NARUTO筋肉伝   作:クロム・ウェルハーツ

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パワーボールは紐を使わないようになってから一人前

 自来也にアドバイスを貰ってからから二日経った。が、ナルトは回転のコツが掴めていないままだ。

 

「む?」

 

 不随意に右手が細かく震えている。経絡系に負担が来ている証拠だ。だが、ナルトはそれを無視する。

 

 震える右手を左手で押さえつけ、ナルトは再び右手、そして、その上にある水風船へと意識を集中させる。

 集中力とチャクラ量は十分。必要なのは、チャクラを回転させるということのみ。だが、それはナルトにとって、果てしなく遠いものだ。

 

 右手に持った水風船が放出されたチャクラにより破裂し、中に入っていた水が撒き散らされた。

 

 目を閉じ、大きく深呼吸をしたナルトは気合いを入れ直し、集中力を取り戻す。

 目を開いたナルトの視線の先には紙袋に入った水風船。むんずと掴み上げ、チャクラを放出する。今度は先とは違い、水風船が割れることはなかった。

 されども、放出されたチャクラが少なかったためか、水風船の中の水がちゃぷちゃぷと軽く揺れるだけ。水風船の形は変わらない。

 

 ナルトの目が細くなる。さらに集中し、チャクラを込めた瞬間。

 パンッと風船が割れる軽い音と、パシャと水がナルトの体を濡らす音が辺りに響く。

 これはそう、失敗だ。

 

 だが、ナルトは諦めることを知らない。残りが少なくなっている水風船を再び、掴んでチャクラを放出する。

 

 水風船が割れる、割れないの繰り返し。無為な時と捉える者もいよう。それほどの失敗回数をナルトは積み重ねてきてしまっていた。そして、その失敗から何一つ上達した様子が見られない。無駄だと断じることもできる光景だ。ナルトのそれは、砂で曼荼羅を描く行為に似ていた。

 

 話は変わるが、砂絵曼荼羅という修行がある。

 筒で砂を掬い取り、微かな振動を与えて砂を落とす。この砂は五色あり、その五色で曼荼羅を描くのだ。

 言ってしまえば、絵を描くだけの修行。乱暴に言ってしまえば、それだけだ。画才がある者が聞けば、修行というには楽だと感じるのも無理はない。

 

 だが、違うのだ。

 この修行で使うのは、墨と筆ではない。小さな砂粒なのだ。それもくしゃみをしてしまえば、全てが吹き飛ぶような粒子の細かい軽い砂。

 その砂を使って曼荼羅を描くためには、自身の呼吸を完璧にコントロールし切らなくてはならない。もし、風で絵が崩れるプレッシャーから、少しでも鼻息が荒くなろうものならば、一瞬にして曼荼羅は吹き飛ぶ。

 自身を完璧に律しなければ、曼荼羅の完成は日の目を見ることはない。

 

 今のナルトの修行と同じだ。

 表に出すことは稀ではあるが、ナルトは激情家である。本来は感情の振れ幅が大きく、感情的な人間。それを筋肉によって押さえつけ、常に余裕ある態度を心がけているのだ。まさに、ステージに立つボディビルダーの如し。

 

 話が逸れた。

 とにかく、荒ぶる感情を律し、チャクラのコントロールを完璧にしなければ、この会得難易度Aランクの忍術を修めることなど出来はしない。

 

 砂絵曼荼羅と同じだ。

 自らの感情を律し、自らの体の動きを律する。

 

 遊びたい盛り。心の感動が深く、体が勝手に動くのを止めることができない時期。心も体も、これから大きく成長するため青春への入り口。

 それが12歳という年齢だ。

 そう……。たとえ、身長196cm、体重118kgの恵体でも、12歳は12歳。

 たとえ、世界を股にかける大企業の社長から『ナルト“さん”』と敬称をつけて呼ばれていても、12歳は12歳なのだ。

 

 12歳の少年に自律は難しい。

 

 それも、大人でも会得できる者は限られるほどに難易度が高い術だ。多くの者は術の概要を聞いただけで、会得することを諦めるだろう。

 

「フンッ!」

 

 だが。

 それでも。

 

 ……ナルトは諦めない。

 

 チャクラを流し込み、割れた水風船の破片を丁寧にかき集め、ゴミ袋に入れたナルトは、再び水風船を手に持つ。

 

 諦めることを知らないナルトの姿を木陰で見守りながら、自来也は懐に手を入れる。過去を思い出す。

 

「デカイ、それは何だ?」

「自来也先生!? 見てたんですか?」

 

 かつて自来也が上忍として班を率いていた頃だ。自分と下忍三人のフォーマンセルで任務を行っていた。

 なぜか、受け持つ部下が全員、男であったことが納得いかなかった自来也だったが──他の上忍の班で三人の部下が全員、女である班もあったことから『不公平』だと声を挙げたこともあった──その不満はすぐに消えた。

 なぜなら、三人とも優秀だったからである。

 

 とはいえ、優とカテゴライズされた者の中でも、さらに優秀な者とそうでない者とに細分化され、(ふるい)にかけられるのが忍世界というものだ。

 他二人に対して後塵を拝していた部下がいた。その者の名はデカイ。状況判断は苦手としているが、班内のムードメーカーであり、恵まれた体格から放たれる体術は特筆に値する。

 

 そのデカイが持っていた“モノ”について、話をしたことがあった。

 

「まあ、何か変な音がしておったしのォ」

「えっと……もしかして、うるさかったりしました?」

「ああ、結構な音がしとったぞ。アイツらにも後で謝っとけ」

「う! ……すみません」

 

 そういって自来也がテントを顎でしゃくると、デカイは掌の丸い球の動きを止める。

 

「なんだ、それは?」

「これですか? これは……」

 

 木陰から身を出した自来也はナルトに向かって声をかける。

 

「ナルト」

「む?」

 

 そういって、ナルトに放り投げたのは、あの日、デカイが手にしていたものと同じもの。

 

「これは……!?」

「ああ。お前はこれが何か知っておるのォ?」

「然り」

 

 ナルトは自来也から受け取ったものを天高く掲げる。

 

「パワーボール!」

 

 説明しよう。

 パワーボール、またの名をダイナビー。

 握力を鍛える目的のトレーニング器具だ。決して、ブルーツ派を発するようなものではない。

 掌大の外殻の中に縦回転するボールが入っているのがパワーボールである。中のボールをジャイロ効果で回転させることにより、手首や前腕に負荷をかけ、鍛えることができる器具だ。

 だが、この回転させるという一見、簡単そうな操作であっても、実際に行ってみると難しい。パワーボール内部のボールに紐を通し、それを引っ張ることで回転をさせ始め、手首のスナップで回転を維持し続ける必要がある。きちんと手首のスナップと内部のボールの回転を合わせていかなければ、その回転はやがて止まってしまう。

 

 ナルトが行っている修行と同じだ。

 回転に集中し、回転のリズムに合わせて調整し、それを維持し続ける。

 

「フンッ!」

「分かったのォ? お前には、こっちの修行法の方が似合いそうだと思って……え?」

 

 ヴィンヴィンと音が響いてきたことに自来也は目を丸くする。

 始めの回転を内部のボールに与えるのに紐が必要だと、かつて自来也は弟子のデカイから聞いていた。だが、ナルトは紐を使わず、親指で内部のボールを弾くだけで初動に必要な回転を与えていた。

 そして、パワーボールが上げる唸り声は段々と速く、そして、高くなる。自来也が見たこともないほどの速度だ。

 

 ──デカイよ。お前が弱い訳じゃない。ワシらの班でお前以上にパワーボールで遊んで……修行をしていた奴はおらなんだし、お前以上に回していた奴もいなかった。ワシ含めて、な。ただ、コイツは……。

 

 自来也はナルトを薄目で見る。

 

 ──凄まじい筋トレをしてきたに違いない。ワシが引いてしまうぐらいだしのォ。

 

 +++

 

 それから三日経った。

 左手でパワーボールを回しながら、水風船を右手に持ち、術の修行をしているナルトの姿が、そこにはあった。

 

「むぅう……」

 

 バシャバシャと水風船の音が響く。水風船は割れてはいないものの、中の水は所々、ボコボコと盛り上がっている。後は今の乱回転を続けながら、より多くのチャクラを流し込むことで第一段階の修行は終わる。

 そのことを理解しているナルトはパワーボールの動きを左手の触覚から感じとり、右手のチャクラの流れを制御する。さらに、歪みが大きくなる水風船。

 

「むぅう!」

 

 回転、回転、回転。

 

 ひたすらに回転を頭の中でイメージし、それをチャクラで再現。

 右手の筋肉にチャクラを、そして、意思を伝える。チャクラを乱回転させ、そして、水風船を内側から破りたいのだ、と。殻を破り、より強い自分になりたいのだ、と。

 

 ならば、と筋肉は答えた。

 恐れるな、踏み出せ、そして、越えて見せろ、と。

 ナルトが左手に持つパワーボールも応じるように音を奏でる。

 

 速く、鋭く、強く。だが、決して粗雑にするな。

 集中に集中を重ね、ナルトはトランス状態の中、真理に近づいていく。

 

 そう、トランス状態である。筋肉と会話しているナルトではあるが、全ては彼の頭の中のこと。

 

 一つ、重大なことをナルトに述べることができたとしよう。

 それはきっと、これだ。

 

 筋肉は話さない。

 

 だが、ナルトの筋肉との会話は自来也の教えを入念に噛んだものであった。

 チャクラの放出を恐れず、集中して丁寧に回転を維持する。それが、この術を完成させる肝だ。

 

「むんッ!」

 

 筋肉との会話と彼が呼ぶ妄想に近いもので確認したナルトは、掌のチャクラを研ぎ澄ましていく。

 そして、水風船の歪みは最大に達した。

 

「ハッ!」

 

 パンと軽い音が響いた後、ナルトの右手が水に濡れた。

 手に残された水風船の残骸を握りしめ、ナルトは言葉を溢す。

 

「至った。だが……」

「ほう……少しは進歩があったようだのォ」

 

 三日前と同じように自来也は木陰から姿を現し、ナルトに向かって声をかける。

 

「まだまだ……」

「まぁ、そう強がるな。ホレ!」

 

 パキンと軽い音が自来也からした。

 

「良くここまで来たのォ」

 

 軽い笑みを、誇らしげに笑みを浮かべて、自来也は二つに割った氷菓をナルトに差し出す。

 

「師よ。……感謝する」

 

 糖分を避ける生活をしているナルトではあるが、糖分が少なすぎても体には悪いことをナルトは理解している。そして、術への過度な集中で脳内が糖分を欲していた。修行に集中するためには栄養が必要不可欠。本来ならば、おじやに梅干しを添えて、その後にバナナ、そして、炭酸抜きのコーラも摂りたい所だが、これは師弟の物語。

 一つのアイスを二人で分け合う心の交流の物語だ。

 

 二人はまだ暑い中で頬張る氷菓の冷たさに舌鼓を打つのであった。

 

「さて、ワシはもう行くが……」

「承知。己は師が帰ってくるまでに術を完成させておこう」

「いや、無理」

「……」

「一歩一歩進んでいけ。それが、お前だろうのォ」

「……承知!」

 

 そう言って、水風船を掴むナルト。その姿を見て、自来也は自分もやるべきことをしなければと、腰を上げる。

 

 ──ナルトの集中力は常軌を逸している。そう遠くない内にこの術のコツを掴むだろう。

 

「それにしても、あの集中力。……まさか、な」

 

 ボリボリと頭を掻き、自来也は再び夜の街に情報収集に繰り出したのだった。

 

 +++

 

 そこは薄暗い陰気な部屋だった。まるで、蛇の寝床のような洞穴を人が住めるように改造したかのような部屋だった。

 

「ぐおおおおお!! オウウウゥぐッ……うっ……腕が……ハァハァ」

「大蛇丸様! 早くお薬を!!」

 

 血飛沫が舞う。

 目を血走らせた大蛇丸の前には、胸から血を流し、床に倒れ込む音忍の姿。

 彼が床に倒れた時、彼はすでに事切れていた。

 

「ちゃんとお薬を飲んでください。あ~あ、帰ってきて早々、部屋掃除ですか」

 

 凄惨な殺害現場に足を踏み入れながらも、全く緊張した様子のない男。カブトだ。

 大蛇丸の寝室に入りながら肩を竦めるカブトを睨み付け、大蛇丸は強い口調で言葉を吐き捨てる。

 

「……そんな気休めの薬など要らぬ」

「私が調合した薬なんですから少しは痛みも和らぐハズです」

 

 薬を飲まなかったためか、それとも、薬が効かなかったのか、大蛇丸の腕に鋭く、焼き付けるような痛みが走る。

 

「ぐっ……カブト」

「はい」

「ヤツは……見つかったの?」

「ええ。どうやら短冊街というところに居るそうです」

「短冊街……そう……」

「しかし、そう簡単には……」

「フン……良薬は口に苦いものなのよ」

 

 カブトに頬に飛び散った血を拭かせながら、大蛇丸は行動方針を決めた。

 

 今すぐにでも、短冊街に行く必要がある。

 腕を治し、今度は木ノ葉崩しを成就するために。

 

 +++

 

 大蛇丸が次なる獲物を定めたのと同時刻。

 酒場で自来也は情報収集していた。

 探し人の写真をカウンター席に座る男に見せる。

 

「う~ん、見たことねーな」

「そうかのォ」

「そいつ、知ってるぜ」

 

 隣から声がかけられた。

 そちらに向き直る自来也の前にいるのは、赤ら顔の男。

 羽振りよく飲んでいたらしく、男の前には高いと有名な銘柄の酒瓶。

 

「どこに居るかもな」

「一杯、奢るよ」

「フン……いいよ。さんざん稼がせてもらったからな、その姉さんには」

 

 ──また負けたのかアイツ。

 

 高い酒の出所が知り合いの財布からだと知って、自来也は呆れが多分に入ったなんとも言えない顔をする。

 

「その伝説のカモは今また賭け事やってるぜ」

「……場所は?」

「短冊街」

「フン、近いな」

 

 目的地は決まった。

 

 +++

 

「よぉーし、出発!」

「承知! 師よ。背中に……」

「嫌だのォ!」

 

 善は急げ。そうでなくても、もたもたしていては、探し人が目的地からいなくなっている可能性も高い。一所に留まるような性格をしていないと知っているからこそ、自来也の判断は早かった。

 だが、ナルトに乗ることは懲りたらしい。

 

『お前には、二度と……二! 度! と! 乗らん!』と宣言した自来也だったが、彼がナルトに乗らなかった理由はそれだけではない。

 

「それに、お前の修行をしながら行く」

「む?」

「これまで、お前には回転の修行をさせた。威力の修行は必要ないから、飛ばすがのォ。これからするのが第三段階、“留める”だ」

「留める?」

「ああ」

 

 自来也は風船を膨らませた。

 

「歩いてでもできる修行だ」

 

 右手に持った風船をナルトに見せる。が、風船は特に動くことはない。

 

「変わりはないが?」

「フフフ……見た目はただ風船を持っているようにしか見えないが、これと同じことを左手でやって見せるぞ」

 

 自来也の左手にチャクラが渦巻き、そして、輝きを強めていく。

 

「風船の中は一体、どうなっているかのォ?」

 

 チャクラでできた球体の中の螺旋。そのチャクラが乱回転し早くなっていく。

 それはまるで芸術品。匠の技で自然現象を加工したかのようだった。

 

「小さな台風のようだろ」

 

 思わず、見とれていたナルトは自来也の言葉に頷く。頷くことしかできなかった。

 

「いいか、この第三段階はこれまでに覚えたものを100%出し切り、それを留める。つまり、チャクラの回転と威力を最大にしつつも、風船の内側にさらに一枚膜を作り、その中にチャクラを圧縮するイメージ」

 

 自雷也は一旦、術を消し、近くにある木に向かって歩く。

 

「修行の第二段階までだと、こうだ」

 

 自来也が手を木に押し当てると、木に渦巻きが刻まれた。

 

「次にこの第三段階をマスターした場合」

「むッ!?」

 

 木が削り取られた。それも、自来也の手の進行方向にのみ。ナルトのパンチでも、木を破砕させることはできる。

 だが、自来也が今して見せたように、力を一点に集中させ続け、掘削するかのように木を破砕させることは不可能だ。

 

 木屑が舞い散る中、自来也は説明を続ける。

 

「この“小さな台風”を掌大に維持することができれば、力は分散しない。“回転”はどんどん速くなり、“威力”はどんどん圧縮されて破壊力は究極に高まる」

「承知」

 

 すぐに風船は割れた。それを見た自来也は厳しい顔つきで宣言する。

 

「手抜きは一切ダメだぞ! 100%の回転と威力を出し、それを留める」

 

 ──次元が違う。

 

 これまで歩いてきた道程は平坦ではなかった。

 だが、歩き続ければ、いずれ至るだろうと考えていた。だが、今、自来也より言われたのは“100%”の力を掌の上で完璧に制御すること。

 

 地を歩くだけでは至ることはない。言うなれば、突如、目の前に巨大で分厚い壁が現れたようなもの。

 

 飛び越えるべきハードルは、大きい。目の前にあるのは、木ノ葉を囲む壁よりも巨大で、しかも、反り立つ壁。ならば、どうするか? 

 

「なれば……」

 

 答えは決まっている。

 

「己は駆け上がるのみ。その次元まで」


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