軌跡〜ひとりからみんなへ〜   作:チモシー

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本編を更新するのは久しぶりな気がします(苦笑)

今回の話で彼を悩ませていた声の正体を明らかにし、更に次回から新章となります!少し急いで書いたので、もしかしたら見にくいかも知れません(汗)



前回までのあらすじ『息抜きとしてスーパーの中を探索しました』


百六話『頼れる後輩』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

由紀達が未奈の屋敷を出て三日経った…。安全だったあの屋敷を出て再び危険な外へと繰り出した理由はただ一つ…胡桃を悩ませている感染症状の悪化を止める、その手がかりを掴むため。しかしそれは簡単に見つかる訳もなく、彼女達を焦らせていった…。

 

特に…外に出ると最初に言い出した彼の焦りは一際強いものだった。時間が経つ毎に焦りが増す事によって彼の精神力は弱っていってしまい、そこにつけ入るようにして"それ"は現れた…。

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~

 

 

 

 

 

悠里「今日のところは…この辺で休む事にしましょうか」

 

町外れの広い公園の真ん中に車を停め、悠里が全員に告げる。運転席から後ろへと振り向いた彼女の表情がどこか暗いのは、今日もまた何一つ手がかりを見つけられずに終わってしまったからなのだろう。

 

 

 

美紀「…そうですね」

 

出来ればもう少しだけ辺りを調べたいが、既に日が暮れてしまった。夜は視界が悪くなり危険性が増すため、いくら体力が余っていようと外には出られない…。これもまた彼女らをもどかしくする要因であり、彼がため息をつきながら席を立った。

 

 

 

由紀「どこいくの?」

 

立ち上がった彼はドアの方へ向かい、そこに手をかける。その行動を見た由紀に声をかけられると、彼はドアを開けて外へと降りながら答えた。

 

 

 

「みんな着替えるでしょ?外で待ってるから、終わったら呼んで下さい」

 

悠里「外は危ないからトイレの中で――」

 

バタンッ!!

 

 

 

夕方辺りなら外でも構わないが、辺りは既に真っ暗…。さすがにそんな場所で待たせるのは危険だと思った悠里が先日と同じく着替えが済むまでトイレの中にいてと提案するが、彼はそれを聞かずに外へと出てドアを閉めてしまった。

 

 

 

 

悠里「まったく、人の話も聞かないで…」

 

呆れたように頭をうなだれて悠里が呟く…。彼女はスタスタと歩き出して外の彼を呼びに行こうとしたが、それよりも速く由紀がドアに手をかける。

 

 

 

由紀「わたしが外で一緒に待ってるよ。二人なら心配ないでしょ?」

 

悠里「でも、外は危ないから…」

 

由紀「ライトも持ったし、へーきだよ♪みんな速く着替えてね~!」

 

 

バタンッ!

 

由紀もまた悠里の話を最後まで聞かず、ライトを片手に外へと降りていってしまう。

 

 

 

 

胡桃「ま…、二人一緒なら大丈夫だろ。ほんの少しの間だし」

 

悠里「でも…」

 

胡桃「いいから、とっとと着替えちゃおうぜ。着替えが終われば中に戻せるんだから…」

 

悠里「……そうね」

 

美紀「そんな心配しなくても大丈夫ですよ。見たところ、辺りに"かれら"はいませんでしたから」

 

ため息をつく悠里を安心させようと美紀が声をかける。

そうして三人が着替えを始めたちょうどその時、由紀は外で待っていた彼と合流していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~

 

 

 

 

由紀「うぅ~っ…寒いね~」

 

車を停めた場所の近くにあったベンチに彼と共に座っていた由紀がその小さな身体をガタガタと震わせる…。日中はそうでもなかったが、夜は少々冷えるようだ。

 

 

 

「無理して一緒にいなくてもいいよ?」

 

由紀「だめだよ。一人で外にいるのは危ないんだから!」

 

「でも、由紀ちゃんは着替えなくていいの?もしかして、由紀ちゃんは僕の目の前で着替えてくれるつもりじゃ…」

 

真っ暗な外を照らすのはそばにある車の中から漏れる光と、由紀の持つライトのみで少し心もとない…。その暗さで気分が落ち込まぬよう、彼は冗談を言って由紀を見つめた。

 

 

 

 

由紀「ええっ!?はずかしいからヤだよっ!!」

 

「…でしょうね」

 

冗談が通じなかったのか、それとも通じた上でなのか…由紀が首を横に振って答える。よく見ればその顔がほんの少し赤く染まっていたので、彼の冗談は通じていなかったらしい…。

 

 

 

 

由紀「…でも安心した。なんだか今日、元気ないように見えたから…」

 

「元気ないようにって……僕が?」

 

由紀「うん…。あれ?わたしの気のせいだった?」

 

ベンチに座る由紀が手に持っているライトをピコピコ動かしながら彼の顔を覗きこむ。実際、由紀の感じていたそれは気のせいではない…。今日の彼は胡桃の事…そしてもう一つ、ある事に頭を悩ませている真っ最中だったからだ。

 

 

 

 

「確かに少し疲れてはいたけど…もう大丈夫」

 

悩んでいる事を正直に打ち明ける訳にもいかず、彼は笑顔でごまかす。しかしその直後、由紀は普段とは違う真剣な目を彼に向けた。

 

 

 

由紀「………ほんとに?」

 

瞬きすらせず、真っ直ぐに彼を見つめるその目は彼の事を疑っているかのようだった…。いつもの子供っぽい由紀のとはどこか違う…大人びたようにも見える表情…。彼は咄嗟に目を逸らし、その目から逃れた。

 

 

 

(ああ、この人はたまに鋭いんだよな……)

 

普段は子供っぽく、おどけたような表情をよくしている彼女だが…時にこうした表情を見せる事もあった。苦しい気持ちをいくら隠していようと、彼女はそれを意外と見抜いたりする…。

 

 

 

「…本当に大丈夫。だから、あまり心配しないで下さい」

 

由紀「…なにかあったら言ってね?困った時はみんなで支え合わないと」

 

由紀が彼の肩をポンと叩く…。

彼はそれに笑顔で答えると、一つ質問をした。

 

 

 

 

「あの…由紀ちゃんにとって、めぐねえってどんな人ですか?」

 

由紀「んっ?めぐねえ?…えへへ、大切な人だよ♪みんなの先生だけどそれだけじゃなくて…頼れるおねーさんっていうか…おかーさんっていうか……言葉にするのは難しいけど、とにかくすっごい大事なひとっ!」

 

地面から浮いた足をパタパタと揺らし、笑顔で語る由紀…。その顔を見ているだけでも、その人物が彼女にとってどれだけ重要な人間なのかが伝わってきた。

 

 

 

 

「……そうですか」

 

由紀「でも、どうして急にそんなこと聞くの?」

 

「いや…別に」

 

由紀「あっ!わかった!ヤキモチでしょ~♪大丈夫だよ~、__くんもわたしにとっての大切な人だから♡」

 

由紀がニヤニヤと微笑みながら彼の肩を小突く…。別にヤキモチなど妬いていなかったのだが、自分も大切な人だと言ってくれたことは彼にとって嬉しい事だった。

 

 

 

 

 

 

その数分後、着替えを終えた悠里たちが車から顔を出し、まだ着替えていない由紀を車内へと呼ぶ。彼は由紀の着替えが終わるまで引き続き待機していたが、今度は美紀と胡桃が一緒に外で待っていてくれた…。

 

そして由紀の着替えもすぐに終わり、彼も車内へと戻る…。その後みんなで少し遅めの夕食をとると、明日に備えるべくそのまま眠る事にした。

 

 

 

 

 

悠里「じゃあ、明かり消すわね?」

 

胡桃「はいよー」

 

車内の明かりが悠里の手によって消され、辺りが真っ暗になる…。就寝前の挨拶を終えた彼女達はベッドに…彼は相変わらず席に座って…それぞれがそっと瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~

 

 

「………」

 

一時間ほど経った時…未だ眠りについていなかった彼は一人席を立つ。彼は真っ暗な車内をゆっくりと歩いて彼女達のそばへと歩み寄り、そっと耳を澄ませた…。そうしてそれぞれの寝息が聞こえているのを確認すると、彼は出来るだけ音をたてないように気をつけながらドアを開け、そのまま外へと降りていく…。

 

 

 

 

…バタンッ

 

いくら気をつけていても、閉まる際には多少の音が鳴ってしまう。彼はその音にヒヤヒヤしながら、先程由紀と共に座っていたベンチへと歩いてそこに腰をおろした。

 

 

 

 

「…はぁ」

 

座ってから大きくため息をつく。こんな深夜にも関わらず、一人で外に出たのには理由があった…。こうして外に出なければ、それをまた誰かに聞かれてしまうかもと思ったからだ。

 

 

 

 

 

胡桃『昨日の夜…誰と話してた?』

 

今朝、胡桃に言われた言葉を思い出す…。誰と話していたのか…そんなこと、いくら彼女にでも言えるわけない…。言えば余計な心配をかけてしまうだろうから…。そんな事を考える彼の耳へ、またあの声が囁く…。

 

 

 

 

 

『まぁ、いいんじゃないか?あの女もお前に傷の事を隠していたんだ。あれに比べたらお前の隠し事なんて可愛いものだろう…』

 

「………」

 

 

 

『さて…あの女はあと何日もつかな?来週か?それとも三日後くらい…いや、明日にはもうダメかも知れないぞ?まったく可哀想にな…お前が下手に希望を与えたせいで、いつもニコニコしてるじゃないか…。どうせ助かりっこないってのに…』

 

「今日は……やけに喋るな…?」

 

"それ"の姿も見えているが、あえて目は合わさない…。

彼は彼女達の眠る車を真っ直ぐに見つめながら"それ"に返事を返した。

 

 

 

 

『そりゃ喋るとも。ここまでハッキリと認識してもらえるようになったんだ、君との会話を楽しまずしてどうする?』

 

「お前みたいなヤツと会話してもこっちは楽しくない…。目障りだから姿を見せるな…耳障りだから声を出すな」

 

彼が冷たくあしらうと"それ"はニヤリと微笑む…。

あっさり消えてくれれば楽なのだが…そう簡単にはいかない。中々消えないそれに彼が頭を悩ませていると、車のドアがゆっくりと開いた…。

 

 

 

 

 

…バタン

 

先程の彼同様、その人物も慎重にドアを閉める。

その人物…直樹美紀は外の寒さに耐えれるよう肩に毛布をかけており、ベンチに一人で座る彼をじっと見つめた。

 

 

 

美紀「…なにしてるんですか?」

 

「えっ…と…」

 

彼のそばに歩み寄り、目を見ながら尋ねる。

その目が少し怒っているようにも見えたのでどう答えるべきか悩んでいると、またあの声が彼に囁いた。

 

 

 

 

『ほら、お得意の嘘でごまかせ』

 

「…うるさい」

 

顔を俯け、その声に言葉を返す。

かなり小さな声で呟いたのだが美紀はそれを聞き逃さなかったらしく、彼の隣に腰をおろしてため息をついた。

 

 

 

美紀「うるさいって…私がですか?」

 

「いや、ちがっ…!」

 

咄嗟に出てしまった言葉は美紀に向けられたものではなく、彼を悩ませる声の主に向けたものだ。ただそれを正直に伝えられずに口ごもると、美紀は鋭い目を彼へと向けた。

 

 

 

美紀「なら、誰に言ったんです?」

 

「誰って…その…」

 

 

『あははっ、だいぶ追い詰められてるな?ほらほら…どうやって切り抜ける?この女を上手くやり過ごすのは難しそうだぞ?』

 

声が真横から彼を(あお)る…。その一言一言が鬱陶(うっとう)しく、彼は眉をピクピクと動かしながら心を苛立てていった。

 

 

 

 

(次から次へと…本当に耳障りだ……)

 

美紀「…………」

 

 

 

「…大丈夫。美紀さんが心配するほどの事じゃありません」

 

自分の事をじっと見つめる美紀に対し、逃れるように顔をそむけて言葉を返す…。しかし、美紀はそれだけでは納得しない…。

 

 

 

 

美紀「心配するかどうかは私が決めることです…。一人で勝手に決めて、自己解決しないで下さい」

 

「…でも、本当に大した事じゃ――」

 

 

美紀「昨日も誰かと話してましたよね?私、見てたんですよ」

 

「…ッ」

 

胡桃だけでなく、彼女にも見られていた…。

今朝、胡桃に同じことを尋ねられた時はどうにかごまかせたが…この美紀という少女をごまかすのは難しい…。

 

 

 

「…本当に大した事じゃないんです。だから、気にしないで下さい」

 

美紀「…………」

 

出来るだけ自然に笑っていようと思った彼だったが、横にいる声の主がニヤニヤしているのが視界に入って気が散る…。気が散ったせいで不自然な表情になってしまったのか、そもそも笑顔だけじゃごまかせない相手だったのか…美紀は(なお)も彼が何か隠していると疑っていた。

 

 

 

 

 

美紀「私のこと…信じられませんか…?」

 

「えっ…?」

 

隣に座る美紀がボソッと呟く…。その声があまりに悲しげだったので美紀の方を覗きこむと、彼女は力なく顔を俯けていた。

 

 

 

 

美紀「水浴びの時、私の事を『世界一頼りになる後輩だ』って言ってくれたのに……あれは嘘だったんですか…?」

 

「………」

 

美紀「無理して皆に話せとは言いません…。でも、それでも…私にくらい相談してくれませんか?あなたに頼りになるって言われた時、本当はすごく嬉しかったんです…。だから、私はしっかりとそれに応えれる後輩になりたいって…そう思ってて……」

 

普段はそこまで口数の多くない彼女がいつになく喋る…。

それほど彼の事が心配であり、そして自らが彼にとって頼れる後輩でありたいと思っていたからだ。

 

 

 

 

美紀「聞いたところで、私にはどうにも出来ない事かも知れません…。でも…最初から全く頼りにされないのは…少し寂しいです」

 

「美紀さん……」

 

(黙っているのがみんなの為だと思ってた…。自分一人の問題なんだから、一人で耐えてればいいとばかり…。でも、違ってたのか……)

 

自分だけが耐えれば問題ない…。そうすれば彼女達は余計な心配をせずにいられると彼は思っていたが、それは間違いだったようだ…。少なくとも、美紀は彼の力になりたいと願っている。そんな彼女に対して隠し事をするのは、あまりに失礼な気がした…。

 

 

 

 

「……わかりました。冗談言ってると思うかもですけど、僕の身に本当に起こってることですからね?」

 

美紀「…はい。話してください」

 

ベンチに座ったまま美紀と顔を向かい合わせ、その目を真っ直ぐに見つめる。他の皆はともかく、彼女くらいには相談しておこうと彼は考えた。

 

 

 

『おおっ?話す気か?』

 

(ああ、話すとも…。お前は黙ってそこにいろ…)

 

口には出さず、心の中で声に返事を返す。そうしてから彼は足元に落ちていた小石を手に取ると、それを正面の方へそっと投げた…。

 

 

 

コロンコロンッ…

 

何もない空間に投げられた石は緩やかな()を描いて地面に落ち、コロコロと転がる…。それを不思議そうに眺めていた美紀に対し、彼は尋ねた。

 

 

 

 

「今、石は何にも当たりませんでしたよね…?」

 

美紀「えっ?ええ…何にも…」

 

「でも僕は今、目の前にいる奴に対して石を投げたんです…」

 

美紀「目の前に…って……」

 

石が転がった方を改めて見つめるが、そこには誰もいない…。

そもそも石はほんの2~3メートル先に転がっているのだ。いくら深夜だろうと、そんな至近距離にいる人物に気づけないほど暗くはない。だが、彼には確かに誰かが見えている…。となれば、美紀の答えは一つだった…。

 

 

 

 

美紀「まさか…あなたも由紀先輩みたいに……」

 

「ええ、つい昨日から……あいつの事が見えてます」

 

何もない空間を鋭い目で睨み、美紀に告げる。彼の目にだけ映る人物……それが誰なのかまでは、美紀にも見当がつかなかった。

 

 

 

 

美紀「あいつって…誰ですか?」

 

「……先日争った、境野(さかの)って男です」

 

彼が目の前にハッキリと見える人物の名を告げると、美紀は目を丸くしながら彼の見ている方へともう一度目線を向ける。だが、やはりそこには誰もいなかった…。

 

 

 

 

美紀「境野って…相手のリーダーだった人ですよね!?」

 

「ええ、僕達が争った敵のリーダーです…」

 

境野『おおっ、本当に言うとはな…。ずっと隠し通すものかと思っていたから意外だったよ』

 

彼にだけ見えているその男…境野が彼を見つめながらニヤニヤと笑う。その笑顔を見ているだけで腹がたってきてしまい、彼は顔を俯けた。境野は先日争った際、(まこと)によって殺されたはずだし、彼にしか見えていないのだから間違いなく幻だ。だがその声と姿は幻とは思えないほどハッキリしたもので、一つ一つの言動が彼を悩ませた。

 

 

 

 

「本当にうるさい…。どうして見えてしまうんだろう……」

 

美紀「その境野って人、もう生きてはいないんですよね?」

 

「マコトさんが殺しました…。確実に死んでいます」

 

 

境野『本人を前にしてハッキリ言ってくれるな…。面と向かって『お前は死人だ』と言われるのは中々ツラいんだぞ?』

 

頬を緩め、(つら)さなど微塵も感じない表情を向ける境野の幻。

その表情…声…どれももう二度と見たり聞いたりしたくないものだったのに、この幻は昨日から彼のそばをくっついていた…。

 

 

 

 

「話を聞いた限りだと、由紀ちゃんはめぐねえって人の死を受け入れる事が出来なかった…。それほどに大切な人だったんだろう……。でも、僕にとって境野(コイツ)は大切な人なんかじゃないし…その死をハッキリと認識している。なのに、どうして……」

 

境野『自覚してないだけで、意外と大切な存在だったんじゃないか?』

 

「そんなわけないだろ……!」

 

誰もいないのに、彼は確かに誰かと会話をしていた。

彼には本当に境野という男が見えていて、そしてその言動に心を擦り潰されていってしまっている…。美紀は自分などが彼を支えられるのか不安になったが、今さら後には退けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

美紀「…目を…閉じて下さい…」

 

「…目?」

 

美紀「そう、目です…」

 

見えない人物と会話を交わす彼の肩をそっと叩き、美紀がそう告げる。確信などないのだが、上手くいけば彼を救う事が出来るかも知れない…。彼がそっと目を閉じると、美紀は穏やかな声で言った。

 

 

 

 

 

美紀「私が思うに、そんな幻が見えるのはあなたの心がまいってきちゃっているからだと思います…。その境野って人たちと争った先日の事もありますし…今は胡桃先輩の事もある…。色んな事で頭を悩ませ過ぎたせいで、少し心がおかしくなっちゃったのかも知れません…」

 

「そう……なのかな…」

 

美紀「たぶん、ですけどね…。でも大丈夫ですよ」

 

その言葉を聞いた直後、目を閉じている彼の頭に何かが触れる。それは美紀の手であり、彼女は彼の頭をそっと撫でていた…。

 

 

 

 

 

「っ………」

 

美紀「もう境野って人達との問題は片付きました…。悩むことはありません。胡桃先輩の事だって、きっとどうにかなります…。あなただけじゃない…私達みんながいるんですからきっと……いや、絶対に大丈夫です」

 

 

「でも…まだ手がかりも見つけられてない……」

 

美紀「慌てなくても大丈夫ですよ。胡桃先輩は強いんですから、そんな簡単にいなくなったりはしません…。あなただって、先輩の強さは知ってますよね?」

 

 

 

「………ああ」

 

美紀「手がかりが見つからなくて焦る気持ちはとてもよく分かります…。私も同じでしたから。でも、みんなが焦ってばかりいると胡桃先輩が辛そうな顔をするんです…。『自分のせいでみんなが悩んでる』って、そう思うんでしょうね…」

 

「…………」

 

 

 

美紀「先輩を助ける為に外へ出たのに、あんな顔をさせてしまっていたら意味がありません…。だから、私達は出来るだけ笑っていましょう?うわべだけでなく、心から…」

 

(心からなんて…笑っていられるわけが……)

 

境野の幻や胡桃のこれからを思うと、上辺(うわべ)だけの笑顔すら保つのが辛かった…。心からなんて笑えるわけない…。彼が目を閉じたままそんな事を思ったその時、美紀が呟く。まるで、彼の心を読んだかのようだった…。

 

 

 

 

美紀「つらかったら私が支えます…。なんていったって、私はあなたが世界で一番頼りにしている後輩ですから♪」

 

「…ッ……」

 

頭を撫でるのをそこで止め、美紀は彼の頬を軽く叩く…。

 

 

 

 

美紀「さて…目を開けてください」

 

そう言われて彼はそっと目を開く。そうして彼の視界に映ったのは、にっこりと微笑む美紀の笑顔だった。

 

 

 

 

美紀「今…この場には誰がいますか?」

 

「え…っと……」

 

彼は辺りを静かに見回す…。いつの間にか境野の幻は消えており、前後左右を見回しても辺りには誰もいない…。いや、正確には一人だけいる。彼の真横で優しく微笑む、一人の少女が……。

 

 

 

 

「美紀さん……だけですね…」

 

美紀「そうですね。わたしと…あなただけです」

 

ふふっと笑いながら彼に告げると、美紀は辺りを軽く見回してから立ち上がる。何故境野の幻が消えたのかと彼が考えていると、立ち上がった美紀が彼の方へ顔を向けて言った。

 

 

 

 

美紀「たぶん、気持ちの問題です。あなたが落ち込んだり…不安を感じた時、その弱った心につけ込むようにして幻が現れるんだと思います。だから、気持ちを前向きにしていれば大丈夫。少しでも気分が滅入(めい)ってしまいそうになったらまた私に相談してください。元気付けてあげますから」

 

自分でも言っていて恥ずかしいと感じているのだろう。美紀は落ちつきなく目線をキョロキョロさせながら、微かに頬を染めている…。だが、そんな恥ずかしい思いをしてまでこんな事を言ったのには理由があった。

 

 

 

 

 

美紀「胡桃先輩を救うにはあなたの力が必要です…。そんなあなたが力を失いそうになった時は、後輩の私があなたを支えます。そうする事が胡桃先輩の……みんなの為ですから」

 

照れたように微笑みながら、美紀は車に戻ろうとする…。彼はそんな美紀の横に並ぶようにして歩きながら、その肩に手をあてた。

 

 

 

美紀「…なんです?」

 

「あの…少しだけ、偉そうな口を聞いてもいいですか…?」

 

美紀「?……どうぞ?」

 

「じゃ……お言葉に甘えて……」

 

境野の幻が消えたのは彼女が自分を支えると言ってくれたおかげなのだろう…。あの言葉のおかげでかなり心が軽くなり、前向きな考えを持てるようになった…。彼は感謝の思いを伝えるため、彼女の目をじっと見つめる…。

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんなダメな人間のことを支えるって言ってくれて、本当にありがとう…。これからも頼りにしてるよ…………美紀」

 

美紀「っ…………はいっ!」

 

冗談やおふざけではなく、彼が真剣に彼女の事を呼び捨てにしたのはこれが初めてだった。美紀はそれに少しだけ照れてしまいそうになるが、それよりも自分が本当に頼られているのだと実感出来た事が嬉しかった。

 

 

 

 

美紀「私もあなたのことを頼りにしてますからね?みんなで一緒にがんばっていきましょう」

 

「…ああ」

 

恐らく、境野の幻は完全に消えた訳ではない…。だが、彼には美紀という頼れる相談相手が出来た。それだけで彼を悩ませていた状況はかなり好転した…。あとは胡桃を救う手がかりを掴むのみだが、それも美紀となら…みんなとなら可能だと思える。ようやく、本当に前に進むことができそうだ…。

 

 

 

 

 

「さて、戻りましょうか…。美紀さん」

 

美紀「あれ?美紀って呼び捨てにするのはやめたんですか?」

 

「少し慣れない上に照れてしまうので、またその内に……」

 

美紀「…ふふっ、はいはい。わかりました」

 

どこか頼りない人だが、彼ならきっとどうにかしてくれる…。

美紀はそう信じて、彼のあとをゆっくりと歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 






今回の話はみーくんがメインでしたね(*´-`)
彼は先日からあの境野の幻に悩まされていた訳ですが、みーくんがそばにいてくれるという安心感を感じた瞬間にそれは見えなくなりました。彼が不安を感じた際にはまた幻が現れるのでしょうが、それでもみーくんという相談相手が出来たのは大きいですね。

一人で色々と悩んでいてしまった彼も、今回の出来事をきっかけに前を向いていく事でしょう!


そして次回から新章!!
こちらはずっと前から書きたかった展開を書いていくので、そこそこ期待してもらえたらと思っておりますm(__)m

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