NARUTO筋肉伝   作:クロム・ウェルハーツ

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修行開始……!

 始まりがあれば、終わりがあるもの。

 そして、楽しい時間はあっという間に過ぎる。

 祭りを堪能した人々の表情は笑顔、ではあるが、少し寂しそうなものだった。

 

 この時間がもっと続けばいい。

 

 帰るのを嫌がる自分よりも少し年下の子ども。遠慮がちに手を繋ぐ自分よりも少し年上の初々しい恋人たち。そして、精一杯やりきった満足げな表情の、自分よりも輝いて見えた実行委員会の者たち。

 

 彼ら彼女らの姿を見て、平和とはこのようなことを言うのだろうと、満点の星空の下、ナルトは心の中で呟いた。

 だが、その心の中には誰かを、何かを守るために傷つき、倒れ伏してしまった仲間の姿もあった。

 

「師を探さねばな」

 

 祭りの実行委員会の者たちから労いの言葉と感謝の言葉をかけられている内に、自来也は姿を消していた。きっと、若者同士で交友を深める機会を自分に与えようと姿を消したのだろうとナルトは自来也の考えを読み取ったのだ。

 

 だが、それは間違い。

 自来也の目的は単純に、法被姿のおねーちゃんを見ること。彼女らがいなくなった会場には、もう用はないと見切りをあっさりとつけただけのことである。そして、そのような考えを持つ自来也が次に向かう先は、自来也にとって大変、楽しい場所だった。

 

 ナルトはズッと自らの感覚を拡げていく。

 

「うむ、こちらか」

 

 ナルトの目線の先には飲み屋があった。

 暖簾を潜り、感覚が導く先には確かに自来也の姿があった。

 

「ギャハハハ! 若い娘はええのォ~!」

 

 ご満悦な自来也の声が店内に響く。

 顔は赤く上気しており、その原因と思しき酒の空瓶と空いた徳利(とっくり)が何本もテーブルに置かれていた。

 扇情的な格好をした女を二人侍らせ、右手は女の腰に、左手は別の女の肩に触れていた。

 何枚もの伝票用紙が挟まれたバインダーが、テーブルの隅でその存在を悟られないように皿の陰に隠れていた。

 

 ふと、自来也の言葉が思い起こされる。

『忍をダメにする三つの欲のことだ。その三つの欲とは酒・女・金のことを指す』

 

 ──なるほど。自らの醜態を以て、己に教え諭す。改めて思う。この師は素晴らしい。

 

 頷くナルト。

 と、自雷也の視線がやっとナルトに向いた。

 

「おお、ナルト! もう祭りは堪能したかのォ?」

「然り。そして、これも修行ということだな?」

「まあ、修行っちゃ修行だ。お前にはまだ早いが」

 

 忍の三禁の修行かと聞いたナルト。大人の修行だと答えた自来也。

 どこまでも交わらない二人の意見。十二歳のナルトと、五十歳の自来也の価値観には大きな隔たりがあった。

 

 そのことに気づくことなく、自来也は猪口(ちょこ)を傾け、店内の煌めく照明を反射する液体を腹に送り込む。

 

「かぁ~」

 

 大きく息を吐き出しながら満足げに何度も頷き、頬に流れた酒を隣の女に拭わせ、自来也は再び頷く。

 

「おいおいおい! 何してんだよ! 早く席を開けろ!」

 

 が、夢心地の自来也を無理矢理、醒ますようなダミ声が店内に響き渡った。

 

「その嬢は兄貴のお気に入りじゃあ! ワレェ、さっさとどかんかい!」

 

 ナルトは厳しい顔つきで振り替える。

 楽しんでいる人間を恫喝するなど漢の行為ではない。

 

「何だ、やろうってのか!? アン!? やめといた方が身のためだぜ!」

 

 眉をひそめたナルトの前にはスキンヘッドの男が立っていた。

 その後ろには、スキンヘッドの男と似たようなトレンチコート──もっとも襟はあり得ないほどに立っている挑戦的な形状であるが──を着た壮年の男が今にも死にそうな顔で佇んでいた。

 

「兄貴は元、岩隠れの中忍で、伝説の暗忍(やみにん)と恐れられたスゴ腕忍者だぜェ!」

「ほう……」

 

 兄貴と呼ばれた男は首をブンブンと横に振りながらスキンヘッドの男の肩に手を置くが、ヒートアップしたスキンヘッドの男は止まらない。

 

「分かるか? 兄貴は元 岩隠れの中忍で伝説の暗忍と恐れられたスゴ腕忍者なんだぜェ!」

「表に出ろ。ここでは店に迷惑がかかる」

「あン?」

「分からぬか? 表に出ろと言っている。その“兄貴”ではなく貴殿が、だ」

 

 静かに足を踏み出したナルトに応じて、スキンヘッドの男は一歩後ずさる。

 

「分からぬか? そこの御仁は貴殿を諌めようとしていた。一つは店に迷惑をかけないために。そして、もう一つは貴殿の面子(メンツ)を潰さぬように、静かに諌めたのだ。だが、貴殿は何一つ気づくことはなかった」

 

 ──筋肉にビビってただけなんだけど……? 

 

 何やら好意的に勘違いされていることに、兄貴と呼ばれた男は気がつき胸を撫で下ろした。

 沈黙は金。自分の行動が価千金であることに、兄貴と呼ばれた男は表情を変えずに心の中でガッツポーズをとる。

 そもそも、目の前の筋肉には勝ち目がない。“伝説の暗忍”と恐れられてもいない上にスゴ腕でもない、岩隠れの里から運良く抜け出すことができただけの自分では、目の前の筋肉に殴られ、夜空に舞うことは容易に想像ができた。

 

「貴殿はそこの御仁の弟分、失格だ。なれば、己が教え諭そう」

 

 どうやら、目の前の筋肉は優しそうだ。

 教え諭すと言っていることから、弟分が命を落とすことはないだろうと、兄貴と呼ばれた男は安堵する。

 

「それに……」

 

 針小棒大で話をする弟分の悪癖も、この機会に治ってくれたらいいなぁと考えていた男だったが、ナルトの『それに……』という言葉で何やら流れが変わったのを感じとる。

 

「喧嘩は祭りの華。いざ、尋常に勝負!」

「じょ……上等だ」

 

 唇を震わせ、スキンヘッドの男は叫んだ。

 

「頼みます! 兄貴!」

「え?」

「だって、オレじゃあ、あんな筋肉に勝てませェん!」

 

 ──なら、絡むな。お願いだから。

 

 思わず白目を剥いてしまう。

 人生最大の危機に陥っている兄貴と呼ばれた男に、自来也は深くため息を吐いた。

 

「ナルト、お前は手を出すな」

「しかし……」

「どーせ、この男の性根は変わらん。お前が殴り付けた所で、逆恨みするのがオチだのォ」

 

 顎をしゃくり、スキンヘッドの男を示す自来也は、心底、面倒臭そうな声を出しながら立ち上がる。

 

「それに、ワシの楽しみを邪魔された。なら、叩き潰すまでだのォ」

「……下がってろ」

「兄貴ィ!」

 

 と、兄貴と呼ばれた男が前に出る。

 その顔は解脱したかのように安らかなもの。

 

 それもそのハズ。

 勝ち目など全くないほどに筋肉がついた男に弟分が絡み始め、一度は死を覚悟した。

 筋肉がついた男が弟分に対して狙いを定めたことで、一度は生を実感した。

 弟分が自分を戦いの場に引き釣り出したことで、もう一度、死を覚悟した。

 白髪の男が出張ったことで筋肉と戦わずにすむことに、もう一度、生を実感した。

 

 ──筋肉を敵に回すよりも、こっちの男の方がめちゃくちゃマシだ。

 

 そして、兄貴と呼ばれた男には、まだ打算があった。

 ナルトの性格を読み取っていた男は考えた。

 この筋肉はオレたちの内、一人と戦えば満足する。そして、残った一人は白髪の男と戦うことになるだろう、と。

 逆も然り。先に白髪の男と戦えば、筋肉とは戦わなくて済む。

 

 そう考えたからこそ、男は弟分の前に出た。

 

「今からお前に教える術を見せてやる。よく見てろのォ」

「承知」

 

 が、男には人を見る目がなかった。

 真に警戒すべきは、見るからに強そうな筋肉ではなく、その後ろで指示を出している白髪の男だった。

 

 白髪の男──自来也──の右手にチャクラが渦巻き、回転数を上げていく。最高速度に乗ったロードバイクの唸りもかくやと言わんばかりに、自来也の右手のチャクラの塊が甲高い音を奏でる。

 

「……はにゃ、んッ!?」

 

 変な声を出しながら吹き飛ぶ兄貴の姿と、飛んでいった男から財布を抜き取った自来也の姿と、いつの間にか屋台の前に躍り出て威風堂々と立つナルトの姿を見て、あたふたしながら弟分は左右に首を振る。

 

「……お、覚えてやがれ!」

「おととい来いのォ」

 

 自来也の術を喰って吹き飛んだ後、ナルトに当たって気絶した兄貴を抱き抱え、すたこらさっさと逃げ出す弟分。

 

 それを見ながらナルトは『一件落着』と頷く。

 兄貴と呼ばれた男が吹き飛ばされた先。その先にはナルトが回り込んでフロントリラックスのポーズを決めていた。一見すると自然体。然れども、見るものが見れば、その体の筋肉全てにチャクラが漲っていることが分かるだろう。

 そして、ナルトが男が吹き飛ぶ先に回り込んだ理由。それは、水風船の屋台があったからに他ならない。

 誰かの楽しい思い出を自分たちが壊すわけにはいかないという想いで、ナルトは吹き飛ぶ男と屋台の間に立ち、緩衝材となることを決めたのだ。もっとも、男にとってはたまったものではなかった。筋肉の壁ともいうべき肉体に勢いよくぶつかり、意識を保てるハズもなく。結果、意識を失い、弟分に抱き抱えられ、這う這うの体で逃げ出したのだった。

 

「む?」

 

 と、自雷也の目線がナルトに向き、次いで、水風船の屋台に留まった。

 

「悪かったのォ……騒ぎを起こしてしまって。これ、迷惑料だ」

 

 自来也は兄貴と呼ばれた男から抜き取った財布から金を出し、屋台の店主へと渡す。

 

「ついでに水風船と風船、全部もらってくがいいか?」

「もう、店仕舞いの時間だし、別に構わんが……」

 

『サンキューのォ』と感謝の意を述べた自来也は、ナルトに振り返った。

 

「ナルト! ついて来いのォ! 修行だ!」

「押忍!」

 

 +++

 

 ところ変わって街の外れ。

 

「ナルト」

「これは……」

 

 自来也から水風船が投げ渡された水風船を受け取り、ナルトはそれをしげしげと眺める。

 見た目も、持った感触も、ただの水風船。かつての悪童だった頃、イタズラで水風船を使ったことを思い出し、ナルトは顔をしかめた。悪童だった頃より考えを改めた後、迷惑をかけた方々に謝りに行ったが、今でもナルトの心に小さなトゲとなっている記憶だ。

 だが、今は修行に集中するべきだと、ナルトは思考を戻して自来也を見つめる。

 

「さっきの術、お前からどう見えた?」

「む……敵が回転していたのと」

「ふむ」

「師の右手に高密度のチャクラの塊があった」

「ほお……」

 

 ──気づくとはのォ……。

 

 右手にチャクラを集めていたことにすらナルトは気がつかないと自来也は考えていた。そもそも、これからナルトに教える術は会得難易度Aの超高等忍術。だが、思いの外よかったナルトの観察力、そして、理解力に感心した自来也は修行のペースを上げることを決めた。

 

「掌にチャクラを集めて回転させる」

 

 自来也が手を動かさずにチャクラを放出すると、水風船の中の水が動き出し水音を奏でる。そして、それは段々と大きくなっていく。同時に、水風船の形も内から押されボコボコと歪んでいく。

 最大まで音と歪みが大きくなると、限界がきた風船が割れ、自来也の右手を水で濡らした。

 

「“木登り修行”でチャクラを必要な箇所に集中・維持。“水面歩行の業”でチャクラを一定量、常に放出。その二つは前にやったのォ」

「然り」

「で! 今回はこの“水風船修行”でチャクラの流れを作る。つまり回転!」

「チャクラの流れ……」

「詳しい説明はまず、この“初歩”が出きるようになってからだのォ。それより……」

「肉体に覚え込ませることが肝要ということだな?」

「そういうことだ」

 

 頷き、自来也はナルトの掌に水風船を乗せる。

 

「よし、やってみろ!」

「押忍」

 

 パァンと音が響き渡った。自来也の顔に水がかかる。

 そして、両者は押し黙る。

 

「……」

「……」

 

 自雷也は何も言わずにもう一度ナルトの手に水風船を置く。

 

 少し離れてナルトに頷く。

 

 再び響く破裂音。

 

 ──マンガだったら正面からと、上からと、後ろからと1ページを三分割した3コマで表現されるとこだろうのォ。

 

 水を頭から被せられた自来也はナルトに向かって頷いた。

 

「回転だって言っとるだろうがのォ! 単純なチャクラ放出だけで割るんじゃねーの!」

 

 そこからは困難を極めるのだった。

 

 何度、チャクラを回転させると言っても、『承知!』といい返事のみが帰ってくる。理解はしているのだろう。だが、それを熟すことができるほどの器用さがナルトにはなかった。

 

 ──本来なら試行錯誤しながら自分で気づき、術のノウハウをマスターしていくもんだが、コイツの場合……変な方向に突っ走りかねんからのォ。

 

 思い出すのは、口寄せの術の修行の時。

 滝に向かって泳ぎ続けるナルトを見つめていた時のことだ。

 

 ──何か間違って風呂の中とかでチャクラを回転させようなんて発想にたどり着いちまった時には……。

 

 自来也は背筋を震わせる。

 

 ──人工呼吸は願い下げだのォ。

 

 自来也の判断は早かった。

 

「ナルト、ちっと来い」

「む?」

 

 屈むように仕草で伝える。

 ナルトが素直に従うと自来也はツンツンと逆立つナルトの頭に手を置く。

 

「つむじは右巻きか。やっぱりお前は右回転型だったのォ。ワシと同じだ」

「右回転型?」

「チャクラを練るにはエネルギーを混ぜ合わせる必要があるから誰でも無意識に体内で回転させてチャクラを練り上げる。回転を水風船に上手く伝えるには右回転をイメージしろのォ」

「了解した。では、修行に戻る」

「まぁ、アドバイスはここまでだ。ワシは情報収集に戻る」

「承知」

 

 自来也がしたこと。

 それはナルトの指針を決めるというもの。右回転をイメージしてチャクラを練り上げさせることに集中させることで、ナルトが余計なことをしないように思考を誘導したのだ。

 

 と、自来也は表情を固く真面目なものにする。

 

「ナルト、がんばれよ」

「然り」

「この術はあの四代目火影が遺した忍術だ」

「む!?」

「四代目がこの術を完成させるのに丸三年。この術の会得難易度は六段階で上から二つ目のAランク……超高等忍術レベルだ」

「それは……」

 

 ナルトは犬歯を剥いて嗤ってみせる。

 

「昂るな」

 

 少し笑みを浮かべ、自来也は踵を返した。

 

「じゃあのォ。ホドホドにな」

 

 来た道を戻りながら、自来也はナルトのつむじについて考えを馳せる。

 

 ──右巻きの一つ。ワシと同じ、か。

 

 夜空を見上げた自来也の目に映るのは、左が少し欠けた月。

 

「お前のようにつむじが2つなくても、ナルトはやり遂げる。ワシは信じておる。なにせ、ナルトにはワシと同じ……ド根性があるからのォ」

 

 そう溢した言葉は誰にも聞かれず、肌寒い秋風に拐われた。

 拐われた言葉はどこに行くのだろうか? 

 この穢土から放たれ、冷たい風に拐われた言葉が行く先は……。

 

 ──やめやめ、なんか湿っぽくなっちまったのォ。

 

 自来也には過去を振り返る時間などない。

 今はナルトの修行を見ることで精一杯。それだけでなく、綱手の捜索まである。完全にキャパオーバーだ。

 だが、彼はきっと、どちらも見事にやり遂げるのだろう。つむじが2つある天才忍者と、そして、つむじが1つで自分と同じド根性を持つ忍の師なのだから。

 少年だった頃の、かつての四代目火影と同じ夢を持つ少年の師なのだから。


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