NARUTO筋肉伝   作:クロム・ウェルハーツ

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シックスパック

「凄い霧ね。前が見えない」

 

 サクラが言うように、波の国は霧が多いことでも知られる国だ。海に近く、水場が多い波の国は寒暖差が激しい。その影響か霧が発生することが多々ある。

 普通の人間ならば鬱陶しいと感じる霧ではあるが、カカシ率いる第七班の面々は忍。霧に紛れて移動することを自分の身を隠すメリットと捉える忍者たちだ。

 

「そろそろ、橋が見える。その橋沿いに行くと波の国がある」

 

 船頭であるタズナの知り合いは小さな声で説明する。彼の言葉通り、すぐに橋は彼らの前に姿を現すのだった。

 

 霧に隠れて全容は確認できない。だが、見える範囲、それだけで十分過ぎるほどだった。力強さを感じさせる作りの巨大な橋が彼らの前に現れた。

 前に見える橋を見たナルトは一つ頷く。

 

「見事。しかし、視界が優れぬのが残念だ」

「この霧に隠れて船、出してんだ。霧がなけりゃ、すぐにガトーに見つかっちまう」

「……ガトーという男はそれほどに恐怖を与える存在なのか?」

「ああ、アンタに会った時に感じた恐怖よりも数段上だ。ガトーは……悪魔だ」

 

 青い顔をする船頭の言葉を聞いて、ナルトは自らの顔に影を作る。彼は許すことが出来ないのだろう。力で以って波の国に不幸を撒き散らすガトーを。

 難しい顔をしたナルトを余所に船頭とタズナの話は進んでいた。

 

「もうすぐ国に着くぞ。タズナ、どうやら、ここまでは気づかれてないようだが……念のため、マングローブのある街水道を隠れながら陸に上がるルートを通る」

「すまん」

 

 石で作られた街水道のトンネルを潜り抜けると、そこにはマングローブ林と木造家屋の住宅がいくつかあった。木ノ葉の里では見ることのできない異国情緒溢れる光景に目を奪われる。

 しかしながら、今回は観光で来た訳ではない。任務だ。よく見ることも出来ない内に桟橋へと辿り着いたナルトたちは、船から降りて地面に足を下す。

 

「よーしィ! ワシを家まで無事、送り届けてくれよ」

「はいはい」

 

 一路、タズナの自宅へと向かうカカシたち第七班はタズナの周りに控え、周りを警戒する。

 と、ナルトの右腕が目にも止まらぬ速さで振るわれた。それとほぼ同時に風切り音とクナイが木へと刺さる独特な音が混じった音がした。

 ナルト以外の4人は慌てて音がした方へと目を向ける。

 

 クナイが木の幹へと深く、深く突き刺さっていた。投げたのはナルトだ。

 ナルトの投擲はさほど上手くない。ナルトは不器用である。彼はクナイを投げる時、必要以上に力を入れてしまいコントロールが甘くなるのだ。その上、入れ過ぎた力はクナイにブレを生じさせる結果となる。

 持ち手以外の全てが木の幹の中へ突き刺さったクナイが震え、音を微かに立てている。その虫の羽音を思い起こすような甲高い音だけが響いていた。

 

「気のせいか」

「ど、どうしたの?」

「何者かが殺気を放った気がしてな」

「殺気ってアンタ……漫画じゃあるまいし」

 

 サクラが呆れたように肩を竦めるのを尻目に、カカシはナルトがクナイを投げた木の根元にある茂みを手で避けていく。

 茂みとクナイが刺さった木の間。そこの隙間に倒れているものを見つけたカカシは目を細めた。

 

 兎だ。

 ナルトが投げたクナイの衝撃で気を失った白い兎が、そこに倒れていた。

 

 カカシの後ろから現れたナルトは兎をむんずと掴む。

 

「丁度いい。タズナ殿、兎は好きか?」

「あ? まァ、嫌いじゃないが」

「では、土産として貴殿に振る舞おう。貴殿の家に着いたら台所を貸してはくれぬか?」

「ああ、いいけど……って、食べるのか、それ?」

「無論。高タンパク低脂肪且つビタミンも豊富。筋肉には、いい食材だが?」

「ダメェー!」

 

 サクラの声が響き渡った。

 同じ気持ちだよ、と目線で気持ちを送ったタズナであるが、一つ、どうしてもナルトに聞いておきたいことがあり、疑問を口にする。

 

「というかお前ェ、兎を捌けるのか?」

「他にも猪や鹿、熊なども捌ける。昔、精神を鍛える修行をしていた時に身に着けた技術だ」

「イヤァー!」

 

 それ以上、聞きたくないというように頭を振るサクラに意識を欠片も割くことなくサスケはじっとあり得ないものを見続けていた。

 ナルトに抱えられている兎、そう白い兎を見つめたサスケは難しい顔でカカシへと話し掛ける。

 

「カカシ……」

「ああ。油断はするなよ、サスケ」

 

 ナルトが持つ兎はユキウサギ。

 ユキウサギは日照時間によって、その毛の色を変えることが特徴の兎だ。ナルトが持つユキウサギの毛の色は“白”。自然界では日照時間が短い冬の時の毛色だ。

 だが、今は春。自然界に生きるユキウサギの色、今の季節は“茶”でなくてはならないにも関わらず白色だ。

 

 ──さっそくお出ましか。

 

 カカシは辺りを警戒する。

 季節を間違えたようなユキウサギの色。これまでに、カカシは自然ではないユキウサギの色を度々見てきた。

 その全ては忍が絡む事態だった。ユキウサギは丸太と同様に変わり身の術に用いられることが多い。兎に気を取られている間に攻撃を加える。それがセオリーだ。

 しかし、彼らには攻撃は未だに加えられていない。カカシはそれに心当たりがあった。

 

 おそらく、敵は見に徹しているのだろう。相対する者が“写輪眼のカカシ”であると知って。

 

 警戒するカカシの耳が木の葉が触れ合った微かな音を捉えた。自然ではない音にカカシの警戒が最大限に引き上げられる。自然に起こされたのではない木の葉が触れ合う微かな、ほんの微かな音。

 敵の“忍”が高い実力を持つ証である。

 

「全員伏せろ!」

 

 風を切る刃。

 それを確認することもなく、カカシの声に反応したサスケとサクラは身を伏せる。もちろん、タズナを地面に押し付けることも忘れない。依頼人を守り抜くことこそが、この任務の絶対条件。いや、例え、任務ではないとしても彼らのことだ。一般人であるタズナを全力で守る事に何の迷いもないだろう。

 

 そして、その心はナルトも同じだ。正義の心を筋肉で覆い、熱い血潮で心臓を動かすナルトは何の力も持たないタズナへ向けられた凶器を許すことはできなかった。

 そうであるから、ナルトは己がタズナを守るという意志を敵に示すために力を籠め、そして、堂々と立ったのだ。

 

 風を切る音がナルトに近づく。果たして、黒い刃はナルトの体を捉えた。

 

「……は?」

 

 呆けた声がナルトの前より響く。凶器である巨大な刀をナルトたちに向かって投げた男の声だ。口元を布で隠した男。今は霧散しているが、常ならば剣呑な雰囲気を醸し出しているハズの男は忍だった。

 忍の中でも上位の実力を持つ男が投げた武器は首切り包丁という。大きさは成人男性を丸々隠すことができるほどの常軌を逸したサイズだ。

 そして、特筆すべきは、その切れ味。首切り包丁は一刀の元に人間を縦に真っ二つに切ることができる。

 

 だからこそ、男は自分の目の前で起きた出来事を信じることができなかった。

 大男の体を切り裂き、子ども二人の首を落とし、ターゲットとはたけカカシの体を泣き別れにする。一度で全てを終わらせるつもりで投げた首切り包丁。避けられたならば移動して、木に深く刺さった首切り包丁の持ち手の部分に姿を現すつもりだった。

 そして、避けられる確率の方が高いと踏んでいた。

 

 ──だが、これは一体どういうことだ?

 

 男の目の前には自身が想像した光景とは全く別の光景が広がっていた。

 一番始めの獲物として男が狙った大男、ナルトが両腕を天に向かって掲げている。実に堂々とした姿だ。天地に自らの引き締まった肢体を見せつけるようなポーズ。

 

 決して戦闘中にして良いようなポーズではない。常人であれば、という注釈がつくが。

 

 刃が迫る一瞬、その一瞬でダブルバイセップスの形になったナルトは全身に力を籠めたのだ。固く硬く、(かた)く。常人には到底引き出すことができないほどの筋肉が持つ力の奔流、筋肉の蠢き。それを無理矢理、一つの(ダブルバイセップス)に押し留める。

 

 ナルトは知っていたのだ。己の筋肉は負けないということを。

 

 カラン。

 

 自分が投げた首切り包丁が地面に落ちて金属音を立てた。男はそのことが全く理解できなかった。

 なぜ、高速で回転する首切り包丁を……服すらも覆っていない腹で受け止めることができたというのか? しかも、あんなふざけたポーズで。

 布で口元を完全に覆った男は今まで以上に目を丸くする。

 

「カハッ!」

 

 驚愕の次に男を襲ったのは痛撃。腹から伝わる痛みに男は思わず地面へと膝をつく。そこで、男は自分に攻撃が加えられたという事実に気が付いた。

 

 このオレが……鬼人と呼ばれたこの再不斬が……ただの一撃でッ!?

 

 混乱の渦中にいる男、再不斬は自分に向けられた視線を感じた。地に膝をついた男、再不斬はゆっくりと上を見上げる。

 

「先ほどから感じていたのは貴殿の殺気か」

 

 初めに目についたのは拳。再不斬は順々に上へと視線をやる。鋼の小手を思い起こさせる手根伸筋。曲げていないにも関わらず、膨れ上がっているように見える上腕二頭筋。

 再不斬は息を吞んだ。

 彫像のような彫りの深い顔は影に染められている。そこから表情を窺い知る事はできないが、彼から立ち上るオーラが再不斬に告げていた。己は怒りを覚えている、と。

 

 動かぬ自分の体。そして、前に立つは仁王の如き肉体を持つ怒りに満ちた男。

 

「タズナ殿を狙うということはガトーの手の者だと判断する。覚悟しろ。己は貴殿を許さない」

 

 ──ここまでか。

 

 再不斬は拳を固めたナルトの姿を見て思う。

 そして、その思考が彼の脳を電気信号として走る抜けると共に、彼の首を二本の細い木、千本という武器が貫いた。

 血を地面に撒きながら倒れていく再不斬の体。地面に彼の体が倒れた時には彼の鼓動は止まっていた。

 

「!?」

「ええ、アナタの言う通りです。彼は許されないことをしてしまった」

 

 木の上からナルトに声が掛けられた。ナルトの目に入ってきたのは仮面を被った人物の姿。ナルトはその者の一挙一動を見逃さないように目線を外さない。

 

 睨み合う両者。

 それを横目にカカシは地面へと伏せた再不斬へと近づく。再不斬が本当に死んでいるかどうか確かめるため、再不斬の首に指を当てるが脈はない。

 

 ──確かに……死んでるな。

 

「ありがとうございました」

 

 ナルトから目を離した仮面の少年はナルトの上司であるカカシに向かって頭を下げた。

 

「ボクはずっと、確実に再不斬を殺す機会を窺っていた者です」

「やはり、この男は再不斬か。それから、お前……その面、霧の追い忍だな?」

「流石……よく知っていらっしゃる」

 

 桃地再不斬。

 忍の世界では知らぬ者はいないというほどの実力者だ。首切り包丁をナルトに防がれた衝撃で致命的な隙を晒してしまった彼ではあるが、今回のことがイレギュラー中のイレギュラー。普通の忍なら手も足も出ないほどの実力を持つのが彼である。

 水の国が有する忍の隠れ里である霧隠れの里を抜けた忍で、霧隠れの里の掟通り正規の忍によって命を狙われている再不斬は自分を殺さんと追ってくる忍を何人も始末してきた。それほどに強い忍なのだ。

 

 そして、仮面の人物も、中々、再不斬を殺す機会がなかったと歪曲ながら彼の強さを認める発言をした。それほどに再不斬は強い忍なのだ。

 

「そう、ボクは……抜け忍狩りを任務とする霧隠れの追い人部隊の者です。再不斬の遺体と首切り包丁を渡して頂けますね?」

「ああ。霧隠れと事を構えるつもりはないよ」

 

 仮面の人物の要求にカカシはあっさりと頷く。だが、カカシのように割り切る事ができない人物がいた。

 

「貴殿は何者だ?」

「安心しろ、ナルト。敵じゃないよ」

「殺気もなく、人を殺したのだぞ。それは鬼の如き所業だ」

「ま、信じられない気持ちも分かるが……これも事実だ。この世界にゃ、お前より年下で、オレより強いガキもいる」

 

 ナルトは唇を噛み締める。

 これが忍。心を一切動かさず、まるで機械のように人を殺すのが忍。なんともやり切れない気持ちだった。

 

「申し訳ありません。ボクはこの死体を処理しなければなりません。なにかと秘密の多い死体なので……」

 

 ナルトが悩んでいる間に仮面の人物は全ての用を済ましたらしい。仮面の人物は印を組んだ。

 

「それじゃ、失礼します」

 

 木の葉が舞った後には何も残されていなかった。仮面の人物も再不斬の体も、何も。

 

「フー」

 

 カカシは大きく溜息をつく。

 なんとかなったから良かったものの、下手をすればナルトは殺されていた。もっと気を配らなくちゃいけないね、こりゃ。

 

「さ! オレたちもタズナさんを家まで連れて行かなきゃならない。元気よく行くぞ!」

 

 カカシは自らが受け持つ下忍たちを見る。

 何をするのか行動が読みにくい奴が2名と何をすべきなのかいまいち分かっていない奴が1名。

 

 ──前途多難だな。

 

 カカシは再び大きく溜息を吐くのであった。

 

 +++

 

 森の中、再不斬が地面の上に寝かされていた。それを見下ろすのは先ほどの仮面の人物。隣にはハサミなどといった切断用の医療器具を保管している黒い布が広げられていた。

 

「まずは口布を切って……血を吐かせてから」

 

 ハサミが再不斬へと近づく。その手を別の手が掴んだ。

 

「いい……自分でやる」

 

 血走った目で仮面の人物を見つめる男は擦れた声を出して身を起こす。動かないハズの体を起こしたのだ。

 三白眼を仮面の人物に向けるのは、死んだハズの再不斬。しかし、死者が蘇る光景を見ても仮面の人物は動揺することはなかった。

 

「なんだぁ……もう生き返っちゃったんですか」

「ったく。手荒いな、お前は」

 

 苛ついた様子の再不斬は首に刺さっている千本を引き抜いた。

 

「あ! 再不斬さんこそ、あまり手荒に抜かないでください。本当に死にますよ」

「……いつまで、その胡散臭せー面、付けてんだ。外せ!」

「かつての名残で、つい……。それに、猿芝居にも使えたので」

 

 仮面の人物はゆっくりと被っている仮面を外す。女と見間違う整った容姿の少年。

 そう、再不斬と少年の間で予め取り決められていたのだ。危なくなったら千本で秘孔を突き、再不斬を仮死状態にするということを。

 

「ボクが助けなかったらアナタは確実に殺されてましたね」

「仮死状態にするなら、態々、首の秘孔を狙わなくても……」

 

 血を吐き捨てた再不斬は少年に鋭い目を向ける。

 

「……もっと安全な体のツボでも良かっただろーが。相変わらずいやなヤローだな、お前は」

「そうですね!」

 

 邪気の全くない笑顔を浮かべる少年を見た再不斬は毒気を抜かれたように息を吐く。それは思っている事を話せという無言のシグナル。再不斬と少年の間でしかやり取りすることができないシグナルだ。

 

「……再不斬さんのキレーな体には傷を付けたくなかったから」

 

 少年は再不斬に本当のことを答えた。

 

「それに、筋肉のついてない首の方が確実にツボを狙えるんです」

 

 再不斬は特に反応することもなく少年の話をただ聞いている。

 

「一週間程度は痺れて動けませんよ。でも、再不斬さんならじき、動けるようになりますかね」

「全く。お前は純粋で賢く汚れがない。そういう所が気に入ってる」

「フフ……ボクはまだ子どもですから」

 

 風が二人を撫でる。

 

「いつの間にか……霧が晴れましたね。次、大丈夫ですか?」

「次は……確実に……」

 

 再不斬の目は血走っていた。

 

「……殺す」

 


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