NARUTO筋肉伝   作:クロム・ウェルハーツ

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体幹トレーニング(忍式)

 タズナの家に着いた一行は思い思いの場所に腰を下ろしていた。

 海の上に建てられたような家は、多くの場所が木材で出来ており木の匂いがする家全体の雰囲気は落ち着いたものだ。

 

「粗茶でゴメンね」

「いえ、ありがとうございます」

「熱いから気をつけてね」

 

 声を掛け、サクラの近くへとお茶が入った湯呑を置く黒髪の女性。

 彼女の名はツナミ。タズナの娘である。タズナ譲りの勝気そうな眉をした彼女ではあるが、見た目に反して優しい女性である。

 

 ツナミから湯呑を受け取ったサクラの横で、疲れを拭きとるようにタズナは額の汗を拭う。

 

「ガトーの手先の忍者を何人も倒したんじゃ。お陰でもうしばらくは安全じゃろう!」

 

 タズナに頷いたサクラだったが、気になる事があったのか顎に手を当てる。

 

「それにしても、さっきのお面の子って何者なのかな?」

「アレは霧隠れの暗部、追い忍の特殊部隊が付ける面だ。彼らは通称、死体処理班とも呼ばれ、死体をまるで消すかの如く処理することで、その忍者が生きた痕跡の一切を消すことを任務としている」

 

 カカシはサクラの疑問に答える。

 いつの間に飲み干したのかカカシの湯呑は既に空になっていた。

 

「忍者の体はその忍の里で染みついた忍者の秘密やチャクラの性質、その体に用いた秘薬の成分など様々なものを語ってしまう。だから、追い忍が必要なんだ。里を捨て逃げた抜け忍を抹殺し、その死体を完全に消し去ることで、里の秘密が外部に漏れ出てしまうことをガードするスペシャリストという訳だ」

 

 表情も、声色でさえもカカシの心を読み取るには不十分だ。どこか遠くを見つめるようにカカシは静かに声を出した。

 

「音もなく匂いもない。それが忍者の最期だ」

「じゃあ、あの再不斬も死体バラバラにされて消されちゃうの? こわぁ~」

 

 体を自身の両腕で抱き締めるサクラ。そんな彼女に特に声を掛けることもなくカカシは自らの思考に没頭する。

 

 ──何だ? この言い知れぬ不安感は?

 

 サクラの言葉に違和感を覚えたカカシは口を噤んだままだった。

 

「あの少年は忍として完成された仕草だった。己もまだまだ精進が足りぬな」

 

 ナルトの言葉が妙に引っかかったカカシは更に深い所まで思考を落としていく。

 

 ──重大な何かを……何かを見落としている気がする。

 

 カカシは霧隠れの追い忍を見た時の自分とナルトとのやり取りを思い起こす。

 

 ///

 

「貴殿は何者だ?」

「安心しろ、ナルト。敵じゃないよ」

「殺気もなく、人を殺したのだぞ。それは鬼の如き所業だ」

「ま、信じられない気持ちも分かるが……これも事実だ。この世界にゃ、お前より年下で、オレより強いガキもいる」

 

 ///

 

 ──まさか……オレとしたことが見落としていた?

 

「なあ、ナルト」

 

 自分の考えを確かめなければならない。

 カカシは意を決してナルトに尋ねる。

 

「む? いかがされた?」

「追い忍が再不斬を殺した時、殺気はしなかったって言っていたよな」

「うむ。薄っすらとではあるが、気配は感じることが出来ていたのだが殺気は全く感じることができなかった」

「え、どーゆーことなの? カカシ先生」

 

 カカシの様子に不穏なものを覚えたのか、サクラも彼らの話に入る。

 

「……死体処理班ってのは殺した者の死体は、すぐ、その場で処理するものなんだ」

「それが何なの?」

「分からないか? あの仮面の少年は再不斬の死体をどう処理した?」

「持って帰ったけど……再不斬って忍を殺した証拠として必要だったんじゃないの?」

「いや、証拠なら首だけあれば事足りる。それに加えて、追い忍の少年が使った武器も臭い。千本を使った攻撃な上に殺気を感じられないとなると……」

 

 それまで沈黙を守ってきたサスケの顔色が変わった。

 

「まさか!?」

「あーあ、そのまさかだな」

「さっきからグチグチ何を言っとるんじゃお前たち?」

 

 只ならぬ雰囲気を感じたのだろう。タズナは拭ったばかりの額に水の玉を浮かばせながら尋ねる。

 カカシはタズナを一度見た後、重々しく口を開いた。

 

「おそらく、再不斬は生きてる!」

 

 一番早く声を上げたのはサクラだ。

 

「カカシ先生、再不斬が死んだのちゃんと確認したじゃない」

「確かに確認はした。が、あれはおそらく仮死状態にしただけだろう。あの追い忍が使った千本という武器は急所にでも当たらない限り、殺傷能力のかなり低い武器で、そもそも、ツボ治療などの医療にも用いられるものだ」

「あの男が……生きている?」

「ああ。あの少年は再不斬を殺しに来たのではなく助けに来たと取れないこともないからな」

「超考えすぎじゃないのか? 追い忍は抜け忍を狩るものなんじゃろ?」

「いえ、臭いと当たりを付けたのなら、出遅れる前に準備しておく。それも忍の鉄則。それに、ガトーの手下に、更に強力な忍がないとも限らない。だから……」

 

 カカシはナルトたち三人へと向き直った。

 

「……お前たちに修行を課す!」

「えっ? 修行って……。ナルトがパパッとやっつければいい話じゃない?」

「いや、サクラ。それは違う。拳を再不斬の腹に減り込ませて初めて分かった。再不斬は強い。己が攻撃していなければ激闘は必至であっただろう」

「けど、ナルトのパンチ一回で……そうよね、お腹に当たったら意識は間違いなく飛んじゃうのも納得ね」

 

 サクラは丸太のようなナルトの腕を見て合点がいったというように頷いた。

 

 サクラの様子を見たカカシは改めて説明する。

 再不斬は今回、ナルトの拳によって何も出来ずに退場させられた。だが、侮ることは出来ない忍だ。

 本来ならナルトたちよりも格上の相手。今のままでは天地が引っ繰り返っても白星を挙げることはできない。尤も、今回のように筋肉で以って再不斬の意表を突けば、その限りではないが。

 その上、再不斬ほどの男が同じ愚を犯すとは思えない。次に襲撃を行う時は完全に準備を整えてから来るだろう。

 

 カカシの言うことに納得したのか、神妙な顔付きでサクラとサスケは頷く。

 演習で自分たちを簡単に打ち負かしたカカシだ。彼の忍としても才覚を認めていた彼らは、カカシの言うことに無言で頷く。自分たちよりも修羅場を潜り抜けてきた上忍の言うことは信ずるに足るものがあった。

 だが、ナルトだけは別の表情を浮かべていた。

 

「しかし……また強敵と戦う機会に恵まれるかもしれぬとは」

「面白そうだな、ナルト」

「昂ることは否定できぬ」

「面白くなんかないよ」

 

 突如、全てを達観した声が響いた。ナルトたちは声の主へと視線を向ける。

 そこには、帽子を目深に被った少年が立っていた。年端もいかない少年。彼の目は暗く、子どもがしていいような目ではなかった。

 

「おお、イナリ! どこへ行ってたんじゃ」

「お帰り、じいちゃん」

 

 スタスタと家の中へと入ってきた少年は来客であるナルトたちが見えないというように振る舞う。それを見過ごせなかったのか、ツナミは少年、イナリへと声を荒げる。

 

「イナリ、ちゃんと挨拶なさい! おじいちゃんを護衛してくれた忍者さんたちだよ!」

「……」

 

 無言のイナリはナルトたちへと、やっと目を向けた。

 見定めるように彼らを見たイナリはポツリと呟く。

 

「母ちゃん、こいつら死ぬよ。……ガトーたちに刃向かって勝てる訳がないんだよ」

「いや、勝つ」

「……」

「己が見せよう。正義は負けぬということを。巨悪に立ち向かう正義の英雄がいるということを」

「フン……英雄(ヒーロー)なんてバッカみたい! そんなのいる訳ないじゃん!」

 

 吐き捨てたイナリは踵を返す。

 

「死にたくないなら早く帰った方がいいよ」

「どこへ行くんじゃ、イナリ?」

「部屋で海を眺めるよ」

 

 それだけ言い残し、イナリは部屋を出て行った。

 

「すまんのう……」

「いや、貴殿が謝る事ではない」

 

 ナルトはタズナへと首を振る。

 その類稀なナルトの鋭敏な感覚はイナリの感情をも察知していた。

 

 ──哀しみ……か。

 

 ナルトは何も言うことはなく、ただ拳を握り締めるのみだった。

 イナリのような小さな少年の心を踏み躙り、希望を持つことができないようにしてしまうガトーの支配。必ず打ち破らなければならないとナルトは一人、決意を固めるのであった。

 

 +++

 

「では、これから修行を始める」

「押忍!」

 

 カカシに連れられた三人はタズナの家からほど近い林の中へと移動していた。

 

「と、その前に、お前らの忍としての能力、チャクラについてだな。分かる人?」

「はい」

「それじゃ、サクラくん」

「身体エネルギーと精神エネルギーの2つで構成されるエネルギーのことです。忍術を使う時の燃料となる他にも身体強化などにも使われます」

「簡潔な説明ありがとう」

 

 胸を張るサクラに頷いたカカシは次いで、ナルトとサスケへと目を向ける。

 

「お前たちはまだチャクラを使いこなせていないってことは分かる?」

「術は使えている。使えないということはないだろ?」

「ああ、サスケの言う通りチャクラを使って忍術を発動すること自体は出来ている。だが、忍術には必要なチャクラの量、つまり調合が変わってくる。チャクラを多く使って無理矢理、術を発動している今のお前たちはチャクラを使いこなせているとは言えない」

「把握した」

 

 頷くナルト。そもそも、忍術を使うことは疎か、チャクラを練る事自体が苦手なナルトだ。カカシが提案する修行は渡りに船であった。

 

「そして、無駄なエネルギーを使うことは長時間戦えなくなってしまうことに直結する。一度練り上げたチャクラはスタミナに還元されることは基本的にないしな」

「つまり、今からする修行はチャクラコントロールの修行か?」

「そ! 命を張って体得しなきゃならないツラーイ修行」

「なっ……何をやるの?」

「ん? 木登り」

 

 サクラの目が細くなる。

 

「そんなことやって修行になんの?」

 

 例え、自らを導く上忍が提案する修行法であっても、流石に突飛過ぎる。サクラはカカシへの信頼よりも先に不信感が出てしまっていた。

 

「まぁ、話は最後まで聞け」

 

 サクラを宥めるカカシは両手を三人へと向ける。

 

「ただの木登りじゃない。手を使わないで登る」

「承知!」

 

 いつの間にサンダルを脱いだのだろうか?

 勇み足でナルトは傍の木に素足を乗せる。ミシリという音がして、木の幹にナルトの右足の指が食い込んだ。体が地面と平行のままナルトは左足を踏み出す。またも木の幹が悲鳴を上げ、ナルトの左足の指を受け止めさせられる。

 そして、もう一歩、ナルトが足を踏み出した瞬間、カカシからストップが掛けられた。

 

「ナルト、これはチャクラコントロールの修行だ。足の指の握力で木を掴んで登るっていうのは、チャクラコントロールじゃなくて体術の修行になる……多分」

 

 ──そもそも、足の指を鍛えてどうするのだというのだろうか?

 

 その答えをカカシは持っていなかった。

 そうであるから、カカシは話を戻すべくナルトに降りてくるように指示する。

 

「降りてこい。オレが手本を見せるから」

「承知……」

 

 張りのあるナルトの筋肉が少し萎んだように見えたのは気のせいだろうか。

 

「よく見てろ」

 

 カカシは彼らに分かるように印を組み、チャクラを練り上げる。

 微かな音がカカシの足元からした。チャクラを放出した音だ。

 足の裏からチャクラを出したカカシはそのチャクラを足の裏に留める。留めたチャクラを維持したまま、カカシは足を木の幹に付けた。チャクラにより木の幹へと吸着させた足を交互に動かすことで、木を垂直に登っていくカカシ。

 横に這う木の枝へと移動したカカシではあるが、その体は蝙蝠のように足を木の枝につけたまま逆さまになっていた。

 

「と、まあ、こんな感じだ」

 

 木の枝から逆さまにナルトたちを見上げながらカカシは説明を続ける。

 

「チャクラを足の裏に集めて木の幹に吸着させる。チャクラは上手く使えばこんなことも出来る」

「チャクラコントロールの修行になることは分かったけど、それで本当に強くなれるの?」

「サクラの疑問も尤もだな。……っと」

 

 チャクラを霧散させて、木の枝から足を離したカカシは体を回転させて地面に降り立った

 

「チャクラのコントロールが上手く出来たら、こんなこともできる」

 

 再び印を組んだカカシの体が何の前触れもなく、弾かれたように上に跳び上がった。

 

「今のは木に登ったのとは逆で、足の裏に集めたチャクラを地面と反発させることで跳び上がった訳だ」

「そっか。チャクラが持つ性質を変化させて移動させることが出来るようになるってことね」

「そう。それを応用することで瞬身の術の強化に繋がる。急制動は相手の意表を突ける最も簡単な動きだからな」

 

 カカシはクナイを取り出して三人に手渡す。

 

「そのクナイで今登れる位置に印をつけて目標にしたらいい。……ま! オレがごちゃごちゃ言っても仕方ない。体に覚えさせるしかない修行だから、後はがんばれ」

 

 カカシのエールを背に三人はそれぞれ木に向かっていく。

 が、極僅かな天にその才を愛された者以外は初めて行うことは失敗することが多い。ナルトとサスケの手を使わない木登りは初めてということもあってか失敗に終わった。

 しかし、三人の中で天に才能を愛された者がいた。下忍とは思えぬほどのチャクラコントロール。ゆっくりと木の幹を登る桜色。

 

「先生、できました!」

「サクラ、よくやった。今一番、チャクラコントロールが上手いのは、サクラみたいだな」

 

 カカシはチラとナルトとサスケを見る。

 両者ともあまり表情には出さないものの、忍として観察眼も非常に高いカカシは二人が悔しがっていることが手に取るように分かった。

 

 ──発破になれば、いいんだけどな。

 

 心配要らないか。ナルトとサスケが再びチャクラを練り上げる様子を見てカカシは笑顔を浮かべた。諦めない二人にいとも容易くチャクラコントロールを身に着けたサクラ。

 これは将来が楽しみだと感じたカカシは彼らがより高みに登るための手伝いをすることに何の躊躇もなかった。

 

「それじゃあ、次の修行だ」

 

 サクラへと目線を戻したカカシは次の修行法を伝えるべく口を開く。

 

「次の修行?」

「そう、次は水の上に立ってもらう。それが出来たら、重いものを持つことが出来るようにチャクラをコントロールした身体強化の修行だ」

「でも、サスケくんとナルトは?」

「まだ、木登りも出来てないから次のステップには進めさせられないな」

「ってことは私だけ?」

「ああ。がんばれ、サクラ」

 

 サクラは複雑な表情を浮かべる。褒められて嬉しい、だが、想い人であるサスケと離れるのは嫌だ。そのような葛藤があったが、カカシに背中を押されたサクラは泣く泣くその場を後にする。

 林の中に残されたナルトとサスケは黙々と木に登り続ける。

 

 そんな彼らを木陰から見つめる者がいた。イナリだ。

 ナルトとサスケが木に登り、そして、落ちる様子を憎々し気に見つめながらイナリは自分の隣にいた人物の顔を思い出していた。自分を助けてくれた憧れの人、そして、父として傍にいてくれた大切な人。

 もう失ってしまったその人の笑顔を脳裏から消すようにイナリはナルトとサスケに背を向ける。

 何の感情からくるのだろうか? いつの間にか握り締めていた拳の理由が彼には分らなかった。

 


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