NARUTO筋肉伝   作:クロム・ウェルハーツ

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夢と想いと賭け

『ありえないな。……断る』

 

 綱手の拒絶にナルトは黙ったままだ。

 しかしながら、ナルトの鋭敏な感覚は彼女の心の奥底を推し量っていた。

 

 ──後悔、か。それに……。

 

「思い出すな……そのセリフ。昔、お前に付き合えっつって断られたのォ」

 

 何を後悔しているのか、綱手の心に一歩踏み出そうとしたナルトを止めたのは自来也の声。そして、彼の目線だった。

 

 踏み込むな。

 お前にはまだ早い。

 

 チラと向けた目線だけで、自来也はナルトに語った。

 それを無下にできるような漢ではない。

 

 ナルトは、綱手に向かって乗り出しかけていた体を元に戻す。

 だが、引けない理由が一つあった。

 

「師よ。綱手殿には里に帰って来て貰わねばならぬ。綱手殿の助けを待つ者がいる故に」

「まぁ、落ち着け。お前は綱手のことを何も知らんだろ」

「それは……そうだが」

 

 自来也はナルトに向けていた視線を綱手に戻し、話を続ける。

 

「凄まじき大戦時代に木ノ葉の勝利に大きく貢献。その戦闘・医療技術は未だ肩を並べる者はいない。さらに、この綱手は初代火影の孫であり木ノ葉の忍として最も正統な血を持つ者」

「む!」

 

 驚きを見せたナルトに向かって軽く微笑みながら、自来也は話を続ける。

 

「火影になれば里に帰ることになる。そうすれば、お前の言う通り、助けを待つ者──サスケとリーを診てもらえるからのォ」

「しかし、師よ。断られているが?」

「分かってねェのォ。女を落とすに必要なことは諦めないことだっての!」

「承知! なれば、綱手殿。火影になっては貰えぬか?」

 

 ──しつこい。

 

 思わず、綱手はため息を吐く。

 自来也だけでさえ、煙に巻くのは難しいというのに、輪をかけて人の話を聞きそうにないのが一人。

 さしもの綱手と言えども、匙を投げたくなるような状況だ。

 

 だが、彼女にとっては火影を襲名するなど、ありえないこと。

 

「フン……自来也。この子は前の弟子と違って、少々、頭が悪いようだね。ついでに言えば顔も」

「むむ!?」

「四代目と比べられりゃ、誰だってキツいだろーよ」

 

 手を伸ばし、ナルトの頭をポンポンと軽く叩きながら、自来也は面白がる。

 

「なんせ、あやつは忍びとしての器は歴代一だった。術の才に溢れ、頭脳明晰。人望に満ち……まあ、ワシ並みに男前だったしのォ。だがのォ……」

「ん?」

「こいつ……うずまきナルトは四代目火影以上のものを持っておる」

「……なんだ?」

「筋肉だ」

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 四者四様に黙り込む。

 

 一人は得意気に、一人は自信に満ちた顔つきをし。

 一人は事態を把握できず、そして、一人は怒りを浮かべた。

 

「だから、なんだって言うんだ? 筋肉? それで? それが四代目よりも凄いからなんだっていうんだ?」

「ナルト。言ってやれ」

「承知」

 

 自来也の目的。

 それは単純だった。それは、綱手を怒りを覚えさせることに他ならない。

 そもそも、生来、跳ねっ返り娘である綱手に、どんなに真心を込めて諭そうがムダだということを自来也は長い付き合いで理解していた。

 ただ単純に火影就任の要請を綱手に伝えたところで、一蹴されるのがオチだと分かっていたからこそ、彼はナルトを連れてきたのだ。

 

「己は繋ぐ者」

 

 綱手は一度、自分が決めたことは曲げることはない。

 そして、それが“あの日”の後悔、そして、恐怖から来るのならば、尚更だろう。

 

「受け継ぐ者」

 

 綱手が全てを失ったと感じた、あの日。

 その時、傍にいながらも、自分の声は届かなかった。

 

「生き、次ぐ者」

 

 それが自来也の後悔。

 

「そして、魅せるは木ノ葉魂」

 

 だからこそ、彼はナルトを連れてきたのだ。

 

「連綿と紡がれてきた火の意思は! 己を歩ませ続ける道標! なれば、止まるは出来ぬこと!」

 

 綱手の後悔を焼き尽くすための火種として。

 

「守り、戦うは己が腕! 歩み、走り、やがて至るは夢の先! 必ずや受け継いでみせよう!」

 

 その火種は大きく見えた。

 

「火影の名を!」

 

 ナルトの声が響いた。その後に続き、店の中から『いいぞー!』『でっかい夢だなァ!』『応援してるぜ!』など、酔っぱらいの声が至るところから上がる。

 

 その光景を大きく開いた瞳に写した綱手の手は、無意識に胸元のペンダントを握りしめていた。

 

 火影になるという夢。周りから応援されていること。

 

 あの日の縄樹のように。あの日のダンのように。

 

「ッ!」

 

 綱手は唇を噛み締める。

 認めてはならない。似ていない。似ているなんてこと認めてやるものか。

 自来也の狙い通り、綱手の怒りに火が着いた。

 

「……表へ出な、クソガキ」

「む?」

 

 綱手の声は決して、大きくはなかった。だが、聞くもの全てを黙らせる覇気と呼ぶべきものが乗っていた。

 一瞬にして、店の中が水を打ったかのように静まりかえる。

 

「その名が、どれだけ重いか教えてやる」

「火影の名が重いということは知っている。だが、改めてこの身に刻もう。胸を借りるぞ、綱手殿」

「いいから、早くしな!」

 

 怒鳴り、立ち上がった綱手は息も荒く、店から出る。

 応じて、ナルトも立ち上がり、彼女の後に続く。

 

 残されたのは、綱手の付き人であるシズネとナルトの師である自来也。

 

「……自来也様」

「うん?」

「どうするんですか? 怒った綱手様だとナルトさ……ナルトくんに大ケガを負わしかねません。万が一、打ち所が悪ければ……」

「……シズネ」

 

 腕を組み、大きく息を吐き出す自来也は真剣な眼差しでシズネを見つめる。

 

「どうしよう?」

「あひィー!?」

 

 打つ手はないと困ったように笑う自来也にシズネは声を挙げるのだった。いや、声を挙げるしかなかった。

 

「と、とりあえず、ワシらも二人を追うぞ!」

「は、はい!」

 

 慌てて、店から飛び出す二人。

 

 ──焚き付けるつもりはあったとはいえ、まさか、ここまで怒るとは……。

 

 想定外だった。

 あの日から20年以上経っていることから、少しは綱手にも余裕ができているだろうと自来也は踏んでいた。だが、綱手はあの日から全く変わっていなかった。

 

 ──ナルトのことを言えんのォ……。

 

 踏み込むなとナルトに言っておいて、この様かと自来也は嘆息する。

 

 だが、まだ終わりではない。

 綱手は『その名が、どれだけ重いか教えてやる』と語っていた。初代火影の孫、二代目火影の曾姪孫、そして、三代目火影の弟子。彼女ほどに火影の近くにいた者は少ない。

 火影の座の重みを知っているからこそ、あやふやな夢で火影を語るなど彼女は許せなかった。

 

 夜風がナルトと綱手の間を吹き抜ける。

 

 ──綱手様……本気だ。

 

 追い付いた自来也とシズネはその場の空気に思わず、当てられてしまう。

 ピリピリと肌を刺すような空間の中、仁王立ちをしているナルトに向かって綱手は一言、声をかける。

 

「ナルト」

「む?」

「これから、私はお前を殴る」

「承知」

「綱手! やめ……!!」

 

 自来也の声は遅かった。

 

 瞬きの間にナルトとの距離をゼロにした綱手は右腕を大きく引く。

 

「うっ……」

 

 かくして、綱手の拳は遮るものもないまま、ナルトの腹に吸い込まれた。ナルトの体勢が崩れる。

 

 だが、綱手の怒気は収まる気配を見せない。

 膝をつくナルトの髪を掴み、視線を自分に無理矢理、向けさせる。

 

「お前……嘗めているのか!? なぜ、防ぐこともしなかった! 避けることぐらいはできたハズだ! 攻撃しようとする素振りぐらいは見せれたハズだ!」

「……貴殿が」

「なんだ?」

「貴殿が悲しみの内にいるからだ」

「ッ!」

 

 綱手はナルトの頬を殴り付ける。

 

 彼女の拳は、ナルトの体で地面を削ることができるほどに力を込めたもの。

 心身を鍛えに鍛えたナルトと言えども、立ち上がることは不可能なほどのダメージだ。

 

「綱手殿……」

 

 だが、地面に体を横たえながらも、ナルトは言葉を紡ぐことを止めない。

 

「火影の名が重いことは知っている」

「なに?」

「大蛇丸の襲来の折り、力及ばず守れなかった者たちがいた」

 

 ナルトが思い出すのは、木ノ葉崩しの後の合同葬儀のこと。

 悲しみを耐え、そして、上を、未来を見つめていた木ノ葉の忍たちの姿だった。

 自分の力がもっとあれば、と悔やんだ日のことだった。

 

「火影は彼ら彼女らの無念を継がなくてはならぬ者」

「じゃあ、なんだ? お前は大蛇丸に勝てるっていうのか?」

「今の己では勝てぬ」

「なら……!」

「だからこそ、修行を続け、四代目の術を継ぎ、彼に打ち勝たなくてはならぬ。そして、平和を。世界に平和をもたらすのが、己が継いだ夢。いや、約束だ」

 

 意識が覚束なくなってきたのだろう。ナルトの声は段々と小さくなっていくが、その声にはしっかりとした決意があった。

 

「そのためにも、己は火影となる。自分の言葉は曲げぬ。それが己の忍道……火影は己の夢だ」

 

 ──火影はオレの夢だから。

 

 綱手の頭に最愛の二人の言葉が甦る。

 

「火影になるには、己が理想の姿になるためには……里の者、全員が心の底より笑えるようにしなければならぬ。誰一人として見捨ててはおけぬ。それが……それが己の考える火影の姿、平和の灯火」

 

 ナルトは右手の掌を上に向け、綱手へと、いや、自分自身へと語りかける。

 

「遠い道程」

「これは……」

 

 彼の右手にチャクラが渦巻き、球体を形作るが不安定で、すぐにでも霧散してしまいそうな儚い輝き。

 

「未だ届かずとも……己は四代目と同じ師を仰いでいる。なれば……完成させるのが弟子たる者の……役目」

 

 ユラユラと揺れるナルトのチャクラを見て、綱手は一度、目を閉じる。

 

「その術は……“螺旋丸”を使えるのは四代目と自来也ぐらいだ。お前には無理だよ」

「それでも……己は……やり……遂げる……」

「……一週間やる」

「綱手……殿?」

「賭けだ。一週間で、お前がその術を完成させたら、里に戻ってやるし、火影になってやる。そして、お前には、これをやる」

 

 そう言って、綱手は首元のペンダントをナルトに見せた。

 

「それ……は……?」

「お前の大好きな火影……初代火影が持っていたものだよ」

 

 揺らめく視界の中だったが、ナルトは綱手の表情の変化を見逃さなかった。

 火影の名の重み。それが綱手の首飾りに籠められている。そう綱手は感じている。

 

「己が……賭けに負ければ……」

 

 火影の名の重み。

 それを再確認したナルトは賭けに差し出すものを決めた。いや、これしかないのだと賭けを持ち出された時点で感じていた。

 それほどまでに、火影の名は重い。自分でも尻込みしそうになる重責を、悲しみに沈んだままの婦女子に受け取って欲しいというのだ。自分達の都合だけで要請していい座ではない。

 

 ならば、自分の夢を賭けなければ、対等ではない。この勝負に負ければ、全てを失わなければフェアではない。それがナルトの答え。

 

「忍者を辞める」

 

 ナルトの提案は彼にとって、余りにも残酷なものだった。

 

 +++

 

「む!?」

 

 跳ね起きたナルトは辺りを見渡す。

 知らない部屋だ。綱手と話していた際に横たわっていた地面ではない。

 宿の一室、そこに備え付けられている布団に寝かされていたらしいとナルトは当たりをつける。

 

 跳ね起きたせいで、足元には掛け布団が丸まっているのを見たナルトは、それを綺麗に整えようと立ち上がる。

 

 と、キィとナルトの耳に扉が開く音が届いた。

 

「あ、ナルトさ……くん」

「シズネ殿……だったか? 迷惑をかけた」

 

『いえいえ』と首を振るシズネに一度、頭を下げたナルトは布団を畳んでいく。

 それをポカンと見つめるシズネ。

 

 ──綱手様の一撃を受けて……もう、立てるの? 動けるの? ……なんで? じゃなくて! 

 

「ナルトさん! 休んでなきゃダメですよ!」

「己に敬称は不要だ、シズネ殿。それに、休む暇などない」

「何を言ってるんですか!? あ、敬称のことじゃなくて。横にならないと怪我が酷くなります」

「不要だ。己は大抵の傷は、しばらく寝ると治る体質であるが故」

 

 ──どんな体質ですか、それ……。

 

 首を横に振るシズネだったが、続くナルトの言葉に意識を戻す。

 

「して、シズネ殿。師と綱手殿は?」

「えっと、二人なら飲み直すということで連れ立って出ていかれました」

「旧交を温めているということだな」

「あ、はい。あと、きっとナルトくんとの賭けについての話をすると思います。あの賭けはあなたにとって分が悪過ぎますし」

 

 綱手は火影就任と木ノ葉への帰還、そして、火影の首飾り。

 ナルトは自身の進退全てである忍者の登録。

 それを賭けの対象にしていた。

 

 そして、賭けの勝敗の条件はナルトが会得難易度Aの螺旋丸という術を一週間で習得できるかどうかというもの。

 元来、チャクラコントロールが苦手なナルトにとって、いや、他のチャクラコントロールに長けた忍でさえも、一週間という短い期限でチャクラコントロールの極致である螺旋丸を習得できることは難しい。というより不可能だ。

 シズネはそう考えていた。そして、その考えは自来也も同じだろう、と。

 

「いや、それは出来ぬこと」

「え?」

 

 だが、ナルトはそう考えない。

 

「賭け……つまりは約束だ。それを裏切ることなど己には出来ぬ。綱手殿が許そうが己が許さぬ」

「でも……そうしたら、ナルトくんは忍者を辞めることになるんですよ! そのことが分かっているんですか!?」

「百も承知」

「……」

 

 シズネは目を閉じ、息を長く吐き出す。

 自分の言葉を曲げないナルトに対しての呆れ。

 シズネは、ナルトに自分の言葉を届かせるにはどうすればいいかと考えをまとめていく。

 

「万が一、賭けに勝ってもナルトくんにはいいことなどありません」

「つまり……どういうことだ?」

「綱手様が賭けに出した品は、過去一度として賭けの対象にしたことはありません。売れば、山が三つほど買えるほどの額になるにも関わらず、です」

 

 シズネはナルトを真っ直ぐに見つめる。

 

「あの首飾りは呪われています」

「詳しく聞かせて貰おう。いや、その前に茶を用意しよう」

 

 テキパキと茶と椅子の用意をするナルトのペースに呑まれてしまったシズネが自分を取り戻すのは、彼女の前に湯飲みが置かれた後のことであった。

 

「シズネ殿?」

「あ、ああ。これはご丁寧に」

「仔細なし」

 

 前に座るナルトの椅子が妙に小さく見えることに気を取られながらも、シズネは茶を一口啜り、話を戻す。

 

「綱手様は変わってしまいました。昔は心の優しい……里を愛する人だった。でも、変わってしまった」

「……」

「あの日をきっかけに」

「あの日……?」

「はい。夢も愛も希望も……全てを失った日です」

 

 シズネの瞳は昏い。

 それを見たナルトは自分の思い違いに気がついた。

 

 ──綱手殿だけではなく、シズネ殿も、か。

 

 なれば、二人とも救わねばならぬと決意を新たにしたナルトを尻目にシズネは話を続ける。

 

「残ったのは、あの……思い出の詰まった首飾りだけ。あれは綱手様にとっては命ほど大切なもの。到底、賭け事に供していいような品ではないんです」

「だが、あの首飾りは綱手殿を苦しめているように見受けられる」

「それは……そうですが……」

「なればこそ、己が受け取り解放せしめなければならぬ」

「勝手なことを言わないでください!」

「む?」

「……失礼しました。あれは……あれは君が思っているような“ただ”の首飾りではありません。綱手様以外、認めようとしない。あの首飾りを他の人間がすれば、その者は必ず……死ぬ!」

 

 シズネ自身にも暗い影を落とした別れの日を思い出し、シズネは思わず目を伏せた。優しかった叔父の変わり果てた姿が今でも目に浮かぶ。

 

「分かってくれますね、ナルトくん。綱手様が首飾りを贈った二人……弟君と、そして、私の叔父は二人とも首飾りを贈られて間もなく戦死しました。綱手様は、あの日からずっと……ずっと混乱の中にいるのです……ナルトくん? どこに行くんですか?」

「勿論……修行だ」

「え?」

「期日は一週間。それまでに術を……螺旋丸を完成させる」

 

 やおら、椅子から立ち上がり、言い放ったナルトの言葉。

 頭に血が上ったシズネは椅子を倒しながら立ち上がる。

 

「話を聞いてなかったんですか!? あの首飾りは!」

「シズネ殿」

「ッ!?」

 

 ポンと優しく頭に大きな手が置かれた。

 シズネの動きが止まる。

 

「大丈夫だ」

「だい……じょう……ぶ……?」

「故人を悼む。それは誠、尊きこと。然れども、別離は乗り越えねばならぬこと。それには、自身の力のみならず、周りの助力が必要だ。きっと貴殿らは強さ故に、周りの友を頼ろうとはしなかった。そして、周りの友も貴殿らの心を尊重し、踏み込まずにいた」

 

 そうして、ナルトは笑顔を見せる。

 短冊街の町人に見せた笑顔ではない。

 彼の心の、優しさが見える柔らかい笑みだ。

 

「貴殿らや貴殿らの友でも心を救えぬのなら。何も知らぬ己こそが貴殿らを救うことができると、己はそう考える」

「ナルト……くん」

「シズネ殿。そして、綱手殿もきっと笑顔の方がよく似合う。華が咲き乱れる春のような笑顔が」

 

 すっと手をシズネの手から話したナルトは踵を返し、宿の扉に向かう。

 

「氷を融かすのは“火”。己の火の意思が、貴殿らを閉じ込めている氷を融かしてみせよう」

 

 パタンと扉が閉じる音を最後に部屋の中は静寂に包まれた。

 残されたシズネは自分の頭に触れる。

 

 ──辛いのは……苦しいのは、綱手様だと、ずっと思っていた。

 

 頭に触れていた手をシズネは自分の胸に当てた。

 思い出は、優しかった叔父に頭を撫でられた思い出は、確かにそこにあった。

 

 ──私、苦しかったんだ。

 

 彼女は蹲り、嗚咽も出ないままに泣くのだった。


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