軌跡〜ひとりからみんなへ〜   作:チモシー

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百二十四話『べんきょう』

 

 

 

悠里「さて、朝食も済んだ事だし…。屋上の方に行ってこようかしら」

 

皆が朝食に使った皿やフォークなど、それらを洗いを終えた悠里が流し台の前で呟く。ニコニコとしているその表情は、やたら上機嫌に見えるが…

 

 

 

胡桃「屋上って…この屋敷のか?何しに行くの?」

 

悠里「あそこには巡ヶ丘の学校と同じような菜園スペースがあってね、柳さんに聞いたら使ってもいいって言われたのよ」

 

胡桃「へ~、そんなもんまであんのか…」

 

悠里「昨日、狭山さんに手伝ってもらって手入れとかの下準備は終えたから、あとは種をまいて世話していくだけね♪」

 

真冬「たしか…種とかも地下にしまってあったと思うよ」

 

胡桃(あるのかよ……)

 

本当に色々な物がある屋敷だなぁと胡桃らが感心する中、悠里は真冬の頭をポンポンっと軽く撫でる。どうやら昨日、菜園場の手入れを共に行った事でいくらか親しくなったようだ。

 

 

 

悠里「じゃ、行きましょうか?」

 

真冬「…うんっ」

 

そうして悠里は真冬を連れ、リビングをあとにする。彼女らの仕事が上手くいけば、近い内にそこで取れた野菜を口にする事が出来るかも知れない。

 

 

「菜園場があったなんて、全く知らなかった…」

 

美紀「まぁ、本当にちょっとしたスペースでしたけどね。たぶん、巡ヶ丘の学校にあったのより少し狭いかと…」

 

「……まず、巡ヶ丘の学校を知らないからなぁ」

 

美紀「あっ、そうでしたね…。すいません」

 

その気まずそうな表情の見て、あの時は彼がいなかったという事を思い出す。ここ最近は彼とずっと一緒にいたので、てっきりあの時もいたものだと…美紀はつい記憶違いをしてしまったのだ。

 

 

 

由紀「りーさん、嬉しそうだったね♪」

 

胡桃「ああ、そうだな。ようやく落ち着いた暮らしが出来そうになって、心に余裕ができたのかもな」

 

由紀「えへへ…。屋上、わたしもあとで見てこよ~っと♪」

 

その言葉の通り、由紀はその後いくらかダラダラしてから屋上へと向かっていった。美紀、胡桃もそれに同行する中、彼は一人のんびりしようと部屋に戻ったのだが……。

 

 

 

コンコンッ…

 

「あ~、はいはい。どちら様?」

 

戻って一時間弱たった後、部屋のドアがノックされる。ベッドの上で半分眠りに落ちていた彼が起き上がり、そのドアを開くと、そこには浮かない顔をした由紀が立ちつくしていた。

 

 

「…どうしたの?」

 

由紀「あ、あのね…。これから、みんなでお勉強することになっちゃって……。それで、りーさんが__くんも呼んできてって…」

 

「な…?僕も勉強するの?」

 

由紀「……うん」

 

『勉強することに"なっちゃって"』と言っている辺り、由紀は勉強が得意ではないのだろう。しかし彼も彼で勉強はあまり得意…というか好きではなかった為、目の前の由紀と同じく、どこかドンヨリした表情を浮かべる。

 

 

 

「…二人で逃げようか?」

 

由紀「だめだよ!そんな事したらあとでりーさんに怒られちゃうもん!」

 

「じゃあ、観念するしかないのか……」

 

今までもキャンピングカーの中で彼女らが勉強しているのは何度か見たことがあるが、彼はそれに巻き込まれずに済んできた。それがここにきて巻き込まれたのは、さっき胡桃が言ったように悠里の心に余裕が出来てきたからなのかも知れない…。

 

 

 

「はぁ…わかった。僕も行くよ」

 

由紀「うん、一緒にがんばろ~…」

 

仕方なく部屋をあとにし、彼は由紀の案内のもと、悠里達の待つ団らん室へと向かう。訪れたその部屋はどこから取ってきたのか…横長のデスクが準備されており、悠里達はそれの前に椅子を置いて二人を待っていた。

 

 

 

「お待たせしました…」

 

悠里「よしっ、ちゃんと来たわね。じゃあ、始めましょうか?」

 

胡桃「はぁぁ……」

 

その大きな溜め息から察するに、どうやら胡桃も勉強が得意ではないらしい。そんな中で悠里は一冊の教科書を手に持ち、まるで教師かのようにいくつかの問題文を呼んでいく…。席についた彼や由紀、胡桃は用意されていたノートやペンを用いてそれを解こうとしていくが……

 

 

 

「……りーさん、ここはいったいどうやれば?」

 

悠里「あら、そこでつまずいたの?そこはまだ簡単なレベルの問いだから、もう少しだけ自力で頑張ってみなさい」

 

「……はい」

 

思いの外、問題の難易度が高い…。いや、以前から真面目に勉強をしていれば簡単なのだろうが、以前から勉強が苦手であり、その上ここ最近はそれから離れていた彼にすればかなりの難問だ。

 

 

 

胡桃「…いくつ目の問いでつまずいた?」

 

「…二つ目」

 

胡桃「あ~………同じく、こっちもつまずいてるわ」

 

どうやら、胡桃も同じところで頭を悩ませているらしい。彼女は隣の席に座る彼に小声で話しかけた後、ペンを片手に苦い表情をして頭をガリガリと掻いていた。

 

 

 

由紀「うぅ~……」

 

悠里「由紀ちゃん、そこ間違えてるわよ」

 

由紀「あぅぅ……」

 

悠里が由紀のノートを覗いて指摘すると、由紀は苦しげな呻き声をあげながら消しゴムを手に取り、間違いだと言われた場所をゴシゴシと擦っていく。そんな由紀の横…その席に並んで座っている美紀と真冬のペンは、ほぼ迷いなく一定のペースで動いていた。

 

 

 

真冬「……よし、終わった」

 

美紀「あっ、私も終わりました」

 

悠里「どれどれ……。うんっ、二人とも正解してるわ。じゃあ、二人はまたこっちの問いをやっててね」

 

 

美紀「はい」

 

真冬「わかった…」

 

悠里は二人に教科書を見せ、新たな問いの記してあるページを指さす。二人がそれを見て頷きを返すと、悠里は自らも席についてから別に用意してあった教科書で勉強を始めた。

 

 

 

美紀「勉強、得意なの?」

 

真冬「うん。そこそこに……」

 

ノートにペンを走らせつつ、美紀は真冬にこっそりと話しかける。横目に見ていて気付いたのだが、真冬は美紀が頭を悩ませるような問いもスラスラと解いているようだった。

 

 

 

真冬「……カンニングはダメ」

 

美紀「ごめんごめん。そういうつもりじゃなかったんだけど…」

 

真冬「ふふっ…分かってるよ。ほんの冗談…」

 

美紀は頭が良さそうだから、そういう事はしないだろう…。真冬は微かに口元を弛めて微笑んだ後、目にかかりそうだった前髪をかき上げてまた問いを解いていく。なんだか機嫌が良さそうだ。

 

 

 

美紀「なんか、楽しそうだね…?」

 

真冬「……こうしてまた誰かと並んで勉強したりするなんて、想像もしてなかったんだ。勉強なんて、前はただ何となくこなしていくだけだったけど…こうしてみんなと一緒にやると……ちょっと楽しい」

 

真冬はそう答えてから美紀を見つめ、ニッコリと微笑む。世界が今のようになるより以前…通っていた学校で勉強していた時ですら、こんなふうに楽しい気持ちになる事はなかった。

 

 

 

美紀「友達と一緒だと、色んなことが楽しく思えるのかもね」

 

真冬「……美紀はもう…ボクの友達…?」

 

美紀「そのつもりだけど…嫌?」

 

少しだけペンを止め、美紀は真冬の顔を覗く。すると彼女は照れたように小さく首を横に振り…

 

 

 

真冬「ううん………すごく嬉しい」

 

小さな声で、そう呟きを返す。それを聞いた美紀はニコリと微笑み、止めていたペンを再び動かしていく。

 

 

美紀「私だけじゃなく、先輩達も真冬の友達だからね…。これはもう、忘れちゃダメだよ?真冬はもう、一人じゃないんだから……」

 

真冬「うん………ありがとう」

 

美紀の言ってくれた言葉を聞き、真冬は自らの胸が温かくなっていくような感覚を感じる…。自分のようなダメ人間にこんな言葉をかけてくれる彼女を…その友人達を…これからは全力で守ろうと真冬は決意した。

 

 

 

 

~~~~~~~~~

そうして二時間程経過し、長かった勉強時間が終わる…。彼や由紀はノートを勢いよく閉じると、二人して同じように顔をデスクへ伏せた。

 

 

 

「………マジで疲れた」

 

由紀「お疲れさま~…」

 

胡桃「お疲れさん…。ほら、机片付けるぞ」

 

ぐったりしている二人とは違い、胡桃は少しだけ体力を残しているようだ。胡桃や美紀、真冬、そして悠里がそれぞれのデスクや椅子を部屋の隅へと片付ける中、彼と由紀だけはいつまでもダラダラとしている…。

 

 

 

由紀「えぇ~っ…机も自分で片付けるの~?」

 

「本当にめんどくさい……。次からは辞退させていただく」

 

悠里「だーめ!どんな世の中でもちゃんと勉強しないと、将来立派な人になれないわよ?それでもいいの?」

 

「うぐっ……分かりましたよ」

 

悠里が説教モードに入りかけていた為、彼と由紀は仕方なく机を片付けていく。しかしまた定期的にこの勉強会があると思うと、憂鬱な気持ちにならざるを得ない…。片付けを終えた彼は一旦その部屋を出て、トイレへ向かおうとした。

 

 

 

 

穂村「っ…いたいた!おい少年っ!お前に良い仕事があるぞ!!」

 

「あぁ、穂村(あに)か……。いつの間に帰ってきたんだ…」

 

廊下に出てから出くわしたその人物…穂村はやけに興奮気味だ。たしか外へと出ていたハズだが、いつの間にか帰ってきていたらしい。

 

 

「…で、仕事とは何の事で?」

 

穂村「お前、あの娘らとは仲がいいよな?」

 

「まぁ、それなりには……」

 

穂村「なら、誰かの部屋に行ったりするのなんて楽勝だよな?」

 

彼の返事を聞いた穂村は興奮して息を乱し、肩まで伸びた茶髪を揺らす。やはり、この男はまともじゃなさそうだ…。彼はそんな事を思いつつも、その話には付き合ってあげていた。

 

 

 

「行こうと思えば行けるだろうけど…それがなにか?」

 

穂村「完璧だ…!お前なら、俺の計画の手助けになるっ!!」

 

などと訳の分からぬ事を言い、穂村は彼の前に手を出す。そっと開かれたその手には、小さな黒いブロックのような物が握られていた。

 

 

 

「…これは?」

 

穂村「小型のカメラ…いわゆる隠しカメラってやつだ!前に立ち寄った建物で運良く見付けたんだが、その時はぶっ壊れててな……。でもつい先日、狭山のやつが直してくれたんだよ!!」

 

やたらと嬉しそうにニヤニヤと微笑み、穂村はその隠しカメラを大切そうに見つめる。この時の彼はまだ、穂村の野望に気づいていない…。

 

 

 

「で、その隠しカメラがなんなの…。盗撮でもする気で?」

 

穂村「察しが良いな…。やはり、お前は俺と同じ天才だ…!!」

 

「………」

 

『盗撮』というのは冗談で言ったのだが、当たってしまったらしい…。直後、彼はここまでに穂村が言ってきた発言の全てを思い返し、自分がやるべき事をすぐに理解した。

 

 

 

「つまりこういうことか…。彼女らの内、誰か一人の部屋に侵入し、それを仕掛けてくれば良いと…」

 

穂村「ああ…!察しが良くて助かるっ!頼めるか…!?みんな部屋には鍵をかけてるから、俺じゃ入れねぇんだよ」

 

「なるほど…。確かに、僕なら『遊びにきた』とかなんとか言って中に入れるな…。でも、それを部屋に仕掛けて何の意味が?」

 

穂村「分からないのか?部屋に仕掛けておきゃ、その娘の着替えくらいは覗けるだろう?それって最高じゃないか!?」

 

「はぁ……あんたって人は……」

 

鼻息を荒げる変態を前にして彼は深い溜め息をつき、呆れたような目を向ける。穂村のその計画が、とても浅はかだからだ。

 

 

 

 

「部屋に仕掛けても、結局は誰か一人の着替えを見れるだけだ…。なら、浴場前の脱衣所に仕掛けた方がいい。あそこなら一人といわず、数人の着替え……というか裸が見られる」

 

穂村「うぉぉっ!?お前、天才かよ!!?」

 

「いや…盗撮と聞いたらまず最初にそれが浮かぶでしょうよ…」

 

穂村「浮かばない浮かばない!!そんな発想出来るのお前だけだって!」

 

ウキウキとした穂村の表情を見るにそれは褒め言葉のつもりらしいが、彼は何となく複雑な気持ちになる…。自分がこの男以上の変態なような、そんな気がしたから…。

 

 

 

「…何はともあれ、その仕事には乗る。さぁ、カメラ貸して」

 

穂村「おう!ベストなポジションに頼むぜ!!」

 

右手を伸ばす彼へカメラを手渡し、穂村はニヤニヤと微笑む。彼に任せておけば、女子達の裸体を拝めると確信したからだ。しかし、穂村と違って彼はニヤリとも微笑まず、カメラを持つ右手を振り上げ……

 

 

 

 

「ほっ…!」

 

ガシャッ!!

 

勢いよく、廊下の壁に叩き付けた。

 

 

 

穂村「んなぁぁっ!!?何やってんだよ!!?」

 

壁に叩き付けられ、床に転がる隠しカメラ…。穂村はそれを急ぎ拾いあげるが、レンズどころか本体そのものがひどく割れてしまっていた。もう、使い物にならないだろう…。

 

 

穂村「どうして…どうしてっ!!?」

 

「いや…なんというか…。由紀ちゃんに胡桃ちゃん、りーさんに美紀……あの娘らの裸を、あんたに見せるの嫌だなって…」

 

実際、穂村に話を持ち出された際はかなり悩んだ。しかし、この盗撮が成功すれば彼女らの裸体がこの男にも見られてしまう……そう思うと何か嫌だった。

 

 

 

「自分だけで眺める分には良いんだけどね…。あんたとシェアはちょっと…」

 

穂村「っぐ……!偉そうな事を…!!なんだ!?あの娘らはみんなお前の女か!?違うだろうが!!」

 

「いや、まぁそれはそうだけども……」

 

穂村「くそっ!このムッツリスケベ!!変態野郎!!!」

 

「…自分に言ってるのか?」

 

穂村「俺はムッツリじゃねぇ!!オープンな変態だ!!」

 

ハッキリと言いきり、穂村は砕けたカメラを両手に包む。彼に裏切られたショックからか、それともカメラが壊れたからなのか…その目は涙ぐんでいるように見えた。

 

 

 

 

穂村「ばーかばーか!!お前にはもう何も頼まんっ!これから先、この隠しカメラみたいなヤツをゲットしても、お前には内緒にしてやるよ!!ざまぁみろ!!」

 

「…………」

 

穂村は子供のように(わめ)きながら走り去り、彼の前から消える。少し変わった人間だとは思っていたが、これほどとは予想していなかった。あんな人間とこれからもいくらか生活を共にすると思うと、少しだけ頭が痛くなる。

 

 

 

(まぁ、面白い人ではあるけど……)

 

以前会った弟の方と違い、兄はオープンな性格をしているだけまだ笑って見ていられる。これから少しずつこちらから会話を振れば、打ち解けることも出来るだろう…。彼はそんなふうに思い、自室に戻ったのだが…。

 

 

 

「…何だよ、これは」

 

戻った時、彼の部屋の扉には一枚の紙が貼られていた…。上の端をテープで止められていたその白い紙には真っ赤な色の文字で大きく『変態ヤロウの巣』…とだけ、やたら下手な文字で書いてある。犯人は言うまでもなく、穂村だろう…。この紙を見た彼はあの男とは仲良くなれない……というより、なりたくないと…強くそう思った。

 

 

 

 

 

 




前半はまだまともな話を書いたつもりでしたが、後半がアレでしたね(汗)
穂村(兄)は彼よりも一回り年上のハズなのですが、大人の威厳めいたものは感じられません(^_^;)

今回は協力者になってくれたハズの彼(主人公)に裏切られて退散しましたが、またすぐに良からぬ計画をたててくると思います(苦笑)そして、また懲りもせず彼に協力を求めてくるかと…(-_-;)

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