では、十二話どうぞ。
「ヴグルゥォォォォォ――!!」
放たれた咆哮が空気を震わせ、赤色の巨体がぐらつく。
三本目のゲージが削りとられ、イルファングのHPは最後のゲージに突入した。ボスとの戦闘は驚くほど順調に進み、死者どころかHPが赤の危険域に入る者すら現時点で出ておらず、プレイヤーたちは勝利を確信し、歓声を上げる。
だが、残念ながら俺がその歓声に参加することは叶わなかった。眼前に立つ人物、キバオウのせいで。
戦闘開始から数十分たった頃、唐突にコイツは絡んできた。キバオウ最初、キリトに対して難癖をつけていたが、俺の側にいたカナを視界に捕らえると、身を翻し、此方へ足を進めた。
背後にカナを匿う俺には目も合わせず、キバオウはカナを視界に入れたまま言葉を吐き出す。
「フン……ええご身分やな。周りを戦えるもんで囲って、ジブンは安全な所に避難ちゅうわけか」
キバオウの双眼が、忌々しげにカナを睨む。
「避難? 何を言っているんだ?」
「何や、やっぱり知らんかったんか、ええで、教えたる。」
訝しげに視線を送る俺に、奴は先程より敵意のある声で呟く。
「上手く騙した積もりやろうが、ワイは知っとるで、あんたの昔のことは調べがついとるんや。あんたがパーティー盾にして、レベリングしとったことも、あっちのベータ上がりみたく、
背後でカナが息を飲む音が聞こえ、それと同時に俺はキバオウへの警戒を強める。ここに来るときまでは奴の
つまり、奴はあの時まではカナの正体を知らなかったということ。
「知っている、と言っていたが、あんたさっきも俺たちに話しかけて来たよな。なら何であの時言わなかったんだ? それを言えば、レイドからテスターを追い出せたと思うんだが?」
依然、警戒は解かず、キバオウに尋ねる。俺の予想が合っていればおそらく――。
「あん時はまだ、ソイツがベータ上がりやと知らんかったんからな、ワイもさっき聞いたばかりや。危うく騙される所やったで、あん人が《鼠》から買ったちゅう情報通りや」
思った通り、やはり伝達者が存在したか……。
コイツの言うこと正しければ、伝達者は鼠のアルゴから情報を入手したことになる。だが、彼女とカナは親友同士だ、アルゴが情報を渡したとは思えない。
伝達者はたぶん元テスターだ。そしてカナとアルゴの関係を知らないことから考えるに、ベータ時に二人との付き合いはほぼ無い人物……ダメだ。情報が少なすぎる。これ以上の詮索は諦めよう。
それに、このままコイツを放って置く訳にもいかない。先ほどからカナが怯えている上に、キリトたちのこともある。問題が起きぬよう、穏便にお引き取り願おう。
「あー、キバオウさん。あんたの話はわかった。だが今はボス戦に集中しないか? テスターのことは戦闘が終わってからにすればいいだろ」
「……まあ、ええやろ。どうせ後できっちり詫びいれてもらうんやからな」
キバオウはそう吐き捨てると身を返し歩きだす。
何とか穏便に事を済ませられた安堵から、ため息を吐くのと、俺の耳がその声が届いたのはほぼ同時にだった。
「――ベータ上がりが、ビギナー連れてレクチャーの積もりかいな。今更遅いわ、
プツン、と糸を切るような音が脳内に響く。その音と共に、俺を押さえていた自制心の鎖は砕け散った。
「おい……待てよ。今の言葉、撤回しろ」
「何やと? ジブン、ワイらと同じビギナーのくせして裏切るんか、テスターの味方なんぞしおって!」
憤怒に顔を染めたキバオウに、侮蔑を含んだ笑みを向ける。
「裏切り? 最初からお前らの味方のつもりないんだけど。何勘違いしてんのさ」
「なっ、ソイツらテスターはビギナーを見捨ておったんやぞ! そんせいでどれだけ死んだかわかっとるんか!」
キバオウの怒号が鼓膜を震わせる。笑みを取り払い考える。確かにやつの言うことにも一理あるだろう、一介に間違いだとは言えない。だが――
「それがどうした。ビギナーたちが死んだのは、奴らがこの世界を甘く見ていたからだ。会議の時にもエギルさんに言われたろ、情報は合ったんだ、慢心さえしなきゃ十分生き残れたんだよ」
「ならジブンは、全部ワイらの自業自得とでも言うんか!」
怒りに目を染め上げ、キバオウが声を荒げる。その声を聞き届けた俺は、キバオウを見据えたまま、静かに呟いた。
「いや、確かにテスターたちも悪いさ。だけど、あんたがもし彼らと同じ立場なら、どうするんだ?」
その問いに、キバオウは歯を食い縛りしばらく俺を睨んでいたが、その目線は部屋中に響いた雄叫びにより、俺から音の発生源へと移る。
目線の先には体制を立て直したイルファングが絶叫しており、その周りに青白い光が生まれ、三体のセンチネルが出現する。キバオウは軽く舌打ちをした後、忌々しげに告げた。
「……あんたと話しとっても埒が明かん。雑魚一匹くれたるから、精々仲間ごっこしてろや」
言い終えると同時にキバオウは身を翻し、 フンと大きく鼻を鳴らした後、大きく足を踏み鳴らし、持ち場へ走り去っていく。
遠ざかって行く背中から振り返り、俺は背後でいまだ固まっているカナを連れ、少し離れた所でこちらを伺うキリトたちの元へ足を進めた。
「随分言い争ってたけど、大丈夫だったか? すまないな……まきこんで」
謝るキリトに、首を横に振り謝罪が不要だと告げる。
「気にするな。それより、今は早く敵を倒そう」
「……ああ、わかった」
それだけ言うと、キリトはこちらへ向かってくる、一体のセンチネルに剣を構えた。
横目に前線を見れば、骨斧と革盾を捨て湾刀を取り出したイルファングを、ディアベル率いるC隊六人が取り巻いている。
ガイドの情報によれば、奴が湾刀で繰り出すのは縦斬り系統のスキルばかりで、その対処は広範囲攻撃のできる、骨斧よりも容易い。敵はバーサク状態ではあるが、ディアベル指揮能力にかかれば、それも問題ではないだろう。
「スイッチ!」
キリトの叫びによって、意識が思考の底から浮上する。彼の放った《スラント》により、斧を弾かれ、無防備となった獣人の喉笛を、寸分たがわず突き穿つ。
苦しげにもがく衛兵から短剣を引き抜き、背後より迫っていたレイピア使いと入れ替わる。
その光景から、左に視線を移し、再び俺は前線の様子を伺う。視線の先では、イルファングを取り囲むC隊の者たちが、順調にボスのHPを削っていた
「みんな、あと少しだ! このまま一気に決めるぞ!!」
ディアベルが叫び、獣人の王へ刃を下さんと、プレイヤーたちが飛びかかった時、ボスの持つ
「だ……だめだ、下がれ!! 全力で後ろに跳べ――ッ!!」
唐突に飛び出したキリトの叫び声は、C隊の者たちに届くことなく、ボスの放ったソードスキルの効果音に塗りつぶされた。
赤色の巨躯が垂直に跳び、そのまま宙で体を捻る。回転の遠心力が加わり、驚異的な速度で迫る凶刃が深紅の光を帯びていく。
そして放たれる蹂躙の一撃、六つの体躯から鮮血が如き粒子が舞い上がる。視界に移るC隊のHP平均ゲージが、緑から目を突くような黄色に変化する。
六人の頭上には黄色い光が浮かび上がっており、スタン状態に、陥っていることを掲示している。
先程までの勝利を確信していた状況が、一瞬の内に崩壊したことにより、誰もが反応できずにいた。その隙にイルファングがスキルの硬直より解放される。
ようやく脳が状況を理解し、皆がC隊の元へ駆け出すが、最早手遅れだ。
イルファングの持つ、武器が再び光を纏い、床を滑るように切り上げられる。その一閃に捕らわれたのは、スタンで動けずにいたディアベルだった。赤い弧状の軌跡が走り、ディアベルの体が打ち上げられる。
イルファングはそこから更に、攻撃を続ける。刀身が先のものと同じく赤色に輝く。宙でもがく騎士に殺意の刃が降り下ろされた。
騎士の体を上、下と連撃が襲い。更にそこへ強烈な突きが放たれ、ディアベルの体が大きく吹き飛び、俺たちの近くの、石畳の床に激突した。
それとほぼ同時に俺たちは落下地点へ走り出した。
「ディアベル!!」
キリトがディアベルを抱え、ポーションを飲ませようとするが、ディアベルはわずかに首を横に降り受け取らない。
髪と同じ碧眼がキリトを視界に写し、唇を震わせ静かに、しかし強い意思の籠った声が俺たちの耳に届いた。
「頼む……キリトさん。ボスを」
――倒してくれ。
その言葉を最後に、この世界で最初にボス攻略指揮官となった男、
テレビの方だと、ディアベルが元ベータテスターだってことは余り取り上げられてませんよね。結構重要な部分なのに、キバオウも同じだし。
まあ、そんなことよりアルゴ、アルゴは結構ヒロインしてるのに、アニメでは出番一話のみ。アルゴ結構好きなんであれは残念でした……
何が言いたいかと言うと、ホロフラ最高! 久しぶりにプレイしたけどやっぱり楽しい。
これが完結したらホロフラの話を出すかもしれません。遅い投稿ですが長い目で見守ってください。