話は少し前に戻る。
ナルトとサスケが病院の屋上で喧嘩をする前のことだ。
カカシの治療を終えた綱手と共にリーの病室に向かったナルト。
「分かりました、ナルトくん! ボクは大丈夫です! 君はシカマルくんのところへ向かってください」
「リーよ。感謝する」
ナイスガイなポーズで大丈夫だとアピールするリーに向かって、同様のポーズを決めたナルトが病室を出ていった後の話。
──こ……これは……!
リーの傷を診る綱手の顔が曇る。
「……どうなんです?」
無言の時間に耐えられなかったのだろう。リーの傍に控えるガイは強張った顔で綱手を促す。
「悪いことは言わない。お前、もう忍は辞めろ」
「!?」
リーは動かない、いや、動けない。
「ハハハ、綱手様。そんなボケは要らないですよ」
イヤイヤと首を何度も横に振るガイに、そして、動かないままのリーに向かって綱手は現実を突きつける。
それは、医者としての責任。患者に正確な事実を伝えなければならない、双方にとって過酷な責任だ。
「重要な神経系の周辺に多数の骨破片が深く潜り込んでる。とても忍としての任務をこなしていけるような状態じゃない。例え、手術をしたとしても……」
「リー! こいつは綱手様の偽物だ! え~い! 変化の術で化けたんだなぁ~! この性悪め! お前は一体、何者だぁあ!」
叫ぶガイを憐憫の感情で見つめる綱手の目。綱手にとって、ガイの気持ちは痛いほどに解っていた。
医者としての今までの経験。そして、大事な人を目の前で失った経験。
喪失はもう十分なほどに味わってきた。
そして、ガイの教え子に対する愛と、その教え子に道を閉ざせと言われる感情も、十二分に理解していた。
と、動かなかったリーが口を開いた。
「か……可能性はないのですか?」
リーからの質問に綱手は真摯に答える。
「私以外には無理な手術の上、時間がかかり過ぎる。それに、大きなリスクを伴う」
「それは何ですか?」
「手術が成功する確率は多分、良くて50%。失敗すれば死ぬ……!」
「!!」
「もし成功したとしても……長いリハビリ生活になるだろう」
「では、お願いします」
「……リー?」
綱手の答えに間髪入れずに、自らの答えを返したリー。ガイは呆けたように教え子の名前を呼ぶ。
だが、綱手は世界でも有数の医者である。捨て鉢になる患者に多く出会ってきた。それを窘めることも医療に携わる者の責務である。
「少し、考える時間をやる」
「要りません」
「このまま手術をしなければ死ぬリスクはない。不便な生活になるが、命が危なくなる訳じゃない。そのことは理解しているのか?」
「はい」
「それでも手術を受けると言うのか?」
「はい」
「……何故か聞いてもいいか?」
「ボクの“夢”は……あの日、ガイ先生に誓った夢は……」
リーは顔を上げる。その顔には一切の迷いはなかった。
「例え、忍術や幻術は使えなくても、“立派な忍者”に成れることを証明することです。そして、その時にガイ先生に教わったんです」
リーを見つめるガイの表情は驚きに包まれていた。
「努力と自分の力を信じる大切さを」
──リーよ。こんなに大きくなって……。
「ボクの夢は……忍道は、ここで終わるなんて信じられません。ボクの夢は、忍道には、まだ先があることをボクは信じています。だから、手術は成功します。それに……」
「……ナルトくん。アナタはボクの憧れだった。だからこそ、ボクはアナタと闘い、アナタに勝ちたい。だから、中忍試験本戦まで上がって来てください。ボクがアナタを倒すための舞台はそこが相応しい」
「約束があります。守れなかった約束を次は守るために、ボクは忍であることを諦める訳にはいきません」
「……」
覚悟を決め、決意を表明した若者の言を無視することができようか? いや、そのようなことはできない。
綱手は笑い、そして、リーの肩に優しく手を置いた。
「なら、約束だ」
「リーよ」
「ガイ?」
「努力を続けてきたお前の手術は必ず成功する! きっとお前の未来を呼び寄せることをオレも信じる! だが、もし、もし一兆分の一、失敗するようなことがあったら、オレが一緒に死んでやる!」
「そうだな、私も賭けてやる。手術が成功する方にな」
「え? でも、綱手様って賭けに滅茶苦茶弱いんじゃ……」
「ガイ。お前は知らんだろうが、私が弱い賭けは金を賭けるものだけだ。命を賭けたギャンブルでは、負けたことがないんだよ、私は」
「綱手様……」
ガイの肩を小突いた後、綱手は病室の扉に手をかけた。
「私に任せろ!」
「はい!」
「お願いします!」
深々と頭を下げる二人の期待、いや、希望を背に綱手はこれからの治療について考えを纏めていく。
手術を必ず成功させるために、少しのミスも許されない。
それは医者としての矜持だ。
「フッ……火影は大変だな」
そして、木ノ葉隠れの里のトップとしての矜持でもあった。
+++
一方、その頃。
砂隠れの里に新設された、ある部屋では異音が響いていた。
「496……497……」
「ひゃ……ひゃく……くぅ!」
「テマリ! 頑張れ! まだまだイケる! ……498ぃ!」
「499……500……」
呟かれる数字と共に、ガシャンガシャンと異音が立てられる。
「……カンクロウ」
「何だ?」
「何で、お前も頑張ってるんだよ。お前のレンジは中距離だろ?」
「我愛羅に負ける訳にはいかねーじゃん。兄として」
「我愛羅?」
「ん?」
「お前は何で、そんなに頑張ってるんだ?」
「……強くなりたいからだ。アイツ“ら”に負けないように、誇れるように。オレは強くなりたい」
我愛羅とカンクロウは、今まで使っていたチェストプレスからレッグカールに移動する。
そのままトレーニングを始めた弟たちを見て、テマリは溜め息を吐いた。
──どうして、こうなった?
遠く、木ノ葉で一人の物書きがくしゃみをしたが、それを知るものは本人以外、誰もいなかった。