ソードアート・オンライン Tracer   作:夜型人間

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 十四話からアニメ&原作の系列で進めるか、プログレッシブ系列を続けるか悩んだ結果、当分はプログレッシブ沿いに話を進めることにしました。

 悩んでたら思った以上に時間かかったんですよね。いつも遅いのに余計に遅くなってしまった……。

 投稿早い人たちって本当にスゲーわ。


After four days

 

 ――退屈だ。腰かけた安っぽい木製の一人用チェアから手を伸ばし、直ぐ側に備え付けられたテーブルからプレーンビスケットを一枚つまむ。

 

 時が経つのは早いもので、第一層フロアボス戦からもう四日が経っている。

 

 いざ新天地へ、と心を踊らせていたのは二層へ来た最初の一、二時間程度でその後は特に何事もなくレベリングに勤しむ日々が続いた。特筆できる事と言えば三日前にフィールドで偶然エギルと出会いフレンドになったくらいだろうか。

 

 そこで一緒に狩りでもできれば良かったのだが、あちらはレベリングを終えて街に帰るところだったので、そのまま解散ということになり、結局その日も適当にモンスターを狩って一日が終了。

 

 本当ならカナと何か話ができればいいのだが、これが会話が続かないのだ。一層の頃は落ち着いて話す暇など、ほとんどなかったので気にならなかったが、余裕ができ、話す時間が増えた今、俺は改めてカナとの性別の違いを知ることとなった。

 

 短い髪や陽気な雰囲気で忘れがちだが、カナは女性なのだ。現実の学校でもほとんど人と話さない、コミュニケーション障害予備軍の俺が、異性にたいして気の利いた話題など持っている筈もなく、この数日戦闘以外ではほとんど無言の状態が続いていたのだ。

 

 いい加減連日の無言状態に耐えられなくなった俺が、つい数分前に提案したのが、「カフェに行かないか?」だ。ナンパか! と自分にツッコミを入れたい。そしていざカフェについてからも無言。

 

 そうした過程を経た結果、こうして今現在の退屈な時間を過ごしているわけだ。

 

 口に放り込んだビスケットからは噛むたびに、サクサクとした生地から豊かなミルクの香りと、ほのかな甘さが舌を打つ。さすが牛系モンスターの多いフロアだ、一層で借りてた宿でも牛乳は飲めたが、この風味の前では話にならない。

 

 つい頬が緩んでしまう。テーブルを挟んだ向かいに座る少女もホクホクした様子でビスケットを食べている。どうやらカフェに来たのは失敗という訳ではなかったようだ。

 

 ここに来る前の俺だったら大袈裟だと言ったと思う。確かに現実世界ではこれくらいのものは普通に買えるだろう。しかし、アインクラッドではそうはいかない。ここの食事情はとにかく酷い、一層で俺たちが食べた黒パンがいい例だろう。

 

 アインクラッド下層の食品は大半が品質が悪く、味も良くない。無論少し奮発すればそれなりのものは食べることもできるし、会議の時アルゴとカナの言っていたクエストをクリアすればいい食材も入手できる。

 

 だが、攻略に重きを置くトッププレイヤーとしては食に高い賃金や労力を割くぐらいなら、良い装備買ったり、レベリングや効率的なクエストに時間を使いたいのだ。

 

 その結果、食事は質素な物をとるしかなく。現に今俺たちが舌鼓を打っているビスケットもクルミなどが入った物は、プレーンの倍近い値段のとなっており、初見時には某紅茶の国のビスケットの税金を思いだしたほどだ。

 

 口の中に甘い余韻を堪能しつつ、ビスケットと一緒にセットで注文したミルクティーを一口飲む。だが食道を通る液体は俺の望んでいたものとは、だいぶかけ離れた物で思わず顔をしかめる。

 

 一言で表すなら不味い。贅沢は言える立場ではないし、下層の嗜好品が良いものではないことはわかっていた。わかってはいたが、これはあんまりだろう。

 

 この液体はミルクティー……いや、これは紅茶ではない、ミルクティーの色をした牛乳味のお湯だ。

 

 まず紅茶の味が薄い、匂いがしなければ本当に茶葉を使ったのか疑りたくなるほどだ。その上ミルクと紅茶の入れる順番を間違えたのか、ミルクティーにあるまじきトゲトゲしさがある。

 

 せっかく上がりかけていたテンションが、ジェットコースターのごとく急降下して行く。そういえば、この前露店で飲んだコーヒーもコーヒーとは名ばかりの酷い物だったことを思い出す。

 

 やはり質の良い嗜好品は上層に行かないとだめか。紅茶っぽいお湯に、席に備え付けの立方体に凝縮された黒砂糖を四つほどポイポイと入れながら、近い内に絶対料理スキルを取得することを、心の中で密かに誓った。

 

 「はぁ……やっぱりダメか」

 

 「アルト? どうかしたの?」

 

 ミルクの入ったコップを片手に持ったままの状態で尋ねてくる少女に、スプーンで紅茶もどきをかき混ぜながら応じる。

 

 「いや、アインクラッドの食事情に虚しさを覚えてな……」

 

 「うーん? よく解らないけど、元気出しなよ」

 

 不思議そうな表情でそう言うカナへ苦笑いを返し、カフェテラスの外へ視線を向けると、円形広場の方に何やら騒がしい一団とその直ぐ側に見慣れた二つの背中が見えた。

 

 丁度暇をしていたのだ、四日ぶりに見る戦友たちに話しかけるのもいいかも知れない。

 

 最後の一枚のビスケットを口に入れ、黒砂糖でドロドロになった紅茶を飲み干す。

 

 「よし、そろそろ店を出ようか」

 

 「えっ? カフェに入ってから、まだそんなに時間を経ってないと思うけど……」

 

 眉を八の字に曲げる彼女に、無言で広場の一団を指差し示す。

 

 「広場がどうかしたの……ってアスナたちだ! ちょっと待ってて、今これ全部飲むから!」

 

 そう言うとカナは両手でコップを持ち、残る牛乳を煽り、たった数秒でゴクゴクと飲み干してしまう。女の子なのだからもう少し気をつけるべきでは、と思うが焦らせたのは俺なので口には出さないでおく。

 

 「もう大丈夫だよ。早く二人のところに行こう!」

 

 子供っぽい笑みを浮かべ、テラスから駆け出すカナの後を小走りに追う。

 

 「とりゃー!」

 

 「ひゃああ!?」

 

 掛け声と共にカナが灰色のケープへ飛び付き、同時に声色に聞き覚えのある女性の悲鳴が上げる。

 

 「なっ!? カナちゃん!?」

 

 「アスナー久しぶり!」

 

 動揺の混じった声でこの一連を起こした張本人の名前を呼ぶアスナに、犯人(カナ)は笑顔で再開の言葉を述べる。

 

 「ええ、久しぶり……じゃなくて! 急に飛び付かれたらビックリするでしょ!」

 

 「あはは、ゴメンね!」

 

 切れのいい乗りツッコミを披露したアスナに、カナが反省の色Zeroの謝罪を返す。この光景を言い表すなら、イタズラ好きな妹とそれを叱る姉、だろうか。

 

 「もう! 本当に解ってるのかしら……まあいいわ、四日ぶりね。カナちゃん(・ ・ ・)、アルト()」 

 

 その呼び方に少しばかりむず痒さを覚える。カナとアスナはブレンドになって以降、まめに連絡を取り合っている。希にカナ経由で俺にも連絡が来ることあり、おかげで以前よりはアスナと会話ができるようにはなった。

 

 しかし、そのやり取りでアスナはずっと俺たちに君やちゃんをつけているのだ。敬称はいらないと一度言ったこともあるが、何やら譲れないものがあるらしく、それ以来ずっとこうなのだ。

 

 「よう、アルト。相変わらず元気そうだなカナは」

 

 「ああ、少し元気過ぎる気もするがな……」

 

 疲労感の込もったコメントに、キリトが苦笑を浮かべる。

 

 「ところで、この騒ぎは一体どうしたんだ?」

 

 いまだトークを繰り広げる女子二人組を他所に、騒ぎの原因を聞き出すべくキリトに問いかける。

 

 「ああ、どうやら鍛冶屋のプレイヤーが強化を四連続で失敗して、プラス4のアニールブレードをプラスゼロでエンドさせちゃったみたいでさ」

 

 「ふーん……で、持ち主の三本角が怒り狂ってる訳か……」

 

 視線の先で罵声を上げる三本角ヘルムの男と、困り顔で謝罪の言葉を並べる鍛冶屋を見て納得がいく。

 

 苦労してプラス4まで強化したものを台無しに、しかもやり直しの利かないエンド品にしたとなれば、怒るのも無理ないだろう。

 

 「まあ三本角君の気持ちも解るけど、こういうのは運だしな」

 

 「一回目の失敗で止めればいいのに、次こそはって熱くなるのが、こういうギャンブル系の恐ろしいところだよな……」

 

 更にSAOのようなRPGは、モンスターを倒せばお金が手に入るので、現実への賃金の負担が一切ないためストップが利かない。

 

 俺も他のRPGでカジノを見つけては、コイン交換の景品欲しさに挑戦し、何度泣きを見たことか。キリトも経験が有るのか深く頷いている。やはりRPG好きなら、カジノで大損は皆が通る道のようだ。

 

 過去の失敗談を男二人で話していると、唐突に罵声を上げていた男が沈黙した。見れば彼のツレらしき男性二人が三本角を宥めている。

 

 「まぁまぁ、落ち着けよリュフィオール。アニブレのクエならまた手伝ってやるから」

 

 「三人なら一週間程度で終わるし、今回は運が運が悪かったんだ、仕方ねえよ」

 

 三人で一週間は余りフォローに成っていない気もするが、三本角は友人の厚意に免じて怒りを納めることにしたらしい。

 

 「……ほんとにすみませんでした。もうウチを使うのはお嫌かもですけど……もし、次も依頼して頂けるなら、今度こそ、ほんとに頑張りますんで……」

 

 「いや……アンタのせいじゃねーよ。……俺も色々言って悪かったな」

 

 鍛冶屋の少年の謝罪に対し、三本角……リュフィオール氏はガックリと肩を落としながら言った。

 

 「あの、よろしければエンドしたアニールブレードを八千コルで買い取らせていただけませんか……こんなことじゃお詫びにならないと思いますけど……」

 

 鍛冶屋の言葉に周囲の野次馬たちが騒がしくなる。プラスゼロのエンド品アニブレを八千コル……お詫びとしては申し分ないどころか、破格の値段だろう。

 

 リュフィオールたち三人組はしばらくの間、その金額に口を開き固まっていたが、その後三人共も口を開けたままゆっくりと首を縦に動かした。

 

 

 カン、カンと鉄を槌で打つ音がリズミカルに刻まれる。例のアニブレの件から数分、群がっていた野次馬たちが方々に散った広場では少年鍛冶師が炉に火を焚き、武器の製造を開始し、黙々と槌を振っている。

 

 その様子を、円形広場の鍛冶屋とは反対側に設置してあるベンチから、俺たちはぼんやりと眺めていた。

 

 「……で?」

 

 「えっ? なに?」

 

 アスナの問に対して、キリトが気の抜けた声で答える。

 

 「なに? じゃないわよ。鍛冶屋さんに強化頼みに来たんでしょ? なら早くした方が良いんじゃないの?」

 

 「いや、しかしなあ……って、なんで解るんだ?」

 

 少し驚いた様子で質問をするキリトに、ケープの奥から少女のため息が響いた。

 

 「あなた二日前の夜、《マメロ》で会った時に《レッド・スポテッド・ビートル》を狩りに行くって言ってたから、片手剣の強化素材集めだろうと思ったのよ」

 

 「お……おお」

 

 キリトが先程より驚きを含んだ声を溢す。

 

 「……何よ、その反応は」

 

 その声に対し、アスナ不満そうだが、これは当然の反応だと思う。

 

 「四日前まで、ネームの表示箇所すら知らなかったやつが急にモンスター名やら素材知識出したんだ。キリトが驚くのも無理ないだろ」

 

 「その通りだけど……も、もちろん悪い意味じゃなぞ。俺、本当に感心したんだ」

 

 俺の言葉に同意を示したキリトが慌ててフォローを加える。

 

 「……最近いろいろと勉強してるから」

 

 と答えるアスナに、キリトはウキウキとした表情で頷いた。

 

 「そりゃ良かった。MMOじゃ、知識の有る無しでずいぶん違うからな。あっ! 知りたいことがあれば何時でも訊いてくれ、なんせ元テスターだ。十層までなら大抵のことは網羅して……」

 

 そこでキリトは唐突に話を句切り、アスナから顔を背けた。その表情は自分の行いを罰する様であり、苦しげに歪められている。大方、キリト(ビーター)が俺たちに関わるのは迷惑だ、とでも思ったのだろう。

 

 「ご……ごめん。みんな、ちょっと急用を」

 

 そんな三流芝居と共に立ち去ろうとする少年の肩を、アスナは人差し指を当て、その行動を却下する。

 

 「あなたの選択にわたしは何か言うつもりは無いわ。だけど、それならわたしの選択も尊重してよ。そもそもあなたと友……仲間だと思われるのが嫌なら最初から声掛けたりしないわよ。……でしょ? 二人共」

 

 そう言ってアスナは榛色の瞳をこちらへ向ける。

 

 「ああ、てか俺は最初から大体のビギナーと反りが会わないし、これ以上嫌われても、今と対して変わらねーよ」

 

 「私はキリトに恩が有るし、みんながいれば別に周りにどう思われても大丈夫だよ……ちょっと怖いけどね」

 

 それらの言葉にキリトは深くため息をつき、アスナに押さえられ浮きかけだった腰をベンチに下ろした。

 

 「……降参だよ。まったく……全部お見通しか」

 

 そう言って両手を上げぼやく少年に、アスナは小さく微笑んだ。

 

 「現実世界では女子高育ちですから、心理戦は得意分野よ。アバターの顔色読むのなんて簡単だわ」

 

 「お……お見逸れしました……」

 

 うわぁ……そんなスキルが必要になる学校なんて嫌だな。アスナは自慢気だが、キリトは若干引いている。俺もそこそこ人の顔を探るのは得意だが、アスナみたくヘドロの如くドロドロした環境に居た訳ではない。

 

 俺の場合は学校でのソロ充(ボッチ)生活を満喫する一環で、暇潰しにクラスの様子を観察してたら、いつの間にか出来るように成ってただけだしな。

 

 うん……ドロドロどころか、むしろカラカラだな! 別に悲しくなんてないよ、ソロ(ボッチ)は強いんだ。

 

 「……で?  あなたが強化を躊躇っている理由は教えてくれるのかしら? わたしも今日ここには剣の強化に来たのよね」

 

 アスナの質問にキリトは渋るように唸った。

 

 「うーん、アスナの武器、今+4だっけ? 自前で持ってる素材はどれくらいだ?」

 

 「えっと……《プランク・オブ・スチール》が四個、《ニードル・オブ・ウインドワプス》が十二個かな」

 

 自前の素材としてはかなり多い方だが、キリトはその数字に考え込む表情を見せた。

 

 「それでも成功率は八割程度ってとこか……」 

 

 「確率としては充分だと思うけど?」

 

 「そうなんだけどさ……アレを見た後だとちょっとな……」

 

 視線だけで鍛冶屋の方を示し、アスナもケープの奥からその方向を覗き、ずぐに二つの瞳を目の前で渋い顔を作るキリトに戻す。

 

 「コインの表が出る確率は、常に五十パーセントよ。さっきのことはわたしたちに影響ないでしょ?」

 

 「いや……そうだけど……」

 

 なんとも歯切れの悪い言葉を並べるキリトだが、気持ちは解る。アスナの言うことは理性的かつ、知性的なもので、むろん正しい解答だろう。しかし、そういうもので計りきれないことを想定するのが本能や直感といった不確定要素だ。

 

 もちろん理性はブレーキとして必要だ、だが、ギャンブルで警告を出すのは理性よりも本能だったりする。野生のカンとでもいうのだろうか、こういうのは結構当たる。無視すれば、ほぼ確実に痛い目を見ることになるが、真面目で理性を重んじるアスナはこれを言っても多分納得しないだろう。

 

 キリトはしばらく、ウン、ウンと唸っていだが、やがてわざとらしいくらい真剣な表情で呟いた。

 

 「なあ、アスナ。成功率八割より、九割のほうが良いよな」

 

 「……それはそうだけど、急になによ?」

 

 唐突な発言に対し、訝しげにケープの少女は尋ねるが、キリトはそのまま話を続ける。

 

 「九割より九割五分のほうが良いよな? なら妥協はいけない。ここまで集めたなら、もっと確実性を追求すべきじゃないか?」

 

 胡散臭い言葉にアスナは疑るようにキリトを見ていたが、ふと何か企むような表情を浮かべた。

 

 「確かにそうね、妥協は良くないわ。でも、口先だけって言うのも問題よね?」

 

 「……へ?」

 

 「あなたが提案したんだもの、もちろん手伝ってくれるわよね? 素材集め。あとウインドワプスの針はドロップ率八パーセントだからね、キリト君」

 

 状況を掴めていないキリトを無視し、アスナはまくし立てる。

 

 「そうと決まったら、早く行きましょう。暗くなる前に最低でも百匹は狩るわよ」

 

 「…………え?」

 

 「あと、さっきからずっと気になってたけど、そのバンダナは外してくれる? 正直、ぜんぜん似合ってないわ」

 

 鬼だ……鬼がここにいる。俺でさえ、あの青と黄色のシマシマカラーのバンダナには触れないようにしていたのに。

 

 最初に広場で会ったときから、頭にずいぶんとユニークな(ダサい)バンダナ巻いてるな、と思っていて触れないようにこっちは必死だったのに、ここで持ち出すのか……。

 

 キリト……頑張れよ。応援だけは、してるからな。

 

 「あっ、アルト。私達もアスナの手伝いするからね。前にメッセージで約束してたから」

 

 「…………はい?」 

 

 困惑の声を上げる俺に、強制参加を告げるカナの表情は、とても楽しそうであった。




 そういえば十八日のSAO映画公開から十日以上が経ちましたね。いやー面白かったな~映画のラスト見る限りじゃ、SAO三期も有りそうだし、今からアニメ放送が待ち遠しいですよ。 

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