軌跡〜ひとりからみんなへ〜   作:チモシー

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前回、胡桃ちゃんのおかげで主人公君が元気を取り戻す事が出来ました!
立ち直った彼は由紀ちゃんの元に向かい、彼女と仲直りをしようと考えます。

今回の話は前回のラストより数分前に戻り、由紀ちゃんの部屋にて彼女と話をするりーさんとみーくんからスタートします。


九十五話『けいかい』

 

彼が由紀との仲を修復するために彼女の部屋を目指し始めたその数分前。

悠里と美紀…この二人は由紀の部屋に入り、いつもとは比べられない程に元気の無い彼女と話しをしていた。

 

 

 

 

 

美紀「由紀先輩…__さんの事、まだ怒っているんですか?」

 

由紀「怒ってるわけじゃ…ないよ…。ただ、すごくショックで……。だって、__くんならどうにかして、りーさんを助けてくれると思ったのに…」

 

悠里達に背中を向けたまま膝を抱えて床に座りこみ、由紀は小さな声でそう言った…。悠里と美紀はそんな彼女のそばへと歩み寄り、自分達も床にそっと膝をついて彼女と目線の高さを合わせる。

 

 

悠里「彼は彼なりに一生懸命助けてくれようとしてくれたわ…結果的にああなってしまっただけ…。どれだけ頑張っても…どれだけ私達の事を助けたくても…あの時は私か由紀ちゃん、どちらかを選ばなければいけなかった…。そうしなければ二人とも…あの境野って人に殺されてしまっていたはずよ」

 

由紀「ぅ…それはわかってるよ…。でも、さっきも言ったでしょ?あんな状況だったからこそ…わたしの事を殺して、りーさんを助けてあげて欲しかった…」

 

抱えた膝に顔を埋め、小さくなる由紀…。

由紀は自分の命と引き換えにしてでも悠里を救ってほしかったようだが、それは悠里自身も同じことだった。

 

 

悠里「…あの時の私もね、由紀ちゃんとまったく同じ事を思ってたの…」

 

由紀「…同じ?」

 

由紀は視線を悠里の方へと目線を移し、その言葉の意味を尋ねる。

悠里はそれに対して優しく…それでいてどこか切なそうな顔をしながら、にっこりと微笑む。

 

 

悠里「そう…同じ…。私か由紀ちゃん…そのどちらかを殺せって彼が言われた時、何度も何度も…心の中で彼に言ったの。『私はどうなってもいい…だから由紀ちゃんを助けて…』ってね…」

 

由紀「りー…さん…」

 

悠里「あの時は口をテープで塞がれてて、声は出せなかった…。だから心の中で何度も何度も…必死に念じた。本当にそれが届いたのかは分からないけど…彼は殺す相手を私に決め、それと引き換えに由紀ちゃんを助けようとしてくれた…」

 

彼が殺す対象に自分を選んだその時、悠里は恐怖よりも先に安堵を感じた。もちろん、死ぬことに対する恐怖も後からじわじわと沸いてきたが、それでもその結果を恨むことはなかった…。

 

 

悠里「あの時、彼が私じゃなく由紀ちゃんを殺そうとしていたら…私はきっと、彼の事をすっごく恨んでしまったと思う。それこそ、どれだけ謝っても許してあげない程にね…」

 

由紀「そこまで言うなら、りーさんだって…今のわたしの気持ち分かるでしょ?」

 

悠里「…うん、分かってるつもりよ。でもね、由紀ちゃんは私よりもずっと優しい娘だから彼の事を許してあげられるって…私はそう信じてるの」

 

悠里はにっこりと微笑みながら、目の前に座る由紀の頭を優しく撫でる。

由紀はただ、それを受け入れながら瞳を潤ませていた…。

 

 

由紀「………」

 

美紀「…由紀先輩、先輩はもし…私が胡桃先輩とケンカして、お互いに一言も口を聞かないまま過ごしていたらどう思いますか?」

 

そっと由紀の顔を覗きこみながら美紀が尋ねる…。

由紀はすぐに彼女を見つめ返して、それに答えた。

 

 

 

由紀「そんなの…イヤだ…。みんなには仲よくしていて……ほし…」

 

言っている途中で何かに気づいたのか…由紀は言葉を詰まらせる。

彼女のそんな様子を見て、悠里と美紀は微かに微笑む。

 

 

美紀「…わかりましたか?私たちも同じなんです。たしかに今回の出来事はとても辛いものだったと思います。でも、由紀先輩はいつだって元気いっぱいで、みんなの太陽なんです。その先輩がそんな顔ばかりしていたら、みんなが落ち込んでしまいます…」

 

由紀「…みーくん」

 

悠里「危ないところだったけど、私達はこうして無事に戻ってこれた。ならもうそれで良いじゃない。いつまでもくよくよしてたら、この先一緒にいる事すらも難しくなっちゃうわ」

 

由紀「そう…かな」

 

悠里「__君はあれでいて、結構繊細な部分もあるからね。今回の出来事で一番ショックを受けたのは、きっと彼じゃないかしら…。『自分一人じゃ助けられなかった』とか…『りーさんを殺そうとしちゃった』とか…そんな事ばかり考えて悩んでると思う…。由紀ちゃんにも悪いことをしたって、そう思っているハズよ…」

 

由紀「…………」

 

悠里「ただでさえ辛い状況なのに由紀ちゃんにまで冷たくされたら、彼は本当に出ていっちゃうかも知れない…。由紀ちゃんは彼が…__君がいなくなっても平気?」

 

そう尋ねられ、由紀は思い返す…。

彼と出会ってから今日この日まで、一緒に過ごした毎日を…。

辛い事はあったが、楽しい事もいっぱいあった…。一緒に笑った事だって、何回もあった…。その全てを思い返し、由紀は静かに答える…。

 

 

 

由紀「…イヤ…だよ…。__くんとは、この先も一緒にいたい…」

 

悠里「…ええ、私もそう思ってる」

 

美紀「…ですね」

 

由紀は瞳から溢れかけた涙を手で拭い、スッと立ち上がる。

くよくよと落ち込むのは止めて、彼女は前を向くことを決めた。

 

 

由紀「__くんが本当に出ていっちゃったら大変だから、謝ってくる!」

 

悠里「そうね、今彼のところには胡桃が行って話をしてると思うけど、由紀ちゃんも行ってあげて。そうすれば、彼もきっと元気に――」

 

 

バタン…

 

悠里が彼の元に向かおうとする由紀へと言葉を放っていると、突然部屋の扉が開く…。その向こうから現れたのは胡桃…、そして彼だった。まさか彼がここに来ると思っていなかったため悠里と美紀は驚いたが、由紀はそんな二人よりも更に驚いていた。

 

 

 

「…由紀ちゃん」

 

由紀「あ…っ…」

 

予想していなかったタイミングで彼と出くわし、思わず由紀の体が固まる。悠里と美紀、そして胡桃の三人は…ただその様子を見守った。

 

 

 

「その…悪かった…。怖い思いさせて…本当にごめん…」

 

彼が先に口を開き、由紀に頭を下げる…。

それを見た由紀は慌てて彼の前に駆け寄り、彼の両肩を手で押し上げて無理矢理に顔を上げさせた。

 

 

由紀「…大丈夫だから、謝ったりしないで…。__くんは一生懸命がんばってくれたんだから、もう…謝ったりしなくていいの」

 

「…でも……」

 

由紀「それより、わたしの方こそごめんね…。助けにきてもらったのにありがとうも言わないで…冷たくしちゃった……」

 

彼の肩に手をあてたまま少しずつ顔を俯け、由紀はそのまま彼の胸へと顔を埋める…。彼は少しだけそれに戸惑いながらも、彼女の背中にそっと手を回した。

 

 

由紀「助けてくれて、ありがとね…」

 

「…どう…いたしまして」

 

二人はそんなやり取りをしてから互いに顔を見つめ合い、ニッコリと微笑む。その光景を見ていた悠里・美紀・胡桃もまた満足そうに微笑み、二人のそばへと歩み寄った。

 

 

悠里「とりあえず、これである程度は元通りになったかしら?」

 

そう言いながら二人のそばに寄る悠里。

由紀との仲もどうにか元に戻り、改めて彼は悠里に頭を下げた。

 

 

「あの、悠里さん…あの時は、本当にすいま――」

 

悠里「気にしてないって言ったでしょ?あんまり何度も謝れると逆に気になっちゃうわ…」

 

謝罪している途中に右手を伸ばし、彼の額をペシッと叩く。

そうやって彼の謝罪を中断させてから、悠里は微かに頬を膨らませた。

 

 

悠里「あと、その呼び方は何かイヤよ…。他人行儀ってわけじゃないけど…妙に慣れなくて…。やっぱり、いつもみたいに呼んでほしい」

 

「…………ごめんなさい、"りーさん"」

 

悠里「……うんっ、許してあげる♪」

 

悠里が嬉しそうな笑顔を浮かべ、機嫌を良くする。

彼はそんな悠里を見て微かに微笑んだ後、美紀の方へと視線を移した。

 

 

「美紀さんにも心配かけましたね…。留守番、ありがとうございました」

 

美紀「…いえ、結構ですよ。それよりも…おかえりなさい」

 

優しい笑顔を見せる美紀…。

彼は彼女に…いや、彼女達皆に…感謝を込めながら言った…。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ただいま」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~

 

 

 

 

それから数分後…。

彼と彼女達…そして誠は広間に集まり、今後どうするかを話し合っていた。

 

 

 

 

 

誠「とりあえず、仲直りは終わったみたいだな?」

 

悠里「はい、どうにか…。えっと、ミナちゃん達は…?」

 

今この場にいるのは彼と悠里・由紀・胡桃・美紀…そして誠のみ…。

弦次・未奈・白雪の姿はない。

宮野に関しては、廊下から外の見張りをしていると知っていた。

 

 

誠「ああ、アイツらは白雪の面倒見てるから、とりあえず置いてきた。あっちもあっちで仲直りは終わったんで、心配は無用だ…」

 

美紀「よかったです…。マコトさんもお疲れですか?」

 

誠「いや、アイツらの仲を直すのは白雪がやってくれたんで、これに関してはかなり楽できたな」

 

胡桃「白雪が?」

 

誠「ああ、あの娘はかなり出来た娘だな。見ていて感心したぞ」

 

美紀「たしかに、しっかりした娘ですよね…」

 

それぞれが白雪の事を語っていると、誠は不意に視線を彼へと移す…。

彼はさっきまでかなり落ち込んでいたように見えたが、今はほとんど元通りな様子だ。元気を取り戻したのは由紀と仲直り出来たからなのか、はたまたその前に胡桃が何かをしたのか…誠はそれが気になっていた。

 

 

 

誠「お前、だいぶ調子を取り戻したな…」

 

「えっ?ああ…おかげさまで、もう大丈夫です」

 

誠「…胡桃、上手くやったな?」

 

胡桃「ん…、それなりにな…」

 

チラッと視線を向ける誠から、胡桃は咄嗟に目を逸らす。

後ろめたい事をした訳ではないが、何故か目を逸らしてしまった…。

そんな様子の彼女を見た誠はニヤリと笑い、一先ず話を進めることにする。

 

 

胡桃「………」

 

誠「…まぁいい。それより、境野の仲間がここへやってくる可能性がある。下手すりゃそろそろ来る頃だ…。遅くても明日の朝にはやってくるようだから、常に何人かは起きて朝まで警戒してなきゃなんねぇ…」

 

美紀「やってくる時間が正確に分からないというのは、かなり精神的な負担がかかりますね…」

 

誠「まったくだ。幸いこの屋敷は高い塀に囲まれてるから、来るなら正面の門からだと思う…。宮野がそこを見張っている以上、不意を突かれはしないと思うが…念の為、一人でうろついたりはしないようにしろ」

 

それを聞いた彼女達は小さく頷き、緊張したような表情をする…。

もしかしたら今この時にも、連中がこの屋敷に忍び込んでいるのではと想像したからだ。

 

 

由紀「あの…もし戦いになったらどうするの?相手の人達、たくさんいるんでしょ?」

 

誠「とりあえず門には鍵をかけておいたから、多少の時間は稼げる。そうなれば連中が外にいる化け物達とぶつかる可能性もあるからな…もしかすれば、少しは敵の人数を減らせるかも知れない」

 

美紀「でも、下手したら"かれら"もここに入ってきてしまうんじゃ…」

 

誠「そこは運頼みだな…。お互いが良い感じに潰しあってくれれば一番楽なんだが…」

 

胡桃「話し合い…なんて絶対に無理な人種だろうしな。そうする他ないか…」

 

境野という人間がどれだけ危険な人物だったかを話に聞いていた為、その仲間達との話し合いなどは無理だろうと胡桃は考える。誠もそれには同意見であり、悠里達も同じ気持ちだった。

 

 

誠「ああ、連中と話し合うのは無理だろう。そういう考えは最初っから捨てて、真っ向勝負するしかない…」

 

「相手の数は10~20ちょっとでしたっけ…かなり、厳しいですね」

 

由紀「やっぱり…怖いね……」

 

不安そうな声で呟き、由紀は顔を俯ける…。

よく見れば彼女だけでなく、悠里も美紀も胡桃も…そして彼も不安そうな表情をしていた…。

 

 

 

誠(当然の反応だよな…これから10人以上の敵に襲われるって分かってんだから、そりゃ怖くもなる。さて、どうしたもんかね…。恐らく、今この屋敷内で最も戦えるのは俺だろう…その俺でさえ、そんな人数を一人で相手になんか出来るわけねぇし…)

 

広間をくるくると歩き回り、誠は頭を悩ませる…。

"かれら"と連中が上手く潰しあってくれれば可能性はあるが、あまり期待し過ぎてもいけないだろう…。

 

 

誠(良いアイデアの一つでも浮かべば良いんだけどな…)

 

浮かぶ作戦はどれも期待できるものではなく、誠はため息をつく…。

気がつけば、全員が無言のまま数分が経過していた。

皆それぞれ落ち着きなく広間をうろつき、心が休まらない…。

 

 

 

 

 

 

 

胡桃「はぁ…まいったな…」

 

部屋の隅に椅子を寄せてじっとしている彼へと、胡桃は声をかける。

不意に声をかけられた彼はハッとした表情をして、ゆっくり彼女に顔を向けた。

 

 

「…だね」

 

胡桃「みんな落ち着きがないな…。まぁ、あたしもだけど…」

 

「いつ敵が来るか分からない状況だからね、仕方ない…」

 

胡桃「…せっかく元気取り戻してあげて、由紀とも仲直りさせてあげたんだ。こんなところで死ぬなよ…」

 

「…わかってる」

 

そう答える彼の顔から、だんだん明るさが無くなっていく…。

彼も不安で仕方がないのだろう…。

 

 

胡桃「やっぱり、タイミングが悪かったよな…。ごめん、こんな時に…余計な心配事を増やしちゃって…」

 

傷の事を告白したせいで彼を余計に追いつめてしまったと思い、胡桃は顔を俯ける…。彼はそんな彼女に向け、そっと言葉を放った…。

 

 

 

「大丈夫だよ。胡桃ちゃんだって、好きで隠してた訳じゃないんだし…」

 

胡桃「…でも」

 

「隠し続けるのだって、辛かったと思う…。それをようやく打ち明けられたんだから、もっと楽になったようなを顔してなよ」

 

胡桃「楽になったような…顔…」 

 

「とりあえず、笑っとけば良いってこと…」

 

そう言われても、すぐに笑うことなど出来ない…。

確かに言い出せた事で心が多少は楽になったが、その代わりに彼を辛くさせてしまっている気がした。

 

 

胡桃「……」

 

「たしかに心配には心配だけど、嬉しくもあったんだよ…。なんていうか、胡桃ちゃんが僕の事を…しっかりと信じてくれた気がして…」

 

胡桃「……そっか」

 

やっぱり、彼は胡桃が思っていた通りの人だった…。

傷の事を打ち明けても、それを隠していた事や、それ自体を責めたりはしない…。それどころか、『打ち明けてくれた事が嬉しかった』と言って笑い出すのだ…。

 

 

 

胡桃「…変なヤツ」

 

「いきなり失礼な…」

 

変なヤツだと突然言われて、彼は心外そうな顔をする。

一方、言った張本人である胡桃はニッコリと微笑んでいた。

 

 

胡桃「でも、ありがと。そう言ってくれると、かなり楽になる…」

 

「いえいえ。こちらこそ…今日は本当に助かりましたよ。胡桃ちゃんのあの言葉が無ければ、こんなすぐには立ち直れなかったと思う」

 

胡桃「どの言葉…?」

 

「ほら、あの……」

 

彼は心に響いた言葉がいくつかあったため…

胡桃は無我夢中で言葉を放っていたため…具体的にはどの言葉を指しているのかと言われると分からなくなる…。

 

二人はあの時の事を思い返し始め、その言葉を探った…。

 

 

 

 

『あたしは…お前に会えて本当によかったって思ってるよ…』

 

『お前にはずっと…そばにいてほしい…』

 

『あたしだけは絶対に、お前を信じ続けるから…』

 

 

 

 

そうして思い返される言葉の数々…。

そのどれもが思い返すと気恥ずかしいもので、二人は顔を真っ赤にした。

 

 

  (僕は…)

胡桃(あたしは…)

 

  (かなり恥ずかしい事を言われてたんじゃ…!?)

胡桃(かなり恥ずかしい事を言っちゃったんじゃ…!?)

 

ほぼ同時にそんな考えにいたり、互いの顔を見ることすら出来ない…。

あの時、彼がこの言葉の数々に救われたのは事実だが…その言葉の数々は今、放った本人である胡桃をその恥ずかしさで殺そうとしていた…。

 

 

胡桃(う…うわぁ~~!やり過ぎたっ…言い過ぎたっ…!聞き方によっちゃ、ただの告白じゃんか…!!)

 

顔を俯けたまま体を小刻みに震わせ、胡桃はどんどん赤くなっていく…。

今すぐにも逃げ出したい…出来ることならやり直したい…そんな事すら思っていた。

 

 

「く…胡桃ちゃん…」

 

胡桃「なっ、なにっ!?」

 

ビクッと体を震わせ、そっと彼の方を見る…。

彼もまた顔を赤くしており、照れているようだった。

 

 

「えっと…『信じ続ける』って言ってもらえたのが、一番嬉しかったかな…」

 

胡桃「そ…そっか……」

 

先程胡桃が言った『どの言葉?』という問いに律儀に答える彼だが、胡桃はそれどころではない…。恥ずかしさで死にそうなのだから。彼は彼女のそんな思いを察したのか、気まずそうに笑って尋ねてきた。

 

 

「わ、忘れた方が…良いですか…?」

 

胡桃「出来る…なら……」

 

願ってもない…忘れられるならば忘れてもらおう!

そう思って口を開く胡桃だが、いざとなると…それは嫌な気もした…。

 

 

 

 

 

 

胡桃「…出来るなら…ずっと覚えてて…」

 

 

 

 

 

「…えっ?」

 

確かに死ぬほど恥ずかしい言葉を言ってしまったが、忘れられるのも嫌だ。あの時放った言葉は全て嘘やお世辞ではなく、本心を告げたものなのだから…。

 

 

胡桃「だからっ…ずっと、覚えてて…。お前が嬉しいって感じた言葉なら…無理に忘れる必要も…ないし…」

 

後半少し小声になりながらも、しっかりと彼に告げておく。

自分の言った言葉で彼が元気にいられるならば、いつまでも記憶していて欲しいと思った。

 

 

「…わかった。ずっと忘れないようにするよ」

 

嬉しそうに笑いながら彼が言う…。

その表情を見ていたら、いちいち照れるのもバカらしい気がした。

胡桃もまた嬉しそうにニッコリと微笑み、人差し指で彼の額をツンと小突く。

 

 

胡桃「うん…二度は言わない言葉ばっかりだから、しっかりと記憶しておけよ?」

 

「了解…」

 

 

由紀「なになに?胡桃ちゃん、__くんに何て言ったの?」

 

横から由紀が割り込み、彼に尋ねる。

彼はニヤニヤしながら由紀の耳に口を寄せ、静かに口を開いた。

 

 

「ええっとね…」

 

胡桃「わぁっ…!?そういうのナシっ!!言いふらすの禁止っ!!」

 

胡桃は二人を引き剥がし、焦ったようにそう告げる。

するとそれを見ていた悠里と美紀もそばへと寄ってきて、不思議そうな顔をした。

 

 

悠里「言いふらすって…何を?」

 

美紀「胡桃先輩…顔真っ赤ですね…」

 

胡桃「~~っ!うっさい!解散解散っ!!ほら、帰った帰った!」

 

胡桃は両手をバタバタと振り回し、寄ってきた悠里達を追い払おうとする…。しかし、悠里達も中々引き下がらない。よく見れば、胡桃を相手にしてじゃれ合っているようだった。

 

 

 

誠「…まったく、緊張感のない奴等だ」

 

誠は椅子の上に腰を下ろし、騒ぐ彼女達を眺めながら呟く。

 

 

 

悠里「あっ、そう言えばどうやって__君をここまで元気付けたのかまだ聞いてなかったわね?胡桃っ、教えて♪」

 

由紀「わたしも聞きたーい♡」

 

胡桃「ぐぅっ…!由紀はともかく、りーさんまでそんな事を…!美紀っ、助けてくれ!」

 

美紀「えっと…じゃあ、私も聞きたいです!」

 

胡桃「はぁっ!?バカ言うなっての…!ってか『じゃあ』ってなんだよ!」

 

 

 

 

 

 

誠(まぁ、沈んだ空気のままよりかは…今みたく騒がしい方が俺の好みだな)

 

誠は静かに目を閉じて、彼女達の騒ぎ声を聴いていた…。

騒がしいのに鬱陶(うっとう)しさは感じず、どこか安らげるような、不思議な騒ぎ声…。

 

 

誠がそれに耳をすましていた時、広間の扉がバタンと音をたてながら開いていった。突然開いたそれに全員が驚き、一斉に目を向ける…。

 

 

 

 

未奈「ふぁっ!?お、お邪魔でしたか…?」

 

扉の向こうにいたのは未奈、そして白雪と弦次だった。

それが分かった途端、広間にいた者達は安心したかのようにため息をつき、ニッコリと微笑む。

 

 

由紀「ううん、邪魔なんかじゃないよ」

 

美紀「だいたいこの屋敷はミナさんの物なのに、邪魔とか言うわけないじゃないですか…」

 

未奈「そ、そっかぁ~」

 

未奈は白雪の手を引きながら由紀達の元へと駆け寄り、ただ会話に混ざる。弦次はというと、誠の方へと歩み寄って声をかけていた。

 

 

弦次「念の為、一緒にいた方が良いかと思って…」

 

誠「そうかもな…。よし、俺は少しだけ宮野の様子を見てくる」

 

弦次「わかりました…」

 

誠は立ち上がり、そっと広間を出ていく。

かなり日が落ちてきたからか廊下も暗くなっているが、定期的に置かれているランプが足元を照らしていた…。誠は廊下の突き当たりへと向かい、一人でそこにいた宮野へと声をかける。

 

 

 

誠「お疲れ、様子はどうだ?」

 

宮野「"かれら"がたまに横切るだけで、後は問題ないです。早ければそろそろ来るはずなんですが…」

 

外はすでに暗くなっていたが、月明かりのおかげでかろうじて門の前の前の様子を確認出来た。

 

 

誠「すっかり夜だな。そういや、夕飯がまだだったっけな」

 

宮野「これからミナちゃんが用意してくれるそうですよ。手伝ってきてあげて下さい」

 

誠「いや…ただ立ってるだけってのも退屈だろう。ここは俺が見ておくから、宮野が手伝ってきてやってくれ。気分転換にもなるだろうしな」

 

宮野「…わかりました。じゃあ、ここはお任せしますね」

 

ペコッと頭を下げてから、宮野は広間へと向かっていく。

誠はそんな彼女を見送った後、真っ暗になった外を見張りながら呟いた。

 

 

誠「せめて夕飯くらいはのんびりと食わせてくれよ…。食事中に攻めこまれるのだけは勘弁だ」

 

そこから目を離さず、警戒を続ける誠…。

少ししたら宮野がそこに現れ、缶詰などがメインの食料を誠へと渡した。今回は事情が事情なので、調理がいらず手早く食べられる物だけにしたらしい…。誠が食事をとる間はまた宮野が見張りを代わってくれて、宮野が食事をとる時は再び誠がそこを見張る…。

 

 

 

しかしただそこを見張るだけでも中々に疲れてきてしまい、見張りを始めてから二~三時間が過ぎた頃、誠は睡魔に襲われる…。だがちょうど良いタイミングで宮野と由紀がそこに現れ、誠に見張りを代わると告げた。

 

 

誠「じゃあ一時間…いや、三十分だけ任せる」

 

由紀「マコトさん、三十分って意外とあっという間だよ?まぁ…勉強してるときは長く感じるけど…」

 

宮野「そうですよ、もう少しだけ休んでいて下さい」

 

 

誠「…じゃあ一時間だ。それだけ経ったら起こしに来い。また代わる…」

 

由紀「らじゃー!」

 

宮野「ちゃんと休んで下さいね…」

 

誠はゆっくり歩き出し、背中を向けながら二人に手を振る。

由紀と宮野はそれを見送った後、会話を交わしながら見張りを始めた。

 

 

 

宮野「由紀ちゃんも…休んでていいんだよ?」

 

由紀「えっとね…あんまり眠くなくて…」

 

宮野「…そっか」

 

今、広間では誠が仮眠している他にも未奈が白雪と共に眠っており、弦次がそばでそれを見ている。後のメンバーは全員が起きており、それぞれがいつ来るか分からない敵を警戒していた…。

 

 

 

由紀「今…何時くらいなんだろう」

 

宮野「たぶん、11時くらいかな…」

 

由紀「…そっか。夜中でも…来るよね?」

 

宮野「うん…来ると思う。だからしっかり見張ってないとね」

 

由紀「せっかくだからさ、おしゃべりしながら見てようよ。ただじ~っと見張ってても疲れちゃうし…」

 

宮野「…良いよ、なに話そっか?」

 

由紀「えぇ~っとね…じゃあ…」

 

由紀は宮野とそこを見張りながら会話を交わす。

今までどんな事があったとか、何をしてきたとかを互いに話している内に一時間が経ち、由紀は誠を起こしに向かった…。

 

 

 

誠「…異常なし、か?」

 

宮野「ええ」

 

やって来た誠に宮野は答える。

彼女のその表情がどこか明るく見えたため、誠は不思議に思った。

 

 

誠「なんか、嬉しそうだな?」

 

宮野「ふふ…由紀ちゃんが本当に面白い娘で、話してて楽しくなっちゃいました」

 

誠「ふぅん…なら、また話してこいよ。由紀のヤツ、広間でお前を待ってるぜ」

 

宮野「じゃあ、後はお任せします」

 

宮野を押し退けるようにして窓際に立ち、誠が見張りを代わる。

宮野はかるく頭を下げてからそこを離れ、広間へと戻っていった…。

 

 

 

それから役一時間後、彼が誠の元にやってきて見張りを代わると言った為、まだ完全に疲れの取れていなかった誠はそれに甘えることにした。

 

その後も弦次…胡桃と美紀…悠里と未奈などが見張りを交代していき、警戒を続ける…。だがいつまで経っても連中が現れる事のないまま朝日が昇り…気が付けば昼を過ぎようとしていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




早ければ今夜、遅くても翌朝には訪れると言われていた境野の仲間達ですが…翌日の昼を過ぎても現れません…。

それでも油断する事なく警戒を続ける彼女達ですが、いつまで待っても来る気配の無いので、もしかしたら…と思い始めます。

次回の話では誠さん達が中々来ない敵の事を探る他、主人公君がある決意をします。期待していただけたら幸いですm(__)m

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