いや…その……」

 

未奈は額に冷や汗を浮かべ、由紀と美紀に苦い表情を見せ続ける…。また、そんな彼女と同じ様に冷や汗を浮かべ、苦い表情を見せている少女がもう一人いた。部屋に入ってきた柳の背後、そこに隠れるように身を小さくしている狭山真冬だ。

 

 

 

胡桃「真冬、顔色悪いぞ…」

 

真冬「……そんなことはない」

 

小声でボソッと答えた後、真冬は胡桃の横へそそくさと移動する。どこか様子のおかしい真冬を見て胡桃達が首を傾げる中、誠は彼女の事をじ~っと見つめていた。

 

 

 

誠「……………」

 

真冬「っ…!?」

 

 

誠「………どっかで見た顔だな」

 

真冬「き、きっと気のせい…」

 

胡桃を盾にするかのようにして誠の視線から逃れ、真冬は冷や汗を流す…。直後、誠は彼のそばへと戻り、小さな声で呟いた。

 

 

 

誠「この前忍び込んで来た女の子、あの子だな…間違いない」

 

「…マジか」

 

誠「ああ、マジだ」

 

その後、彼は手招きして真冬の事を呼び、誠と三人で廊下へと出る。

誠が言っている事に間違いは無いか…。もしそうなら、真冬は何が目的でここへとやって来たのか…それを本人の口から聞く為だ。廊下へ出て由紀達の目から離れた事により、真冬は正直にそれを話してくれた。

 

 

 

 

真冬「あの時ここに来たのは…由紀達を見つけ出すためだった…。少し前まで、ボク達と敵対していた如月(きさらぎ)さんって人達がいたんだけど…その人達の隠れ家にこの屋敷の事や由紀達の情報があって、それを手掛かりにやって来たの…」

 

誠「如月ってのは境野の仲間だな……前に宮野から聞いたよ。つまりお前はその如月ってヤツの隠れ家から得た情報でこの屋敷の事を知り、由紀達を探しにきた訳か…」

 

境野は弦次を脅して物資を得ていた人間であり、この屋敷の事もよく知っていた。そんな境野の仲間である以上、如月にこの屋敷の情報が伝わっていてもおかしくは無い。

 

 

 

誠「けどあの時俺を襲った理由や、由紀達を探していた理由は何だ?」

 

真冬「あの時のボクは少し危ない考え方をするヤツだったから…。だらだら話すよりも先にキミを黙らせて、早いところ由紀達を見付けようと思っていた…。由紀達を探していた訳は…その……」

 

「……まぁ、その辺はまた今度でいいだろ。とりあえず今はそれなりにいい子になってるはずなんで、一つ許してやってはくれませんかね?」

 

真冬は元々、由紀達を見つけ出し、場合によっては殺す事すらも考えていたような子だ。しかし本人はあの時の事を深く反省しており、今は由紀達と共に前を向いて生きていきたいと心から願っている…。彼が真冬の背をポンと叩くと、彼女はペコリと頭を下げた…。

 

 

 

真冬「ご…ごめんなさい…」

 

誠「…まぁ、別に怪我した訳でもないから構わないけどな。けど、まだ気になる事があってよ…。お前、その如月ってヤツらの隠れ家に行ってよく無事だったな?敵対してたんだろ?」

 

真冬「それはその、如月さん達を全員……大人しくさせたから…」

 

誠「大人しくさせたって…どういう意味だ?」

 

真冬「え、えっと……」

 

真冬は慌てたようにバタバタと手を動かし、それから彼へ耳打ちをする…。真冬から何かを聞いた彼は苦笑し、彼女の代わりに返事を返した。

 

 

 

「とりあえず、もう如月って人達がこの辺に現れる事は無いかと…」

 

誠「……ちょっと待て、宮野を呼んでくる」

 

境野の事、如月の事…どちらも深くは知らない為、誠は元々その仲間だった宮野を呼ぶ事にした。誠に呼ばれて廊下へと現れた宮野は真冬から細かな話を聞くと、目を丸くして驚いた。

 

 

 

宮野「君が…如月さん達を?」

 

真冬「うん…。ボクと、あと二人の男の人とで、あの人達と戦った…」

 

宮野「それで、勝ったの…?あの時、如月さんは境野さんから人手を借りていたから、相当な人数だったはずだけど…」

 

真冬「うん…。手こずったけど全滅させた…」

 

その言葉を聞いた宮野と誠は無言のまま真冬の事を見つめた後、互いの顔を見合わせる。たった三人で如月達を倒したというのは信じられない話だが、真冬の顔は嘘をついているようなものではない…。また、それならそれで納得のいく事もあった。

 

 

 

宮野「じゃあ境野さんの仲間が…如月さんがここに攻めて来なかったのは、君達と戦って負けたからなんだ…。そう言えば、この屋敷に来るのは今争っている人達を処分してからだって、如月さんが言ってたなぁ…」

 

誠「結局、処分されたのは自分達だった訳だ。にしても、それは良い(しら)せだな。これからは必要以上に警戒する必要もないって事だ。窓にくっついて外を見張るのもそろそろ飽きてきたとこだしな…」

 

宮野「そう…ですね。あの人達がもういないのならある程度は安心して暮らす事が出来そうです。まぁ、油断し過ぎるのもどうかと思いますけど…」

 

心配していた事が意外な形で片付き、誠はお気楽な笑みを浮かべてリビングへと戻る。彼や真冬、宮野もそれに続いてリビングに戻ると、ちょうど未奈と柳が話しているところだった。

 

 

 

 

柳「今までよく無事だったね。未奈くんは大人しくて弱々しい子だったから、こんな世界ではもうダメだろうなと思っていたよ」

 

未奈「は、はぁ…そうですか…。私は…柳さんは今も生き延びてるんだろうなぁと思ってましたよ…」

 

弦次「…そんなに凄い人なのか?」

 

未奈「というか、この人が簡単に死んじゃうとこがイメージ出来ないの…。かなり前、何度か家に来てた事や、逆に私達の方からも柳さんの家に行った事があったけど、その頃からこの人苦手…」

 

顔を伏せ、隣にいる弦次にしか聴こえぬよう小さな声で未奈は呟く。

未奈の両親と柳は知人関係にあり何度か顔を合わせる事があったものの、柳の冷たい目や雰囲気が昔から苦手だった…。

 

 

 

胡桃「そういや、家を留守にして良かったのか?」

 

柳「ああ。穂村君と圭一君に留守を任せてきたし、あまり長居するつもりでもないしね」

 

胡桃と柳の会話を聞き、未奈はホッと一安心する。胡桃達は何時までいてもらっても構わない、むしろずっと一緒にいたいくらいだが、柳にはあまり長居して欲しくなかった。

 

…が、その後。

皆で様々な雑談を交わしていく内、未奈は考えを改めていく。

記憶の中での柳は冷たい人、怖い人…そんなイメージがあったのだが、こうして話しているとそんな事も無いような気がした。いや、今でもどこか冷たいような、怖い雰囲気は確かにある。けど、前ほど酷くないような…そんな気がした。

 

 

 

 

白雪「お姉さん、この前ここに来てましたよね?」

 

真冬「えっ…あ、うん…」

 

それぞれが雑談を交わす中、白雪は部屋の隅にいた真冬のそばへ寄るとその顔を見つめて尋ねる。あの時、誠と対峙していた真冬は白雪の顔を見るなりそれを止めたのだが…それには理由があった。当時の真冬は他人の事などどうとも思わない冷酷な人間だったが、それでも…白雪のような幼い子供だけは好きだった。

 

 

 

真冬「ボクは狭山真冬…。キミは?」

 

白雪「あっ、八島(やしま)白雪です。真冬さんの事は由紀達から聞きました。普段は大人しくて静かだけど本当は優しくて……自分の事をボクっていう可愛い人だって♪」

 

真冬「う…ぅっ…」

 

チラッと顔を背けると、目線の先にはこちらを見つめてニコニコと微笑む由紀と美紀がいた。恐らく、白雪に色々と教えたのはあの二人だろう…。物心ついた頃から自分の事を"ボク"と言い続けてきた真冬だが、白雪のような子にそれを"可愛い"と言われると言い様の無い恥ずかしさに襲われた…。

 

 

 

真冬(これからは…一人称を"私"に変えていこうかな…)

 

思わずそんな事を考えてしまったが、これまで続けてきたものを今さら変えるなんて多分無理だろう…。真冬は深くため息をつき、とりあえず…白雪の頭を撫でることにした。やはり、小さな子は好きだ…。

 

 

 

 

 

 

 


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