軌跡〜ひとりからみんなへ〜   作:チモシー

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百二十七話『がいしゅつ』

 

 

 

由紀「そういえば、未奈ちゃん達は元気かなぁ…」

 

昼を少し過ぎた頃、由紀は広間のソファーに座りながら窓の外を眺めてポツリと呟く…。ここへ来る数日前まで世話になっていた少女…水無月(みなづき)未奈(みな)。由紀達が今世話になっている柳の屋敷には少し劣るが、彼女も広い屋敷に暮らしていた…。

 

 

悠里「たぶん大丈夫だとは思うけど、少し心配ね…。よし、ちょっと様子を見に行ってみましょうか?」

 

由紀の隣に座っていた悠里もまた未奈達の事が心配だった為、そっと立ち上がってから由紀の事を見つめる。すると由紀は嬉しそうに微笑みを浮かべ、勢いよく立ち上がった。

 

 

 

由紀「じゃあ支度しないとねっ!」

 

悠里「ちょっと待っててね。一応、柳さんに許可をもらってくるわ。何も言わずにいなくなったら驚かせちゃうかも知れないから」

 

由紀「あっ、そっか。じゃあ、わたしはここで待ってるね~」

 

笑顔の由紀に見送られ、悠里は広間から廊下へと出る…。

柳が今どこで何をしているか知らないが、恐らく自分の部屋にいるハズだ。悠里がそう思った通り柳は自室にいて、デスクについたまま何らかの作業をしているようだったが、それを中断して悠里の話を聞いてくれた。

 

 

 

柳「ん?どうした?」

 

悠里「忙しいところをすみません…。あの、少し話が……」

 

頭を軽く下げてから柳のそばへ寄ると、悠里は未奈達の事をある程度話してから外出の許可を求める…。悠里は未奈達の名前は伏せ、『ここから遠くない所に屋敷があって、そこに暮らす少女達にお世話になった』と話しただけなのだが…その話を聞き終えた時、柳は驚いたように目を丸くしていた。

 

 

 

柳「この辺りにある他の屋敷というと、水無月の所か…」

 

悠里「知ってるんですか?」

 

柳「近い所に似たような屋敷を持っていると、自然と交流があったりするものなのさ…。まぁ、交流といっても本当に些細(ささい)なものだったが…」

 

鼻で『ふふっ』と笑い声をあげた後、柳はそっと立ち上がる…。

そうしてから部屋の隅にかけていた茶色のコートを上着として羽織ると、柳は悠里の方へ顔を向けた。

 

 

 

柳「わざわざ私の許可なんか取らなくても、外出に関しては好きにしてくれていいよ。ただ、今回だけ私も同行していいかな?」

 

悠里「ええ、構いませんよ」

 

話によると、柳は水無月家の人間に挨拶したいらしい…。とは言え、今あの場所で生き残っている人間の中で水無月の名を持つ者は未奈だけなのだが、柳はそれでも構わないとの事だった…。

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~

「あれ、出掛けるんですか?」

 

柳から外出の許可を貰ったので一旦自室に戻り、外出の支度を終えた悠里が廊下を歩いていると、その向かいから彼が現れる。彼は悠里がその背中にカバンを背負っている事に気が付き、不思議そうな顔を浮かべていた。

 

 

悠里「ええ、少し未奈さんの所に行って様子を見てこようと思って。ちょうどあなたにも声をかけに行こうとしていたところなの。どう?一緒に行く?」

 

「じゃあ、ついていきましょうかね」

 

悠里「そう。じゃあ少し頼みたいんだけど…胡桃にも声をかけてきてくれるかしら?たぶん、自分の部屋で休んでいると思うから」

 

「はいはい、了解です」

 

申し訳なさそうに両手を合わせて頭を下げる悠里とその場で別れ、彼は胡桃の部屋へとたどり着く。彼女の部屋の扉に手をかけてみると鍵がかかっていないようであり、あっさりと中に入る事が出来た。

 

 

 

 

 

「お~い、胡桃さ~ん」

 

入ってすぐの所で立ち止まり、部屋の奥へ向けて声を放つ…が、返事は無い。その後も二度、三度と彼女の事を呼んでみたが何の反応も無かった為、彼は部屋の奥へ足を踏み入れる…。しかし部屋の奥にも胡桃はおらず、ベッドの上にもその姿は無い…。

 

 

(どこに行ったんだ?)

 

部屋にいないとなると、他に考えられるのは広間か庭だろうか…。

仕方なくその場を立ち去ろうと彼が動いた時、部屋の入り口付近にある一つの扉の向こうから物音がした…。柳がくれた部屋は全て同じ間取りの為、そこが何の空間なのかは彼にも分かる。恐らく、バスルームだろう。

 

 

(ここに入るのはさすがに………いや、りーさんに頼まれてるしな…。これも仕事の内、仕方ない…!)

 

心の中でそう言い聞かせ、そこへ通じる扉に手をかける…。ここにも鍵はかかっておらず、彼の口角は自然と上がった…。

 

 

 

ガチャ…ッ…

 

扉の向こうには洗面所と脱衣場が合わさった広めの空間があり、その奥には更にもう一つ…()りガラスで出来た扉があった。ここまでくると物音もハッキリ聞こえるようになり、磨りガラスの向こうからシャワーを流す音や、湯桶(ゆおけ)を動かす音が聞こえる…。また、ガラス扉の横の方には大きなカゴが置かれていて、中には綺麗に畳まれた巡ヶ丘学院高校の制服があった…。

 

 

 

 

胡桃「……誰かいる?」

 

磨りガラス越しに気配を感じたのか、扉の向こうにいた胡桃がシャワーを止めて声を出す。カゴの中をそ~っと覗いていた彼は一瞬ドキッとしたが、すぐに落ち着いた雰囲気で返事を返した。

 

 

 

「あ、ああ…僕だよ」

 

胡桃「っ…!?何でそんなとこにいんだよ?」

 

「いや、りーさんから頼まれてさ…。これから未奈ちゃんの家へ行くみたいだけど、胡桃ちゃんも行くかい?」

 

胡桃「未奈の家?ああ…そっか…。うん、いこっかな…」

 

「分かった。じゃあ、そう伝えておくよ」

 

止まっていたシャワー音が再び響く中、やるべき事を終えた彼はそのまま立ち去ろうとするが…まだ気になる事があった。胡桃が何故、こんな時間にシャワーを浴びているのかという事だ。今の時刻は昼を少し過ぎた辺り…。昼にシャワーを浴びる事などそう珍しくもないかも知れないが、ただ何となく気になった。

 

 

 

「何でこの時間にシャワー浴びてんの?」

 

胡桃「えっ?なんだよ…昼にシャワー浴びたらダメなのか?」

 

「いや、そうじゃないけど…。なんとなく気になってね」

 

磨りガラスの向こうで動く影を見つめつつ、彼はゴクリと喉を鳴らす…。この薄っぺらい扉の向こうにいる胡桃は今、一糸纏わぬ姿に違いない。そう思うとついドキドキしてしまう…。

 

 

胡桃「…さっきまで庭で走り込みしててな。その途中、小石につまずいて思い切り転んで、体が汚れた。だからシャワーを浴びてる。これで答えになってるか?」

 

「はぁ、なるほど…。怪我とかしてない?」

 

胡桃「うん、それは大丈夫。心配してくれてありがとな」

 

ならば良かったと一安心して、彼はもう一度だけカゴの中に視線を移す。ここにしまってある服は綺麗な物なので着替えの為に用意したのだろうが、たたまれている制服の下には下着もあるのではないだろうか…。いや、間違いなくあるハズだ。

 

 

 

(…ちょいと覗いてみるか)

 

カゴの前に腰を下ろし、中に入っていた制服に手をかける…。これを捲れば、その下にある物が拝める。扉の向こうでシャワーを浴びている胡桃に気取られぬよう、そっと静かに手を動かす彼だったが……

 

 

…ガチャッ

 

「っ!!?」

 

そばにあった扉がゆっくりと開き、彼は慌てて腕を引っ込める。更にその場からピョンと飛び退いて数歩分の距離を離れ、カゴなど全く見ていないかのように目を逸らした。

 

 

 

胡桃「……りーさんのとこ、戻らないのか?」

 

「い、いや…これから戻るけど……」

 

開かれた扉の隙間、肩から先だけを出した状態の胡桃が彼の事を怪しむような目で見つめる…。何かを疑うような目で見られている事に彼は冷や汗を浮かべるが、目線は胡桃を捉えて離さない。扉の隙間からこちらを覗いている彼女の湯に濡れた髪や肩が色っぽく、つい見つめてしまうのだ。

 

 

 

胡桃「…一緒に入るか?」

 

怪しげな笑みをニッ…と浮かべ、胡桃は尋ねる…。

その言葉を聞いた瞬間、彼は自分の耳を疑ったが、彼女は確かにそう言った…。しかし、間違いないと分かっていても万が一という事がある。彼は扉の方へ一方歩み寄ると、彼女の目を見つめ返した…。

 

 

 

「…入っていいのかい?」

 

胡桃「んん、ダメだな。今のは冗談だし」

 

怪しげな笑みから一変…。今度はやたらと楽しそうに満面の笑みを浮かべ、胡桃は笑い声を漏らす。彼女が楽しそうなのは良い事だが、少し悔しいという気持ちもある…。なのでその仕返しとして、彼は扉の隙間から出ていた胡桃の手首を掴んだ。湯に濡れているせいか、ほんのりとだけ温かなその手を…

 

 

 

胡桃「お、おいっ!」

 

「このまま、こっちへ引っ張り出してやろうか……」

 

ニヤリと微笑み、彼女の手首を握る力を強める。この腕をグイッと引っ張れば彼女はこちらへ倒れ込み、磨りガラスの向こうに隠していた一糸纏わぬその姿を晒す事となるだろう…。

 

 

 

胡桃「引っ張ってもいいけど、やるなら覚悟しろよ…。もし本当に引っ張りなんかしたら、その瞬間大激怒するからな……」

 

「………」

 

鋭く、そして冷たい眼差しを向けられ、彼の表情が曇っていく。微かに赤くなっている頬を見るに胡桃もある程度の恥ずかしさは感じているようだが、その状況でもこんなに鋭い目が出来るのはさすがだと思った…。

 

 

 

「…今回はやめておく」

 

胡桃「ああ、それがいい…。ついでに言っとくけど、着替えの入ったカゴと洗濯カゴの中も覗くなよ?」

 

彼はコクリと頷き、胡桃の手を離す…。しかし、彼女はそれでもまだこちらを覗いていた。どうやら、彼がここを去るのを見届けるつもりらしい。

 

 

 

胡桃「ほら、早く帰れって」

 

「はいはい、分かりましたよ…」

 

磨りガラスの横に置かれていたカゴ…そして脱衣場の隅にあった洗濯カゴを観察したかったが、胡桃の目がある以上それは叶わない…。彼は渋々その場を立ち去ると、広間で待っていた悠里、由紀、そして美紀の元に向かった。

 

 

 

 

悠里「胡桃はどうするって?」

 

「行くらしいですよ。でも今はシャワー中なんで、もう少しかかるかも…」

 

悠里「そう。じゃ、胡桃が来るまで待ちましょうか」

 

悠里はもちろん、由紀と美紀も既に支度を終えているらしく、腰掛けているソファーの横にはそれぞれのカバンが置かれていた。彼自身も胡桃の部屋からここに来る途中に自室へ戻って軽い準備を終えた為、あとは胡桃の到着を待つのみだ。

 

 

 

美紀「柳さんと真冬も来るんですよね?支度が長引いてるのかな…」

 

悠里「どうかしら?準備が済んだら、先に私達だけで行っても良いって言われてるけど…」

 

悠里の話だと柳の他、真冬も今回の外出に同行するようだが、この広間に二人の姿は無い…。それから十数分後、準備を終えた胡桃が広間へと現れた為、彼等は柳・真冬より一足先に外へ出る事とした…。

 

 

 

 

 




というわけなので、次回は久し振りに未奈ちゃん達を登場させる予定です。出来るだけ早めの更新を心掛けますので、楽しみにしてもらえればと思います( ´ー`)

ではでは~(* ´ ▽ ` *)ノ



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