短冊街。
古くは城下町として栄え、今なお活気は衰えない街だ。
特に有名なのが、景勝地としても有名な古城と、街外れの岩場だ。侘び寂びを感じられるとして壮年を少し過ぎた頃の人に人気の観光地。それが短冊街である。
だが、有名なのは景勝地としてだけではない。
この地を訪れる者の真の目的は、賭場が豊富にあるというものだ。
パチンコやスロットなどの近代的なギャンブルは勿論のこと。昔ながらの花札に丁半博打を遊ぶことができる数少ない土地であることから、暇と金を持て余した成功者たちの目には、短冊街は大層、魅力的に映るのだろう。
そのような訳で、短冊街は大変、賑わっていた。先の祭りの人混みまでとはいかないものの、木ノ葉隠れの里から出たことがほとんどないナルトの目には、すべてが輝かしく、そして、怪しく見えた。
眼窩上隆起による影の奥。ナルトの目線は鋭い。怪しい素振りを見せたものを即、捕らえるほどの警戒心。歴戦の万引きGメンも驚くことだろう。
だが、ナルトの目的は悪を挫くこと、それだけではない。
ナルトと、そして、自来也の目的は里に綱手を連れ帰るというもの。
綱手の写真を自来也に見せられたナルトは、一心不乱に彼女を捜していた。自来也の後ろを歩きながら、四方八方に視線を遣るナルト。
用心棒を控えさせた要人のような心持ちとなっていた自来也はため息を吐く。
「ナルト」
「如何された、師よ」
「あのなァ……綱手を探す任務ってことはお前もしっかり解っておるのォ」
「然り」
「だが、お前のように周りを威圧するのはいかんのォ。見てみろ」
「む!?」
ナルトを見つめる町人の目。
それは、かつて木ノ葉隠れの里で毎日のように受けていた視線だった。
警戒、恐怖、排他。
負の感情に他ならない。
そして、自分がその感情を作ってしまっていた。それを看過することなど、この漢には到底、できないことだった。
「済まぬ、郷に入っては郷に従えということだな」
「まァ、そうだのォ」
「なれば……!」
ナルトは輝く白い歯を町人たちに魅せつける。彼の渾身の笑顔、愛情表現だ。
「ヒッ!?」
短い吃音を挙げ、屋内に飛び込む町人たち。
雨戸まで閉めるという念の入れようだ。
「どうやら……笑顔の練習が足りなかったようだな」
「……」
スパンとナルトの尻を無言で叩き、自来也は先を促す。
「お前はワシの後ろで術の修行でもしてろ」
「承知……」
足早に進路を進める自来也とナルト。
ほどなくして、自来也の足が止まった。
「ここから聞き込みをしてみるかのォ」
自来也とナルトの前にあるのは賭場。
サイコロ二つの目の合計数が奇数か偶数かで勝敗が決まる賭け事のことである。
暖簾を潜り抜け、
賭けに勝って諸手を挙げて喜ぶ者。賭けに負け、畳を殴り付け悲しむ者。
それが鉄火場である。
言うまでもないことだが、日本では違法である。テラ銭が公営のギャンブルに比べ、断トツに低いとはいえ、闇カジノに足を踏み入れることはオススメできない。摘発されれば、即、お縄につくことになる。
ちなみに、テラ銭とは胴元の利益として徴収する金のこと。例を挙げると、宝くじは54%、競馬は25%と胴元が儲かるようにできている。
しかし、自来也の目的は勝負の熱とは関係ない。あくまで、この鉄火場で熱い鉄を握って大火傷をしたハズの人物を捜すことである。
──どうせ負けとるんだろうな。アイツはツキも実力も最悪だったからのォ。
捜し人のことを少し思いだし、軽く微笑みを浮かべた自来也だったが、すぐに真剣な顔つきに戻る。
そして、賭場をぐるりと見渡し、一人の男に目をつけた。
「すまんのォ。ちょっちいいか?」
「ん? なんだ?」
「人を捜しておってのォ。コイツを知らんか?」
自来也は賭場の男に捜し人の写真を見せる。
「あ~、この姉さんなら知ってるねぇ。確かここで負けた金を取り返しに……あそこへ行くって言ってたな」
「あそこってどこかのォ?」
ニヤリと嗤い、男はツボと呼ばれる茶碗にサイコロを放り込む。
「アンタ、賭場でタダって訳にはいかんわな。その情報、勝てば無料、負ければ千両でどうかね?」
「……よーし!」
「じゃ。丁半、選びんさい」
「おう!」
賭場の熱に知らず知らずの内に当てられていたのだろう。
男の提案に頷き、自来也は顎を擦り考える。
──ワシ、ちょうど50歳だし……。
「じゃあ、丁だ!」
「半ならワシの勝ち……なら、開けるぜ」
──や、ヤバイ……2・5の半……!
「む!?」
と、自来也の後ろから突風が吹いた。
サイコロが風の勢いで転がる。
「ふふ……どうやら、ワシの勝ちだのォ」
「あ!」
『2・5の半にしたのに!』と悔しがる賭場の男の情報に従い、自来也とナルトは別の賭場、正確にはパチンコ店に来ていた。
パチンコ、そして、スロットは多くの街に普及している最も身近なギャンブルである。七色に輝く演出、近年ではアニメ等とのコラボレーションによる若年層をターゲットにした施策など入りやすいギャンブルだ。玉一つが一円、四円などの比較的安価に見えるギャンブルな上、長く遊ぶことができることもあり、多くの人間が遊びやすいということもあり、新台入れ換えの際には長蛇の列を作るほど。その上、店舗でのイベントで芸能人を呼んだり、珍しいものではマグロの解体ショーを行ったりと、近隣住民への配慮までしている。
これは余談ではあるが、『我が生涯に一片の悔いなし』とスロットのディスプレイの人物と同じように高々と拳を突き上げるとテンションは最高になる。
そして、誰もが一度は経験があるだろう。
預金残高が三桁にも関わらず、五千円を握りしめてパチ屋に向かったあの熱を感じたことが。
だが、綱手はダメだった。
パチンコのような機械仕掛けのギャンブルはてんでダメ。そして、人相手のギャンブルも、イカサマを見抜く類いの目もイカサマをかける腕もなかったので“伝説のカモ”と噂されるほど弱い。
──こっちでも、どーせ負けとるんだろうのォ。
そう考えながら、ドアを通ろうとする自来也の背に向かって、ナルトから声がかけられた。
「師よ、己はここで待つ」
「ん? なんでだ?」
店内に入らないナルトに、不思議そうな顔つきを浮かべる自来也。そのような彼にナルトが指したものは扉の前に貼ってある注意喚起。
「18歳以上ではないと入れない故」
──クソ真面目というかバカ真面目というか……なんかのォ。本当に忍者か、コイツ。
遵法意識が高いナルトに苦い笑みを浮かべた自来也は、ナルトに手を振り、店内に入っていった。
確かに、ナルトの所作は忍としては落第点。上に上がれば上がるほど、超法規的な任務を振られるようになる。暗殺、侵入、拷問など。それを知っている自来也であるが、口には出さない。
いずれ、当たる壁。それをナルトがどう乗り越えるか。師ではあるが、口を出す範囲ではない。そのことを自来也はよく知っていた。
──これは自分だけで乗り越えて答えを出さなけりゃならん問題。忍がどうあるべきか、そして、平和とはどういうことか。ワシにもまだ答えは解らん。……なァ、お前がまだ生きていたら答えは出せたのかのォ。
思い出すのは、さめざめと降りしきる雨の中、膝を抱えて俯いていた赤髪の少年の姿。
そして、その少年が青年となる頃、その訃報を知った。
──長門よ。
と、自来也の意識が今に向く。
「昔のことばかり思い出すたァ、ワシも歳かのォ?」
自来也のぼやきは台から流れる喧騒に消えていった。
頭を振り、店内を見渡す。
が、やはりというべきか、捜し人の姿はそこにはなかった。
自来也は踵を返し、店を出る。
──綱手の奴、次に何処へ? 時間的にはそう遠くへは行きっこないハズだが……。
「ナル……ト?」
考えから浮上し、ナルトを呼ぼうとした自来也の声が止まる。
同時に表情が抜け落ちる。
そこにあったのは、確かにナルトの姿。右手には風船。それは理解できる。自分が術の修行をするように言ったからだ。しかし、分からないのはパチンコ店のマジックミラーに向かって、渾身の笑顔を浮かべているナルトの姿。ナルトからは鏡、だが、自来也からの方向ではガラス。
自分に向かって、煌めく白い歯を魅せるナルトの姿がそこにはあった。
「何を! やっとるんだのォ! お前は!」
スパンと再びナルトの尻をひっぱたきながら、自来也は怒鳴る。
「む? 勿論、術の修行と笑顔の修行だ。先ほどは街の人々に受け入れられなかった様子だった故に」
「宿の部屋でしろ! 一人で!」
ナルトを渾身の力で引っ張りながら自来也は叫ぶ。
綱手がナルトのように
+++
「気を取り直して……」
路地裏にナルトを引きずり込んだ後、自来也は善後策を頭の中で組み立てる。
「仕方ないのォ。高いところから見下ろして探すかの。行くぞ、ナルト。こっちだ」
「承知」
一路、向かった先は短冊街から程近い場所にある古城。
ナルトは目の前の光景に小首を傾げる。
「城があると聞いていたが……」
「そうだのォ……」
だが、二人の前にあるのは何か大きな生物が踏み荒らした後のような、半壊した城だった。
と、自来也の目が走る男を捉える。
「そこの御仁! あいや暫く! 一体、何があった?」
「!」
息も絶え絶えになりながらも、男は自来也とナルトに向かって叫ぶ。
「あんたらも逃げた方がええ! 上にはバケモンがおるで!」
「ならば、己が打ち倒してみせよう」
「お前は少し黙っとれ。話が進まねーようになる」
「……承知」
「で、何かのォ? そのバケモンってのは?」
「お……大きな蛇だ! 一瞬で城を壊しやがった!」
「大蛇?」
ナルトが呟く。
同じ結論に至ったのだろう。
「急ぐぞ、ナルト」
「承知」
打てば響くと言わんばかりに二人の行動は迅速だった。
全速力で壊された城に近づく師弟。
「既に気配はない、か」
「一足遅かったのォ」
だが、痕跡は何一つとして残されていなかった。
「ナルト、街に戻る」
「だが、この惨状。下手人を放っては置けぬ」
「優先順位を解ってねーのォ」
「……しかし」
「ワシらの任務は綱手を探して、里に連れ帰ること。それに、お前じゃ“アイツ”に……大蛇丸に勝てない」
「それは……そうだが……」
と、ナルトは気がついた。
「師よ」
「うん?」
「何故、大蛇丸のことを知っているか聞いてもよろしいか?」
「……まァ、腐れ縁って奴だのォ」
「……そうか」
ナルトは自来也に向き直る。
「なれば、己から言うことはできぬな。師よ、急いで街に戻ろう」
「だのォ。あと、ありがとな」
「恐縮至極」
来た道を引き返すナルトと自来也。斜陽が指す道を歩く二人は無言。
その中でも、ナルトの右手には風船があり、修行を続けていた。
少しでも早く強くなるようにと決意を込めて。
+++
二人が短冊街に着いた時には、すでに夕日も落ち、夜の帳が下りていた。
「とりあえず、ここで飯にするかのォ」
「しかし、毎晩のように飲み歩くのは不健康だ」
「酒は百薬の長とも言うし、大丈夫だのォ」
「それに、栄養バランスも悪い」
「うるさいってのォ! お前はワシのオカンか!」
飲み屋の暖簾を潜りながら、自来也はナルトに怒鳴る。
「それに、情報っつうもんはこーいう場にこそ集まるん……ん!?」
テーブル席に座る二人の女が目に入った自来也は声を上げた。
「綱手!」
「……自来也?」
ナルトは自来也の目線の先を見つめる。
妙齢の美女の姿がそこにあった。スタイルもよく、肌艶もよい。街を歩けば、10人中10人が振り返ってしまうほどの美女だ。
だが、その表情には確かに影があった。ならば、ナルトが行うことは一つのみ。
「綱手殿か?」
「ああ、そうだが?」
「単刀直入に言う」
「なんだ?」
「困っていることはないか? 己が貴殿の悩みを解消せしめよう」
中忍選抜試験。第二の試験の際、アンコを助けるか大蛇丸を追うか迷ってしまったことがあった。だが、もう彼は迷わない。助けが必要な子女に対しては、すぐさま、手を差し伸べる。
それが漢としての正しい姿だとナルトは信じて疑わない。
スッと手を自分に向かって差し伸べたナルトに向かって、綱手は呆けたように口を少し開ける。
「は?」
「お前はちっと黙っててくれんか? マジで」
本日、何回目になるのか。
自来也はナルトを引っ張り、無理矢理、ナルトを綱手とその付き人がいるテーブル席に押し込む。
ややあって、店員が持ってきた水で人心地を付かせた自来也は、正面から綱手を見つめた。
「やっと見つけたぞ!」
「何で……お前がここに?」
「里からの命令でな。お前を捜しておった」
綱手は目を伏せ、独りごちる。
「……今日は懐かしい奴によく会う日だ」
「大蛇丸だな。何があった?」
「別に何も……挨拶程度だよ」
「……」
下手に
「お前こそ、私に……何の用だ?」
「率直に言う。綱手。里からお前に五代目火影就任の要請が出た」
「何ッ!?」
驚くナルトを無視し、自来也は言葉を続ける。
「三代目のことは?」
「大蛇丸から聞いたよ」
「……では、何故、貴殿は動かぬのだ?」
「……コイツは何なの?」
じっと自分を見つめるナルトを見て、そして、視線を逸らした綱手は自来也に問いかける。
「うずまきナルトだよ」
──コイツが九尾の……?
「本当か?」
「ああ」
「だが……なんというか……大きいぞ。アレから十年ちょっとだろ?」
「ああ。ワシも驚いた」
「……シズネ」
「ひゃっ……ひゃい!?」
綱手は隣に座る付き人に話題を振る。
自分に話が振られるとは思ってもみなかったのか付き人──シズネ──は思わず声を挙げてしまう。
「うずまきナルトの横に立ってみな」
「は、はい!」
「ナルト、少し立ってみろ」
「承知」
そうして、横に並ぶ二人。
「シズネが小さく見えるな」
「そうだろうのォ」
シズネの身長は168cm。決して、小さいと言われるような身長ではない。
だが、横に堂々と立つナルトの身長は196cm。その差、28cm。
ちなみに、日本男児12歳の平均身長は148cmである。本来ならば、ナルトが20cm上のシズネを見上げる形になるハズだが、逆にシズネが28cm上のナルトを見上げている。
──九尾のチャクラの影響か……?
検分を終わらせた綱手はシズネに向かって声をかける。
「シズネ、戻りな」
「はいッ!」
「ナルト、座っていいぞ」
「承知」
すぐさま、綱手の隣に下がるシズネとは対照的に、ナルトは悠々とした所作で椅子に座った。
その様子を見て、綱手は小さく息を吐く。
「シズネにも、その胆力を分けてやりたいねェ」
「え?」
「それもそうだな」
「自来也様まで!?」
そう笑いあった後、自来也は顔を引き締める。
「で、答えは? 引き受けてくれるか?」
──チィ。
逸らすことができなかった重大な要請。
机に肘を置き、掌を組んだ綱手は、そこに額を軽く当てた。
綱手は悩む。
だが、答えは決まっている。
「ありえないな」
彼女が悩んだのは、返答方法。
のらりくらりと躱すか、それとも、キッパリと返事をするか。
「断る」
綱手は明確な拒絶を選んだ。