この作品ももう十五話か……短いようで長いような気もします。
まあ、自分が投稿遅いのが原因ですけどね。
「うあああっ!!」
空間に放たれた自身の悲鳴が鼓膜を叩く。どうしてこんなことに……。あの後俺たちはアスナの素材集めを手伝うため、《ウインドワプス》を狩りに町を出た。宙を飛ぶ厄介な敵だが、四人なら油断さえしなければ普通に倒せる――そんな謝った考えを持ち、最も重要なのことを忘れていた。
なぜ、これを忘れていたのだろう。多くの人間が持つこの感情を、俺の記憶をに刻み付けられた忌むべき存在を!
驚愕に眼を見開く仲間たちから視界を外し、背後に迫る恐怖へ振り返る。
――ああ……これを忘却するなど、出来るわけなかったんだ……。
虫が大嫌いということを。
「ギイイイッ!!」
「付いてくるなぁぁ!!」
なんで忘れていたんだ俺は!? ウインドワプス……
その上、一匹でも最悪だと言うのに、今俺を追って来ているワプスの数は三匹、しかもデカイ! 虫嫌いにとっては地獄の光景だ。
虫くらいで大袈裟かもしれんが、無理なものは無理。
何が、「俺も行くの?」だ! バカなのか、あの時の俺! いや俺は悪くない、アスナに変な提案をしたキリトが悪い。おのれ、キリトめ余計なことを……。
「ブウゥン!」
「クソ、コイツらしつこい!」
愚痴を並べたところで、この悪夢の
体を急転換させ、ワプスたちと相対する。右手に構えた短剣が光を放ち、範囲技のソードスキル《ラウンド・アクセル》が繰り出される。短剣は真円を描き、ワプス三匹の体を切り裂き、その傷口から赤いガラス片が舞い上がる。
瞬時に短剣を逆手に持ち変え、一番近くにいるワプスの胴体を横凪ぎに切りつけ、背後に回り込んでいたもう一体を振り向きざまに一閃。
そのまま手を休めず、上半身に羽織った黒色のベストの裏から投擲用ナイフを取りだし、左手で投剣スキル《シングル・シュート》を発動させる。
ナイフは風を切り裂くように飛んで行き、空中から急降下してくる三匹目の腹部を穿った。
体制を崩し落下してくるワプスへ向け、再びラウンドアクセルを繰り出す。それは他二体も巻き込み、三匹のHPを残らず消し飛ばした。
ワプスたちの体が同時に砕け散るのを見届け、視線を無言で佇むカナへ移す。
「なあ……無駄だと思うけど聞いていいか?」
「なにかな? アルト」
「帰っちゃダメ?」
「……ダメ」
無表情で告げられた宣告に両膝をつく。キリトが憐れみの表情で見ているが、元はお前の発言が原因だ、同情するなら俺を助けろ。
「アルト君、虫嫌いなんだね。ちょっと意外……あんなに取り乱すなんて……」
レイピアを右手に持ったままの状態で呟くアスナに、地面に着いた己の両手を睨んだまま言葉を返す。
「……ゲームの中なら多少は平気だろうと思ってた俺がバカだった……何だよアレ、デカイ上にリアリティーあり過ぎだろ!?」
「アルトの気持ちも解らない訳じゃないけど、手伝うって約束したんだから、最後まで頑張ろうよ」
カナさん……励ましは嬉しいけど、その約束について俺全然知らないんですよね……。
「ハァ……わかったよ。さっさと終わらせよう」
了承はしたものの鬱々とした気分のまま立ち上がる。本当なら今すぐ逃げたいところだが、それは後が恐ろしいので出来ない。
ならば早急に終わらせるのが最善策だ。死ぬほど嫌だけどな! あとキリトの奴が頑張れよ! 的な顔でサムズアップしてきた……ムカつく。
第二層主街区ウルバス、そのメインストリートから伸びる小道に位置するとあるレストラン。
その店内の一角に俺たちは座っている。
あの後素材集めが終了したのは、結局一時間後のことだった。途中でアスナとキリトが何やら賭けを始めたせいで、カナまで触発されたのかワプス狩りはどんどんヒートアップしていったのだ。
賭けの内容は、『時間内により多くワプスを倒した方がこの店の名物ケーキを奢る』というもの、俺もカナから聞き、その存在は知っていたが、手を出そうとはしなかった。何せこのケーキ、味は最高だが恐ろしく高額なのである。
そんな物を
結果はわずか一匹の差でアスナの勝利。正体不明の素手スキルまで使用したのに負けたキリトは、魂が抜けたように座り込んでいた。
それを見てザマァ、と思った俺は悪くないはずだ。アイツのせいで今日は酷い目にあったんだからな。
ちなみに、何故俺たちまでレストランに居るのかというと、アスナに「手伝ってもらったし、ご飯くらい奢るわ」と言われ、着いてきからだ。
「……ところで、アスナはどうやってこくの店を見つけたんだ?」
注文をNPCのウェイターに伝え終えたキリトが、両腕を組み尋ねる。
「まさか、クリームの匂いで嗅ぎ当て……たわけじゃないよな。偶然見つけたのか?」
失礼な発言を言いかけ、アスナが睨みつけた途端、何事も無かったかのように言い直すキリト。見事なまでの手のひら返しだ。
「アルゴさんから情報を買ったのよ。この街で利用者の少ないNPCレストランはないかって」
「そ、そうか。納得したよ……」
アスナの鋭い眼光に冷や汗をかくキリトが助けてくれ的な視線を送って来ている気がするが、気のせいだろう。
「でも、付き合い方には気を付けろよ。あいつの中に依頼人の秘密厳守なんてないからな」
その警告に今まで話に耳を傾けていたカナが反応を示す。
「えっ、そうかな? アルゴ、私の情報を勝手に売ったことは無いよ? ちゃんと売ってもいいか確認のメッセージがくるし」
「以外だな。あいつが情報を売るのに許可を取るなんて……俺の時は何も言ってこないっていうのに」
驚いた様子のキリトに、カナは指を顎につけ考えこむ仕草をとり呟く。
「なんで私だけメッセージが来るんだろう? 友達だからかな?」
「友達だからじゃないと思うぞ、それはたぶん……」
そこまで言って俺は口を閉じた。本能がこれ以上の発言は危険だと告げているのだ。
「ん? アルト、何か言った?」
「いや……何でもない。それより、頼んだ料理が来たみたいだぞ」
ウェイターが都合良く料理を運んで来てくれたおかげで、深く追求されることはなかった。『たぶんカナが恐いからだ』、などと言えば確実に酷い目に遭うのは解っている。自ら死地に飛び込むほどの勇敢さは俺には無い。
大きめな木製のラウンドテーブルに、ウェイターが料理を次々に置いていく。一層で食べた物より明らかに上質であろうパンが入ったバスケット、木の皿に盛られたサラダとシチュー。素朴だが食欲をそそるラインナップ。狩りに行った帰りで腹が空いていたのもあり、あっという間に完食してしまった。
俺としては充分満足したが、アスナはそれよりも食後に運ばれて来た本命に榛色の瞳を輝かせており、その様子は普段とは違う、年相応の少女のものだ。
「ふふっ、アルゴさんが《トレンブル・ショートケーキ》は一度は試すべきだってガイドに載せてたから、楽しみにしてたのよね」
運ばれて来たのは、
「こ、これの何処がショートだよ……」
その大きさにキリトが唖然と声を上げるが、別におかしな点はない。そもそもショートケーキの《ショート》とは短いという意味ではない。確かに短いという意味合いも有るが、それは
まあ、数ある説の一つに過ぎないがな。現にアスナが今ショートニング説をキリトとカナに話してるし。
「アメリカと日本のショートケーキって全然違うんだね。私てっきり同じだと思ってたよ」
「わたしも始めて知った時はびっくりしたわ。ビスケットとスポンジの生地じゃ別物だからね。このケーキはどっちかな……」
フォークをケーキに突き立て一口分に切り取ると、断面からイチゴ入りのクリームもスポンジの四段の層が表れた。
「スポンジだね。わたしはやっぱりこっちのほうが好き」
「喜んでもらえたなら良かったよ。こっちは気にせず、どうぞ」
にっこりと笑うアスナにキリトは紳士的に話すが、表情は言葉とは真逆に苦笑いを浮かべ固まっている。そんなにケーキを食べたいのかアイツ……。
「うん、そのつもり」
とアスナは笑顔のまま告げるが、その二秒後堪えきれなくなりぷっと噴き出した。
「嘘よ。三分の一までなら、あなたにも食べさせてあげる」
「……あ、ありがとう」
キリトとアスナの掛け合いをカナと共に眺めていると、コトンと小さな音を鳴らしカナの前にケーキの乗った皿が置かれた。
見るとカナの側にはウェイターが立っており、ポカンとした表情を浮かべるカナを無視して、ウェイターはそのまま身を返し店の奥へ消え去って行った。
「えっと……私、ケーキなんて頼んでないよ?」
訳が解らないといった様子で呟くカナ、両手でケーキの皿を持ち、眉をしかめている。
「俺だよ、それ頼んだの。たまには贅沢もいいかなって思ってな、料理が来た時に頼んだ。カナも食べていいぞ」
「えっ? 私も貰っていいの?」
本当に? といった様子のカナに無言で頷く。
「ありがとう、アルト。ふふっ……実は食べてみたかったんだよね」
フォークを右手に握り、はにかむ少女。結構な出費になったが、こうやって喜ばれると安く思えるから不思議なものだ。フォークで一口分ケーキをとり、口の中に含むと同時に広がる甘さを感じ、小さく笑みを浮かべる。
「甘いね、アルト」
「ああ……甘いな」
虫に追われるのは嫌だが、こういう時間を過ごせるなら、時々……本当に時々だったら虫に追われるのも悪くない。
そんな事を少しだけ考えるくらいには、キリトたちの談笑とカナの笑顔がある、この空間が愛しく思えた。
――だからキリトよ。小声で『三分の一なら四百五十立方センチはいける!』と、呟くのはやめてくれ……折角の感動が薄れるから……。
今回の話ではアルトの苦手なものを出してみました。アスナもアストラル系というか幽霊苦手だし、ならアルトは虫嫌いにしてもいいかなと思いまして。
それにホロフラで見たけど、あんなデカイ蜂が現実にいたら、誰でも怖いと思う。