軌跡〜ひとりからみんなへ〜   作:チモシー

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今回の話は前回更新した『どんな時もみんなの元へ』の裏側と、ほんの少しだけですが…その後を書いた話になっています!

前回の話は短めでしたが、今回の話はかなり長めです。
なのでゆっくり、少しずつ楽しんでもらえればと思います(^-^)


特別編『みんなの笑顔のために』

 

 

 

 

 

 

これは、とある日の出来事…。

その日、穂村は何ともつまらなそうに柳の部屋の中をうろつき、ため息ばかりついていた。穂村はそのまま部屋の隅、デスクの前に座ってよく分からない書類を見つめる柳へ目線を向ける。

 

 

 

 

穂村「はぁ…柳さん、何か楽しい事とかない?」

 

柳「楽しい事?…特に思い浮かばんが、暇なら外にでも行ってきたらどうだい?ちょうど探してきて欲しい物が―――」

 

穂村「それ、どうしても必要な物?」

 

柳「いや…出来れば手に入れておきたい程度の物だが…ダメかい?」

 

穂村「ああ、ダメ」

 

柳「暇なんだろう?」

 

穂村「暇だ。けどダメ。柳さんのお使いをする気分じゃねぇんで…」

 

ハッキリ言われたら強要する事も出来ず、柳は穂村に向けていた目線をデスク上の書類に戻す。仕事を手伝ってくれる訳でもないのなら出ていって欲しいところだが、穂村はまだそこに居座っていた。

 

 

 

 

穂村「なぁ、柳さん。明日が何の日か知ってる?」

 

柳「明日?……すまない、そもそも今日は何日だったかな?」

 

世の中がこうなって以降、まともに日付を意識した事がない。しかし穂村は未だに日付管理だけはしっかりしているようで、柳に対し呆れた目をしていた。

 

 

 

穂村「はぁぁ…ほんっとにつまんね~なぁ……。まぁいいや、由紀でもからかって遊んでくる」

 

柳「ああ、そうすると良い」

 

穂村は廊下へと出ていき、ため息をつきながらその扉を閉める。直後、穂村が完全に立ち去ったのを見計らって柳も深くため息をついた。

 

 

柳「はぁ、最初からそうしてくれ。まったく、穂村君の相手は疲れるな」

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~

 

 

穂村「よぉ由紀、今日も元気か?」

 

由紀「うん、元気だよ!ほむさんも元気~?」

 

柳の部屋から出て数分後、穂村は広間にいた由紀を見つけて声をかける。彼女はここで他の娘らと団らんしていたらしく、そばには美紀や胡桃、そして悠里の姿があった。

 

 

 

穂村「俺か……俺はまぁ、ちょっと元気じゃないかも……」

 

胡桃「珍しいな?いつもは呆れる程元気なのに」

 

穂村「そりゃ元気も無くなるさ…。だってよ、明日はホラ…あの日だろ?」

 

美紀「………どの日ですか…」

 

穂村の発言に対し、一同が冷たい目を向ける。しかしそんな中、由紀だけは瞳をキラキラと輝かせていた。

 

 

 

由紀「うんっ!!明日はクリスマスだね♪」

 

穂村「おっ!?正解っ!!由紀、100点!!」

 

由紀「やった~♪」

 

胡桃「いやいや、何の点数だよ……」

 

胡桃が呆れた表情をする一方、由紀は穂村に謎の点数を貰って嬉しそうに微笑む。そう、明日は12月25日の"クリスマス"…そして、今日は"クリスマスイブ"だ。

 

 

 

悠里「そう言えばそうだったわね…。すっかり忘れてたわ」

 

穂村「忘れちゃダメっすよ!!大事なイベントなんすから!!」

 

悠里「まぁ、それもそうですね。こんな時だからこそ、クリスマスをお祝いして明るい気持ちになった方が良いのかも……」

 

顎に手を当て、悠里が呟く。すると穂村の表情がパァァっと明るくなり、さっきまでとは様子が一変した。

 

 

 

穂村「さすがりーさんだ!!よし、そうと来ればパーティーの準備を…」

 

美紀「意外ですね、クリスマスが好きなんですか?」

 

穂村「というより、パーティーが好きなのさ。世界がこんなになる前だって、仲間達と数々のパーティーを―――」

 

と、穂村が過去の思い出を語りだした時、由紀が満面の笑みを浮かべてその場に立ち上がる。

 

 

 

由紀「ってことは、今日の夜、サンタさんが来てくれるね~~♪」

 

 

胡桃「あっ?」

 

美紀「え?」

 

悠里「…んっ?」

 

勢いよく立ち上がった由紀は今も満面の笑みを浮かべ、鼻歌まで歌い出している…。その様は子供のようでとても愛らしいが、彼女はもう高校三年生…。にも関わらず、サンタを楽しみにしているらしい。

 

 

 

胡桃「ゆ、由紀は…サンタを信じてるのか?」

 

由紀「信じてる?信じてるってどういうこと??……あっ!そっか、今はサンタさんも大変だろうから、今年は来れるか分からないって事だね…」

 

由紀は窓の方に歩み寄ってから外を見つめ、残念そうにため息をつく。どうやら、今の世の中の惨状をどうにかしない限りはサンタが来ないと思ったようだ。もっとも、胡桃が言いたかったのはそういう事ではなく…

 

 

 

胡桃「由紀、まだサンタを信じてるんだな……」

 

美紀「みたいですね。胡桃先輩、本当の事を教えてあげたらどうです?」

 

胡桃「え~……やだよ、そんなの」

 

悠里「まぁまぁ、あのままで良いじゃない。由紀ちゃんは由紀ちゃんのまま、純粋でいてくれれば……」

 

三人はそっと身を寄せ合い、由紀に聞こえぬよう小声で会話をする。由紀は三人が話している事すら知らず、残念そうに窓の外を眺めていた。悠里の言う通り、彼女の夢をわざわざ壊すことは無いかも知れない。

 

 

 

 

胡桃「…ま、いずれ気づく時が来るか」

 

美紀「いや、由紀先輩の事です、一生気付かないままかも……」

 

確かにそれはありそうだ。三人はクスクスと笑い、窓辺に立つ由紀を見つめる。そう言えば、さっきから穂村が大人しい…。

 

 

 

 

穂村「………」

 

胡桃「…どうかしたのか?」

 

穂村は三人のそばに立ったまま、無言で由紀を見つめていた。しかし胡桃が声をかけるとハッとしたような表情を浮かべ、彼女と目を合わせる。

 

 

 

穂村「あっ?いや、何でもない…。いや、何でもない事はないな……。よし!ちょっと出掛けてくるわ」

 

美紀「出掛けるって、外にですか?」

 

穂村「ああ。ちょっくら用事が出来たんでね」

 

それだけ言い残し、穂村は広間をあとにする。直後、穂村は廊下でバッタリ出会した彼の肩を叩いた。

 

 

 

穂村「よう、少年!」

 

「ん?何か用でも?」

 

穂村「ああ!外行くぞ、外!!」

 

「外?今から?」

 

穂村「そうだとも!!とっとと支度してこい!庭で待ってるからよ」

 

穂村はそう言って廊下を駈けていき、彼の前から姿を消す。彼はこれから広間にいき、由紀達と何でもない時間を過ごす予定だったのだが…仕方なく自室へと戻って外に向かう支度を整えた。

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~

 

 

「…で、支度は終えたわけだけど」

 

穂村「なら良し!ほら、乗った乗った!」

 

庭に停めてあった灰色のワゴン車を指差し、穂村は彼をその中へと招く。何時もの事ながら、この男のテンションに付き合うのは疲れる…彼はそんな事を思いながら車のドアを開け、後部座席に足を踏み入れたのだが、そこにはもう一人とある人物が乗っていた。

 

 

 

圭一「…なんだ、お前も穂村に付き合わされたのか」

 

「まぁそういう事です…。そちらも?」

 

圭一「ああ、これから昼寝でもしようかと思っていた矢先だ…。断っても良かったんだが、後でネチネチとうるせぇからな…」

 

後部座席にいた圭一はため息をつき、座席にもたれる。そんな圭一を見た彼は自分以外にも穂村の被害者がいた事にどこか安堵し、その隣の席へ座った。すると車のエンジンがかかり、穂村が運転席から顔を覗かせる。

 

 

 

 

穂村「よ~し!じゃあ行きますぞ!!」

 

「今日は何時にも増してテンションが高いな……」

 

圭一「ああ、鬱陶しい事この上ない……」

 

後部座席の二人が吐く愚痴も、今の穂村には聞こえない。

ついさっき、由紀の発言を聞いて思い浮かんだとある計画を実行するのが楽しみでならないからだ。穂村は車を走らせて外へ向かい、その計画に必要な物を探す…。二人の同行者と共に。

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

…バタンッ!

 

穂村「よし、ここならどうにかなるだろ!ほら、二人も降りた降りた!!」

 

「はいはい、分かってるって…」

 

圭一「なんだ、もう着いたのか。昼寝も出来やしねぇ……」

 

一足先に降りていた穂村に続き、後部座席の二人も外へと降りる。車が停まっていたのはわりと広めの駐車場であり、その先には大きなデパートが建っていた。

 

 

 

 

「ええっと、ここで何か物資を探すって事?」

 

穂村「いんや!物資は十分あるハズだからいらん!」

 

圭一「じゃあ何しに来た……」

 

穂村「それは今から言うっての!落ち着け落ち着け」

 

両手を向け、穂村は『まぁまぁ』と言いながら二人を落ち着けようとする。しかし薄ら笑いを浮かべたままそんな動作をする穂村を見て落ち着ける訳もなく、二人はほぼ同時に舌打ちを鳴らした。

 

 

 

穂村「ほら、イライラしないの!!俺の素晴らしい計画を知れば二人とも…特にお前は感心すると思うぜ!」

 

穂村は彼の肩をバシッと叩きながらニヤリと笑い、二人にその計画を打ち明ける。その計画の全てを知った二人は……というより、彼は目を丸くして驚いた。

 

 

 

「……おぉ、アンタにしちゃ良い計画だ」

 

穂村「だろ!?だろっ!?」

 

圭一「まぁ穂村にしては珍しくまともな計画だが、だとしても何で俺まで手伝いを……」

 

穂村「まぁまぁ、この借りはいつか返すからさ」

 

圭一「って言って、返ってきた試しがねぇ……」

 

圭一だけじゃない、真冬も穂村のワガママに何度か付き合ってやっていた気がするが、借りは返してもらっていないだろう…。まぁ、返してもらったとしてもこの男が相手だと大した物は期待できないが…。

 

 

 

 

穂村「さてさて、まずは通り道の確保からだな!」

 

穂村は駐車場の中央へ向かい、そこに停めてあった誰かの車の上へと乗る。辺りには"かれら"の姿が多々あった為、まずはそれをどうにかしようと思ったようだ。穂村は車の屋根をガシガシと踏みつけて音を鳴らし、"かれら"の注目を集める。

 

 

 

ガンッ!!ガンッ!!!

 

 

穂村「…よし、結構寄ってきたな。あとは適当に相手をしつつ、隙を突いて横から抜ければいいだけだ。二人とも準備は………って、いねぇし!!?」

 

車の上に乗っていた穂村は背後を見るが、そこに彼と圭一の姿はない…。慌てて辺りを見回すと、駐車場の隅からデパートの中へ移動をしていく二人を確認出来た。"かれら"の注目はほとんど穂村に集まっている為、二人は楽々移動できたようだ。

 

 

 

 

「あれ、大丈夫かね…」

 

圭一「穂村の事か?まぁ無駄にしぶといヤツだからな…大丈夫だろ。そんな事より、俺達はとっとと目的の物だけ回収するぞ」

 

「…了解」

 

"かれら"に包囲された穂村の喚き声が聞こえるが、二人はそれを無視して建物内へ侵入する。あんな場所に置いていくのは普通の人間なら厳しい状況かも知れないが、穂村なら大丈夫だと確信していた。

 

 

 

 

圭一「よし、中は比較的安全っぽいな…。おい、ライトあるか?」

 

「ああ、はいはい」

 

彼はカバンから二本の懐中電灯を取り出し、その内の一つを圭一へと渡す。明かりをつけて中を見回した感じ、外ほど"かれら"の気配はしない。

 

 

 

「さてさて、良いのが見つかるといいけど…」

 

圭一「だな。そのためにも二手に分かれて行動しようと思うが、お前は一人でも平気か?」

 

「まぁ、みんなと会う前はずっと一人だったし…少しの間、その時に戻ったと思えばなんて事ないかと…」

 

圭一「そうか…ならここで分かれよう。お前は"アイツらに渡す物"を…俺は"あの服"を…それぞれ目当ての物を回収したら連絡をして、とっとと引き上げよう」

 

「了解」

 

圭一は彼にトランシーバーを渡すと、そのまま奥の方へと消えていく…。それを見送った後に彼も動き出し、このデパートの中…"目当ての物"がありそうな店を見て回った。

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~

 

 

「ええっと…よし、由紀ちゃんにはこれで良いかな。と、これで全員分揃ったか。圭一さんに連絡しないと…」

 

見つけだしたそれをカバンの中へしまい、圭一に目的の達成を知らせるべくトランシーバーを手に取る。すると、彼が声を放つよりも先に圭一の声がこちらに届いた。

 

 

 

圭一『そっちの調子はどうだ?』

 

「ちょうどこっちから連絡しようと思ってたところ。目当ての物も確保したんで」

 

圭一『そうか。こっちも使えそうな物を見つけた。とりあえず、最初に分かれた場所で合流するか…』

 

「んん、了解です」

 

通話を終え、彼はその合流地点へと向かう…。

デパート内にも"かれら"の姿はあったものの、大した数ではなかったので慎重に動けばどうという事はなかった。

 

 

 

 

~~~~~~

 

 

 

 

「お待たせ」

 

圭一「よし、特に問題なかったか?」

 

「見ての通り、無事ですよ。あとはあの人が無事かどうか……」

 

圭一「……まぁ、死んでたら死んでたで置いてけばいいだろ…」

 

なんて会話をしながら二人は外へ出て、駐車場内を見回す。二人がデパート内に入って約20分…穂村は無事だろうか…。

 

 

 

 

「……静かだな」

 

圭一「ああ、こりゃ本当に死んだかもしれん」

 

「マジか…。あの人は人一倍クリスマスを楽しみにしていたみたいだから、その前に死んだとなると少しかわいそうな気もするような……」

 

辺りは静まりかえっていて、穂村の姿も"かれら"の姿もない。だが…二人は穂村の安否を確認するよりも先、まずは手に入れた物を車へ移す事にした。

 

 

 

 

圭一「停めたの、この辺だよな………お、あったあった」

 

「一先ず、荷物だけ積んでおきますかね…」

 

圭一「だな」

 

車のバックドアを開き、そこに荷物をのせていく。大した量ではなかったので簡単にのせる事が出来たまでは良かったのだが…未だに穂村が現れない事だけ気掛かりだ。

 

 

 

 

「……どうします?」

 

圭一「こういう時、狭山なら『置いていこう』って言うんだろうな…」

 

 

「…………」

 

圭一「………」

 

二人はパタッと無言になり、何とも言えぬ表情で互いを見つめ合う。どちらも直接的な言葉は避けていたが、もう半分くらいは穂村を置いていく気でいた。が、その時…

 

 

 

 

穂村「ちょ~いっ!!二人とも、よくも俺を置いていってくれたな!?」

 

「あ、生きてた…」

 

圭一「みたいだな…さて、帰るか」

 

他に停めてあった車の陰から現れた穂村を軽く受け流し、二人は車の後部座席に乗る。"かれら"に囲まれてるにも関わらず置いていった事…リアクションがイマイチな事…言いたいことは幾つもあったが、穂村はそれを諦めて運転席へとついた。

 

 

 

 

 

 

 

穂村「…ところで、目当ての物はちゃんと確保した?」

 

圭一「ああ、それなら問題ない。だから運転に集中しろ」

 

穂村「…へいへい。ったく、アンタらに見捨てられたせいで怪我しちまったぜ」

 

圭一「なんだ、噛まれたのか?」

 

穂村「いや、完全に囲まれないよう逃げつつ戦ってたらすっ転んで足を擦りむいた」

 

よく見ると、車のハンドルを握っている腕にも擦り傷がある…。相当派手に転んだようだ。

 

 

 

「おお、地味に痛そうだ」

 

圭一「転んで怪我するとは、間抜けなヤツだな」

 

穂村「っ…アンタらに置いていかれたからこうなったってのに…。まぁいい。それより、今回の計画を考えたのはこの俺だという事を忘れずにな!!」

 

 

「はいはい…」

 

圭一「分かったから、運転に集中―――」

 

穂村「へいへい。分かりましたよ~…と」

 

三人を乗せた車は来た道を戻っていき、その後無事に屋敷へ戻る事が出来た。三人は手に入れた物を車から降ろし、それを中へと運んでいく。

 

 

 

 

 

穂村「よし、あとは俺に任せといてくれ。その時が来るまで、ちゃんとした場所にしまっておくからさ」

 

圭一「ああ、任せた」

 

「ほい、どうぞ」

 

穂村「よしよし!じゃあ、またあとでな~♪」

 

圭一と彼から荷物を受け取り、穂村は廊下の奥へと消えていく…。やたらと上機嫌にその場を去っていく穂村を見届けた後、残った二人は静かに顔を見合せた。

 

 

 

 

圭一「んじゃ、俺は少し寝てくる…」

 

「ああ、お疲れさんです」

 

あくびをしたまま自室へ戻る圭一と別れ、彼は広間へ向かう。わりと早く帰ってこれた事もあり、由紀達もまだそこにいた。彼はその後しばらく由紀達と団らんを楽しみ、夕方には夕飯を済ませ、そして夜……

 

 

 

 

 

 

由紀「じゃあ、おやすみ~」

 

「ああ、おやすみ」

 

夕飯後、会話をしたりして時間をつぶしていたら結構な時が過ぎ、皆が就寝する時間がやって来た…。彼は廊下で由紀、胡桃、悠里、美紀、そして真冬達と別れた後、また広間へと戻る。

 

 

 

 

……バタンッ

 

 

「お待たせ。みんな部屋に帰ったよ」

 

広間で待ち構えていた人物、穂村へ向けてそう告げる。広間には彼と穂村の他、奥の方に圭一もいるのだが、もう半分寝かけているようだ。

 

 

 

穂村「よし、ご苦労だったな。……おい圭一さん、起きてるか?」

 

圭一「……んん?あぁ、起きてる起きてる…。話を続けろ……」

 

穂村「ま、続ける程の話も無いんだけどな。あとはアイツらが寝るのを見計らって、行動に移すのみだ…!!」

 

そう言って、穂村は広間の壁にかけられていた時計を見つめる。今の時刻は、午後10時過ぎだ。

 

 

 

穂村「さて、お嬢さん方はどのくらいで眠るかな?」

 

「由紀ちゃんと美紀、それにりーさんは部屋に戻ってからすぐ眠るはず…。胡桃ちゃんは…どうだろう、難しいな。ここのところは良く眠れるって言っていたけど…」

 

穂村「狭山のヤツも難しいな…。アイツだけは完全な寝込みを狙わねぇと、こっちの命が危ない…」

 

圭一「けど最優先は由紀だろ?なら、あと30分くらいしたら動いていいんじゃないか?」

 

穂村「……それもそうだな。よし!とりあえず30分待ってみよう!」

 

広間に集まった三人はそれぞれ席につき、ダラダラとした時間を過ごす…。そうして30分の時が過ぎた頃、穂村が勢い良く立ち上がった。

 

 

 

穂村「よ~し!あのお子様はもう寝ただろう!というわけで、さっそく準備だ!!」

 

穂村は広間の隅へ駆け寄り、そこにあった棚の下の方を開けていく。その中には今日、彼と圭一が確保してきた物がしまってあり、穂村はそれを手に取った。上下共に真っ赤で、所々に白いファーがついているその服を……

 

 

 

穂村「へへへっ!これを着てりゃ、どこからどう見てもサンタだ!」

 

圭一「……今になって言うのもなんだが、本当にやるのか?」

 

穂村「当たり前だろ!?サンタ服を着てお嬢さん方の部屋に忍び込み、それっぽいプレゼントを置いて帰る……翌朝、目を覚ました由紀はサンタが来たと思って大喜び!みんな大好きハッピーエンドだ!」

 

圭一「ハッピーなのはお前の頭だけな気がしてならないんだよな…」

 

嬉々として計画を語る穂村を見て、圭一は頭を抱える。昼間はめんどくさくて適当に手伝ってやったが、いざその時が来ると嫌な予感しかしない。

 

 

 

穂村「このご時世、由紀みたく純粋な娘は貴重だ!だから俺らでサンタを演じ、由紀の夢を叶えてやろう!!そして、そのついでに狭山達にも教えてやるんだ……サンタクロースは本当にいるってな!」

 

「んん、やっぱり素晴らしい計画だ。今日のアンタはいつもと違うな」

 

穂村「そうだろうそうだろう!!というわけで、さっそく着替えるかね。それぞれの部屋のスペアキーも用意してあるから、わりと楽に忍び込め――――」

 

圭一「ん?ちょっと待て、サンタ役ってのはお前がやるのか?」

 

当たり前のようにサンタ服を手に取る穂村を見て、圭一は尋ねる。そう言えば、誰がサンタ役をやるのかという話は一切聞いていなかった。

 

 

 

 

穂村「え?そりゃそうだろ。俺が考えた計画なんだから、最後は俺が締めないと……」

 

 

圭一「………なるほど、お前の本当の目的がようやく分かった」

 

「あぁ、そうだよな…この人がただ良い事をする訳がなかった」

 

穂村「な、なんだよその目は…!俺はただ、由紀達にクリスマスプレゼントをあげたい一心で…!!」

 

穂村がサンタ役をやると知った瞬間、彼と圭一はこの計画の影に隠されていた本当の目的を知る。もっとも、本人はまだしらを切るつもりらしいが…。

 

 

 

圭一「正直に言え。お前、アイツらの部屋に忍び込んだ後、プレゼントだけ置いてすぐに帰って来られるか?」

 

穂村「も…もちろん…!」

 

「寄り道無しだぞ?寝顔を見たり、写真を撮ったり、そのまま部屋を漁ったりするのも当然無しだぞ?」

 

穂村「ぐ…ぅ…!!」

 

彼の言葉に答えることなく、穂村は後退りしていく…。どうやら、この男の真の目的は彼女らの部屋に忍び込む事にあったらしい。サンタ役をするという面目で彼女らの部屋に忍び込んだ後、いくらか悪行を働くつもりでいたのだろう…。

 

 

 

 

「…ほら、サンタ服をこっちに渡しなさい」

 

穂村「く、くそが……あと少しだったのに…」

 

「何があと少しだよ…。まったく…」

 

手に持っていたサンタ服を奪い取り彼は呆れた表情を見せる。穂村はそんな彼の顔を見つめると、悔しそうな声を発した。

 

 

 

穂村「もし俺がサンタになれたなら、胡桃や美紀の寝顔を撮ってきてやろうと思ったのに……」

 

「……」ピクッ

 

穂村「はぁ…残念だよ…。ラフな格好で眠る胡桃、可愛いだろうなぁ…。りーさんなんか、寝相のせいで際どい格好になってるかも知れないし……。はぁ……俺ならそれを写真に収めて、誰か欲しい人にプレゼントしてやるんだけどなぁ……」

 

「…………」

 

悪魔のような囁きを聞き、彼の動きが止まる…。穂村にサンタ役を任せれば、自分の手を汚すことなく彼女らの寝顔を収めた写真が手に入る……そう思うと、思考が鈍ってしまうようだ。

 

 

 

 

「ぐ…ぅ…ぅ……」

 

穂村「万が一ミスっても、捕まるのは俺だ。お前にリスクは無い…良い話だと思うがな」

 

「むぅぅ…」

 

悩む彼を見て、穂村がここぞとばかりに言葉を放つ。それらの言葉は彼の心を一層に誘惑していったが、そんな二人のやり取りを見ていた圭一が呆れたように告げた。

 

 

 

圭一「はぁ…もういいから、とっとと行ってこい」

 

「あ、あぁ……」

 

穂村「ちっ!あと少しだったのに…!」

 

彼は悔しげな穂村を無視することにして、手元のサンタ服に着替えていく。真っ赤な服、帽子を被った彼は由紀達へのプレゼントが詰められた真っ白な袋…そしてそれぞれの部屋のスペアキーを手に持った。

 

 

 

 

「よし、じゃあ出来るだけ早く戻る…」

 

穂村「起こさないように気を付けろよ。バレちまったらせっかくの計画が台無しだからな」

 

「もちろん、そこはしっかりと気を付けるさ」

 

そう言って彼は広間をあとにし、それぞれの部屋へと向かう。一番最初に向かったのは由紀の部屋だ。彼女は未だにサンタを信じているらしいので、ここだけは絶対に失敗出来ない。彼はスペアキーを取り出し、部屋の鍵を開いてその中へ足を踏み込む。

 

 

 

 

 

 

…パタンッ

 

 

 

(………よし、寝てるみたいだ)

 

明かりのついていない部屋の中、彼は小さな懐中電灯を手にゆっくりと進む。部屋の奥まで行くと、横にあるベッドの上から小さな寝息が聞こえた。

 

 

 

由紀「すぅ……すぅ……」

 

 

(………可愛い寝顔だな)

 

プレゼントだけを置いて速やかに次の部屋へ向かわねばならないのに、無意識の内に明かりを由紀の方へ向けてしまう。由紀の顔立ちは元々幼いものだが、寝顔は更に幼く見え、とても可愛らしい…。

 

 

 

「………………」

 

由紀「すぅ…っ……すぅ…」

 

 

 

(…っ、危ない危ない。寝顔を見るのに夢中で目的を見失いかけた)

 

ハッと我に帰り、由紀の寝顔から視線を逸らす。彼は担いでいた袋から彼女の為に用意したプレゼントを取り出すと、それだけを置いてそそくさと部屋を出ていった。

 

 

 

バタンッ

 

「…よし、多分バレてないはず。残りもこの調子で終わらせるか」

 

少しだけ軽くなった袋を担ぎ直し、美紀の部屋、胡桃の部屋、悠里の部屋を回っていく。いずれもぐっすりと眠っており、彼が多少の物音を発てたり、ほんの少しだけ頭を撫でたりしても起きたりはしなかった。

 

 

 

 

(さてさて、最後は真冬だけど……。真冬の部屋は三階だったな)

 

由紀達の部屋は二階にあるが、真冬の部屋は三階だ。彼は軽い足取りで三階にある彼女の部屋へと潜り込み、無事に最後のプレゼントを贈り終える事に成功した。しかし、その直後…真冬の部屋をあとにして、廊下へ出た時だった……

 

 

 

…バタンッ

 

 

柳「おやっ?」

 

「あ……」

 

たまたまそこを出歩いていた柳と会ってしまい、彼の額に冷や汗が浮かぶ…。全員にプレゼントを贈り終えたまでは良かったのだが、これは計算外の出来事だ。

 

 

 

 

柳「……ああ、そうか、クリスマスだからそんな格好をしているんだね?」

 

「へっ?あ、ああ…まぁ、そうですね」

 

柳は真っ赤な服に身を纏う彼を見つめ、おかしそうに笑う。こんな格好を他人に見られていると少しばかり恥ずかしい気持ちになるが、彼はそんな気持ちをごまかすようにして、空になった袋を肩に担いだ。

 

 

 

柳「眠っている間に、プレゼントか何かを贈ってあげたのかな?」

 

「ええ、真冬や下の娘らにね」

 

柳「ほう…それは良い事をしたね。君一人の計画かい?」

 

「いや、穂村兄と圭一さん…三人で協力しました」

 

柳「へぇ、そうかそうか…。うん、よく分かったよ。当然、彼女らには内緒にしておくから安心してくれ」

 

彼の話を聞き、柳は微笑む。どうやら、彼女達にはこの事を内緒にしておいてくれるようだ。彼は柳へペコリと頭を下げ、そのまま広間へと戻っていった。

 

 

 

 

 

~~~~~~~

 

 

 

…バタンッ

 

穂村「お、もう戻ってきたのか?」

 

「ああ、どうにか配り終えたよ…」

 

広間へ戻った彼は素早く元の服へと着替えると、ソファーに座って一息つく。その後、今回の計画の証拠となるサンタ服や袋等の道具を穂村が片付け出したのだが、それを見ていた圭一があることに気付いた。

 

 

 

 

圭一「ん?帽子がなくなってないか?」

 

「へっ?いや、その辺にあるでしょ?」

 

圭一「いや、無い。そう言えばお前、ここに戻ってきた時にはもう帽子をしていなかったような気がするぞ」

 

穂村「ん~、確かにそうかもな…。でもまぁ、もうやる事やったしあんなのどうでも良いだろ。それより、俺もそろそろ寝ることにするわ」

 

穂村は今回使った道具を回収し、それを手に広間を出ていく。それらは彼女達の目の届かない所に封印するらしい。とは言え、帽子だけ消えてしまったのが心残りだったりもするが……あまり気にしていても仕方ない。その後、彼と圭一も広間をあとにしてそれぞれの自室へと帰っていった。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~

 

そして翌朝、目を覚ました彼が広間へ向かうと、そこに集まっていた皆が何やら騒いでいた。柳を除いた全員がそこに集まる中、一番に騒いでいたのは由紀だ。彼女は現れた彼を見るなり満面の笑みを浮かべ、そばに駆け寄ってきた。

 

 

 

由紀「おはよ~!ねぇねぇ、これ見てっ!!今朝起きたら、枕元に置いてあったの!えへへ~、すごいよねぇ~♪」

 

彼女の手に握られているのは、ピンクを基調にした大きめのカバン。可愛らしさも中々な上、結構たくさんの物を詰められそうな大きさだ。このカバンは昨日、圭一達とデパートに行った際に彼が手に入れた物なのだが、由紀はそれを知らない。

 

 

 

由紀「やっぱり、こんな時でもサンタさんは来てくれるんだね!!」

 

悠里「ほんと、どうなっているのかしら…不思議だわ」

 

美紀「ですね…私はちょっとした怖さすら感じています…」

 

悠里はデジタルカメラを、美紀は最新の音楽プレイヤーを手にしたまま、何とも言えぬ表情をしている。サンタを信じている由紀はともかく、彼女達からすれば枕元にプレゼントが置いてあった事が本当に不思議なようだ。もっとも、それを置いていったのは彼なのだが…。

 

 

 

美紀「柳さんに言って、調べてもらった方が―――」

 

胡桃「いや、そこまでする必要ないだろ。こんな時に屋敷に忍び込んで、ただプレゼントを置いていくだけの不審者がいるとも思えないし…」

 

美紀「それは…確かにそうかも知れないですけど…」

 

真冬「もしかして、本物のサンタさんが来てくれたのかも…?」

 

胡桃「ま、そうかもな」

 

真冬は真っ赤なマフラーを、そして胡桃は可愛らしい犬のぬいぐるみを手に持ち、微かに微笑んでいる。どちらもわりと満足しているのかと思いきや、胡桃がその表情をコロッと変え、不満げな顔でぬいぐるみを見つめた。

 

 

 

胡桃「にしても、なんでぬいぐるみなんだろうな…。あたしはそこまで子供じゃないんだから、もっと色々あっただろうに」

 

悠里「あら、ぬいぐるみは嫌だったの?」

 

由紀「せっかくサンタさんがくれたんだから、ワガママはダメだよ!!」

 

胡桃「別に嫌だとは言ってねぇよ。ただ、あたしっぽくないな~って思っただけ」

 

掲げたぬいぐるみを見つめ、胡桃は『ふふっ』と微笑む。彼女ならきっと喜ぶと思ってこれをプレゼントに選んだ人物…すなわち彼はその表情を見てホッと一安心した。

 

 

 

「ええっと、つまりそこそこ嬉しいってことかな?」

 

胡桃「……ま、そうなるな。よし!コイツの名前は『ローマル』にしよう!少し、太郎丸に似てるしな」

 

美紀「ほんとだ、似てますね。ふふっ」

 

互いのプレゼントを見せ合いながらニコニコと笑い合う皆を見て、彼は思った…。真の目的は別にあったとはいえ、今回穂村が考えたこの計画は本当に良いものだったと…。

 

 

 

 

「みんな嬉しそうだ…。とりあえず、今回は素直にありがとう…と言わせてもらおうかな」

 

穂村「ふふん、俺の事を少しは見直したか?」

 

「まぁ、少しは…。圭一さんもありがとう。おかげで良いクリスマスになりそうだ」

 

圭一「別に…俺は道具集めを手伝っただけだ。礼を言われる程の事はしていない。アイツらに贈るプレゼントだって、選んだのはお前だしな」

 

「適当にパパっと選んだ物だけど、喜んでもらえたようで良かった…」

 

穂村「中々良いところを選んだみたいだな…狭山のヤツまで嬉しそうだ」

 

真冬は席についたまま悠里にマフラーを巻いてもらい、嬉しそうに微笑んでいる。以前の真冬なら決して見せることの無かった表情だが、彼女は由紀達と会って変わった…。少しずつ、普通の女の子らしくなってきている。

 

 

 

 

 

穂村「……まぁ、たまにはこういうのもいいか」

 

彼女らの部屋に忍び込めなかったのは残念だが、これまで中々見ることの出来なかった真冬の笑顔を見ていたらそんな事はどうでも良くなった。穂村は広間の隅にあるソファーへ腰掛け、一人微笑む。

 

 

 

 

由紀「あっ!ねぇこれも見て!!わたし、スッゴい物拾ったんだ~♪」

 

「へぇ、一体何を……って、これは……!!」

 

プレゼント以外に"ある物"を手に入れた由紀は彼の元に駆け寄り、それを見せる。彼女の手に握られたそれを見た彼は驚き、目を丸くした。

 

 

 

 

「そ、そいつは………」

 

由紀「うん!サンタさんの帽子だよ!落としていっちゃったみたい。サンタさんって慌てんぼうさんなんだね~♪」

 

「…………」

 

 

穂村「ぶっ…!!!」

 

ニコニコとした表情と、サンタ帽を向ける由紀…。そして、それを見て唖然とする彼…。それらを交互に見つめ、穂村は思わず笑い声を漏らす。昨夜どこかに消えた帽子は、由紀の部屋に落ちていたようだ。

 

 

 

 

穂村「いや~、サンタってのは本当に慌てんぼうだなぁ。プレゼントどころか帽子まで残していくなんて、わざとじゃないとしたらただの間抜けだぜ。な、圭一さんもそう思うだろ?」

 

圭一「…まぁ、そうかもな」

 

「ぐっ…!!」

 

由紀の部屋に帽子を落としていくというミスをした彼を見つめ、穂村と圭一は小馬鹿にしたように笑う。彼は二人の顔を見て悔しげな表情をしており、何ともおかしかった。圭一はそんな彼を見てある程度楽しんだ後、ソファーにもたれる穂村の方へ目線を移す。

 

 

 

 

圭一「そう言えばお前、今回は珍しく借りを返したな」

 

穂村「へっ?何の事で?」

 

圭一「いや、今朝俺の部屋の前に酒が置いてあったんだが…あれはお前だろう?ボトルに巻いてあるリボンは余計だったが、あれは中々良さそうな酒だ」

 

穂村「……ん?酒?」

 

今朝、圭一の部屋の前には酒が置かれていた…。それが誰から贈られた物なのかは圭一にも分からなかったが、もしかしたら、穂村が昨日の協力のお礼に贈ったのだと思った。しかし、それは勘違いだったらしい…。圭一の言葉に対し、穂村は終始目を丸くしていたのだ。

 

 

 

穂村「あの…マジで知らねぇんだけど……」

 

圭一「じゃあ…あれを置いたのはお前か?」

 

「いや、心当たり無し。そもそも、圭一さんが酒好きなのも知らなかったくらいだし……」

 

圭一「そこまで好きってわけでもないが、たまに飲むんだよ…。って、そんな話はいい。大事なのは、あれを置いたのは誰だって話だ」

 

三人は広間の隅でコソコソと語り合い、その謎に迫る。すると、穂村が思い出したように二人へ告げた。

 

 

 

 

穂村「そう言えば、俺の部屋の前にも菓子が置いてあったな…」

 

圭一「…菓子?」

 

穂村「ああ。いくつかのスナック菓子が、ご丁寧な事にバスケットかごに入れられたまま放置してあった……」

 

「…………」

 

その話を聞き、三人はピタリと黙り込む……。

ここにいる三人の他、同じようにサンタの真似事をしている人物がこの屋敷内にいるのかも知れない…。

 

 

 

 

 

圭一「…お前はどうだ?何か貰ってたか?」

 

「いや、今朝は起きてからすぐにここへ来たから、辺りの確認をしてなくて…。少なくとも、部屋の前には何も無かったと思うけど……」

 

穂村「…よし、確認に行くぞ」

 

圭一「だな、何か手掛かりがあるかも知れん」

 

話し合いを終え、三人はそっと立ち上がる。そうして広間から出ていこうとした際、由紀が彼へ問い掛けた。

 

 

 

由紀「ねぇねぇ、キミは何を貰ったの?」

 

「あ~…今から確認に……」

 

胡桃「由紀、サンタってのはな、いい子のところにしか来ないんだよ」

 

由紀の隣にいた胡桃がニヤニヤと笑い、彼の肩を叩く。放たれたその発言に彼がムッとした表情を浮かべると、胡桃は彼の耳の方へそっと顔を寄せ、静かに耳打ちをした。

 

 

 

 

胡桃「プレゼント用意したの、お前だろ?」

 

「えっ?いや…何の事かさっぱり………」

 

胡桃「この字、どっかで見覚えがあるな~と思ったんだよ。これ、お前の字だよな?」

 

胡桃の手には、プレゼントに貼り付けていた一枚の紙が握られていた。それに書かれていた『胡桃へ』というたった三文字の言葉…彼女はこの三文字だけで、彼がこれを書いた事に気付いたようだ。

 

 

 

 

「あの…みんなには内緒にしてもらえると―――」

 

胡桃「んん、もちろんだ。由紀の夢を壊しちゃ悪いしな。プレゼントありがとうな。サンタさん♪」

 

最後にもう一度彼の肩を叩き、胡桃はニッコリと笑う。それを前にした彼が少しだけ照れたように顔をそむけていると、穂村が声をかけてくる。

 

 

 

 

穂村「おい、何してんだ。はやく行くぞ」

 

「ああ、ごめんごめん」

 

彼は穂村・圭一と共に広間を出て、自室へと向かう。

ただ、見たところ部屋の前に何かが置かれているということはない。

 

 

 

圭一「…何も無いな」

 

穂村「部屋の中はどうだ?何かあったりしないか?」

 

「いや、やっぱり何もないと思うんだけど……」

 

と言いつつ、念のため部屋へと入ろうと扉を開く。

その時だった……

 

 

 

パサッ

 

「ん?」

 

圭一「おい、何か落ちたぞ」

 

足元を見てみると、何やら真っ赤な封筒が落ちていた…。どうやら、扉の隙間に挟んであった物が落ちたらしい。

 

 

 

穂村「…………」

 

「さっきまで無かったはずなのに…とりあえず、開けてみるか」

 

彼はその封筒を手に取り、中を開く。封筒の中に入っていたのは一枚の紙切れ…手紙のようだ。彼は他の二人にも内容が伝わるよう、そこに書かれていた文字を読み上げていく……。

 

 

 

 

 

 

『キミには何を贈れば良いか分からなかったので、プレゼントの代わりに感謝の手紙を送らせてもらう事にした。今回は私の代わりに仕事をしてくれてありがとう。また来年のクリスマスまで、無事に良い時が過ごせるよう祈っている。~Sより~』

 

 

 

 

 

穂村「………は?」

 

圭一「おいおい、冗談だろ」

 

「これは、まさか………」

 

手紙を読み上げた彼も、それを聞いた二人も、目を丸くしたまま動かない。この手紙に書かれていたのは彼が読み上げた文章のみで、送り主の名前は『S』としか書かれていない。…が、その一字から正体を察する事は出来る。しかし、その人物から手紙が送られるなどあり得ない事だ……。

 

 

 

穂村「最後に書かれてる『S』ってのはアレか?SとかMとか、そういう意味合いでの…」

 

圭一「そうだったら、ただの変質者で済むんだがな…」

 

「ああ、これは……凄い物を貰ってしまったのかも知れない」

 

彼は手紙を封筒へしまい、額に浮かんでいた冷や汗を拭く。世の中には不思議な事がたくさんあると知ってはいたが、今日ほど不思議な出来事は後にも先にもないだろうと思った…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

所変わって屋敷内の一室…。

柳は三階にある自室の窓から外を見つめながら、大きく体を伸ばす。今日は早くから起きてやるべき事を色々と済ましていた為、だいぶ疲れが溜まっていた。

 

 

 

柳「…さて、さすがに疲れたし、一眠りした方がいいか」

 

窓の外をじっと見つめ、一人呟く。するとその時、外に白い物がフワリと舞うのが見えた。今日はかなり冷える為、雪が降り始めたらしい。

 

 

 

柳「おぉ、クリスマスらしくなってきたね…」

 

窓を開け、雪を見つめながら耳を澄ます。すると、下の階から賑やかな声が聞こえた。由紀や真冬…穂村達が騒いでいるらしい。

 

 

 

柳(この街は…いや、この世界はすっかり人気(ひとけ)が無くなって静かになったというのに、私の家だけは前よりもずっと賑やかになったな。何ともおかしな話だ)

 

聞こえてくる明るい声に『ふふっ』と笑い、柳は窓を閉める。この後はそのまま一眠りしようかと思っていたが、気が変わった。柳は部屋を出て、下の階へと向かう。騒がしい住人らと共に、クリスマスという時を過ごす為に…。

 

 

 

 

 




というわけで、彼や穂村君、圭一さんも謎の人物からプレゼントを貰うという、少しだけ謎を残した終わり方にしてみました(*^_^*)こういう展開も、夢があって良いかな~と思ったのです(*´-`)


また、今回の話で彼女らにプレゼントを配ったサンタクロースの正体が彼だと発覚したわけですが…。彼はただプレゼントを配っていっただけでなく、それぞれの寝顔を見たり、頭を撫でたりしたようですね…。

作中ではそこまで細かく語られませんでしたが、きっと眠っているりーさんの頬を突ついてみたり、胡桃ちゃんの髪を撫でてみたり…彼はプレゼントを置いていくついでに、そういうことをしたんだと思います。とんだ変態サンタですね…!!

しかし、私が彼の立場でもきっと似たような事をしたと思うので、あまり責める事は出来ません…(汗)

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