軌跡〜ひとりからみんなへ〜   作:チモシー

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前回のあらすじ『初の合同水浴びで彼がやらかしました』







百二話『そばにいたい』

美紀「まったく、あなたって人はっ…!!」

 

ちょっとした事故により、美紀の胸に触ってしまった彼…。

美紀は彼の手を振り払い…両手で胸元を隠しながら瞳を潤ませる。

 

 

 

胡桃「どした~?」

 

悠里「…大丈夫?」

 

騒ぎに気付いた胡桃、悠里がそばに歩み寄り、たたずむ彼と美紀の顔を交互に見つめた。彼は何やら冷や汗を流して目をキョロキョロさせており、美紀は顔を真っ赤に染めて泣きそうな目をしている…。二人から少し離れた場所では今回の事故を引き起こした本人である由紀が気まずそうな表情をしていたのだが、胡桃と悠里はそれに気がつかない。

 

 

 

 

悠里「美紀さん、泣いてるの?」

 

胡桃「…おい、なにした?」

 

涙目の美紀を見てただ事ではないと感じたのか、胡桃が少し威圧するような声で彼に尋ねる。しかし、胡桃の鋭い目を見た彼は震えるだけで何一つ言葉を発しなかった。

 

 

 

 

「…………」

 

胡桃「…美紀、なにされた?」

 

彼が黙ったままなので、尋ねる相手を美紀に変更する胡桃…。

直後に美紀がそっと口を開くのを見て、彼は思う…。

 

『僕の命もここまでか。短い人生だったけど…みんなと出会ってからは楽しい日を過ごせてよかった』と…。ついでに言えば、『最後の最後で美紀さんの胸に触れてよかった…』などとも思っていた。彼がそうして自分の死期を悟った中、美紀がついに言葉を放つ…。

 

 

 

 

 

 

美紀「だ、大丈夫です…。変な虫がいて、それで驚いちゃって…」

 

胡桃「虫…?」

 

美紀「はい…虫です…。それはそれはもう、スッゴく気持ち悪い虫で…」

 

「…………」

 

 

 

何だか遠回しに自分の事を言われている気がした彼だが、とりあえず、美紀は彼の事を庇ってくれたらしい…。胡桃と悠里もそれに納得したのか、少しずつその場を離れていった。二人が離れたのを見計らい、彼は美紀の前に歩み寄る。

 

 

 

 

 

「あの……すいませんでした」

 

美紀「…………」

 

チラッと目を合わせてはくれたものの、美紀は言葉を返さない…。

するとその場に由紀が駆け寄り、申し訳なさそうに頭を下げた。

 

 

 

 

由紀「あ、あのね…わたしが__くんを押しちゃったから……悪いのはわたしなの…。だからね…あまり怒らないであげてくれるかな…?」

 

美紀「…………」

 

美紀は恐る恐る言葉を放つ由紀をただじっと見つめ、微動だにしない。

彼と由紀…二人は同じように冷や汗を流し、美紀の返答を待ち続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

美紀「…わざとじゃないんですよね?なら、許します」

 

彼にそう言ってため息をつき、美紀は再び川辺に座り込む。

一先ず安堵する由紀と彼の二人だったが、直後に彼女は二人に背をままの状態で言った。

 

 

 

 

美紀「由紀先輩は落ち着きがなさすぎです…。気をつけて下さい」

 

由紀「ご…ごめんなさい……」

 

美紀「…よろしい」

 

とりあえずは許された由紀と彼…。二人は美紀を挟むようにしてその左右に座り、そっと彼女の顔を覗き見た。

 

 

 

美紀「………」

 

彼女の表情は怒っているわけでも、泣いているわけでもなく…無表情のまま川を見つめていた。時と場合によっては、こういった表情が一番怖い…。

 

 

 

「本当に…悪かったです」

 

改めて彼女に謝り、関係の修復を試みる。

美紀はそんな彼の顔を横目でチラッと覗くと、小さな声で呟いた。

 

 

 

 

美紀「もう気にしないで下さい。私も少し、ムキになり過ぎました。男の人に触られたのが初めてだったので…驚いてしまって……」

 

頬を微かに赤くして、美紀が告げる。

男に触られたのが初めてだと聞いた彼は何故かそれに喜び、安心したような表情を見せた。

 

 

 

 

「大丈夫です。僕も初めて触りましたから…」

 

美紀「な…っ…!?そ、そういう問題じゃなくてっ……!」

 

訳の分からない主張をする彼に怒声をとばしかけた美紀だったが、場の空気を悪くしたくなかったのでグッと堪える…。本当によくできた後輩である。(一方、彼は少しバカである)

 

 

 

 

美紀「さっきの事…忘れて下さいよ?」

 

「…………もちろんです」

 

口ではそう言う彼だが、本心ではない…。

先ほどの体験は彼にとって、過去最大級の思い出になったのだ。

そう簡単に忘れたりなど出来るわけがない。

 

 

 

 

美紀「まぁ、言ったって忘れないんでしょうけど…」

 

「………」

 

彼の事をある程度理解している美紀には彼の考えなどお見通しだったらしく、彼女が諦めたように呟く。彼は言い様のない罪悪感を感じながら、もう一度静かに頭を下げた。

 

 

 

美紀「でも…相手が私で良かったですね」

 

「えっ?」

 

 

 

美紀「だって、りーさん相手だったら間違いなく怒られますよ。三~四時間…下手したら夜中まで説教です」

 

「………」

 

 

 

美紀「あとは胡桃先輩…あの人を相手にあんなことしたら………」

 

「………」

 

美紀に言われて彼は想像する…。自分が不慮の事故によってバランスを崩し、そのまま胡桃を押し倒す。受け身をとる為に地面に伸ばした自らの右手は彼女の胸を掴んでしまい、彼女の顔が徐々に赤く染まる…。ここまではまだ良い。問題はそのあとだ…。

 

胡桃は自分に覆い被さる彼を蹴りあげてどかした後、素早くシャベルを手にする…。それは容赦なく何度も彼に振り下ろされ、彼は抵抗する間もなく挽き肉に……。

 

そんな光景を想像した彼は青ざめた表情をして、事故の相手が美紀で良かったと神に感謝した。

 

 

 

 

 

美紀「あとは由紀先輩ですが…」

 

美紀は言いながら顔を横に向け、隣に座る由紀を見る。

すると、由紀は少しだけ照れたようにして笑った。

 

 

 

由紀「わ、わたしは…相手が__くんなら、べつにいいかな…?」

 

美紀「ちょっ!先輩っ…!?」

 

「ま、まじですか……」

 

えへへと笑いながら右手で頭をかき、頬を赤くする由紀…。

捉え方によっては問題のあるその発言を前にして、美紀と彼は驚きを隠せなかった。すると由紀は自分の発言に誤解があったことに気付いたらしく、慌てた様子を見せる。

 

 

 

 

由紀「ちっ、ちがうよ!?わざとじゃなかった場合だけ!わたしだって、わざと触られたらちゃんと怒るもん!!」

 

美紀「で、ですよね……安心しました」

 

「ちなみに…どうやって怒るんですか?」

 

胸を触られて怒る由紀…。その光景に興味があり、彼が尋ねる。

すると由紀は隣に座る美紀の手をガシッと掴みあげ、彼女の目をキッと見つめる。どうやら、美紀は相手役にされたらしい…。

 

 

 

 

由紀「こういうことしちゃダメだよっ!」

 

ビシッと告げる由紀だが、今一つ迫力がない…。

それどころか、眉をしかめたその顔の可愛らしさに彼が興奮していた。

 

 

 

(いや、由紀ちゃんにこんな顔されたら悪い男は益々止まらなくなるだろう…。まぁ、僕もその"悪い男"に含まれるんだけど…)

 

この瞬間、彼は確信する。

万一痴漢に出くわした場合、由紀は上手く追い払う事が出来ない…。

それどころか、痴漢のテンションを高めてしまいそうだ。

 

 

 

美紀「あはは……」

 

由紀の演技を間近で見た美紀もそれに近い事を思ったのか、乾いた笑い声をあげていた。

 

 

 

「由紀ちゃん…そんなんじゃ悪い男は追っ払えませんよ。もう一回やってみましょう」

 

このままではいけないと思った彼は由紀をたくましい女性にするべく、今一度やり直しを求める。すると由紀はまた美紀の手を掴み直し、先程と同様に眉をしかめた。

 

 

 

 

由紀「わるいことしちゃダメっ!!」

 

(さっきとほとんど一緒じゃないか…。可愛いから良いけど…)

 

由紀の精一杯の怒り顔を見た彼は満足げに微笑み、やはり彼女には悪漢を追い払うのは無理だという結論を出す。これで一連の演技は終わりかと思う彼だが、まさかの出来事が起こった…。

 

 

 

 

美紀「なぜダメなんですか?」

 

美紀がアドリブを放ち、演技を続行したのだ。

何がダメなのかと尋ねられ、由紀はオロオロしながら美紀の瞳を見つめていた。

 

 

 

 

由紀「だ、だって…いきなり女の子の胸を触るのは……」

 

美紀「じゃあ、いきなりじゃなかったら良いんですか?」

 

由紀「そっ、それは………」

 

まさかの追撃をする美紀…。由紀は中々それに答える事が出来ずにいたが、少ししたら恥ずかしそうに口を開いた。

 

 

 

由紀「す、好きな人とじゃないと…そういう事しちゃダメなんだよ!?」

 

何とも可愛らしい…精一杯の反論をする由紀…。

この時点で彼の鼻息はかなり荒くなっており、その興奮っぷりが窺えた。

 

 

 

 

美紀「私は先輩のこと好きですよ。これなら良いですか?」

 

由紀「え…っ…!?」

 

 

(美紀さん…!あなたはなんて人だ…!!素晴らしいっ!!!)

 

容赦なく由紀を追い詰めていく美紀…。

美紀の手を掴んでいたハズの由紀の手はいつの間にか離されており、逆にその手を美紀に掴まれていた。焦る由紀…そして興奮する彼…。由紀は顔を真っ赤にしてその瞳を潤ませた後、静かにそっと俯いた。

 

 

 

 

 

 

由紀「え、えっと……なら………いい…のかな…?」

 

美紀「…そうですか」

 

(マジかっ!?)

 

 

美紀は掴んでいた由紀の手をそっと離してから、その手を彼女の胸へと伸ばしていく…。由紀は真っ赤に染まった顔を俯けたまま瞳をギュッと閉じ、美紀に身を任せた。

 

 

 

由紀「っく……ぅぅ…」

 

美紀「…………」

 

 

(み、美紀さん…本当に触る気でいるのか…!?)

 

由紀の胸へと徐々に近寄るその手を見た彼は驚き、目を丸くする。

しかしその手は胸に触れる寸前のところで動きを止め、由紀の頭を小突いた。

 

 

 

美紀「…とまぁ、このくらいにしておきますが、由紀先輩…ちょろ過ぎです。気をつけて下さいね」

 

由紀「えっ?あ……、うんっ!」

 

驚く由紀の顔を見た美紀はふふっと笑い、満足そうな表情を見せる。

一方、それが途中で終わってしまった事にショックを受けた彼は心底ガッカリした表情をしていた。

 

 

 

(なんだ……最後までしないのか…………)

 

彼のいう『最後まで』という言葉の意味は分からないが、恐らくまともなものではないだろう…。由紀の為に行われたそれは結局そのまま終わってしまい、彼は落胆した。

 

 

 

その後、由紀・悠里・胡桃・美紀の四人は彼を外に残したままで車内に戻り、普段着へと着替える。一人外に残った彼は美紀と由紀のそれを『最後まで』見れなかった事だとか、楽しかった水浴びが終わってしまう事を惜しみ、ただじっと川を眺めていた……。

 

 

 

(…まぁ、良い思い出がいっぱい出来たし、良しとするか)

 

なんだかんだ言っても、総合的にみればとても楽しかった…。

そう思って彼が一人微笑んでいると、車の方から声が聞こえた。

 

 

 

 

 

胡桃「着替え終わったぞ~」

 

体操服の上にジャージを羽織った胡桃が彼を呼ぶ。

彼は彼女のそばに歩み寄り、その格好を見て残念そうに言った。

 

 

 

「あ~あ、貴重な水着姿は終わりか…。もうちょっと目に焼き付けておけば良かった……」

 

胡桃「次の水浴びの時にまた見せてやるよ」

 

彼の発言に呆れた様子も見せず、胡桃は笑顔で答える。

いつもより優しい気がする彼女に戸惑う彼だったが、にっこりと微笑む彼女を見てすぐに気付く。

 

 

 

(ああ…そっか、この娘は…ずっと優しかったな)

 

時おりする少し乱暴な言葉使いや男勝りな性格に隠れていたが…彼女は最初からそうだった…。胡桃はいつだって優しくて、自分はその優しさに何度か支えられてきた…。それに気付いた彼はふふっと笑い、彼女の顔を見る。

 

 

 

「じゃあ、次の水浴びを楽しみにしておくよ。また、一緒に楽しもうね」

 

胡桃「……うん」

 

彼女の水着姿がまた見たいから…そういった気持ちも当然あったものの、今の彼の本当の望みは他にあった。

 

 

次の水浴びが明日になるか、明後日(あさって)になるかは分からない…。

ただ…その時も彼女、恵飛須沢胡桃のそばにいたいと思った。

そばにいたいし、いてほしい…。明日も明後日も明明後日(しあさって)も…出来れば一年後、十年後も…彼女の笑顔を見ていたいと、心からそう思う…。その為には、彼女を救う手がかりを見付けねばならない…。

 

 

 

彼は改めて、彼女を救う決意をした。

 

 

 

 

 

その後…彼が車内に戻ると、着替えの邪魔にならないよう入れ代わるようにして由紀達が車外に出ていく。彼はすぐに着替えを済ませると外に出ていた彼女達を中に呼び寄せ、何でもない…平和な午後を過ごす。水浴びでは色々あったが、まともに身体を休めたのは久しぶりな気がした彼であった。

 

 

 

 

 

 




彼はどうにか死なずにすみ、少し良い感じの雰囲気で水浴びを終えることが出来ました(*^^*)みーくんが優しくて良かったです(笑)

そんなみーくんがゆきちゃんをからかったシーンがありましたが、いつもの彼女らしくないあの行動にも理由があります。前回の終わりで彼に胸を触られてしまったみーくんですが、そもそもの原因は彼を突き飛ばしたゆきちゃんに……そこでみーくんは復讐を兼ね、ゆきちゃんで遊んだわけですね(^_^;)


この日一日、彼はこのまま平和に過ごしたかのように終わっていますが…実はまだこのあとに一波乱残っています(何でもない平和な午後なんてなかった)

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