軌跡〜ひとりからみんなへ〜   作:チモシー

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『本編』・『どんな世界でも好きな人』の他にもいくつか書きたい話があるのですが、上記の二つで手一杯だという…(汗)

もっとも、書きたい話というのは1~3話ほどで完結するであろう小ネタのようなものばかりですので、また時間を見つけて投稿するかも知れません(*´-`)


前回までのあらすじ『後輩が二人に増えた』


百九話『夢みる時間はもう終わり』

 

 

 

 

 

 

悠里「さて、今日の予定を考えないとね…」

 

朝食を終え、空いた食器の片付けも終えた。これからはまた先日同様、胡桃を治す為の手がかりを目当てに探索するのだが…。

 

 

 

悠里(彼女はどうしようかしら…)

 

外に出た美紀と彼が出会った少女…『狭山真冬』を眺めながら悠里は頭を悩ませる。彼女は何らかの目的を持って行動していた最中、少しここに立ち寄っただけのようだが…今は席で由紀や美紀らと会話をしていた。

 

 

 

悠里(胡桃の為にも急ぎたいけど…今すぐ降りてって言うのは酷いわよね…。かといって、仲間の人がいるっていってたから連れていく訳にもいかないし)

 

様々な事を思う悠里だが、このまま悩んでいてもキリがない…。彼女は思いきって、狭山に声をかけることにした。

 

 

 

 

 

悠里「あの…狭山さん?」

 

狭山「うん?なに…?」

 

悠里「私たちはこれから移動するつもりなのだけど…あなたはどうする?仲間の人のところまで送りましょうか?」

 

 

 

 

狭山「……ううん。そこまで世話にはならない。もう降りるよ」

 

言いながら立ち上がり、席を離れようとする狭山だが…そばにいた由紀が彼女の右手を掴み、悲しげな表情を見せる。

 

 

由紀「一人で平気なの…?危ないから送っていってもらおうよ……」

 

狭山「…大丈夫。ボク、結構強いから。心配してくれてありがと…由紀」

 

狭山は由紀の手を振りほどくと、ドアの方へと歩き出す…。しかし彼女はすぐに立ち止まり、思い出したかのようにして悠里に尋ねた。

 

 

 

 

狭山「そういえば…君達にはなにか目的があるの?」

 

悠里「えっ…?」

 

狭山「さっきの悠里の表情、なんか急いでるみたいだったから…」

 

悠里「あぁ…その……えっと…」

 

彼女達の目的は『感染症状に悩む胡桃を救うこと』だが、すぐに返事を返せないのは狭山にこの事を告げていいのか分からないから…。彼女にこの事を教えても解決の糸口は掴めないだろうし、それにもし彼女が感染している者に対して良くない印象を持っていたらと思うと…どうしても正直には答えられなかった。

 

 

 

 

悠里「……安全な場所を探してるの。"かれら"に悩まされず暮らせる場所があったらいいなと思ってて…」

 

咄嗟にそれっぽい出任せを言う。そばにいた彼や胡桃達も悠里の考えを理解しているらしく、口を出さなかった。一方…狭山は未だに悠里の目だけをじっと見つめており、静かにこう言った…。

 

 

 

狭山「嘘をつくのは…ボクが信用できないから?」

 

悠里「っ……嘘なんて…」

 

狭山が言った途端、悠里の胸の鼓動が速くなる…。

完璧とは言えなくとも、決して分かりやすい嘘ではなかったはずなのに…それをいとも簡単に見抜かれるとは思っていなかったからだ。

 

 

 

狭山「じゃあ聞くけど、ミナって娘の屋敷は安全じゃなかったの?」

 

悠里「えっ…?」

 

狭山「ボクが屋敷に暮らしてるって答えた時、胡桃はミナって娘の家を思い出すって言った。そのあと…『大きな屋敷を持ってる人なんて"今"はミナくらいしかいないと思ってた』とも言ってたから…その娘は今も生きてて、その屋敷にいる」

 

胡桃「ん~……」

 

その発言を聞いて、胡桃はやってしまったというような表情を浮かべる…。あの時は思った事をボソッと口に出しただけだったので狭山も大して聞いてないと思っていたし、何より発言一つでここまで深読みされるとも思ってなかった…。

 

 

 

 

狭山「ミナって娘がまだ生きてるって事はその屋敷はそれなりに安全な場所だと思うけど、なんでその娘とそこに一緒にいないの?追い出された……って訳でもないよね?」

 

悠里「それは……えっと……」

 

 

 

 

美紀「はい、そこまで…。真冬ちゃん、私達にも色々と事情があるの」

 

戸惑う悠里に代わり、美紀が狭山の肩を叩きながら答える。すると狭山は少し間を空けた後、悠里にそっと頭を下げた。

 

 

 

狭山「…ごめんね。必要以上に突っかかっちゃった…。ボクだって、まだ自分の事を君達に話してないのにね……」

 

狭山がそう告げると悠里は微笑みながら首を横に振り、気にしていない事を示す。それを見た狭山は安心したようにため息をつき、そばに立つ美紀の顔を見つめた

 

 

 

 

 

狭山「美紀…最後にちょっとだけ、ボクと外に出てくれる?」

 

美紀「外?今から…だよね?」

 

狭山「うん…少しだけ話がしたくて…。でも、無理ならいい」

 

狭山が美紀を指命したのは彼女が一番接しやすいと思ったから…。しかし外に二人だけ…というのはやはり心配なのか、胡桃が席から立ち上がった。

 

 

 

 

胡桃「外で話すならあたしもついてく…オッケーか?」

 

狭山「……うん、別にいいよ」

 

由紀「ええ~っ!じゃあわたしも一緒に行きたい~!!」

 

狭山「…ごめん。ちょっとだから待ってて?」

 

美紀「後輩同士の時間ですから、先輩は留守番してて下さい」

 

由紀が立ち上がると狭山が困った顔をしていたので、美紀がすかさずフォローする。由紀は不満そうな顔をしながらまた席へとつき、勢いよく胡桃の事を指さした。

 

 

 

由紀「でも、胡桃ちゃんは二人についてくって言ってるよ!」

 

胡桃「あたしは可愛い後輩たちの護衛役だ!なんなら代わってやるけど、由紀は怖~い連中に立ち向かえるか?」

 

由紀「だ、大丈夫……だとは思うけど、やっぱ胡桃ちゃんに任せよっかな…」

 

『怖い連中』という言葉が恐怖心を煽り、由紀を大人しくさせる。

 

 

 

 

胡桃「それがいい、あたしに任せとけ。ってなわけで、ちょっくら行ってくる。すぐに戻るみたいだから大丈夫だとは思うけど、その間ここは任せたぞ?」

 

立てかけてあったシャベルを手に取り、胡桃は彼に告げた。

すると彼はドアのそばに立っている美紀…そして狭山をじっと見つめ、静かに胡桃へ返事を返す。

 

 

 

 

「…何かあれば呼ぶように。すぐ駆けつける」

 

胡桃「うん…。そこそこ頼りにしておくよ」

 

ニッコリと微笑みながら答え、胡桃は美紀…そして狭山と共に外へと降りる。わざわざ外に出て欲しいと言うくらいだ…もしかしたら、何か大切な話があるのかも知れない。

 

 

 

 

 

 

…バタンッ!

 

 

 

 

 

胡桃「…で、どうする?少し歩くか?」

 

狭山「そう…だね。歩きながら話したい」

 

胡桃「オッケー。でも、あまり遠くには行かないぞ?天気も悪くなってきてるしな…」

 

狭山「うん…わざわざありがとう」

 

空が少しずつ曇っていく中、美紀、胡桃、狭山の三人はゆっくりと歩きだして車の停めてある公園を出ていく…。出来るだけ"かれら"のいない方…いない方へと歩いて二、三分経った頃、狭山は静かに口を開いた。

 

 

 

 

 

 

狭山「はぁ…これからどうしようかな…」

 

美紀「どうしようかな…って、何かやらなきゃいけない事があるんじゃなかった?」

 

横を歩く美紀が彼女に尋ねる…。胡桃はというと、後輩二人の邪魔にならないよう…少しだけ距離を空けて後ろを歩いていた。

 

 

 

 

 

狭山「それ…やっぱりやめた…。なんか…やる気なくなっちゃって…」

 

美紀「へぇ…。それ、やめても平気なやつなの?」

 

狭山「ただの暇潰しだったからね…別に問題は無いんだけど…」

 

美紀「暇潰しって…それが何なのか聞いてもいい?」

 

狭山「いや…聞いても良いことないよ…」

 

狭山のいう暇潰し…それは美紀達を見つけ出す事だった。

見つけた後はどうするか…そこまでは深く考えていなかったものの、結局は今まで出会った他の生存者達同様軽い気持ちで処理するのだろうと思っていたのだが…

 

 

 

 

狭山(なんか…やりづらいもんね。朝ごはんまでもらっちゃったし…。それにこうして接して分かったけど、彼女達は本当に普通の人……ここまで生き延びてきたのもただ運が良いだけだろうから、ボクらがやらなくてもどのみちすぐに…)

 

これまで生き延びてきたほどの人間なのだから…彼女達にも何らかの強さがあると思っていた。だが恐らく、実際の彼女達はただ運が良かっただけ…。そう思うと興味が一気に削がれた。それこそ、手を出す気すら起きない程に…。

 

 

 

 

狭山(でも、美紀と話すのはちょっと楽しい…。だから…もう少しだけ…)

 

狭山がこれまで出会ってきた人間はこの世界に染まりきった大人ばかりで、自分に近い歳の人などいなかった。しかし彼女達はみんな自分と近い年齢であり、美紀に限っては同い年…。こうして話すだけで、時の流れが速く感じる。

 

 

 

 

美紀「そういえば、真冬ちゃんの仲間ってどんな人?」

 

狭山「一人は渋いっていうか…大人って感じの男の人。もう一人は……うん、こっちも大人って感じの男の人」

 

美紀「男の人ばっかりだね…」

 

狭山「最後の一人は……生ゴミとヘドロを混ぜたみたいな性格した…とにかく腐った男」

 

 

 

二人の背後で胡桃が『あはは』と笑う。どうやら、狭山が言った言葉が可笑しくて笑ってしまったらしい。

 

 

 

美紀「生ゴミとヘドロって…どんな性格か分からないよ…。っていうか、真冬ちゃん以外はみんな男の人なんだね」

 

狭山「…うん」

 

美紀「そんな環境だと、色々苦労しない?」

 

狭山「もう慣れたから、何とも思わない…」

 

男三人の中に少女一人…。自分なら少し居心地悪く思ってしまうかもと美紀は考えたが、狭山は言葉通りそれに慣れている様子だった。

 

 

 

 

 

狭山(帰ったらあの二人に、この娘達探すの止めようって伝えないと…)

 

 

 

 

 

美紀「でも…仲間とかって大切だよね。私も先輩たちに会えてなかったらどうなってたか…」

 

狭山「最初から皆と一緒だったんじゃないの?」

 

美紀「あっ、うん…。私が先輩たちと会ったのは途中から…。それで、たった一人の男の人である(あの人)はそれよりも更に後で出会ったんだ」

 

たった一人の男というのは彼の事…。

狭山は彼女達の事を少しずつ知ってきていたが、美紀が後から仲間になった人物だという事は知らなかった。

 

 

 

 

 

美紀「色々あったけど…先輩たちに会えて良かった…。先輩たちに会えたおかげで、私は幸せな日々を過ごしていられるから…」

 

狭山「………」

 

美紀は言いながら振り向き、胡桃に笑顔を見せる。その時、隣に立つ狭山が眉をピクッと動いたのだが……美紀はそれに気付かなかった。

 

 

 

 

美紀「本当に…先輩たちのおかげです」

 

胡桃「そ、そうゆーの照れるって……。まぁ、あたしもお前やあいつに会えて…良かったって思ってはいるけどさ……」

 

狭山「…………」

 

頬を人差し指で掻きながら、胡桃は照れたように微笑む。そうして美紀、胡桃が笑いあっていると、狭山はそっと胡桃に目線を向けた…。

 

 

 

 

狭山「胡桃も……幸せ?」

 

尋ねる彼女の目が少し冷たく見える…。

しかし、それは空が曇ってきて辺りが暗くなっているからそう見えただけだ…。胡桃は心の中で自分にそう言い聞かせ、返事を返す。

偽りない…本心からの答えを…。

 

 

 

 

胡桃「…うん。幸せだ…」

 

 

 

 

 

 

狭山「…………」

 

真剣な表情を見せる胡桃の答えを聞くと、狭山は顔を俯ける…。次の瞬間、美紀の鼻先に冷たい物がピトリと落ちた。

 

 

 

 

美紀「っ……あっ、雨降ってきちゃいました…」

 

胡桃「うわ…ほんとだ…。真冬、お前も雨が止むまで車にいたらどうだ?こんな中、一人で動くのは危ないだろ」

 

狭山「…………」

 

狭山は返事を返さない……。

天気のせいでまだ朝早い時間なのに辺りは暗くなり、空から落ちる雨粒は時間が経つにつれ激しくなっていった。

 

 

 

 

美紀「……真冬ちゃん?」

 

一粒一粒…ゆっくりと降っていた雨はあっという間に絶え間無く降り注ぐようになり、外に立つ三人の体を濡らす…。美紀はそんな状況になっても動かない狭山の顔を覗きこむが、彼女は俯いたままじっと地面を見つめていた。

 

 

 

 

 

狭山(しあわ……せ…?美紀と胡桃は……幸せ…なの…?)

 

雨に濡れた前髪の先から、ポタポタと雨粒が滴り落ちる…。

その向こうから心配そうにこちらを見つめる美紀…。狭山は顔を俯けたまま目だけを動かして彼女を見つめるが……。

 

 

 

 

 

狭山(……痛い…。美紀と胡桃が幸せだって分かったら……胸が死ぬほど痛い……。なんでだろ…)

 

 

ズキッ…

 

ズキッ……

 

今まで感じた事の無い痛みに襲われ、狭山は戸惑う…。

目の前にいる二人の少女が幸せだと分かった途端、胸がズキズキ痛み…頭がくらくらする。そして…すぐ目の前から自分の名を呼ぶ少女…直樹美紀を見ていると………

 

 

 

 

 

 

美紀「真冬ちゃん?どうしたの?大丈夫?」

 

 

狭山「……………」

 

ズキッ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何故か…無性に腹が立った……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

狭山(……ああ…わかった……何で胸が痛いのか……)

 

ズキッ…ズキッ……

 

 

 

 

狭山(何でこんなに………イライラするのか……)

 

ズキッ…!ズキッ…!!

 

 

 

 

 

 

美紀「胡桃先輩…真冬ちゃんが…」

 

胡桃「おいおいっ…どうした真冬?雨酷くなってるから早く戻るぞ?」

 

雨が徐々に強さを増す中…狭山はそっと顔を上げる…。それを見た美紀と胡桃は安心したような表情を見せたが、それはまたすぐに不安な表情へと変わる…。顔を上げた狭山が…不気味に目を光らせて二人をじっと、睨むようにして見つめていたからだ……。

 

 

 

 

 

 

胡桃「……おい」

 

美紀「大…丈夫…?」

 

狭山の少し長い黒髪…その先からポタポタと雨粒が滴り落ちていく…。一時不気味さを感じてしまいはしたが、胡桃と美紀はやはり彼女の事が心配だった…。胡桃は狭山の肩にそっと手をかけようとしたが、それは狭山自身の手によってパシッと弾かれた。

 

 

 

 

胡桃「ッ…!?」

 

美紀「ど、どうしたのっ?」

 

 

 

 

 

狭山「美紀……ごめんね…」

 

雨の音にかき消されてしまいそうな程の声で囁く…。どうにかそれを聞き取った美紀が目を丸くしていると、狭山はニッ…と怪しく微笑んだ。

 

 

 

 

 

狭山「ボクのやらなきゃいけないこと…。さっきやめるって言ったけど……やっぱそれ無し…。やる気出てきちゃったから……今からやるね……」

 

美紀「真冬ちゃん…何を言って――」

 

美紀が言い切るのを待たず、狭山は自らのコートの中に右手を潜らせ、腰につけていたポーチを探る。そこから取り出した物はほんの二十センチほどの長さをした棒状の物体だったが、狭山がそれを勢いよく振るとカシュッ!という音を鳴らし…五十センチ程まで長さを伸ばした。

 

 

 

 

美紀「…えっ?」

 

狭山「夢みる時間はもう終わり…。これからは…現実を見てね…」

 

胡桃「ッ!?美紀っ!!」

 

警棒か何かだろうか…。伸びたその棒を振り上げた狭山は目前の美紀をじっと見つめ、それをブンッ!と強く振り下ろす。胡桃は慌ててシャベルを構え、そこに割って入ろうとした……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




一時はそのまま彼女らのもとを去ろうと考えていた真冬ちゃんですが…彼女はみーくんのある言葉をきっかけに突如変わってしまいました…。

ついさっきまで普通に話していたハズの彼女が何故ああなったのか等の理由については、また後日明らかになっていきます。


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