ほんと進行が遅くてすいません……気長に「進むの遅せーなー」くらいの気持ちで見てくれると助かります。
静寂に包まれた空間に青の輝きを持つガラス片が舞う。先ほどまで青髪の騎士を形作っていたそれは、時が経つほど小さく崩れていき、最後には空気に溶けるように散っていく。
これがこの世界での
人の結末としてはなんと呆気ないことだろうか、もはやディアベルが
「何で……一層のボスが刀スキルを……」
カナが掠れた声で呟く、タルワールではなく刀。情報が間違っていた……。
――情報はSAOベータテスト時のものです。
今更になってその一文を、アルゴからの最大の警告を思い出す。何という失態だ。目に見えた勝機に浮かれ、それを忘れた結果が指揮官の喪失。愚か、と以外言いようがない。
そして最後の欠片が宙へと消え去り――
「う、うあああああ!!」
一人のプレイヤーの悲鳴が上がり、ボス部屋に木霊する。
戦場での指揮官の喪失、目前での明確な死の認識。勝機にていた者たちへ、二つの残酷な現実が叩きつけられる。
ある者は叫びを上げ逃げ惑い、また別の者は襲いかかるコボルトへ滅茶苦茶に刃を振るう。一人の死により、一瞬にして状況が逆転、阿鼻叫喚の地獄と化した。
悲鳴と金属音に混じり、ドサッという音が俺の耳に届く。
そこには呆然とした表情で、地獄と化した戦場を眺めるキバオウがいた。
「……何で……何でや……。ディアベルはん、リーダーのあんたが、何で最初に……」
「へたってる場合か!」
項垂れていたキバオウの左肩をキリトが掴み、強引に立ち上がらせる。
「な、なんやと?」
「E隊のリーダーはあんただろ、腑抜けてる場合か、仲間を死なせたいのか! 敵はまだいるんだ、そいつらの処理はあんたの仕事だ!」
キリトの叫びに、キバオウは眼光を鋭くする。
「ジブンはどうするや。お仲間連れて逃げるんか!?」
罵声を上げるキバオウに対してキリトはフッ、と笑いを漏らし、アニールブレードを構え直す。
「そんな訳あるか。あんたも言ってたろ?
その言葉を告げるとキリトは身を翻し、前線へと足を向ける。
「アルトたちは後方に留まって、前線が決壊したら直ぐに撤退してくれ」
キリトが俺たちへ指示を下すが、それは直ぐ様一人のレイピア使いによって拒否された。
「いいえ、わたしも行くわ。パートナーだから」
一切の反論は聞かないという様子で、彼女が答える。
「俺も拒否させて貰う。後方にいたところで、この状況じゃあ前線と生存率は対して変わらない。なら、ボスと戦ったほうがまだ勝機があるだろ?」
「私も……頼りないかも知れないけど、皆と行くよ」
俺とカナの言葉にキリトは短くため息をつき、頷いた。
「解った……死ぬなよ」
四人一斉に地を蹴り、部屋の中央でプレイヤーたちに猛威を振るうイルファングの元へ走り出す。
距離が縮まるにつれ、怒号と悲鳴が大きくなり、鼓膜を突く。プレイヤーたちのHPは危険域に入り、戦意を喪失している者までいる。これ以上、損害を出せば一分もしない内にレイドは崩壊し、ここにいる多くのプレイヤーが世界から退場することとなるだろう。
前線の状況を改めて確認したキリトは、表情に焦りが見え出した、かくいう俺も彼と変わらず、焦燥に駆られている。このパニック状態を早々に鎮め、的確な指示を出さなくてはならないのに、それが出来るディアベルは最早いない。俺たちが思考を張り巡らせていると――
黄金の輝きが視界に入った。キリトの隣を走るアスナが、あの赤色のフードを引き剥がしたのだ。
ボス部屋の松明の光を受け、栗色の美しい長髪が
その姿に狂乱の状態にあった、場が沈黙する。その隙を逃さんと刹那の間も無く、キリトが絶叫を上げる。
「全員、出口の方に十歩後退しろ! ボスは囲まれたなきゃ、範囲攻撃はしない!」
キリトが指示を告げると同時に、最前線のプレイヤーたちが一斉に後方へ走り、俺たちとすれ違う。逃げ去ろうとする獲物を追うため、イルファングもその巨体を動かし、俺たちと向かい合う。
「アスナ、アルト、手筈はさっきまでと同じだ! 俺とカナでヤツの攻撃を上げる!」
「了解! 行くぞアスナ!」
名前を呼ばれたレイピア使いの目に一瞬、驚きの色が生まれたが、すぐに落ち着き、コボルト王へ視線を合わせる。
「解った!」
視線の先ではコボルト王が左手を刀から放し、左の腰だめの構えを取ろうとしており、それを見たキリトが瞬時にソードスキルの発動させるため、右手に握る剣を左腰に構え、体を転倒するギリギリの所まで前方に倒す。
そのまま右足で地を蹴り、コボルト王へ走り出す。それと同時にキリトの体を薄青の光が包み、驚異的な速さでボスとの距離を縮めていく。確かあれは片手剣の基本突進系技、《レイジスパイク》。
キリトのソードスキルが発動するのとほぼ同じタイミングで、イルファングの持つ刀が緑色の光を放ち、黙視することもできぬ速さで振るわれた。
「ぐッ!……うオオッ!!」
コボルト王の刀とキリトの剣が交差し火花が上がった、。ボスの繰り出したソードスキルを片手剣で相殺するキリトは交差し時。一瞬苦しげな声を出したが、ボスを脅すかの如く叫び、二メートル以上ノックバックさせた。
そして、がら空きとなった巨体へ、キリトの後方でタイミングを狙っていたアスナと俺が迫る。
「セアアッ!!」
「ハッ!!」
コボルト王の右腹をアスナのリニアーが穿ち、その直後に反対側の左腹に俺が放ったアーマーピアースが襲撃する。
しかし、今の攻撃で減少したイルファングのHPはごくわずか。スキル後の硬直から解放されると同時にボスの間合いから飛び退く。
さすがにボスはそこらの雑魚とは違う。そう簡単に行きはしないか……。
ちらっと剣を構えボスを見る、盾役のいないアタッカーのみで構成された俺たちのパーティーは必然的に防御が薄い。先ほどディアベルを殺したような、連続攻撃系のスキルをもろに受ければ確実に死ぬだろう。
他の部隊は皆大きくHPが減少しており、今のところ支援は期待できない。彼らが復帰するまでの間、俺たちだけでこの場を凌がなくてはならない。しかも、敵の攻撃に一度も当たらず、かつスイッチのタイミングをミスすることなく、連続で繋げ続けなくてはいけない。
失敗すれば待つのは死……世界からの永久退場だ。思わず息を飲む。
かなり無謀なことだがやるしかない。どのみち、上へ行くにはコイツを倒さなくてはならないのだ。
イルファングが硬直から回復し、刀をバットを振りかぶるように構え、その姿勢のまま俺たちへ飛びかかる。
「セリャア!!」
片手剣突進技、《ソニック・リープ》を発動させたカナが凄まじい速さでコボルト王との距離を縮めていき、二つの刃か交差した。
ガキン! と金属同士の衝突音が部屋中に響き、ボスの持つ刀が弾かれる。
再び体制を崩したボスの懐へ瞬時に飛び込み、短剣の突属性スキル《サイド・バイト》を繰り出す。システムに設定されたアシストに自身の動きを重ねる。
自身の動きが加わり通常より速さも、威力も向上された剣技は右から左へボスの腹部を切り裂き、返す刃で二撃目をくらわせる。
「グルアアアッ!!」
攻撃を受けたイルファングが怒りの怒号を放ち、俺へ刀を降り下ろすが、その一撃を俺とボスの間に飛び込んできたキリトが弾く。
攻撃を防がれたイルファングが標的を俺からキリトへ変更し、攻撃を仕掛ける。金属の激突音が連続で鳴り響き、両者による剣閃の攻防が繰り返される。
そして十六回目の衝突、攻防の決着をつけるため両者が振るったソードスキルは交差することなく……青く輝く片手剣がむなしく空を切るだけだった。
「しまっ……!!」
という短い声と同時に、衝突を回避したコボルト王の刀が敵対者、キリトの体を切り上げる。
ボスの攻撃を受けたキリトの体は、蹴り上げられた空き缶のように軽々と吹き飛ぶ。進行方向にいたアスナが受け止めるが、衝撃により体制を崩してしまう。
更に追い討ちをかけるように、イルファングが今だ体制を立て直せない二人へ走り出す。俺とカナもキリトたちの元へ駆け出すが距離が遠すぎる。
視界の先でボスが刀を振り上げ、その刃が再びソードスキルの光を帯び、二人を――
「ぬ……おおおッ!!」
襲うことはなく、聞き覚えのある声色の雄叫びと、それと共に飛来した緑色のライトエフェクト……両手斧系ソードスキル、《ワール・ウインド》の介入により阻止された。
「あんたが回復するまで俺たちが支える!」
その正体は会議の場でガイドのことを言った人物、エギルだった。
「……あんた……すまん、頼む」
キリトの短い答えを聞くと、エギルが率いるB隊を中心に傷の浅かったものたちがイルファングへ前進していく。
「キリト! アスナ!」
カナの声にキリトが視線をこちらに向ける。
「大丈夫だ。けど……すまない、タイミングをミスった」
「いや、無事ならいい。かなり吹き飛ばされたからヒヤッとしたぞ……」
俺とキリトは短いやり取りを交わし、視線を前線へ向ける。そこではエギルたち、タンク役のプレイヤーがコボルト王と戦っており、そのうちの一人の攻撃を受け、ボスHPゲージ、最後の一本が赤く変化する。
それに影響され緊張の糸が緩んだのか、ボスと戦うプレイヤーの一人が足をもつれさせ、イルファングの真後ろに足をついてしまう。
「ッ! 危ない!!」
キリトが叫び駆け出すが、間に合わず囲まれたことによりボスが範囲技、ディアベルのC隊に使ったものと同じソードスキルの構えを取る。
赤色の巨体が大きく飛び上がり、空中で体を限界までの引き絞っていく。
それを見たキリトは剣を背中に持っていく、途端に黄緑色の光が剣を包み込むと同時にキリトは宙高く飛び上がった。
「届けェ――ッ!!」
絶叫と共にコボルト王の左腰を剣先が捉え、ボスはスキルを発動することなく地面へ叩き落とされる。先ほどカナも使用した技ソニックリープ。この技は攻撃の軌道を上方に変更することも出来る。
「ぐるぁ!?」
硬い床に激突したボスが苦しげに叫ぶ。
「アスナ、二人とも! 最後の攻撃行くぞ!!」
キリトの指示に全員が了解!! と答え、ボスの落下地点へダッシュする。
転倒から回復したイルファングがソードスキルを発動させるがキリトが弾き、アスナがリニアーを打ち込む。ボスが怒りの咆哮を放ち刀を振るうが、今度はカナに打ち上げられる。
大きくノックバックしたイルファングの体躯へ、アシストと完全にシンクロした全力のアーマーピアースを叩き込む。
しかし、イルファングのHPはわずか一ドット残る。獣人王が怒号を上げ、刀を振るうがそれよりも先に黒髪の剣士が動いた。
「う……おおおおおッ!!」
ボスの体を斜めに斬り、そこから一気に切り上げる。片手剣二連撃技、《バーチカル・アーク》、それはV字の軌跡を作り、コボルト王の巨躯を宙へと打ち上げる。
打ち上げられたコボルト王は高々と吼え、その体は無数のガラス片となり砕け散った。
ボスが消滅によって、部屋に残っていたセンチネルたちも連動して四散していき、刹那の間静寂が訪れる。俺やカナ、アスナやエギルたち他のプレイヤー、ボスに止めをさしたキリトでさえ、剣を振りかぶった姿勢のまま動かない。
やがて視界に複数のメッセージが表示される。獲得経験値、コルの分配、獲得アイテム。それらの語群を見たプレイヤーたちが確認し――
「や……やったァー!」
声を上げたものを中心に歓声が広がる。大声で叫ぶ者、仲間と肩を組み笑う者、皆一様にボス討伐の喜びに浸っている。
しばらくすると、歓喜に沸き立つ集団から近づいてくる者がいた。ワールウインドによってキリトとアスナを救った人物、エギルだ。
「コングラチュレーション、この勝利はあんたのものだ」
流暢な英語を披露した彼は、称賛の言葉と共にキリトへ右拳を突き出した。
そしてキリトも右手を上げ拳を突き返そうとした、その時。
「なんでだよ!!」
歓声の中から、唐突に叫び声が上がった。騒がしかった場が一瞬のうちに静寂へと変わる。
俺たちを含め、全てのプレイヤーが声の出所へ視線を向ける。そこには軽鎧を纏ったシミター使いの男性が悲痛な表情で立っていた。
「なんで、ディアベルさんを見殺しにしたんだ!!」
その言葉を聞き思い出す。憎しみと怒りの色を宿した双眸をキリトに向けるこの男は、今は亡き第一層攻略会議のリーダーにして、C隊の隊長、騎士ディアベルの仲間の一人だ。会議でチラリと顔を見たのを覚えている。
彼の周りにはC隊の残りメンバーもおり、皆顔を歪めシミター使いと同じ感情に染まった瞳で、こちらを射ぬかんばかりに見据えている。
「見殺しだと……?」
「そうだろうが!! だってソイツはボスの使った技を知ってたじゃないか!! 最初からその情報を教えていれば、ディアベルさんが死ぬことはなかったんだ!!」
俺の呟きに対し、濁流のように吐き出される言葉を聞き、他の者のたちも騒ぎ始める。
「オレ……知ってる!! こいつは元テスターだ! だからボスの技も、旨いクエや狩り場とか、知ってるんだ!!」
そう叫んだのもはやお馴染みのキバオウ……ではなく。突如E隊から出てきた、ノイズ混じりのキイキイとうるさい声で喋る、痩せ気味の男だった。
キリトが刀のスキルを知っていた時点で、元テスターだと、皆予想していたため、男の言葉に驚く者はいなかったが、場の空気は更に悪くなる。
「でも、ガイドには情報はベータ時のものだって書いてあったぞ? 彼が元テスターだとしても知識はガイドと同じだろ?」
ノイズ男の発言に冷静に答えたのは、エギルと共にタンクを務めたメイス使いの男だった。彼の言葉を聞きノイズ男は押し黙るが、それに変わり再びシミター使いが声を発した。
「じゃあ、あのガイドが嘘だったんだ。アルゴって情報屋が偽の情報を売ったんだ。あいつも元テスターだ。タダで情報を売るはずなかったんだ」
なっ!? ここでアルゴに罪を着せるのか!? それは余り馬鹿げている。彼女の情報がなければ今ごろは全滅……いや、攻略すらできなかったかもしれないと言うのに。
「アルゴ……」
不安そうに親友の名前を呼ぶカナ、このままではテスターとビギナーの溝は完全に戻れなくなる。
「おい、お前……」
「あなたね……」
俺が焦燥に駈られているのを他所に、エギルとアスナが口を開いたが、それは一人の人物によって遮られた。
先ほどから沈黙を貫いていたキリトだ。うつ向き気味に二人の前へ出ると彼はゆっくりと顔を上げていく。
顔を上げる時、一瞬のだけ下を向くキリトの顔が視界に入った。怯えを含みながらも決意を固めた表情、それを見た瞬間、俺は彼が何をしようとしているか解ってしまった。
キリトはふてぶてしい表情でシミター使いを一瞥し、更に一歩前に出ると感情の感じられない、無機質な声で語った。
「元ベータテスターだって? 俺をあんな素人連中と一緒にしないでもらいたいな」
「な……なんだと?」
シミター使いはキリトが何を言っているか理解できず、困惑の声を上げる。
「ベータテストに受かった千人のうち、ほとんどはレベリングのやり方も知らない素人だったよ。今のあんたらのほうがまだマシさ」
ビギナー、テスター、双方に対する侮蔑の言葉をいい放つ剣士に、プレイヤーが沈黙する。おそらく彼が今からやることは――
「俺はあんな奴らとは違う」
彼にとって最良であり、最も苦しいことだろう。
「俺はベータテスト中に、他の誰も到達できなかった層まで登った。ボスの刀スキルを知ってたのは、ずっと上の層で刀を使う敵と散々戦ったからだ。他にも色々知ってるぜ、情報屋なんか問題にならないくらいな」
冷笑を浮かべ、まるで全てを嘲るかのように、彼はプレイヤーたちに言い放つ。
「なんだよ、それ……もうチートだろ、チーターだろそんなの!」
様々な所から、罵声が弾丸の如くキリトへ向けられる。チーターだ、ベータのチーターだ、そのような声が混じりのやがて《ビーター》という一つの言葉が出来上がる。
「ビーター……いいなそれ……そうだ、俺はビーターだ。これからは、元テスター如きと一緒にしないでくれ」
ニヤリと笑う彼はその言葉と共に黒色のコートを見に纏った。これで彼は、全プレイヤーから恨まれる
「二層の転移門は、
そう言うと、コートを翻し、キリトは二層へ続く螺旋階段へ歩いて行った。
階段を上がるキリトの姿が完全に見えなくなってからも、しばらく場は静寂に包まれいた。
しばらくの間、キリトの消えた階段を眺めていたプレイヤーたちのなかで、一番最初に動きを見せたのはカナだった。何か決意をした表情で階段へと歩き出す少女の後を慌てて追いかける。
「おい、カナ……」
呼びかけるが、一切の反応をせず階段を上がる足を進めていく。仕方なく俺も黙って足を動かす。
延々と続くように思えた螺旋を進んでいくと階段の先に扉が現れた。カナは迷うことなくその扉に手をかける。
開かれた扉の先には絶景が広がったいた。どうやらここは、断崖に建てたられたテラスになっているらしい。その景色を見渡しているとテラスの端に腰かける黒が見えた。
その黒を見つけたカナは景色に目もくれず、彼へ近づいて行く。彼のほうも足音に気がつき困り気味の表情をこちらへ向けた。
「二人とも……すまないな。パーティー組んで貰ったのに勝手な真似して」
「別にいいよ……むしろ、お礼を言わせて」
カナの唐突の発言に驚きの声を上げたのは、キリトではなく俺だった。
「なっ!? カナ!」
「大丈夫だよ、アルト。キリト、キミのおかげで助かりました。ベータテスターを代表してお礼を言わせて下さい……本当にありがとう」
それを聞き、キリトは少し意外そうな表情で答えた。
「カナがテスターだったのか……てっきりアルトのほうがテスターかと思ってたけど」
「カモフラージュさ。男の俺をテスターのだと思わせたほうが、バレた時に女のカナより、ビギナーたちから手を出されないからな」
キリトの疑問に俺が答える。これはカナには伝えていないからな。
「そういうことか。でもビーターの件は俺が勝手にやったことだ。お礼は要らないよ」
「うん、わかってる。さっきのは私が言いたかっただけ、本当にお礼を言いたいのは別にあるの」
キリトげ首をわずかに傾げ、カナの顔を見る。俺もその様子を見守る。
「私の友達を助けてくれてありがとう」
「友達? なんのことだ?」
キリトが困惑気味にカナに尋ねる。まあ、突然友達と言われても通じないだろう。
「情報屋のアルゴは私のベータ時の友人なの」
キリトの問いにカナは短く説明を返す。アルゴとカナが知り合いなのがかなり意外だったのか、彼はカナがテスターだと知った時よりも驚いた声で呟いた。
「アルゴに同姓のゲーム友達がいたのか!?」
嘘だろ! という風にキリトが叫ぶが、彼は忘れている、この場にそのアルゴの友人いることを、そしてその人物は女子であることを……。
「むっ! それって結構失礼じゃないかな、後でアルゴに教えて上げなくちゃね」
「ちょっ!? それは勘弁してくれ、後が怖い!」
「ぷっ……ハハハッ」
女子と言うのは
「笑ってるけど、アルトもだよ。さっきのカモフラージュのこと、後で詳しく聞かせてもらうからね」
マジですか……。本日二回目のいい笑顔のカナに無言で頷く。これはお話しならぬ、お話死では……やだなぁ。
「なにやってるのよ……あなたたちは」
俺たち男子二人が死亡フラグを見事に回収していると、聞き覚えのある声が背後から上がった。
「……来るな、っていたのに」
その声にキリトが真剣な表情に戻り、小さく呟く。
「言ってないわ。死ぬ覚悟があるなら来い、って言ったわ。それにそっちの二人だっているじゃない」
「そうだな、ゴメン」
アスナはキリトの隣に腰を下ろし、眼前の景色を眺め「綺麗」とため息混じりに呟いた。
「エギルさんと、キバオウから伝言。エギルさんは『二層のボスも一緒にやろう』って。キバオウは……」
そこでアスナ一度、話を区切り、小さく咳払いをする。
「……『今日は助けてもろたけど、ジブンのことはやっぱり認められん。わいは、わいのやり方でクリアを目指す』だって」
キバオウは自分なりに行動することを選んだのか。まあ変に絡んで来なければ、俺たちには関係ないか、それよりも気になるのは……。
「関西弁、下手だな」
「うるさいわよ! はぁ……あなたにも二人から伝言があるわ」
アスナが言ったことに少し驚く、まさか俺の分まであるとは。
「エギルさんからは『いい連携だった、今度嬢ちゃんも入れて俺たちと組まないか?』だって」
やはりエギルは気のいい人物だ。機会があればお言葉に甘えさせてもらおう。で……問題はキバオウの伝言だが。
「キバオウからは『アンタとは反りが合わん。攻略では協力したるけど、それ以外での馴れ合いは御免や』だそうよ」
言われずともそのつもりだ。誰が好き好んでサボテンと仲良くしたがるものか! そして、やはり気になるが……
「本当っ、似てないな関西弁」
「それはもういいでしょ! ほっときなさい!」
アスナは顔を真っ赤にして怒るが、ずくになため息をつき冷静さを取り戻すと、今度はカナに視線を向けた。
「会議の時のボスを倒したらっていうアレ……約束通り、なってあげる……」
アスナがそっぽを向いたままカナへ話す。会議の時、というと二人で話していた時のことだろうか?
「アレ、ってなんだっけ?」
「はぁ!? まさか忘れたの? 友達になるってやつよ、あなたが言ったんでしょ!」
カナのなんだっけ? という発言にアスナが怒り気味にに叫ぶが、その様子を見て、突如カナが腹を抱えて笑いだした。
「あはは……嘘だよ、嘘。忘れてる訳ないじゃん!」
「なっ! からかったのね!? はぁ……約束する相手間違ったかも」
そんなやり取りの後で、彼女たちはフレンド申請を行ったのだが、嬉しそうなカナに比べ、アスナの表情はどっと疲れたように感じられた。
「もうっ……話すだけでなんでこんなに疲れなきゃいけないのよ……」
不満そうにそう呟いた後、小さく咳払いを一つして、テラスの外へ視線を向けながら続けた。
「あと、これは私からの伝言」
「は……はい?」
アスナの呟きに、キリトがつまりながらも応じる。
「名前…ボスと戦ってる時、私の名前呼んだでしょ。私、自分の名前はいってないはずよ」
その言葉な俺とキリトが同時に、「はあ!?」と叫び、カナは再び腹を抱えて笑いだした。
「このへんに、自分の以外に追加でHPゲージが見えるだろ?」
「え……?」
キリトの話を聞き、アスナは顔ごと彼の指が示す方を見る。
「顔は動かさないで、眼だけをむけるんだ」
キリトの指示に、アスナの瞳がぎこちない動きで文字列へ向けられる。
「キリト……本当だ。あなたの名前があるわ」
「だろ?」
キリトがそう言うと、あの終始仏頂面のアスナがクスクスクスと笑いだしたのだ。
「なぁんだ……こんなところに、ずっと書いてあったのね」
囁くような声でアスナは言ったが、何かに気づいた表情で、今だに小さな声で笑っているカナをジロリと睨む。
「カナ……あなたさっきから笑ってるけど、わたしが名前の場所知らないの解ってたわね? 解ってて黙ってたのね?」
「えっ……なんのことかなー」
アスナから視線を反らし白々しく答えるカナ。さすがに我慢の限界が来たのだろう、アスナは明後日の方向を見るカナの頬を、HPが減少しないギリギリの強さでつねったのだ。
「ごめんなひゃい! 出来心だったんです。許してくらふぁい! ああ! 足が、足がもう!」
釣り針にかかった魚のように、頬を持ち上げられるカナは、アスナが頬をつねる手を高くして行くごとに爪先立ちになり、足をプルプルと震わせながら語尾のおかしい謝罪を繰り返す。
アスナはそれを聞き満足したのか頬をから手を離し、「ふんッ!」と顔を背け、一本釣り状態から解放されたカナは「アスナ……怖い」と呟いている。
そのような茶番を繰り広げたアスナは、本日何度目かのため息をつき、静かに囁いた。
「ほんとは、お礼を言うためについて来たの……あなたち二人に、キリト、カナ」
「クリームパンと風呂のことか?」
「違うわよ! ……やっぱり、それもかしら? というか、二人の前で言わないでよ!」
キリトの発言により二人にしか解らない会話へ脱線しかけるが、咳払いをしてアスナが話を続ける。
「いろんなことのお礼。カナ、あなたの言う通りね、結果はやってみなきゃ解らない、確かにそうだったわ。そして……」
わずかな間を置き、アスナがキリトの顔を見る。
「キリト、あなたのお陰でわたし、この世界で、初めて目指したいもの、追いかけたいものを見つけたの」
「へぇ……何?」
キリトが興味深そうに聞くと、アスナはほんの一瞬微笑み――
「内緒」
と言い、キリトと向かい合う。
「わたし、頑張ってみる。生き残って、強くなる。目指す場所に行けるように」
「ああ、君は強くなれる。だから……もしいつか、誰か信頼できる人にギルドに誘われたら、断るなよ。ソロには絶対的な限界があるから……」
場を静寂が包む。キリトはその限界がある道をこれから進んでいくのだ、終わりの見えている道を行かなくてはならない事実は、余りに重すぎる。
しばらくの間、二人は向かい合っていたが、アスナがふう、と息を吐き、くるりと身を返し扉へ体を向ける。
「わたし、そろそろ行くわ。キリト……あなたが歩いて来た道、そしてこれから独りで行く処へも……わたし、いつか……」
その囁きは最後まで続くことなく、沈黙へと変わり、少しの間を置いて、穏やかな色の挨拶が耳に届く。
「キリト……アルトにカナも、じゃあ、またね」
アスナは振り返ることなく階段へ続く扉を開き、ばたん、という音をたて閉めた。
「俺たちも一度、トールバーナに戻るよ」
「そうか、わかった。有効化はさっき言った通り、俺がしておくよ」
そう言って身を返し、扉に手をかけるが、それを開こうとする右手を止める。突然のことに驚いた様子のカナをよそに、静かな声で呟く。
「キリト……今回のおまえと組んだパーティー、かなり良かったぜ。だから……今度もまた一緒にやろう」
「ッ! ああ……今度はもっと、色々レクチャーしてやるよ」
振り返ることなくその言葉を聞き、扉に押し当てた右手に力を込め、扉を開き、螺旋階段へ足を踏み入れる。
扉が閉まる完全に閉まる瞬間、わずかにテラスへ眼を向けると、星のない夜空ように黒いコートを纏った剣士は、静かに、穏やかな表情で微笑んでいた。
ちなみにこの後、いい雰囲気によって、カモフラージュの件をすっかりと忘れていた俺は、トールバーナの宿に帰ってから、カナに二時間ほど正座でお話死された。
オーディナルスケールもうじき公開されますね。皆さんは観に行かれますか? 自分は公開初日に行きます! CMやPVを見ただけで、もうアドレナリンドバドバでヤバいスっよ!
それに三期もあるとか噂だし、SAOは当分続きそうですね!
では、また次の投稿でお会いしましょう!