軌跡〜ひとりからみんなへ〜   作:チモシー

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十二話『いきのこり』

生存者らしき影を追ってビルに侵入する5人。

 

 

ビルの入り口のガラス戸は何者かに破壊されており、中には誰でも容易に入れるようになっていた。

 

 

 

美紀「…奴らに壊されたのでしょうか?」

 

壊されたガラス戸をみて美紀が言った。

 

 

 

胡桃「さて、どうだろうな?何にしても入り口がこんなんじゃ立て籠るには向かないのに。…何でこんなところに人がいるんだろうな?」

 

 

 

悠里「…そうね、見たところ廃ビルだったみたい…物が何もないわ。」

 

 

悠里の言った通り、そのビルの入り口を抜け中に入った彼女達の目に入ったのは、椅子一つも無い殺風景な空間だった。

 

 

 

「…とりあえず3階へ向かいましょう。」

 

 

 

悠里「ええ。急ぎましょう!」

 

殺風景なその空間の左に位置する通路を進むとすぐに階段を見付け、彼女達は3階へと上っていった。

 

 

 

胡桃「……!皆静かに!」

 

 

2階と3階の間の階段で、先頭を進んでいた胡桃が皆に小声で言った。

 

 

「…どうした?」

 

 

胡桃「見ろ…あそこ。」

 

胡桃は目の前の3階通路を指さす。

 

 

 

そこには階段から上がってくる者を拒むように木材を組み合わせたバリケードが建てられており、3体のゾンビがそのバリケードをガリガリと引っ掻いていた。

 

 

 

美紀「なるほど、立て籠るにしては不用心な場所だと思っていましたが…3階への通路にだけバリケードを建てていたんですね。」

 

美紀が辺りを見て言う。確かにバリケードが建てられているのは3階通路だけで、4階へ続く階段は今まで通り開ききっていた。

 

 

胡桃「おい__、手伝ってくれ。」

 

胡桃がシャベルを構えて彼に言う。

 

 

 

「了解、どうやる?」

 

 

 

胡桃「あたしが近くの2人をやる…お前は余ったもう1人を頼む。」

 

そう伝えて胡桃が奴らの背後に忍び寄る。

 

 

 

胡桃「…………はっ!!…ほっ!!」

 

ドガッ!! 

 

 

ガスッ!!

 

 

胡桃が手際良く2体始末する。それに気付いた最後の1体が胡桃に襲い掛かろうとするが…一歩足を進めたところで彼のナイフがその頭部を両断していた。

 

 

ベチョッ!

 

切り裂かれた頭部の切れ端が音をたてて床に落ちる。

 

 

 

胡桃「うおっ!ぐ、グロいんだけど…」

 

切り裂かれて落ちた頭部を見て胡桃が言う。

 

 

 

「お互いさまでしょ…それより早くこのバリケードを乗り越えて進もう」

 

 

胡桃「ほいほい。」

 

 

由紀「うわぁ~、これどうやって越えるの?」

 

バリケードを見ながら由紀が言った。

 

 

そのバリケードは木材を幾重にも重ねた物を釘で合わせた物で、3階内部への道を塞いでいたが、上部には隙間があり乗り越えて進む事が出来そうだった。

 

 

悠里「…どうしようかしら?」

 

 

美紀「肩車すれば何とか届きそうですね。」

 

 

「誰が誰を肩車するんですか?」

 

 

胡桃「うーん…。」

 

 

 

「…良し、僕が行ってみる…胡桃ちゃん!肩車!」

 

 

胡桃「女に肩車させる男がいるかよ!持ち上がらねーよ!」

 

 

 

「僕そんなに重くないから胡桃ちゃんならいけると思うけど…じゃあ僕が胡桃ちゃんを肩車するから、乗って?」

 

彼がしゃがみこんで言った。

 

 

胡桃「うぅ~、それも無理…スカートで来ちまった……。」

 

胡桃が顔を赤らめて言う。

 

 

「…なるほど、それを言ったら皆スカートですけどね。……僕以外。」

 

 

美紀「………。」

 

 

悠里「………。」

 

 

由紀「私行こうか?」

 

由紀が言った。

 

 

「スカート女子を肩車出来るのは嬉しいけど…さすがに由紀ちゃんだけじゃ危ないかな。……りーさんか美紀さん、由紀ちゃんでも良いけど、胡桃ちゃんを肩車出来ますか?胡桃ちゃんなら一人でも大丈夫でしょ!」

 

 

 

胡桃「おい!!」

 

胡桃が彼の肩を小突く。

 

 

 

悠里「どうかしら?」

 

 

美紀「…ちょっとキツいかもです。」

 

 

由紀「くるみちゃんって体重何キロ?」

 

 

胡桃「言わねーよ!ってかりーさんと美紀も出来るって言ってよ!あたしが傷付くだろ!?」

 

 

「はぁ…仕方ない、胡桃ちゃん…このバリケード壊すか。」

 

 

 

胡桃「……大丈夫かなぁ、もし中の人が無事だったら怒られそうだけど。」

 

 

悠里「確かに…これだけ丈夫そうなバリケードだったら中に奴らは入ってないとは思うけど…。」

 

 

コンコン!

 

 

一同「!?」

 

突然、バリケードの内側から音が鳴る。

 

 

美紀「今のって…。」

 

 

 

???「……あなた達、誰ですか?」

 

バリケードの中から女の人の声がした。

 

 

悠里「!?……生存者さんですか!?私達は巡ヶ丘学院高校の生存者です!」

 

悠里がバリケードの向こうの女性に応える。

 

 

 

???「…学生さん?……少し待ってね。」

 

声の主がそう言って少しすると、バリケードの下部の板が時計回りにずれて隙間が空き、その隙間の中から女性が顔を出した。

 

 

???「ここから入って。」

 

彼女達は女性の開けた隙間を通り中へ入った。

 

 

 

美紀「これって……。」

 

美紀が先程のバリケードの隙間を見て言う。

 

 

???「ああこれですか?このバリケード、下のこの一枚の板だけ片側しか釘で止めてないから、ずらして扉の代わりに使えるよう作ったんです。…あのゾンビ達はこんな簡単な仕掛けでも気付かずにいてくれるし。」

 

 

女性がしゃがみながらバリケードの仕掛けをパカパカさせながら言った。

 

 

悠里「ここにはあなた1人で?」

 

悠里が女性に尋ねた。

 

 

 

???「はい、私は中村杏子(なかむらきょうこ)です。よろしくね。」

 

肩まで伸ばした黒髪と眼鏡が印象的な女性だった。

 

 

 

彼女達は自分達も杏子に自己紹介すると、杏子にいくつかの質問をした。

 

 

 

美紀「杏子さんはずっと1人だったんですか?」

 

 

杏子「いいえ…一週間前まで弟とここに暮らしてました……でも弟は奴らに…。」

 

 

美紀「あ……すいません。」

 

 

杏子「気にしないで、私が悪いの……しっかりあの子に目をつけてなかったから…。」

 

 

 

胡桃「どうしてここに暮らしてたんですか?」

 

 

 

杏子「家はもう中がボロボロになっちゃって…ここは廃ビルで誰も使ってなかったみたいだから、迷惑もかからないと思って弟と必要な物だけもって、この3階を使わせてもらっていました。」

 

 

杏子「バリケードもしっかり作って……大丈夫だと思ったのに…。」

 

 

 

「…弟さんはどうして奴らに?」

 

 

 

杏子「…少し目を離した間に、1人でバリケードから外に出てしまっていたんです……まだ10才になったばかりで……好奇心旺盛だったんですね。…もっと強くバリケードから出ちゃダメって…言っておけば良かった…。」

 

杏子が顔を伏せる。

 

 

杏子「…でも他にも生きている人に会えて良かった。…誰か来たのは分かってたけどなんか怖くて…だから最初はバリケードの近くで皆さんの会話を少し盗み聞きしてたんです。そしたら面白そうな人達だったから、思わず声掛けてしまいました。」

 

伏せた顔を上げて笑顔で言った。

 

 

 

「良かったね胡桃ちゃん、君のおかげだよ。」

 

彼がそう言って胡桃の背中を叩く。

 

 

胡桃「あたしか!?」

 

 

由紀「そだよ、胡桃ちゃんが面白いことばっか言ってたおかげだよ!」

 

 

 

胡桃「…言ってたか?」 

 

 

 

杏子「あはは!ごめんね胡桃ちゃん、肩車のくだり…面白かったです!」

 

杏子が笑いながら言う。

 

 

 

胡桃「ぐぬぬ……フクザツなんだけど…。」

 

 

 

悠里「良いじゃない胡桃、杏子さんを楽しませたんだから。」 

 

納得のいっていない胡桃を悠里がなだめる。

 

 

 

杏子「そうだ!皆さんお昼は食べました?もしよければ食べていって下さい!こんなご時世なんで缶詰めくらいしかありませんが…量はたくさんありますから!」

 

 

 

由紀「良いの!?」

 

 

悠里「由紀ちゃん、少しは遠慮を…。」

 

 

杏子「いえいえ!本当にたくさんありますから是非どうぞ~。」

 

杏子が由紀の頭を撫でながら言った。どうやら由紀がお気に入りのようだ。

 

 

 

由紀「えへへ…だってりーさん!良いよね?」

 

 

悠里「そこまで言うなら…皆、ご馳走になりましょうか?」

 

 

 

__・胡桃・美紀「はーい!」

 

 

 

杏子に案内され、一つの部屋へ入る。

 

そこには折り畳み式のテーブルといくつかのパイプ椅子が置かれていた。

 

 

 

杏子「じゃあ食べ物持ってきますから、それまで座って適当に待っていて下さい。」

 

 

悠里「私も手伝います。」

 

 

 

杏子「大丈夫!あなた達はお客さまですから、待っていて下さい!」

 

杏子は笑顔でそう言うと、彼女達を部屋に残し他の部屋に食料を取りに向かった。

 

 

 

由紀「優しい人だね!」

 

 

悠里「そうね。」

 

 

美紀「ただもう少し早く来れれば弟さんも助けてあげられたかもと思うと…。」

 

 

胡桃「そうだな…けど済んだ事はしかたねーよ。かわりにあたし達で杏子さんを支えてやろうぜ?」

 

 

「だね……杏子さん、仲間に誘う?」

 

 

 

由紀「誘おうよ!杏子さん優しいから好き~。」

 

 

悠里「あの人、由紀ちゃんのこと好きみたいだものね。」

 

 

胡桃「由紀ってなんか妹感あるから、姉としての本能が疼くのかも…。」

 

 

悠里「なるほどね……良くわかるわ…。」

 

そう言った悠里の表情は、心なしか暗く見えた。

 

 

由紀「そうかなぁ…私って妹っぽい?」

 

由紀が胡桃に言う。

 

 

 

胡桃「ああ…しかも手のかかる妹だな。」

 

 

 

由紀「ひど~い!」

 

由紀と胡桃が言い合っていると、部屋の扉が開き、杏子が缶詰めを抱えて戻って来た。

 

 

 

杏子「お待たせしました~。どれでも好きなの食べて下さいね!」

 

大量の缶詰めをテーブルの上にばらまいて杏子が言った。

 

 

 

それぞれが好みの缶詰めを手に取り、それらを皿の上にあけて食べ始める。

 

 

杏子「ごめんなさい、この間までは缶詰め以外にもレトルトの食料とかもあったんだけど…全部食べてしまったうえにカセットコンロのガスも切れちゃって。…缶詰めしか食べ物がないの。」

 

杏子が申し訳なさそうに言った。

 

 

 

胡桃「カセットコンロ用のガスってまだ車にあったよね、りーさん?」

 

 

悠里「ええ、いくつか分けますよ?」

 

 

 

杏子「いえいえ、そこまでしてくれなくて大丈夫です。ただこうして一緒に食事してくれるだけで十分!」

 

 

「…言ってるわりに杏子さんは食べてないですね?」

 

一つも缶詰めを開けてない杏子を見て彼が言った。

 

 

 

杏子「あはは…実はついさっきお昼済ませちゃって…お腹いっぱいなんです。」

 

 

 

「そうだったんですか。悪いですね、わざわざまた食事の準備させちゃって。」

 

 

 

杏子「いいえ、準備っていっても缶詰めとお皿と割りばしを用意しただけですから…。それに私は食べてませんが、こうして皆さんが食事してるのを見ているだけでも楽しいんです!他の人と会うの凄い久し振りだったから…。」

 

杏子が皆を見回して言う。

 

 

 

由紀「だったら杏子さん!私達と一緒に暮らさない?そうすれば毎日一緒に食事とか出来るよ!」

 

由紀が椅子から立ち上がって言った。

 

 

 

杏子「…え?」

 

杏子が驚く。

 

 

 

悠里「どうでしょうか?私達キャンピングカーで暮らしているんですけど…多分もう1人くらいなら寝るスペースも誰かと一緒に寝る事でどうにかなると思います。」

 

 

由紀「うん!だったら私と一緒のベッドで寝よ!」

 

 

悠里「少しだけ狭いかもしれないですけど…いかがですか?」

 

悠里が杏子に尋ねた。

 

 

 

 

杏子「………。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

杏子「……ありがとうございます…凄く嬉しいです!」

 

杏子が涙を流しながら答えた。

 

 

美紀「…あっ。」

 

 

胡桃「そこまで喜ばれると誘った方も嬉しいな!」

 

涙を拭う杏子を見て胡桃が言った。

 

 

 

杏子「…けど、返事は少しだけ考えていいですか?ちょっと心の整理をつけたくて…。」

 

 

 

悠里「もちろんですよ。」

 

 

 

杏子「ありがとうございます!…では少し他の部屋で考えますね?一時間以内には答えを出しますので、待っていて下さい!」

 

そう言って杏子は部屋から出ていった。

 

 

 

胡桃「以外だな…即答で一緒に来るって言うかと思ったんだけど。」

 

杏子が出ていった扉を見ながら胡桃が言った。

 

 

 

美紀「やっぱ今まで弟さんと暮らしていた場所を離れたくないとか…私達を完全に信じて良いか分からないとか、色々あるんじゃないですか?」

 

 

悠里「うーん、そうかも知れないわね。」

 

 

 

由紀「きっと来るって言ってくれるよ!杏子さんは!」

 

由紀が嬉しそうに言った。

 

 

 

悠里「そうなれば良いけど…若い女性1人じゃ厳しい世界だから…。」

 

 

 

「………ちょっとトイレ行ってきますね。」

 

彼が席をたち言う。

 

 

胡桃「トイレって…場所分からないだろ?」

 

 

 

「うん、杏子さんに聞く。」

 

そう言って彼は部屋から出た。

 

 

 

 

(…………あの人なんか気になる…。)

 

彼は通路を歩き、一つ一つ扉を開けて杏子を探した。

 

 

 

3つ目の扉を確認しようとした時、通路奥の部屋から物音が聞こえたので彼はそこへ向かった。

 

 

バタン

 

 

扉を開けると中には杏子がいた、杏子は彼に気付くと慌てて何かを隠した。

 

 

 

杏子「あ…あれ?…どうしました__さん?何かご用ですか?」

 

笑顔でそう言う杏子だったが、どこかぎこちなかった。

 

 

 

「ええ……少し杏子さんに聞きたい事が。」

 

 

 

杏子「聞きたい事?…なんでしょう?」

 

 

 

「言いたくはないですが……ちょっとだけあなたの事が怪しいと思ったので。」

 

彼が杏子の目をまっすぐ見つめて言った。

 

 

 

杏子「………怪しい?」

 

 

 

「ええ、缶詰め…杏子さん一つも食べなかったですよね?」

 

 

 

杏子「はい、さっき言ったようにお腹いっぱいでしたから…。」

 

 

 

「…僕はついこの間彼女達の仲間になってばかりで、それまでは一人で生きてきました。…正確には仲間がいた事もありますが、実はそいつらは僕の物資目当てで仲間のふりをしていただけで、裏切られました。」

 

 

 

杏子「…。」

 

 

 

 

「その他にも、イヤな生存者達とばかり出会ってきました。…だから生存者を見るとどこか疑ってしまう癖がついてしまって……杏子さんが出した缶詰めもなんか危ない薬でも入ってるんじゃないかって少しだけ疑ってました。」

 

 

 

杏子「!!…そんな!…何も入れてませんよ!」

 

杏子が声を張り上げて言った。

 

 

 

「でしょうね、僕も最初はそんなことを考えていましたが…由紀ちゃんの頭を撫でてる時や僕達と一緒に暮らさないかと聞かれた時の杏子さんの顔を思い出して…この人は本当に優しい人なんだろうと…僕の中で結局そういう結論になりました。」

 

彼が杏子に笑顔で言う。

 

 

 

杏子「…ありがとうございます。……じゃあ聞きたい事っていうのは?」

 

 

 

「はい、缶詰めの話に戻りますが…確かに、普通に考えれば杏子さんはお腹いっぱいだっただけかも知れません。……ただ杏子さんを見ていて気付いたんです、たまに辛そうな顔をしている事に…。」

 

 

 

杏子「………。」

 

 

 

「もしかしたら、何かの病気で気分が悪くて食欲が無いのではと…そう思ってました。……だけどさっきこの部屋に入った時に見てしまいました…。」

 

 

 

杏子「……そうですか。」

 

杏子が顔を伏せる。

 

 

 

 

 

 

 

彼がこの部屋に入った時に見たもの…それは腹部に巻いた血まみれの包帯を新しい包帯に巻き直す杏子の姿だった。

 

 

 

 

 

 

「杏子さん……奴らに噛まれてますね?」

 

 

 

 

 

 

 

彼の問いかけに、杏子は静かに頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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