軌跡〜ひとりからみんなへ〜   作:チモシー

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十四話『守るという事。』

 

 

 

 

美紀「うわっ!!由紀先輩来て下さい!水冷たくて気持ちいいですよ!」

 

川の中に足を入れて美紀が由紀に言った。

 

 

 

由紀「…あ、うん!」

 

少し遅い反応で由紀が返事を返し、美紀の方へ駆け寄る。

 

 

 

胡桃「……由紀…少しだけ元気ないな。やっぱ杏子さんの件があるからかな?」

 

 

悠里「…いえ、多分違うわ。確かに残念がってはいたけど、家族を待っているなら仕方ないってちゃんと納得していたから。」

 

川の側の道路に停めたキャンピングカーに寄りかかり、由紀と美紀を見守りながら胡桃と悠里が会話をする。

 

 

 

胡桃「…んー、じゃあアイツのせいか。」

 

胡桃が視線を移して言った。

 

 

 

悠里「……かもしれないわね。」

 

悠里も同じ方向へ視線を移す、そこには由紀達から少し離れた川の下流の方で一人、ナイフの血を洗い流している彼がいた。

 

 

悠里「ビルを離れてから元気が無いわね…杏子さんが来なかったのがショックだったのかしら?」

 

 

胡桃「…さて、どうだろうな。そんな事であそこまでへこむようなヤツじゃないと思うんだけど…。」

 

 

悠里「…………。」

 

 

胡桃「……少し話してくるわ!私もシャベル洗わないといけないし。」

 

 

悠里「ええ、頼むわね。」

 

胡桃は悠里にそう言って、シャベルを持ちながら彼の方へと歩いていった。

 

 

 

 

「……………。」

 

ゴシゴシゴシゴシ。

 

川辺に座り、手元を真っ直ぐに見つめながら、彼はナイフを磨いていた。

 

 

「………ふぅ…。」

 

 

 

胡桃「どーした?溜め息なんかついてさ。」

 

いつの間にか、彼の背後には胡桃が立っていた。

 

 

「あぁ…胡桃ちゃん、どうした?」

 

心なしか暗い声で彼が言った。

 

 

 

胡桃「あたしもシャベル洗おうと思ってさ…」

 

そう言って胡桃も彼の隣に座ると川にシャベルを浸けた、それと同時に彼の洗うナイフに視線を落とす。

 

ゴシゴシ…

 

 

胡桃「…あのさ、もう十分綺麗だと思うよ?」

 

磨かれたナイフをみて胡桃が言う。

 

 

 

 

「……ん?」

 

 

胡桃「いや、ナイフ…もう綺麗になってない?」

 

 

 

「…あぁ、そうだね、気付かなかった。」

 

 

 

胡桃「気付かなかったって……あんなにガン見しながら洗ってたのに、なんで気付かないんだよ。」

 

 

 

「ちょっと考え事をね…。」

 

 

 

胡桃「…なんかあったのか?杏子さんと別れてビルを出てから…なんか様子がおかしいぜ?」

 

シャベルを軽く磨くと、それを横に置き、彼を見つめながら胡桃が言った。

 

 

 

「………ううん。大丈夫。」

 

彼が胡桃に目線も合わせずに言った。

 

 

 

胡桃「そう見えないから言ってるんだけどな……。」

 

そう言いながら、視線を彼から空に移す胡桃。

 

 

 

 

(あの後、部屋に戻り皆に杏子さんは一緒に来れないと伝えた。…実家に両親宛の書き置きを残してしまっているから、両親をここで待ち続けないといけないらしいと……由紀ちゃんは残念そうにしていたが…思っていたよりもあっさりと納得してくれた。)

 

 

(更にその後、顔を見ると別れが辛いからそのまま挨拶等は無しで出ていって欲しがっていると伝えた。これは僕が考えた言い訳だけど……だけどさすがにこれはキツかったのか、由紀ちゃんは悲しんだ。)

 

 

(そんな由紀ちゃんを見て胡桃ちゃんが『挨拶くらいはしていっても良いんじゃないか?』と言ってきたが、僕が黙り込んでいるのを見たりーさんと美紀さんが何かを察してくれたのか、二人を説得してくれて大人しくビルから立ち去る事が出来た。)

 

 

 

(恐らく、りーさんと美紀さんは杏子さんが噛まれていた事までは気付いていないとは思う。…だけど僕が暗い表情だったのを見て助け船を出してくれた、本当に助かったよ。)

 

 

彼は悠里と美紀に改めて感謝した。

 

 

 

 

 

(…そして胡桃ちゃんに言われて気付いた、僕はあれから自分の知らぬ間に落ち込んでいたのか。)

 

彼がそんな事を考えていると不意に胡桃が言った。

 

 

 

胡桃「由紀が心配してる。」

 

 

「!」

 

そう告げられ、彼は驚く。

 

 

 

胡桃「気が付いて無かったんだな。…あいつ、自分も杏子さんが一緒に来れなくて寂しいハズなのに、それよりもお前の心配をしてるんだ。…そのせいであいつも少し元気がない、まあ今は美紀があいつが元気になるように上手く頑張ってくれてるけどな。」

 

 

 

彼が視界を川の上流に向けるとそこでは美紀と楽しそうに水遊びをしている由紀の姿があった。

 

 

 

胡桃「な?…美紀って普段はあんなにはしゃぐヤツじゃないんだ。なのに今は由紀を元気付ける為に、ああやって頑張ってくれてる。」

 

 

 

「ああ……僕が由紀ちゃんに心配をかけたせいで、美紀さんには迷惑をかけてしまった訳だね。」

 

 

 

胡桃「そういう事だな。…それと、一応言っとくけどさ…。」

 

 

 

「何?」

 

 

 

 

胡桃「お前の事を心配してるのは由紀だけじゃない。りーさんも美紀も、それにあたしも…心配してるんだ。」

 

胡桃が彼の目を見つめて言った。

 

 

 

「………。」

 

 

(そうか……僕は杏子さんにこの人達を守ると誓ったのに、もうこの人達を苦しめていたのか…。)

 

 

(守るっていうのはただ生かしておく事じゃない。あの人の…杏子さんの好きだったこの人達の笑顔を守るという事。………僕は杏子さんと別れた後でもこの人達がそれを悲しまず、しっかりと笑顔で過ごせるよう努力をするべきなのに…その僕が一番落ち込んでいたなんて、全く情けない。)

 

 

彼は磨いていたナイフをしまい、気合いを入れる為に自らの頬をパンッ!と叩くと、立ち上がってまだ横に座っている胡桃に言った。

 

 

 

「胡桃ちゃん、あなた達は僕が必ず守ります、どんな事があっても必ず!胡桃ちゃん達がずっと笑顔でいられるように!胡桃ちゃん達が笑って暮らせる日常を……」

 

言ってる途中で止める、なんだか恥ずかしい事を言ってる気がしたのと、胡桃の顔が異様に赤くなっていく事に気付いたから。

 

 

 

 

胡桃「あ、あ……その………うん。」

 

胡桃が恥ずかしそうに下を向く。

 

 

 

 

「…一応言っておくけど…君"達"だよ?胡桃ちゃん"達"だよ?…君個人に宛てた言葉じゃないからね?」

 

素のテンションで言ってやる。

 

 

 

胡桃「はぁ!?分かってるよそんなの!何?あたしが個人的に言われて照れてると思ったの!?ちげーよ!元気ないと思ったら急に意味不明な台詞吐いたから聞いてて恥ずかしくなったんだよ!」

 

胡桃が立ち上がって怒鳴る。

 

 

 

「意味不明…確かにそうだね、急に言われても意味分からないよね。」

 

彼がもっと恥ずかしくない言い回しをすれば良かったと考えていると由紀が駆け寄って来て、彼に言った。

 

 

 

 

由紀「__くんが胡桃ちゃんにプロポーズした!!」

 

 

 

__ ・胡桃「はぁ!?」

 

思わずシンクロする。

 

 

 

胡桃「何言ってんだよお前!」

 

胡桃が由紀に怒鳴る。

 

 

 

由紀「だって聞こえたよ!__くんが胡桃ちゃんを守るとか、胡桃ちゃんの笑顔を守るとか、子供は3人欲しいとか言ってるの!」

 

怒鳴る胡桃に動じる事なく、顔を赤く染めながら由紀が言った。

 

 

 

胡桃「"達"だよ!胡桃ちゃん"達"!!あと最後のは何だ!ただの幻聴じゃねぇか!」

 

言いながら由紀の首を絞める胡桃。

 

 

 

由紀「うぅ~!ごみん~!やっぱみーくんの言った通りだ~、大切な話だから聞こえなかったフリしなきゃダメだったんだ~!」

 

首を絞められながら由紀が言う。

 

 

 

胡桃「何!?」

 

胡桃が美紀を見る。…そこには耳を自分の手で塞いで、聞いていない…とジェスチャーする美紀がいた。

 

 

 

胡桃「美紀まで!?違うってのに!」

 

 

 

悠里「あの~、ああいう話はもう少し人目の無い所を選んだ方が…聞いちゃった方も気まずいし…。」

 

悠里が彼に歩み寄りながら言う。

 

 

 

胡桃「りーさんまで!!勘弁してくれよ!!…ほら!お前も違うって言わないと!」

 

胡桃が由紀の首を絞めながら彼に言った。

 

 

 

「あの~……」

 

 

 

彼が言いかけた所で、美紀が駆け寄って来て言った。

 

 

美紀「大丈夫、冗談ですよ!」

 

 

 

由紀「ダメだよみーくん!もう少しからかわないと!!」

 

由紀を絞めていた胡桃の手により一層の力がかかる。

 

 

 

由紀「うぐぐっ!ごみんごみん!」

 

ようやく胡桃が手を離す。

 

 

 

胡桃「まったく!」

 

 

 

悠里「ごめんね?面白そうだったから悪乗りしちゃったわ。」

 

謝っているわりに反省の無さそうな笑顔でりーさんが言う。

 

 

 

由紀「面白かった~!…ねぇ、__くん。元気出た?」

 

由紀が彼を見て言う。

 

 

 

「あ、……うん!元気出たよ、ありがとう皆。心配かけました。」

 

彼はそう言って皆を見回す。

 

 

 

 

悠里「良かった!元気になって。」

 

 

美紀「ええ、本当に。」

 

 

胡桃「男のクセに世話のかかるやつめ。」

 

 

由紀「えへへ。」

 

 

 

「由紀ちゃん、ありがとう。」

 

そう言って彼は由紀の頭に手をおいた。

 

 

 

「心配かけてごめんね。あと、恥ずかしいけどもう一度……、皆は僕が絶対に守ります。」

 

手をおいたまま、由紀の目を真っ直ぐに見つめて彼が言った。

 

 

 

由紀「お……おぉ~…。」

 

由紀の顔が赤くなっていく。

 

 

 

由紀「分かったよ胡桃ちゃん!これは"達"って付いてても何かキュンキュンする!!」

 

胡桃に向けて由紀が言う。

 

 

 

 

胡桃「分かったから…別に報告しなくていいって。」

 

そんな由紀を見て呆れる胡桃。

 

 

 

悠里「ふふっ、守ってくれるのはとても嬉しいけど…__さんも無理しないでね?」

 

悠里が優しく彼に言った。

 

 

 

「はい!」

 

 

「…それから美紀さん。」

 

彼が美紀を呼ぶ。

 

 

 

美紀「はい?」

 

 

美紀が近付いてくると彼は周り(主に由紀)に聞こえぬように美紀の耳元で(ささや)いた。

 

 

 

「由紀ちゃん元気付けてくれていて、ありがとうございました。…手間かけさせちゃいましたね。」

 

彼にそう言われると今度は美紀が彼の耳元で囁いた。

 

 

 

美紀「いいえ?私が川で遊びたかったからついでに由紀先輩を誘っただけです。手間なんかじゃありませんよ?でも…………貸し一つにしておきますね。」

 

美紀はそう言って耳元から離れると、彼を見て笑った。

 

 

 

(……本当にいい人達だな。)

 

 

 

悠里「それじゃ、あと30分だけ遊んだら車に戻って適当な所まで移動して今日は休みましょうか。」

 

 

 

一同「はーい!」

 

 

 

 

美紀「じゃあ由紀先輩、続きといきますか?」

 

 

由紀「うん!」

 

そう言って美紀と由紀は川に戻る。

 

 

 

 

悠里「二人とも楽しそうね。」

 

 

胡桃「混ざれば良いじゃん?」

 

 

悠里「どうしようかしら?」

 

悠里と胡桃がそんなやり取りをしていると川から由紀が呼ぶ声が聞こえた。

 

 

 

 

由紀「皆もおいでよ~!」

 

由紀が川で手を振りながら言う。

 

 

 

悠里「呼ばれたからには混ざろうかな!」

 

 

胡桃「じゃああたしも行こー。」

 

悠里と胡桃も川に向かおうとする。

 

 

 

悠里「……行きましょ?」

 

 

「へ?」

 

悠里が立ち止まり彼に話しかける。

 

 

 

 

胡桃「へ?じゃなくて、…皆って由紀が言ってただろ。お前もその"皆"に入ってるんだから。」

 

胡桃も振り返って彼に言った。

 

 

 

「……うん!分かった!」

 

彼も一緒に川へ向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(杏子さん…やっぱ僕もこの人達が大好きみたいです。)

 

 

 

 

 

 

 

(だからこれからは、しっかりこの人達を守ってみせます。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




またしても胡桃ちゃんの出番多め。……知らない内に胡桃推しになったのかと自分で混乱しています。


今回も読んでいただきありがとうございました。

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