軌跡〜ひとりからみんなへ〜   作:チモシー

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今回はタイトル前に"第~話"というのが付いていないのですが、それには理由があります。今回の話は一応本編最新話の位置付けになっている扱いですが…内容的には『短編』に近い、おふざけ回となっているからです(苦笑)

一話完結のお話ではありませんが、ごゆっくりとご覧くださいませ(^-^)


『厄介な物を…』

 

 

誰にでも、忘れたい出来事の一つや二つはあるだろう…。

怖いこと…辛いこと…恥ずかしいこと…。それは人によって違うが、"彼女"が今日の記憶を自分の脳内から消し去りたいと思っている理由はどれに当てはまるのだろうか…。

 

事の発端は昼過ぎ、由紀が柳の部屋にて、美紀…そして圭一と何気ない会話を交わしていた時の事だった。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~

 

由紀「そういえば、圭一さんの事ってなんて呼べばいいんですか?」

 

圭一「なんてって言われても…好きに呼べ、としか言えないな」

 

由紀「じゃあ、ケイさんでいいですか?」

 

美紀「………」

 

圭一「…いや、悪いがさっきの言葉は取り消す。普通に名前で呼ぶようにしてくれ。アダ名とか、そういった呼ばれ方はむず痒い」

 

ため息一つつき、圭一は壁に背中をもたれる。好きに呼べと言ったは良いが、直後に由紀が放ったケイさんと言う呼び名にはどうも慣れる気がしない。

 

 

由紀「え~…。穂村さんは、ほむさんって呼んでも笑ってくれたのに…」

 

圭一「俺をあいつと一緒にするな…」

 

更にもう一度ため息をつき、圭一は柳が戻るのを待つ。『頼みたい事がある…』圭一は柳にそう言われてこの部屋へとやって来たのだが、呼び出した本人はどこか他の部屋に行っているらしい。なので柳が部屋に戻るまで待とうとしていたのだが…偶然通りかかった由紀に絡まれてしまったのだ。

 

 

 

 

圭一(こいつと比べて、美紀のやつは大人しいな)

 

目の前でニコニコしながら話しかけてくる由紀の後方…そこでチョコンと立ちながらこちらをチラチラ見つめているのは、今の由紀と同じく元いた学校の制服に身を包んでいる直樹美紀だ。彼女はここに来てからあまり圭一と話してはおらず、どうにも気まずそうな顔だけを見せている。

 

 

圭一「そういえばお前ら、なんで学校の制服なんか着てるんだ?替えの服、狭山のやつから貰ったんだろ?」

 

由紀「それはそうだけど……う~ん。みーくん、何でだろう?」

 

美紀「癖で着ちゃうのかもしれないですね…。やはり、他の服よりも着なれていますから」

 

圭一「…そういうものなのか」

 

そんな他愛ない会話をかわしつつ柳を待つが、まだ現れる気配はない。こちらから探しに行った方が早いか……圭一がそんな事を考え出した時、由紀が大きく口を開いてあくびをした。

 

 

 

由紀「ふ…ぁぁ……ん~、少しだけお昼寝してこよっかなぁ…」

 

美紀「午前中に運動しましたから、疲れましたよね…。ゆっくり休んで下さい。私も、もう少ししたら休もうと思いますので…」

 

由紀「ん~……じゃ、わたしは自分のお部屋で寝てくる~」

 

そう言って由紀は部屋をあとにしたが、美紀はまだそこに残っていた。彼女も柳に用があるのかと思ったが、そうではないらしい…。美紀は由紀が部屋から出た後、圭一を見つめて微かに微笑む。

 

 

 

圭一「…なんだ?」

 

美紀「あっ、すいません…。さっきの由紀先輩と圭一さんのやり取りを見てたら、友達の事を思い出しちゃって…」

 

圭一「友達?」

 

美紀「はい…。その娘の名前…圭っていうんです」

 

圭一「…そうか」

 

ついさっき由紀が圭一の事を『ケイさん』と呼んだ際、美紀はほんの一瞬だけ切なげな顔をしていた。由紀が放った圭一の呼び名が、友達の名と同じものだったからだろう。

 

 

 

圭一「んで…その友達は今、どうしてる?」

 

美紀「…………」

 

言葉を詰まらせる美紀の表情はさっきよりも切なげで、弱々しい雰囲気だ。その様子を前にした圭一は自分がマズイ部分に触れてしまったと察し、またしても深いため息をつく…。

 

 

 

圭一「…悪い。そんなつもりじゃなかった。今、この場にいない時点で察するべきだったな」

 

美紀「…いえ。気を使わせちゃってすいません」

 

ほんの少し、美紀の表情に明るさが戻る。しかしその表情は強がっているようにも見えてしまい、何とも気まずい…。

 

 

 

圭一「…お前も柳に用があるのか?」

 

美紀「えっ?あ、いえ…。特には…」

 

圭一「じゃあなんでここにいるんだよ。他の奴の所に行けばいいだろ?」

 

美紀「は、はい…。じゃあその…失礼しました」

 

圭一「………」

 

くるっと振り向き、美紀は部屋の扉へと向かう。これは圭一の思い過ごしかも知れないのだが、彼女の背中が少しだけ弱々しく見えた気がした。彼女らは午前中に屋敷の庭で運動していたようなので、その疲れがあるのかも知れない。

 

 

 

圭一「…おい、待て」

 

美紀「っ?はい、何ですか…?」

 

彼女を呼び止めた後、圭一は柳の部屋にあった冷蔵庫の前に立つ。二つ並べられていた冷蔵庫の内、右側の方を開き、圭一はそのまま中に入れられていた飲み物を物色していった。

 

 

 

圭一「なんか疲れてそうだからな…ほら、これでも飲んどけ」

 

冷蔵庫の中…並べられていた茶色い瓶の内、一本を美紀へと渡す。恐らく、これは栄養ドリンクか何かだろう。

 

 

 

美紀「あ……いいんですか?」

 

圭一「俺のじゃなくて柳のだがな…。一本くらいなら別にいいだろ」

 

美紀「…ふふっ。ありがとうございます」

 

渡されたドリンクをじっと眺めた後、美紀はニッコリと微笑んでその場をあとにする。廊下へと出た直後、美紀はすぐにそのドリンクのキャップを外し、ゴクゴク喉を鳴らした。

 

 

 

美紀「…………なんか、少し変な味」

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~

 

美紀が去ってから約十分後…。

圭一はようやく部屋へと戻ってきた柳を前にして呆れたような表情を見せる。自分の方から『頼み事がある』と声をかけてきたクセに、随分とのんびりしていたからだ。

 

 

圭一「おい…何してやがった?」

 

柳「ああ、すまないすまない。ちょっとした興味本意で屋上の菜園スペースを見に行ったら、思いの外しっかりと手入れされていたんでね。つい、若狭くんと話し込んでしまった。いやぁ…収穫の時が楽しみだよ」

 

呑気に微笑む柳を見て、圭一はため息をつく…。この短時間の間に、何度ため息をついただろうか。真冬が由紀達を連れてきたからというもの屋敷は騒がしくなり…穂村も裏で何かを考えているのか、行動が活発化している。そして、この柳という人間もどこか気が抜けたような表情をする事が多くなったような気が…。

 

 

 

 

圭一「……まぁいい。それで、用件は?」

 

柳「そうだったね。ええっとだね…少し必要な備品とかがあるので、もし外で見かけたら取ってきてもらいたいなと…」

 

二つ並んでいる冷蔵庫の内、柳は左側の方を開けて中にあったペットボトルを手に取る。見た感じ、その中身は水か何かだろう…。ゴクゴクそれを飲む柳を見た圭一は、あることが気になった。

 

 

 

圭一「お前、何で冷蔵庫を二つも持ってるんだ?一つでいいだろ」

 

柳「あぁ、左の方が飲料用。右の方は薬品を保管する為の物だ」

 

圭一「へぇ……………んっ?」

 

と、納得したようにその冷蔵庫らを見つめ…後に圭一は気が付く。先程美紀に手渡したドリンク…あれはどちらの冷蔵庫から取り出しただろうか…。

 

 

 

圭一「………ちょっといいか?」

 

柳「ん?なんだい?」

 

…ガチャッ

 

 

 

圭一「この冷蔵庫の…ここにあったヤツってのは薬なのか?」

 

右側の…薬品保管用だと言われた冷蔵庫を開き、美紀に渡したドリンクのあったスペースを指さす。すると柳は驚いたように目を見開き、圭一に尋ねた。

 

 

柳「……どこにやった?」

 

圭一「いや…その…栄養ドリンクか何かだと思って、美紀に…」

 

柳「それは……まずいな」

 

右手で額を押さえ、柳は辺りをうろうろと歩き出す。その様子から、あれが栄養ドリンクなどではなかったという事だけはハッキリとわかった。

 

 

 

圭一「飲ませちゃまずいヤツだったか…。命に関わるのか?」

 

柳「いや、そこまでの物ではない…。ただ、なんと言ったらいいか…」

 

圭一「…簡単にまとめてくれ」

 

 

柳「…あれは俗に言う、惚れ薬…媚薬というような薬に近い物だ。あれを使うとおよそ五分程で効果があらわれ、飲んだ者はその際、目の前にいた一人の人間に無条件で好意を寄せるようになる。異性はもちろん、同姓でもな…」

 

圭一「……マジかよ」

 

その話が本当ならば、かなりマズイ。圭一が美紀にあれを渡したのは十分以上も前…。もしあの後、彼女がすぐにあれを飲んでしまっていたらもう手遅れだ。

 

 

 

圭一「まず、何でそんな物を作ったんだ?」

 

柳「私だって意識して作った訳じゃない…偶然の産物だ」

 

圭一「厄介な物を……。でもまぁ、美紀なら大丈夫じゃないか?見た感じ、あいつはかなり真面目なヤツだ。いくらそんな薬を飲んだからって、そうおかしな事を起こしたりは……」

 

柳「偶然とはいえ、私が作った薬だ。その効果を()めるな。直樹君がいくら真面目な娘だとしても、あれを飲んだ以上は自制心が効かなくなる。もしもその際、彼女の目の前にいたのが寄りによって穂村君だったらどうする…?」

 

柳が真面目な表情で尋ねてきたので、圭一も真剣にそれを考えてみる…。あの薬の効果が出てきた際、彼女の目の前にいたのが穂村だったら…。美紀があの男に身を寄せ、少しでも手を握ったりしたら……。

 

 

 

圭一「…それはまずいな」

 

柳「あぁ、私もそう思う…。薬の効果はそう長くはないから、ほんの数十分程で少しずつ薄れてくるハズなのだが…」

 

圭一「なら穂村の手に渡るより先に俺らで美紀を捕まえ、薬の効果が切れるまでは隔離しておこう。理性を取り戻した時、隣にいたのが穂村とかただの悪夢だろ…」

 

柳「だな…。年頃の女の子にとってはトラウマ物だろう…」

 

美紀の様子が明らかにいつもと違うものだったとしても、自分にチャンスがあるならそれをものにする……穂村というのはそういう男だ。そんな男の手に彼女が渡るくらいなら、自分達で彼女を捕らえ、保護していた方が良い…。そう考えた圭一・柳は彼女を探して屋敷内を探索するのだが………

 

 

 

 

柳「直樹君は…ここにもいないか」

 

三階、二階、一階…更には地下も探したが、美紀の姿はない。ならば外の庭だろうか…。一階の団らん室に立つ二人がそう思い始めた時、ソファーに腰かけていた胡桃と悠里が口を開いた。

 

 

 

 

胡桃「美紀なら、あいつと一緒にどっか行ったぜ」

 

柳「あいつというのは…あの少年か?」

 

悠里「ええ。今は多分、どちらかの部屋にいるんじゃないかしら?」

 

圭一「あぁ…そうか…」

 

二人から情報を聞き、圭一と柳はため息をつく…。恐らく、自室には鍵がかけられてあるだろうから、外からは開けられない。それでも中に入るなら、扉を壊すしかないだろう。

 

 

 

圭一「…どうする?」

 

柳「どうすると言われても……ねぇ」

 

圭一「……………」

 

胡桃「…??なんの話してんだ?」

 

柳はもう半分諦めたらしく、自らも呑気にソファーへと腰かけてしまった。胡桃と悠里が二人の会話を聞き、不思議そうに首を傾げるその一方…美紀に薬を与えてしまった張本人である圭一は、少しだけ罪悪感を感じていた。

 

 

 

 

 




ということで、柳さんが作っていた厄介な薬をみーくんは飲んでしまい、そしてそのまま…彼と出会ってしまったようです。まぁ、穂村君と出会わなかったのは不幸中の幸いでしょう!(笑)

次回は惚れ薬を飲んでしまったみーくんと、そんな彼女と出会った彼の様子を書いていきます!

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