NARUTO筋肉伝   作:クロム・ウェルハーツ

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サスケ奪還編
大事な人


 空を睨む。

 青い空に映るのは、敗北の記憶だ。

 

 ──君は本当に愚かだ。

 

 波の国での、白との戦い。

 

 ──死に物狂いで駆け上がっておいで。

 

 中忍試験での、大蛇丸との戦い。

 

 ──ダメだ。

 

 木ノ葉崩しでの、我愛羅との戦い。

 

 確かに、勝利したこともある。波の国に行く前の鬼兄弟との戦闘。中忍試験では、赤胴ヨロイとの戦闘。その他にも、格下相手には危ないところはなく、白星を上げ続けていた。

 だが、今のサスケには、その事実を受け入れる余裕は全くない。

 

 ──何故、弱いか……足りないからだ……。

 

 今のサスケにあるのは、敗北の記憶だけ。それだけが焼き付き、離れない。

 

 ──憎しみが。

 

 掛け布団に深い皺が寄る。サスケの手が握りしめているせいだ。

 

「……」

 

 それを見て、サスケの側に佇むサクラは何も言えなくなる。

 サクラはガイからサスケが倒れた顛末を聞いていた。そして、サスケの過去についても。

 

 サスケの実の兄であるイタチによる一族の虐殺。

 その生き残りであるサスケの気持ちを考えると、何も言えなくなってしまう。

 だからこそ、彼女は口を閉じるしかない。一歩でも踏み込み間違えたら、今までの関係が失われそうで……それがサクラは怖かった。

 

「サスケ、大事ないか?」

 

 突如、後ろから聞こえてきた声にサクラは弾かれたように振り向く。そこには既知の姿、ナルトのいつもと変わらない姿──全身緑色のタイツを着込んでいることを除き──があった。

 

「む? リンゴが落ちているな」

「そ、それは、私が落としちゃって……すぐに片付けるから」

「サクラよ。貴殿も疲れているだろう。己が後を片付ける。そして、サスケは己が診よう。貴殿には休むことも、また大切だ」

「わ、わかったから。すぐに……」

「ナルト……」

 

 サクラの言葉を遮った冷たい声。それはサスケの声だった。

 嫌な予感がサクラを襲う。先ほど感じた、今までの関係が失われそうな感覚が大きくなった。

 

「オレと今から……戦え!」

「断る」

「……」

「サスケよ。貴殿は病み上がりの身。心身ともに休息が必要だ。その挑戦は、また改めて受けよう」

「挑戦?」

 

 サスケはナルトの言葉を呟きながら、ベッドから降りる。

 

「誰が挑戦者(チャレンジャー)だ? 上から見下すな!」

 

 ナルトに近づくサスケの足が、サクラが丁寧に皮を剥き、食べやすいようにと小さく切ったリンゴを踏み潰す。サクラの顔が悲しみに包まれた。

 が、今のサスケにサクラを気に留める余裕はない。

 

「いいから戦え!!」

 

 サスケが見ているのはナルトだけだった。

 写輪眼を発動させながら、サスケはナルトに言い放つ。

 

「……」

 

 そして、サスケの焦りを一身に受けているナルトにも、サクラを省みる余裕はなかった。

 

 サスケは止まらない。

 そのことを理解したナルトは渋々ながら、ゆっくりと首を縦に振る。

 

「ついて来い」

 

 サスケと共に病室から出ていくナルト。二人の姿を見つめながら、サクラは唇を噛み締める。

 脳裏に過るのは、ある人物の顔。

 

 中忍試験で邂逅した冷酷な殺気。その持ち主である大蛇丸の顔だ。

 その顔と今のサスケの表情はどことなく似通っていた。

 

「ッ!」

 

 違う、とサクラは頭を振る。

 サスケは仲間を大切にする人。大蛇丸は仲間を大切にしない人。そこには大きな違いがある。似ているなんてこと、そんなことは、決してあり得ない。

 そう自分に言い聞かせ、サクラは顔を上げた。

 

 見届けなくてはならない。邪魔をしてはならない。

 

 きっと、これは一時的なもの。一度、感情をぶつければ、サスケも落ち着く。きっと、そうだ。

 

 再び、サクラは自分に言い聞かせ、サスケとナルトの後を追う。日常に戻れると信じながら。

 

 +++

 

 木ノ葉病院の屋上で向き合うサスケとナルト。

 

「サスケよ」

「何だ?」

 

 サスケは焦燥に駆られている。

 そのことを理解しているナルトはゆっくりとサスケに問う。

 

「今、闘うとして……何の意義がある?」

「そんなもの必要ない。いいからオレと闘え!」

「しかし、己の夢は火影。意義のない闘いを行うなど、皆の規範になるべき火影の行為とは到底、思えぬ」

「うるせぇ」

「サスケよ」

「うるせぇって言ってんだよ! このウスラトンカチが!」

 

 ビリビリとナルトの肌が粟立つ。

 確かな力を持った闘志だ。だが、荒く、そして、未熟。

 

 言い換えれば、安い挑発に過ぎない。

 だが、サスケが……“うちはサスケ”が……そのようなことをしているのを“うずまきナルト”は見過ごすことはできなかった。

 

「しからば……これは、ただの喧嘩となる。それで貴殿は満足か?」

「……ああ、満足だ」

「なれば……」

 

 ナルトは額当ての結び目に手を伸ばし、それを解く。

 

「お前……何を?」

「ただの喧嘩ならば、忍の証である額当てを着ける訳にはいかぬ」

「そうかよ」

 

 サスケは唇を噛み締め、ナルトを睨む。

 意義はない。誇りもない。ただの意味のない喧嘩だと、ナルトは言った。それが、サスケにとって気に食わなかった。

 まるで、自分が我儘なガキであると諭されているようで。そして、短絡的な自分に失望されているかのようで。

 それが、気に食わなかった。

 

「ラァ!」

 

 気がついた時にはサスケは跳んでいた。そして、ナルトの顔に向かって回し蹴りを放っていた。

 しかし、それは事も無げにナルトの右手に止められる。

 

 地面に着いた一瞬の隙で迎撃される。

 それを認識する前にサスケの体は勝手に動いていた。

 

 左足にチャクラを集中。その左足のチャクラでナルトの右手に吸着。

 

「オラァ!」

「む!?」

 

 左足を支点に回転させたサスケの右回し蹴りがナルトの顎に入った。

 

 苛立ち。

 

 ふらつくナルトの腹に向かって、掌底を繰り出そうとするサスケだったが、嫌な予感に教われ、視線を少し上に向ける。

 ナルトと目があった。

 

「チッ!」

 

 瞬時に回避行動を取るサスケであったが、ナルトの攻撃は始まっていた。

 

「うずまきナルト連弾」

 

 ──左! 

 

 後ろに下がるには間に合わない。サスケは身を捻ることでナルトの拳を避ける。が、うずまきナルト連弾は怒濤の連続攻撃。

 

 ──右! 

 

 サスケはチャクラを全身に籠め、身体強化を行い自らの速度を上げる。眼を見開き、ナルトの一挙手一投足を見極める。

 ダンスを舞い踊るかのように軽やかにナルトの連撃を躱すサスケ。

 

 苛立ち。

 

 ナルトの動きが緩んだ瞬間を見逃さず、サスケは後ろへと跳びながら印を組み上げる。

 

「火遁 豪火球の術!」

 

 サスケの口から吐き出された巨大な火の玉はナルトの体躯を飲み込まんばかりの大きさ。

 真正面から迫るサスケの火遁を前に、ナルトは拳を握りしめ、大きく身を捻る。

 

「フンッ!」

 

 旋風が火を掻き消した。いや、旋風と呼ぶには語弊がある。風遁の術をナルトが使った訳でもない。横で見守るサクラが風遁を使った訳でもない。

 それは、ただの拳圧。圧倒的な速度で繰り出した拳が大気を叩くことで、押し出された空気が弾となり、サスケの火遁を吹き飛ばした結果だ。

 

 苛立ち。

 

 サスケの苛立ちが更に募る。

 それは自分の攻撃がナルトの尽く防がれたから。それもあるだろう。

 

 だが、本質は違う。

 

 自分が繰り出した攻撃。

 その全てが、ナルトとかつて対峙した者の攻撃と似通っており、更に、ナルトの防ぎ方が先と同一だったこと。サスケの苛立ちはそれに起因する。

 

 一番始め。

 サスケがナルトの右手にチャクラで吸着し、二連撃を加えた攻撃。

 中忍試験 第三の試験 予選でサスケが見ていたキバとナルトの闘いと同じ。

 

 二番目。

 サスケがナルトのうずまきナルト連弾を躱したこと。

 中忍試験 第三の試験 本選でのネジとナルトの闘いの詳細をサスケは木ノ葉崩しが終わった後、サクラから聞いていた。それと同じ。

 

 そして、最後の豪火球の術。

 ナルトが拳でサスケの術を破ったこと。

 木ノ葉崩しで我愛羅の風遁をナルトが拳で破ったことと同じだった。

 

 敗北の記憶だ。

 自分が防ぐことで精一杯だった我愛羅の風遁 無限砂塵大突破を拳一つで破ったナルト。

 あの時、自分は我愛羅にも、そして、ナルトにも負けていた。破るべき敵にも、守るべき仲間にも、負けていた。

 

「……」

 

 無意識に印を組んでしまっていた。それは、自身の持ちうる最強の術。だが、決して、仲間には向けてはならない術。そして、それはナルトが今まで防ぐことがなかった攻撃だ。

 

 バチンと大気を裂く音。そして、青白い雷光が迸る。

 

「サスケくん!」

 

 サクラの声は今のサスケには届かない。ただ、気が急く。強くあらねばと、守りたいものを守るための力を求める。

 そうでなくては、失う。全てを失う。

 

 ……あの日のように。

 

「おぉおおお!」

 

 ナルトに向かって駆け出すサスケの左手には千鳥。

 対するナルトは先ほどと同じように拳を構える。そう、サスケの豪火球の術を破った時と同じ構えだ。

 

 苛立ちが、苛立ちが募る。

 

「ナルトォオオオ!」

「止めて!」

 

 サスケの眼にはナルトしか写っていない。

 思わず、サスケの方に駆け出してしまっていたサクラの姿は目に入っていなかった。

 

「止めてぇえええ!」

「!?」

「ッ!?」

 

 サクラの姿が眼前にあった。

 涙を流しているサクラの姿が眼に写ってしまった。

 

 先ほど、サスケとナルトの闘いを邪魔をしないと考えていたにも関わらず、サクラが前に出た理由。それは、これ以上は修復不可能な傷を二人に残すと考えてのことだった。

 

 これが中忍試験での闘いならば、意義も意味もある闘いならば、サクラは二人の前に出ることはなかった。サスケの千鳥の前に出ることはなかった。

 二人の闘いを汚すような行為に及ぶことはなかった。

 だが、サクラにとって、今の戦いは……嫌だった。

 

 自分の身がどれだけ傷つこうが、止めなくてはならない。

 そうでなくては、二人の“心”が傷ついてしまう。第七班がバラバラになってしまう。

 

 ──止められねェ……! 

 

 そして、サクラの想いは彼らの担当上忍も同一のもの。

 

「はい、そこまで」

 

 涙で濡れた視界の中、サスケの左手がカカシに捕まえられていることを見たサクラは喉を震わせる。だが、言葉は出てこない。

 沈黙を保つ教え子たちにカカシは溜め息を一つ吐いて、サスケに問いかける。

 

「サスケ……」

「……」

「何で、こんな幼稚なことを?」

「……」

 

 サスケは無言でカカシの手を振り払い、そして、瞬身の術で姿を消した。

 

「サクラ」

「せ、先生……」

「大じょーぶっ! すぐに元通りになれるさ」

 

『それと』と言葉を繋いだカカシは病院の給水塔の上にいる人影に向かって声をかける。

 

「オレはサスケの方に向かいます。ナルトは任せても?」

「……ああ」

「では」

 

 カカシもまた、サスケと同様に瞬身の術で姿を消した。

 後に残されたのは、サクラ、ナルト、そして、カカシが声をかけた人物、自来也だった。

 

 自来也は無言でナルトの前に降り立ち、そして……。

 

「むッ!?」

「ナルトッ!」

 

 ナルトの頬を殴り付けた。

 すかさず、サクラはナルトの傍に寄り、自来也へと鋭い目付きを向ける。が、彼女の肩に大きな手が置かれる。

 

「サクラ。大丈夫だ」

「でも!」

「この御仁は我が師、自来也殿である。先の叱責は己が甘んじて受けるもの」

「自来也──って、あの“三忍”の自来也様!? け、けど……」

「口出しは無用」

「……」

 

 ナルトの物言いにサクラは口を閉じるしかなくなる。

 

「分かっているようだな、ナルト」

「然り」

「なら……」

「ナルトッ!」

 

 更にもう一発。自来也の拳がナルトの頬に入った。

 

「自来也様! なんで……」

「ワシはのォ……修行や指導で女は殴らんと決めておる。サクラとか言ったか。……意味は分かるな?」

 

 ──お前が男なら殴っている所だ。

 

「ッ!?」

 

 サクラの分析力が自来也の心中を読み取った。例え、彼の怒りが籠った目付きがなくとも、サクラは理解しただろう。

 そして、自分が、いや、自分たちが彼の怒りを呼び起こさせた理由についても理解してしまった故に、サクラは今度こそ押し黙る。

 

「ナルト、お前……死ぬ気だったのか?」

「それは……ッ!」

 

 口ごもるナルトに再度、向かうのは自来也の拳。

 今度はサクラの口から制止の声が飛ぶことはなかった。

 

「拳でサスケの、あの術を防げる訳がないだろうが!」

「……」

「お前はサスケの術で死ぬところだった! お前もだ!」

 

 サクラは身を震わせた。

 動きを止めたサクラから目線をナルトに動かした自来也は言葉を続ける。

 

「サスケの術はお前の腕を千切り! サクラの身体を貫き! そして、お前の心臓を貫くところだった! カカシが止めねば、ワシが割って入るギリギリのところだ! お前はワシやカカシの気配に気づいていたのか、ナルト!」

「……サスケに集中していたため、気づけなかった」

「なら、あの時、お前はサクラを見殺しにして、自分は死ぬつもりだったんだな、ナルト!」

「……」

「ワシが何故、お前を鍛えたか理解しとるのかのォ?」

「……」

「決して、お前を無駄死にさせるためじゃない。お前を友に殺させるためじゃない。過酷な試練から生き残る(すべ)を教えるためだ! それを、友達(ダチ)の癇癪で無駄にするつもりだったのか?」

「違う、それは……」

「なら!」

 

 自来也は一際、大きく声を挙げた。

 

「間違ったことをしようとしている者は、殴ってでも止めろ!」

「……」

「お前なら、サスケの術がどれほどの威力か理解しているハズだ。お前なら、サスケが術を使う前にアイツを止めることができたハズだ。違うか?」

「……然り」

「二人とも。今回のことはよーく覚えとけのォ。一度でも仲間を殺した者は堕ちる。そして、堕ちた者は上がることはない。ずっと……ずっと……」

 

 思い出すのは、かつての班員の顔。木ノ葉の三忍と並び讃えられた男の顔だ。

 自来也の顔が苦しげになる。

 

「……堕ち続けるだけだ」

 

 苦しげな顔は一瞬だけ。先ほどと同じ厳しい顔つきで自来也はナルトとサクラを見つめる。

 

「サスケがお前たちを殺していたら、奴は堕ち続ける。ナルト、お前がしようとしていたことは、お前もサクラも死なせ、サスケを闇に堕とすことだ。どんな理由があっても、自ら死のうとすることはワシが許さん。分かるな?」

「……承知」

「……はい」

 

 自来也は手を伸ばし、ナルトとサクラの頭を撫でる。

 

「サスケは心配だろうが、カカシに任せろ。奴はワシが認める数少ない忍の一人だ」

「うむ」

「はい」

 

 自来也は踵を返す。

 

「じゃあの」

 

 そう言って、自来也は姿を消した。

 

「サクラよ」

「うん」

「己は弱いな」

「私も」

「で、あれば、強くならねばなるまい。体も、そして……」

「心も。そうよね?」

「然り。まずはサスケに会わねばなるまい。そして、共に強くなる」

「そうね。いっしょに……強くなる」

 

 二人は拳を握りしめ、青い空を見つめる。

 秋晴れの空。天は高く、青に澄みきっている。

 だが、雲が……空の向こうから、雲が流れてきていた。

 

 +++

 

「クソがッ!」

 

 第三演習場。

 班の顔合わせの翌日に行われた演習を行った場所にサスケはいた。手裏剣の的である丸太に向かって、苛立ちを乗せた拳を放ち、サスケは空を見上げる。

 

 ──オレは一体、何をしている? 

 

 こんなハズではなかった。

 感情に任せたまま、切り札である千鳥を仲間に向かって撃とうとするなど、あり得なかった。

 仲間を守りたい。それは間違いない。なのに、今しがた自分がした行為は、仲間を傷つけるだけの行為。

 

「クソがッ!」

 

 丸太に拳を叩き込んで、サスケはフラフラとした足取りで、当てもなく演習場を歩く。

 引き寄せられるようにして、彼が足を止めたのは演習場の中央にある慰霊碑の前だった。

 

「……」

 

 両親の名はない。そして、自身が知っているうちは一族の名はない。

 それもそのハズ。ここに刻まれた名前は、任務で殉職した者の名前のみ。あの夜、(イタチ)に殺された一族の名はなかった。

 

 望洋とした目付きで慰霊碑の名を眺めていく。

 

「……」

 

 “うちは”の名を見つけた。うちはオビトという名前らしい。

 きっと、この人物は仲間を守って殉職したのだろう。同じ“うちは”にも関わらず、あと少しで自分は仲間を傷つけていた。

 

「サスケ」

「!」

「まあ、そう逃げようとするな。少し話がしたいだけだ」

 

 後ろから呼ぶ声の主を、サスケは睨み付ける。

 

「何の用だ、カカシ」

「分かってるでしょ?」

「……」

「焦り、か」

「……」

「サスケ。復讐なんて止めとけ」

 

 サスケの視線が更に鋭くなった。

 

「ま! こんな仕事柄、お前の様な奴は腐るほど見てきたが、復讐を口にした奴の末路はロクなもんじゃない。悲惨なもんだ。今よりもっと自分を傷つけ苦しむことになるだけだ。例え、復讐に成功したとしても……残るものは虚しさだけだ」

 

 ──分かったような口を。

 

「アンタに何が分かる! 知った風なことをオレの前で言ってんじゃねーよ!」

「まあ、落ち着け」

 

 サスケの口は止まらない。

 それが、心にもない言葉だとしても。

 

「何なら今からお前の一番大事な人間を殺してやろうか! 今、お前が言ったことがどれほどズレてるか、実感できるぜ!」

「それは無理だ」

「オレを嘗めてるのか!」

「オレの大事な人を殺したいなら……お前はお前を殺さなくちゃならない」

「!?」

 

 カカシはサスケの後ろにある慰霊碑へと目を向ける。

 

「オレの大切だった人たちは皆、死んでる」

「!」

「オレもお前より長く生きてる。時代も悪かった。失う悲しみは嫌ってほど知ってるよ」

「……」

「ま! オレもお前もラッキーな方じゃない。それは確かだ。でも最悪でもない」

 

 一度、口を閉じたカカシは、慰霊碑からサスケへと目を向けた。

 

「オレにもお前にも、もう大切な仲間が見つかっただろ」

 

 脳裏に流れるのは、大切な仲間の顔。ナルトとサクラの顔だ。

 

「失ってるからこそ分かる。千鳥はお前に大切なものができたからこそ与えた力だ。その力は仲間に向けるものでも復讐に使うものでもない。何のために使う力か、お前なら分かってるハズだ」

「……」

「だからさ、サスケ。お前にはオレの大事な人を大事にして欲しいんだ。ナルトも、サクラも。そして、お前自身のことも」

「……」

「誰かを殺すなんて悲しいこと、言わないでくれ。お前は仲間想いで、そして、優しい奴だ。復讐はお前自身を傷つける。復讐が成ったとしても、成らなかったとしても、だ」

 

 カカシは膝を曲げ、俯くサスケの目線に自分の目線を合わせる。

 

「……」

 

 カカシの目線から逃れるようにサスケは目を閉じた。

 

「失う悲しみは知っていても、慣れるようなもんじゃない。サスケ。もう一度、言う。オレの大事な人を傷つけないでくれ」

「カカシ……」

 

 サスケはゆっくりと瞼を上げる。

 

「お前の言う大事な人の中に……」

「ん?」

「……アンタ自身は入っているのか?」

「……」

 

 カカシは言葉に詰まってしまう。

 詰まってしまった瞬間、後ろから声がした。

 

「サスケくん! カカシ先生!」

 

 サクラの声だ。そして、その後ろにはナルトの姿もあった。

 

「カカシ、もういい。十分、理解した」

 

 サクラとナルトに向かって歩くサスケ。

 

「二人とも。済まなかった」

 

 二人に謝罪をしたサスケの姿にカカシは目を丸くする。

 そして、サスケの言葉を皮切りに謝罪を繰り返す三人の姿を見て、カカシはぎこちなく微笑む。

 これで良かったのだと、元の第七班に戻れたのだと思うことにした。

 

 胸の中にある小さなしこりに気づかないフリをしながら。


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